酸化物超電導導体とその製造方法
【課題】ピンホールなどの欠陥の無いAgの保護層を備えた酸化物超電導導体の提供する。
【解決手段】基材2と、該基材の上方に設けられた配向層4と酸化物超電導層6とAgの保護層7とを備えた酸化物超電導導体1であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下である。基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成する。
【解決手段】基材2と、該基材の上方に設けられた配向層4と酸化物超電導層6とAgの保護層7とを備えた酸化物超電導導体1であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下である。基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酸化物超電導導体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
RE−123系の酸化物超電導体(REBa2Cu3O7−X:REはYを含む希土類元素)は、液体窒素温度で超電導性を示し、電流損失が低いため、実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体あるいは電磁コイル等として使用することが要望されている。この酸化物超電導導体の一例構造として、機械的強度の高いテープ状の金属製の基材を用い、その表面にイオンビームアシスト成膜法(IBAD法)により結晶配向性の良好な中間薄膜を形成し、該中間薄膜の表面に成膜法により酸化物超電導層を形成し、その表面にAgなどの良導電材料からなる安定化層を形成した構造の酸化物超電導導体が知られている。
【0003】
前記Agの安定化層を形成するのは、酸化物超電導層に電流を流した際、外乱などにより超電導状態から常電導状態に転移することがあると、電流が不安定になることを避けるためである。このAgからなる安定化層を形成する場合、PVD法(物理的気相合成法)により成膜されることが一般的である。
例えば、以下の特許文献1に、長尺のテープ状の基板の上に中間層を介し超電導層を形成後、銀のスパッタ層を形成し、更にそれら全体の周面を囲むようにAgの安定化層をめっきにより形成し、次いでCuの安定化層をめっきにより形成した積層構造の酸化物超電導導体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−212134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この特許文献1に開示されている酸化物超電導導体の構造において、Agのスパッタ層はAgの安定化層の下地としてめっき液の侵食を防止するために設けられている。Agのスパッタ層は、例えば、ArプラズマによってAgのターゲットからはじき出したAg粒子を基板上に付着させることで成膜される。
しかし、基板上に形成されたAgのスパッタ層には、成膜時の衝撃により、内部応力(残留応力)が働いているため、この内部応力が駆動力となって、拡散や再結晶が起こる。特に、酸化物超電導導体では、製造プロセス上、超電導層の結晶に酸素を供給するための500℃程度の酸素アニールが必須であるため、酸素アニール時の熱によってひずみ(内部応力)が開放されることで、Agの再結晶が発生し、結晶粒の粗大化やそれに伴うボイドの発生が見られる。
【0006】
このため、Agのスパッタ層では、再結晶や粗大化、ボイドの発生に起因するピンホールの発生が起こり、Agのスパッタ層の劣化につながるおそれがあった。
Agのスパッタ層にピンホールや劣化部分を生じていると、その上に形成されるめっき層の付きが悪くなり、酸化物超電導層を囲む構造にピンホールなどの欠陥を生じるおそれがある。上述の希土類系の酸化物超電導層の一部組成のものは、水分との反応性を有するものがあるので、酸化物超電導層が水分に曝されると、水酸化物等を生成して経時的に劣化することがあり、ピンホールや欠陥の無いAgの被覆層を得ることが課題とされている。
【0007】
本発明は、以上のような従来の実情に鑑みなされたものであり、酸化物超電導層の上にAgの保護層を被覆した積層構造の酸化物超電導導体において、ピンホールや欠陥部分の生じていない、樋密な構造のAgの保護層を形成した酸化物超電導導体の提供とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の酸化物超電導導体は、基材と、該基材の上方に設けられた配向層と酸化物超電導層とAgの保護層とを備えた酸化物超電導導体であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であることを特徴とする。
Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であると、粗大な粒子やピンホールのない緻密な保護層を得ることができる。
この緻密で強固なAgの保護層であるならば、ボイドやピンホールなどの欠陥部分が少ないので、保護層で酸化物超電導層を覆った場合に露出部分を生じることがなく、酸化物超電導層に使用環境雰囲気から水分が浸入するおそれを少なくすることができる。
【0009】
本発明の酸化物超電導導体は、前記Agの保護層の結晶が前記酸化物超電導層の結晶に配向され、極点図において4回対称性を示すことを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体。
Agの保護層の結晶が極点図において4回対称性を示すならば、Agの保護層の結晶が酸化物超電導層の結晶に対し良好な整合性でもって結晶配向していることを意味するので、酸化物超電導層とAgの保護層との密着性が良好であり、酸化物超電導層に対して剥離する部分などのない良質のAgの保護層が得られる。
【0010】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする。
酸化物超電導層の上に200〜800℃で成膜することで、表面粗さRzが1300nm以下であるAgの保護層を形成できるので、室温で成膜されたAgの保護層より緻密で強固な保護層で被覆した酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体を提供できる。
この緻密で強固なAgの保護層であるならば、ボイドやピンホールなどの欠陥部分が少ないので、保護層で酸化物超電導層を覆った場合に露出部分を生じることがなく、酸化物超電導層に使用環境雰囲気から水分が浸入するおそれを無くすることができる。
【0011】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、前記基材を400〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1010nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする。
基材を400〜800℃に加熱しながら成膜することによりボイドやピンホールなどの欠陥部分が無い、より緻密なAgの保護層を酸化物超電導層上に形成できる。
【0012】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、前記Agの保護層の結晶を前記酸化物超電導層の結晶に配向させ、極点図において4回対称性を示す保護層とすることを特徴とする。
Agの保護層の結晶が極点図において4回対称性を示すならば、Agの保護層の結晶が酸化物超電導層の結晶に対し良好な整合性でもって結晶配向していることを意味するので、酸化物超電導層とAgの保護層との密着性が良好であり、酸化物超電導層に対して剥離する部分などのない良質のAgの保護層が得られる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ピンホールや欠陥部分の少ない緻密なAgの保護層を酸化物超電導層の上に被覆した酸化物超電導導体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る酸化物超電導導体の第1実施形態の部分断面図。
【図2】本発明に係る酸化物超電導導体の第2実施形態の部分断面図。
【図3】本発明を実施する場合に用いるスパッタ装置の一例を示す構成図。
【図4】実施例において製造されたAgの保護層について成膜温度と酸素アニール前後における組織写真。
【図5】実施例において製造されたAgの保護層について成膜温度と十点平均粗さ(Rz)の相関関係を示す図。
【図6】実施例において基材を500℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の電子顕微鏡写真。
【図7】実施例において基材を加熱しないで酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の電子顕微鏡写真。
