説明

金属部材の再生熱処理方法

【課題】金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を確実かつ十分に回復させることができる熱処理方法を提供する。
【解決手段】加熱装置により金属部材の溶接熱影響部をA変態点以上の温度T1まで加熱した後、その温度T1で所定時間保持する。その後、金属部材を所定の温度T3まで低下させた後、A変態点未満の温度T2まで再加熱する。その温度T2で所定時間保持した後、金属部材を常温まで冷却する。金属部材を温度T1まで加熱する際の加熱速度は、50℃/h以上800℃/h未満の加熱速度に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火力発電プラント等において高温高圧下で使用された金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を再生熱処理により回復させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラント等において使用される設備(ボイラまたはタービン等)では、高温高圧(550℃〜600℃、250MPa)の気体が扱われる。このような環境で使用される設備においては、高温高圧の気体に長時間曝されることによって発生する金属部材(例えば、気体が流通する鋼管)の溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)のクリープ損傷が特に問題となる。溶接部近傍は、溶接時の熱影響を受けて溶接熱影響部が生成され、高温高圧下で使用されるとクリープ損傷の影響を特に受けやすいからである。
【0003】
そこで、従来より、クリープ損傷によって低下した金属部材の強度を回復させることを目的として種々の方法が提案されている。例えば、特許文献1には、金属部材をA変態点以上の温度で加熱保持することにより、金属部材の劣化部の強度を回復させる強度回復方法が記載されている。この方法によれば、劣化部のクリープ強度を回復させるために、劣化部が加熱速度約850℃/hでA変態点以上の温度まで加熱されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−132511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らは、種々の実験および考察により、A変態点以上の温度までの加熱速度が、劣化部のクリープ強度回復に大きな影響を与えることを見出した。
【0006】
本発明の目的は、金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を確実かつ十分に回復させることができる熱処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下に示す発明を要旨とする。
【0008】
本発明に係る熱処理方法は、高温高圧下で使用された金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を回復するための熱処理方法であって、前記金属部材の溶接熱影響部を50℃/h以上800℃/h未満の加熱速度でA変態点以上の温度まで加熱する工程を備えるものである。
【0009】
この熱処理方法によれば、金属部材の溶接熱影響部がA変態点以上の温度まで加熱されるので、結晶粒を再結晶させることができる。再結晶は粒界、特に炭化物が存在している部分から核成長が生じるので、熱処理前の金属部材の溶接熱影響部の結晶粒界にクリープ強度劣化の原因の一つであるボイドが存在している場合でも、そのボイドを再結晶後の結晶粒内に取り込むことができる。
【0010】
また、熱処理前の金属部材の溶接熱影響部の結晶粒界に炭化物が存在している場合でも、その炭化物を固溶させることができるとともに、微細化することができる。これらの結果、ボイドまたは炭化物を起点とする金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度劣化による亀裂発生および亀裂成長を防止することができる。また、この熱処理方法によれば、金属部材の溶接熱影響部が50℃/h以上800℃/h未満の加熱速度でA変態点以上の温度まで加熱されるので、従来の加熱速度約850℃/h以上でA変態点以上の温度まで加熱する熱処理に比べて生成される結晶粒の粒径を十分に大きくすることができる。そのため金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を十分に回復させることができる。
【0011】
熱処理方法は、A変態点以上の温度まで加熱する工程の後に300℃以下に冷却し、A変態点未満の温度まで再加熱する工程をさらに備えてもよい。この場合、焼き戻し処理により組織を均質化して金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度の機械的性質をより改善することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を確実かつ十分に回復させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施の形態に係る再生熱処理方法の一例を示す図である。
