説明

酸化触媒およびその利用

【課題】基質の酸化(典型的には酸素化)を伴う反応プロセスにおいて新規なニ核金属錯体及び該金属錯体を有効成分とする高性能な酸化触媒及びかかる触媒を用いて有機化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】1,1−ビス(N−メチルベンズイミダゾリル)−エタンあるいは、1,1−ビス(N−プロピルベンズイミダゾリル)−ブタンを代表とするイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する金属錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化反応を触媒し得る金属錯体および該金属錯体を有効成分として含む酸化触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノール類を酸化する反応の触媒として機能するチロシナーゼは、その活性中心に二つの銅(Cu)を有する二核銅錯体である。また、生体の内外を問わず、基質の酸化(典型的には基質に酸素(O)を結合させること、すなわち酸素化)を伴う化学反応プロセスによって様々な有用物質を製造することができる。そのため、かかる酸化反応における二核金属錯体(例えば二核銅錯体)の利用可能性が種々検討されている(非特許文献1、2)。酸化触媒に関する他の従来技術文献として特許文献1および2が挙げられる。
【0003】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー(Journal of American Chemical Society)、121巻、1999年、pp.5583−5584
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー(Journal of American Chemical Society)、127巻、2005年、pp.5469−5483
【特許文献1】特開2003−62468号公報
【特許文献2】特開平11−226417号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、基質の酸化(典型的には酸素化)を伴う化学反応プロセスにおいて高性能な酸化触媒として機能し得る新規な二核金属錯体および該金属錯体を有効成分とする酸化触媒を提供することを目的とする。本発明の他の目的は、かかる触媒を用いて有機化合物を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によると、下記一般式(I):
【化4】

で表される金属錯体を有効成分(すなわち触媒活性成分)として含む酸化触媒が提供される。ここで、上記式(I)中のR,R,R,Rは、それぞれ独立に、炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。R,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。Ar,Ar,Ar,Arは、それぞれ独立に、隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基であり得る。MおよびMは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子であり得る。
【0006】
かかる構造の金属錯体は、種々の基質化合物の酸化反応(典型的には、基質化合物に酸素を導入する酸素化反応)に対して触媒活性を示すものであり得る。ここで「触媒活性を示す」とは、上記金属錯体(二核錯体)一分子によって消費(ここでは酸化)される基質化合物の分子数すなわちターンオーバー数(Turn Over Number;以下「TON」と表記することもある。)が1を超えることをいう。このような金属錯体を有効成分として含む酸化触媒(該金属錯体のみから実質的に構成される酸化触媒であり得る。)は、上記基質化合物を酸化する過程(例えば、基質化合物を水酸化する過程)を含む化学反応プロセスにおいて好適に利用され得る。
【0007】
前記式(I)におけるM,Mの一好適例としてCuが挙げられる。また、Ar,Ar,Ar,Arは、例えば、それぞれ置換または非置換のベンゼン環(典型的には非置換のベンゼン環)であることが好ましい。R,R,R,R,R,Rは、それぞれ炭素数1〜4の炭化水素基(例えばアルキル基)から選択されるいずれかであることが好ましい。また、RおよびRはいずれも水素原子であることが好ましい。これら4つの条件(MおよびMの種類、Ar〜Arの種類、置換基R〜RおよびR〜Rの種類、RおよびRの種類)のうち一または二以上を満たす錯体(特に好ましくは、これらの条件をいずれも満たす錯体)は、より高活性な酸化触媒機能を示すものであり得る。したがって、かかる錯体を有効成分とする酸化触媒は、種々の基質化合物を酸化する触媒として特に有用である。
【0008】
ここに開示させる酸化触媒の好ましい一態様では、上記酸化触媒が、少なくともベンゼンからフェノールを生じる酸化(水酸化)反応を触媒する機能を備える。例えば、該酸化反応に対してTON10以上の触媒活性を実現し得る金属錯体を有効成分とする酸化触媒が好ましい。かかる酸化触媒は、例えば、芳香環(典型的にはベンゼン環)を有する基質化合物に一または二以上のフェノール性水酸基を導入してフェノール類を製造する用途に好ましく適用され得る。
【0009】
本発明によると、また、基質化合物に酸素を導入する過程を含む酸化反応プロセスによって有機化合物を製造する方法が提供される。その製造方法は、ここに開示されるいずれかの酸化触媒の下で前記基質化合物と過酸化物とを共存させて該基質化合物を酸化することを包含する。かかる製造方法は、様々な有用物質(典型的には、上記導入された酸素に由来する酸素含有官能基(例えば水酸基)を有する有機化合物)を製造する方法として有用である。
また、ここに開示される有機化合物製造方法は、他の側面として、基質化合物の酸化方法(典型的には、該基質化合物に酸素を導入する酸素化(例えば水酸化)反応を行う方法)を提供する。
【0010】
上記製造方法は、例えば、前記基質化合物が芳香環を有する化合物であり、前記酸化により前記芳香環に水酸基を導入してフェノール類を製造する態様で好ましく実施され得る。この方法は、ベンゼンの酸化によるフェノールの製造にも適用可能である。すなわち、ここに開示される有機化合物製造方法は、前記基質化合物としてのベンゼンを酸化してフェノールを製造する態様で好ましく実施され得る。かかる方法によると、典型的には一段階の反応工程(酸化工程)によってベンゼンから直接フェノールを生成することができる。換言すれば、ベンゼンの直接酸化によってフェノールを製造することが可能である。したがって、かかる製造方法、該方法を可能とする上記酸化触媒(フェノール合成触媒としても把握され得る。)および該触媒の有効成分たる金属錯体は極めて有用である。
【0011】
本発明によると、また、下記一般式(I)で表される金属錯体が提供される。
【化5】

