説明

転がり軸受の製造方法及び転がり軸受

【課題】回転トルクの増大が生じにくく、音響特性、密封性、及び軸受寿命に優れた転がり軸受の製造方法及び転がり軸受を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明の転がり軸受は、熱処理後の内輪1の密封装置5との摺接部分にショットピーニング処理を行った後、摩擦係数を低減させる低摩擦処理を行う。その後、内輪1の軌道面1aに研削加工を行う。このため、本発明の転がり軸受は、密封装置5による転がり軸受の回転トルクの増大が生じにくく、音響特性、密封性、及び軸受寿命に優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内輪と外輪との間に形成された間隙の開口を密封する密封装置を備える転がり軸受の製造方法、及び、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば転がり軸受には、軸受外部から軌道面側への水、水蒸気、異物などの侵入を防止すると共に、軸受内部に封入された潤滑剤の漏出を防止するため、密封装置が設けられている。この密封装置は、外輪及び内輪の一方に配設されると共に他方に摺接し、内輪と外輪との間に形成された間隙を塞ぐように形成されている。一般的に、外輪又は内輪の密封装置が摺接する摺接部分は熱処理後に旋削加工を行わず、また、酸化層(以下、「スケール」と称する。)が付着しているため表面が粗くなっている。そのため、密封装置との接触において摩擦抵抗が大きく、また、摺動による摩擦に対する密封装置の耐久性が乏しい。摩擦抵抗の大きさは転がり軸受の回転トルクの増大を引き起こし、また、密封装置が摩耗により劣化すると潤滑剤の密封性の低下を引き起こす。
そのため、摺接部分にショットピーニング処理を施し、スケールを除去することにより、密封装置との摩擦抵抗を低下させる技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−266496号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような転がり軸受は内輪及び外輪の軌道面を研削した後にショットピーニング処理を行うため、摺接部分のみならず軌道面にもショットピーニング処理の影響が及ぶおそれがある。軌道面にショットピーニング処理の影響が及ぶと、表面粗さの悪化により、転がり軸受の回転トルクの増大、音響特性の悪化、及び、軸受寿命の低下が生じるおそれがある。また、シール面に摩擦係数を低減する低摩擦処理を行った場合に、低摩擦処理の影響が軌道面にも及ぶことがあり、転がり軸受使用時の軌道面の疲労により、低摩擦処理のコーティングがはがれて脱落し、軌道面に突き刺さるおそれがある。これは、転がり軸受の回転トルクの増大、音響特性の悪化、及び、軸受寿命の低下を引き起こすおそれがある。
そこで本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、転がり軸受の回転トルクの増大が生じにくく、音響特性、密封性、及び軸受寿命に優れた転がり軸受の製造方法及び転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するため、本発明の一態様に係る転がり軸受の製造方法は、外周面に軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内輪の外方に配された外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪及び前記外輪の一方に配設されると共に前記内輪及び前記外輪の他方に摺接し、前記内輪及び前記外輪の間に形成された間隙の開口を密封する密封装置とを備える転がり軸受の製造方法であって、前記内輪及び前記外輪のうち前記密封装置と摺接する方の軌道輪に対し、熱処理後に、前記密封装置との摺接部分にショットピーニング処理を行い、前記熱処理により生じたスケールを除去するショットピーニング処理工程と、前記ショットピーニング処理工程後に、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分に摩擦係数を低減させる低摩擦処理を行う低摩擦処理工程と、前記低摩擦処理工程後に、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の軌道面に研削加工を行う研削加工工程とを備えたことを特徴とする。
【0006】
上記転がり軸受の製造方法においては、前記研削加工工程後の、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の軌道面の中心線平均粗さを0.1μm以下とし、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分の中心線平均粗さを0.3μm以下とすることが好ましい。
また、上記転がり軸受の製造方法においては、前記ショットピーニング処理工程後の、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分の表面から深さ1μmまでの部分の炭素濃度及び酸素濃度をそれぞれ10質量%以下とすることが好ましい。
