説明

金属表面加工方法及び金属表面加工装置

【課題】環境に影響のある物質を排出することなく、簡易な工程で合金の表面を加工可能な方法を提供すること。
【解決手段】照射されるパルスレーザ光のフルーエンスが、加工閾値FthAl以上になると加工されるアルミニウム11と、照射される前記パルスレーザ光のフルーエンスが、加工閾値FthAlとは相違する加工閾値FthEu以上になると加工される初晶シリコン12と、を含むAl−Si合金10の表面の被加工部位を加工する金属表面加工方法であって、加工閾値FthAlと加工閾値FthEuとに応じて、パルスレーザ光のフルーエンスを、Al−Si合金10の表面に所望の物質を露出可能な値に調整する工程と、調整されたフルーエンスのパルスレーザ光をAl−Si合金10の表面に照射する工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属表面加工方法及び金属表面加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の金属表面加工方法として、研磨やエッチングによって合金の表面を加工するものがある(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−241879号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述した従来の金属表面加工方法では、研磨加工に複雑な工程が必要となり、また、エッチングでは、環境に影響のある溶液を使用しなければならないという問題点があった。
【0005】
本発明は、このような従来の問題点に着目してなされたものであり、環境に影響のある物質を出すことなく、簡易な工程で合金の表面を加工することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、照射されるパルスレーザ光に対する加工特性が互いに相違する第1の物質と第2の物質とを含む合金の表面の被加工部位を加工する金属表面加工方法であって、前記加工特性の相違に応じて、照射されるパルスレーザ光を、前記合金の表面に前記第1の物質及び前記第2の物質のうち所望の物質を露出可能な特性に調整する工程と、前記特性に調整されたパルスレーザ光を前記合金の表面に照射する工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、第1の物質と第2の物質とを有する合金の表面に照射されるパルスレーザ光の特性を調整することによって、合金の表面を加工し、所望の物質を表面に露出させることができる。したがって、環境に影響のある物質を排出することなく、パルスレーザ光のみを用いた簡易な工程で合金の表面を加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施の形態に係る金属表面加工方法に用いる金属表面加工装置の構成図である。
【図2】第1の実施の形態に係る合金のレーザフルーエンスに対する平均加工レートを示すグラフ図である。
【図3】第1の実施の形態に係る合金のレーザフルーエンスの値に対応する加工状態の相違を示す図である。
【図4】(a)及び(b)は、金属表面加工方法によってレーザを照射する前の第1の実施の形態に係るAl−Si合金の断面の模式図を示した図であり、(c)は、図4(a)又は(b)においてレーザを照射した後の模式図である。
【図5】第1の実施の形態に係るAl−Si合金において、初晶シリコンの突起が形成された表面を拡大した写真である。
【図6】第1の実施の形態に係るAl−Si合金において、過共晶Al−Si合金及び初晶シリコンが共に加工された表面を拡大した写真である。
【図7】第2の実施の形態に係る合金のレーザフルーエンスに対する平均加工レートを示すグラフ図である。
【図8】第2の実施の形態に係る合金のレーザフルーエンスの値に対応する加工状態の相違を示す図である。
【図9】(a)及び(b)は、第1の実施の形態に係る金属表面加工方法によってレーザを照射する前のAl−Si合金の断面の模式図を示した図であり、(c)及び(d)は、図9(a)又は(b)においてレーザを照射した後の模式図である。
【図10】第2の実施の形態に係るAl−Si合金において、共晶シリコンの凹部が形成された表面を拡大した写真である。
【図11】第2の実施の形態に係るAl−Si合金において、共晶シリコンの突起が形成された表面を拡大した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態に係る金属表面加工方法ついて説明する。
【0010】