【図2】金属部材の断面図である。
【図3】高温高圧の環境下において長時間使用された金属部材のHAZの結晶粒を示す写真である。
【図4】再生熱処理における熱履歴を示す図である。
【図5】再生熱処理後のHAZの結晶粒を示す写真である。
【図6】実施例における再生熱処理の熱履歴を示す図である。
【図7】実施例と比較例クリープ破断特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る熱処理方法について説明する。なお、以下においては、鋼管の溶接熱影響部のクリープ強度回復方法を例に挙げて、本発明に係る熱処理方法を説明する。
【0015】
図1は、本実施の形態に係る熱処理方法の一例を示す図である。なお、図1には、高温高圧下で使用された鋼管11および鋼管12からなる金属部材10が示されている。鋼管11および鋼管12は、溶接金属13により接続されている。図1に示すように、本実施の形態に係る熱処理方法においては、金属部材10の外周面(溶接金属13を含む溶接熱影響部)を覆うように布状の電気抵抗ヒータ14(以下、ヒータ14と略記する。)が設けられる。この状態で、ヒータ14により金属部材10が加熱される。それにより、金属部材10の溶接熱影響部のクリープ強度回復が行われる。なお、ヒータ14は、例えば、ニクロム線により構成される。以下、本発明に係る熱処理方法について詳細に説明する。
【0016】
図2は、金属部材10の溶接金属13およびその周辺部を示す断面図である。図2に示すように、鋼管11,12の溶接金属13の両端部近傍には、溶接熱影響部15,16(以下、HAZ15,16と略記する。)が形成されている。本発明者らは、このHAZ15,16に注目して種々の実験を行い、金属部材10の溶接熱影響部のクリープ強度回復方法について考察した。
【0017】
図3は、高温高圧の環境下において長時間使用された金属部材10のHAZ15,16の結晶粒を示す写真である。
【0018】
図3に示すように、高温高圧の環境下において長時間使用された金属部材のHAZ(図2の符号15,16)においては、結晶粒21(図3においては、一部を実線で図示する。)の粒界に複数のボイド22が生成されるとともに、複数の炭化物23が析出している。本発明者らは、これらのボイド22および炭化物23が、結晶粒21の粒界における亀裂発生および亀裂成長の要因になっていると考えた。そして、本発明者らは、このボイド22および炭化物23を結晶粒内に閉じ込めることができれば、金属部材のクリープ損傷を防止でき、クリープ強度を回復できると考えた。
【0019】
そこで、本発明者らは、ボイド22および炭化物23を結晶粒内に閉じ込めるために、以下に示す方法で金属部材の再生熱処理を行い、結晶粒の再結晶を試みた。素材は2.25(wt%)Cr−1(wt%)Mo鋼で、570℃、210MPaの高温高圧化で約30万時間稼働した外径720mmφ、肉厚60mmのボイラ用高温配管の溶接部近傍から管の長さ方向に平行に切り出した種々の試験片を用いて行った。なおこの部材のA変態点は、約880℃である。
【0020】
図4は、その再生熱処理における熱履歴を示す図である。この再生熱処理においては、まず、金属部材のHAZ(図2の符号15,16)を含む試験片をA変態点以上の温度T1(例えば、920℃)まで加熱速度300℃/hで加熱した。これにより、結晶粒を再結晶させることができるとともに、析出した炭化物を固溶させることができる。次に、試験片を温度T1で約20分間保持した後、温度T3(例えば、300℃)まで空冷した。次に、試験片をA変態点未満の温度T2(例えば、740℃)まで再度加熱した後、その状態で60分間保持した。その後、試験片を常温まで空冷した。これにより内部応力を緩和し、組織を均一化することができる。
【0021】
図5は、上記の熱処理後のHAZ(図2の符号15,16)の結晶粒を示す写真である。なお、図5においては、熱処理前の結晶粒(図3の符号21)が点線で、熱処理後の新たな結晶粒31が実線で一部図示されている。
【0022】
図5に示すように、上記の再生熱処理により結晶粒が再結晶し、新たな結晶粒31(図5においては、一部を実線で示す。)が生成する。ここで、炭化物23の近傍には、再結晶粒核を生成する元素である炭素(C)が多く存在しているので、新たな結晶粒31は、熱処理前の結晶粒21(図5においては、一部を破線で示す。)の粒界に存在していた炭化物23の近傍から成長する。それにより、図5に示すように、新たな結晶粒31内にボイド22を取り込むことができる。また、炭化物(図3の符号23)は上記の熱処理により一旦固溶し、微細化して新たな結晶粒31内に再析出している。
【0023】
