説明

造形用スラリー及び造形方法

【課題】粒体を用いた造形時において粒体の飛散を抑制することが可能な造形用スラリーを提供するとともに、この造形用スラリーを用いた造形方法を提供する。
【解決手段】造形物20を形成するための造形用スラリーであって、水系溶媒と、前記造形物の少なくとも一部を構成する疎水性の粒体と、ラジカル重合開始剤と、前記造形物の少なくとも一部を構成するとともに前記水系溶媒に溶解される両親媒性ポリマーと、を含有することを特徴とする造形用スラリー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、造形に用いられる造形用スラリー、及び該造形用スラリーを用いた造形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、造形物を迅速に試作する方法(ラピッドプロトタイピング)として積層造形法が多用されている。積層造形法では、三次元CAD等による造形物のモデルを多数の二次元断面層に分割した後、各二次元断面層に対応する層状構造体を順次作成しつつ積層することによって造形物を形成する。具体的には、例えば特許文献1に記載のように、まず、セラミックや金属等を含む粒体が層状に形成される。次いで、粒体からなる層の一部で粒体同士を結着させるための結着液が、例えばインクジェット式液滴吐出装置によって粒体からなる層に吐出される。そして粒体間の空隙に浸透した結着液がそれの硬化とともに粒体同士を結着することによって、上記二次元断面層に対応する層状構造体が形成される。以後同様に、これら粒体からなる層の形成と結着液の吐出とが交互に繰り返されることによって造形物が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2729110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、造形物の形成材料として粒体を用いた場合、粒体の層に振動が与えられることや、粒体の層に対して結着液が吐出されること等によって、粒体からなる層から粒体の一部が飛散することも少なくない。飛散した粒体は、構造体が形成される空間中に拡散する他、結着液を吐出する液滴吐出装置の液滴吐出ヘッドに付着する。このように液滴吐出ヘッドに付着した粒体は、液滴吐出ヘッドを汚染するとともに、液滴吐出ヘッドに設けられたノズルを塞ぐことで、液滴の吐出を妨げる虞がある。なお、上述したような粒体の飛散による問題とは、上記液滴吐出装置を用いた積層造形法に限られたものではなく、粒体を用いて造形する方法に概ね共通した問題である。
【0005】
この発明は、こうした従来の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、粒体を用いた造形時において粒体の飛散を抑制することが可能な造形用スラリーを提供するとともに、この造形用スラリーを用いた造形方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明では、造形物を形成するための造形用スラリーは、水系溶媒と、前記造形物の少なくとも一部を構成する疎水性の粒体と、ラジカル重合開始剤と、前記造形物の少なくとも一部を構成するとともに前記水系溶媒に溶解される両親媒性ポリマーとを含有する。
【0007】
この発明によれば、造形物を形成するための疎水性の粒体は、ラジカル重合開始剤と水系溶媒及び両親媒性ポリマーとともに混合されることによって、懸濁液であるスラリー中に存在する。当該スラリーにおいては、両親媒性ポリマーにおける疎水性の部位が疎水性の粒体と親和性を有するため、粒体同士が両親媒性ポリマーによって繋がれた状態にある。つまり、疎水性の粒体同士は、互いに独立した状態にあるのではなく、両親媒性ポリマーの介在によって互いに付着された状態にある。そのため、造形物の形成に際して、スラリーに振動等が与えられたとしても、疎水性の粒体は、粒体同士の付着によって形成された構造中に保持されることから、粒体の飛散が抑制されるようになる。また、ラジカル重合開始剤も粉体であるため、疎水性の粒体同様に飛散が抑制されるようになる。
【0008】
他方、両親媒性ポリマーの有する親水性の部位が水系溶媒と親和性を有するため、疎水性の粒体は、両親媒性ポリマーを介して水系溶媒中に分散された状態になる。そのため、疎水性の粒体は、両親媒性ポリマーを介することによって、水系溶媒中に均一に分散することが可能になる。それゆえに、こうしたスラリーを用いて形成された造形物においては、その形成材料である疎水性の粒体が均一に存在するようになる。
【0009】
しかも、このようにして粒体の飛散を抑制する溶媒として、水系溶媒を用いるようにしているため、粒体が溶媒に溶解することや、粒体が溶媒を吸収して膨潤することに起因して、粒体が変性することを抑制することができる。そして、上述した効果を発現するための両親媒性ポリマーが造形物の構成材料であるため、造形物を形成するに際して造形用スラリーから両親媒性ポリマーを別途取り除く必要もない。
【0010】
この発明では、粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂からなる粒体であり、且つ、前記水系溶媒が非有機系の溶媒であり、且つ、前記ラジカル重合開始剤がジアシルパーオキサイド、又はパーオキシエステルであり、且つ前記両親媒性ポリマーは、主鎖から枝分かれした側鎖として、親水性の官能基と疎水性の官能基とを有する。
【0011】
この発明によれば、造形物を構成する粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂から形成されたものであり、且つ、粒体とともにスラリーを構成する溶媒は、非有機系である。一般に、非有機系の溶媒に対する樹脂の溶解度は小さいことから、粒体の形成材料として樹脂を選択し、且つ、溶媒として非有機系の溶媒を選択した場合、粒体が溶媒に溶解することや粒体が溶媒を吸収して膨潤することをより確実に抑制できる。
【0012】
この発明では、ラジカル重合開始剤として、ジアシルパーオキサイド、又はパーオキシエステルを用いるようにしている。これらのラジカル重合開始剤は、低温でのラジカル重合開始が可能であるため、高温加熱源を必要とせず、造形物の熱収縮による寸法精度低下を抑制できるようになる。
【0013】
また、上記発明では、主鎖から枝分かれした側鎖として、親水性の官能基と疎水性の官能基を有する両親媒性ポリマーを用いるようにしている。これにより、両親媒性ポリマーの疎水性を発現する疎水基によって両親媒性ポリマーと粒体との親和性が担保されるとともに、両親媒性ポリマーの親水性を発現する親水基によって両親媒性ポリマーと非有機系の溶媒との親和性が担保されるようになる。
【0014】
この発明では、前記両親媒性ポリマーはポリビニルアルコールである。