まず、図1を参照して、本発明の実施の形態に係る金属表面加工方法に用いられる金属表面加工装置100について説明する。
【0011】
金属表面加工装置100は、被加工物としての合金6の表面を加工するものである。金属表面加工装置100は、パルスレーザ光を発生するレーザ発生器1と、発生されたパルスレーザ光のエネルギを調整するレーザエネルギ調整装置2と、発生されたパルスレーザ光の偏光を調整するレーザ偏光調整装置3と、パルスレーザ光を集光する集光レンズ4と、被加工物としての合金6が搭載される加工ステージ5と、を備える。
【0012】
金属表面加工装置100は、コントローラ(図示省略)によって制御される。このコントローラは、CPU(中央演算処理装置)、ROM(リードオンリメモリ)、RAM(ランダムアクセスメモリ)、及びI/Oインターフェース(入出力インターフェース)を備えたマイクロコンピュータで構成される。RAMはCPUの処理におけるデータを記憶し、ROMはCPUの制御プログラム等を予め記憶し、I/Oインターフェースは接続された機器との情報の入出力に使用される。CPUやRAMなどをROMに格納されたプログラムに従って動作させることによって、金属表面加工装置100の制御が実現される。
【0013】
合金6は、表面にパルスレーザ光が照射される被加工面6aが形成され、少なくとも第1の化学成分と第2の化学成分とを有する。合金6は、第1の化学成分及び第2の化学成分の他に、その他の合金成分が混合して構成される。合金6については、後述する第1の実施の形態及び第2の実施の形態において詳細に説明する。
【0014】
レーザ発生器1は、コントローラによって制御され、金属加工用のパルスレーザ光を発生する。パルスレーザ光は、パルス幅がピコ秒域以下のレーザ光である。レーザ発振機1が発生するレーザは、レーザエネルギー調整装置2によって所望のレーザフルーエンスに調整される。
【0015】
レーザフルーエンス(Laser Fluence)とは、単位面積あたりのレーザのエネルギー量[J/cm^2]のことである。以下、レーザフルーエンスのことを、単にフルーエンスという。
【0016】
レーザエネルギー調整装置2は、パルスレーザ光の光強度及びパルス幅のうち少なくとも何れか一方を変化させることが可能な装置である。レーザエネルギー調整装置2がコントローラによって制御されることで、パルスレーザ光は、所望のフルーエンスに調整されて合金6に照射される。
【0017】
集光レンズ4は、レーザ発生器1が発生したパルスレーザ光を集光して合金6に照射するものである。
【0018】
加工ステージ5の上部には、合金6が載置される。加工ステージ5は、合金6が載置された状態で、図1中に示すXYZ軸方向に移動できるとともに、Z軸回りに回転することもできる。加工ステージ5の移動及び回転がコントローラによって制御されることで、照射されるパルスレーザ光に対して合金6の位置を調整し、パルスレーザ光の照射位置に合金6表面の被加工面6aを臨ませることができる。パルスレーザ光の照射位置と合金6の被加工面6aとを相対移動させて相対位置を調整できればよいため、加工ステージ5の移動及び回転によって合金6の位置を調整するのではなく、パルスレーザ光の照射位置を調整してもよい。なお、例えば合金6が円筒形であり、その外周面を加工するような場合には、加工ステージ5をX軸又はY軸回りに回転できるように形成してもよい。
【0019】
次に、金属表面加工装置100を用いた金属表面加工方法について説明する。以下に示す各実施の形態は、アルミニウム−シリコン系合金のシリコン含有量によって加工レートが変化する特性を利用して合金表面を加工するものである。具体的には、アルミニウム−シリコン系合金は、シリコン含有量が多くなるほど加工レートが上がる特性を有する。
【0020】
(第1の実施の形態)
以下、図2から図6を参照して、第1の実施の形態に係る金属表面加工方法について説明する。
【0021】
第1の実施の形態では、合金6としてアルミニウム−シリコン系合金(以下「Al−Si合金」という)10を用いる。このAl−Si合金10は、シリコン含有量が16%程度の過共晶Al−Si合金である。
【0022】
パルスレーザ光が照射される前のAl−Si合金10は、第1の化学成分としてのアルミニウムと、第2の化学成分としてのシリコンとを含み、アルミニウムの基地の内部に析出した硬質粒子である共晶Al−Si合金(以下、「共晶シリコン」という)及び初晶シリコン12の結晶が均一に分散している状態である(図4(a)参照)。
【0023】
ここでは、アルミニウムの基地と析出した共晶シリコンとを、あわせて過共晶Al−Si合金11という。つまり、過共晶Al−Si合金11は、Al−Si合金10のうち初晶シリコン12を除いたものである。この過共晶Al−Si合金11が第1の物質に該当し、初晶シリコン12が第2の物質に該当する。