ここで、上記式(I)中のR,R,R,Rは、それぞれ独立に、炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。また、R,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。Ar,Ar,Ar,Arは、それぞれ独立に、隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環(例えばベンゼン環)を有する芳香族基であり得る。MおよびMは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子(例えばCu)であり得る。
かかる構造の金属錯体は、種々の基質化合物の酸化反応(典型的には、基質化合物に酸素を導入する酸素化反応)に対して触媒活性を示すものであり得る。したがって、該金属錯体は、ここに開示されるいずれかの酸化触媒またはその有効成分として好適である。
【0012】
上記金属錯体の好ましい一つの態様では、該金属錯体が、ベンゼンからフェノールを生じる酸化反応を触媒する(好ましくは、該酸化反応についてTON10以上の触媒活性を示す)機能を備える。かかる金属錯体は、特に高い触媒活性を示すことから、各種の酸化反応を効率よく進行させる酸化触媒となり得る。例えば、ベンゼンから直接フェノールを合成するフェノール合成触媒またはその有効成分として有用である。
【0013】
本発明によると、また、ここに開示されるいずれかの金属錯体(ここに開示されるいずれかの酸化触媒の有効成分たる金属錯体であり得る。)を過酸化物により活性化してなる高活性酸化剤が提供される。あるいは、過酸化物以外の酸素源化合物(この酸素源化合物については後述する。)により上記金属錯体を活性化してなる高活性酸化剤であってもよい。該酸化剤は、上記酸素源化合物に由来する酸素(O)が上記金属錯体に(典型的には、該錯体の有する中心金属M,Mの各々に)結合した構成の活性種であり得る。かかる酸化剤は、典型的には該酸化剤に含まれる上記過酸化物由来酸素が基質化合物に導入されることにより、各種の基質化合物を酸化する(例えば、ベンゼンを直接酸化してフェノールを生じる)ものであり得る。ものであり得る。したがって、該酸化剤は、基質化合物を酸化する過程を含む各種の化学反応プロセスにおいて好適に利用され得る。
【0014】
本発明によると、また、下記一般式(II)で表される化合物が提供される。
【化6】