さらに、上記転がり軸受の製造方法においては、前記低摩擦処理は、固体潤滑剤を用いたショットピーニング処理による前記固体潤滑剤のコーティングであることが好ましい。
【0007】
また、本発明の一態様に係る転がり軸受は、外周面に軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内輪の外方に配された外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪及び前記外輪の一方に配設されると共に前記内輪及び前記外輪の他方に摺接し、前記内輪及び前記外輪の間に形成された間隙の開口を密封する密封装置とを備える転がり軸受であって、前記内輪及び前記外輪のうち前記密封装置と摺接する方の軌道輪は、熱処理され、その軌道輪の前記密封装置との摺接部分が、ショットピーニング処理と低摩擦処理とをされ、その後、同軌道輪の軌道面が研削加工されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の転がり軸受は、熱処理後の内輪又は外輪の密封装置との摺接部分にショットピーニング処理を行った後、摩擦係数を低減させる低摩擦処理を行う。その後、内輪又は外輪のうち密封装置と摺接する方の軌道輪の軌道面に研削加工を行う。このため、本発明の転がり軸受は、密封装置による転がり軸受の回転トルクの増大が生じにくく、音響特性、密封性、及び軸受寿命に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態に係る転がり軸受の構造を示す軸方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る転がり軸受の製造方法及び転がり軸受の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す軸方向断面図である。
図1の深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、内輪1と外輪2との間に形成された間隙の開口を閉鎖し、内部を密封する密封装置5,5と、を備えている。そして、内輪1,外輪2,及び密封装置5,5に囲まれた間隙(軸受内部空間)内には、両軌道面1a,2a及び転動体3の転動面の潤滑を行う潤滑剤G(例えば潤滑油やグリース)が配されている。本実施形態の深溝玉軸受は、内輪1及び外輪2が転動体3の転動を介して相対回転可能となっている。
【0011】
密封装置5,5は、内輪1及び外輪2の一方に配設されて他の一方に摺接しているシール部材5aと、シール部材5aを補強する補強部材5bとの一体成形物で構成される。本実施形態ではシール部材5aは基端部において外輪2に固定されており、先端部であるリップ部5c,5cが内輪1に摺接している。シール部材5aは例えばゴム組成物で構成されており、補強部材5bは金属やプラスチックで構成されている。なお、密封装置5,5は、シール部材5aと補強部材5bとの一体成形物で構成されていなくてもよく、シール部材5aのみから構成されていてもよい。
【0012】
内輪1はその外周面の軸方向両端付近に周方向に延びる環状の溝が形成されており、この溝の内面に密封装置5,5のリップ部5c,5cが摺接している。すなわち、溝の内面がシール面1b,1bをなしている。また、シール面1b,1bは溝の内面でなくてもよく、内輪1の外周面に溝を設けず、内輪1の外周面にリップ部5c,5cが摺接するようにし、これをシール面1b,1bとしてもよい。
【0013】
なお、図1において密封装置5,5は、外輪2の内周面に取り付けられ内輪1の外周面に滑り接触しているが、これとは逆に、内輪1の外周面に取り付けられ外輪2の内周面に滑り接触していてもよい。また、保持器4は備えていなくてもよい。
また、本実施形態の深溝玉軸受の、内輪1、外輪2、及び転動体3の材料としては、軸受鋼、ステンレス鋼等があげられる。また、軸受鋼としては、高炭素クロム軸受鋼があげられ、高炭素クロム軸受鋼としては、SUJ2,SUJ3,SUJ1,SUJ4,SUJ5等があげられる。
【0014】
本実施形態の深溝玉軸受は以下のように製造される。
まず、熱処理後の内輪1に形成されたシール面1b,1bに、ショットピーニング処理が施される。熱処理後の内輪1の表面にはスケールが付着しており、これにより、内輪1の表面粗さは粗くなり、シール面1b,1bと密封装置5,5との接触において摩擦抵抗が大きくなる。したがって、熱処理後の内輪1のシール面1b,1bのスケールや溶着物をショットピーニング処理により除去し、シール面1b,1bの表面を凹凸が均一に分散した表面組織とすることにより、密封装置5,5とシール面1b,1bとの接触状態を良好にすることができる。これにより、本実施形態の深溝玉軸受は、回転トルクの増大が生じにくく、密封装置5,5の劣化による潤滑剤の密封性の低下が生じにくいため、軸受寿命に優れている。
なお、ショットピーニング処理は、少なくとも密封装置5,5が摺接する表面に施されていればよく、本実施形態のようにシール面1b,1bのみに施されていてもよいし、各軌道面1a,2aを含む表面全体に施されていてもよい。
【0015】
