説明

金型、凝固体およびそれらの製造方法

【課題】溶融材料の充填性の向上とその凝固時間の短縮を図れる金型を提供する。
【解決手段】本発明の金型は、溶融材料と接触し得る接触表面部を基材上に有する金型であって、接触表面部は、炭素繊維が起毛した繊維層を有する第1表面部と、この第1表面部とは表面性状が異なる第2表面部と、を少なくとも備えることを特徴とする。本発明の金型の場合、第1表面部と第2表面部は表面性状が異なるので、それらの伝熱性も異なる。両者を適切に組み合わせて調整することで、充填中の溶融材料の温度降下を抑制しつつ、溶融材料の凝固時間の短縮などを図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属溶湯や樹脂等の溶融材料を冷却凝固させた凝固体(鋳物、樹脂成形品等)を製造する際に用いる金型およびその製造方法と、その得られた凝固体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金型鋳造、ダイカスト鋳造、樹脂射出成形等を行う際には、所望する鋳物や樹脂成形品の形状に応じた金型が用いられる。金型は一般的に高価であるから、離型性や耐摩耗性等を向上させて長寿命化を図ることが求められる。このような観点から、金型の内面(溶融材料を接触する表面)には、特許文献1〜4にあるような種々の表面処理がなされることが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−316800号公報
【特許文献2】特開2002−363705号公報
【特許文献3】特開2002−35917号公報
【特許文献4】特開2008−105082号公報
【特許文献5】特開平8−318362号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
もっとも、そのような従来の表面処理は、金型内における溶融材料の流動性や充填性の向上、工程時間(タスクタイム、サイクルタイム)の短縮、凝固組織の微細化等が考慮されたものではない。なお、特許文献5には、熱伝導率の異なる複数の基材でダイカスト金型を構成して、溶湯の凝固速度を場所によって変更することで、指向性凝固させ得る旨の記載がある。しかし、これは表面処理によるものではない。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものである。すなわち、金型内における溶融材料の流動性や充填性の向上、タスクタイムの短縮、さらには得られた凝固体の凝固組織の改善などを、表面処理により図れる金型を提供することを目的とする。併せて、その金型の製造方法と、その金型を用いて得られる凝固体およびその製造方法をも提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、溶融材料と接触する金型の接触表面部の領域に応じて、炭素繊維の起毛状態を変化させることにより、金型内で溶融材料の伝熱性を制御できることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0007】
《金型》
(1)本発明の金型は、溶融材料と接触し得る接触表面部を基材上に有する金型であって、該接触表面部は、第1炭素繊維が起毛した第1繊維層を有する第1表面部と、該第1表面部とは表面性状が異なる第2表面部と、を少なくとも備えることを特徴とする。
【0008】
(2)本発明の金型によれば、溶融材料と接触する接触表面部の領域に応じて、その表面性状が変更されている。これにより、基材の材質をわざわざ変更するまでもなく、接触表面部の領域に応じて、溶融材料から金型への伝熱性(若しくは熱伝達性)が変更され得る。具体的には、金型のキャビティ等へ充填(または導入)中の溶融材料の温度や、その充填完了後の溶融材料の冷却速度等が制御可能となる。
このように、金型の内表面(形成面)に施す表面処理によって、金型内における溶融材料の流動性の向上、金型への溶融材料の充填性の向上、溶融材料の充填から凝固完了までの工程時間(タスクタイム)の短縮さらには溶融材料が凝固した凝固体の凝固組織の改善等を図ることが可能となった。
【0009】