この発明によるように、疎水性の粒体及び水系溶媒と親和性を有する両親媒性ポリマーとしては、ポリビニルアルコールを採用することができる。ポリビニルアルコールは、主鎖として直鎖状の炭化水素を有するとともに、側鎖として疎水性の官能基である酢酸基と親水性の官能基であるヒドロキシル基を有する。ポリビニルアルコールには、その単位構造当りに凡そ一つのヒドロキシル基が含まれることから、該ポリビニルアルコールは、疎水性の粒体との親和性を側鎖の酢酸基によって維持しつつ、水系溶媒との親和性が高いものとなる。それゆえに、両親媒性ポリマーとしてポリビニルアルコールを含むスラリーにおいては、これを構成する粒体がより均一に分散されることになる。
【0015】
この発明では、前記水系溶媒は水であるとともに、前記ポリビニルアルコールの重合度は、300以上1000以下である。
ポリビニルアルコールは、単位構造の重合数である重合度が大きいもの程、これを含む膜等の構造体の機械的強度が増大する。一方、ポリビニルアルコールは上述のように、その単位構造に含まれるヒドロキシル基によった親水性を有してはいるものの、その重合度が大きくなる程、水系溶媒に対する溶解度は低下する。
【0016】
ここで、スラリーを用いて造形物を形成する場合、スラリーからなる単一層における機械的強度に鑑みれば、スラリーに含まれるポリビニルアルコールの重合度をより大きくすることが好ましい。しかしながら、スラリーからなる層を積層することによって造形物を形成するとなれば、重合度の増大によってポリビニルアルコールの溶解度が低下することから、隣接する層の接合面においては、一方の層の界面に存在するポリビニルアルコールが、他方の層を構成する溶媒に溶解し難くなる。つまり、層間の溶解性が低下することによって層間の接着性が低下してしまい、層間における機械的強度が低下することになる。
【0017】
上記観点に基づく本発明者らの鋭意研究によって、スラリーに含まれる水系溶媒が水であるときに、ポリビニルアルコールの重合度を300以上1000以下とすれば、スラリーからなる層内の機械的強度と層間の接着性との両立が可能であることが見出された。それゆえに、この発明によれば、スラリーからなる単一層によって造形物を形成する場合であれ、スラリーからなる層の積層体によって造形物を形成する場合であれ、当該造形用スラリーを利用することが可能である。
【0018】
この発明では、前記水系溶媒は水であるとともに、前記ポリビニルアルコールの鹸化度は、85%以上90%以下である。
ポリビニルアルコールの単位構造であるビニルアルコールの単量体が酸化されやすく不安定であることから、ポリビニルアルコールは一般に以下の手順で生成される。
【0019】
(a)ビニルアルコールのヒドロキシル基がカルボキシル基に置換された構造を有する酢酸ビニルを重合することによって、ポリ酢酸ビニルを生成する。
(b)ポリ酢酸ビニルを加水分解(鹸化)して、カルボキシル基をヒドロキシル基に置換する。
【0020】
そのため、ポリビニルアルコールと総称される物質には、ポリ酢酸ビニルの重合度に対する、該ポリ酢酸ビニルが有するカルボシキル基と置換したヒドロキシル基の数の比が異なるものが含まれる。ここで、上記重合度に対するヒドロキシル基の数の比の百分率は鹸化度と呼ばれ、ポリビニルアルコールの特性を示す指標として用いられている。例えば、鹸化度が小さい程、ポリビニルアルコール中に含まれるカルボキシル基の数が多くなる一方、ヒドロキシル基の数が少なくなることから、ポリビニルアルコール全体としての疎水性が増大する。そのため、水系溶媒に対する溶解度が小さくなる。他方、鹸化度が大きい程、ポリビニルアルコール中に含まれるカルボキシル基の数が少なくなる一方、ヒドロキシル基の数が多くなることから、ポリビニルアルコール全体としての親水性が増大する。そのため、水系溶媒に対する溶解度が大きくなる。ただし、カルボキシル基がほとんど含まれていないポリビニルアルコール、言い換えれば、鹸化度が100%に近いポリビニルアルコールは結晶化しやすいため、溶媒への溶解度が低下する。
【0021】
この点、本発明によれば、スラリーを構成する溶媒が水であるときに、ポリビニルアルコールの鹸化度を85%以上90%以下とすることにより、水に対するポリビニルアルコールの溶解度の低下を抑制することができる。そのため、上述のようなスラリー層間の接着性の低下を抑制することができる。
【0022】
この発明では、前記両親媒性ポリマーはアクリル樹脂エマルジョンである。
この発明によるように、疎水性の粒体及び水系溶媒と親和性を有する両親媒性ポリマーとしては、アクリル樹脂エマルジョンを採用することができる。アクリル樹脂エマルジョンは、アクリルモノマーを乳化重合させエマルジョン化した乳白色水溶液であり、エマルジョンの水溶媒が揮発し、残されたアクリル樹脂の粒が融けることで接着機能が発現する。アクリル樹脂エマルジョンの粒としては、メタクリレート重合体或いは共重合体を採用していることから、疎水性の粒体のアクリレートと親和性が良好であり、水系溶媒との溶解性も担保される。
【0023】
ここで、スラリーを用いて造形物を形成する場合、スラリーからなる層を積層することによって造形物を形成するとなれば、少なくともMFT(最低造膜温度)未満でスラリーを乾燥しても充分な接着機能が発現できず、疎水性の粒体間の架橋が弱く、結果として層間の接着性が低下してしまい、層間における機械的強度が低下することになる。
【0024】
この発明は、造形物を形成する造形方法であって、疎水性の粒体と、ラジカル重合開始剤と、水系溶媒と、該水系溶媒に溶解された両親媒性ポリマーとを含むスラリーで、基体に層を形成する層形成工程と、前記ラジカル重合開始剤が混合することによって重合が開始する重合反応物を含む機能液を、前記層の一部に塗布する塗布工程と、前記塗布工程の後に、前記層に水系の液体を流すことによって、前記層を洗浄する洗浄工程と、を含むことを特徴としている。
【0025】
この発明によれば、造形物の形成に際しては、造形物を形成する疎水性の粒体が、水系溶媒中に懸濁されたスラリーを用いるようにしている。そのため、造形物の形成に際してスラリーに振動等が与えられたとしても、疎水性の粒体は水系溶媒中に保持されることから、粒体の飛散が抑制されるようになる。しかも、こうして粒体の飛散を抑制する溶媒として、水系溶媒を用いるようにしているため、粒体が溶媒に溶解することや、粒体が溶媒を吸収して膨潤することに起因して、粒体が変性することを抑制できる。
【0026】
また、上記発明によれば、スラリーの構成材料として、疎水性の粒体と水系溶媒との両方に親和性を有する両親媒性ポリマーを加えるようにしている。こうした両親媒性ポリマーは、その疎水性の部位において疎水性の粒体と親和性を有するとともに、その親水性の部位において水系溶媒と親和性を有する。そのため、疎水性の粒体は、両親媒性ポリマーを介することによって、水系溶媒中に均一に分散することが可能になる。それゆえに、こうした造形用スラリーを用いて形成された造形物においては、その形成材料である疎水性の粒体が均一に存在するようになる。
【0027】
さらに、上記発明では、スラリーからなる層にラジカル重合開始剤が構成材料として加えられている。機能液が滴下されると、ラジカル重合開始剤は機能液に含まれる重合反応物の重合反応を開始させ、重合反応物が重合硬化することにより、機能液が塗布された領域のスラリーを硬化させる。従って、硬化部は非常に強度に優れた領域として形成され、結果的に造形物の強度が優れることになる。そして、洗浄工程において、層に水系の液体を流すので、重合反応物が重合硬化した領域以外の領域を水系の液体によって除去することができる。この際、上記層を構成するスラリーが水系溶媒及び両親媒性ポリマーを含んで構成されるため、機能液が滴下された領域以外の領域は、水系の液体によって容易に除去することができる。