ここで、上記式(II)中のRおよびRは、それぞれ独立に、炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。RおよびRは、それぞれ独立に、水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。ArおよびArは、それぞれ独立に、隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基であり得る。該化合物は、平面四配位型の配位構造をとり得る各種の金属原始(例えばCu)に配位することによって、ここに開示されるいずれかの金属錯体を構成するものであり得る。換言すれば、上記化合物は、ここに開示されるいずれかの金属錯体の配位子として有用である。したがって本発明は、他の側面として、上記式(II)で表される化合物を配位子として有する二核金属錯体(例えば、二つの中心金属原子がヒドロキソ架橋した二核銅錯体、すなわちμ−OH型の二核銅錯体)を提供する。また本発明は、さらに他の側面として、平面四配位型の配位構造をとり得る金属原子に上記式(II)で表される化合物を配位させて二核金属錯体(例えば、二つの中心金属原子がヒドロキソ架橋した二核銅錯体)を形成することを特徴とする、金属錯体の製造方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0016】
ここに開示される酸化触媒は、上記式(I)で表される金属錯体を有効成分として含む。かかる金属錯体は、平面四配位型の配位構造をとり得る二つの金属原子M,Mに上記式(II)で表される化合物がそれぞれ一つづつ配位し、それら二つの金属原子M,Mが酸素で橋架け(典型的にはヒドロキソ橋架け、すなわちμ−OH架橋)した構造の二核金属錯体であり得る。M,Mに配位した二つの配位子は同一であっても異なってもよい。上記二つの配位子が同一である金属錯体は、対称性が高く製造(合成)が容易であるので好ましい。
【0017】
上記式(I),(II)中のR〜Rは、炭素数1〜6(好ましくは炭素数1〜4)の炭化水素基であって、例えばアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基およびアリール基からなる群から選択されるいずれかであり得る。例えば、R〜Rがいずれもアルキル基である化合物が好ましい。該アルキル基は直鎖状であってもよく、分岐を有していてもよい。好ましい具体例として、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基およびイソプロピル基が挙げられる。これらのうちメチル基、エチル基およびn−プロピル基が特に好ましい。R〜Rは同一の基であってもよく異なる基であってもよい。式(II)で表される化合物の製造(合成)容易性の観点からは、RとRとが同じ基であることが好ましい。また、式(I)で表される錯体の製造(合成)容易性の観点からは、R〜Rがいずれも同一の基であることが好ましい。
【0018】
上記式(I),(II)中のR〜Rは、水素原子および炭素数1〜6(好ましくは炭素数1〜4)の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。例えば、式(II)においてRおよびRのいずれか一方が水素原子、他方が炭化水素基であることが好ましい。同様に、式(I)において、RおよびRのいずれか一方が水素原子、他方が上記炭化水素基であり、RおよびRのいずれか一方が水素原子、他方が上記炭化水素基であることが好ましい。R〜Rの少なくとも一つが炭化水素基である場合、該炭化水素基は、例えばアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基およびアリール基からなる群から選択されるいずれかであり得る。R〜Rの少なくとも一つがアルキル基である場合、該アルキル基は直鎖状であってもよく、分岐を有していてもよい。好ましい具体例として、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基およびイソプロピル基が挙げられる。これらのうちメチル基、エチル基およびn−プロピル基が特に好ましい。式(I)で表される錯体の製造容易性の観点からは、RおよびRのいずれか一方とRおよびRのいずれか一方とが同じ基であり、RおよびRの残り一方とRおよびRの残り一方とが同じ基であることが好ましい。
【0019】
上記式(I),(II)中のAr〜Arは、隣接するイミダゾール環と縮合した芳香環(縮合環)を備えた芳香族基であり得る。該縮合環は芳香族性を示すものであればよく、たとえば環構成元素が炭素のみであってもよく、あるいは窒素等の他の元素を含む環(複素環)であってもよい。環を構成する原子の数も特に限定されず、例えば5〜7員環(典型的には6員環)であり得る。上記縮合環は置換基を有してもよく有していなくてもよい。例えば、環を構成する原子に結合した水素原子の一または二以上が、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基および他の(すなわち、式(I),(II)に既に示されているイミダゾール環以外の)縮合環からなる群から選択される置換基で置き換えられた構造であり得る。かかる置換基を有しない縮合環であることが好ましく、例えばAr〜Arが非置換のベンゼン環(すなわち、置換基を有しない炭素6員環)であることが特に好ましい。式(II)で表される化合物の製造容易性の観点からは、ArとArとが同じ基であることが好ましい。また、式(I)で表される錯体の製造容易性の観点からは、Ar〜Arがいずれも同一の基であることが好ましい。
【0020】
上記式(I)中のM,Mは、平面四配位型の配位構造をとり得る金属原子である。かかる金属原子としては、Cu(例えば、酸化数がIIのCu),Fe(例えば、酸化数がIIIのFeまたはIVのFe),Mn(例えば、酸化数がIIIのMnまたはIVのMn)等を例示することができる。酸素との親和性の高い(酸素と結合しやすい)金属であることが好ましい。MとMとは同一の金属原子であってもよく異なる金属原子であってもよい。MとMとが同一の金属原子である錯体は、対称性が高く製造容易であるので好ましい。本発明にとり特に好ましい金属原子としてCuが挙げられる。例えば、MおよびMがいずれも二価のCuである金属錯体が好ましい。
【0021】
かかる金属錯体は、典型的には酸素供給源となり得る化合物(以下、酸素源化合物ということもある。)の存在下で、基質化合物(すなわち、酸化対象となる化合物)に酸素を結合させる反応を触媒する酸化触媒として機能し得る。かかる反応に対し、基質化合物を基準としてTON2以上(より好ましくはTON5以上、さらに好ましくはTON10以上)の触媒活性を示す錯体が好ましい。
【0022】
上記酸素源化合物としては、本発明に係る金属錯体を構成する中心金属に酸素(典型的には、該酸素源化合物に由来する酸素)が結合した活性種を形成し得る化合物を用いることができる。かかる酸素源化合物の好適例として各種の過酸化物が挙げられる。例えば、過酸化水素(H)等の無機過酸化物、メタクロロ過安息香酸(mCPBA)、クメンヒドロペルオキシド(CHP)、t−ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)等の有機過酸化物を好ましく用いることができる。なかでもHの使用が好ましい。他の酸素源化合物としては、ヨードシルベンゼン(PhIO)、分子状の酸素(O)、オゾン(O)等の、該金属錯体に酸素を供給可能な化合物(酸素化剤)が挙げられる。このような酸素源化合物は一種のみを用いてもよく二種以上を同時にまたは順次に用いてもよい。
なお、上記金属錯体が酸素で活性化された活性種が生じたこと(すなわち、該錯体の中心金属に新たに酸素が結合したこと)は、例えば、該錯体に酸素源化合物を供給してUV−vis(紫外−可視光)スペクトルの変化を追跡することにより、あるいはラマンスペクトルを測定することにより把握することができる。
【0023】
ここに開示される酸化触媒は、ここに開示されるいずれかの金属錯体を有効成分として含む。該金属錯体のみから実質的に構成された酸化触媒であってもよい。