また、シール面1b,1bの中心線平均粗さRaは、0.3μm以下であることが好ましい。0.3μm超過であると、転がり軸受の回転トルクの増大や、密封装置5,5の劣化による潤滑剤の密封性の低下が生じるおそれがあるからである。また、ショットピーニング処理に用いる投射材としては特に限定されるものではないが、日本工業規格JIS R6001に規定された平均粒径45μmの鋼球の他、SiC,SiO,Al,ガラスビーズ等のような被処理表面よりも硬いものが好ましい。
【0016】
さらに、スケールは炭素及び酸素を含有しているため、シール面1b,1bの表面にスケールが付着している場合には、シール面1b,1bの表面から深さ1μmまでの部分の炭素濃度及び酸素濃度が高くなる。つまり、シール面1b,1bの表面のスケールが除去されている場合には、炭素濃度及び酸素濃度は低くなる。したがって、ショットピーニング処理後のシール面1b,1bの表面から深さ1μmまでの部分の炭素濃度及び酸素濃度は、それぞれ10質量%以下であることが好ましい。ショットピーニング処理後のシール面1b,1bの表面から深さ1μmまでの部分の炭素濃度及び酸素濃度がそれぞれ10質量%超過であると、スケールが十分に除去されていないおそれがあるため、転がり軸受の回転トルクの増大や、密封装置5,5の劣化による潤滑剤の密封性の低下が生じるおそれがあるからである。
【0017】
次に、ショットピーニング処理後の内輪1のシール面1b,1bには、摩擦係数を低減させる低摩擦処理が施される。低摩擦処理としては、摩擦係数を低減させる処理であれば特に限定されるものではないが、例えば、シール面1b,1bへのショットピーニング処理やメッキ処理による硬質皮膜の形成や、シール面1b,1bへのプラズマCVD法によるダイヤモンドライクカーボン膜の形成があげられる。
【0018】
ショットピーニング処理による低摩擦処理としては、固体潤滑剤の粉末を吹き付けることによりシール面1b,1bの表面に硬質皮膜を形成し潤滑性を付与する方法や、金属系やセラミック系の投射材等を吹き付けることにより、表面の粗さを均一にすると共に、この表面に多数の微小凹部を形成することにより接触面積を小さくする方法等があげられる。しかし、低摩擦処理を行う材料の表面粗さの悪化、異物混入及び温度上昇等、油膜が切れやすい条件においても安定的に潤滑性を付与することができるため、固体潤滑剤を用いることが好ましい。また、固体潤滑剤としては、潤滑性を付与することができるものであれば特に限定されるものではないが、二硫化モリブデン(MoS)、グラファイト(黒鉛)、フッ素樹脂等があげられる。
【0019】
これにより、内輪1のシール面1b,1bの表面の粗さが改善され、シール面1b,1bと密封装置5、5との摺接による摩擦係数が低減すると共に、密封装置5,5の摩耗が生じにくくなる。したがって、本実施形態の深溝玉軸受は、回転トルクの増大が生じにくく密封性に優れている。なお、低摩擦処理が施される表面は、少なくとも密封装置5,5が摺接する表面に適用されていればよく、本実施形態のようにシール面1b,1bのみに施されていてもよいし、各軌道面1a,2aを含む表面全体に施されていてもよい。
【0020】
次に、低摩擦処理後の内輪1の軌道面1aには研削加工が施される。研削加工は、旋削後直ちに砥粒の小さな砥石を使用する研削(超仕上による仕上研削)を行なう態様でも、或いは、旋削後、砥粒の大きな砥石での研削(荒研削)後、砥粒の小さな砥石を使用する研削(超仕上による仕上研削)を行なう態様でも良い。
このように、本実施形態の深溝玉軸受の内輪1の軌道面1aは、ショットピーニング処理後に研削加工が施されている。このため、軌道面1aにショットピーニング処理の影響が及び表面粗さが悪化しても、後に研削加工されるため、ショットピーニング処理による影響が生じることがない。したがって、本発明の深溝玉軸受は、軌道面1aの表面粗さによる回転トルクの増大及び音響特性の悪化が生じにくく、軸受寿命に優れている。
【0021】
また、研削加工後の軌道面1aの中心線平均粗さRaは、0.1μm以下であることが好ましい。0.1μm超過であると、転がり軸受の回転トルクの増大、音響特性の悪化、及び軸受寿命の低下を生じるおそれがあるからである。
なお、研削加工が施される表面は、少なくとも内輪1の軌道面1aに適用されていればよく、加えて他に内輪1の内周面、内輪1及び外輪2の端面に研削加工が施されてもよい。
【0022】
本実施形態の深溝玉軸受は、このようにして作製した内輪1と、慣用の方法で作製した外輪2、転動体3、保持器4及び密封装置5,5とを組み立てることにより製造した。したがって、本実施形態の深溝玉軸受は、密封装置による深溝玉軸受の回転トルクの増大が生じにくく、音響特性、密封性、及び軸受寿命に優れている。
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては転がり軸受の例として深溝玉軸受を挙げて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【実施例】
【0023】
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
〔1.軌道面の中心線平均粗さRaについて〕