(3)さらに繊維層が存在する表面部の伝熱性(溶融材料から金型への熱伝達性)は、必ずしも固定的ではなく、溶融材料の充填開始から凝固完了までの途中でも変化し得る。例えば、炭素繊維の起毛形態を調整することで、弾力性に富み溶融材料から受ける圧力(充填圧等の流体圧)によって収縮し得る繊維層が形成され得る。この繊維層は、通常、炭素繊維間に空隙を多く含む疎な状態にあり、断熱層として作用する。このため充填当初の溶融材料は、その繊維層によって金型との間の熱伝達が阻害され、溶融材料の温度降下は抑制される。ところが、充填完了前後の加圧により溶融材料の流体圧が高まると、その溶融材料と接触している繊維層は圧縮され、炭素繊維間の空隙が少なくなって、密な状態となる。その結果、繊維層自体の熱伝導率が高まり、溶融材料から金型への熱伝達性が向上して、溶融材料の温度は急激に降下することとなる。
このように本発明に係る繊維層を金型の接触表面部に設けると、溶融材料の充填中の温度や凝固速度を、金型内の領域に応じて平面的または空間的に制御し得る。さらに、その繊維層の形態を調整することで、溶融材料の充填開始から凝固完了に至る工程中でも、溶融材料の温度や凝固速度(冷却速度)を時間的にも制御し得る。
【0010】
(4)第2表面部は、金型の基材表面(地肌)そのものでも良いし、その表面に従来の表面処理が施されたものでもよいし、さらには、(平均)繊維径、(平均)繊維長、起毛密度などの点で、第1繊維層と起毛状態が異なる第2炭素繊維が起毛した第2繊維層からなるものでもよい。
本発明でいう「第1」および「第2」は、本発明の内容を明確にするための便宜的表現にすぎない。本発明では、第1表面部と第2表面部の2種を最小単位として例示的に取り上げたに過ぎない。金型の内表面(接触表面部)は、伝熱性の異なる種々の表面部の組合わせが考えられ、表面部は2種のみならず3種以上あってもよい。具体的には、金型のキャビティ形状(凝固体の形状)や溶融材料の充填方法等に応じて、複数種の繊維層、基材の地肌、繊維層以外の表面処理層等を多種多様に組合せて、金型の接触表面部を構成すればよい。これにより、高品質な凝固体の高効率な生産が可能となる。
【0011】
(5)本発明は、溶融材料である金属溶湯をキャビティへ加圧充填するダイカスト鋳造に好適である。ダイカスト鋳造は、金属溶湯の温度や冷却速度の管理が製品品質や生産性に大きく影響するからである。このダイカスト金型の一部または全部は、高熱伝導率の金属(銅または銅合金など)から構成されてもよい。これにより、ダイカスト鋳物の特定部位または全体を、緻密で微細な金属結晶組織とすることが可能となる。そのような高熱伝導率の金型の接触表面部に本発明に係る繊維層が形成されていると、金属溶湯の流動性または充填性と、金属溶湯の急冷凝固との両立を図ることが可能となり好ましい。
【0012】
《金型の製造方法》
本発明は、上述したような金型の製造方法としても把握できる。つまり本発明は、溶融材料と接触し得る接触表面部を基材上に有する金型の製造方法であって、Ni、FeまたはCoの一種以上である特定元素を含み、前記接触表面部の領域に応じた下地層を前記基材上に形成する下地層形成工程と、該下地層上にカーボンナノファイバー、カーボンナノコイルまたはカーボンナノチューブの一種以上からなる炭素繊維が起毛した繊維層を形成する繊維層形成工程とを備え、上述した本発明の金型が得られることを特徴とする金型の製造方法でもよい。
【0013】
《凝固体およびその製造方法》
さらに本発明は、上述したような金型を用いた凝固体の製造方法やそれにより得られた凝固体としても把握できる。例えば、本発明は、上述した金型へ溶融材料を充填する充填工程と、該充填工程後の溶融材料を、該金型を介して冷却し凝固させる凝固工程とを備え、該溶融材料が所望形状に凝固した凝固体を得ることを特徴とする凝固体の製造方法でもよい。
【0014】
《その他》
特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。また、本明細書に記載した種々の下限値または上限値は、任意に組合わされて「a〜b」のような範囲を構成し得る。さらに、本明細書に記載した範囲内に含まれる任意の数値を、数値範囲を設定するための上限値または下限値とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】試験片に施した熱処理パターンである。
【図2】試験片の製造に用いた鋳造加圧装置の断面を概要的に示す正面図と側面図である。
【図3】金型へ充填された金属溶湯の温度の時間変化を模式的に示すグラフである。
【図4A】表面処理後の試験片No.1−1(SKD61)の表面とその表層断面を観察したSEM観察像である。
【図4B】表面処理後の試験片No.1−2(SKD61+Niメッキ層:0.4μm)の表面とその表層断面を観察したSEM観察像である。
