説明

酸化物超電導線材およびその製造方法

【課題】本発明は、酸化物超電導層をAl溶融めっき層と電解めっきによる金属製の安定化層で保護した構造の酸化物超電導線材を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の酸化物超電導線材は、基材と、該基材上に設けられた中間層と酸化物超電導層と、該酸化物超電導層上に設けられたAgの安定化基層とを備えて酸化物超電導積層体が構成され、該酸化物超電導積層体の周面側に該周面全体を覆うAl溶融めっき層が被覆され、該Al溶融めっき層の外周側に電解めっきによる金属製の安定化層が積層されてなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上に中間層と酸化物超電導層と安定化層を備えた積層構造の酸化物超電導線材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年になって発見されたRE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−X:REはYを含む希土類元素)は、液体窒素温度以上で超電導性を示し、電流損失が低いため、実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体あるいは磁気コイル等として使用することが要望されている。この酸化物超電導体を線材に加工するための方法として、強度が高く、耐熱性もあり、線材に加工することが容易な金属を長尺のテープ状に加工し、この金属基材テープ上に酸化物超電導層を形成する方法が研究されている。
【0003】
更に、酸化物超電導体は電気的異方性を有しているので、基材上に酸化物超電導層を形成する場合、結晶の配向制御を行う必要があり、その方法の一例として、基材上に中間層を介して酸化物超電導層を積層する技術が知られている。この中間層を利用する技術の一例として、イオンビームアシスト成膜法(IBAD法:Ion Beam Assisted Deposition)が知られており、この方法は、スパッタリング法によりターゲットから叩き出した構成粒子を基材上に堆積させる際、イオン銃から発生されたアルゴンイオン等を同時に斜め方向(例えば、45度方向)から照射しながら中間層を堆積させる方法として知られている。このIBAD法によれば、高い2軸配向性を示す中間層を基材上に成膜できるので、この中間層上に酸化物超電導薄膜を形成することにより、超電導特性の優れた酸化物超電導導体を得ることができる。
【0004】
また、前記酸化物超電導導体にあっては、酸化物超電導層上に、薄い銀の安定化層を形成し、その上に銅などの良導電性金属材料からなる厚い安定化層を設けた2層構造の安定化層を積層する構造が採用されている。そして、この2層構造の安定化層を形成する技術の一例として、酸化物超電導層の上にスパッタリングにより薄いAgの安定化層を設けた後、全体を硫酸銅水溶液中に浸漬し、この硫酸銅水溶液をめっき浴として用いる電気めっきによりAgの安定化層上にCuの安定化層を形成する技術が知られている。(特許文献1参照)
【0005】
前記Agの安定化層は、酸化物超電導層を酸素熱処理する際に酸素量の変動を調節する目的のためにも設けられており、Cuの安定化層は、酸化物超電導層が超電導状態から常電導状態に遷移しようとしたとき、該酸化物超電導層の電流を転流させるバイパスとして機能させるための目的で設けられている。
【0006】
また、酸化物超電導導体において、安定化層を複合した構造として、基板、バッファ層、マルチフィラメント超電導体層、安定化層からなる構造であって、基板上に複数設けたマルチフィラメント超電導体層を金属の安定化層で覆ってカプセル化した構造が知られている。(特許文献2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−80780号公報
【特許文献2】特表2009−544144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記従来技術において、酸化物超電導層上にAgの安定化層を形成する場合、スパッタ法により成膜することがあるが、スパッタ法によるAgの成膜では、酸化物超電導層の上面側への成膜は可能であるものの、それ以外の、例えば、酸化物超電導層の側面側には安定化層を満足には形成できない問題がある。このため、前記電解めっきを行う従来技術では、硫酸銅溶液中に線材を浸漬する過程でAgの安定化層が存在しない部分、例えば、酸化物超電導層の側面側、中間層の側面側などの部分は、直に硫酸銅溶液に浸漬されことになるので、酸化物超電導層または中間層の浸漬部分が劣化するおそれを有している。
【0009】
また、Agの安定化層に覆われていない部分に大きなダメージを受けなかったとしても、Agの安定化層上に優先的にCuのめっき層が析出するので、酸化物超電導層の側面側のカバーなども考慮すると、めっき時間を長くしてCuのめっき層を充分に成長させて酸化物超電導層の側面側までめっき層が到達するように厚くめっき処理する必要が生じるので、めっき時間が極めて長くなる問題がある。
一方、前記従来技術において、Agの安定化層を酸化物超電導線材の全周にカプセル化する技術にあっては、前述の課題は解消できるものの、高価なAgを超電導線材の全周に付着する必要があり、コストの向上が避けられない問題がある。