【0028】
この発明では、前記疎水性の粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂からなる粒体であり、前記重合反応物は、ラジカル重合可能なメタクリレート又はアクリレート単量体で構成される樹脂と、ラジカル重合促進剤と、を含む。
機能液のラジカル重合促進剤によって、スラリーに含まれるラジカル重合開始剤に遊離ラジカルを発生させることができる。この遊離ラジカルによって、機能液に含まれるメタクリレート又はアクリレート単量体が重合する。また、スラリーに含まれる疎水性の粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂からなる粒体であるので、疎水性の粒体と機能液に含まれるメタクリレート又はアクリレート単量体との重合が可能になり、構造体の強度を向上することできる。
【0029】
この発明では、前記層形成工程と前記塗布工程とを交互に繰り返すことによって前記機能液を含む複数の前記層からなる積層体を形成した後、前記洗浄工程では、前記積層体に前記水系の液体を流すことによって、前記層を洗浄する。
【0030】
この発明によれば、層形成工程と塗布工程とを交互に繰り返すことにより、複数の層から構成される積層体を形成することができるため、当該造形方法によって形成される造形物の形状に係る自由度が高くなる。
【0031】
この発明は、前記スラリーからなるとともに、前記層よりも前記機能液の滴下量が少ない犠牲層を最下層として前記基体に形成する犠牲層形成工程を含む。
この発明では、最下層として基体上に形成する層として上記層よりも機能液の滴下量が少ない犠牲層を設けるようにしている。そのため、造形物を形成する層を基体から剥離する際には、上記犠牲層を除去する、あるいは、犠牲層と基体とを乖離させるようにすればよい。それゆえに、造形物を基体から剥離する際に造形物に掛かる力等に起因して、造形物の形状、特に、犠牲層の直上に塗布される層によって形成される部位における形状の精度が低下することを抑制できる。
【0032】
この発明では、前記犠牲層形成工程において、前記犠牲層となる前記層に対して前記機能液を離散的に滴下するとともに、該機能液を硬化する。
この発明によれば、犠牲層に対して離散的に機能液を滴下するとともに、機能液を硬化するようにしている。そのため、犠牲層の基体からの剥離性が低下することを抑制しつつ、スラリーの層に形成される造形物が、機能液の硬化領域を介して基体に安定に支持されるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施の形態に係る造形用スラリーを用いた造形方法の手順を示すフローチャート。
【図2】(a)(b)(c)同造形方法の各工程を手順に沿って模式的に示す図。
【図3】(a)(b)(c)同造形方法の各工程を手順に沿って模式的に示す図。
【図4】(a)(b)(c)(d)変形例に係る造形方法の各工程を手順に沿って模式的に示す図。
【図5】(a)(b)(c)変形例に係る造形方法の各工程を手順に沿って模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明に係る造形用スラリー及び該造形用スラリーを用いた造形方法の一実施の形態について、図1〜図3を参照して説明する。
[造形用スラリーの組成]
まず、造形用スラリーの組成について説明する。
本実施の形態の造形用スラリーは、次の4つの材料が混練された懸濁物である。
(A)疎水性粒体
(B)ラジカル重合開始剤
(C)水系溶媒
(D)両親媒性ポリマー
上記疎水性粒体は、造形用スラリーを用いて形成される造形物の主要な構成材料である。疎水性粒体には、疎水性の樹脂の粒体、例えばアクリル樹脂粉末、アクリルシリコーン樹脂粉末、及びエチレンアクリル酸共重合樹脂粉末を用いることができる。なお、本実施の形態における疎水性粒体とは、100gの水系溶媒に対して1g以上溶解しない粒体のことである。
【0035】
上記ラジカル重合開始剤は、疎水性粒体と後述する機能液を重合させるための材料である。ラジカル重合開始剤には、ジアシルパーオキサイド類のベンゾイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイド等を用いることができる。
【0036】
上記水系溶媒は、それが蒸発することによって造形物が形成される溶媒であり、該溶媒に対しては、造形物を構成する疎水性粒体の溶解度が上述のように低い。そのため、溶媒への溶解や溶媒の吸収に起因する疎水性粒体の変性が起こり難い。それゆえに、疎水性粒体の飛散を抑制する媒質として好ましい。なお、水系溶媒とは水、及び無機塩の水溶液等の非有機系溶媒を含むものであって、このうち水が水系溶媒として用いられることが好ましい。
【0037】
上記両親媒性ポリマーは、上記疎水性粒体とともに造形物を構成する材料である。この固体ポリマーは両親媒性であることから、親水性の部分による水系溶媒との親和性によって水系溶媒に溶解するとともに、その疎水性の部分による疎水性粒体との親和性によって該疎水性粒体の溶媒中への分散作用を発現する。両親媒性ポリマーとしては、主鎖から枝分かれした側鎖として疎水性の官能基と親水性の官能基とを有する材料を用いることができる。中でも、直鎖炭化水素鎖を有しているものの、他の材料と比較して親水性が高いポリビニルアルコールを用いることが好ましい。また、上記両親媒性ポリマーとして、アクリル樹脂エマルジョンも好適に用いることができる。アクリル樹脂エマルジョンは、通常数百nmの樹脂粒子が水の中に分散されている。上記水系溶媒及び、上記アクリル系樹脂の粒体と親和性がよく分散作用を発現する。
【0038】
上記4つの材料が混練されたスラリー中では、両親媒性ポリマーによって、疎水性粒体同士が互いに架橋された状態にもなる。そのため、造形物の形成に際して、スラリーに振動等が与えられたとしても、疎水性粒体は、粒体間の架橋によって形成された構造中に保持されることから、粒体の飛散が抑制されるようになる。
【0039】
また、疎水性粒体は、両親媒性ポリマーによって、水系溶媒中に均一に分散される。そのため、こうしたスラリーを用いて形成された造形物においては、形成材料である疎水性粒体が均一に存在することになる。なお、こうした両親媒性ポリマーは、それ自体が造形物の形成材料であることから、造形物の形成時には、形成途中の、あるいは完成した造形物から両親媒性ポリマーを取り除くといった操作を必要としない。
【0040】
以下に、(A)疎水性粒体、(B)ラジカル重合開始剤、及び(C)両親媒性ポリマーの具体例を記載する。
[(A)疎水性粒体]
疎水性粒体としての粉末樹脂材料は、真球形状の粒体を含有していることが好ましい。これにより、造形物の形状に係る制御性、特に造形物の外形を規定する辺や角部における形状の制御性が向上する。
【0041】