【図4C】表面処理後の試験片No.1−3(SKD61+Niメッキ層:2.9μm)の表面とその表層断面を観察したSEM観察像である。
【図5A】表面処理後の試験片No.2−4(Cu−62%W+Niメッキ層:0.56μm)の表面とその表層断面を観察したSEM観察像である。
【図5B】表面処理後の試験片No.2−6(Cu−62%W+Niメッキ層:7.3μm)の表面とその表層断面を観察したSEM観察像である。
【図6】表面処理後の試験片の表面を観察したSEM観察像であり、同図(a)は試験片No.2−1(Cu−62%W)の表面であり、同図(b)は試験片No.2−2(Cu−62%W+Niメッキ層:0.37μm)の表面であり、同図(c)は試験片No.2−5(Cu−62%W+Niメッキ層:1.83μm)の表面である。
【図7】表面処理後の試験片の表面を観察したSEM観察像であり、同図(a)は試験片No.3−1(Cu−2.1%Ni)の表面であり、同図(b)は試験片No.3−2(Cu−6.6%Ni)の表面である。
【図8】表面処理後の試験片の表面を観察したSEM観察像であり、同図(a)は試験片No.4−1(Cu−1.4%Fe)の表面であり、同図(b)は試験片No.4−2(Cu−6.4%Fe)の表面である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお、以下の実施形態を含め、本明細書で説明する内容中から任意に抽出した一つまたは二つ以上の構成は、カテゴリーを越えて、上述した本発明の構成に付加し得る。例えば、製造方法に関する構成も、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成となり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0017】
《金型》
(1)基材
本発明の金型を構成する基材の材質は問わない。通常は、耐摩耗性等に優れる合金鋼(例えば、SKD材(JIS))が用いられることが多い。もっとも、金型の一部または全部は、より熱伝導率の高い材質(銅、銅合金、アルミニウム合金等)で構成されてもよい。これにより、部分的または全体的に、溶融材料の冷却速度を高めて緻密な組織をもつ凝固体を得たり、凝固完了時間(タスクタイム)の短縮を図ることができる。
【0018】
もっとも基材の材質によっては、その表面に炭素繊維を直接起毛させることが困難な場合もある。例えば、基材に高熱伝導率の純銅または銅合金(Cu−W合金等)などの不毛金属を用いた場合、その成分組成にも依るが、炭素繊維が直接起毛しない場合がある。銅合金であっても、NiやFeなどの触媒作用のある特定元素を含む場合は、その含有量に応じて炭素繊維の起毛状態が変化し得る。本発明者が研究したところ、例えば、Ni−Cu合金ならNiを2.1質量%以上、Fe−Cu合金ならFeを1.4質量%以上含有すると、基材表面を100%被覆する炭素繊維が起毛し得る。逆に、NiやFeの含有量が過少になると、その含有量に応じて炭素繊維による基材表面の被覆率が低下する。
【0019】
もっとも、基材の材質が何であれ、後述する下地層を設けることで、基材表面を100%被覆する炭素繊維を起毛させることができる。よって本発明では、炭素繊維の起毛とは関係なく、基材の材質を自由に選択し得る。
【0020】
(2)繊維層および炭素繊維
本発明でいう繊維層は、溶融材料と接触する接触表面部で、炭素繊維が起毛してできた層である。この炭素繊維は、上述したように基材自体から直接起毛していてもよいし、基材上に形成した下地層から起毛していてもよい。
【0021】
炭素繊維の種類、起毛形態、製造方法などは問わない。もっとも、炭素繊維は、カーボンナノファイバー、カーボンナノコイルまたはカーボンナノチューブの一種以上からなると好適である。このような炭素繊維(以下適宜「カーボンナノ繊維類」という。)からなる繊維層は形態自由度が大きい。このためカーボンナノ繊維類からなる繊維層は、溶融材料の温度や冷却速度に対する制御自由度も高い。さらにカーボンナノ繊維類は、アンカー効果により金型表面から脱毛し難く、それらからなる繊維層は金型の体積変化に対する追従性もよい。従って、その繊維層は剥離や亀裂を生じ難く、金型の長寿命化を図り易い。
【0022】
繊維層を構成する炭素繊維の繊維径、繊維長、形状(直毛状、スパイラル状、ツイスト状など)、起毛密度なども特に限定されない。溶融材料と金型との間で要望される伝熱性に応じて、適切な形態が採用されると好ましい。