【0010】
本発明は、以上のような従来の実情に鑑みなされたものであり、基材と中間層と酸化物超電導層とAgの安定化基層からなる酸化物超電導積層体の周面にAl溶融めっき層を配し、その上に電解めっきによる金属製の安定化層を積層した構造を採用し、Agの使用量を抑えてコストアップを避けつつ酸化物超電導層の側面側を含めて酸化物超電導積層体の周面をAl溶融めっき層と金属製の安定化層で覆って保護した構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、基材と、該基材上に設けられた中間層と酸化物超電導層と、該酸化物超電導層上に設けられたAgの安定化基層とを備えて酸化物超電導積層体が構成され、該酸化物超電導積層体の周面側に該周面全体を覆うAl溶融めっき層が被覆され、該Al溶融めっき層の外周側に電解めっきによる金属製の安定化層が積層されてなることを特徴とする。
本発明は、前記Al溶融めっき層の厚さが1〜20μmの範囲とされてなることが好ましい。
【0012】
本発明の製造方法は、基材と、該基材上に設けられた中間層と酸化物超電導層と、該酸化物超電導層上に設けられたAgの安定化基層とを備えて酸化物超電導積層体が構成され、該酸化物超電導積層体の周面側に該周面全体を覆うAl溶融めっき層が被覆され、該Al溶融めっき層の外周側に電解めっきによる金属製の安定化層が積層されてなる酸化物超電導線材を製造する方法であって、前記酸化物超電導積層体をアルミニウム溶湯に浸漬して引き上げ、前記酸化物超電導積層体の全周を被覆する所定の厚さのAl溶融めっき層を形成した後、Cuの電解めっき液に浸漬して電解することによりCuの安定化層をAl溶融めっき層の全周に形成することを特徴とする。
本発明の製造方法において、前記Al溶融めっき層の厚さを1〜20μmの範囲とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、基材上に形成されている酸化物超電導層の表面側をAgの安定化基層で覆って保護するとともに、酸化物超電導層の側面側及び基材の裏面側とAgの安定化基層の表面側、即ち、酸化物超電導積層体の全周をAl溶融めっき層で覆って保護するので、電解めっきによる安定化層の形成時に酸化物超電導積層体や中間層の側面側がめっき液による浸漬を受けるおそれが無くなり、超電導特性の劣化を防止できる。
酸化物超電導積層体のほぼ全周をAl溶融めっき層が覆うので、Al溶融めっき層の外周側に形成する電解めっきによる安定化層の付着性が良くなる。
Al溶融めっき層の厚さを1〜20μmの範囲とすることにより、酸化物超電導積層体の側面側の保護が充分で電解めっき時に安定的なめっきが全周に可能であり、ムラのない電解めっき層による安定化層を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る酸化物超電導線材の第1実施形態を示す概略断面図。
【図2】図1に示す酸化物超電導線材に組み込まれている酸化物超電導積層体の概略断面図。
【図3】図2に示す酸化物超電導積層体の層構造を詳細に示す構成図。
【図4】イオンビームアシスト成膜法を実施するための装置構成と成膜状態の一例を示す説明図。
【図5】溶融Al槽内のアルミニウム溶湯に酸化物超電導積層体を浸漬して引き上げている状態を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る酸化物超電導線材の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は本発明に係る第1実施形態の酸化物超電導線材1を模式的に示す概略斜視図であり、図2は該酸化物超電導線材1に組み込まれている酸化物超電導積層体2の概略構成図、図3は該酸化物超電導積層体2の積層構造の詳細を示す構成図である。
酸化物超電導積層体2はテープ状の基材3の上に、中間層5と酸化物超電導層6と安定化基層7を積層してなり、この酸化物超電導積層体2を中心部に備え、その全周面を覆うようにAl溶融めっき層8とCuの電解めっき層による安定化層9が形成され、安定化層9の全周面を覆うように樹脂製の被覆層10が形成され、酸化物超電導線材1が構成されている。
前記酸化物超電導積層体2は、より詳細には図3に示す如く、基材3の上面に拡散防止層11とベッド層12と配向層15とキャップ層16とからなる中間層5が積層され、その上に酸化物超電導層6と安定化基層7を積層して構成されているが、図1、図2では図示の簡略化のために中間層5を1層のように描いている。なお、拡散防止層11とベッド層12は必須ではなく、場合によっては略しても良い。
【0016】
前記基材3は、通常の超電導線材の基材として使用することができ、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、ステンレス鋼、ハステロイ等のニッケル合金等の各種金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの、等が挙げられる。各種耐熱性の金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。基材3の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmの範囲とすることができる。
