説明

金属板成形加工性向上用処理液

【課題】 金属板、特にマグネシウム合金板などの難加工性の金属板に塗布し乾燥させて皮膜とし、優れた潤滑効果を発現させる金属板成形加工性向上用処理液を提供する。
【解決手段】 水溶性ウレタン樹脂、水溶性ポリエステル樹脂、水溶性アクリル樹脂、水溶性エポキシ樹脂などの有機樹脂のいずれか1種または2種以上、またはこれらの樹脂にシランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤などを含有させて金属板成形加工性向上用処理液を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板、特にマグネシウム合金板などの難加工性の金属板の成形加工性を向上させるために用いる金属板成形加工性向上用処理液に関する。
【背景技術】
【0002】
モバイル通信機器やノートパソコンなどの携帯用電子機器においては軽量化が常に求められており、これらの機器の外装ケースとして軽量金属であるマグネシウム合金が用いられている。しかし、マグネシウム合金は加工性に乏しく、高絞り比で絞り成形する低絞り率の容器を得ることが極めて困難である。このような難加工性のマグネシウム合金を絞り加工するため、絞り成形加工装置のダイ、パンチ、シワ押え部材の温度を150〜400℃程度まで加熱して絞り成形加工する方法(例えば、特許文献1参照)、ダイ、パンチ、ブランクホルダーを加熱し、これらの成形加工工具を介してマグネシウムを再結晶温度域まで加熱し、その加熱によりマグネシウムが再結晶して軟化し塑性変形しやすい焼鈍効果を誘発させながらマグネシウムブランクを箱状に熱間深絞りするマグネシウム合金製ハードケースの製造方法(例えば、特許文献2参照)などの成形加工時にマグネシウム合金を加熱する方法や、ポンチとダイの少なくとも一方の表面に、マグネシウム材の板より軟質の純マグネシウム、純アルミニウム、樹脂などの板を取り付けて塑性加工を行う方法(例えば、特許文献3参照)、加熱したマグネシウム薄板の上下面に断熱材としてテトラフルオロエチレンシートを設置して、高温でプレス成形する方法(例えば、特許文献4参照)などが提案されている。これらの提案に示されているように、マグネシウム合金に絞り加工などの成形加工を施す場合は、再結晶温度域まで加熱することが不可欠である。
【0003】
さらに、加工を容易にするため潤滑剤を使用することも提案されている。例えば、プレス金型の型表面に、チタンナイトライド、ダイヤモンドライクカーボンなどの超硬質膜をコーティング処理により形成させる方法(例えば、特許文献5参照)、生分解性油脂、防錆・潤滑剤、極圧添加剤、さらに有機亜鉛化合物、有機モリブデン系化合物を含有してなるマグネシウム合金またはアルミニウム合金用塑性加工油を用いて成形加工する方法(例えば、特許文献6参照)が提案されている。しかしこれらの方法はいずれも冷間加工で成形加工する場合に用いられており、上記の例におけるように、200℃を超える加工温度で成形加工する場合には有効な潤滑効果が得られない。
【0004】
本発明に関する先行技術文献として以下のものがある。
【0005】
【特許文献1】特開2003−290843号公報
【特許文献2】特開2002−254115号公報
【特許文献3】特開2001−300643号公報
【特許文献4】特開平06−328155号公報
【特許文献5】特開2003−154418号公報
【特許文献6】特開2003−105364号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、金属板、特にマグネシウム合金板などの難加工性の金属板に塗布し乾燥させて皮膜とし、優れた潤滑効果を発現させる金属板成形加工性向上用処理液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的を達成するため、本発明の金属板成形加工性向上用処理液は、水溶性ウレタン樹脂、水溶性ポリエステル樹脂、水溶性アクリル樹脂、水溶性エポキシ樹脂のいずれか1種、または2種以上からなる金属板成形加工性向上用処理液(請求項1)であり、
上記(請求項1)の金属板成形加工性向上用処理液において、前記金属板成形加工性向上用処理液がシランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤のいずれか1種、または2種以上を含有してなること(請求項2)を特徴とし、また