【0023】
具体的にいえば、繊維層を構成する炭素繊維は、例えば、(平均)繊維径が0.1〜0.5μmさらには0.2〜0.4μm、空間最大寸法(繊維間距離)が10μm以上さらには15μm以上であると好ましい。このような炭素繊維からなる繊維層は、繊維層中の空隙が大きいので、断熱性(低熱伝導性)および弾力性に富む。本明細書では、適宜、そのような繊維層を「疎な繊維層」という。ちなみに炭素繊維の起毛元から測定した疎な繊維層の厚さは、30〜800μmである。
【0024】
この疎な繊維層は、充填中の溶融材料の温度降下を抑制し、溶融材料の流動性や充填性を高め得る。逆に、充填完了前後に溶融材料の圧力が高くなると、その溶融材料に接触している繊維層も圧縮されて薄くなる。これにより繊維層の空隙は小さくなり緻密層に変化する。その結果、繊維層自体の熱伝導性が増し、ひいては溶融材料と基材との間の熱伝達性も向上する。従って、疎な繊維層を金型の内表面に設けると、充填中は溶融材料の温度を比較的高温に保ちつつ、充填完了後は溶融材料を急冷凝固させることが可能となる。従って、溶融材料の流動性や充填性の確保と、溶融材料の急冷凝固や凝固完了時間の短縮とを両立させることが可能となる。
【0025】
また繊維層を構成する炭素繊維は、例えば、(平均)繊維径が0.1μm以下さらには0.05μm以下で、繊維間距離(空間最大寸法)が10μm以下さらには5μm以下でもよい。このような炭素繊維からなる繊維層は、繊維層中の空隙が小さく、密な状態となっている。本明細書では、適宜、そのような繊維層を「密な繊維層」という。ちなみに炭素繊維の起毛元から測定した密な繊維層の厚さは、30〜1000μmである。
【0026】
この密な繊維層を設けた場合の伝熱性は、基材そのものの場合と疎な繊維層を設けた場合との中間となる。密な繊維層を設けることで、充填中の溶融材料の温度降下や充填完了後の溶融材料の凝固速度などを調整することが可能である。
本発明に係る第1表面部に設ける繊維層は、疎な繊維層でも密な繊維層でもよい。例えば、第1表面部に疎な繊維層を設けるなら、第2表面部は密な繊維層から形成されてもよいし、基材表面そのままでもよい。また第1表面部および第2表面部を、共に疎な繊維層または密な繊維層とする場合でも、各表面部で炭素繊維の繊維径、空間最大寸法、起毛密度などの起毛状態(表面性状)を変更すればよい。これにより、溶融材料の温度を微細に管理または制御できる金型を得ることができる。
【0027】
(3)下地層
下地層は、炭素繊維の起毛元となる層である。この下地層を設けることにより、前述したように、基材の材質を問わず、種々の金型に繊維層を設けることができる。
このような下地層は、黒鉛またはカーボンナノ繊維類の生成または成長を助長する触媒作用がある特定元素を含むと好ましい。具体的には、下地層は、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)またはコバルト(Co)の一種以上である特定元素を含むと好ましい。より具体的にいえば、下地層は、例えば、特定元素を含むメッキ層である。
【0028】
ところで、本発明者の研究によると、下地層の種類や厚さ等により、炭素繊維の起毛状態や繊維層の形態を制御できることがわかっている。例えば、下地層がNiメッキ層である場合、その厚さが1.5μm以下、1μm以下さらには0.5μm以下なら疎な繊維層を得やすい。一方、Niメッキ層の厚さが1.5μm以上さらには2μm以上なら、密な繊維層を得やすい。なお、炭素繊維を安定して起毛させるには、Niメッキ層の厚さが0.1μm以上、0.2μm以上さらには0.3μm以上あると好ましい。
【0029】
《金型の製造方法》
(1)繊維層形成工程
本発明の金型の製造には、少なくとも炭素繊維が起毛した繊維層を形成する繊維層形成工程が必要となる。具体的には、金型の基材表面(下地層表面を含む。)を、例えば、昇温したアセチレンガス(C)のような鎖式不飽和炭化水素ガス(以下適宜「炭素源ガス」という。)に曝す。この炭素源ガスは基材表面(または下地層表面)上で炭素と水素に分解される。この際、基材表面に存在する金属(Fe、Ni、Coなど)が触媒となって、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー(フィラメント)などのカーボンナノ繊維類(炭素繊維)が起毛、成長して、本発明でいう繊維層が形成される。
【0030】