【図8】実施例において基材を300℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図9】実施例において基材を500℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図10】実施例において基材を100℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図11】実施例で得られた酸化物超電導導体に対しプレッシャークッカー試験を行った前後において、臨界電流値の変化を調べた結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る酸化物超電導導体の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は本発明に係る第1実施形態の酸化物超電導導体1を模式的に示す概略断面図である。
この例の酸化物超電導導体1において、テープ状の基材2の上方に、下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6と保護層7と安定化層8をこの順に積層して酸化物超電導積層体9が形成され、この酸化物超電導積層体9の周面を絶縁被覆層10で覆って酸化物超電導導体1が構成されている。
【0016】
前記基材2は、通常の酸化物超電導導体の基材として使用することができ、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状やシート状あるいは薄板状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、ハステロイ等のニッケル合金、銅合金、ステンレス鋼等の各種耐熱性金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの、等が挙げられる。各種耐熱性金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。基材3の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmの範囲とすることができる。
【0017】
下地層3は、以下に説明する拡散防止層とベッド層の複層構造あるいは、これらのうちどちらか1層からなる構造とすることができる。
下地層3として拡散防止層を設ける場合、拡散防止層は構成元素拡散を防止する目的あるいはその上に形成される他の層の膜質を改善するために形成されたもので、窒化ケイ素(Si3N4)、酸化アルミニウム(Al2O3、「アルミナ」とも呼ぶ)、あるいは、GZO(Gd2Zr2O7)等から構成される単層構造あるいは複層構造の層であることが望ましく、厚さは例えば10〜400nmである。拡散防止層の厚さが10nm未満となると、拡散防止層のみでは基材2の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層の厚さが400nmを超えると、拡散防止層の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材2から剥離しやすくなる虞がある。また、拡散防止層の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
【0018】
下地層3としてベッド層を設ける場合、ベッド層は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、例えば、イットリア(Y2O3)などの希土類酸化物であり、組成式(α1O2)2x(β2O3)(1−x)で示されるものが例示できる。より具体的には、Er2O3、CeO2、Dy2O3、Er2O3、Eu2O3、Ho2O3、La2O3等を例示することができ、これらの材料からなる単層構造あるいは複層構造でも良い。ベッド層は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜100nmである。また、ベッド層の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
なお、下地層3は拡散防止層とベッド層の2層構造でも、これらのどちらかからなる単層構造でも良く、場合によっては下地層3を略しても良い。下地層3を略する場合は、基材2上に直接、以下に説明する配向層4が形成される。
【0019】
配向層4は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層されるキャップ層5の結晶配向性を制御するために以下に説明するIBAD法により成膜され、2軸配向した結晶配向性の良好な薄膜から形成される。
一例として配向層4は、複数の結晶粒が粒界を介し接合された多結晶薄膜として構成され、各結晶粒の内部においては、それら結晶粒を構成する結晶が、それらの結晶軸のc軸を基材2の表面(あるいは下地層3の表面)に対し個々に垂直に向け、結晶軸のa軸をほぼ一方向に揃えて(例えば結晶軸の分散の角度を所定の範囲に揃えて)配置されている。
【0020】
この配向層4をIBAD(Ion-Beam-Assisted Deposition)法により良好な結晶配向性で成膜するならば、その上に形成するキャップ層5の結晶配向性を良好な値とすることができ、これによりキャップ層5の上に成膜する酸化物超電導層6の結晶配向性を良好なものとして、より優れた超電導特性を発揮できる酸化物超電導層6を得るようにすることができる。
【0021】
前記キャップ層5は、前記配向層5の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層5は、前記配向層4よりも高い面内配向度が得られる可能性がある。
キャップ層5の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO2、Y2O3、Al2O3、Gd2O3、Zr2O3、Ho2O3、Nd2O3等が例示できる。キャップ層5の材質がCeO2である場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
キャップ層5は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが好ましい。PLD法によるCeO2層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeO2のキャップ層5の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、50〜5000nmの範囲、より好ましくは100〜5000nmの範囲とすることができる。
【0022】
酸化物超電導層6は通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、REBa2Cu3O7−x(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のもの、具体的には、Y123(YBa2Cu3Oy)又はGd123(GdBa2Cu3Oy)を例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、Bi2Sr2Can−1CunO4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層6は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法(PVD法);化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法)等で積層できる。酸化物超電導層6の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0023】
酸化物超電導層6の上面を覆うように形成されている保護層7は、Agからなり、スパッタ法などの物理的蒸着法(PVD法)により成膜されている。保護層7の厚さは1〜30μm程度とされている。本実施形態のAgの保護層7は、後述する如く望ましくは200〜800℃の高温で、より好ましくは400〜800℃の高温で成膜された緻密な薄膜であり、その表面粗さRzが1300nm以下であり、より好ましくは1010nm以下の薄膜である。
本実施形態のAgの保護層7は、上述の如く高温でスパッタ法などの物理的蒸着法により成膜されている。上述の高温でスパッタした場合、スパッタ粒子のエネルギーが大きくなるために、スパッタ用のターゲットから酸化物超電導層6上に到達するときの勢いが室温で成膜する場合よりも大きい。そのため、室温での成膜よりも緻密で強固なAgの保護層7を酸化物超電導層6上に形成できる。上述の高温下でスパッタされたAgの粒子は酸化物超電導層6の上で堆積し結晶化する。
【0024】
この保護層7は、緻密なAgの薄膜であるので、アニールしても再結晶化し難く、表面の荒れやボイドの生成が抑制される。また、上述の高温下で成膜した薄膜ならば、熱によってスパッタ時にAgの内部に生じた残留応力による歪みを開放することが可能となる。例えば、加熱状態でスパッタ法により成膜した場合、成膜後に冷却すると酸化物超電導層6が基材1の上方に積層されていることから、基材1がある程度熱容量を有しているので、炉冷する冷却条件となり、アニール効果により保護層7を構成するAgの結晶において歪みの開放がなされる。
また、上述の温度範囲で高温成膜するならば、保護層7の下に位置する酸化物超電導層6に対し、ヘテロエピタキシャル成長した結晶配向性であって、正極点図において4回対称性を示すAgの保護層7が得られる。なお、Agの結晶と希土類系の酸化物超電導層6との格子定数の差異は、約5%であるので、加熱成膜条件によってはヘテロエピタキシャル成長させ易いと考えられる。
