説明

酸化物超電導線材

【課題】同一種類の構成元素からなり異なる金属モル濃度の酸化物超電導層を積層して超電導特性を向上させる。
【解決手段】酸化物超電導線材10は、Ni―W合金基板11上に、中間層12及び超電導層14を順次積層した構造からなり、中間層12は、Ce―Zr―O酸化物からなる第1中間層12a及びCeO酸化物からなる第2中間層12bを順次積層した2層構造を有し、超電導層14は、YBaαCuからなる第1の超電導層13a、YBaβCuからなる第2の超電導層13b及びYBaγCuからなる第3の超電導層13cからなる3層構造を有しており、α<β<γ≦2で第2中間層12b上から順次Baのモル比が2以下の範囲で増加するように配合されている。各超電導層は、TFA―MOD法により同一組成からなる複数の仮焼膜の積層体を一括して本焼することにより形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導マグネット、超電導ケーブル、超電導エネルギー貯蔵装置、電動機や変圧器等の超電導電力機器等に有用な酸化物超電導線材に係り、特にMOD法(Metal Organic Deposition Processes:金属有機酸塩堆積法)に適した超電導線材の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導体は、従来のNbSnやNbAl等の金属系超電導体と比較して臨界温度(Tc)が高く、送電ケーブル、変圧器、モーター、電力貯蔵システム等の超電導応用機器を液体窒素温度で運用できることから、その線材化の研究が精力的に行われている。
【0003】
酸化物超電導体を上記の分野に適用するためには、臨界電流密度(Jc)が高く、かつ高い臨界電流値(Ic)を有する長尺の線材を製造する必要があり、一方、長尺線材を得るためには、強度及び可撓性の観点から金属基体上に酸化物超電導体を形成する必要がある。また、従来の金属系超電導体と同等に実用レベルで使用可能とするためには、500A/cm(77K、自己磁界中)程度のIc値が必要である。
【0004】
酸化物超電導体のうち、ReBaCu(ここで、y=6.2〜7であり、Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示す。以下、ReBCOと称する。)酸化物超電導体は、高磁場領域における通電電流の減衰が小さく、磁場特性に優れていることから、次世代の超電導材料としてその線材化が期待されている。
【0005】
このReBCO酸化物超電導体の結晶系は斜方晶であり、x軸、y軸及びz軸の3辺の長さが異なり、単位胞の3つの角度も微妙に異なるために双晶を形成し易くBi系超電導体に比べてその線材化が困難であるという問題がある。また、ReBCO酸化物超電導体は、その結晶方位により超電導特性が変化することから、Jcを向上させるためには、その面内配向性を向上させることが必要であり、この面内配向性は下地となる中間層や配向金属基板の配向性及び表面平滑性に著しく影響を受ける。ReBCO酸化物超電導体の面内配向性を向上させるためには、酸化物超電導体をテープ状の基板上に形成する必要があり、このため、面内配向性の高い基板上に酸化物超電導体をエピタキシャル成長させる成膜プロセスが採用されている。
【0006】
この場合、Jcを向上させるためには、酸化物超電導体のc軸を基板の板面に垂直に配向させ、かつそのa軸(又はb軸)を基板面に平行に面内配向させて、超電導状態の量子的結合性を良好に保持する必要があり、このため、面内配向性の高い金属基板上に面内配向度と方位を向上させた中間層を1層又は複数層形成し、この中間層の結晶格子をテンプレートとして用いることによって、超電導層の結晶の面内配向度と方位を向上させることが行われており、更に超電導層の表面保護と電気的接触の向上及び過通電時の保護回路としての役割を担う銀等の安定化層を積層した構造が採用されている。
【0007】
現在、ReBCO酸化物超電導線材は種々の方法プロセスで製造されており、この内最も高い臨界電流特性を示す方法はIBAD法によるもので、このIBAD(Ion Beam Assisted Deposition)法は、ハステロイ(登録商標)C276等からなる非磁性で高強度のテープ状Ni系多結晶基板上に、YSZやGdZrをレーザ蒸着法(PLD法)により堆積するもので、基板面の法線に対して一定の角度方向からイオンビームを照射しつつ蒸着することにより、多結晶基板上に結晶粒径が微細で緻密に配向した中間層を形成することが可能となり、この高配向性の中間層の形成により、超電導層を構成する元素との反応を抑制することができる。この中間層の上にCeO中間層をPLD法で形成し、更にPLD法又はCVD法により超電導層を形成し、安定化層をその上に積層する(例えば、特許文献1及び2参照。)。
【0008】
上記のIBAD法は、基板表面に飛来する元素をアシストイオンで散乱しながら蒸着を行うために製造速度が小さい上、全ての層を気相法により形成するためコストが上昇するという難点がある。
【0009】
上記の難点を解消する方法としてMOD法が知られており、このMOD法は、金属有機酸塩(又は有機金属化合物)を熱分解させるもので、超電導体を構成する金属成分を含む有機化合物が均一に溶解した溶液を基板上に塗布した後、熱分解及び結晶化熱処理を施すことにより基板上に薄膜を形成する方法であり、非真空プロセスであることから低コストで高速成膜が可能である上、高いJcが得られることから、長尺のテープ状酸化物超電導線材の製造に適する利点を有する。