炭素源ガスは、アンモニアガス(NH)、硫化水素ガス(HS)、二硫化炭素ガス(CS)などの一種以上を含む混合ガスとして供給されると好ましい。混合ガスを用いることにより、炭素繊維の起毛、成長が促進されたり、スーティング(炭素源ガスから遊離した炭素が凝集した煤が基材表面に付着する現象)が抑止されたり、繊維層の均一化が図られたりする。なお、これらガスの希釈割合または混合割合は、繊維層の所望する厚さや形態に応じて、適宜選択される。
【0031】
炭素源ガス(上記の混合ガスを含む。)の温度は、300〜700℃さらには410〜510℃とすると好ましい。この温度が低すぎると炭素繊維の起毛が進まず、温度が高すぎると、鋼材の浸炭や酸化等により金型の基材が劣化等し得る。
繊維層形成工程は、例えば、金型基材を載置した雰囲気炉内で行われる。その炉内へ炭素源ガスを供給する前に、窒素ガス、水素ガス、アルゴンガスなどの非酸化性ガスで、炉内を置換しておくとよい。またガス圧は、基本的に問わないが、外気の流入を防止し、炭素繊維の起毛、成長を促進する観点から、大気圧よりも高い圧力にすると好ましい。
【0032】
(2)下地層形成工程
炭素繊維の起毛または繊維層の形成には、必ずしも基材表面上に下地層を形成する必要はない。もっとも下地層を設けることにより、繊維層の形態(繊維径や空間最大寸法など、繊維層の密度、繊維層の厚さ等)を制御することができる。また、下地層を設けることにより、基材表面に炭素繊維を直接起毛させた場合と異なる炭素繊維を起毛させることができる。また、下地層を設けることにより、基材(少なくとも表面近傍)が炭素繊維の起毛しない不毛金属からなる場合であっても、所望の繊維層を形成することが可能となる。さらに、下地層を設けることで、炭素繊維の起毛、成長を促進でき、高効率で繊維層を形成できる。
【0033】
そこで下地層を接触表面部の領域に応じて基材上に形成する下地層形成工程を備えると好ましい。下地層は、炭素繊維が起毛する特定元素を含む晶質層または非晶質層である。特定元素は、例えば、Ni、Fe、Coの一種以上である。下地層は、例えば、メッキ層である。メッキ層は、例えば、Ni−PメッキやFe−Pメッキなどにより容易に形成され得る。このメッキは、電解メッキでも無電解メッキでもよく、基材の材質は問わない。
【0034】
ところで、本発明者の研究により、繊維層の形態(炭素繊維の性状、繊維層の密度や厚さ等)は、そのメッキ層の厚さで制御し得ることがわかっている。そこで、接触表面部の領域に応じて厚さの異なるメッキ層を予め形成しておくと、一回の繊維層形成工程でも、表面性状の異なる複数種の繊維層を容易に形成し得る。これにより本発明でいう第1表面部や第2表面部等の形成も容易となる。
従って、下地層形成工程は、接触表面部の領域に応じて厚さの異なるメッキ層を形成するメッキ工程であると好ましい。ちなみに、メッキ層の有無やメッキ層の厚さなどは、基材表面の領域に応じたマスキングにより、容易に変更、調整し得る。
【0035】
なお、下地層はNiメッキ層等の金属層に限らない。炭素繊維(特にカーボンナノ繊維類)の生成触媒機能を有する非金属元素からなる非金属層であってもよい。例えば、下地層は、窒化層、浸硫層などでもよいし、それらと金属層との混合層でもよい。
【0036】
《用途》
本発明の金型は、鋳造に用いられる鋳型でも、樹脂成形に用いられる成形型でもよい。本発明の金型は、金型全体でも、その一部を構成する型要素でもよく、中子、入子などをも含む。敢えていうなら、本発明の金型は、マグネシウム合金やアルミニウム合金などの軽金属のダイカスト金型に好適である。ダイカスト鋳造を行う場合、金型に充填された金属溶湯の温度変化が鋳物品質や鋳造効率に大きく影響するからである。
【実施例】
【0037】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試験片の製造》
(1)基材
表1に示す成分組成の各合金棒材から、1cmx5cmx5cmの板状の試験片を切り出した。
【0038】
(2)下地層形成工程
表1に示す試験片の表面(研磨面)に、Ni−Pメッキを施した。Ni−Pメッキは、具体的には次のように行った。
【0039】
先ず試験片を電解研磨し、その後十分に水洗した。これにより、酸化膜を除去して試験片の表面を活性化させた(前処理工程)。この研磨面に無電解Ni−Pメッキを施した。こうして、下地層となるNi−Pめっき層(Niメッキ層)を試験片の表面に形成した(下地層形成工程、メッキ工程)。
【0040】