【0025】
安定化層8は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層6が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、Agの保護層7とともに、酸化物超電導層6の電流が転流するバイパスとして機能する。安定化層8を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることがら銅合金製が好ましい。なお、酸化物超電導導体1を超電導限流器に使用する場合、安定化層8は高抵抗金属材料より構成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
安定化層8の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmとすることが好ましい。
前記被覆層10は、樹脂絶縁層からなり、酸化物超電導積層体9の外周面に絶縁テープを巻回するなどの手段により酸化物超電導積層体9の全周を覆うように形成されている。
【0026】
前記構造の酸化物超電導導体1に設けられるIBAD法による配向層4は、例えばターゲットにイオンビームを照射してターゲットの構成粒子を叩き出すか蒸発させて基材上に飛来させて堆積させるとともに、基材に対し所定の入射角度でアシスト用のイオンビームを照射するイオンビームアシストスパッタ装置で形成できる。
基材2が長尺のテープ状の場合は、イオンビームアシストスパッタ装置の内部において基材2を供給リールから巻取リール側に移動させている間に上述のイオンビームアシストスパッタ装置により成膜することができる。
【0027】
以上説明のように、下地層3の表面に、ターゲットの構成粒子を堆積させつつ、所定の入射角度でイオン照射を行うことにより、形成されるスパッタ膜の特定の結晶軸がイオンの入射方向に固定され、結晶のc軸が金属基板の表面に対して垂直方向に配向するとともに、結晶のa軸どうし(あるいはb軸どうし)が面内において一定方向に配向する(2軸配向する)中間薄膜としての配向層4を得ることができる。
このため、IBAD法によって下地層3上に形成された配向層4は、高い面内配向度を示す。
【0028】
次に、前述のように、良好な配向性を有する配向層4の上にキャップ層5を形成していると、キャップ層5も良好な配向性を得ることができるとともに、そのキャップ層5上に酸化物超電導層6を形成すると、酸化物超電導層6もキャップ層5の配向性に整合するように結晶化する。よって前記キャップ層5上に形成された酸化物超電導層6は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層6を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材2の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材2の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している(2軸配向している)。このように良好な結晶配向性でもって形成された希土類系の酸化物超電導層6が良好な結晶配向性であるならば、正極点図において4回対称性を示す。
従って得られた酸化物超電導層6は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材2の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流が得られる。
【0029】
以上説明の如く形成された酸化物超電導導体1は、IBAD法により成膜された結晶配向性に優れた配向層4を備え、その上にキャップ層5を介し結晶配向性に優れた酸化物超電導層6を備えているので、優れた超電導特性を発揮する。
更に、本実施形態の酸化物超電導導体1であるならば、酸化物超電導層6の上に緻密でピンホールなどの欠陥の無いAgの保護層7を備えているので、酸化物超電導層6に対して水分の浸入し難い構造とすることができ、水分による劣化の生じ難い酸化物超電導導体1を提供できる。
【0030】
ところで、本発明に係る酸化物超電導導体1において、保護層7の上に形成する安定化層8を略して構成することも可能である。一例として、図2に示す如く、テープ状の基材2の上方に、下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6と保護層7を積層して酸化物超電導積層体11を構成し、この酸化物超電導積層体11の周面を絶縁被覆層10で覆って酸化物超電導導体12を構成しても良い。即ち、用途に応じて安定化層8を略した構造の酸化物超電導導体12としても良い。
【0031】
次に、正極点図において4回対称性を示す結晶配向性を有するAgの保護層7を形成する手段の一例について以下に説明する。
図3は、酸化物超電導積層体9において酸化物超電導層6の上にAgの保護層7を形成する際に行う物理蒸着法(PVD)に使用する成膜装置の一例を示すもので、この例の成膜装置20は、真空ポンプなどに排気管21を介し接続されて内部を真空排気可能に構成された成膜チャンバ22と、この成膜チャンバ22の内底部に設けられた蒸発源23と、成膜チャンバ22の中央部に設けられた回転ドラム24とを備えて構成されている。回転ドラム24は中空の肉厚の金属製とされている。
回転ドラム24は内部に加熱ヒータ25を備え、その外周面を目的の温度、例えば400〜900℃程度の温度に均一加熱できるように構成されている。この回転ドラム24の外周面に基材2を巻き付けて固定できるように構成されている。
【0032】
本実施形態では、基材2の上に下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6を形成した積層体26が酸化物超電導層6側を表にして図3に示す如く必要長さ螺旋状に回転ドラム24の周面に巻き付けられている。
蒸発源23は、PVD装置に応じて種々の態様をとることができ、例えば、スパッタ系であれば、DCあるいはRFスパッタリング、マグネトロンスパッタリング、イオンビームスパッタリング、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタリング等であり、蒸発系であれば、抵抗加熱式、電子ビーム加熱式、高周波誘導加熱式、レーザービーム加熱式のいずれかを適宜採用できる。 DCあるいはRFスパッタ方式の蒸発源23として例えば、0.1〜2Pa程度の減圧雰囲気に調整して成膜できる。
【0033】
図3に示す成膜装置20によりAgの保護層7を成膜するには、成膜チャンバ22の内部を上述の減圧雰囲気に調節し、積層体26を巻き付けた回転ドラム24を所望の温度、例えば200〜800℃に加熱しつつ回転させながら、蒸発源23からAgの粒子を回転ドラム24側に飛ばすことで、回転ドラム24に巻き付けた積層体26の酸化物超電導層6上に保護層7を成膜することができる。
この成膜の場合、回転ドラム24に内蔵されているヒータ25に通電して回転ドラム24の外周面の温度を400〜800℃の範囲に設定して成膜することがより好ましい。
この温度範囲で成膜することにより、Agの粒子に望ましい粒子エネルギーを付与することができ、酸化物超電導層6の上において結晶化し易く、緻密なAgの保護層7を形成できる。この温度範囲で成膜したAgの保護膜7であるならば、結晶化したAgの保護層7とすることができ、再結晶し難く、ボイドの生成を抑制した保護膜7を得ることができる。
【0034】
また、必要な膜厚の保護層7を成膜後、成膜チャンバ22の内部において回転ドラム24を冷却する場合、回転ドラム24は肉厚の金属製であり、積層体26より遙かに大きな熱容量を有するので、保護層7は薄くとも急冷されることはなく、回転ドラム24とともに徐冷される。このため、成膜後のAgの保護層7を炉令した状態とすることができ、アニールした場合と同等のアニール効果を得ることができる。
上述の如く200〜800℃の高温に加熱した酸化物超電導層6の上にAgの粒子をスパッタにより堆積させるとAgの表面粗さRzを1300nm以下にすることができるが、更に適切な温度(400〜800℃)で成膜すると、表面粗さRzを1010nm以下にできるとともに、下地の酸化物超電導層6に対しヘテロエピタキシャル成長した緻密なAgの配向層7を得ることができる。Agの結晶格子と希土類系の酸化物超電導層6との格子の格子定数の差はおよそ5%であるので、上述の400〜800℃で成膜することで、ヘテロエピタキシャル成長させ易い効果がある。更に好ましくは、積層体26を500〜800℃で加熱してスパッタすることにより表面粗さRzを430nm以下とすることができ、より水分による劣化が生じ難い酸化物超電導導体を提供することができる。
【0035】
以上説明の如く、ヘテロエピタキシャル成長したAgの保護層7は、酸化物超電導層6の上に緻密でピンホールなどの欠陥の無いAgの保護層7となっており、さらに、酸化物超電導層6に対し密着性においても優れているので、酸化物超電導層6に対し水分が浸入し難い構造とすることができ、水分による劣化の生じ難い酸化物超電導導体1を提供できる。
【実施例】
【0036】