上記(請求項1または2)の金属板成形加工性向上用処理液において、前記金属板成形加工性向上用処理液が耐熱性付与剤を含有してなること(請求項3)を特徴とし、また
上記(請求項3)の金属板成形加工性向上用処理液において、前記耐熱性付与剤がシロキサン化合物であること(請求項4)を特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の金属板成形加工性向上用処理液は、金属板表面、特に難加工性のマグネシウム合金板などの表面に塗布乾燥して被覆し、潤滑皮膜に製膜して用いられ、高加工度で難加工性のマグネシウム合金板などを絞り容器に製造したり、耳割れを生じることなく薄板に圧延することが可能であり、特に金属板成形加工性向上用処理液にシロキサン化合物などの耐熱性付与剤を含有させた場合は、難加工性金属であるマグネシウム合金板を特に200〜350℃の温間加工温度域で加工した場合に皮膜が分解することなく優れた潤滑効果が発現し、絞り比が3.5以下の高加工度でマグネシウム合金容器に成形加工したり、1回の圧延操作で圧下率を高めて圧延することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明の金属板成形加工性向上用処理液の主体を構成する樹脂としては、水溶性または水分散性樹脂であることが好ましく、水溶性ウレタン樹脂、水溶性ポリエステル樹脂、水溶性アクリル樹脂、水溶性エポキシ樹脂のいずれかであることが好ましい。これらの有機樹脂は1種のみで用いることもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0011】
これらの有機樹脂は樹脂単独で金属板表面に塗布乾燥して皮膜形成させて用いてもよいが、金属板の成形加工性や耐食性を向上させるために、下記に示す物質を有機樹脂に含有させて用いてもよい。シランカップリング剤を含有させることにより、有機樹脂皮膜の金属板に対する密着性、特に成形加工時の密着性が著しく向上する。シランカップリング剤は有機樹脂皮膜中に5重量%以下で含有していることが好ましく、1重量%以下で含有していることがより好ましい。5重量%を超えて含有しても密着性の向上効果は飽和し、経済的に有利でなくなる。
【0012】
また、コロイダルシリカを含有させることにより、有機樹脂皮膜の硬さが向上して金属板の耐疵付性が向上し、耐食性も向上する。コロイダルシリカは有機樹脂皮膜中に50重量%以下で含有していることが好ましい。50重量%を超えて含有すると、有機樹脂皮膜が硬くなりすぎて、有機樹脂皮膜の加工性が劣化し、成形加工時に有機樹脂皮膜にクラックが生じやすくなる。
【0013】
さらに、潤滑剤を含有させることにより、有機樹脂皮膜を形成させた成形加工用金属板の成形加工性が向上する。潤滑剤としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸などの高級脂肪酸、これらの高級脂肪酸のカルシウム塩、アルミニウム塩、亜鉛塩、バリウム塩、マグネシウム塩、これらの高級脂肪酸エステル、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックスなどのポリオレフィンワックス、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニルなどのフッ素系ワックス、グラファイト、二硫化モリブデン、ボロンナイトライドなどの無機質粉末などを用いることができる。これらの潤滑剤は有機樹脂皮膜中に20重量%以下で含有していることが好ましい。20重量%を超えて含有すると、金属板に対する有機樹脂皮膜の成形加工時も密着性が劣化する。上記のシランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤は有機樹脂皮膜中にそれぞれ1種で単独で含有していてもよいが、2種以上が含有していてもよい。
【0014】
上記のようにして得られる有機樹脂を、金属板の少なくとも片面に、好ましくは両面に塗布乾燥して有機樹脂皮膜を形成させる。有機樹脂皮膜の厚さは乾燥後の厚さで0.1〜30μmであることが好ましく、1〜10μmであることがより好ましい。
