説明

酸化亜鉛結晶の成長方法

【課題】大型でかつ多結晶を含まないか含んでも極僅かな良質の酸化亜鉛単結晶の製造を可能とする気相輸送法による酸化亜鉛結晶の成長方法を提供する。
【解決手段】真空封止された成長容器10の長さ方向の一端側から他端側に亘り温度勾配を有し、かつ成長容器の高温部に原料部が、低温部に結晶析出部15が配置されており、さらに成長容器の内部に、上記高温部と低温部との間を遮断し、かつ上記高温部より更に高温側の少なくとも一部に開口13を有する原料保持用石英管(仕切り空間)14が設けられ、この仕切り空間内の上記高温部に対応する部位に、原料11としてZnO焼結体と、輸送剤12としてカーボンロッドを充填した原料部を配置する。仕切り空間の上記開口を介し原料部と結晶析出部間の気相輸送を行なわせることにより、上記成長容器の低温部に酸化亜鉛結晶を析出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化亜鉛デバイス用基板材料に適した高純度で高品質な酸化亜鉛結晶を得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛(ZnO)単結晶はバンドギャップが3.3eVのII−VI族化合物半導体であり、窒化ガリウム(GaN)に代表される窒化物半導体と同様に、紫外から緑色に至る短波長領域で発光可能な発光ダイオード(LED)や、レーザーダイオード(LD)等の光デバイス材料としての応用が期待される材料である。特に、酸化亜鉛単結晶は励起子結合エネルギーが59meVと大きいことから、室温でも励起子が保持され、高効率で単色性に優れる等、新しい機能を持った発光デバイスが可能であるといった特徴を有する。
【0003】
半導体材料をデバイスとして用いる場合には、酸化亜鉛に限らず薄膜構造を形成する必要があるが、薄膜の品質に大きな影響を与えるのがベースとなる基板材料の特性である。良質なデバイスを実現するには、良質な薄膜単結晶を成長させる必要があり、そのためには格子定数や熱膨張係数が同じである同種基板を用いるのが最良の方法である。
【0004】
酸化亜鉛の場合、サファイア等の異種基板の上に酸化亜鉛薄膜をエピタキシャル成長させることによって薄膜構造を得る試み(特許文献1参照)が数多く実施されている。サファイアと酸化亜鉛とでは、格子不整合が約18%もあり、また熱膨張係数にも2.6倍という大きな差があるため、成長後の酸化亜鉛薄膜には多くの結晶欠陥が生じている。また、サファイアと酸化亜鉛との熱膨張係数の差により酸化亜鉛薄膜にクラックが生じる等の問題を避けるため、酸化亜鉛薄膜のエピタキシャル成長法として適用できるものは分子線成長法(MBE法)等の低温成長法に制限される等の問題がある。
【0005】
一方、良質な酸化亜鉛デバイスを実現するためにはバルクの酸化亜鉛単結晶をエピタキシャル成長用基板として用いることが適切であるという観点から、最近では酸化亜鉛バルク単結晶の成長が試みられている。その代表的なものは、水熱合成法を用いるものである(特許文献2参照)。この方法では比較的大型の結晶育成が可能という特徴を持つが、溶媒からの不純物混入が多いという問題がある。
【0006】
不純物の多い酸化亜鉛結晶をエピタキシャル成長用基板として用いた場合、格子不整合や熱膨張係数の差による影響は軽減されるものの、得られる酸化亜鉛薄膜に基板から不純物が混入し、酸化亜鉛薄膜にとって重要な電気的特性が影響を受けてしまい、所望のデバイスを形成することが著しく困難になる。酸化亜鉛薄膜の場合、デバイスの実用化のためにはp型導電性の制御が特に大きな課題となっているが、基板から混入する不純物の影響はこの課題解決を更に困難にする。
【0007】
以上述べたように、酸化亜鉛薄膜を用いたデバイスを実用化させるには、高純度でかつ転位等の結晶欠陥の少ない良質なバルクの単結晶を得ることが重要な課題となっている。このような高純度、高品質な酸化亜鉛単結晶を得る方法として気相輸送法を適用することが有効である。
【0008】