ハステロイC276(米国ヘインズ社商品名)からなる幅10mm、厚さ0.1mm、長さ1000mmのテープ状の表面平滑な基材を用意し、表面を洗浄してからイオンビームアシストスパッタ法を用い、1.2μm厚のGd2Zr2O7(GZO;中間層)を形成した上に、パルスレーザー蒸着法(PLD法)により1.0μm厚のCeO2(キャップ層)を成膜した。次いでCeO2層上にPLD法により1.0μm厚のGdBa2Cu3O7−x(酸化物超電導層)を形成した。
【0037】
次に、Agのターゲットを用い、酸化物超電導層上に以下の表1に記載する温度でイオンビームスパッタ法により厚さ8μmのAgの保護層を形成した。このAgの保護層を形成する場合、図3に示す成膜チャンバに備えたスレンレス鋼製の回転ドラムに酸化物超電導層側を表にして巻き付け、成膜チャンバの内部を0.5Paに減圧し、回転ドラムの回転速度を490rpmに設定して成膜した。
回転ドラムによる基板の加熱温度条件を以下の表1に示す如く100℃、200℃、300℃、400℃、500℃、800℃、900℃の各値とした。また、比較例1は30℃で成膜した例である。なお、300℃、400℃、500℃、800℃、900℃で成膜した例については、スパッタ終了後、基材温度が200℃以下になるまで真空状態を保持し、次いで500℃の酸素雰囲気中に5時間保持し、酸素アニール処理を施し、炉冷した。
この温度履歴で基材は回転ドラムと共に冷却されるので、徐冷される。
【0038】
得られた各酸化物超電導導体の試料について、FE−SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)による表面の粒径測定、FIB(集束イオンビーム)による断面加工を行いSIM(走査イオン顕微鏡)による断面観察を行った。
得られた各試料のAgの保護層について、表面粗さを接触式表面粗さ測定器にてn=10の平均値をとって計測した(十点表面平均粗さ:Rz)。以上の結果を表1に示す。表1に示すスパッタ温度は、スパッタ時の基板温度、換言すると、スパッタ時の積層体温度を意味する。
【0039】
【表1】
【0040】
図4に表1の比較例1(ヒーター未使用:30℃)の試料の酸素アニール処理前の組織写真と酸素アニール後の組織写真を示す。また、図4に表1の試験例4の試料の酸素アニール処理前後の組織写真と試験例5の試料の酸素アニール処理前後の組織写真を示す。各組織写真の左下に表記されているH型の縮尺は2μmを示す。
また、図5に、得られた各試験例のAgの保護膜におけるスパッタ温度と表面の十点平均粗さ(Rz)について、酸素アニール前後の値を示す。
図5に示す関係から、スパッタ温度(成膜時の基材温度)について、500℃とした試料において、酸素アニール前後の十点表面平均粗さの値がほぼ同じ値を示した。これは、酸素アニールにより500℃に加熱しても、Agの再結晶による結晶粒径の粗大化が起こっていないことを示す。
【0041】
図6にヒータにより500℃加熱した際に得られた試料の断面写真を示し、図7にヒーター未使用時(30℃)に得られた試料の断面写真を示す。
図6と図7に示すように基板上に中間層とGdBCO(Gd1Ba2Cu3O7−x)層が積層され、その上にAgの保護層が積層されている状態を把握できる。Agの保護層の表面の粗い図7の試料ではAgの保護層の内部に粒子の粗大化により複数の空隙が形成されている。これに対し500℃で成膜している図6の試料では空隙が形成されておらず、緻密なAgの保護層が得られている。なお、成膜温度を800℃より更に上げて、900℃で成膜した試料では、酸化物超電導層が中間層と反応し、超電導特性が劣化した。このため、900℃でAgの保護層を成膜することは超電導特性が劣化するので好ましくない。
【0042】
表1と図4、図5、図6、図7の関係を勘案すると、スパッタ温度(成膜温度)が400℃の試料と500℃の試料と800℃の試料であれば表面粗さRz1010μm以下であり、下地の酸化物超電導層に対してAgの配向層が結晶配向し、緻密なAgの保護層が得られている。
また、30℃と100℃で成膜した試料に対し、200℃で成膜した試料の方が十点表面平均粗さRzの値が良好となっている。
以上の結果から、Agの保護層において緻密で表面の平滑な試料を得るためには、基材を200℃以上に加熱して成膜することが有効であることがわかる。また、500℃で行う酸素アニール後において、十点表面平均粗さRzの値を1300nm以下とするとともに、超電導特性の劣化も引き起こさないためには、200〜800℃に基材を加熱して成膜することが望ましいことも分かる。
【0043】
次に、図8は表1の試験例3(スパッタ温度300℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示し、図9は表1の試験例5(スパッタ温度500℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示し、図10は比較例1(スパッタ温度30℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示す。
また、正極点図からスパッタ温度300℃の試料と500℃の試料において4回対称性が認められる。図8においては30゜、120゜、210゜、300゜の位置に、図9においては0゜、90゜、180゜、270゜の位置にそれぞれ4回対称性を示す図形が得られている。
更に、表1に示す表面粗さRzは300〜900℃において小さくなり、更に配向性に優れる傾向となることから勘案すると、300℃〜900℃成膜において得られたAgの保護層は4回対称性が認められることが明らかである。このため、Agの保護層において下地の酸化物超電導層に対しエピタキシャル成長している保護層を得るためには、スパッタ温度として300〜900℃の範囲を選択することが望ましいことも判明した。
【0044】
次に、各酸化物超電導導体試料について、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間24時間経過後、48時間経過後、72時間経過後の各試料の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。各試料について、プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対して試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))を算出し、得られた結果を図11に記載する。
図11に示す結果から、30℃、100℃で成膜した試料に対し、200℃、更には400℃、500℃で成膜した試料の方が明らかに試験結果に優れている。なお、このプレッシャークッカー試験は水分の影響を受けやすいと認識されている希土類系の積層構造の酸化物超電導導体にとって過酷な加速試験の一種であり、Ic/Ic0の値が低下するから酸化物超電導導体として不適であるとは単純に言えないが、耐水性に対する目安にはなる指標である。
このプレッシャークッカー試験の結果から見て、Agの保護層が緻密で空洞などの無い試料の方が耐水性にも優れるので、耐水性の面からみて、Agの保護層を200℃以上、800℃以下の高温で成膜する方が緻密な保護層を形成できており、400℃以上、800℃以下の温度範囲で成膜した保護層の方が耐水性の面でより優れていることが分かる。
更に、先に説明した表1と図5に示す試験結果も含めて総合的に勘案すると、積層体を500〜800℃に加熱して成膜することにより表面粗さRzは430nm以下と著しく小さくなり、プレッシャークッカー試験でのIcの低下も少ないことから、耐水性がより優れていることがわかるので、500℃以上、800℃以下に加熱しながら成膜することが最も好ましいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、例えば酸化物超電導送電線や超電導マグネット用のコイル巻線に利用することができる酸化物超電導導体を提供する。
【符号の説明】
【0046】
1…酸化物超電導導体、2…基材、3…下地層、4…配向層、5…キャップ層、6…酸化物超電導層、7…保護層、8…安定化層、9…酸化物超電導積層体、10…絶縁被覆層、11…酸化物超電導積層体、12…酸化物超電導導体。
【技術分野】
【0001】
本発明は酸化物超電導導体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
RE−123系の酸化物超電導体(REBa2Cu3O7−X:REはYを含む希土類元素)は、液体窒素温度で超電導性を示し、電流損失が低いため、実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体あるいは電磁コイル等として使用することが要望されている。この酸化物超電導導体の一例構造として、機械的強度の高いテープ状の金属製の基材を用い、その表面にイオンビームアシスト成膜法(IBAD法)により結晶配向性の良好な中間薄膜を形成し、該中間薄膜の表面に成膜法により酸化物超電導層を形成し、その表面にAgなどの良導電材料からなる安定化層を形成した構造の酸化物超電導導体が知られている。
【0003】
前記Agの安定化層を形成するのは、酸化物超電導層に電流を流した際、外乱などにより超電導状態から常電導状態に転移することがあると、電流が不安定になることを避けるためである。このAgからなる安定化層を形成する場合、PVD法(物理的気相合成法)により成膜されることが一般的である。