【0024】
図2において、横軸はパルスレーザ光の調整されたフルーエンスの値であり、縦軸は平均加工レートである。平均加工レート[nm/shot]とは、パルスレーザ光の1パルス(1[shot])あたりの加工深さ[nm]である。
【0025】
図2に示すように、Al−Si合金10では、過共晶Al−Si合金11の加工閾値FthHEは、初晶シリコン12の加工閾値FthSiとは相違する。具体的には、過共晶Al−Si合金11の加工閾値FthHEは、初晶シリコン12の加工閾値FthSiより小さい。加工閾値とは、その物質を加工可能なフルーエンスの最小値であり、図2におけるグラフと横軸との交点のフルーエンスの値である。つまり、過共晶Al−Si合金11は、初晶シリコン12よりも小さなフルーエンスのパルスレーザ光で加工可能である。本実施形態では、過共晶Al−Si合金11の加工閾値FthHEが第1の閾値に該当し、初晶シリコン12の加工閾値FthSiが第2の閾値に該当する。
【0026】
また、過共晶Al−Si合金11と初晶シリコン12とは、全てのフルーエンスで初晶シリコン12より過共晶Al−Si合金11の方が平均加工レートが大きい。平均加工レート及び加工閾値の相違が、加工特性の相違に該当する。これにより、パルスレーザ光のフルーエンスが、ある物質の加工閾値を越えると、当該物質は平均加工レートの値に対応する深さだけ加工されることとなる。このような特性を利用して、以下の方法でAl−Si合金10の表面を加工する。
【0027】
なお、Al−Si合金10の他にも、鉄−モリブデン系合金,鉄−鉛系合金,又はアルミニウム−モリブデン系合金などが同様の特性を有する。
【0028】
まず、加工ステージ5上にAl−Si合金10を載置する。このとき、被加工部位がレーザ集光装置4側を向き、照射されるパルスレーザ光に臨むようにAl−Si合金10の向きを調整しておく。
【0029】
次に、レーザ発生器1,レーザエネルギー調整装置2,レーザ偏光調整装置3,及び集光レンズ4によって所定の条件のパルスレーザ光を発生する。パルスレーザ光は、過共晶Al−Si合金11の加工閾値FthHEと初晶シリコン12の加工閾値FthSiとに応じて、Al−Si合金10の表面に所望の物質を露出可能なフルーエンスに調整され、Al−Si合金10の加工中には、一定のフルーエンスを維持する。具体的には、以下の条件のパルスレーザ光を発生させる。
・中心波長:800[nm]
・パルス幅:100[fs(フェムト秒)]〜500[ps(ピコ秒)]
・繰り返し周波数:1[kHz]
・レーザフルーエンス:0.5[J/cm^2]以下
ここでは、パルス幅は100[fs]〜500[ps]のピコ秒域からフェムト秒域に設定されるが、パルス幅が1[ns(ナノ秒)]以下であればAl−Si合金10の加工は可能である。
【0030】
そして、Al−Si合金10の被加工部位にパルスレーザ光を所定のフルーエンスで照射させ、加工ステージ5を駆動することによってAl−Si合金10をパルスレーザ光に対して移動させる。ここでは、加工ステージ5をZ軸回りに回転させることによってAl−Si合金10を回転させる。パルスレーザ光が照射されると、Al−Si合金10は、パルスレーザ光の調整されたフルーエンスの値に対応して以下のように加工される。
【0031】
図2のフルーエンスAのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12の加工閾値より小さな値に調整された場合には、図3(a)に示すとおり、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12は、共に加工されない。
【0032】
図2のフルーエンスBのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、過共晶Al−Si合金11の加工閾値より大きく、かつ初晶シリコン12の加工閾値より小さな値に調整された場合には、図3(b)に示すとおり、過共晶Al−Si合金11は弱く加工されるが、初晶シリコン12は加工されない。よって、Al−Si合金10の表面では、加工された過共晶Al−Si合金11中に、加工されなかった初晶シリコン12が突起を形成する。したがって、Al−Si合金10の表面に初晶シリコン12が露出する。
【0033】