気相輸送法とは一方向に温度勾配を有する真空封管された石英管の高温部に原料である酸化亜鉛と共に輸送剤として用いるHgClやCl、H、炭素(C)等を装入し、酸化亜鉛と輸送剤を加熱し、石英管の端部側をこれより低い温度に維持し、この部分(低温部)に酸化亜鉛単結晶を析出させる方法である。
【0009】
これらの中でCを輸送剤として用いた場合には比較的大型の結晶が得られる(非特許文献1)。しかしながら、得られる結晶は多結晶を高い割合で含むことが多く、また、その生成する結晶の形態や大きさは再現性に乏しい問題が存在した。
【特許文献1】特開2003−264201号公報(第1頁)
【特許文献2】特開2003−146800号公報(第1頁)
【非特許文献1】J. M. Ntep et al, Journal of Crystal Growth 207(1999)30-34
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、気相輸送法で酸化亜鉛結晶を成長させるにあたり、大型でかつ多結晶を含まないか含んでも極僅かな良質の酸化亜鉛単結晶の製造を可能とする酸化亜鉛結晶の成長方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者らは上記課題を解決するため、炭素あるいは一酸化炭素と二酸化炭素の混合ガスを輸送剤として加えた場合の気相輸送法における酸化亜鉛結晶の成長機構について詳細な考察を行い、析出する酸化亜鉛結晶の多結晶化の原因とそれを制御する方法について鋭意研究を重ねた結果、気相輸送法において輸送速度が速過ぎることが多結晶化を始めとする結晶成長の再現性が確保できない主な理由であることを発見するに至った。そこで、適用する成長容器の形態を工夫し、高温部である原料部から低温部である結晶析出部への物質輸送において、原料部より更に温度の高い部分を介して輸送させた場合、輸送速度を遅くさせることが可能となり、その結果、多結晶化が抑制され、再現性の良い結晶成長が可能となることを見出すに至った。本発明はこのような技術的発見に基づき完成されている。
【0012】
すなわち、請求項1に係る発明は、
真空封止された成長容器の長さ方向一端側から他端側に亘り温度勾配を有し、かつ、成長容器の高温部に原料部が配置され、成長容器の低温部に結晶析出部が配置されて成る気相輸送法により酸化亜鉛結晶を得る酸化亜鉛結晶の成長方法において、
成長容器の内部に、上記高温部と上記低温部との間を遮断しかつ上記高温部より更に高温側の少なくとも一部に開口を有する仕切り空間を設け、この仕切り空間内の上記高温部に対応する部位に原料部を配置すると共に、仕切り空間の上記開口を介し原料部と結晶析出部間の気相輸送を行うことを特徴とする。
【0013】
また、請求項2に係る発明は、
請求項1に記載の酸化亜鉛結晶の成長方法において、
仕切り空間の上記開口の位置を調整して気相輸送の速度を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜2に記載の発明に係る酸化亜鉛結晶の成長方法によれば、
成長容器の内部に、高温部と低温部との間を遮断しかつ上記高温部より更に高温側の少なくとも一部に開口を有する仕切り空間を設け、この仕切り空間内の上記高温部に対応する部位に原料部を配置すると共に、仕切り空間の上記開口を介し原料部と結晶析出部間の気相輸送を行うため、気相輸送法において輸送速度が速過ぎるために生じていた多結晶化の問題を抑制することが可能となり、更に、仕切り空間の上記開口の位置を調整することによって輸送速度を精密に制御することができ、その結果、多結晶化の抑制と結晶成長の再現性をより向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0016】
炭素あるいは一酸化炭素と二酸化炭素の混合ガスを輸送剤とした場合の酸化亜鉛結晶の気相輸送法における成長過程について本発明者らは詳細な検討を行った。
【0017】