【0010】
MOD法においては、出発原料である金属有機酸塩を熱分解させると通常アルカリ土類金属(Ba等)の炭酸塩が生成されるが、この炭酸塩を経由する固相反応による酸化物超電導体の形成には800℃以上の高温熱処理を必要とする。更に、厚膜化を行った際、結晶成長のための核生成が基板界面以外の部分からも生じるため結晶成長速度を制御することが難しく、結果として、面内配向性に優れた、即ち、高いJcを有する超電導膜を得ることが難しいという問題がある。
【0011】
MOD法における上記の問題を解決するために、炭酸塩を経由せずにReBCO超電導体を形成する方法として、フッ素を含む有機酸塩(例えば、TFA塩:トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とし、水蒸気雰囲気中の水蒸気分圧の制御下で熱処理を行い、フッ化物の分解を経由して超電導体を得る方法が近年精力的に行われている。
【0012】
このTFA塩を出発原料とするTFA―MOD法では、塗布膜の仮焼後に得られるフッ素を含むアモルファス前駆体と水蒸気との反応により、HFガスを発生しつつ超電導膜が成長する界面にHFに起因する液相を形成することにより基板界面から超電導体がエピタキシャル成長する。この場合、熱処理中の水蒸気分圧によりフッ化物の分解速度を制御できることから超電導体の結晶成長速度が制御でき、その結果、優れた面内配向性を有する超電導膜が製造できる。また、同法では比較的低温で基板上面から中間層を介してReBCO超電導体をエピタキシャル成長させることができる。
【0013】
従来、厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、出発原料としてY及びBaのTFA塩を、またCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cu=1:2:3のモル比で有機溶媒中に混合した溶液を用いることで仮焼プロセスにおけるHFガスの大量発生を抑制している。
【0014】
以上のMOD法で製造されるYBaCu(以下、YBCOと称する。)超電導線材は、比較的に焼成温度が低く、焼成時に配向中間層としてよく知られたCeOとの反応によるBaCeOの発生が抑えられるため、TFA(トリフルオロ酢酸)塩を用いたMOD法によるYBCO超電導線材の検討が種々行われており、また、仮焼熱処理と超電導体生成の熱処理との間に超電導体生成の熱処理温度より低い温度で中間熱処理を施すことにより結晶化温度に至る前に仮焼での残存有機分あるいは剰余フッ化物を排出してクラック発生の防止に有効であることも知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【0015】
一般にMOD法による長尺線材の熱処理は、Reel―to―Reel(RTR)方式の電気炉を用いて行われている。このRTRプロセスでは、所定長さの炉心管内部に温度勾配を設け、超電導体生成の温度まで昇温速度が制御される。炉内の温度勾配は炉長によって決定されるため、製造速度を向上させるためには炉長を長くする必要があるが物理的に限界がある。この欠点を解消する方法としてバッチ式の熱処理炉を用いる方法が採用されている。この方法では、仮焼膜を形成した長尺の線材をドラム上に巻回し、電気炉中で所定の熱処理パターンに従って熱処理を施すものであるが、同時に反応ガスが発生するため、発生した有害ガス(例えば、YBCO超電導体製造時のHFガス)を効率よく炉外に排出する必要がある。ReBCO酸化物超電導体の熱処理は水蒸気雰囲気下で施され、仮焼膜中のBaFのFとHOとが反応してHFガスが発生し膜外に排出されるが、排出ガスが炉外に速やかに排出されないと仮焼膜の界面でHFガスの濃度勾配がなくなり反応が抑制されるため、結晶成長速度がHFガスの濃度に影響されることになる。
【0016】
従来、上記のTFA―MOD法では、Re:Ba:Cu=1:2:3のモル比からなる原料溶液、例えば、YBCO酸化物超電導体においては、厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、出発原料としてY及びBaのTFA塩を、またCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cu=1:2:3のモル比で有機溶媒中に混合した溶液が用いられているが、酸化物超電導体を生成するためには焼成温度が750℃以上で熱処理を施さなければならず、生成した酸化物超電導層と中間層とが反応して、BaCeOが生成してしまいIc値が低下するという問題があった。
【0017】
さらに、超電導層の厚膜化に伴ってJcが低下し、予想される値よりも低いIc値しか得られないという問題もあった。
【0018】
上記のHFガスの発生による酸化物超電導層と中間層の反応を抑制し、高いIc値を有する酸化物超電導体をえるためにフッ素化合物を少なくすることが有効であり、また、超電導層の厚膜化に伴う超電導特性の低下を防止するためにもBa濃度を低減した原料溶液を用いることが有効である。
【0019】