また、上記粉末樹脂材料を含有するスラリーを用いて公知の積層造形法により造形物を形成する際には、粉末樹脂材料の粒径が、スラリーにより形成されるスラリー層当りの厚さ以下であることが好ましい。さらには、スラリー層の厚さの2分の1以下であることがより好ましい。これにより、スラリー層における粒体の体積充填率を向上させ、ひいては、造形物の機械的強度を向上させることができる。
【0042】
加えて、粉末樹脂材料には、上記粒径の範囲内で、互いに異なる粒径の粒体が含まれていることが好ましい。なお、造形用スラリー中における粒径の分布としては、ガウス分布(正規分布)に近い分散であってもよいし、最大径側あるいは最小径側に粒径分布の最大値を有するような分散(片分散)であってもよい。粉末樹脂材料に含まれる粒体の粒径が単一の値である場合、造形物を形成したときの該粒子の体積充填率は、最密充填時の理論値である69.8%を超えることはなく、実際には50〜60%程度の充填率となる。上述のように、粉末材料中に互いに異なる粒径の粒体が含まれる、言い換えれば粒径が範囲を持って分布するようにすれば、例えば相対的に大きな粒径を有した粒体同士によって形成された空隙に、相対的に粒径の小さい粒体が配置されることによって体積充填率が向上される。これにより、造形物の機械的強度を向上させることができる。
【0043】
例えば、上記スラリー層の厚さが100μmである場合、粉末樹脂材料に含まれる粒体の粒径は、100μm以下が好ましく、さらには、平均粒径が20μm〜50μmであって、数μm〜100μm以下の分散を有しているとより好ましい。
【0044】
また、粉末樹脂材料は、アクリル基を有するアクリル系材料であることが好ましい。アクリル系材料を用いることで、機能液に含まれるメタクリレート又はアクリレート単量体と重合が可能になり、造形物との強度を向上することができる。
【0045】
上記条件を満たす粉末樹脂を以下に列挙する。
アクリルシリコーン樹脂粉末としては、例えば、シャリーヌR−170S(粒径30μm)(日信化学工業(株)製)(シャリーヌ:登録商標)が挙げられる。
【0046】
アクリル樹脂としては、例えば、エポスターMA1013(粒径12〜15μm)、エポスターMA1010(粒径8〜12μm)、エポスターMA1006(粒径5〜7μm)((株)日本触媒製)(エポスター:登録商標)や、マツモトマイクロスフェアー M−100(粒径5〜20μm)、マツモトマイクロスフェアー S−100(粒径5〜25μm)(松本油脂製薬(株))(マツモトマイクロスフェアー:登録商標)が挙げられる。
【0047】
エチレンアクリル酸共重合樹脂としては、例えば、フロービーズEA−209(粒径10μm)(住友精化(株)製)が挙げられる。
[(B)ラジカル重合開始剤]
常温〜40℃でのラジカル重合を開始させるラジカル重合開始剤としては、ジアシルパーオキサイド類であるベンゾイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイドなどが挙げられる。パーオキシエステル類としては、t−ブチルパーオキシアセテート、t−ブチルパーオキシイソブチレートなどが挙げられる。このラジカル重合開始剤は、粉末樹脂材料に対して0.1〜5.0wt%添加することで、充分な重合を得ることができる。
[(C)両親媒性ポリマー]
両親媒性ポリマーの好ましい例として、ポリビニルアルコールが挙げられる。ポリビニルアルコールの構造を以下に示す。
【0048】
【化1】

【0049】
ポリビニルアルコールは、主鎖として直鎖状の炭化水素を有するとともに、側鎖として親水性の官能基であるヒドロキシル基を有する。ポリビニルアルコールには、その単位構造当りにおよそ一つのヒドロキシル基が含まれることから、該ポリビニルアルコールは、疎水性粒体との親和性を主鎖によって維持しつつ、水系溶媒との親和性が高いものとなる。なお、ポリビニルアルコールの単量体であるビニルアルコール(H2C=CHOH)はケト−エノール互変異性による平衡がケト体であるアセトアルデヒド(CH3CHO)側に大きく偏っていて不安定であることから、ポリビニルアルコールは一般に以下の手順で生成される。
【0050】
(a)まず、酢酸(CH3COOH)とエステル化した構造を有する酢酸ビニル(CH3COOCH=CH2)を重合することによって、ポリ酢酸ビニルを生成する。
【0051】
(b)ポリ酢酸ビニルのエステル結合を加水分解(鹸化)して、−C=OCH3を−Hに置換する。
そのため、ポリビニルアルコールは、上記化学式(1)に示されるように、側鎖に官能基としてヒドロキシル基(−OH)の他に、一部−OC=OCH3基を有している。また、ポリビニルアルコールと総称される物質には、上記加水分解の度合いの違いに起因して、ポリ酢酸ビニルの重合度に対する、ヒドロキシル基の数の比が異なるものが含まれる。こうした重合度に対するヒドロキシル基の数の比の百分率は鹸化度と呼ばれ、ポリビニルアルコールの特性を示す指標として用いられている。
【0052】
また、ポリビニルアルコールの特性を示す指標としては、上記化学式(1)に示される単位構造の重合数である重合度も用いられている。
これら鹸化度と重合度には以下のような傾向がある。
(ア)鹸化度が大きい程、親水性が増大するため、水系溶媒に対する溶解度が大きくなる。
(イ)ただし、一般的に部分鹸化型と呼ばれる鹸化度86%以上の範囲では、鹸化度が100%に近づく程結晶化しやすくなるため、水系溶媒に対する溶解度が小さくなる。
(ウ)鹸化度が小さい程、疎水性が増大するため、水系溶媒に対する溶解度が小さくなる。
(エ)重合度が大きい程、ポリビニルアルコールが含まれる構造体の機械的強度が増大する。
(オ)重合度が小さい程、水系溶媒、特に冷水に対する溶解度が大きくなる。
【0053】
ここで、上記積層造形法を用いて造形物を形成する場合、スラリーからなる単一層における機械的強度に鑑みれば、スラリーに含まれるポリビニルアルコールの重合度をより大きくすることが好ましい。しかしながら、重合度の増大によってポリビニルアルコールの溶解度が低下することから、スラリーからなる層を積層することによって造形物を形成する際、隣接する層の接合面においては、一方の層の界面に存在するポリビニルアルコールが、他方の層を構成する溶媒に溶解し難くなる。つまり、層間の溶解性が低下することによって層間の接着性が低下してしまい、層間における機械的強度が低下することになる。
【0054】
この点、造形用スラリーに含まれる水系溶媒が水であるときには、積層される造形用スラリーへのポリビニルアルコールの混入を抑えるうえでは、上記(ア)〜(オ)に基づき、PVA溶液におけるポリビニルアルコールの重合度を300以上1700以下とすることが好ましい。加えて、鹸化度を86%以上96%以下とすることも好ましい。これらによれば、積層される造形用スラリーに対してポリビニルアルコールが溶解し難くなることから、結着部分への両親媒性ポリマーの混入を抑えることができる。
【0055】
上記条件を満たすポリビニルアルコールを以下に列挙する。
