説明

転がり軸受

【課題】転がり軸受について、鋼素材からなる外輪の周溝からの亀裂発生を低コストで抑制する。
【解決手段】外輪11を熱処理した後に、その周溝11bの中の化学研磨処理をおこなう。熱処理により周溝11b内に形成された熱酸化被膜は、化学研磨処理により除去される。亀裂敏感性を高めている熱酸化被膜が除去されることで、周溝11bを基点とする亀裂の発生が抑制される。化学研磨処理をおこなうだけであるから、コストが高騰することもない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、外輪の外径面に周溝等の凹部が形成された転がり軸受に関し、詳しくはその凹部からの亀裂発生が抑制された転がり軸受に関する。
またこの発明は、凹部からの亀裂発生が抑制された転がり軸受の外輪の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1のように、転がり軸受について、その外輪の外径面に周溝を形成したものが知られている。このような周溝は、スナップリングを係合して転がり軸受全体をハウジング等に係止するのに用いられる。
また、転がり軸受の各部品が鋼素材からなる場合には、同文献のように一般に各部品は熱処理がなされることも知られている。
【0003】
ここで転がり軸受の部品を熱処理する際には、外輪の周溝を含むその部品の外面に熱酸化被膜(いわゆる黒皮)が生成される。
外輪の周溝に発生したこの種の熱酸化被膜を残存させておくと、その周溝からの亀裂発生を助長する(いわゆる亀裂敏感性を高める)ことが経験的に知られている。
また、その周溝を旋削する際に周溝内に旋削目が生じることがあるが、このような旋削目を起点に亀裂が発生するおそれもある。
【0004】
ところで、外輪に周溝が形成された転がり軸受の場合、外輪の外径面の周溝の底と内径面の転走面との間の肉厚が軸受全体で最薄部となる設計が一般的であるため、軸受の静的強度はこの最薄部の強度で決定される場合が多い。
したがって、上述のように熱酸化被膜や旋削目により、周溝から最薄部に至る亀裂が発生しやすくなっている状態を放置すれば、軸受の静的強度が大きく低下するおそれがある。
【0005】
その一方で、熱酸化被膜等を除去するために莫大な費用をかけると、軸受の製造コストが高騰してしまい好ましくない。
このような問題は、周溝に限られず外輪に凹部が形成されている場合全般に共通している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-332833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこでこの発明の解決すべき課題は、転がり軸受について、鋼素材からなる外輪の凹部からの亀裂発生を低コストで抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した課題を解決するため、この発明では、外径面に周溝などの凹部が形成された鋼素材からなる外輪を備える転がり軸受について、その外輪は熱処理がされた後にその少なくとも凹部内が化学研磨処理されている構成を採用したのである。
【0009】
周溝等の凹部内が化学研磨処理されることで、熱酸化被膜が除去され、旋削目も滑らかになるため、凹部内を起点とする亀裂の発生が抑制される。化学研磨処理をおこなうだけであるから、大規模な装置等は不要であり、コストを抑えることができる。
亀裂の発生が抑制されて軸受強度が向上するため、転がり軸受の設計の寸法自由度も高まる。
【0010】
ちなみに、外輪は凹部以外も化学研磨処理してもよいし、内輪も鋼素材からなる場合には併せて化学研磨処理をおこなってもよい。
外輪は、その少なくとも凹部内が化学研磨処理された後に、その凹部以外についてその全部または一部が研削加工されていてもよい。
【0011】
外輪の熱処理の種類は特に限定されないが、鋼素材の浸炭をともなうもの、窒化をともなうもの、結晶粒の微細化をともなうもの、のいずれかが好ましい。
転がり軸受の種類は特に限定されないが、アンギュラ球軸受、円筒ころ軸受、または円すいころ軸受のいずれかが好ましい。その用途も特に限定されないが、自動車のトランスミッション用、アクスル用、またはステアリング用のいずれかが好ましい。
【0012】
