説明

近赤外分析による冷凍すり身成分の非破壊測定法

【課題】冷凍すり身中の水分およびタンパク質を精度よく簡単に測定する方法を提供すること。
【解決手段】測定すべきすり身を冷凍し、すり身を凍結状態のまま、−5℃以下の温度で、ファイバープローブを使用し、生スペクトルをMSC処理し、その二次微分処理スペクトルをPLS回帰分析することすり身の近赤外分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷凍すり身に含まれる蛋白質などの成分の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷凍すり身の品質測定は、水産庁の指定した品質検査基準(水産庁通達、6水漁第1065号、平成6年4月1日)に従って行われ、冷凍すり身の水分は必須検査項目、タンパク質は任意測定項目となっている。これは、水分やタンパク質の含有量が、すり身の品質特性としてもっとも重要であるゲル形成能に直接的に影響する重要な因子であるためであり、国際的にも、CODEX規格によって水産庁の品質検査基準とほぼ同様の品質検査基準が定められている。
タンパク質の測定法は、前記CODEX規格ではケルダール法で測定することとなっており、ケルダール法によって総窒素量を求め、これに「窒素−タンパク質換算係数(魚肉の場合には6.25)」を乗じて粗タンパク質量を算出している。
ケルダール法は、分析精度が高く汎用性の高い方法であるが、分析試験が煩雑であり、また測定に時間を要することから、迅速性・簡便性の求められる製造現場において迅速かつ正確に測定可能な手法が求められてきた。
【0003】
近年、迅速な成分分析法として近赤外分光分析が注目され、係る分析法により蛋白質含有量を測定する方法が提案されている(特許文献1〜3)。これらのうち特許文献1,2に記載される方法は、比較的水分含有量の低い小麦粉等の穀類を対象としたものであり、これら対象物については水の存在による吸収スペクトルの妨害なくタンパク質によるピークを低波長領域(570-1120nm)で観察できた(特許文献2)が、水分含有量の高い水産物に適した方法ではなかった。また特許文献3においては水分が比較的多く含まれる小麦粉ドゥを対象として高波長領域(1100-2500nm)における観察を行っているが、ファイバープローブ(近赤外光の減衰のため1100nm以下の低波長領域の観察にしか適用できない)を使用せざるを得ない大きなブロック状の製品の測定には転用不可能であった。
【0004】
本発明者らは、1100nm以下の低波長領域においてファイバープローブを用いたインタラクタンス法による近赤外分光分析により迅速なタンパク質測定法を検討すべく、すり身成分中の水分及びタンパク質を分析することを試みた(非特許文献1)。ファイバープローブを用いた場合の波長領域としては、400-1100nmが対象となるが、この範囲において、水を示すピークは970nm付近に認められ、その影響から、910nm付近に観察されるべきタンパク質そのもののピークは確認することが出来ず、水分量からの逆相関によってタンパク質量を推定するしかなかった。
【0005】
一方、冷凍カツオや冷凍マアジの脂肪分を、光ファイバープローブを備えた近赤外分光法で測定する方法が提案されている(非特許文献2、3)。これらの方法は、冷凍魚の皮下0-5mmの脂肪含有量を精度よく測定でき、表皮に近い部分に脂肪を多く含有している魚の選別に適しているが、解凍によって発生する水のスペクトルによる測定誤差が生じること(非特許文献2)や、生・冷凍試料の検量線の評価では冷凍試料の方が生試料より劣ることが報告されており(非特許文献3)、他の測定に、広く応用されることを示唆するものではなかった。
このように、冷凍すり身中の水分およびタンパク質量をそのままの状態で精度よく測定する方法は知られていなかった。
【特許文献1】特開平5−60685号公報
【特許文献2】特表2003−526079号公報
【特許文献3】特表2001−527646号公報
【非特許文献1】Udden M, Okazaki E, Fukushima H, Turza S, Yamashita Y,and Fukuda Y :Food Chem. 96, 491-495 (2006)
【非特許文献2】山内悟、澤田敏雄、河野澄夫、日本水産学会誌、65[4]、1999年、水産学会、747-752
【非特許文献3】嶌本淳司、長谷川薫、井出圭、河野澄夫、日本水産学会誌、67[4]、2001年、水産学会、717-722
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、冷凍すり身中の水分およびタンパク質を精度よく簡単に測定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、測定すべきすり身を冷凍し、すり身を凍結状態のままで近赤外分析を行うと、1026nm付近に水の存在を示すと思われる大きなピークが観察され、910nm付近にタンパク質を示すピークが明瞭に観察され、しかも測定精度が解凍後のものより優れていることを見出し、本発明に至った。
非凍結のときに観察できなかったタンパク質のピークが明瞭に観察されたのは、非凍結のときに970nm付近にあった水のピークが1026nm付近まで移動したため、水のピークに隠れていたタンパク質のピークが観察されるようになったものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、凍結状態のままのすり身中の水分とタンパク質を測定するので操作が簡単であり、1100nm以下の波長を使用するので光ファイバープローブによる測定が可能であり、冷凍すり身を大きなブロック状態のまま測定でき、しかもタンパク質のピークから直接その含量を測定するので、精度の高い測定が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で使用する冷凍すり身としては、現在世界中で流通している種々の製品が対象となる。例えば、北米、ロシア、北海道では、スケトウダラ、ホッケ、パシフィックホワイティング等、東南アジア、インドでは、イトヨリダイ、キントキ、グチ、エソ等、ニュージーランド、南米では、ミナミダラ、ホキ、アジ等が挙げられる。
【0010】
本発明で使用される近赤外分光分析装置としては、市販されている装置が使用できるが、取り扱いの便から、ファイバープローブを備えた装置が好ましい。
冷凍すり身の一部を切り取って測定することは非常に困難であり現実的でないが、本発明では、ファイバープローブを使用することによって冷凍すり身の塊のまま非破壊的に水分及びタンパク質含有量を精度高く測定することが可能である。
【0011】
近赤外分析装置における統計処理として、重回帰分析(MLR:第1波長に926nm(魚油の吸収波長)、第2〜4波長は、700-1100nmの範囲でコンピュータにより自動的に選択される波長とする)する方法と、生スペクトルをMSC処理し、その二次微分処理スペクトルをPLS回帰分析(partial least squares regression)する方法が考えられ、本発明ではいずれも適用可能であるが、すり身は、各種成分を含むために多くのピークが複合的に影響するので、PLS回帰分析のほうが好ましい。
【0012】
本発明の分析は、すり身が冷凍状態であれば何度でも差し支えないが、−5℃〜0℃の間で1024nm(氷)から970nm(水)への急激なピークのシフトが生じるので、−5℃以下、より好ましくは−10℃以下の温度で行なうことが精度を高くするためには必要である。
【実施例1】
【0013】
≪検量線の作成≫
市場に流通している各種冷凍すり身(スケトウダラ冷凍すり身、52製品)を試料として使用した。近赤外スペクトルの測定では、近赤外分析計NIRSystems 6500(NIRSystems Inc., Silver Spring, MD, USA)に装着したインタラクタンス型光ファイバープローブ(直径9mm)を、試料表面に接触させて32回スキャンを行った。試料測定前のリファレンススペクトル測定には白色セラミック板を使用した。装置の操作およびスペクトルの収集は、Vision software(Version 3.20, NIRSystems Inc., MD, USA)を用いて行った。得られたスペクトルデータ(700-1100nm)は、The Unscrambler software(Version 8.05, CAMO, NJ, USA)により解析した。測定したすり身の近赤外スペクトル(タンパク質:910nm、水分:1026nm)を図1に示す。
【0014】
図2は、図1に示されるオリジナルスペクトルの二次微分値をプロットした図で、水分由来のピーク(1026nm)とタンパク質由来のピーク(910nm)が見られる。
【0015】
図3は、これらのピーク値から検量線を用いて求めたタンパク質の含有量の値と、ケルダール法によって求めたタンパク質の含有量の値との相関を示すグラフであり、R2=0.96という高精度でタンパク質の含有量が測定できたことを示している。
【実施例2】
【0016】
≪測定精度の比較≫
冷凍及び解凍すり身の近赤外スペクトルを実施例1と同様に測定した。対照分析値となる水分含量およびタンパク質含量は、それぞれ常圧加熱乾燥法およびケルダール法により測定した。得られた近赤外スペクトルデータおよび化学分析値を用いて検量線を作成し、各モデルの精度を検証した。その結果を表1に示す。
表1の数値が示すようにタンパク質及び水分のいずれも、予測精度は冷凍状態の方が解凍状態より優れていた。これは、冷凍状態ではタンパク質と水分のピーク波長が離間し、相互に影響を及ぼさないことが原因と考えられる。
【0017】
【表1】