【0017】
拡散防止層11は、基材3の構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)、あるいは、GZO(GdZr)等から構成され、その厚さは例えば10〜400nmである。拡散防止層11の厚さが10nm未満となると、基材3の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層11の厚さが400nmを超えると、拡散防止層11の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材3から剥離しやすくなる虞がある。また、拡散防止層11の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
【0018】
ベッド層12は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層12は、例えば、イットリア(Y)などの希土類酸化物であり、組成式(α2x(β(1−x)で示されるものが例示できる。より具体的には、Er、CeO、Dy3、Er、Eu、Ho、La等を例示することができる。このベッド層12は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜100nmである。また、ベッド層12の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
【0019】
配向層15は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層されるキャップ層16の結晶配向性を制御するために2軸配向する物質から選択される。配向層15の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物を例示することができる。
この配向層15をIBAD(Ion-Beam-Assisted Deposition)法により良好な結晶配向性(例えば結晶配向度15゜以下)で成膜するならば、その上に形成するキャップ層16の結晶配向性を良好な値(例えば結晶配向度5゜前後)とすることができ、これによりキャップ層16の上に成膜する酸化物超電導層6の結晶配向性を良好なものとして優れた超電導特性を発揮できる酸化物超電導層6を得るようにすることができる。
例えば、GdZr、MgO又はZrO−Y(YSZ)からなる配向層15は、IBAD法における結晶配向度を表す指標であるΔφ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0020】
前記IBAD法による配向層15は例えば図4に示す装置により成膜される。
図4に示す装置は、拡散防止層11とベッド層12を備えたテープ状の基材3をその長手方向に走行するための走行系(図示略)と、その表面が基材3の表面に対して斜めに向いて対峙されたターゲット21と、ターゲット21にイオンを照射するスパッタビーム照射装置22と、基材3の表面に対して斜め方向からイオン(希ガスイオンと酸素イオンの混合イオン)を照射するイオン源23とを有しており、これらの各装置は真空容器(図示略)内に配置されている。
【0021】
図4に示す装置によって基材3のベッド層12上に配向層15を形成するには、真空容器の内部を減圧雰囲気とし、スパッタビーム照射装置22及びイオン源23を作動させる。これにより、スパッタビーム照射装置22からターゲット21にイオンを照射し、ターゲット21の構成粒子を叩き出すか蒸発させてベッド層12上に堆積する。これと同時に、イオン源23から、希ガスイオンと酸素イオンとの混合イオンを放射し、基材3の表面(ベッド層12)に対して所定の入射角度(θ)で照射する。
このように、ベッド層12の表面に、ターゲット21の構成粒子を堆積させつつ、所定の入射角度でイオン照射を行うことにより、形成されるスパッタ膜の特定の結晶軸がイオンの入射方向に固定され、結晶のc軸が金属基板の表面に対して垂直方向に配向するとともに、結晶のa軸及びb軸が面内において一定方向に配向する。このため、IBAD法によってベッド層12上に形成された配向層102は、高い面内配向度、例えばΔφ=12〜16゜程度を得ることができる。
【0022】
次に、キャップ層16は、上述のように面内結晶軸が配向した配向層15表面に成膜されることによってエピタキシャル成長し、その後、横方向に粒成長して、結晶粒が面内方向に自己配向し得る材料、であれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、ZrO、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層の材質がCeOである場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
例えばCeOによって構成される。キャップ層16は、上述のように自己配向していることにより、配向層15よりも更に高い面内配向度、例えばΔφ=4〜6゜程度を得ることができる。
【0023】