ただし、試験片が銅合金(Cu−W合金など)の場合、無電解めっきが自発的に開始しないことが多い。そこで、試験片を無電解Ni−Pメッキ液に浸漬した最初の10秒間は、試験片へ−1.0V程度の電圧を印加し、電解めっきを行った(誘導メッキ工程)。こうして、試験片の表面にNi−P合金を少し析出させた。その後、電極を外して本来の無電解めっきを10〜600秒間行った。結局、電解めっきおよび無電解めっきにより、合計厚さ0.37〜2.5μmの隙間のないNi−Pめっき層(下地層)が試験片の表面に形成された。
【0041】
(3)繊維層形成工程
表1に示す各試験片に、雰囲気炉を用いて次のような表面処理を行った(繊維層形成工程)。Ni−Pメッキを行わなかった試験片には、#400の耐水研磨紙で研磨した研磨面へ直接表面処理を行った。
一方、Ni−Pメッキを行った試験片には、そのメッキ面へ次の表面処理を行った。すなわち、ピット型雰囲気炉内(詳細にはレトルト内)に各試験片を入れて、炉内を真空ポンプでパージした。この炉内へ窒素ガスを供給し、炉内雰囲気を非酸化性とした。この炉内へ、図1に示す熱処理パターンに基づいて、炭素源ガスを含む各種ガスを供給した。この際に供給したガスは、アンモニアガス(NH)、硫化水素ガス(HS)およびアセチレンガス(C)と、処理後の冷却にのみ用いる窒素ガス(N)である。各ガスの供給量は、NH :15 NL/min.、C: 0.6 NL/min.HS : 0.4 NL/min.、N :15 NL/min.(冷却時のみ)とした。処理温度は480℃、処理時間は3時間とした。また炉内の温度は、開始時の室温(25℃)から480℃まで、0.5時間かけて昇温した。処理終了後は、炉内温度が室温程度(25℃)になるまで、約0.5時間かけて、N2ガスを流しつつ降温した。
【0042】
《表面観察および測定》
上述した表面処理後の各試験片の表面を走査型電子顕微鏡 (SEM)で観察した。その観察像を図4〜8に示した。これらの観察像を用いて、各試験片に起毛した炭素繊維の繊維径(直径)、その炭素繊維間距離の最大値である空間最大寸法を特定した。これら数値の特定方法は、本明細書に関して共通である。敢えていえば、繊維径および空間最大寸法は、各視野(3視野以上)の空間径上位10個炭素繊維について調べ、それらを平均したものである。
【0043】
《繊維層の評価》
(1)図4(図4A、図4Bおよび図4Cをまとめて「図4」という。)〜図8に示した観察像から、試験片の組成の相違、Niメッキ層の有無によって、炭素繊維の起毛状態(繊維層の形態)が様々であることがわかる。
具体的には、図4Aからわかるように、金型に一般的に用いられる合金鋼(SKD61)の表面には炭素繊維が直接起毛する。勿論、図4Bおよび図4Cからわかるように、その表面に設けたNiメッキ層上にも炭素繊維は起毛する。
【0044】
図4Aと図4Bまたは図4Cとを比較すると次のことがわかる。図4Aから明らかなように、SKD61からなる試験片上に直接的に起毛させた炭素繊維は、繊維径(直径)が小さい。しかも、その細い炭素繊維は、非常に密に起毛し、起毛密度が相当に高い繊維層を形成した。逆に、図4Bおよび図4Cに示すように、Niメッキ層上に起毛させた炭素繊維は、繊維径(直径)が比較的太い。しかも、その炭素繊維は、比較的疎に起毛し、起毛密度が比較的小さく、弾力性のある繊維層を形成した。しかも、それら炭素繊維の繊維径や空間最大寸法は、Niメッキ層の厚さにより異なった。なお、繊維層の起毛密度を直接的に規定することは困難であるので、ここでは炭素繊維間の距離である空間最大寸法を用いて繊維層の形態を代替的に評価した。
【0045】
これらのことから、Niメッキ層の有無やNiメッキ層の厚さを制御することによって、所望する繊維層を高い自由度で形成することが可能となる。いいかえるなら、金型の凝固体の形成面の領域に応じて、下地層(Niメッキ層)の有無やその厚さを適宜調整すれば、溶融材料の充填や凝固に好適な接触表面部をもつ金型を得ることができる。
【0046】
(2)図5(図5Aおよび図5Bをまとめて「図5」という。)〜図8に示した観察像は、銅合金からなる試験片のものである。
下地処理をせずに試験片へ直接に表面処理を行った場合、先ず、Cu−62%W(単位は質量%、以下同様)の試験片には炭素繊維は起毛しないことが図6(a)からわかる。この観点から、CuやWは炭素繊維を起毛させない不毛元素であることがわかる。一方、図7および図8に示すように、炭素繊維の起毛を促進する触媒作用がある特定元素(NiまたはFe)を含む銅合金からなる試験片の場合、特定元素の含有量に応じて炭素繊維の起毛状態が変化することがわかる。すなわち、特定元素が含まれない場合は炭素繊維が起毛せず、特定元素が過少な場合は炭素繊維の起毛も少なく、特定元素が所定量を超えると炭素繊維が十分に起毛する。このことは表1に示した被覆率からわかる。但し、図7や図8に示すように、試験片の成分組成だけで炭素繊維の起毛状態を制御することは容易ではない。