【実施例3】
【0018】
近赤外分析において、温度変化に伴う970nm(水)及び1024nm(氷)における吸光度の変化を調べるため、すり身の解凍過程における近赤外スペクトルを実施例1と同様に測定した。スケトウダラ冷凍すり身(約50×50×50 mmのブロック)を、表面より深さ約 5 mmの温度をモニターしながら、種々の温度(−20℃〜5℃:全45点)における近赤外スペクトルを測定した。解凍および測定は、保冷材を詰めた発泡スチロール中で行った。得られたスペクトルデータを二次微分処理した後、970nm(水)及び1024nm(氷)の値をプロットした結果を図4に示す。
図4から明らかなように、−5℃〜0℃の間で吸光度が急激に変化していることがわかる。
したがって、本発明を実施するには、−5℃以下、より好ましくは−10℃以下で行なうことが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明によれば、冷凍すり身のリアルタイムのグレーディングが可能となり、より品質の安定した冷凍すり身の生産を実現することができる。また、製造前の原料の品質管理を厳密に行なうことができ、加工品の品質向上に大いに役立つ。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】すり身中の水分及びタンパク質のスペクトル
【図2】図1に示されるオリジナルスペクトルの微分値をプロットした図
【図3】ピーク値から検量線を用いて求めたタンパク質の含有量の値と、ケルダール法によって求めたタンパク質の含有量の値との相関を示すグラフ
【図4】温度変化に伴う970nm(水)及び1024nm(氷)における吸光度の変化を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各種魚介類から製造されたすり身中の水分及びタンパク質を、凍結状態で測定することを特徴とする近赤外分析方法。
【請求項2】
−5℃以下の温度で測定することを特徴とする請求項1記載の近赤外分析方法。
【請求項3】
ファイバープローブを使用することを特徴とする請求項1又は2記載の近赤外分析方法。
【請求項4】
生スペクトルをMSC処理し、その二次微分処理スペクトルをPLS回帰分析することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の近赤外分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−89529(P2008−89529A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−273616(P2006−273616)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年4月6日 リヨン第一大学におけるFOCAL(研究交流部門)赤外分光学のEPセミナー研究集会においてパワーポイントを使用して発表
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】