例えば、CeO層は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeO層の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、50〜5000nmの範囲、より好ましくは100〜5000nmの範囲とすることができる。
【0024】
酸化物超電導層6は公知のもので良く、具体的には、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のものを例示できる。この酸化物超電導層6として、Y123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)などを例示することができる。
酸化物超電導層6は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;熱塗布分解法(MOD法)等で積層することができ、なかでも生産性の観点から、PLD(パルスレーザー蒸着)法、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)又はCVD法を用いることができる。
【0025】
ここで前述のように、良好な配向性を有するキャップ層16上に酸化物超電導層6を形成すると、このキャップ層16上に積層される酸化物超電導層6もキャップ層16の配向性に整合するように結晶化する。よって前記キャップ層16上に形成された酸化物超電導層6は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層6を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材10の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材10の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って得られた酸化物超電導層6は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材10の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0026】
前記酸化物超電導層6の上に積層されている安定化基層7はAgなどの良電導性かつ酸化物超電導層6と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる層として形成される。
なお、安定化基層7をAgから構成する理由として、酸化物超電導層6に酸素をドープするアニール工程においてドープした酸素を酸化物超電導層6から逃避し難くする性質を有する点を挙げることができる。Agの安定化基層7を成膜するには、スパッタ法などの成膜法を採用し、その厚さを1〜30μm程度に形成できる。
【0027】
図2、図3に示す構造の酸化物超電導積層体2は、酸化物超電導層6の上面をAgの安定化基層7で覆ってカバーしているが、酸化物超電導層6の両側面側は特に保護されておらず、露出されており、酸化物超電導層6が湿気などにより特性が劣化するおそれがあること、酸化物超電導層6の露出部分に後工程の処理でダメージを与えると、超電導特性が劣化するおそれがあること、などを考慮し、何らかのカバーで保護する必要がある。
本実施形態においては、酸化物超電導層6を保護するために、以下に説明するAl溶融めっきによるAl溶融めっき層8と電解めっきによるCuの安定化層9を形成して酸化物超電導積層体2の全周をカバーする構造を採用する。
【0028】
酸化物超電導積層体2の製造工程についてこれまで説明してきたように、テープ状の長尺の基材10の上に、拡散防止層11、ベッド層12、配向層15、キャップ層16の各層を成膜する過程においては、真空雰囲気において雰囲気を制御して行う成膜法を駆使し、テープ状の長尺の基材10を成膜装置の内部で移動させながら、必要に応じて数100℃の高温度に繰り返し加熱しながら各層を成膜するが、このため、基材10の側面側と裏面側は、繰り返し成膜雰囲気に曝されながら、成膜する層によっては数100℃の高温に加熱される。
このため、基材1の側面側と裏面側には、拡散防止層11、ベッド層12、配向層15、キャップ層16を成膜する工程を経る内に、不要な堆積物や高温生成物などが僅かに付着することが原因となるとともに、基材1を構成する材料がハステロイである場合、電解めっきの付きが特に悪いことを勘案し、Al溶融めっきによりAl溶融めっき層8をテープ状の酸化物超電導積層体2の全周を覆うように必要な厚さ形成する。
Al溶融めっき層8を形成する手段の一例として、図5に示す溶融槽30にアルミニウム溶湯(溶融Al浴)31を収容し、アルミニウム溶湯31の内部に設けた耐熱金属製のローラからなる案内部材32を介して酸化物超電導積層体2を走行させ、アルミニウム溶湯31の内部を通過させる間に酸化物超電導積層体2の周面に必要厚さのAl溶融めっき層8を形成することができる。Al溶融めっき層8の被覆厚さは酸化物超電導積層体2がアルミニウム溶湯31を通過する際の速度、時間を調節することで厚さを調整することができる。アルミニウム溶湯31の温度は例えば680〜710℃程度することができる。また、アルミニウム溶湯31を構成する溶湯は純Alであっても再生Alであっても良く、酸化物超電導層6に悪影響を与えない添加元素を付加したAl合金溶湯であっても良い。