かかる酸化触媒は、種々の形態をとることができる。例えば、上述したいずれかの金属錯体またはその塩(錯体塩)を粉末状、塊状等の状態で含む形態とすることができる。このような錯体塩を形成するカウンターイオン(対イオン)は特に限定されず、例えばClO、SbF、CFSO、PF等を採用することができる。水系溶媒中で電離しやすい錯体塩を形成し得るカウンターイオンを選択することが好ましい。なお、ここで「水系溶媒」とは、水または水を主体とし水と均一に混合し得る有機溶媒を含有する混合溶媒をいう。
【0024】
また、ここで開示される酸化触媒は、上記錯体が液状媒体中に存在している形態をとることができる。この液状媒体としては、水、アセトニトリル、低級アルコール(例えば、炭素数1〜4程度のアルコール)、アセトンその他の低級ケトン(例えば、炭素数3〜5程度のケトン)等から選択される一種または二種以上を用いることができる。かかる酸化触媒は、典型的には、上述したいずれかの錯体の塩を液状媒体に溶解させる工程を含む処理によって調製(製造)することができる。また、液状媒体中に上記錯体またはその塩が分散した形態の酸化触媒であってもよい。
【0025】
また、ここで開示される酸化触媒のとり得る他の形態として、上記錯体が固体状の担体に保持されている形態が挙げられる。錯体を担持する担体としては、微粒子状物質、多孔質体等を好ましく用いることができる。例えば、活性炭等の微粒子を好ましく用いることができる。また、ゼオライト、シリカ等の材質からなる多孔質体を好ましく用いることができる。そのような多孔質体が粒子状、繊維状、ハニカム状等に成形されたものであってもよい。質量当たりの表面積が広いものが好ましい。例えば、表面積が1000m/g以上(典型的には、1200〜1500m/g)である担体を好ましく用いることができる。なお、微粒子状の担体に錯体を担持したもの(錯体担持微粒子)が液状媒体に分散している形態は、「錯体が液状媒体中に存在している形態」の一例である。
【0026】
かかる酸化触媒を用いた酸化反応は、該酸化触媒の存在下で基質化合物と酸素源化合物(典型的には過酸化物、例えばH)とを共存させる態様で好ましく実施され得る。例えば、反応容器に基質化合物、酸化触媒および必要に応じて使用される反応溶媒を仕込み、ここに酸素源化合物を徐々に(連続的に)供給するとよい。上記酸素源化合物を一括であるいは幾度かに分割して供給してもよい。該反応は均質系において好ましく行うことができる。例えば、基質化合物および金属錯体を溶解可能な液状媒体(例えばアセトニトリル、アセトン等)を上記反応溶媒として好ましく使用し得る。上記均質系における酸化反応は、反応溶媒中に上記金属錯体を例えば0.0001〜0.01mol/mL(より好ましくは0.001〜0.003mol/mL)程度の濃度で含む態様で好ましく実施することができる。また、反応溶媒中における基質化合物の濃度は例えば0.1〜100mol/mL(より好ましくは1〜10mol/mL)程度とすることができる。反応溶媒中に金属錯体または上記錯体担持微粒子が分散した態様で酸化反応を行う場合にも、該反応溶媒中に含まれる金属錯体の濃度および/または基質化合物の濃度を好ましく採用することができる。
【0027】
反応に使用する酸化触媒の量は特に限定されないが、例えば該酸化触媒に含まれる金属錯体1当量に対して概ね100〜10000当量の基質化合物を使用する態様を好ましく採用し得る。酸素源化合物の使用量は上記金属錯体1当量に対して概ね100〜10000当量とすることができる。特に限定するものではないが、基質化合物1当量に対する酸素源化合物の使用量は例えば概ね0.1〜10当量とすることができ、概ね0.2〜5当量とすることが好ましく、概ね0.5〜2当量(例えば概ね1当量)とすることがより好ましい。
【0028】
反応温度および反応時間は、使用する酸化触媒の量、目的とする酸化反応の態様(ひいては目的とする生成物の種類)、酸素源化合物や反応溶媒の種類を考慮して適宜設定することができる。例えば、反応温度としては凡そ0〜60℃(好ましくは20〜50℃)を好ましく採用し得る。反応時間は例えば凡そ10分〜5時間(好ましくは10分〜2時間)とすることができる。かかる反応はアルゴンガス、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行ってもよく、酸化性雰囲気下(例えば大気開放下)で行ってもよい。反応は常圧で行ってもよく、加圧または減圧下で行ってもよい。操作の簡便性や装置構成の簡易性等の観点からは、常圧で反応させることが有利である。ここに開示されるいずれかの錯体および該錯体を有効成分とする酸化触媒は、常温常圧条件下においても、各種の基質化合物(例えば、ベンゼン、トルエン、シクロヘキサン等の一種または二種以上)を触媒的に酸化して酸素含有官能基(水酸基、カルボニル基、アルデヒド基、エポキシ基等)が導入された生成物を与えるものであり得る。
【0029】
ここに開示される金属錯体または該錯体を有効成分とする酸化触媒は、例えば以下の酸化反応に利用することができる。
メチルフェニルチオエーテル等のチオエーテル(SR,ここでRは同一のまたは異なる一価の有機基である。)を酸化してS(=O)Rを生成する反応。
シクロヘキセン等の不飽和炭化水素(典型的にはアルケン、シクロアルケン等)を酸化して、ケトン、アルコール(典型的にはエノール型化合物)、エポキシ化合物等の一種または二種以上を生成する反応。
イソプロピルベンゼン等の、芳香環(典型的にはベンゼン環)に結合した一または二以上の第二級炭素上に水素原子を有する基質化合物を酸化して、該第二級炭素に結合した水素原子を水酸基に置換する反応。
トルエン等の、芳香環に結合した一または二以上のCH基を有する(典型的には他の官能基を有しない)基質化合物を酸化して、上記CH基がCHOHに変換された化合物および該CH基がCHOに変換された化合物の一種または二種以上を生成する反応。
シクロヘキサン、メタン等の飽和炭化水素(典型的にはアルカン、シクロアルカン等)を酸化して、アルコール、ケトン、アルデヒド等の一種または二種以上を生成する反応。
ベンゼン等の、芳香環(典型的にはベンゼン環)を有する基質化合物を酸化してフェノール類を生成する(換言すれば、上記芳香環にフェノール性水酸基を導入する)反応。
【0030】
本発明に係る金属錯体(ひいては該錯体を有効成分とする酸化触媒)を使用するにあたり、該錯体が優れた酸化触媒として機能する理由を明らかにする必要はないが、例えば以下のことが推察される。すなわち、式(II)で示される化合物は、銅等の金属原子に対する良好な二座配位子となり得る。かかる二座配位子が二つの金属原子M,Mにそれぞれ一つづつ配位し、該金属原子M,Mが酸素で橋架けした二核金属錯体(典型的には、式(I)で示される二核金属錯体)によると、各金属原子が平面四配位型の構造をとっている(該平面の上下に基質が優位に接近できる反応空間を確保し得る)ことと相俟って、これらの金属原子の周囲に基質化合物との反応に適した(活性中心として有効な、例えば基質化合物の取り込みや分子間衝突確率の向上に適した)反応スペースを確保することができる。かかる観点から、ここに開示される金属錯体には、金属原子M,Mが式(I)または後述する式(III)に示すようにヒドロキソ架橋した錯体のほか、例えば式(I)または式(III)において金属原子M,Mがハロゲン原子(好ましくは塩素(Cl)または臭素(Br))で架橋した構造の金属錯体が含まれ得る。また、イミダゾール環に縮合した芳香環は、生体内におけるチロシナーゼ等と類似した配位環境を形成するのに役立ち得る。さらに、金属原子から遠い側に導入された置換基(R、態様によってはさらにR〜Rの少なくとも一部)は、置換基効果によって酸化反応に適した環境を形成するのに役立ち得る。これらの相乗効果によって優れた酸化触媒機能が発揮される(例えば、高い酸化活性を示す活性種が形成され、該活性種が基質化合物に作用して酸化反応生成物が得られる)ものと考えられる。
【0031】
なお、この明細書により開示される発明には以下のものが含まれる。
(1)下記式(III)で表される金属錯体。
【化7】