例えば、以下の特許文献1に、長尺のテープ状の基板の上に中間層を介し超電導層を形成後、銀のスパッタ層を形成し、更にそれら全体の周面を囲むようにAgの安定化層をめっきにより形成し、次いでCuの安定化層をめっきにより形成した積層構造の酸化物超電導導体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−212134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この特許文献1に開示されている酸化物超電導導体の構造において、Agのスパッタ層はAgの安定化層の下地としてめっき液の侵食を防止するために設けられている。Agのスパッタ層は、例えば、ArプラズマによってAgのターゲットからはじき出したAg粒子を基板上に付着させることで成膜される。
しかし、基板上に形成されたAgのスパッタ層には、成膜時の衝撃により、内部応力(残留応力)が働いているため、この内部応力が駆動力となって、拡散や再結晶が起こる。特に、酸化物超電導導体では、製造プロセス上、超電導層の結晶に酸素を供給するための500℃程度の酸素アニールが必須であるため、酸素アニール時の熱によってひずみ(内部応力)が開放されることで、Agの再結晶が発生し、結晶粒の粗大化やそれに伴うボイドの発生が見られる。
【0006】
このため、Agのスパッタ層では、再結晶や粗大化、ボイドの発生に起因するピンホールの発生が起こり、Agのスパッタ層の劣化につながるおそれがあった。
Agのスパッタ層にピンホールや劣化部分を生じていると、その上に形成されるめっき層の付きが悪くなり、酸化物超電導層を囲む構造にピンホールなどの欠陥を生じるおそれがある。上述の希土類系の酸化物超電導層の一部組成のものは、水分との反応性を有するものがあるので、酸化物超電導層が水分に曝されると、水酸化物等を生成して経時的に劣化することがあり、ピンホールや欠陥の無いAgの被覆層を得ることが課題とされている。
【0007】
本発明は、以上のような従来の実情に鑑みなされたものであり、酸化物超電導層の上にAgの保護層を被覆した積層構造の酸化物超電導導体において、ピンホールや欠陥部分の生じていない、樋密な構造のAgの保護層を形成した酸化物超電導導体の提供とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の酸化物超電導導体は、基材と、該基材の上方に設けられた配向層と酸化物超電導層とAgの保護層とを備えた酸化物超電導導体であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であることを特徴とする。
Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であると、粗大な粒子やピンホールのない緻密な保護層を得ることができる。
この緻密で強固なAgの保護層であるならば、ボイドやピンホールなどの欠陥部分が少ないので、保護層で酸化物超電導層を覆った場合に露出部分を生じることがなく、酸化物超電導層に使用環境雰囲気から水分が浸入するおそれを少なくすることができる。
【0009】
本発明の酸化物超電導導体は、前記Agの保護層の結晶が前記酸化物超電導層の結晶に配向され、極点図において4回対称性を示すことを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体。
Agの保護層の結晶が極点図において4回対称性を示すならば、Agの保護層の結晶が酸化物超電導層の結晶に対し良好な整合性でもって結晶配向していることを意味するので、酸化物超電導層とAgの保護層との密着性が良好であり、酸化物超電導層に対して剥離する部分などのない良質のAgの保護層が得られる。
【0010】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする。
酸化物超電導層の上に200〜800℃で成膜することで、表面粗さRzが1300nm以下であるAgの保護層を形成できるので、室温で成膜されたAgの保護層より緻密で強固な保護層で被覆した酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体を提供できる。
この緻密で強固なAgの保護層であるならば、ボイドやピンホールなどの欠陥部分が少ないので、保護層で酸化物超電導層を覆った場合に露出部分を生じることがなく、酸化物超電導層に使用環境雰囲気から水分が浸入するおそれを無くすることができる。
【0011】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、前記基材を400〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1010nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする。
基材を400〜800℃に加熱しながら成膜することによりボイドやピンホールなどの欠陥部分が無い、より緻密なAgの保護層を酸化物超電導層上に形成できる。
【0012】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、前記Agの保護層の結晶を前記酸化物超電導層の結晶に配向させ、極点図において4回対称性を示す保護層とすることを特徴とする。
Agの保護層の結晶が極点図において4回対称性を示すならば、Agの保護層の結晶が酸化物超電導層の結晶に対し良好な整合性でもって結晶配向していることを意味するので、酸化物超電導層とAgの保護層との密着性が良好であり、酸化物超電導層に対して剥離する部分などのない良質のAgの保護層が得られる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ピンホールや欠陥部分の少ない緻密なAgの保護層を酸化物超電導層の上に被覆した酸化物超電導導体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る酸化物超電導導体の第1実施形態の部分断面図。
【図2】本発明に係る酸化物超電導導体の第2実施形態の部分断面図。
【図3】本発明を実施する場合に用いるスパッタ装置の一例を示す構成図。
【図4】実施例において製造されたAgの保護層について成膜温度と酸素アニール前後における組織写真。
【図5】実施例において製造されたAgの保護層について成膜温度と十点平均粗さ(Rz)の相関関係を示す図。
【図6】実施例において基材を500℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の電子顕微鏡写真。
【図7】実施例において基材を加熱しないで酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の電子顕微鏡写真。
【図8】実施例において基材を300℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図9】実施例において基材を500℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図10】実施例において基材を100℃に加熱した状態で酸化物超電導層上に成膜されたAgの保護層の正極点図。
【図11】実施例で得られた酸化物超電導導体に対しプレッシャークッカー試験を行った前後において、臨界電流値の変化を調べた結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る酸化物超電導導体の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は本発明に係る第1実施形態の酸化物超電導導体1を模式的に示す概略断面図である。
この例の酸化物超電導導体1において、テープ状の基材2の上方に、下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6と保護層7と安定化層8をこの順に積層して酸化物超電導積層体9が形成され、この酸化物超電導積層体9の周面を絶縁被覆層10で覆って酸化物超電導導体1が構成されている。
【0016】
前記基材2は、通常の酸化物超電導導体の基材として使用することができ、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状やシート状あるいは薄板状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、ハステロイ等のニッケル合金、銅合金、ステンレス鋼等の各種耐熱性金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの、等が挙げられる。各種耐熱性金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。基材3の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmの範囲とすることができる。
【0017】
下地層3は、以下に説明する拡散防止層とベッド層の複層構造あるいは、これらのうちどちらか1層からなる構造とすることができる。