図2のフルーエンスCのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12の加工閾値より大きな値に調整された場合には、図3(c)に示すとおり、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12は、両者とも加工されるが、その加工深さは平均加工レートが相違する分だけ相違する。即ち、過共晶Al−Si合金11は著しく加工され、初晶シリコン12は弱く加工されるため、Al−Si合金10の表面では、加工深さの大きな過共晶Al−Si合金11から加工深さの小さな初晶シリコン12が突起を形成する。この場合も、Al−Si合金10の表面に初晶シリコン12が露出する。
【0034】
同様に、図2のフルーエンスDに調整されたパルスレーザ光が照射された場合にも、図3(d)に示す通り、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12は共に加工される。このときも、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12の平均加工レートが相違する分だけ、初晶シリコン12の加工量の方が過共晶Al−Si合金11の加工量より大きくなる。この場合も、Al−Si合金10の表面に初晶シリコン12が露出する。
【0035】
したがって、図3(a)〜(d)に示すように、パルスレーザ光のフルーエンスを図2のA〜Dの値に調整することで、過共晶Al−Si合金11と初晶シリコン12との平均加工レートの差を利用して、初晶シリコン12を過共晶Al−Si合金11のマトリックスの表面に露出させ、初晶シリコン12の突起を形成することが可能である。
【0036】
以上より、合金6の表面に照射されるパルスレーザ光のフルーエンスを調整することによって、合金6の表面を加工し、所望の物質を表面に露出させることができる。そのため、エッチング加工によって初晶シリコン12を突出させる場合のように環境に影響のある液体を排出することがなく、液体の廃棄に要する設備や費用が不要なのでコストダウンを図ることができる。また切削加工や研磨加工によって初晶シリコン12を突出させる場合のように複雑な加工工程が不要なので、加工時間及び加工精度を向上させることができる。
【0037】
図4(a)に示すように、パルスレーザ光が照射される前のAl−Si合金10は、過共晶Al−Si合金11中に硬質粒子である初晶シリコン12が均一に分散している状態である。
【0038】
又は、図4(b)に示すように、パルスレーザ光が照射される前のAl−Si合金10は、過共晶Al−Si合金11中に均一に分散する初晶シリコン12が一部表面に突出している状態であってもよい。
【0039】
これに対して図4(c)に示すように、図2におけるフルーエンスBに調整されたパルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金10は、照射面の過共晶Al−Si合金11のみが除去されて初晶シリコン12が突起を形成し、かつ、照射面に幅が約700[nm]の周期溝13が形成された状態となる。周期溝13の幅は、レーザのピーク波長に依存するもので、ピーク波長が短いときほど周期溝13の幅は短くなる。
【0040】
次に、図5及び図6を参照して、本実施形態による金属表面加工方法によってパルスレーザ光を照射した後のAl−Si合金10表面の状態について説明する。
【0041】
図5に示す状態は、パルスレーザ光のフルーエンスが、図2のBの値に調整された場合の被加工部位の状態である。図5の中で白く囲われた部分が、初晶シリコン12である。図5に示すように、パルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金10には、照射面に初晶シリコン12の突起が形成されていることがわかる。
【0042】
図6に示す状態は、パルスレーザ光のフルーエンスが、図2のCの値に調整された場合の被加工部位の状態である。図6の中で白く囲われた部分が、初晶シリコン12である。図6に示すように、パルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金10は、過共晶Al−Si合金11及び初晶シリコン12が両者とも加工されていることがわかる。また、照射面に初晶シリコン12が突起していることから、加工深さは初晶シリコン12より過共晶Al−Si合金11の方が大きいことがわかる。
【0043】
以下では、本実施形態による金属表面加工方法によって表面にレーザを照射したAl−Si合金10を用いて、潤滑油を介して摺動する機械部品の摺動面を構成したときの効果について説明する。
【0044】
本実施形態による金属表面加工方法によって摺動面に初晶シリコン12を突出させることで、潤滑油の油膜を介して初晶シリコン12と摺動部材とを摺動させ、鉄11と摺動部材との接触を防ぐことができる。