(式中、R,R,R,Rは、それぞれ独立に、一価の有機基およびハロゲン原子から選択されるいずれかである。RおよびRは、それぞれ独立に、化学結合、置換または非置換のメチレン基および置換または非置換のエチレン基から選択されるいずれかである。Ar,Ar,Ar,Arは、それぞれ独立に、隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基である。MおよびMは、それぞれ独立に、平面四配位型の配位構造を形成し得る金属原子である。)
【0032】
(2)ベンゼンからフェノールを生じる酸化反応を触媒する機能を備える、上記(1)に記載の金属錯体。
(3)上記(1)または(2)の金属錯体を有効成分として含む酸化触媒。
【0033】
(4)下記一般式(IV)で表される化合物。
【化8】

式中、RおよびRは、それぞれ独立に、一価の有機基およびハロゲン原子から選択されるいずれかである。Rは、化学結合、置換または非置換のメチレン基および置換または非置換のエチレン基から選択されるいずれかである。ArおよびArは、それぞれ独立に、隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基である。)
【0034】
上記式(III)および上記式(IV)において、式中のR〜Rのうち少なくとも一つが一価の有機基である場合、該有機基の好適例としては、ハロゲン原子、炭化水素基(例えば、直鎖状または分岐状のアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基等の脂肪族あるいは脂環族炭化水素;アリール基、アルキルアリール基等の芳香族炭化水素)等が挙げられる。上記炭化水素基としては炭素数1〜6(より好ましくは炭素数1〜4)のものが好ましい。例えば、R〜Rがいずれも直鎖状のアルキル基である金属錯体が好ましい。R〜Rは同一であってもよく異なってもよい。R〜Rがいずれも同一の基である金属錯体は、対称性が高く製造が容易であるので好ましい。
【0035】
およびRの少なくとも一方が置換されたメチレン基またはエチレン基である場合、該置換基の好適例としては、ハロゲン原子、炭化水素基(例えば、直鎖状または分岐状のアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基等の脂肪族あるいは脂環族炭化水素;アリール基、アルキルアリール基等の芳香族炭化水素)等が挙げられる。炭化水素基としては炭素数1〜6(より好ましくは炭素数1〜4)のものが好ましい。
【0036】
およびRの少なくとも一方は、メチレン基の有する二つの水素原子またはエチレン基の有する四つの水素原子のうち一または二以上の水素原子が上記のような置換基で置換された構成であり得る。置換基の導入数および導入位置は特に限定されない。Rおよび/またはRが二以上の置換基を有する場合、それらの置換基は同一であってもよく異なってもよい。例えば、RおよびRがいずれもメチレン基の有する二つの水素原子のうちいずれか一つのみが上記置換基(例えば、炭素数1〜4の直鎖状アルキル基)で置換された構成の金属錯体が好ましい。RとRとは同一であってもよく異なってもよい。RとRとが同一である金属錯体は、対称性が高く製造が容易であるので好ましい。
【0037】
なお、式(III)中のAr〜Arおよび式(IV)中のAr,Arについては、それぞれ式(I)および式(II)と同様であるので再度の説明は省略する。また、式(III)中のM,Mは式(I)と同様であるので再度の説明は省略する。
【0038】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。また、本明細書において特に言及している内容以外の技術的事項であって本発明の実施に必要な事項は、従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書および図面によって開示されている技術内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0039】
<例1:1,1−ビス(N−メチルベンズイミダゾリル)−エタンの合成>
25mLのトリクロロベンゼンにo−フェニルエチレンジアミン10.0g(92.5mmol)を溶解した。ここにマロン酸ジエチル7.40g(46.2mmol)を90分かけて滴下し、150℃で還流した。さらに2時間ほど経過したところで白色粉末が生成した。この白色粉末を熱時濾過し、ベンゼン、アセトンの順で洗浄を行うことにより、下記式(101)で表されるビス−ベンズイミダゾリルメタン(以下、Hbbimと表記することがある。)を結晶性白色粉末として得た。収量は10.2g、収率88.9%であった。
得られたHbbimのH−NMRスペクトルデータは以下のとおりである。
1H-NMR (DMSO, 300 MHz); 4.47 (s, 2H), 7.13-7.50 (m, 8H), 12.4 (s, 2H)。
【0040】
【化9】