即ち、超電導層の厚膜化に伴うJcの低下や予想される値よりも低いIc値が、HFガスの発生による酸化物超電導層と中間層の反応や厚膜化に伴うクラックの発生以外に結晶粒界の電気的結合性の低下に起因することの知見に基づき、本出願人は、このようなクラックの発生及び結晶粒界の電気的結合性の低下の原因を除去又は抑制することにより、高いJc及びIcを有する厚膜のテープ状Re系(123)超電導体を製造する方法を先に出願している(特願2006−226421)。このときの知見に依れば、Baのモル比をその標準モル比より小さくすることにより、Baの偏析が抑制され、結晶粒界でのBaべ一スの不純物の析出が抑制される結果、クラックの発生が抑制されるとともに、結晶粒間の電気的結合性が向上して通電電流によって定義されるJcが向上する。Baのモル比を低減することにより、磁束ピンニング点であるYCu、CuOやYが形成され、磁界特性が改善され、超電導層をMOD法により形成することにより、高速で均一な厚膜を有する超電導特性に優れたテープ状Re系(123)超電導体を容易に製造可能とすることができる。
【0020】
【特許文献1】特開平4−329867号
【特許文献2】特開平4−331795号
【特許文献3】特開2007−165153号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかしながら、上記のTFA―MOD法により製造したテープ状YBCO超電導線材は、溶液の組成を制御することにより、超電導体の粒界特性及び結晶性が改善され、自己磁場Jc、即ち、77K、0T(テスラ)におけるJcが向上することが確認されているが、酸化物超電導層の膜厚が大きくなるに従って、中間層上に生成する酸化物超電導体のエピタキシャル成長に伴い液相の組成が変化し、仮焼膜内に高配向性を有する酸化物超電導体以外の配向が得られていない酸化物超電導体が形成され、また、配向性を有する酸化物超電導体の膜中に必要以上のYCu、CuOやY及びその近傍の無配向領域が形成されることにより酸化物超電導線材の特性が低下することが判明した。
【0022】
本発明は、以上の問題を解決するためになされたもので、2軸配向性を有する中間層上に異なる金属モル濃度の原料溶液を用いて組成の異なる超電導層を形成することにより超電導特性に優れた酸化物超電導線材及びその製造方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の問題を解決するために、本発明による酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、酸化物超電導層は、同一種類の構成元素を有する超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、各超電導層を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比がそれぞれの超電導層において異なるように構成したものである。
【0024】
また、本発明による他の酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、酸化物超電導層は、同一種類の構成元素を有する超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、各超電導層を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比が中間層上から順次増加するように形成したものである。
【0025】
上記の発明において、酸化物超電導層は、ReBaCu(Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、x≦2及びy=6.2〜7である。以下同じ。)超電導体により形成されていることが好ましい。
【0026】
また、上記の本発明による酸化物超電導線材において、酸化物超電導層は、YBaCu超電導体により構成され、Ba元素のモル比が異なる組成を有する複数の超電導層の積層体により形成されていることが好ましく、一方、上記の本発明による他の酸化物超電導線材において、酸化物超電導層は、YBaCu超電導体により構成され、Ba元素のモル比が中間層上から順次増加する複数の超電導層の積層体により形成されていることが好ましい。
【0027】
以上の発明において、Ba元素のモル比は、1.3≦x≦2.0の範囲内であることが好ましい。Baのモル比が2.0を超えるに従って超電導特性が低下し、同様にBaのモル比が1.3未満より少なくなるに従って超電導特性が低下するためである。この場合、Ba元素のモル比を1.3≦x≦1.8の範囲内で変化させることにより、上述した結晶粒界でのBaべ一スの不純物の析出が抑制される結果、クラックの発生が抑制されるとともに、結晶粒間の電気的結合性が改善されてJcを向上させることができる。
【0028】
さらに、以上の発明において、酸化物超電導層の厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、酸化物超電導層は、金属有機酸塩堆積法(MOD法)により、特に、TFA塩(トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とするTFA―MOD法により形成されていることが好ましい。
【0029】
以上述べた本発明による酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、各仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比が一部の仮焼膜において異なるようにして製造することができる。
【0030】
この酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介してYBaCu超電導体の原料溶液をTFA―MOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成するBa元素のモル比を1.3≦x≦2.0の範囲内で一部の仮焼膜において異なるようにして製造することができる。
【0031】
一方、以上述べた本発明による他の酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、各仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比を下層の仮焼膜に対して同等以上とし、積層体の最上層の仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比を最下層の仮焼膜よりも大きくして製造することができる。
【0032】
この酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介してYBaCu超電導体の原料溶液をTFA―MOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、各仮焼膜を構成するBa元素のモル比を1.3≦x≦2.0の範囲内で下層の仮焼膜に対して同等以上とし、積層体の最上層の仮焼膜を構成する少なくともBa元素のモル比を最下層の仮焼膜よりも大きくして製造することができる。
【0033】
以上の酸化物超電導線材の製造において、結晶化熱処理は、Ptotal=1〜760Torrの圧力、PH2O=1〜7.5%の水蒸気分圧及びTmax=700〜800°Cの最大温度の範囲内で施される。
【0034】
本発明における基板としては、ハステロイ(登録商標)、ステンレス等の耐熱性の高い無配向金属、Ni又はこれに1種以上の元素(W、Mo、Cr、Fe、Cu、V、Sn又はZn)を9at%以下で添加したNi基合金あるいはCu又はこれに1種以上の元素を添加したCu基合金を冷間圧延加工後、所定の温度で配向熱処理を施して製造した2軸配向金属基板を用いることができ、また、配向金属の領域は中間層に接する側のみでよいため、配向金属基板とステンレス等の無配向金属基板を張り合わせた2層又は多層構造の金属基板を用いることもできる。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、中間層上に同一種類の構成元素を有し、異なる金属モル濃度の原料溶液を用いて組成の異なる超電導層を形成することにより、酸化物超電導層の膜厚が大きくなるに従って生じ易い配向が得られていない酸化物超電導体の生成、配向性を有する酸化物超電導体の膜中に必要以上の不純物の生成及びその近傍の無配向領域の形成を防止することができ、超電導特性に優れた酸化物超電導線材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
図1は、本発明の酸化物超電導線材の軸方向に垂直な断面を示したもので、酸化物超電導線材10は、Ni―W合金基板11上に、中間層12及び超電導層14を順次積層した構造を有する。中間層12は、Ce―Zr―O酸化物からなる第1中間層12a及びCeO酸化物からなる第2中間層12bを順次積層した2層構造を有し、基板11上に中間層12を形成した複合基板は、例えば、上述のIBAD法により形成される。即ち、Ni―W合金:上に、CeZrをMOD法により堆積し、この中間層の上にCeO中間層をPLD法で蒸着することにより形成される。この基板に代えて、ハステロイ(登録商標)C276等の非磁性で高強度のテープ状Ni系多結晶基板を用いることもできる。
【0037】
一方、超電導層14は、YBaαCuからなる第1の超電導層13a、YBaβCuからなる第2の超電導層13b及びYBaγCuからなる第3の超電導層13cからなる3層構造を有しており、ここで、α<β<γ≦2である。即ち、超電導層14を構成する各超電導層13a、13b及び13cは、第2中間層12b上から順次Baのモル比が2以下の範囲で増加するように配合されている。各超電導層13a、13b及び13cは、TFA―MOD法によりそれぞれ単一の仮焼膜あるいは必要に応じて同一組成からなる複数の仮焼膜の積層体を中間層12上に形成した後、これらを一括して本焼(結晶化熱処理)することにより形成することができる。
【0038】
図2及び3は、本発明の他の酸化物超電導線材の軸方向に垂直な断面を示したもので、これらの図において図1と同一部分は同符号で示してある。
【0039】
図2において、図1と同様にして基板11上に中間層12を形成した複合基板の上にYBaαCuからなる第1の超電導層13a、YBaβCuからなる第2の超電導層13b、第1の超電導層と同一組成の第3の超電導層13a及び第2の超電導層と同一組成の第4の超電導層13bを積層した超電導層15を形成したものであり、一方、図3においては、図1と同様にして基板11上に中間層12を形成した複合基板の上にYBaαCuからなる第1の超電導層13a、YBaβCuからなる第2の超電導層13b及び第1の超電導層と同一組成の第3の超電導層13aを積層した超電導層16を形成したものである。
【0040】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例】
【0041】
実施例
基板として、Ni―3at%W合金配向金属基板上に、MOD法によりCeZrを堆積し、この中間層の上にPLD法によりCeO中間層を蒸着して製造したΔφ=9deg.の面内配向度を有する複合基板を用い、この複合基板上にTFA―MOD法を用いて超電導層を2層に形成した。