呼び番号6305の深溝玉軸受の内輪の軌道面について、各処理後の中心線表面粗さを評価した。評価は、熱処理後、熱処理後にショットピーニング処理を施した後、熱処理後にショットピーニング処理を施しその後に研削加工を施した後の中心線平均粗さRaを比較することにより行った。なお、ショットピーニング処理に用いる投射材には、炭化珪素(SiC)を用い、噴射圧力は0.2MPa又は0.5MPa、噴射時間は10分の条件で内輪の軌道面にショットピーニング処理を施した。結果を表1に示す。なお、表1中の、(0.2MPa)は噴射圧力を0.2MPaとし、(0.5MPa)は噴射圧力を0.5MPaとしたものを示している。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から分かるように、熱処理後にショットピーニング処理が施された後の軌道面の中心線平均粗さRaは、投射材の噴射圧力が0.2MPaの場合では、0.2μmであるのに対し、その後研削加工を行うことにより、0.1μmになっている。また、熱処理後にショットピーニング処理が施された後の軌道面の中心線平均粗さRaは、投射材の噴射圧力が0.5MPaの場合では、0.3μmであるのに対し、その後研削加工を行うことにより、0.1μmになっている。
【0026】
これにより、本発明に係る転がり軸受の内輪は、熱処理後にショットピーニング処理が施され、その後に研削加工が施されるため、ショットピーニング処理の影響を受けた場合であっても、その後の研削加工により、その中心線表面粗さRaを小さくすることができることがわかる。したがって、本発明の転がり軸受は、従来の転がり軸受に比して、軌道面の中心線表面粗さRaによる転がり軸受の回転トルクの増大及び音響特性の悪化が生じにくく、軸受寿命に優れている。
【0027】
〔2.ショットピーニング処理後のシール面の元素分析について〕
ショットピーニング処理によりスケールが除去されているかを確認するため、呼び番号6305の深溝玉軸受の内輪のシール面の表面から深さ1μmまでの部分の各処理後の元素分析を行った。元素分析は、熱処理後、熱処理後にショットピーニング処理を施した後、熱処理後にショットピーニング処理を施しその後に固体潤滑剤の粉末を吹き付けた後のシール面の表面から深さ1μmまでの部分について行った。また、分析は、鉄(Fe)、酸素(O)、炭素(C)、モリブデン(Mo)、イオウ(S)について行った。なお、ショットピーニング処理の条件は、上記〔1.軌道面の中心線平均粗さRaについて〕と同様である。また、固体潤滑剤は二硫化モリブデン(MoS)を用い、これをショットピーニング処理により、シール面に吹き付けた。結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2から分かるように、熱処理後に比べ、熱処理後にさらにショットピーニング処理を施した後の方が、炭素濃度及び酸素濃度が低くなっている。また、熱処理後にショットピーニング処理を施し、その後に固体潤滑剤の粉末を吹き付けた後の炭素濃度及び酸素濃度も同様に低くなっている。これにより、ショットピーニング処理により、スケールが除去されていることがわかる。したがって、本発明の転がり軸受は従来の転がり軸受に比して、転がり軸受の回転トルクの増大が生じにくく、密封装置の劣化による潤滑剤の密封性の低下が生じにくいため、軸受寿命が長い。
【0030】
〔3.呼び番号6305の深溝玉軸受を用いた回転トルクへの影響について〕
本発明の転がり軸受の回転トルクへの影響について検討した。実施例に係る転がり軸受は、本発明の転がり軸受の製造方法に基づいて作製した呼び番号6305の深溝玉軸受である。なお、実施例1は、投射材として炭化珪素(SiC)を用いて、噴射圧力0.2MPaで処理したものであり、実施例2は、投射材として炭化珪素(SiC)を用いて、噴射圧力0.5MPaで処理したものである。その他のショットピーニング処理の条件は、上記〔1.軌道面の中心線平均粗さRaについて〕と同様である。また、実施例1及び2に係る深溝玉軸受は、ショットピーニング処理の後に、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS)をショットピーニング処理により吹き付けた。
【0031】
一方、比較例に係る転がり軸受は、一般的な製造方法に基づいて作製した呼び番号6305の深溝玉軸受である。比較例1は熱処理を行った後、何の処理も行わないものである。比較例2は、投射材として炭化珪素(SiC)を用いて、噴射圧力0.2MPaで処理したものであり、比較例3は、投射材として炭化珪素(SiC)を用いて、噴射圧力0.5MPaで処理したものである。その他のショットピーニング処理の条件は、上記
【0032】
〔1.軌道面の中心線平均粗さRaについて〕と同様である。
これらの深溝玉軸受の内輪のシール面に密封装置を摺接させるように、外輪に密封装置を配設した。実施例及び比較例の深溝玉軸受に、グリース3.4gを封入し、温度は室温(25℃)、ラジアル荷重39.2N、アキシアル荷重98.0N、回転速度3000min-1の条件で回転させた。そして、深溝玉軸受を20分間回転させ、回転終了直前の安定した300秒間の各軸受の回転トルクの平均値をそれぞれ求めた。各軸受の回転トルクの測定結果を表3に示す。なお、回転トルクは、密封装置を装着した回転トルクから、密封装置をはずした回転トルクを減算することにより求めた。また、表3に示した各軸受の回転トルクの数値は、比較例1の回転トルクを1とした場合の相対値で示してある。