この発明を方法的に考察すると、内径面に転走面が形成され外径面に凹部が形成された鋼素材からなる外輪を熱処理するステップと、ついで外輪の少なくとも前記凹部内を化学研磨処理するステップと、ついで外輪の前記凹部以外の全部または一部を研削加工するステップと、を含む転がり軸受の外輪の製造方法であることが理解される。
【発明の効果】
【0013】
発明にかかる転がり軸受を以上のように構成したので、鋼素材からなる外輪の凹部からの亀裂発生を低コストで抑制することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態の転がり軸受の断面図
【図2】実施形態の転がり軸受の外輪の断面図
【図3】化学研磨処理前の外輪の熱酸化被膜の付着状態を模式的に示す拡大断面図
【図4】スラスト破断荷重の測定試験を示す模式図
【図5】スラスト破断荷重の測定結果を示す図表
【図6】ラジアル破断荷重の測定試験を示す模式図
【図7】ラジアル破断荷重の測定結果を示す図表
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつこの発明の実施形態について説明する。
図1および図2に示すように、実施形態の深溝球軸受10は、大径円筒形の外輪11と、小径円筒形の内輪12と、転動体としての複数の球13と、保持器14と、を備える。
この種の深溝球軸受10は、自動車のトランスミッション用、アクスル用、またはステアリング用等、各種用途に用いられる。
【0016】
深溝球軸受10の外輪11には内径面に深溝の転走面11aが形成され、外輪11と同軸の内輪12には外径面に深溝の転走面12aが形成されている。対向するこれらの転走面11a、12a間には、各球13が保持器14に保持されて転動可能に介在している。
【0017】
深溝球軸受10の外輪11の外径面には、さらに周溝11bが形成されている。この周溝11bに図4に示すようなスナップリングR(止め輪)を係合(外嵌)させることで、深溝球軸受10をハウジング等に固定できるようになっている。
【0018】
ここで、深溝球軸受10の外輪11および内輪12は公知の鋼素材からなる。外輪11および内輪12はその全体に公知の熱処理がおこなわれた後、特定の部位についてはさらに公知の化学研磨処理が行われている。
【0019】
熱処理の種類は特に限定されないが、鋼素材の浸炭をともなうもの、窒化をともなうもの、浸炭窒化をともなうもの、結晶粒の微細化をともなうものが例示できる。化学研磨処理の種類も特に限定されず、過酸化水素を用いるなど任意の手法が適用可能である。
【0020】
図3には、化学研磨処理をおこなう前の外輪11の状態が示されている。図示のように、外輪11の内径面の転走面11aを除いた箇所、ならびに外輪11の外径面の周溝11bの中および面取り部11cには、熱酸化被膜Lが特に残存しやすくなっている。
【0021】
図3の状態から、上述した化学研磨処理によって、少なくとも周溝11bの中の熱酸化被膜Lを除去し、好ましくは、面取り部11c、内径面の熱酸化被膜Lも併せて除去する。周溝11bの中に旋削目が存在する場合には、化学研磨処理により同時に除去する。
その後、外輪11の転走面11a、幅面(端面)、外径面(周溝を除く)は、その一部または全部を研削により目的寸法に加工してもよい。
内輪12も同様に、その一部または全部について化学研磨処理をおこなって熱酸化被膜を除去し、さらにその一部または全部を研削により目的寸法に加工してもよい。
【0022】
このようにしてできあがった深溝球軸受10は、外輪11の周溝11bの中が熱酸化被膜が除去されまた旋削目が除去されることで平滑になっている。そのため、周溝11bを起点とする亀裂の発生が抑制されている。
この場合、熱処理の後に化学研磨処理をおこなうだけであるから、低コストで亀裂の発生を抑制できる。
【0023】
上記実施形態では、転がり軸受として深溝球軸受10を例示したが、この発明は円筒ころ軸受、円すいころ軸受等、転がり軸受全般に適用可能である。
また上記実施形態では、内輪12を鋼素材として熱処理および化学研磨処理をおこなったが、内輪12は化学研磨処理をおこなわなくともよいし、また内輪12は鋼素材でなくともよい。
さらに実施形態では、外輪11の外径面に周溝11bを設けたものを例示したが、この発明は外輪11の外径面に凹部を設けたもの全般に適用可能である。
【実施例】