下地層3として拡散防止層を設ける場合、拡散防止層は構成元素拡散を防止する目的あるいはその上に形成される他の層の膜質を改善するために形成されたもので、窒化ケイ素(Si3N4)、酸化アルミニウム(Al2O3、「アルミナ」とも呼ぶ)、あるいは、GZO(Gd2Zr2O7)等から構成される単層構造あるいは複層構造の層であることが望ましく、厚さは例えば10〜400nmである。拡散防止層の厚さが10nm未満となると、拡散防止層のみでは基材2の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層の厚さが400nmを超えると、拡散防止層の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材2から剥離しやすくなる虞がある。また、拡散防止層の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
【0018】
下地層3としてベッド層を設ける場合、ベッド層は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、例えば、イットリア(Y2O3)などの希土類酸化物であり、組成式(α1O2)2x(β2O3)(1−x)で示されるものが例示できる。より具体的には、Er2O3、CeO2、Dy2O3、Er2O3、Eu2O3、Ho2O3、La2O3等を例示することができ、これらの材料からなる単層構造あるいは複層構造でも良い。ベッド層は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜100nmである。また、ベッド層の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
なお、下地層3は拡散防止層とベッド層の2層構造でも、これらのどちらかからなる単層構造でも良く、場合によっては下地層3を略しても良い。下地層3を略する場合は、基材2上に直接、以下に説明する配向層4が形成される。
【0019】
配向層4は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層されるキャップ層5の結晶配向性を制御するために以下に説明するIBAD法により成膜され、2軸配向した結晶配向性の良好な薄膜から形成される。
一例として配向層4は、複数の結晶粒が粒界を介し接合された多結晶薄膜として構成され、各結晶粒の内部においては、それら結晶粒を構成する結晶が、それらの結晶軸のc軸を基材2の表面(あるいは下地層3の表面)に対し個々に垂直に向け、結晶軸のa軸をほぼ一方向に揃えて(例えば結晶軸の分散の角度を所定の範囲に揃えて)配置されている。
【0020】
この配向層4をIBAD(Ion-Beam-Assisted Deposition)法により良好な結晶配向性で成膜するならば、その上に形成するキャップ層5の結晶配向性を良好な値とすることができ、これによりキャップ層5の上に成膜する酸化物超電導層6の結晶配向性を良好なものとして、より優れた超電導特性を発揮できる酸化物超電導層6を得るようにすることができる。
【0021】
前記キャップ層5は、前記配向層5の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層5は、前記配向層4よりも高い面内配向度が得られる可能性がある。
キャップ層5の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO2、Y2O3、Al2O3、Gd2O3、Zr2O3、Ho2O3、Nd2O3等が例示できる。キャップ層5の材質がCeO2である場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
キャップ層5は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが好ましい。PLD法によるCeO2層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeO2のキャップ層5の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、50〜5000nmの範囲、より好ましくは100〜5000nmの範囲とすることができる。
【0022】
酸化物超電導層6は通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、REBa2Cu3O7−x(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のもの、具体的には、Y123(YBa2Cu3Oy)又はGd123(GdBa2Cu3Oy)を例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、Bi2Sr2Can−1CunO4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層6は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法(PVD法);化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法)等で積層できる。酸化物超電導層6の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0023】
酸化物超電導層6の上面を覆うように形成されている保護層7は、Agからなり、スパッタ法などの物理的蒸着法(PVD法)により成膜されている。保護層7の厚さは1〜30μm程度とされている。本実施形態のAgの保護層7は、後述する如く望ましくは200〜800℃の高温で、より好ましくは400〜800℃の高温で成膜された緻密な薄膜であり、その表面粗さRzが1300nm以下であり、より好ましくは1010nm以下の薄膜である。
本実施形態のAgの保護層7は、上述の如く高温でスパッタ法などの物理的蒸着法により成膜されている。上述の高温でスパッタした場合、スパッタ粒子のエネルギーが大きくなるために、スパッタ用のターゲットから酸化物超電導層6上に到達するときの勢いが室温で成膜する場合よりも大きい。そのため、室温での成膜よりも緻密で強固なAgの保護層7を酸化物超電導層6上に形成できる。上述の高温下でスパッタされたAgの粒子は酸化物超電導層6の上で堆積し結晶化する。
【0024】
この保護層7は、緻密なAgの薄膜であるので、アニールしても再結晶化し難く、表面の荒れやボイドの生成が抑制される。また、上述の高温下で成膜した薄膜ならば、熱によってスパッタ時にAgの内部に生じた残留応力による歪みを開放することが可能となる。例えば、加熱状態でスパッタ法により成膜した場合、成膜後に冷却すると酸化物超電導層6が基材1の上方に積層されていることから、基材1がある程度熱容量を有しているので、炉冷する冷却条件となり、アニール効果により保護層7を構成するAgの結晶において歪みの開放がなされる。
また、上述の温度範囲で高温成膜するならば、保護層7の下に位置する酸化物超電導層6に対し、ヘテロエピタキシャル成長した結晶配向性であって、正極点図において4回対称性を示すAgの保護層7が得られる。なお、Agの結晶と希土類系の酸化物超電導層6との格子定数の差異は、約5%であるので、加熱成膜条件によってはヘテロエピタキシャル成長させ易いと考えられる。
【0025】
安定化層8は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層6が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、Agの保護層7とともに、酸化物超電導層6の電流が転流するバイパスとして機能する。安定化層8を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることがら銅合金製が好ましい。なお、酸化物超電導導体1を超電導限流器に使用する場合、安定化層8は高抵抗金属材料より構成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
安定化層8の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmとすることが好ましい。
前記被覆層10は、樹脂絶縁層からなり、酸化物超電導積層体9の外周面に絶縁テープを巻回するなどの手段により酸化物超電導積層体9の全周を覆うように形成されている。
【0026】
前記構造の酸化物超電導導体1に設けられるIBAD法による配向層4は、例えばターゲットにイオンビームを照射してターゲットの構成粒子を叩き出すか蒸発させて基材上に飛来させて堆積させるとともに、基材に対し所定の入射角度でアシスト用のイオンビームを照射するイオンビームアシストスパッタ装置で形成できる。
基材2が長尺のテープ状の場合は、イオンビームアシストスパッタ装置の内部において基材2を供給リールから巻取リール側に移動させている間に上述のイオンビームアシストスパッタ装置により成膜することができる。
【0027】
以上説明のように、下地層3の表面に、ターゲットの構成粒子を堆積させつつ、所定の入射角度でイオン照射を行うことにより、形成されるスパッタ膜の特定の結晶軸がイオンの入射方向に固定され、結晶のc軸が金属基板の表面に対して垂直方向に配向するとともに、結晶のa軸どうし(あるいはb軸どうし)が面内において一定方向に配向する(2軸配向する)中間薄膜としての配向層4を得ることができる。