【0045】
過共晶Al−Si合金11は、初晶シリコン12に比べて、例えば鋼やステンレス等の鉄系金属の摺動部材に凝着しやすい。したがって、過共晶Al−Si合金11と摺動部材との接触を防ぎ、初晶シリコン12と摺動部材とを接触させることで、過共晶Al−Si合金11と摺動部材とが凝着して摺動面の摩擦係数が増大するのを抑制できる。そのため、摺動時の耐焼付き性を向上させることができる。
【0046】
また、摺動面に初晶シリコン12を突出させることによって、摺動面が凹凸となる。この凹凸が潤滑油の粘性による動圧効果を発生させるので、初晶シリコン12を突出させない場合と比べて摺動面に油膜が形成されやすくなる。したがって、摺動面の摩擦係数を低減させることができ、摺動時の耐焼付き性を一層向上させることができる。
【0047】
さらに、摺動面に周期溝13を形成することで周期溝13に潤滑油が溜まりやすくなるので潤滑性が向上する。したがって、摺動面の摩擦係数を低減させることができ、摺動時の耐焼付き性を一層向上させることができる。
【0048】
以上の実施の形態によれば以下に示す効果を奏する。
【0049】
所望のフルーエンスに調整されたパルスレーザ光を照射することによって、Al−Si合金10を加工して、Al−Si合金10の表面に初晶シリコン12を突出させることができる。そのため、エッチング加工によって初晶シリコン12を突出させる場合のように環境に影響のある液体を排出することがなく、液体の廃棄に要する設備や費用が不要なのでコストダウンを図ることができる。また切削加工や研磨加工によって初晶シリコン12を突出させる場合のように複雑な加工工程が不要なので、加工時間及び加工精度を向上させることができる。
【0050】
また、本実施形態によるレーザ加工を施したAl−Si合金10を摺動部材との摺動面に用いれば、過共晶Al−Si合金11と摺動部材との接触を防ぐとともに、初晶シリコン12が突出することによって摺動面に油膜が形成されやすくなる。これにより、摺動時における耐焼付き性を向上させることができる。
【0051】
なお、本実施の形態では、過共晶Al−Si合金11と初晶シリコン12との平均加工レートの値の相違を利用してAl−Si合金10の表面を加工している。しかしながら、平均加工レートではなく、パルスレーザ光が照射された後の表面形状や、結晶構造の変化特性などの過共晶Al−Si合金11と初晶シリコン12との加工特性の相違を利用してAl−Si合金10の表面を加工してもよい。
【0052】
また、本実施の形態では、パルスレーザ光の波長を固定し、パルスレーザ光のフルーエンスを調整して所望の特性に調整しているが、これに限らず、パルスレーザ光のフルーエンスを固定し、パルスレーザ光の波長を調整してパルスレーザ光を所望の特性に設定してもよい。
【0053】
(第2の実施の形態)
以下、図7から図10を参照して、第2の実施の形態に係る金属表面加工方法について説明する。なお、本実施形態では前述した実施形態と同様の構成には同一の符号を付し、重複する説明は適宜省略する。
【0054】
第2の実施の形態では、合金6として第1の実施の形態におけるAl−Si合金とはシリコン含有量の異なるアルミニウム−シリコン系合金(以下「Al−Si合金」という)20を用いる。このAl−Si合金20は、シリコン含有量が12%程度の亜共晶Al−Si合金である。
【0055】
パルスレーザ光が照射される前のAl−Si合金20は、第1の化学成分としてのアルミニウムと、第2の化学成分としてのシリコンとを含み、アルミニウム21のマトリックスの内部に析出した硬質粒子である共晶アルミニウム−シリコン合金(以下、「共晶シリコン」という)22の結晶が均一に分散している状態である。このアルミニウム21が第1の物質に該当し、共晶シリコン22が第2の物質に該当する。
【0056】
図7において、横軸はパルスレーザ光の調整されたフルーエンスの値であり、縦軸は平均加工レートである。
【0057】
図7に示すように、Al−Si合金20では、アルミニウム21の加工閾値FthAlは、共晶シリコン22の加工閾値FthEuより大きい。つまり、共晶シリコン22は、アルミニウム21よりも小さなフルーエンスのパルスレーザ光で加工可能である。本実施形態では、アルミニウム21の加工閾値FthAlが第1の閾値に該当し、共晶シリコン22の加工閾値FthEuが第2の閾値に該当する。
【0058】