【0024】
次に、実施例および比較例を挙げて、この発明の特徴を一層明確にする。
図2に示す構造の外輪11について、上記実施形態と同様に熱処理後に周溝11bの中を化学研磨処理したもの(実施例1)、および熱処理後に化学研磨処理をおこなわないもの(比較例1)を準備した。
【0025】
〔スラスト破断試験〕
図4のように、実施例1および比較例1の外輪11について、内輪12および球13と組み上げて深溝球軸受を完成させた。そのうえで、その周溝11bにスナップリングRを取り付けて外輪11をハウジングHに固定した。
さらに内輪12の上からシャフトSを取り付けて、このシャフトSに矢印で示す軸方向の荷重を与え、外輪11のスラスト破断強度(スラスト破断荷重〔kN〕)を測定した。結果を図5に示す。
図5から明らかなように、実施例1は比較例1からみて約30%の破壊強度向上が確認された。
【0026】
〔ラジアル破断試験〕
図6のように、実施例1および比較例1の外輪11を、測定台Bに載置し、上からプッシャPを当てて矢印で示す径方向の荷重を与え、そのラジアル破断強度(ラジアル破断荷重〔kN〕)を測定した。結果を図7に示す。
図7から明らかなように、実施例1は比較例1からみて約20%の破壊強度向上が確認された。
【0027】
以上のような実施例1における破壊強度の向上は、周溝11bの内の熱酸化被膜等が除去されていることで、いわゆる亀裂敏感性が低下したことが原因と考えられる。
【符号の説明】
【0028】
10 実施形態の深溝球軸受
11 外輪
11a 転走面
11b 周溝
11c 面取り部
12 内輪
12a 転走面
13 球
14 保持器
L 熱酸化被膜
R スナップリング
H ハウジング
S シャフト
B 測定台
P プッシャ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内径面に転走面が形成され、外径面に凹部が形成された鋼素材からなる外輪と、
前記外輪と同軸上に配置され、その外径面に転走面が形成された内輪と、
前記外輪と内輪の対向する転走面間に転動可能に配置された複数の転動体と、を備え、
前記外輪は、熱処理がされた後にその少なくとも凹部内が化学研磨処理されている転がり軸受。
【請求項2】
前記外輪は、その少なくとも凹部内が化学研磨処理された後に、その凹部以外の全部または一部が研削加工されている請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記外輪の凹部は、前記転がり軸受全体を他部材に係止するためのスナップリングを係合可能な周溝である請求項1または2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記外輪の熱処理は、鋼素材の浸炭をともなう熱処理である請求項1から3のいずれかに記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記外輪の熱処理は、鋼素材の窒化をともなう熱処理である請求項1から4のいずれかに記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記外輪の熱処理は、鋼素材の結晶粒の微細化をともなう熱処理である請求項4または5に記載の転がり軸受。
【請求項7】
深溝球軸受、アンギュラ球軸受、円筒ころ軸受、または円すいころ軸受である請求項1から6のいずれかに記載の転がり軸受。
【請求項8】
自動車のトランスミッション用、アクスル用、またはステアリング用である請求項1から7のいずれかに記載の転がり軸受。
【請求項9】
内径面に転走面が形成され、外径面に凹部が形成された鋼素材からなる外輪を熱処理するステップと、
ついで外輪の少なくとも前記凹部内を化学研磨処理するステップと、
ついで外輪の前記凹部以外の全部または一部を研削加工するステップと、を含む転がり軸受の外輪の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−62915(P2012−62915A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205354(P2010−205354)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】