【0042】
超電導層は、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液をディップコーティング法を用いて基板上に0.55μmの厚さに塗布した後、水蒸気モル分率2.0%、760Torrの酸素ガス雰囲気中で最高加熱温度400℃で加熱し、常温まで炉冷して第1の超電導層の仮焼膜を形成し、この工程を4回繰り返して同一組成の仮焼膜を4層に積層した。
【0043】
次いで、この仮焼膜上にY―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液をディップコーティング法を用いて基板上に0.55μmの厚さに塗布した後、上記と同様の方法により第2の超電導層の仮焼膜を形成し、この工程を4回繰り返して同一組成の仮焼膜を4層に積層した。
【0044】
上記のようにして仮焼膜を8層に積層した後、炉内圧力760Torr未満、水蒸気分圧7.5%未満、酸素分圧760Torrのアルゴンガス雰囲気中で最高加熱温度700~780℃の焼成条件で結晶化熱処理、即ち、超電導体生成の熱処理を施して2層構造の超電導層を形成した。
【0045】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材のIcは110A/cm、Jcは1MA/cmの値を示した。
【0046】
比較例1
実施例と同様にしてNi―3at%W合金配向金属基板上に、MOD法によりCeZrを堆積した複合基板を用い、この複合基板上にTFA―MOD法を用いて超電導層を1層に形成した。
【0047】
超電導層は、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液をディップコーティング法を用いて基板上に0.55μmの厚さに塗布した後、水蒸気分圧2.0%、760Torrの酸素ガス雰囲気中で最高加熱温度400℃で加熱し、常温まで炉冷して仮焼膜を形成し、この工程を4回繰り返して同一組成の仮焼膜を4層に積層した。
【0048】
次いで、上記のようにして仮焼膜膜を積層した後、実施例と同様の方法により超電導体生成の熱処理を施して超電導層を形成した。
【0049】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は0.55μmであった。この超電導線材のIcは45A/cm、Jcは0.3MA/cmの値を示した。
【0050】
比較例2
実施例と同様にしてNi―3at%W合金配向金属基板上に、MOD法によりCeZrを堆積した複合基板を用い、この複合基板上にTFA―MOD法を用いて超電導層を1層に形成した。
【0051】
超電導層は、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように2−オクタノン中に混合した混合溶液をディップコーティング法を用いて基板上に0.55μmの厚さに塗布した後、水蒸気分圧2.0%、760Torrの酸素ガス雰囲気中で最高加熱温度400℃で加熱し、常温まで炉冷して仮焼膜を形成し、この工程を4回繰り返して同一組成の仮焼膜を4層に積層した。
【0052】
次いで、上記のようにして仮焼膜膜を積層した後、実施例と同様の方法により超電導体生成の熱処理を施して超電導層を形成した。
【0053】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は0.55μmであった。この超電導線材のIcは50A/cm、Jcは0.4MA/cmの値を示した。
【0054】
以上の実施例及び比較例の結果から明らかなように、中間層上に同一種類の構成元素を有し、異なる金属モル濃度の原料溶液を用いて組成の異なる超電導層を形成することにより、配向が得られていない酸化物超電導体の生成、必要以上の不純物の生成及びその近傍の無配向領域の形成を防止することができ、超電導特性を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、非真空で低コストプロセスであるTFA―MOD法に適した酸化物超電導線材の超電導特性を向上させることができるため、超電導マグネット、超電導変圧器、超電導電力貯蔵装置等の超電導機器への応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明のY系酸化物超電導線材の一実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図2】本発明のY系酸化物超電導線材の他の実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図3】本発明のY系酸化物超電導線材の他の実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【符号の説明】
【0057】
10 酸化物超電導線材
11 Ni―W合金基板
12 中間層
12a 第1中間層
12b 第2中間層
13a 第1の超電導層又は第3の超電導層
13b 第2の超電導層又は第4の超電導層
13c 第3の超電導層