ポバールJP−05(重合度500、鹸化度87.0%〜89.0%(88%))、ポバールJP−15(重合度1500、鹸化度86.0%〜90.0%(88%))、ポバールJP−24(重合度2400、鹸化度87.0%〜89.0%(88%))、ポバールJT−05(重合度500、鹸化度93.5%〜94.5%(94%))、ポバールJT−15(重合度1500、鹸化度91.5%〜95.5%(93.5%))(日本酢ビ・ポバール(株)製)等が挙げられる。
【0056】
また、クラレポバールPVA−203(重合度300、鹸化度87%〜89%(88%))、クラレポバールPVA−205(重合度500、鹸化度86.5%〜89%(87.75%))等も挙げられる。
【0057】
また、ゴーセノールGL−05(重合度500、鹸化度86.5%〜89.0%(87.75%))、ゴーセノールGL−03(重合度300、鹸化度86.5%〜89.0%(87.75%))(日本合成化学工業(株)製)(ゴーセノール:登録商標)等も挙げられる。
【0058】
両親媒性ポリマーとして、好ましい他例として、アクリル樹脂エマルジョンが挙げられる。アクリル樹脂エマルジョンは、アクリルモノマーを乳化重合させエマルジョン化した乳白色水溶液である。このような両親媒性ポリマーとしては、ビニブラン2580(MFT(最低造膜温度)>100℃)、ビニブラン2585(MFT(最低造膜温度):25℃)(日信化学工業(株)製)(ビニブラン:登録商標)等が挙げられる。
【0059】
[配合比]
上記(A)疎水性粒体としてマツモトマイクロスフェアーM−100を、(B)ラジカル重合開始剤としてベンゾイルパーオキサイドを、(C)水系溶媒として水を、(D)両親媒性ポリマーとしてポバールJP−05を用いるとき、これらの材料を以下の割合で配合すると好ましい。
【0060】
(A):(B):(C):(D)=7:0.07:3.1:0.22(単位g)
これら材料を混練することにより、造形用スラリーを作成することができる。なお、造形物において疎水性粒体の充填率が高くなるほど、該造形物における機械的な強度が高められる。それゆえに、造形物の機械的な強度を高める上では、疎水性粒体が最密に充填されるべく、最密に充填された疎水性粒体の隙間よりも疎水性液体の体積が小さくなるような配合比が好ましい。
[造形方法]
次に、上記組成のスラリーを用いた造形方法について、図1〜図3を参照して説明する。
【0061】
図1は、造形方法の各工程を手順に沿って示すとともに、図2及び図3は、上記各工程にて実施される処理を模式的に示している。
本実施の形態における造形方法では、まず、犠牲層形成工程(ステップS11:図2(a))にて、例えばガラス基板やプラスチックシート等の基板11上に、例えば厚さが200μmになるように、上記スラリーを塗布、乾燥することによって、スラリーからなる層の最下層としての犠牲層12を形成する。なお、スラリーの塗布には、公知の方法であるスキージ法、スクリーン印刷法、ドクターブレード法、及びスピンコート法等、基板11上に略均一な厚さを有したスラリーの層を形成可能な方法を用いることができる。
【0062】
次いで、スラリー層形成工程(ステップS12:図2(b))にて、厚さが100μmになるように、上記スラリーを塗布、乾燥してスラリー層21aを形成する。なお、スラリー層21aの形成に際しても、犠牲層12の形成時と同様、上記公知の方法を用いることができる。
【0063】
そして、機能液滴下工程(ステップS13:図2(c))にて、上記スラリー層21aにおいて造形物20(図3(c))の一部を形成するための造形部22aに、液滴吐出装置31から機能液Iを吐出する。ここで、スラリー層21a内には、上記ポリビニルアルコールによる疎水性粒体の架橋構造が形成されることによって、疎水性粒体同士は互いに所定の空間を有して配置されている。そのため、スラリー層21aの上方から、該スラリー層21aの表面に向かって吐出された機能液Iは、上述の空間を通ってスラリー層21aの裏面に到達するようになる。つまり、造形部22aの全体に機能液Iが浸透し重合硬化するため、該造形部22aの強度が向上される。
【0064】
上記機能液Iには、ラジカル重合開始剤と混合することによって重合が開始する重合反応物が含まれている。この重合反応物は、メタクリレート又はアクリレート単量体と、ラジカル重合促進剤と、を含む。機能液Iは、スラリー層21aの造形部22aに滴下された後、造形部22aに含まれる疎水性粒体と共々、硬化させるものである。そのため、機能液Iと疎水性粒体とには、相溶性を有する材料を選択することが好ましい。つまり、機能液Iと疎水性粒体には同系の材料を用いること、例えばメタクリレート又はアクリレート単量体を含む機能液Iと、アクリル樹脂粉末とを用いることが好ましい。あるいは、疎水性粒体として、機能液Iと重合が可能であるアクリル基が導入された疎水性粒体とを用いること、例えば機能液Iとアクリルシリコーン樹脂粉末とを用いることが好ましい。つまり、ここでいう同系とは、機能液Iと疎水性粒体のそれぞれがアクリル基を含有していることを意味している。
【0065】
メタクリレート単量体としては、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、イソブチルメタクリレート、n―ブチルメタクリレート、t−ブチルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、エチルヘキシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、ポリエチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、1,4−ブタンジオールジメタクリレート、ネオペンチルグリコールジメタクリレート等が挙げられる。アクリレート単量体としては、2−ヒドロキシエチルアクリレート、イソブチルアクリレート、ラウリルアクリレート、イソオクチルアクリレート、テトラヒドロフルフリルアクリレート、ベンジルアクリレート、ジプロピレングリコールジアクリレート、トリプロピレングリコールジアクリレート、フェノキシエチルアクリレート、1,6−ヘキサンジオールジアクリレート、1,4−ブタンジオールジアクリレートノナンジオールジアクリレ−ト、ウレタンアクリレートが挙げられる。これらは、単独で使用しても、又2種類以上を混合してもよい。
【0066】
ラジカル重合促進剤としては、第3級アミンを用いる。第3級アミンとしては、N,N−ジメチルアニリン、N,N―ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N―メチル―N―β―ヒドロキシアニリン、トリエタノールアミン、4−ジメチルアミノ安息香酸エチル等が挙げられる。
【0067】
機能液Iの滴下には、ディスペンス法、インクジェット法などの種々の塗布法が採用され得る。特に、インクジェット法では、必要な箇所に必要な量の機能液Iを高精細に塗布することができる。この点において、機能液Iの滴下にインクジェット法を採用することは好ましい。
圧電素子などで構成されるアクチュエーターを駆動することによって、液状体をノズルから液滴として吐出するインクジェットヘッドが知られている。インクジェットヘッドを用いてインクなどの液状体を液滴として吐出する技術は、インクジェット技術と呼ばれる。そして、インクジェット技術を活用して液状体などを所定の位置に配置する方法は、インクジェット法と呼ばれる。このインクジェット法は、塗布法の1つである。