【0047】
そこで図5A、図5B、図6(a)および図6(b)に示すように、Niメッキ層を設け、その厚さを制御すれば、種々の試験片に対しても、所望する繊維層を形成することが可能となる。つまり、Niメッキ層の形成の有無、Niメッキ層の厚さを、金型の内表面の領域によって適宜調整することで、表面性状の異なる複数種の接触表面部をもつ金型を容易に製造することが可能となる。
【0048】
《鋳造試験》
種々の表面処理を施した金型を用いて、板状試験片(横80mmx縦120mmx厚さ5mm)をダイカスト鋳造した。このとき用いた加圧鋳造装置(ダイカスト鋳造装置)の概略を図2に示した。この鋳造装置の金型5として、材質とキャビティ内壁面の表面処理が異なる4種類の金型(K1〜K4)を用意した。具体的には表2に示した通りである。なお、金型(K2およびK4)の表面処理は、前述した方法および条件で行った。表面処理を施さなかった金型(K1およびK3)の内面には、溶湯の充填前に水溶性離型材を予め塗布しておいた。
【0049】
溶湯にはアルミニウム合金(JIS ADC12)を用いた。プランジャによる充填開始時の溶湯温度は650℃とした。溶湯は約2秒かけて低速充填した(充填工程)。充填完了後も凝固完了後まで、溶湯に約50MPaの鋳造圧力を加えた。充填開始から5秒後に型開きした。こうして溶湯(溶融材料)が凝固した板状のダイカスト品(凝固体)を得た(冷却工程)。
【0050】
これらのダイカスト鋳造中における溶湯の温度変化(図3参照)を、キャビティ上端から60mm下に設置した熱電対で測定した。そして充填完了時の最高到達温度と、凝固完了時間を得た。なお凝固完了時間は、充填開始から、溶湯温度がアルミニウム合金の固相線温度に到達した時までの時間とした。各金型を用いてダイカスト鋳造した場合の最高到達温度と凝固完了時間とを表2に示した。
【0051】
《鋳造性の評価》
(1)表2に示した充填完了時の最高到達温度および凝固完了時間から次のことがわかる。
先ず、溶湯と接触する接触表面部に表面処理を施さなかった金型K1(SKD61製)を用いた場合、凝固完了時間が短く早期に凝固が完了する。しかし、充填完了時の溶湯の最高到達温度は、充填当初よりも10℃程度低下している。このため金型K1を用いた場合、タスクタイム短縮による鋳造効率の向上は図れても、湯まわりや充填性の向上は図り難い。
【0052】
一方、その金型K1の接触表面部に下地層なしの表面処理を施した金型K2(SKD61製+繊維層)を用いた場合、逆に、最高到達温度は高いものの、充填完了時が長くなっている。このため、湯まわりや充填性の向上は図れても、タスクタイム短縮による鋳造効率の向上は図り難い。
【0053】
溶湯と接触する接触表面部に表面処理を施さなかった金型K3(純銅製)を用いた場合、金型K1を用いた場合よりも、充填完了時の最高到達温度が低く、凝固完了時間も短くなっている。これは金型K3が金型K1よりも熱伝導性に優れるためである。ただこの場合、溶湯の充填開始当初から抜熱量が大きくなり、溶湯の湯まわりや充填性は低下し得る。
【0054】
この金型K3の接触表面部に下地層(Niメッキ層)を有する表面処理を施した金型K4(SKD61製+Niメッキ層+繊維層)を用いた場合、充填完了時の最高到達温度は比較的高く、凝固完了時間は比較的短い。
これは、金型K4が充填中の溶湯をあまり冷却せず、充填完了後に加圧された溶湯を急冷するためと考えられる。
【0055】
ここで、金型K2と金型K4の特性を比較すると、両者とも、充填完了時の最高到達温度は高い点(溶湯の充填中の温度降下が小さい点)で共通する。これは金型の表面処理層(特に繊維層)が、溶湯の充填中に断熱効果を発揮するためと考えられる。ところが、凝固完了時間は、両者間で大きく相違している。このような相違が生じるのは、金型の熱伝導率が大きく異なることに加えて、繊維層の性状も大きく異なるためと考えられる。具体的には、金型K2の繊維層は図4Aに示すような密な繊維層であり、金型K4の繊維層は図5Aに示すような疎な繊維層であったためと考えられる。この疎な繊維層は、弾力性に富み、溶湯圧力の変化に応じて繊維層の厚み、起毛密度などが変化するため、溶湯の充填中は優れた断熱層として機能する一方、充填完了後は、加圧溶湯から金型へ良好に熱伝達したと考えられる。