このため、IBAD法によって下地層3上に形成された配向層4は、高い面内配向度を示す。
【0028】
次に、前述のように、良好な配向性を有する配向層4の上にキャップ層5を形成していると、キャップ層5も良好な配向性を得ることができるとともに、そのキャップ層5上に酸化物超電導層6を形成すると、酸化物超電導層6もキャップ層5の配向性に整合するように結晶化する。よって前記キャップ層5上に形成された酸化物超電導層6は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層6を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材2の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材2の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している(2軸配向している)。このように良好な結晶配向性でもって形成された希土類系の酸化物超電導層6が良好な結晶配向性であるならば、正極点図において4回対称性を示す。
従って得られた酸化物超電導層6は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材2の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流が得られる。
【0029】
以上説明の如く形成された酸化物超電導導体1は、IBAD法により成膜された結晶配向性に優れた配向層4を備え、その上にキャップ層5を介し結晶配向性に優れた酸化物超電導層6を備えているので、優れた超電導特性を発揮する。
更に、本実施形態の酸化物超電導導体1であるならば、酸化物超電導層6の上に緻密でピンホールなどの欠陥の無いAgの保護層7を備えているので、酸化物超電導層6に対して水分の浸入し難い構造とすることができ、水分による劣化の生じ難い酸化物超電導導体1を提供できる。
【0030】
ところで、本発明に係る酸化物超電導導体1において、保護層7の上に形成する安定化層8を略して構成することも可能である。一例として、図2に示す如く、テープ状の基材2の上方に、下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6と保護層7を積層して酸化物超電導積層体11を構成し、この酸化物超電導積層体11の周面を絶縁被覆層10で覆って酸化物超電導導体12を構成しても良い。即ち、用途に応じて安定化層8を略した構造の酸化物超電導導体12としても良い。
【0031】
次に、正極点図において4回対称性を示す結晶配向性を有するAgの保護層7を形成する手段の一例について以下に説明する。
図3は、酸化物超電導積層体9において酸化物超電導層6の上にAgの保護層7を形成する際に行う物理蒸着法(PVD)に使用する成膜装置の一例を示すもので、この例の成膜装置20は、真空ポンプなどに排気管21を介し接続されて内部を真空排気可能に構成された成膜チャンバ22と、この成膜チャンバ22の内底部に設けられた蒸発源23と、成膜チャンバ22の中央部に設けられた回転ドラム24とを備えて構成されている。回転ドラム24は中空の肉厚の金属製とされている。
回転ドラム24は内部に加熱ヒータ25を備え、その外周面を目的の温度、例えば400〜900℃程度の温度に均一加熱できるように構成されている。この回転ドラム24の外周面に基材2を巻き付けて固定できるように構成されている。
【0032】
本実施形態では、基材2の上に下地層3と配向層4とキャップ層5と酸化物超電導層6を形成した積層体26が酸化物超電導層6側を表にして図3に示す如く必要長さ螺旋状に回転ドラム24の周面に巻き付けられている。
蒸発源23は、PVD装置に応じて種々の態様をとることができ、例えば、スパッタ系であれば、DCあるいはRFスパッタリング、マグネトロンスパッタリング、イオンビームスパッタリング、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタリング等であり、蒸発系であれば、抵抗加熱式、電子ビーム加熱式、高周波誘導加熱式、レーザービーム加熱式のいずれかを適宜採用できる。 DCあるいはRFスパッタ方式の蒸発源23として例えば、0.1〜2Pa程度の減圧雰囲気に調整して成膜できる。
【0033】
図3に示す成膜装置20によりAgの保護層7を成膜するには、成膜チャンバ22の内部を上述の減圧雰囲気に調節し、積層体26を巻き付けた回転ドラム24を所望の温度、例えば200〜800℃に加熱しつつ回転させながら、蒸発源23からAgの粒子を回転ドラム24側に飛ばすことで、回転ドラム24に巻き付けた積層体26の酸化物超電導層6上に保護層7を成膜することができる。
この成膜の場合、回転ドラム24に内蔵されているヒータ25に通電して回転ドラム24の外周面の温度を400〜800℃の範囲に設定して成膜することがより好ましい。
この温度範囲で成膜することにより、Agの粒子に望ましい粒子エネルギーを付与することができ、酸化物超電導層6の上において結晶化し易く、緻密なAgの保護層7を形成できる。この温度範囲で成膜したAgの保護膜7であるならば、結晶化したAgの保護層7とすることができ、再結晶し難く、ボイドの生成を抑制した保護膜7を得ることができる。
【0034】
また、必要な膜厚の保護層7を成膜後、成膜チャンバ22の内部において回転ドラム24を冷却する場合、回転ドラム24は肉厚の金属製であり、積層体26より遙かに大きな熱容量を有するので、保護層7は薄くとも急冷されることはなく、回転ドラム24とともに徐冷される。このため、成膜後のAgの保護層7を炉令した状態とすることができ、アニールした場合と同等のアニール効果を得ることができる。
上述の如く200〜800℃の高温に加熱した酸化物超電導層6の上にAgの粒子をスパッタにより堆積させるとAgの表面粗さRzを1300nm以下にすることができるが、更に適切な温度(400〜800℃)で成膜すると、表面粗さRzを1010nm以下にできるとともに、下地の酸化物超電導層6に対しヘテロエピタキシャル成長した緻密なAgの配向層7を得ることができる。Agの結晶格子と希土類系の酸化物超電導層6との格子の格子定数の差はおよそ5%であるので、上述の400〜800℃で成膜することで、ヘテロエピタキシャル成長させ易い効果がある。更に好ましくは、積層体26を500〜800℃で加熱してスパッタすることにより表面粗さRzを430nm以下とすることができ、より水分による劣化が生じ難い酸化物超電導導体を提供することができる。
【0035】
以上説明の如く、ヘテロエピタキシャル成長したAgの保護層7は、酸化物超電導層6の上に緻密でピンホールなどの欠陥の無いAgの保護層7となっており、さらに、酸化物超電導層6に対し密着性においても優れているので、酸化物超電導層6に対し水分が浸入し難い構造とすることができ、水分による劣化の生じ難い酸化物超電導導体1を提供できる。
【実施例】
【0036】
ハステロイC276(米国ヘインズ社商品名)からなる幅10mm、厚さ0.1mm、長さ1000mmのテープ状の表面平滑な基材を用意し、表面を洗浄してからイオンビームアシストスパッタ法を用い、1.2μm厚のGd2Zr2O7(GZO;中間層)を形成した上に、パルスレーザー蒸着法(PLD法)により1.0μm厚のCeO2(キャップ層)を成膜した。次いでCeO2層上にPLD法により1.0μm厚のGdBa2Cu3O7−x(酸化物超電導層)を形成した。
【0037】
次に、Agのターゲットを用い、酸化物超電導層上に以下の表1に記載する温度でイオンビームスパッタ法により厚さ8μmのAgの保護層を形成した。このAgの保護層を形成する場合、図3に示す成膜チャンバに備えたスレンレス鋼製の回転ドラムに酸化物超電導層側を表にして巻き付け、成膜チャンバの内部を0.5Paに減圧し、回転ドラムの回転速度を490rpmに設定して成膜した。
回転ドラムによる基板の加熱温度条件を以下の表1に示す如く100℃、200℃、300℃、400℃、500℃、800℃、900℃の各値とした。また、比較例1は30℃で成膜した例である。なお、300℃、400℃、500℃、800℃、900℃で成膜した例については、スパッタ終了後、基材温度が200℃以下になるまで真空状態を保持し、次いで500℃の酸素雰囲気中に5時間保持し、酸素アニール処理を施し、炉冷した。
この温度履歴で基材は回転ドラムと共に冷却されるので、徐冷される。
【0038】
得られた各酸化物超電導導体の試料について、FE−SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)による表面の粒径測定、FIB(集束イオンビーム)による断面加工を行いSIM(走査イオン顕微鏡)による断面観察を行った。
得られた各試料のAgの保護層について、表面粗さを接触式表面粗さ測定器にてn=10の平均値をとって計測した(十点表面平均粗さ:Rz)。以上の結果を表1に示す。表1に示すスパッタ温度は、スパッタ時の基板温度、換言すると、スパッタ時の積層体温度を意味する。
【0039】
【表1】
【0040】
図4に表1の比較例1(ヒーター未使用:30℃)の試料の酸素アニール処理前の組織写真と酸素アニール後の組織写真を示す。また、図4に表1の試験例4の試料の酸素アニール処理前後の組織写真と試験例5の試料の酸素アニール処理前後の組織写真を示す。各組織写真の左下に表記されているH型の縮尺は2μmを示す。