また、アルミニウム21と共晶シリコン22とは、パルスレーザー光が所定のフルーエンスより小さいときには、アルミニウム21の方が共晶シリコン22より平均加工レートが小さく、パルスレーザ光が所定のフルーエンスより大きいときには、アルミニウム21の方が共晶シリコン22より平均加工レートが大きい。つまり、アルミニウム21と共晶シリコン22とは、平均加工レートがフルーエンスの値によって途中で逆転する特性を有する。ここでいう所定のフルーエンスとは、アルミニウム21と共晶シリコン22との平均加工レートが同一になるときのパルスレーザ光のフルーエンスである。このような特性を利用して、以下の方法でAl−Si合金20の表面を加工する。
【0059】
まず、加工ステージ5上にAl−Si合金20を載置し、Al−Si合金20の被加工部位にパルスレーザ光を照射させる。照射されるパルスレーザ光は、アルミニウム21の加工閾値FthAlと共晶シリコン22の加工閾値FthEuとに応じて、Al−Si合金20の表面に所望の物質を露出可能なフルーエンスに調整され、Al−Si合金20の加工中には、一定のフルーエンスを維持する。
【0060】
次に、加工ステージ5を駆動することによってAl−Si合金20をパルスレーザ光に対して移動させる。パルスレーザ光が照射されると、Al−Si合金20は、パルスレーザ光の調整されたフルーエンスの値に対応して以下のように加工される。
【0061】
図7のフルーエンスEのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、アルミニウム21及び共晶シリコン22の加工閾値より小さな値に調整された場合には、図8(e)に示すとおり、アルミニウム21及び共晶シリコン22は、共に加工されない。
【0062】
図7のフルーエンスFのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、アルミニウム21の加工閾値より大きく、かつ共晶シリコン22の加工閾値より小さな値に調整された場合には、図8(f)に示すとおり、共晶シリコン22は弱く加工されるが、アルミニウム21は加工されない。よって、Al−Si合金20の表面では、加工されなかったアルミニウム21のマトリックス中に、加工された共晶シリコン22が凹部を形成する。したがって、Al−Si合金20の表面にアルミニウム21が露出する。
【0063】
図7のフルーエンスGのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、アルミニウム21及び共晶シリコン22の加工閾値を超え、かつ、両者の平均加工レートが略同一になる値に調整された場合には、図8(g)に示すとおり、両者の加工量は、平均加工レートが略同一であるため略同一である。したがって、Al−Si合金20の表面には、アルミニウム21及び共晶シリコン22が共に露出する。
【0064】
図7のフルーエンスHのように、パルスレーザ光のフルーエンスが、共晶シリコン22の平均加工レートがアルミニウム21の平均加工レートより大きくなる値に調整された場合には、図8(h)に示すとおり、アルミニウム21及び共晶シリコン22は、両者とも加工されるが、その加工深さは平均加工レートが相違する分だけ相違する。即ち、アルミニウム21は著しく加工され、共晶シリコン22は弱く加工されるため、Al−Si合金20では、加工深さの大きなアルミニウム21から加工深さの小さな共晶シリコン22が突起を形成する。よって、Al−Si合金20の表面に共晶シリコン22が露出する。
【0065】
したがって、図8(e)〜(h)に示すように、パルスレーザ光のフルーエンスを図7のE〜Hの値に調整することで、アルミニウム21と共晶シリコン22との平均加工レートの差を利用して、アルミニウム21のマトリックスの表面に共晶シリコン22を露出させたり、共晶シリコン22の凹部を形成してアルミニウム21を露出させたりすることが可能である。
【0066】
以上より、合金6の表面に照射されるパルスレーザ光のフルーエンスを調整することによって、合金6の表面を加工し、所望の物質を表面に露出させることができ、環境に影響のある液体を排出することがなく、簡易な工程で合金の表面を加工することができる。
【0067】
図9(a)及び(b)に示すように、パルスレーザ光が照射される前のAl−Si合金20は、アルミニウム21のマトリックス中に硬質粒子である共晶シリコン22が均一に分散している状態、又はアルミニウム21のマトリックス中に均一に分散する共晶シリコン22が一部表面に突出している状態である。
【0068】
これに対して図9(c)に示すように、図7におけるフルーエンスFに調整されたパルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金20は、照射面の共晶シリコン22のみが除去されて、アルミニウム21のマトリックス中に共晶シリコン22が凹部を形成し、かつ、共晶シリコン22の照射面に幅が約700[nm]の周期溝13が形成された状態となる。