【0041】
次いで、嫌気下においてHbbim2.00g(8.06mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)50mLに溶解させた。この溶液に65%NaH0.890g(24.2mmol)を加え、その1時間後にヨウ化メチル1.94mL(24.2mmol)を60分かけて滴下した。19時間攪拌後、クロロホルムと水とを用いて抽出を行い、クロロホルム溶液(有機相)をロータリーエバポレーターで減圧濃縮することで茶褐色油状物を得た。これにメタノールを5mL、水を30mLほど加えることで、下記式(102)で表される1,1−ビス(N−メチルベンズイミダゾリル)−エタン(以下、Mebbimと表記することもある。)を結晶性白色粉末として得た。収量は0.990g、収率は42.3%であった。
得られたMebbimのH−NMRスペクトルデータは以下のとおりである。
1H-NMR (CDCl3, 300 MHz); 2.09 (d, 3H), 3.65 (s, 6H), 5.02 (t, 1H), 7.26-7.81 (m, 8H)。
【0042】
【化10】

【0043】
<例2:1,1−ビス(N−プロピルベンズイミダゾリル)−ブタンの合成>
嫌気下において5.00g(20.2mmol)の化合物101をDMF50mLに溶解させた。この溶液に50%NaH2.91g(60.5mmol)を加え、その1時間後に臭化プロピル9.2mL(100mmol)を60分かけて滴下した。19時間攪拌後、クロロホルムと水とを用いて抽出を行い、クロロホルム溶液(有機相)をロータリーエバポレーターで減圧濃縮することで茶褐色油状物を得た。これにメタノールを5mL、水を30mLほど加えることで、下記式(103)で表される1,1−ビス(N−プロピルベンズイミダゾリル)−ブタン(以下、Prbbimと表記することがある。)を結晶性白色粉末として得た。収量は6.81g、収率は90.3%であった。
目的物たるPrbbimの生成はESI−Massスペクトルにより確認した(m/z=374.3)
【0044】
【化11】

【0045】
<例3:[CuII(Mebbim)(μ−OH)](OTf)の合成>
Mebbimを配位子とする二核銅錯体(1−Me)を合成した。
嫌気下において、[Cu(CHCN)](OTf)0.2mmolをアセトニトリル(MeCN)に溶解させた溶液に、Mebbim0.2mmolをジクロロメタンに溶解させた溶液をゆっくりと滴下したところ、溶液の色が無色から緑色に変化した。この溶液に適量のジエチルエーテルを添加し、徐々に大気曝露させたところ、24時間後に[CuII(Mebbim)(μ−OH)](OTf)の濃青色結晶が析出した。収量は71.2mg、収率は68.5%であった。この結晶の構造をX線結晶構造解析により同定したところ、図1に示す構造であることが判った。また、得られた錯体1−Meの元素分析を行ったところ、C,H,Nの各元素の含有率(実験値)はいずれも計算値とよく一致していた(表1)。なお、本明細書中においてTfはトリフルオロメチルスルホニル基(CFSO−)を表す。
【0046】
【表1】

【0047】
錯体1−MeのUV−visスペクトルを測定した。その結果を以下に示す。
λmax=338nm(ε=1300M−1cm−1)。
λmax=586nm(ε=200M−1cm−1)。
また、この錯体1−MeはEPRサイレントであった。
【0048】
なお、錯体1−Meのアセトン溶液にHを供給してUV−vis(紫外−可視光)スペクトルの変化を追跡したところ、λmax=358nmの吸収ピーク強度が上昇した。このスペクトル変化は、錯体1−Meを構成するCuに酸素(O)が結合した活性種が生成したことを示唆している。
【0049】
<例4:[CuII(Prbbim)(μ−OH)](OTf)の合成>
Prbbmを配位子とする二核銅錯体(1−Pr)を合成した。
嫌気下において、[Cu(CHCN)](OTf)0.2mmolをアセトニトリル(MeCN)に溶解させた溶液に、Prbbim0.2mmolをジクロロメタンに溶解させた溶液をゆっくりと滴下したところ、溶液の色が無色から黄褐色に変化した。この溶液に適量のジエチルエーテルを添加し、徐々に大気曝露させたところ、24時間後に[CuII(Prbbim)(μ−OH)](OTf)の濃緑色結晶が析出した。収量は92.3mg、収率は77.2%であった。得られた錯体1−Prの元素分析を行ったところ、C,H,Nの各元素の含有率(実験値)はいずれも計算値とよく一致していた(表2)。
【0050】
【表2】