気相輸送法における結晶の析出速度は、原料部での酸化亜鉛の分解速度、結晶析出部での酸化亜鉛の生成速度、原料部から結晶析出部への気相反応種の輸送速度によって決まる。通常の化学気相輸送法では、原料と輸送剤との反応速度が輸送速度に比べ充分に速く、系は平衡に近い状態で結晶成長が行われ、結晶の析出速度は輸送律速となるのが一般的である。
【0018】
しかしながら、炭素あるいは一酸化炭素と二酸化炭素の混合ガスを輸送剤とした酸化亜鉛の気相輸送法について熱力学および反応速度論的な考察を行った結果、この系では輸送速度が反応速度と比較して非常に速く、このため結晶の析出が反応律速となり、実際には結晶成長速度が速過ぎる結果となるため、多結晶化が生じ易く、また再現性に乏しいものと考えた。
【0019】
通常であれば、輸送速度を遅くするには、原料部と結晶析出部間の距離を長くしたり、途中に面積の小さいオリフィス部を設けたり、成長容器内の圧力を上げるために不活性ガスを充填する等して物質の拡散を妨げることにより調整が可能である。しかし、炭素あるいは一酸化炭素と二酸化炭素の混合ガスを輸送剤とした酸化亜鉛の気相輸送では、熱力学および反応速度論的な考察より輸送速度が反応速度の10000倍以上であると見積もられるため、通常用いられるこれらの方法では輸送速度の調整が不可能である。
【0020】
そこで、請求項1に係る発明においては、成長容器の内部に、成長容器の高温部と成長容器の低温部との間を遮断しかつ上記高温部より更に高温側の少なくとも一部に開口を有する仕切り空間を設け、この仕切り空間内の上記高温部に対応する部位に原料部を配置すると共に、仕切り空間の上記開口を介し原料部と結晶析出部間の気相輸送を行うことにより、輸送速度を格段に低くさせることが可能となり、その結果、析出する結晶の多結晶化が抑制されて結晶成長の安定性を向上させることが可能となる。
【0021】
ここで、上記仕切り空間の気相輸送のための開口を、原料部(高温部)より更に高温側である位置に設けるということは、高温部から低温部に向かってなされる物質輸送に対し非常に大きな障壁を形成することを意味し、その障壁の大きさは原料部(すなわち高温部)との温度差によって決まる。
【0022】
請求項2に係る発明は請求項1に記載の酸化亜鉛結晶の成長方法を前提とし、気相輸送のために設けられる開口の位置を調整することにより、成長容器の長さ方向一端側から他端側に亘り温度勾配を有する温度環境下において、障壁の大きさを決める要素である原料部(すなわち高温部)との温度差を調整することが可能となり、単に輸送速度を格段に低くできるばかりでなく、輸送速度を制御することが可能となる。
【0023】
以下、本発明に係る酸化亜鉛結晶の成長方法を更に詳細に説明する。
【0024】
本発明に係る酸化亜鉛結晶の成長方法は気相輸送法によるものであるが、気相輸送法とは、原料との化学反応により分解、析出を生じる化学物質すなわち輸送剤が封入されかつ一方向の温度勾配を有する真空封止された成長容器の高温部に酸化亜鉛原料を配置し、成長容器の低温部に酸化亜鉛結晶を成長させる方法である。
【0025】
従って、本発明に係る酸化亜鉛結晶の成長方法は、このような気相輸送法の装置、成長容器の材質、温度条件、圧力条件、適用する輸送剤の種類等によって限定されるものではない。また、結晶成長装置としては抵抗加熱電気炉が一般的で価格も安く、経済的であり好ましいが、もちろん赤外線加熱、高周波加熱を用いることも可能である。
【0026】
成長容器の材質は成長温度において機械的な強度が充分であり、かつ、化学的にも安定で有害な不純物汚染が無い材質であれば良く、特に限定されるものではないが、石英を用いることが好ましい。
【0027】
温度条件、圧力条件、輸送剤の種類等については、得ようとする結晶の品質を考慮して適宜決定すればよく、特に限定されるものではない。
【0028】
以下、実施例によって本発明を具体的に詳細に説明するが、本発明の技術的内容がこれらの実施例によって何ら限定されるものでは無い。尚、実施例で用いた原料の純度は全て5N(99.999%)程度のものである。
【実施例1】
【0029】
この実施例は炭素を輸送剤として用いた例である。
【0030】