【0069】
また、図9(d)に示すように、図7におけるフルーエンスHに調整されたパルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金20は、照射面のアルミニウム21のみが除去されて共晶シリコン22が突起を形成し、かつ照射面に周期溝13が形成された状態となる。
【0070】
次に、図10及び図11を参照して、本実施形態による金属表面加工方法によってパルスレーザ光を照射した後のAl−Si合金20表面の状態について説明する。
【0071】
図10に示す状態は、パルスレーザ光のフルーエンスが、図7のFの値に調整された場合の被加工部位の状態である。図10の中で白く囲われた部分が、共晶シリコン22である。図10に示すように、パルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金20は、照射面に共晶シリコン22が凹状に形成されていることがわかる。
【0072】
図11に示す状態は、パルスレーザ光のフルーエンスが、図7のHの値に調整された場合の被加工部位の状態である。図11の中で白く囲われた部分が、共晶シリコン22である。図11に示すように、パルスレーザ光が照射された後のAl−Si合金20は、照射面に共晶シリコン22の突起が形成されていることがわかる。
【0073】
以上の実施の形態によれば以下に示す効果を奏する。
【0074】
パルスレーザ光のフルーエンスを所望の値に調整して照射することによって、Al−Si合金20を加工することができる。このとき、アルミニウム21のマトリックス中に共晶シリコン22の突起又は凹部を形成することができ、また、アルミニウム21と共晶シリコン22との加工量を略同一にすることもできる。そのため、エッチング加工によって共晶シリコン22を突出させる場合のように環境に影響のある液体を排出することがなく、液体の廃棄に要する設備や費用が不要なのでコストダウンを図ることができる。また切削加工や研磨加工によって共晶シリコン22を突出させる場合のように複雑な加工工程が不要なので、加工時間及び加工精度を向上させることができる。
【0075】
また、本実施形態によるレーザ加工を施したAl−Si合金20を摺動部材との摺動面に用いれば、アルミニウム21と摺動部材との接触を防ぐとともに、共晶シリコン22が突出することによって摺動面に油膜が形成されやすくなる。これにより、摺動時における耐焼付き性を向上させることができる。
【0076】
本発明は上記の実施の形態に限定されずに、その技術的な思想の範囲内において種々の変更がなしうることは明白である。
【0077】
例えば、上記第1の実施の形態ではAl−Si合金10の一例としてシリコン含有量が16%の過共晶Al−Si合金を用い、第2の実施形態ではAl−Si合金20の一例としてシリコン含有量が12%の亜共晶Al−Si合金を用いたが、それぞれ過共晶Al−Si合金,亜共晶Al−Si合金であればこれに限られるものではない。
【0078】
また、摺動面に突出させる硬質粒子の一例として初晶シリコン12,共晶シリコン22(Al−Si合金で析出する共晶Si及び初晶Si)を挙げたが、これ以外にもアルミニウム合金に添加されている合金元素によって析出した金属間化合物(例えばCuAl2、Al5Cu2Mg2、Mg2Si)や、アルミ基複合材料で添加される強化粒子(例えばSiC、Al23)がある。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、合金の表面を加工する方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0080】
1 レーザ発生器
4 集光レンズ
5 加工ステージ
6 合金
10 Al−Si合金
11 過共晶Al−Si合金
12 初晶シリコン
13 周期溝
20 Al−Si合金
21 アルミニウム
22 共晶シリコン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
照射されるパルスレーザ光に対する加工特性が互いに相違する第1の物質と第2の物質とを含む合金の表面の被加工部位を加工する金属表面加工方法であって、
前記加工特性の相違に応じて、照射されるパルスレーザ光を、前記合金の表面に前記第1の物質及び前記第2の物質のうち所望の物質を露出可能な特性に調整する工程と、
前記特性に調整されたパルスレーザ光を前記合金の表面に照射する工程と、を備えることを特徴とする金属表面加工方法。