【0051】
<例5:1−Meを用いたベンゼンの酸化>
1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのベンゼン(6mmol)と、ガスクロマトグラフィ(GC)用の内部標準物質とをアセトン(2mL)に溶解し、反応容器に封入してアルゴンガス(Ar)置換を行った。この反応容器内に室温条件下(ここでは15℃)で酸素供給源としての過酸化水素(6mmol)をシリンジにてゆっくりと滴下し、30分間攪拌することにより酸化反応を行った。反応終了後、反応溶液約30μLを取り出し、過剰量のトリフェニルホスフィン(PPh)を添加することにより未反応の過酸化水素を除去した。この測定試料につきGC−Mass測定を行い、反応生成物としてフェノールが存在することを確認した。すなわち、所定量のフェノールを含む溶液(検量線用試料)のGC測定においてフェノールのピークが15.2分に検出されたのに対し、測定試料のGC測定においても上記検量線とほぼ一致する時間(15.4分)にピークが検出された。また、マススペクトルにおいて分子量94に有機物のピークが観測された。これらの測定結果から、ベンゼンの一段階酸化(直接酸化)によりフェノールが生成したことを確認した(S1)。生成したフェノールの量をGC測定により求め、この反応における1−Meのターンオーバー数(TON)を算出したところ、14.5であった。なお、本例および以下の例におけるTONは、二核錯体一分子当たりの値として算出した。また、この反応においてフェノール以外の生成物は認められなかった。したがって、基質化合物を基準とするTONは上記フェノールの生成に係るTONと同じ14.5である。
【0052】
【化12】

【0053】
<例6:1−Prを用いたベンゼンの酸化>
1−Meに代えて1−Pr(2μmol)を使用した点以外は例5と同様にして酸化反応を行った。反応終了後、例5と同様にして、反応生成物としてフェノールが存在することの確認および定量を行った。この反応における1−PrのTONは12.0であった。また、例5と同様に、フェノール以外の生成物は認められなかった。
例5,6の反応条件(反応時間)とフェノールの生成に係るTONを表3に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
<例7:1−Meを用いたシクロヘキサンの酸化>
1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのシクロヘキサン(6mmol)と、GC用内部標準物質とをアセトン(2mL)に溶解したものを反応容器に封入してAr置換を行い、ここに室温条件下(ここでは15℃)で過酸化水素(6mmol)をゆっくりと滴下して30分間攪拌することにより酸化反応を行った。反応終了後、例5と同様に反応溶液約30μLを取り出してPPhで処理した。この測定試料に含まれる反応生成物をGC−Massにより同定し、GC測定により定量した。この反応(S2)における1−MeのTONは、シクロヘキサノールの生成については11.5であり、シクロヘキサノンの生成については8.0であった。すなわち、一分子の1−Meによって19.5分子のシクロヘキサンが酸化された(基質化合物を基準としてTON=19.5)。
【0056】
【化13】

【0057】
<例8:1−Prを用いたシクロヘキサンの酸化>
1−Meに代えて1−Pr(2μmol)を使用した点以外は例7と同様にして酸化反応を行い、反応溶液をPPhで処理した後、反応生成物の同定および定量を行った。この反応における1−PrのTONは、シクロヘキサノールの生成については14.3であり、シクロヘキサノンの生成については8.3であった。すなわち、一分子の1−Prによって16.3分子のシクロヘキサンが酸化された。
例7,8の反応条件(反応時間)と各反応生成物についてのTONを表4に示す。
【0058】
【表4】

【0059】
<例9:1−Meを用いたトルエンの酸化>
1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのトルエン(6mmol)と、GC用内部標準物質とをアセトン(2mL)に溶解したものを反応容器に封入してAr置換を行い、ここに室温条件下(ここでは15℃)で過酸化水素(6mmol)をゆっくりと滴下して30分間攪拌することにより酸化反応を行った。反応終了後、例5と同様に反応溶液をPPhで処理した。この測定試料に含まれる反応生成物をGC−Massにより同定し、GC測定により定量した。この反応(S3)における1−MeのTONは、ベンジルアルコールの生成については3.3であり、ベンズアルデヒドの生成については11.2であった。すなわち、一分子の1−Meによって14.5分子のトルエンが酸化された。
【0060】
【化14】

【0061】
<例10:1−Prを用いたトルエンの酸化>
1−Meに代えて1−Pr(2μmol)を使用した点以外は例9と同様にして酸化反応を行い、反応溶液をPPhで処置した後、反応生成物の同定および定量を行った。この反応における1−PrのTONは、ベンジルアルコールの生成については4.6であり、ベンズアルデヒドの生成については36.0であった。すなわち、一分子の1−Prによって40.6分子のトルエンが酸化された。
例9,10の反応条件(反応時間)と各反応生成物についてのTONを表5に示す。
【0062】
【表5】