【0033】
【表3】

【0034】
表3から分かるように、実施例1及び2の回転トルクは、熱処理後何の処理も行わない比較例1及び、ショットピーニング処理のみを行った比較例2及び3と比較して低トルクであった。また、ショットピーニング処理によりスケールを除去した後に、低摩擦処理を行うことにより、深溝玉軸受の回転トルクが比較例1に比して約35%程度低下していることがわかる。
したがって、本発明の転がり軸受は従来の転がり軸受に比して、回転トルクの増大が生じにくく、密封装置の劣化による潤滑剤の密封性の低下が生じにくいため、軸受寿命が長い。
【0035】
〔4.研削処理のシール面への影響について〕
研削加工工程では、研削油が低摩擦処理を行ったシール面にかかり、それにより低摩擦処理を行った表面に変質等を起こすおそれがある。そのため、研削処理後のシール面の元素分析を行った。本発明の転がり軸受の製造方法に基づいて作製した呼び番号6305の深溝玉軸受の軌道面、内径面及び端面に研削加工を行い、研削加工前後のシール面表面の元素分析を行った。また、分析は、鉄(Fe)、酸素(O)、モリブデン(Mo)、イオウ(S)について行った。結果を表4に示す。
【0036】
【表4】

【0037】
表4から分かるように、研削加工前後で、鉄(Fe)、酸素(O)、モリブデン(Mo)、イオウ(S)の割合に大きな変化はなく、変質は起きていないことがわかった。
【符号の説明】
【0038】
1 内輪
1a 軌道面
1b シール面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
4 保持器
5 密封装置
5a シール部材
5b 補強部材
5c リップ部
G グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内輪の外方に配された外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪及び前記外輪の一方に配設されると共に前記内輪及び前記外輪の他方に摺接し、前記内輪及び前記外輪の間に形成された間隙の開口を密封する密封装置とを備える転がり軸受の製造方法であって、
前記内輪及び前記外輪のうち前記密封装置と摺接する方の軌道輪に対し、熱処理後に、前記密封装置との摺接部分にショットピーニング処理を行い、前記熱処理により生じたスケールを除去するショットピーニング処理工程と、
前記ショットピーニング処理工程後に、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分に摩擦係数を低減させる低摩擦処理を行う低摩擦処理工程と、
前記低摩擦処理工程後に、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の軌道面に研削加工を行う研削加工工程とを備えたことを特徴とする転がり軸受の製造方法。
【請求項2】
前記研削加工工程後の、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の軌道面の中心線平均粗さを0.1μm以下とし、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分の中心線平均粗さを0.3μm以下としたことを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項3】
前記ショットピーニング処理工程後の、前記密封装置と摺接する方の軌道輪の前記密封装置との摺接部分の表面から深さ1μmまでの部分の炭素濃度及び酸素濃度をそれぞれ10質量%以下としたことを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項4】
前記低摩擦処理は、固体潤滑剤を用いたショットピーニング処理による前記固体潤滑剤のコーティングであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の転がり軸受の製造方法。
【請求項5】
外周面に軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内輪の外方に配された外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、前記内輪及び前記外輪の一方に配設されると共に前記内輪及び前記外輪の他方に摺接し、前記内輪及び前記外輪の間に形成された間隙の開口を密封する密封装置とを備える転がり軸受であって、
前記内輪及び前記外輪のうち前記密封装置と摺接する方の軌道輪は、熱処理され、その軌道輪の前記密封装置との摺接部分が、ショットピーニング処理と低摩擦処理とをされ、その後、同軌道輪の軌道面が研削加工されてなることを特徴とする転がり軸受。







【図1】
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【公開番号】特開2013−87894(P2013−87894A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230147(P2011−230147)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】