そして、本実施形態では、液滴吐出装置31としてインクジェットヘッドが採用されている。つまり、本実施形態では、機能液Iの滴下にインクジェット法が採用されている。
【0068】
上述のような機能液Iの滴下により硬化された造形部22aは、造形物20の一部を構成する。他方、スラリー層21aにおける造形部22a以外の領域は、同一のスラリー層21aに形成された造形部22aや、スラリー層21aの上部のスラリー層21b等に形成される造形部22b等を機械的に支持するサポート部23aとして機能するようになる。これにより、例えば、図3(b)に示されるように、上層の造形部22bが下層の造形部22aよりも、積層方向に垂直な方向に張り出している張り出し部を有する造形物20を形成する場合であっても、張り出し部を支持するサポート部を別途形成する必要がない。また、張り出し部の下層にスラリー層が存在する状態で造形物20の形成が行われることから、造形物20の形成途中において突起部が欠けることを抑制できる。
【0069】
上記スラリー層形成工程(ステップS12)と機能液滴下工程(ステップS13)の2工程は、造形物20を構成する造形部の全てが形成されるまで繰り返し実施される。例えば、図3(b)に示されるように、造形物20が5層のスラリー層21a,21b,21c,21d,21eから構成される場合、上記2工程が順に5回繰り返される。このように、スラリー層形成工程と機能液滴下工程の2工程を順に繰り返すことにより、複数の層から構成される積層体を形成することができるため、当該造形方法によって形成される造形物20の形状に係る自由度が高くなる。
【0070】
造形物20を構成する造形部22a,22b,22c,22d,22eが全て形成されると、サポート部除去工程(ステップS14:図3(c))にて、スラリー層21a,21b,21c,21d,21eの積層体から、サポート部23a,23b,23c,23d,23eが除去される。サポート部23a,23b,23c,23d,23eの除去は、上記基板11とともに積層体を水系の液体中、例えば水中に浸すこと、積層体に水を所定の圧力で吹き付けること等によって行うことができる。つまり、本実施形態では、サポート部除去工程S14において、積層体を水系の液体で洗浄する。このため、本実施形態では、サポート部除去工程S14は、洗浄工程ともみなされ得る。
なお、スラリーの構成材料であるポリビニルアルコールの重合度を300以上1000以下とするとともに、鹸化度を85%以上90%以下とすれば、スラリー層の水に対する溶解度の低下を抑制することができる。そのため、上述した重合度と鹸化度とを有したポリビニルアルコールからなる構成では、サポート部除去工程(ステップS14)に際して、上記積層体からサポート部23a,23b,23c,23d,23eのみを容易に取り除くことができるという点で好ましい。
【0071】
なお、サポート部除去工程に用いられた水にはサポート部23a,23b,23c,23d,23eを構成していた疎水性粒体が含まれている。上述のように、サポート部23a,23b,23c,23d,23eを構成する疎水性粒体は水に溶解し難いため、上記水を濾過する等によって疎水性粒体を抽出することができる。つまり、上記サポート部除去工程に続いて、疎水性粒体の抽出工程を行うようにしてもよい。こうして抽出された疎水性粒体は、スラリーの構成材料として再利用することができる。
【0072】
[実施例1]
(A)マツモトマイクロスフェアーM−100と、(B)ラジカル重合開始剤と、(C)水と、(D)各種ポバールとを以下の割合で配合してスラリーを形成した。
【0073】
(A):(B):(C):(D)=7:0.07:3.1:0.22(単位g)
上記ポバールには、重合度あるいは鹸化度が互いに異なる5種類のポバール(JP−05、JP−15、JP−24、JT−05、JT−15)を用いた。これらスラリーについて、23℃にてスラリー層を積層したときの層間の固定強度と、18℃の冷水に対する溶解性とを評価した。なお、固定強度の評価は、JISK7161、JISK7162に準じた方法で引っ張り弾性率を測定することにより行った。上記各ポバールを用いたスラリーの固定強度及び溶解性の評価結果を表1に示す。
【0074】
【表1】

【0075】
表1に示されるように、ポバールの鹸化度が85%以上90%以下の範囲にある場合には(JP−05、JP−15、JP−24)、重合度が最も小さいJP−05を用いた場合に溶解性が最も高く、重合度が最も大きいJP−24を用いた場合に溶解性が最も低いことが認められた。また、固定強度は、JP−05とJP−15とで同程度であり、JP−24がこれらよりも低いことが認められた。これは、鹸化度が最適の範囲である85%以上90%以下の範囲内であるときには、鹸化度に起因するポバールの溶解性は担保されているため、スラリーの溶解性が重合度によって規定されると言える。また、ポバールの重合度が小さい程、固定強度、溶解性ともに良好であるとも言える。
【0076】
他方、ポバールの鹸化度が90%より大きい範囲にある場合には(JT−05、JT−15)、いずれの重合度のポバールを用いたとしても、同一の重合度であって鹸化度がより低いJP−05、JP−15よりも溶解性が低いことが認められた。これは、鹸化度が90%より大きいためにポバールが結晶化し易く、水に対する溶解度が低いためと言える。これに対し、スラリー層間の固定強度は、重合度が小さいJT−05よりも重合度が大きいJT−15の方が高いことが認められた。これは、JT−05とJT−15とが有するポリマー単位での重合度がほぼ同一であるとした場合、重合度が高いJT−15の方が、結晶化していない単位構造がポリマー当りに多く含まれるため、スラリー層間での溶解性が得られ易いためと考えられる。
【0077】
本実施形態において、サポート部除去工程S14が洗浄工程に対応している。
以上説明したように、本実施の形態に係る造形用スラリー、及び該スラリーを用いた造形方法によれば、以下に列挙する効果を得ることができる。
(1)造形用スラリーは、水系溶媒である水と、疎水性粒体である樹脂の粒体と、重合開始剤と、両親媒性ポリマーであるポリビニルアルコールと、を含んでいる。これにより、造形物20を形成する樹脂粒体が、水、ポリビニルアルコール、及び重合開始剤とともに混合されることによって、懸濁液であるスラリー中に存在する。また、当該スラリーにおいては、ポリビニルアルコールにおける炭化水素鎖が樹脂粒体と親和性を有するため、当該スラリーの形成工程時に粒体同士がポリビニルアルコールを介して繋がれた状態にある。つまり、樹脂粒体同士は、互いに独立した状態にあるのではなく、ポリビニルアルコールの介在によって互いに架橋された状態にある。そのため、造形物20の形成に際して、スラリーに振動等が与えられたとしても、樹脂粒体は、粒体間の架橋によって形成された構造中に保持されることから、粒体の飛散が抑制されるようになる。
【0078】