このように、再結晶後の新たな結晶粒31においては、ボイド22および炭化物23が粒界上に存在する頻度が低くなる。また、炭化物23が微細化している。それにより、新たな結晶粒31の粒界においてボイド22または炭化物23を起点として亀裂が発生することを防止することができる。その結果、金属部材10の溶接熱影響部のクリープ強度が回復する。
【0024】
しかしながら、本発明者らのさらなる検討により、A変態点以上の温度までの加熱速度が、劣化部のクリープ強度回復に大きな影響を与えることを見出した。具体的には、金属部材10の溶接熱影響部をA変態点以上の温度まで加熱する際の加熱速度が速い場合には、再結晶後の新たな結晶粒31の粒径が十分に大きくならず、また逆に加熱速度が遅い場合には、再結晶後の新たな結晶粒31の粒径が十分に大きいにも拘わらず、金属部材10の溶接熱影響部のクリープ強度の回復が十分にされないことが判明した。そのため本発明者らは、加熱速度50℃/h以上800℃/h未満で金属部材10の溶接熱影響部をA変態点まで加熱することにより、劣化部のクリープ強度の回復を十分に出来ることを提案する。
【0025】
そこで、本実施の形態においては、金属部材10の溶接熱影響部をA変態点まで加熱する際の加熱速度を50℃/h以上800℃/h未満に設定し、図4で説明した熱処理を行う。これにより、金属部材10の溶接熱影響部のクリープ強度を十分に回復させることができる。なお、クリープ強度を回復させるためには、急速加熱(850℃/h以上)や拘束によるボイドの圧接は必要ない。急速加熱が必要でないため、引張熱応力のリスクを低減し、また金属部材10の極表層部だけでなく肉中深くまでクリープ強度を容易に回復させることができる。
【0026】
なお、図4において温度T1は、A変態点以上の温度であればよい。好ましくはA変態点+30℃〜A変態点+100℃であり、上限として1200℃程度である。また、図4の例では、金属部材10の溶接熱影響部を温度T1まで加熱した後に、金属部材10の溶接熱影響部を温度T2まで再加熱しているが、再加熱を行うことなく金属部材10の溶接熱影響部を常温まで冷却してもよい。
【0027】
また、温度T2はA変態点未満の温度であればよい。また、金属部材10の溶接熱影響部の冷却速度は特に限定されず、金属部材10は空冷(例えば、冷却速度1000℃/h)されてもよく、徐冷(例えば、冷却速度150℃/h)されてもよい。また、A変態点以上の温度での保持時間は上記の例に限定されず、20分より長くてもよく、短くてもよい。また、金属部材10をA変態点以上の温度にするための加熱を複数回繰り返してもよい。また、熱処理には、上述した布状の電気抵抗ヒータ14(図1参照)のような抵抗式の加熱装置を用いてもよく、高周波誘導加熱装置を用いてもよい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例に基づいて本発明の効果を説明する。本実施例においては、2.25(wt%)Cr−1(wt%)Mo鋼からなる試験片(素材)を用いた。なお、試験片は中央部分で溶接されており、溶接熱影響部が形成されている。
【0029】
まず、上記の試験片(新材)を3本用意し、650℃、675℃および700℃の環境下において39.2MPaの単軸クリープ試験を実施し、破断時間を測定した。その結果、650℃の試験では試験片は2812.4hで破断し、675℃の試験では726.8hで破断し、700℃の試験では163.4hで破断した。
【0030】
次に、同様の構成の試験片(新材)を3本用意し、650℃の環境下において39.2MPaの単軸クリープ試験を2161h実施し、試験を停止した。本実施例においては、その3本の試験片を実施例1、実施例2および比較例1の試験片とする。なお、実施例1,2および比較例1の試験片のクリープ試験実施時間(2161h)は、上述した650℃のクリープ試験における試験片の破断時間(2812.4h)の77%に相当する。
【0031】
上記のようにして作製した実施例1,2および比較例1の試験片に対して、高周波誘導加熱装置を用いて再生熱処理を施した。再生熱処理では、図6に示すように、時点t0−t1間において加熱装置の加熱温度を常温から920℃まで昇温させ、時点t1−t2間において加熱温度920℃で20分保持し、時点t2−t3間において試験片を常温まで冷却した。具体的には、実施例1,2および比較例1の試験片に対してそれぞれ下記の表1に示す条件で熱処理を行った。
【0032】
【表1】

【0033】
熱処理後、680℃、39.2MPaの単軸クリープ試験により破断時間の評価を行った。その結果を図7に示す。なお、図7において、縦軸は試験温度を示し、横軸は破断時間を示す。横軸は、対数目盛で示されている。また、図7には、上述した650℃、675℃および700℃の環境下における試験片(0%損傷材:新材)の単軸クリープ試験の結果もプロットされており、その3点のプロットに対して近似直線(二点鎖線)が引かれている。この近似直線は、試験片(新材)の任意の試験温度における予想破断時間を示している。