適用した成長容器10および成長容器10の温度分布16を図1(A)(B)に示す。成長容器10として、内径11mmφ、長さ100mmの石英管を用いた。この成長容器10の内側に、原料11および輸送剤12を保持し、開口13が設けられた原料保持用石英管(仕切り空間)14を図1(A)に示すように組み込み、原料11として0.2gのZnO焼結体(純度5N)、輸送剤12として0.1gのカーボンロッド(純度5N)を充填し、石英管を溶融加工して封入した。
【0031】
この石英管を抵抗加熱電気炉にセットし、原料部(高温部)が1017℃、結晶析出部(低温部)15が1011℃(温度差6℃)、位置調整により開口13の温度が1021℃になるように温度を調整し、189時間保持して結晶成長を行った。
【0032】
その後、室温まで冷却した。得られた結晶は約0.012gであり、多結晶を含まない高品質な酸化亜鉛結晶であった。
【実施例2】
【0033】
位置調整により開口13の温度を1019℃とし、その他の条件は実施例1と同様にして酸化亜鉛結晶を得た。
【0034】
得られた結晶は約0.013gであり、多結晶を含んでいたが極僅かな高品質の酸化亜鉛結晶であった。
[参考例]
位置調整により開口13の温度を1017℃とし、上記原料部(高温部)との温度差をゼロとし、その他の条件は実施例1と同様にして酸化亜鉛結晶を得た。
【0035】
得られた結晶は約0.033gであるが、小さな多結晶がいろいろな場所に多数成長しており、一つの結晶塊とならなかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明に係る酸化亜鉛結晶の成長方法を利用すると、酸化亜鉛デバイス作製用の優れた特性を具備するエピタキシャル成長用酸化亜鉛単結晶基板を得ることができる。
【0037】
これにより従来エピタキシャル成長に適した基板がないために実用化が困難であった酸化亜鉛を用いたデバイスの製造が可能となり、産業上の利用可能性は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1(A)は実施例に係る酸化亜鉛結晶の成長方法に適用された成長容器の概略断面図、図1(B)は上記成長容器の温度勾配を示すグラフ図。
【符号の説明】
【0039】
10 成長容器
11 原料
12 輸送剤
13 開口
14 原料保持用石英管(仕切り空間)
15 結晶析出部(低温部)
16 温度分布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空封止された成長容器の長さ方向一端側から他端側に亘り温度勾配を有し、かつ、成長容器の高温部に原料部が配置され、成長容器の低温部に結晶析出部が配置されて成る気相輸送法により酸化亜鉛結晶を得る酸化亜鉛結晶の成長方法において、
成長容器の内部に、上記高温部と上記低温部との間を遮断しかつ上記高温部より更に高温側の少なくとも一部に開口を有する仕切り空間を設け、この仕切り空間内の上記高温部に対応する部位に原料部を配置すると共に、仕切り空間の上記開口を介し原料部と結晶析出部間の気相輸送を行うことを特徴とする酸化亜鉛結晶の成長方法。
【請求項2】
仕切り空間の上記開口の位置を調整して気相輸送の速度を制御することを特徴とする請求項1に記載の酸化亜鉛結晶の成長方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−45653(P2007−45653A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−230437(P2005−230437)
【出願日】平成17年8月9日(2005.8.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月29日 社団法人応用物理学会発行の「2005年(平成17年)春季 第52回 応用物理学関係連合講演会講演予稿集 第1分冊」に発表
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】