(2)また、ポリビニルアルコールの有するヒドロキシル基が水と親和性を有するため、樹脂粒体は、ポリビニルアルコールを介して水中に分散された状態になる。そのため、樹脂粒体は、ポリビニルアルコールを介することによって、水中に均一に分散することが可能になりスラリー層形成工程においても、樹脂粒体が偏ることなく層が形成可能となる。それゆえに、こうしたスラリーを用いて形成された造形物20においては、その形成材料である樹脂粒体が均一に存在するようになる。
【0079】
(3)しかも、このようにして粒体の飛散を抑制する溶媒として、水を用いるようにしているため、粒体が溶媒に溶解することや、粒体が溶媒を吸収して膨潤することに起因して、粒体が変性することを抑制することができる。
【0080】
(4)加えて、ポリビニルアルコールが造形物の構成材料であるため、造形物20を形成するに際して造形用スラリーからポリビニルアルコールを別途取り除く必要もない。
(5)スラリーの構成材料として、重合度が300以上1000以下であるポリビニルアルコールを用いるようにした。これにより、スラリーからなる層内の機械的強度と層間の接着性との両立が可能である。それゆえに、スラリーからなる単一層によって造形物を形成する場合であれ、スラリーからなる層の積層体によって造形物を形成する場合であれ、当該造形用スラリーを利用することが可能である。
【0081】
(6)スラリーの構成材料として、鹸化度が85%以上90%以下であるポリビニルアルコールを用いるようにした。これにより、水に対するポリビニルアルコールの溶解度の低下を抑制することができるため、上述のようなスラリー層間の接着性の低下を抑制することができる。
【0082】
[実施例2]
(A)マツモトマイクロスフェアーM−100と、(B)ラジカル重合開始剤と、(C)水と、(D)アクリル樹脂エマルジョンとを以下の割合で配合してスラリーを形成した。
【0083】
(A):(B):(C):(D)=7:0.07:3:1.4(単位g)
上記アクリル樹脂エマルジョンには、ビニブラン2580、ビニブラン2585を用いた。これらスラリーについて、25℃にてスラリー層を積層し、60℃で3分乾燥したときの層間の固定強度と、25℃の冷水に対する溶解性とを評価した。なお、固定強度の評価は、JISK7161、JISK7162に準じた方法で引っ張り弾性率を測定することにより行った。上記各アクリル樹脂エマルジョンを用いたスラリーの固定強度及び溶解性の評価結果を表2に示す。
【0084】
【表2】

【0085】
表2に示されるように、アクリル樹脂のMFT(最低造膜温度)がスラリー層形成工程における乾燥温度より低いと固定強度が得られやすい。これはMFT(最低造膜温度)以上に温度を加えることで、固定強度を得ることができたと考えられる。MFT(最低造膜温度)以下でスラリー層形成工程を行うことでも、固定強度は確保される。
【0086】
以上説明したように、本実施の形態に係る造形用スラリー、及び該スラリーを用いた造形方法によれば、以下に列挙する効果を得ることができる。
(1)水系溶媒である水と、疎水性粒体である樹脂の粒体と、重合開始剤と、両親媒性ポリマーであるアクリル樹脂エマルジョンとからスラリーを構成するようにした。これにより、造形物20を形成する樹脂粒体が、水及びアクリル樹脂エマルジョン、重合開始剤とともに混合されることによって、懸濁液であるスラリー中に存在する。また、当該スラリーにおいては、アクリル樹脂エマルジョンが樹脂粒体と親和性を有するため、当該スラリーの形成工程時に粒体同士がアクリル樹脂エマルジョンを介して繋がれた状態にある。つまり、樹脂粒体同士は、互いに独立した状態にあるのではなく、アクリル樹脂エマルジョンの介在によって互いに架橋された状態にある。そのため、造形物20の形成に際して、スラリーに振動等が与えられたとしても、樹脂粒体は、粒体間の架橋によって形成された構造中に保持されることから、粒体の飛散が抑制されるようになる。
【0087】
(2)また、樹脂粒体は、アクリル樹脂エマルジョンを介することによって、水中に均一に分散することが可能になりスラリー層形成工程においても、樹脂粒体が偏ることなく層が形成可能となる。それゆえに、こうしたスラリーを用いて形成された造形物20においては、その形成材料である樹脂粒体が均一に存在するようになる。
【0088】
(3)しかも、このようにして粒体の飛散を抑制する溶媒として、水を用いるようにしているため、粒体が溶媒に溶解することや、粒体が溶媒を吸収して膨潤することに起因して、粒体が変性することを抑制することができる。
【0089】
(4)加えて、アクリル樹脂エマルジョンに含まれる数nm〜数百nmのアクリル樹脂が造形物の構成材料であるため、造形物20を形成するに際して造形用スラリーからアクリル樹脂エマルジョンに含まれるアクリル樹脂を別途取り除く必要もない。
(5)アクリル樹脂エマルジョンは、溶媒が取り除かれるとアクリル樹脂エマルジョンに含まれるアクリル樹脂が融着する接着機能を発現する。これにより、スラリーからなる層内の機械的強度と層間の接着性との両立が可能である。それゆえに、スラリーからなる単一層によって造形物を形成する場合であれ、スラリーからなる層の積層体によって造形物を形成する場合であれ、当該造形用スラリーを利用することが可能である。
【0090】
上記犠牲層12は、スラリーのみによって形成するようにした。これに限らず、犠牲層12の全体に、離散的に機能液Iを滴下して、造形物20の基板への固定強度を高める固定部12aを形成するようにしてもよい。こうした固定部12aを用いた造形方法の詳細について、図4及び図5を参照して以下に説明する。
【0091】
まず、基板11上に例えば200μmとなるようにスラリーを塗布して犠牲層12を形成する(図4(a))。犠牲層12の全体に、液滴吐出装置31を用いて機能液Iを離散的に滴下する(図4(b))。機能液Iを、該機能液Iが浸透した領域の疎水性粒体と共々硬化させて固定部12aを形成する。なお、この機能液Iの硬化は、図4(b)に示される機能液Iの離散的な滴下の直後に行ってもよいし、犠牲層12上に形成されるスラリー層21aの造形部22aの硬化と同時に行ってもよい。また、固定部12aは、犠牲層12の直上に形成されるスラリー層21aにおける造形部22aの領域の直下に少なくとも形成されていればよい。
【0092】
次いで、犠牲層12上に、例えば100μmのスラリー層21aを形成した後に(図4(c))、スラリー層21aの造形部22aに液滴吐出装置31によって機能液Iを滴下する(図4(d))。これにより、造形部22aが硬化し得る(図5(a))。
スラリー層21a,21b,21c,21d,21eの形成、機能液Iの滴下、及び造形部22a,22b,22c,22d,22eの硬化を例えば5回繰り返す(図5(b))。
【0093】
最後に、造形部22の周囲のサポート部23a,23b,23c,23d,23eを除去する(図5(c))。このとき、固定部12aも含んで犠牲層12を基板11から剥離する。なお、犠牲層12に形成された固定部12aのうち、サポート部23aの直下に形成された固定部12aは、サポート部23aを除去することで取り除くことができる。一方、造形部22aの直下に形成された固定部12aについては、機械的あるいは化学的に取り除く必要がある。