14、15、16 超電導層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、前記酸化物超電導層は、同一種類の構成元素を有する超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、前記各超電導層を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比がそれぞれの超電導層において異なることを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項2】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、前記酸化物超電導層は、同一種類の構成元素を有する超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、前記各超電導層を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比が中間層上から順次増加するように形成されていることを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項3】
酸化物超電導層は、ReBaCu(Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、x≦2及びy=6.2〜7である。以下同じ。)超電導体により形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の酸化物超電導線材。
【請求項4】
酸化物超電導層は、YBaCu超電導体により構成され、Ba元素のモル比が異なる組成を有する複数の超電導層の積層体により形成されていることを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材。
【請求項5】
酸化物超電導層は、YBaCu超電導体により構成され、Ba元素のモル比が中間層上から順次増加する複数の超電導層の積層体により形成されていることを特徴とする請求項2記載の酸化物超電導線材。
【請求項6】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦2.0の範囲内であることを特徴とする請求項4又は5記載の酸化物超電導線材。
【請求項7】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦1.8の範囲内であることを特徴とする請求項6記載の酸化物超電導線材。
【請求項8】
酸化物超電導層は、金属有機酸塩堆積法(MOD法)により形成されていることを特徴とする請求項1乃至7いずれか1項記載の酸化物超電導線材。
【請求項9】
酸化物超電導層は、TFA塩(トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とするTFA―MOD法により形成されていることを特徴とする請求項8記載の酸化物超電導線材。
【請求項10】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比が一部の仮焼膜において異なるようにしたことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項11】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介してYBaCu超電導体の原料溶液をTFA―MOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成するBa元素のモル比を1.3≦x≦2.0の範囲内で一部の仮焼膜において異なるようにしたことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項12】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比を下層の仮焼膜に対して同等以上とし、前記積層体の最上層の仮焼膜を構成する少なくとも一つの金属元素のモル比を最下層の仮焼膜よりも大きくしたことを特徴とする化物超電導線材の製造方法。
【請求項13】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介してYBaCu超電導体の原料溶液をTFA―MOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成するBa元素のモル比を1.3≦x≦2.0の範囲内で下層の仮焼膜に対して同等以上とし、前記積層体の最上層の仮焼膜を構成する少なくともBa元素のモル比を最下層の仮焼膜よりも大きくしたことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項14】
結晶化熱処理は、Ptotal=1〜760Torrの圧力、PH2O=1〜7.5%の水蒸気分圧及びTmax=700〜800°Cの最大温度の範囲内で施されることを特徴とする請求項10乃至13いずれか1項記載の酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−289667(P2009−289667A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142815(P2008−142815)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導応用基盤技術研究開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【Fターム(参考)】