【0056】
(2)以上のことを踏まえ、金型基材の材質の選択、その内表面に施す表面処理の有無および形成される繊維層の形態を適切に組合わせることで、溶湯と金型との間の伝熱性を、場所的または空間的のみならず経時的にも制御可能となる。これにより、充填中の溶湯の温度降下を抑制しつつも、充填完了時以降の溶湯の急冷凝固や凝固完了時間(タスクタイム)の短縮等を達成し得る。
【0057】
具体的には、金型全体を同一素材とする場合であれば、溶湯の流路の導入部分(例えば、ゲート)など、充填中の溶湯の温度低下を抑制したい部分には、断熱性を発揮する繊維層を設けるとよい。一方、溶湯の流路の末端部分や微細で緻密な金属組織を必要とする部分など、溶湯の温度低下が問題とならない部分には、必ずしも繊維層を設ける必要はない。また全面的に繊維層を設ける場合でも、下地層の有無やその形態を調整して、接触表面部の領域毎に、最適な繊維層を設けるとよい。例えば、溶湯の流路の導入部分には密な繊維層を設け、溶湯の流路の末端部分には疎な繊維層を設けるとよい。
【0058】
さらに、微細で緻密な金属組織を部分的に形成するために、金型の一部に高熱伝導率の基材(例えば、銅合金製の中子や入子)を用いる場合、その基材上に疎な繊維層を形成するとさらによい。
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融材料と接触し得る接触表面部を基材上に有する金型であって、
該接触表面部は、
第1炭素繊維が起毛した第1繊維層を有する第1表面部と、
該第1表面部とは表面性状が異なる第2表面部と、
を少なくとも備えることを特徴とする金型。
【請求項2】
前記第1炭素繊維は、カーボンナノファイバー、カーボンナノコイルまたはカーボンナノチューブの一種以上からなる請求項1に記載の金型。
【請求項3】
前記第1表面部は、前記第1炭素繊維の起毛元となる第1下地層を有する請求項1または2に記載の金型。
【請求項4】
前記第1下地層は、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)またはコバルト(Co)の一種以上である特定元素を含む請求項3に記載の金型。
【請求項5】
前記第1下地層が設けられる基材は、前記第1炭素繊維が起毛しない不毛金属からなる請求項3または4に記載の金型。
【請求項6】
前記不毛金属は、銅(Cu)または銅合金である請求項5に記載の金型。
【請求項7】
前記第2表面部は、前記第1繊維層と起毛状態が異なる第2炭素繊維が起毛した第2繊維層を有する請求項1〜6のいずれかに記載の金型。
【請求項8】
金属溶湯がキャビティへ加圧充填されるダイカスト金型である請求項1に記載の金型。
【請求項9】
溶融材料と接触し得る接触表面部を基材上に有する金型の製造方法であって、
Ni、FeまたはCoの一種以上である特定元素を含み、前記接触表面部の領域に応じた下地層を前記基材上に形成する下地層形成工程と、
該下地層上にカーボンナノファイバー、カーボンナノコイルまたはカーボンナノチューブの一種以上からなる炭素繊維が起毛した繊維層を形成する繊維層形成工程とを備え、
請求項1に記載の金型が得られることを特徴とする金型の製造方法。
【請求項10】
前記下地層形成工程は、前記接触表面部の領域に応じて厚さの異なる特定元素のメッキ層を形成するメッキ工程である請求項9に記載の金型の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれかに記載の金型へ溶融材料を充填する充填工程と、
該充填工程後の溶融材料を該金型を介して冷却し凝固させる凝固工程とを備え、
該溶融材料が所望形状に凝固した凝固体を得ることを特徴とする凝固体の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の製造方法により得られることを特徴とする凝固体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−147984(P2011−147984A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12635(P2010−12635)
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】