ここで形成するAl溶融めっき層8の膜厚は、1μm〜20μmの範囲であることが好ましく、1〜10μmの範囲がより好ましい。
【0029】
Al溶融めっき層8の膜厚が、1μm未満では、薄すぎて酸化物超電導積層体2の全周を覆う場合に特に基材1の裏面側にムラが出やすく、Al溶融めっき層8に厚さムラが生じた場合は、Al溶融めっき層6の上に電解めっきによりCuの安定化層9を形成する際、電解集中を生じて電解めっきに支障を来すか、電解めっきのムラの原因となる。
Al溶融めっき層8の膜厚が、20μmを超える場合、厚くなりすぎて硬くなり、可撓性を損なうことになり易く、部分的な応力集中が発生し易く、超電導特性を劣化させる歪が生じるなどの不具合を生じる。また、Al溶融めっき層8の膜厚が20μmを超えるような場合、後述する高温度(640〜710℃程度)のアルミニウム溶湯31に酸化物超電導積層体2を浸漬する時間が長くなるので、酸化物超電導積層体2がアルミニウム溶湯31の熱で特性劣化するおそれがある。
【0030】
以上説明した本実施形態の酸化物超電導線材1によれば、基材3上に中間層5を介し形成されている酸化物超電導層6の表面側をAgの安定化基層7で覆って保護するとともに、酸化物超電導層6の両側面側及び基材3の裏面側とAgの安定化基層7の表面側、即ち、酸化物超電導積層体2の全周をAl溶融めっき層8で覆って保護するので、Cuの電解めっきを行う場合の硫酸銅溶液に浸漬して電解処理する安定化層9の形成時、酸化物超電導積層体2の両側面、即ち、中間層15の両側面側、具体的には、拡散防止層11とベッド層12と配向層15とキャップ層16の両側面側と酸化物超電導層6の両側面側がいずれも硫酸銅溶液による浸漬を受けるおそれが無くなり、超電導特性の劣化を防止できる。 また、酸化物超電導積層体2の全周面をAl溶融めっき層8とCuの安定化層9で完全に覆うことができるので、酸化物超電導線材1を湿分の雰囲気中で長期間使用しても湿分が酸化物超電導層6側に侵入するおそれを回避することができ、酸化物超電導線材1の特性劣化も防止できる。
【0031】
本実施形態の酸化物超電導線材1にあっては、酸化物超電導積層体2のほぼ全周をAl溶融めっき層8がムラ無く覆うので、Al溶融めっき層8の外周側に電解めっきを行う場合の電解めっきの付きが良くなり、ムラのない電解めっきができるので、厚さムラのない安定化層9の形成ができ、安定化層9の付着性も良くなる。
また、Al溶融めっき層8の厚さを1〜20μmの好適な範囲とすることにより、酸化物超電導積層体2の側面側の保護が充分であって、電解めっき時に安定的なめっきが全周に可能であり、ムラのない電解めっき層である安定化層9を備えた酸化物超電導線材1を得ることができる。
【実施例】
【0032】
「実施例1」
ハステロイC276(米国ヘインズ社商品名)からなる幅10mm、厚さ0.1mm、長さ1000mmのテープ状の基材を用意し、このテープ状基材の表面を平均粒径3μmのアルミナ砥粒を用いて研磨し、表面を鏡面に仕上げた。
このテープ基材をエタノール、アセトンの有機溶剤を用いて脱脂、洗浄した。
次に、イオンビームスパッタ法を用いてテープ基材の表面にAlからなる厚さ100nmの拡散防止層を形成し、更にその上にイオンビームスパッタ法を用いてYからなる厚さ30nmのベッド層を形成した。イオンビームスパッタ法の実施にあたりテープ状の基材はスパッタ装置の内部においてリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにしてテープ状基材の全長にわたり、拡散防止層とベッド層を形成した。
次に、図4に示す構造のイオンビームアシストスパッタ装置を用いてIBAD法を実施し、イオンビームアシスト蒸着によりベッド層上に厚さ5〜10nmのMgOの配向層を形成した。この場合、アシストイオンビームの入射角度は、テープ状基材成膜面の法線に対し、45゜とした。IBAD法の実施にあたりテープ状の基材はスパッタ装置の内部においてリールに巻回しておき、一方のリールから他方のリールに繰り出す間に成膜できるようにしてテープ状基材の全長にわたり、MgOの配向層を形成した。
【0033】
続いてパルスレーザー蒸着法(PLD法)を用いてMgOの配向層上にCeOの厚さ500nmのキャップ層を形成した。更に、このキャップ層上にパルスレーザー蒸着法によりGdBaCu7−xの厚さ1μmの酸化物超電導層を形成した。パルスレーザー蒸着法の実施にあたり成膜装置内部でテープ状の基材をリールからリールへ供給する間に成膜するようにした
次に、スパッタ法により酸化物超電導層上に厚さ10μmのAgの安定化基層を形成した。このスパッタ法においてもテープ状の基材をリールからリールへ供給する間に成膜できるようにしている。次に、酸素アニールを500℃で行い、取り出した。以上の方法により、テープ状の長尺の基材上に拡散防止層とベッド層と配向層とキャップ層と酸化物超電導層と安定化基層を備えた構造の酸化物超電導積層体を形成した。
【0034】