【0015】
本発明の金属板成形加工性向上用処理液は、冷間圧延が可能な金属板または合金板に適用可能であるが、特に難加工性でかつ再結晶温度が低く、比較的低温で温間加工することが可能なマグネシウムやマグネシウム合金に好適に用いることができる。また、アルミニウム合金にも好適に用いることができる。マグネシウムやマグネシウム合金からなる板を絞り加工したり圧延する場合、350℃以下の温度範囲、好ましくは200〜350℃の温間加工温度範囲に加熱して絞り加工すると絞り加工性が向上し、底径に比較して側壁長の大きい絞り容器に成形したり、圧延時に耳割れが生じにくくなり、1回の圧延操作における圧下率を高めることができる。しかし、200℃を超える温度範囲で絞り加工や圧延を行う場合、有機樹脂皮膜が分解して変色したり皮膜にクラックが生じ、見栄えが劣化するとともに絞り比や圧下率を向上させることが困難になる。そのため、有機樹脂皮膜にさらに耐熱性付与剤を含有させることにより、200〜350℃以下の高温の温間加工温度範囲で有機樹脂皮膜が変色したり、クラックを生じることなく、安定して絞り加工や圧延を行うことが可能となる。
【0016】
耐熱性付与剤としては、ポリイミドなどの耐熱性樹脂やシロキサン化合物を用いることが好ましい。シロキサン化合物としては、ジメチルシロキサン、ジエチルシロキサン、メチルエチルシロキサン、ジフェニルシロキサン、メチルフェニルシロキサンなどのオルガノシロキサンのポリマーやモノマー、またはこれらのオルガノシロキサン分子内にポリアルキレンオキシド基、水酸基、アミド基、カルボキシル基、スルホン基、アミノ基のいずれか1種または2種以上の置換基を1個以上有するものが好適に用いられる。これらの耐熱性付与剤は、有機樹脂皮膜中に5〜80重量%含有されていることが好ましく、10〜60重量%含有されていることがより好ましい。このように、有機樹脂皮膜中に耐熱性付与剤を含有させることにより、例えば金属板としてマグネシウム合金板を用いた場合に200〜350℃の温間加工温度範囲に加熱し、絞り比3.5程度の高い絞り比で、底径に比較して側壁長の大きいマグネシウム合金容器に絞り成形加工することが可能となる。なお、耐熱性付与剤は有機樹脂に単独で含有してもよいが、上記のシランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤のいずれか1種、または2種以上と併用して含有していてもよい。
【0017】
金属板に本発明の金属板成形加工性向上用処理液を塗布し乾燥して製膜される有機樹脂皮膜に塗装を施すことも可能であり、金属板の有機樹脂皮膜上に予め塗装を施しておいた塗装板を圧延したり絞り加工してもよい。また、容器や薄板に成形した後にアルカリ溶液を用いて有機樹脂皮膜を溶解除去したり、研磨粒子を表面に吹き付けるショットブラスト法を用いて有機樹脂皮膜を除去した後、陽極酸化処理やめっきなどの表面処理を施すことも可能である。
【実施例】
【0018】
以下、実施例にて本発明を詳細に説明する。
【0019】
(金属板成形加工性向上用処理液の作成)
シランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤、耐熱性付与剤を表1に示す含有量で水溶性樹脂に含有させ、試料番号1〜13に示す金属板成形加工性向上用処理液を作成した。
【0020】
(成形加工用マグネシウム合金板の作成)
次いで試料番号1〜13の金属板成形加工性向上用処理液を、下記の合金成分を有する板厚0.725mmのマグネシウム合金板の両面に、乾燥後の状態でそれぞれの添加物が樹脂皮膜中に表1に示す含有量となるように、また乾燥後の樹脂皮膜の厚さが表1に示す厚さとなるようにバーコーターを用いて塗布し乾燥させ、表1に示す供試用の成形加工用マグネシウム合金板(試料番号1〜13)を作成した。
<合金成分>
Al:3.0重量%、Zn:1.1重量%、Mn:0.35重量%、残部:Mgおよび不可避的不純物元素
<平均結晶粒径>
8μm
【0021】
【表1】

【0022】
(成形加工用マグネシウム合金板の加工性の評価)
成形加工用マグネシウム合金板の加工性の評価として、下記の条件で絞り加工し、限界絞り比を求めた。
<パンチ肩R>
4mm
<パンチ温度>
常温
<ダイス温度>