【0063】
なお、上記のように1−Meおよび1−Prによってシクロヘキサンおよびトルエンを酸化して水酸基を導入し得たことから(例7〜10)、これらの錯体はアルカンを酸化して水酸基を導入する触媒(例えば、メタンからメタノールを生じるメタノール変換触媒)としても有効に機能し得るものと推察される。
【0064】
<例11:1−Meを用いた基質化合物の酸化>
1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのメチルフェニルエーテル(4mmol)と、酸素供給源としての過酸化水素(4mmol)とを用いて、上記と同様にAr雰囲気下のアセトン中において15℃で50分間の酸化反応を行った。
また、1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのシクロヘキセン(2mmol)と、過酸化水素(2mmol)とを用いて同様に酸化反応を行った。
また、1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのイソプロピルベンゼン(6mmol)と、過酸化水素(6mmol)とを用いて同様に酸化反応を行った。
反応終了後、各反応溶液をPPhで処理し、GC測定により各反応生成物を定量してTONを求めた。それらの結果を表6に示す。
【0065】
【表6】

【0066】
<例12:1−Prを用いた基質化合物の酸化>
1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのメチルフェニルエーテル(6mmol)と、過酸化水素(6mmol)とを用いて、上記と同様にAr雰囲気下のアセトン中において15℃で50分間の酸化反応を行った。
また、1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのシクロヘキセン(2mmol)と、過酸化水素(2mmol)とを用いて同様に酸化反応を行った。
また、1−Me(2μmol)と、基質化合物としてのイソプロピルベンゼン(6mmol)と、過酸化水素(6mmol)とを用いて同様に酸化反応を行った。
反応終了後、各反応溶液をPPhで処理し、各反応生成物を定量してTONを求めた。それらの結果を表7に示す。
【0067】
【表7】

【0068】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上に説明したとおり、本発明に係る金属錯体または該錯体を有効成分とする酸化触媒によると、各種の基質化合物(ベンゼン、トルエン、シクロヘキサン等の酸化されにくい有機物であり得る。)を触媒的に酸化(水酸化等)することができる。例えば、ベンゼンの直接酸化により一段階でフェノールを合成することができ、従来のクメン法に代わる環境負荷の少ないフェノール製造方法を実現することができる。したがって、かかる錯体または触媒は、環境調和型触媒として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】例3により得られた二核銅錯体(1−Me)の構造を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】

(式中、R,R,R,Rはそれぞれ炭素数1〜6の炭化水素基であり、R,R,R,Rはそれぞれ水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり、Ar,Ar,Ar,Arはそれぞれ隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基であり、MおよびMはそれぞれ平面四配位型の配位構造を形成する金属原子である。)
で表される金属錯体を有効成分として含む、酸化触媒。
【請求項2】
前記式(I)におけるMおよびMがいずれもCuである、請求項1に記載の酸化触媒。
【請求項3】
前記式(I)におけるAr,Ar,Ar,Arはそれぞれ置換または非置換のベンゼン環である、請求項1または2に記載の酸化触媒。
【請求項4】
前記式(I)におけるR,R,R,R,R,Rはそれぞれ炭素数1〜4の炭化水素基から選択されるいずれかであり、RおよびRはいずれも水素原子である、請求項1から3のいずれかに記載の酸化触媒。
【請求項5】
ベンゼンからフェノールを生じる酸化反応を触媒する機能を備える、請求項1から4のいずれかに記載の酸化触媒。
【請求項6】
前記金属錯体として、前記酸化反応をターンオーバー数10以上で触媒する機能を備えた錯体を含む、請求項5に記載の酸化触媒。
【請求項7】
基質化合物に酸素を導入する過程を含む酸化反応プロセスによって有機化合物を製造する方法であって、
請求項1から6のいずれかに記載の酸化触媒の下で前記基質化合物と過酸化物とを共存させて該基質化合物を酸化することを包含する、有機化合物の製造方法。
【請求項8】
前記基質化合物は芳香環を有する化合物であり、前記酸化により前記芳香環に水酸基を導入してフェノール類を製造する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記基質化合物としてのベンゼンを酸化してフェノールを製造する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
下記一般式(I):
【化2】

(式中、R,R,R,Rはそれぞれ炭素数1〜6の炭化水素基であり、R,R,R,Rはそれぞれ水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり、Ar,Ar,Ar,Arはそれぞれ隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基であり、MおよびMはそれぞれ平面四配位型の配位構造を形成する金属原子である。)
で表される、金属錯体。
【請求項11】
ベンゼンからフェノールを生じる酸化反応を触媒する機能を備える、請求項10に記載の錯体。
【請求項12】
前記酸化反応におけるターンオーバー数が10以上である、請求項11に記載の錯体。
【請求項13】
請求項10から12のいずれかに記載の錯体を過酸化物により活性化してなる、高活性酸化剤。
【請求項14】
下記一般式(II):
【化3】

(式中、RおよびRはそれぞれ炭素数1〜6の炭化水素基であり、RおよびRはそれぞれ水素原子および炭素数1〜6の炭化水素基から選択されるいずれかであり、ArおよびArはそれぞれ隣接するイミダゾール環と縮合した置換または非置換の芳香環を有する芳香族基である。)
で表される化合物。

【図1】
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【公開番号】特開2009−136807(P2009−136807A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317139(P2007−317139)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、財団法人科学技術交流財団(環境調和型高機能有機−無機ハイブリッドナノ材料開発(知的創造による地域産学連携強化プログラム「知的クラスター創成事業」))委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】