【0094】
こうして犠牲層12中に固定部12aを設けることにより、造形物20を形成する造形部22aが、より安定に基板11によって支持されるようになる。
・造形物20を構成するスラリー層21a,21b,21c,21d,21eの形成に先立ち、基板11上に犠牲層12を形成するようにしたが、該犠牲層12を形成しないようにしてもよい。
・造形物20は、5層のスラリー層21a,21b,21c,21d,21eによって形成されるものを例示した。これに限らず、造形物20を構成する層の数は、一以上の任意の数とすることができる。また、各スラリー層21a,21b,21c,21d,21eに形成される構造物の形状も任意である。
・樹脂粒体は、造形物20の形状制御が可能であれば、真球以外の形状、例えば楕円体形状等をなしていてもよい。
【0095】
・ポリビニルアルコールの鹸化度は、スラリーの水系溶媒中でポリビニルアルコールが析出しない範囲であれば、85%以上90%以下の範囲外であってもよい。
・ポリビニルアルコールの重合度は、スラリー層間での再溶解性が得られる範囲であれば、300以上1000以下の範囲外であってもよい。
・スラリーには必要により各種の添加剤(消泡剤、レベリング剤、ガラス繊維、炭素繊維)を加えてもよい。
【0096】
・両親媒性ポリマーはポリビニルアルコールや、アクリル樹脂エマルジョンに限らず、疎水性粒体の間に介在してこれらを繋ぐとともに、該疎水性粒体を水系溶媒中に均一に分散可能な両親媒性ポリマーであればよい。
【0097】
・両親媒性ポリマーは、側鎖として炭化水素鎖と親水性の官能基を有するものに限らず、疎水性の部位と親水性の部位を有するものであって、疎水性の部位によって疎水性粒体間に介在するとともに、親水性の部位によって水系溶媒中に分散可能なものであればよい。
【0098】
・疎水性粒体は樹脂からなる粒体に限らず、他の疎水性粒体、例えば表面に疎水性を有したシリコン酸化物等の粒体であってもよい。
・疎水性粒体には、その表面に親水基を有するものを用いてもよい。
・上記水系溶媒は水に限らず、無機塩の水溶液等、他の非有機系の水系溶媒であってもよい。
【0099】
・水系溶媒は非有機系の溶媒に限らず、造形物20の形状制御が可能であれば、エタノール、n−プロパノール等のアルコール類、ジエチレングリコール、グリセリン等の多価アルコール類、ピロリドン系溶媒等の水系の有機溶媒を用いるようにしてもよい。
・機能液Iは、液滴吐出装置31によってスラリー層21a,21b,21c,21d,21eに滴下されるようにした。これに限らず、スラリー層21a,21b,21c,21d,21eに機能液Iを浸透させることの可能な方法であれば、適宜採用可能である。
【符号の説明】
【0100】
11…基板(基体)、12…犠牲層、12a…固定部、20…造形物、21a,21b,21c,21d,21e…スラリー層、22a,22b,22c,22d,22e…造形部、23a,23b,23c,23d,23e…サポート部、31…液滴吐出装置、I…機能液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
造形物を形成するための造形用スラリーであって、
水系溶媒と、
前記造形物の少なくとも一部を構成する疎水性の粒体と、
ラジカル重合開始剤と、
前記造形物の少なくとも一部を構成するとともに前記水系溶媒に溶解される両親媒性ポリマーと、
を含有することを特徴とする造形用スラリー。
【請求項2】
請求項1に記載の造形用スラリーにおいて、
前記粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂からなる粒体であり、且つ、
前記水系溶媒が非有機系の溶媒であり、且つ、
前記ラジカル重合開始剤がジアシルパーオキサイド又はパーオキシエステルであり、且つ、
前記両親媒性ポリマーは、主鎖から枝分かれした側鎖として、親水性の官能基と疎水性の官能基とを有する、
ことを特徴とする造形用スラリー。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の造形用スラリーにおいて、
前記両親媒性ポリマーはポリビニルアルコールである、
ことを特徴とする造形用スラリー。
【請求項4】
請求項3に記載の造形用スラリーにおいて、
前記水系溶媒は水であるとともに、
前記ポリビニルアルコールの重合度は、300以上1000以下である、
ことを特徴とする造形用スラリー。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の造形用スラリーにおいて、
前記水系溶媒は水であるとともに、
前記ポリビニルアルコールの鹸化度は、85%以上90%以下である、
ことを特徴とする造形用スラリー。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の造形用スラリーにおいて、
前記両親媒性ポリマーはアクリル樹脂エマルジョンである、
ことを特徴とする造形用スラリー。
【請求項7】
造形物を形成する造形方法であって、
疎水性の粒体と、ラジカル重合開始剤と、水系溶媒と、該水系溶媒に溶解された両親媒性ポリマーとを含むスラリーで、基体に層を形成する層形成工程と、
前記ラジカル重合開始剤が混合することによって重合が開始する重合反応物を含む機能液を、前記層の一部に塗布する塗布工程と、
前記塗布工程の後に、前記層に水系の液体を流すことによって、前記層を洗浄する洗浄工程と、を含む、
ことを特徴とする造形方法。
【請求項8】
請求項7に記載の造形方法において、
前記疎水性の粒体がメタクリレート重合体或いは共重合体樹脂からなる粒体であり、
前記重合反応物は、ラジカル重合可能なメタクリレート又はアクリレート単量体で構成される樹脂と、ラジカル重合促進剤と、を含む、
ことを特徴とする造形方法。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の造形方法において、
前記層形成工程と前記塗布工程とを交互に繰り返すことによって前記機能液を含む複数の前記層からなる積層体を形成した後、
前記洗浄工程では、前記積層体に前記水系の液体を流すことによって、前記層を洗浄する、
ことを特徴とする造形方法。
【請求項10】
請求項7乃至9のいずれか一項に記載の造形方法において、
前記スラリーからなるとともに、前記層よりも前記機能液の滴下量が少ない犠牲層を最下層として前記基体に形成する犠牲層形成工程を含む、
ことを特徴とする造形方法。
【請求項11】
請求項10に記載の造形方法において、
前記犠牲層形成工程では、前記犠牲層となる前記層に対して前記機能液を離散的に滴下するとともに、該機能液を硬化する、
ことを特徴とする造形方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−97215(P2012−97215A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−247151(P2010−247151)
【出願日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】