また、図5に、得られた各試験例のAgの保護膜におけるスパッタ温度と表面の十点平均粗さ(Rz)について、酸素アニール前後の値を示す。
図5に示す関係から、スパッタ温度(成膜時の基材温度)について、500℃とした試料において、酸素アニール前後の十点表面平均粗さの値がほぼ同じ値を示した。これは、酸素アニールにより500℃に加熱しても、Agの再結晶による結晶粒径の粗大化が起こっていないことを示す。
【0041】
図6にヒータにより500℃加熱した際に得られた試料の断面写真を示し、図7にヒーター未使用時(30℃)に得られた試料の断面写真を示す。
図6と図7に示すように基板上に中間層とGdBCO(Gd1Ba2Cu3O7−x)層が積層され、その上にAgの保護層が積層されている状態を把握できる。Agの保護層の表面の粗い図7の試料ではAgの保護層の内部に粒子の粗大化により複数の空隙が形成されている。これに対し500℃で成膜している図6の試料では空隙が形成されておらず、緻密なAgの保護層が得られている。なお、成膜温度を800℃より更に上げて、900℃で成膜した試料では、酸化物超電導層が中間層と反応し、超電導特性が劣化した。このため、900℃でAgの保護層を成膜することは超電導特性が劣化するので好ましくない。
【0042】
表1と図4、図5、図6、図7の関係を勘案すると、スパッタ温度(成膜温度)が400℃の試料と500℃の試料と800℃の試料であれば表面粗さRz1010μm以下であり、下地の酸化物超電導層に対してAgの配向層が結晶配向し、緻密なAgの保護層が得られている。
また、30℃と100℃で成膜した試料に対し、200℃で成膜した試料の方が十点表面平均粗さRzの値が良好となっている。
以上の結果から、Agの保護層において緻密で表面の平滑な試料を得るためには、基材を200℃以上に加熱して成膜することが有効であることがわかる。また、500℃で行う酸素アニール後において、十点表面平均粗さRzの値を1300nm以下とするとともに、超電導特性の劣化も引き起こさないためには、200〜800℃に基材を加熱して成膜することが望ましいことも分かる。
【0043】
次に、図8は表1の試験例3(スパッタ温度300℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示し、図9は表1の試験例5(スパッタ温度500℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示し、図10は比較例1(スパッタ温度30℃)で得られたAgの保護層の正極点図を示す。
また、正極点図からスパッタ温度300℃の試料と500℃の試料において4回対称性が認められる。図8においては30゜、120゜、210゜、300゜の位置に、図9においては0゜、90゜、180゜、270゜の位置にそれぞれ4回対称性を示す図形が得られている。
更に、表1に示す表面粗さRzは300〜900℃において小さくなり、更に配向性に優れる傾向となることから勘案すると、300℃〜900℃成膜において得られたAgの保護層は4回対称性が認められることが明らかである。このため、Agの保護層において下地の酸化物超電導層に対しエピタキシャル成長している保護層を得るためには、スパッタ温度として300〜900℃の範囲を選択することが望ましいことも判明した。
【0044】
次に、各酸化物超電導導体試料について、温度120℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に保持するプレッシャークッカー試験を行い、試験時間24時間経過後、48時間経過後、72時間経過後の各試料の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。各試料について、プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対して試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))を算出し、得られた結果を図11に記載する。
図11に示す結果から、30℃、100℃で成膜した試料に対し、200℃、更には400℃、500℃で成膜した試料の方が明らかに試験結果に優れている。なお、このプレッシャークッカー試験は水分の影響を受けやすいと認識されている希土類系の積層構造の酸化物超電導導体にとって過酷な加速試験の一種であり、Ic/Ic0の値が低下するから酸化物超電導導体として不適であるとは単純に言えないが、耐水性に対する目安にはなる指標である。
このプレッシャークッカー試験の結果から見て、Agの保護層が緻密で空洞などの無い試料の方が耐水性にも優れるので、耐水性の面からみて、Agの保護層を200℃以上、800℃以下の高温で成膜する方が緻密な保護層を形成できており、400℃以上、800℃以下の温度範囲で成膜した保護層の方が耐水性の面でより優れていることが分かる。
更に、先に説明した表1と図5に示す試験結果も含めて総合的に勘案すると、積層体を500〜800℃に加熱して成膜することにより表面粗さRzは430nm以下と著しく小さくなり、プレッシャークッカー試験でのIcの低下も少ないことから、耐水性がより優れていることがわかるので、500℃以上、800℃以下に加熱しながら成膜することが最も好ましいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、例えば酸化物超電導送電線や超電導マグネット用のコイル巻線に利用することができる酸化物超電導導体を提供する。
【符号の説明】
【0046】
1…酸化物超電導導体、2…基材、3…下地層、4…配向層、5…キャップ層、6…酸化物超電導層、7…保護層、8…安定化層、9…酸化物超電導積層体、10…絶縁被覆層、11…酸化物超電導積層体、12…酸化物超電導導体。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の上方に設けられた配向層と酸化物超電導層とAgの保護層とを備えた酸化物超電導導体であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項2】
前記Agの保護層の結晶が前記酸化物超電導層の結晶に配向され、極点図において4回対称性を示すことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体。
【請求項3】
基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項4】
前記基材を400〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1010nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする請求項3に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項5】
前記Agの保護層の結晶を前記酸化物超電導層の結晶に配向させ、極点図において4回対称性を示す保護層とすることを特徴とする請求項4または5に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項1】
基材と、該基材の上方に設けられた配向層と酸化物超電導層とAgの保護層とを備えた酸化物超電導導体であって、Agの保護層の表面粗さRzが1300nm以下であることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項2】
前記Agの保護層の結晶が前記酸化物超電導層の結晶に配向され、極点図において4回対称性を示すことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体。
【請求項3】
基材の上方に配向層と酸化物超電導層を形成した後、酸化物超電導層上にAgの保護層を成膜法により形成する場合、基材を200℃〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1300nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項4】
前記基材を400〜800℃の範囲に加熱しながら成膜することにより、表面粗さRzが1010nm以下のAgの保護層を形成することを特徴とする請求項3に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項5】
前記Agの保護層の結晶を前記酸化物超電導層の結晶に配向させ、極点図において4回対称性を示す保護層とすることを特徴とする請求項4または5に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−12321(P2013−12321A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−142870(P2011−142870)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】
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