50℃、150℃、200℃、250℃、300℃、350℃
<ブランクホルダー温度>
50℃、150℃、200℃、250℃、300℃、350℃
<絞り速度>
1mm/秒
<潤滑剤>
一部の試料に固体潤滑剤として二硫化モリブデンを使用
【0023】
比較用として、上記のマグネシウム合金板(試料番号14)、およびマグネシウム合金板の両面に50μmの厚さのテトラフルオロエチレンフィルムを取付けたもの(試料番号15)を同様の条件で絞り加工し、限界絞り比を求めた。なお、テトラフルオロエチレンフィルムを取付けないマグネシウム合金板の場合、常温での加工性が極めて劣っており、潤滑油や固体潤滑剤を用いても絞り加工することが困難であるので、ダイス温度およびブランクホルダー温度が200℃以上の場合にのみ絞り加工した。また、テトラフルオロエチレンフィルムを取付けたマグネシウム合金板の場合、ダイス温度およびブランクホルダー温度が350℃であるとテトラフルオロエチレンフィルムの損傷が激しく絞り加工することが困難であるので、ダイス温度およびブランクホルダー温度が150〜300℃の場合にのみ絞り加工した。
【0024】
(有機樹脂皮膜の外観の評価)
また、成形加工後のマグネシウム合金容器表面の有機樹脂皮膜の外観を肉眼観察し、下記の基準で評価した。
◎:皮膜の変色および損傷は認められない。
○:わずかに皮膜の変色が認められるが、損傷は認められない。
△:皮膜の変色および損傷が認められる。
×:皮膜の激しい損傷、および成形容器表面に実用上問題となる疵が認められる。
これらの結果を表2〜4に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
表2〜4に示すように、本発明の金属板成形加工性向上用処理液を塗布し乾燥してなる有機樹脂被膜で被覆してなる成形加工用マグネシウム合金板は、優れた絞り加工性を有している。また、有機樹脂に耐熱性付与剤を含有させた場合は350℃までの高温で絞り加工することが可能であり、このような高温で絞り加工した場合に絞り比が3.5までの高加工度でマグネシウム合金容器に絞り加工することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
金属板表面、特に難加工性のマグネシウム合金板などの表面に本発明の金属板成形加工性向上用処理液を塗布乾燥して被覆し、潤滑皮膜に製膜して用いた場合、高加工度で難加工性のマグネシウム合金板などを絞り容器に製造したり、耳割れを生じることなく薄板に圧延することが可能となる。特に、金属板成形加工性向上用処理液にシロキサン化合物などの耐熱性付与剤を含有させた場合は、難加工性金属であるマグネシウム合金板を200〜350℃の温間加工温度域で加工した場合に皮膜が分解することなく優れた潤滑効果が発現し、絞り比が3.5以下の高加工度でマグネシウム合金容器に成形加工することができる。また、圧延加工する場合は、1回の圧延操作で圧下率を高めて圧延することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性ウレタン樹脂、水溶性ポリエステル樹脂、水溶性アクリル樹脂、水溶性エポキシ樹脂のいずれか1種、または2種以上からなることを特徴とする金属板成形加工性向上用処理液。
【請求項2】
前記金属板成形加工性向上用処理液がシランカップリング剤、コロイダルシリカ、潤滑剤のいずれか1種、または2種以上を含有してなることを特徴とする請求項1に記載の金属板成形加工性向上用処理液。
【請求項3】
前記金属板成形加工性向上用処理液が耐熱性付与剤を含有してなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の金属板成形加工性向上用処理液。
【請求項4】
前記耐熱性付与剤がシロキサン化合物であることを特徴とする請求項3に記載の金属板成形加工性向上用処理液。

【公開番号】特開2006−52382(P2006−52382A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−170771(P2005−170771)
【出願日】平成17年6月10日(2005.6.10)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【Fターム(参考)】