【0034】
また、図7には、650℃、39.2MPaの単軸クリープ試験における27%損傷材、56%損傷材および77%損傷材の予想破断時間がプロットされている。なお、27%損傷材とは、650℃の環境下で39.2MPaの単軸クリープ試験を756h(新材の破断時間(2812.4h)の27%に相当する時間)実施した試験片である。同様に、56%損傷材および77%損傷材とは、それぞれ650℃の環境下で39.2MPaの単軸クリープ試験を1585h(新材の破断時間(2812.4h)の56%に相当する時間)および2161h(新材の破断時間の77%に相当する時間)実施した試験片である。また、27%損傷材、56%損傷材および77%損傷材の予想破断時間は、新材の破断時間(2812.4h)から各損傷材のクリープ試験実施時間(756h、1585h、2161h)を減算することにより算出した時間である。また、図7には、任意の試験温度における各損傷材の予想破断時間を示す直線が実線(27%損傷材)、破線(56%損傷材)および一点鎖線(77%損傷材)で引かれている。これらの直線は、図7に0%損傷材(新材)の任意の試験温度における予想破断時間を示す近似直線(二点鎖線)に平行な直線である。なお、実施例1,2および比較例1の試験片は77%損傷材である。
【0035】
図7に示すように、800℃/hの加熱速度で再生熱処理をした比較例1の試験片では、クリープ破断時間が178hであるのに対し、150℃/hの加熱速度で再生熱処理をした実施例1の試験片では、クリープ破断時間が348hと、より破断時間が長寿命側にシフトしており、クリープボイドの損傷が回復していることが解る。更に加熱速度を下げた60℃/hの加熱速度で再生熱処理した実施例2の試験片では、クリープ破断時間が259hと800℃/hの加熱速度で再生熱処理した比較例1の試験片より破断時間が長寿命になっているが、150℃/hの加熱速度で再生熱処理した実施例1の試験片ものより破断時間が短くなっている。
【0036】
更に再生熱処理の加熱速度の影響を調査したところ、加熱速度が800℃/h未満の場合には、加熱速度が800℃/h以上の場合に比べてクリープボイド損傷の回復の効果が大きいことが判明した。また加熱速度の下限については、加熱速度150℃/hの場合のクリープボイド損傷の回復の程度に対する加熱速度60℃/hの場合のクリープボイド損傷の回復の程度の低下の割合、および実機加熱の作業効率を勘案して50℃/hを下限とした。なお、再生熱処理において150℃/hの加熱速度で920℃の保持時間の効果について下限2分から上限120分まで検討したが、クリープ破断時間について明確な差異は認められなかった。また再生熱処理における冷却速度の効果についても50℃/hから300℃/hについて検討したが、クリープ破断時間について明確な差異は認められなかった。
【0037】
なお、上記の実施例においては高周波誘導加熱装置を用いて再生熱処理を行ったが、実機の再生熱処理において、例えば加熱速度が300℃/h以下の場合には、布状の電気抵抗ヒータを用いて再生熱処理を行うことが好ましい。この場合、高周波誘導加熱装置を用いて再生熱処理を行う場合に比べて、HAZを含む広範囲を均熱的に加熱(制御)できる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、種々の金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を回復させることができるので、特に、火力発電プラントなどにおいてクリープ損傷を受けた配管の強度を回復させるのに有効である。
【符号の説明】
【0039】
10 金属部材
11,12 鋼管
13 溶接部
14 電気抵抗ヒータ
15,16 HAZ
21,31 結晶粒
22 ボイド
23 炭化物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温高圧下で使用された金属部材の溶接熱影響部のクリープ強度を回復するための熱処理方法であって、前記金属部材の溶接熱影響部を50℃/h以上800℃/h未満の加熱速度でA変態点以上の温度まで加熱する工程を備えることを特徴とする熱処理方法。
【請求項2】
前記加熱する工程の後に300℃以下に冷却し、A変態点未満の温度まで再加熱する工程をさらに備えることを特徴とする請求項1記載の熱処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−236006(P2010−236006A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−84411(P2009−84411)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(592244376)住友金属テクノロジー株式会社 (43)
【出願人】(000164438)九州電力株式会社 (245)
【Fターム(参考)】