【請求項2】
前記第1の物質は、照射されるパルスレーザ光のフルーエンスが、第1の閾値以上になると加工されるものであり、
前記第2の物質は、照射されるパルスレーザ光のフルーエンスが、前記第1の閾値とは相違する第2の閾値以上になると加工されるものであり、
前記第1の閾値と前記第2の閾値との相違に応じて、パルスレーザ光のフルーエンスを、前記合金の表面に前記第1の物質及び前記第2の物質のうち所望の物質を露出可能な値に調整する工程を備えることを特徴とする請求項1に記載の金属表面加工方法。
【請求項3】
前記パルスレーザ光のフルーエンスを、前記第1の閾値と前記第2の閾値との間の値に設定し、前記第1の物質又は前記第2の物質を選択的に加工することを特徴とする請求項2に記載の金属表面加工方法。
【請求項4】
前記パルスレーザ光は、パルス幅が1ナノ秒以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一つに記載の金属表面加工方法。
【請求項5】
前記パルスレーザ光の照射位置と前記被加工部位とを相対移動させる工程を更に備えることを特徴とする請求項1から4のいずれか一つに記載の金属表面加工方法。
【請求項6】
前記第1の物質は、フルーエンスの値に対応する被加工量である平均加工レートが、全てのフルーエンスで前記第2の物質より大きな物質であり、
前記パルスレーザ光の照射により、前記合金の表面に前記第2の物質の突起を形成することを特徴とする請求項1から5のいずれか一つに記載の金属表面加工方法。
【請求項7】
前記第1の物質は、フルーエンスの値に対応する被加工量である平均加工レートが、所定のフルーエンスより小さいときには前記第2の物質より小さく、前記所定のフルーエンスより大きいときには前記第2の物質より大きな物質であり、
照射される前記パルスレーザ光のフルーエンスを調整することにより、前記合金の表面に前記第1の物質又は前記第2の物質の突起又は凹部を形成することを特徴とする請求項1から5のいずれか一つに記載の金属表面加工方法。
【請求項8】
前記パルスレーザ光のフルーエンスは、前記第1の物質の平均加工レートより前記第2の物質の平均加工レートの方が小さくなる値に調整され、
前記合金の表面に前記第2の物質の突起を形成することを特徴とする請求項7に記載の金属表面加工方法。
【請求項9】
前記パルスレーザ光のフルーエンスは、前記第1の物質の平均加工レートより前記第2の物質の平均加工レートの方が大きくなる値に調整され、
前記合金の表面に前記第2の物質の凹部を形成することを特徴とする請求項7に記載の金属表面加工方法。
【請求項10】
前記パルスレーザ光は、前記所定のフルーエンスに調整され、前記第1の物質及び前記第2の物質の加工量を略同一にしたことを特徴とする請求項7に記載の金属表面加工方法。
【請求項11】
前記第1の物質はアルミニウムの基地であり、前記第2の物質は前記アルミニウム中に析出した共晶シリコンであることを特徴とする請求項7から10のいずれか一つに記載の金属表面加工方法。
【請求項12】
照射されるパルスレーザ光に対する加工特性が互いに相違する第1の物質と第2の物質とを含む合金の表面の被加工部位を加工する金属表面加工装置であって、
パルスレーザ光を発生するレーザ発生器と、
前記パルスレーザ光を、前記加工特性に応じて、前記合金の表面に所望の物質を露出可能な特性に調整するレーザエネルギ調整装置と、
前記特性に調整されたパルスレーザ光の偏光を調整するレーザ偏光調整装置と、
前記偏光に調整されたパルスレーザ光を集光して前記合金に照射する集光レンズと、を備えることを特徴とする金属表面加工装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図7】
image rotate

【図9】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2011−245492(P2011−245492A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118318(P2010−118318)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:平成21年度(2009年度)近畿大学理工学部電気電子工学科 卒業研究発表会 主催者名 :近畿大学 開催日 :2010年(平成22年)2月6日
【出願人】(591114803)財団法人レーザー技術総合研究所 (36)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】