前記酸化物超電導積層体をリールに巻き込み、このリールから送り出すことで700℃のAl浴に浸漬し、Al浴中に設けた耐熱金属製のリールを経由してAl浴中を通過させた後、Al浴の外部に設けた別のリールに巻き取るようにして酸化物超電導積層体をAl浴に浸漬してから引き出すAl溶融めっきを施した。Al浴を通過する際の酸化物超電導積層体の移動速度は、2〜3m/分の速度の範囲で調整し、Al浴に酸化物超電導積層体が浸漬される時間を4秒〜6秒の間で調整することでAl溶融めっき層の膜厚を調整した。
このAl溶融めっき処理により、酸化物超電導積層体の全周面を覆うように以下の表1に示す膜厚のAl溶融めっき層を形成した。
次に、Al溶融めっき層形成後の酸化物超電導積層体を硫酸銅水溶液のめっき液中に浸漬して電解Cuめっきを行い、厚さ5μmのCuの電解めっき層を形成した。硫酸銅水溶液に浸漬する際、Al溶融めっき層を備えた酸化物超電導積層体をリールから繰り出して電解めっき液に浸漬後、めっき液から引き出して他のリールに巻き取るようにしてAl溶融めっき層を備えたテープ状の酸化物超電導積層体の全長にわたり、Cuの電解めっき層からなる安定化層を形成した。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示す結果から明らかなように、Al溶融めっき層の膜厚について、1〜20μmの範囲とすれば、Al溶融めっき層のムラのない、よって、Cuの電解めっき層である安定化層にムラを生じることがなく、超電導特性の劣化も生じることのない、酸化物超電導線材を提供できることが明らかとなった。
【0037】
「実施例2」
実施例1において行った工程とほぼ同じ工程を行い、酸化物超電導積層体を形成するとともに、Al溶融めっき処理を施す前の酸化物超電導積層体に対し、常圧(大気圧)プラズマ処理により酸化物超電導積層体の全体をプラズマに曝す処理を行い、この後、Al溶融めっき層の形成と電解めっき層の形成を行った。
【0038】
この結果、基材裏面側の濡れ性が向上し、0.5μm厚のAl溶融めっき層を形成した試料においても基材裏面側に生じるAl溶融めっきのムラの割合が減少した。このことから、拡散防止層とベッド層と配向層とキャップ層と酸化物超電導層と安定化基層を形成する際の成膜雰囲気に順次曝露されて酸化物超電導積層体の基材裏面側に種々の不純物や析出物が存在していたとしても、大気圧プラズマ処理により酸化物超電導積層体の表面活性度を向上させることができ、これに伴いAl溶融めっき層と電解めっき層のムラを無くしてめっき付着性の良好な酸化物超電導線材を提供できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、例えば超電導モータ、限流器など、各種電力機器に用いられる酸化物超電導線材に利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
1…酸化物超電導線材、2…酸化物超電導積層体、3…基材、5…中間層、6…酸化物超電導層、7…安定化基層、8…Al溶融めっき層、9…電解めっき層、10…被覆層、11…拡散防止層、12…ベッド層、15…配向層、16…キャップ層、21…ターゲット、22…スパッタビーム照射装置、23…イオン源、30…Al溶融槽、31…アルミニウム溶湯(溶融Al浴)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材上に設けられた中間層と酸化物超電導層と、該酸化物超電導層上に設けられたAgの安定化基層とを備えて酸化物超電導積層体が構成され、該酸化物超電導積層体の周面側に該周面全体を覆うAl溶融めっき層が被覆され、該Al溶融めっき層の外周側に電解めっきによる金属製の安定化層が積層されてなることを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項2】
前記Al溶融めっき層の厚さが1〜20μmの範囲とされてなることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材。
【請求項3】
基材と、該基材上に設けられた中間層と酸化物超電導層と、該酸化物超電導層上に設けられたAgの安定化基層とを備えて酸化物超電導積層体が構成され、該酸化物超電導積層体の周面側に該周面全体を覆うAl溶融めっき層が被覆され、該Al溶融めっき層の外周側に電解めっきによる金属製の安定化層が積層されてなる酸化物超電導線材を製造する方法であって、前記酸化物超電導積層体をアルミニウム溶湯に浸漬して引き上げ、前記酸化物超電導積層体の全周を被覆する所定の厚さのAl溶融めっき層を形成した後、Cuの電解めっき液に浸漬して電解することによりCuの安定化層をAl溶融めっき層の全周に形成することを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項4】
前記Al溶融めっき層の厚さを1〜20μmの範囲とすることを特徴とする請求項3に記載の酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−33281(P2012−33281A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169298(P2010−169298)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】