説明

銀含有材料と接触する潤滑油組成物

【課題】銀含有材料と接触する潤滑油として、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しながらも、銀含有材料の腐食を抑制できる潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】鉱油系基油及び/又は合成系基油からなる潤滑油基油、(A)金属系清浄剤、(B)1種又は2種以上のアルケニルコハク酸イミド及び/又はホウ素含有アルケニルコハク酸イミド、および、(C)ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しなる、潤滑油組成物であって、該潤滑油組成物全量基準で、(A)成分を、金属量として0.12質量%以上2.0質量%以下、(B)成分を、ホウ素量として0質量%以上0.03質量%以下、窒素量として0.005質量%以上0.12質量%以下で、かつ、前記ホウ素量(B)と前記窒素量(N)との質量比(B/N)が0以上0.55以下となる量、(C)成分を、リン量として0.005質量%以上0.10質量%以下、含有している、銀含有材料と接触する潤滑油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀含有材料と接触する潤滑油組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、エンジンの高出力化、低燃費化などの性能向上の目的から、エンジンの筒内圧力が高くされる傾向にある。エンジン軸受は、高面圧下における軸受性能の向上が求められるため、滑り軸受としては鉛含有材料が広く使用されてきた。しかし、鉛は環境負荷物質としてその使用が制限されつつあり、鉛フリーの高性能軸受が求められている。
【0003】
高負荷エンジン用軸受においては、オーバーレイやライニングの部分に、銀材料の使用が検討されており、例えば、海外の鉄道用ディーゼルエンジンにおいては、ピストンピン軸受やターボチャージャー軸受に銀合金が用いられる場合がある。また、銀含有材料又は銀メッキ材料は、オーバーレイやライニングの他、固体潤滑皮膜として軸受以外の摺動面にも使用されることがある(例えば特許文献1〜6参照)。
【0004】
海外では、鉄道用ディーゼルエンジン用等として、銀含有材料に適合する潤滑油の検討が多くなされている(特許文献7〜25参照)。例えば、特許文献7には、銀含有材料を用いる高負荷ディーゼルエンジン用に好適な潤滑油として、ジアルキルジチオリン酸の炭化水素アミン塩と酸性リン酸アルキルの炭化水素アミン塩と、清浄剤を含む、亜鉛フリーの潤滑油が開示されており、清浄剤としては、特にフェネート系清浄剤が好適であるとされている。このように海外においては、銀含有材料を使用した機器には、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を添加しない潤滑油を適用する方法がとられてきた。
【0005】
日本においても最近では、二輪車のコンロッドベアリングの摺動部に使用されている転がり軸受にはアブレッシブ摩耗を防止する目的で母材の鉄系材料の表面に厚さ十数μmの銀や銅のメッキ処理が施されている。これら銀や銅メッキは疲労現象が少ないという優れた特長を有しているが、一方では、硫化腐食摩耗が大きいという欠点がある。実際の腐食は多くの因子によって支配されるため複雑であるが、硫化腐食の主な原因は、エンジン油に含まれるジアルキルジチオリン酸亜鉛等の硫黄含有化合物によることが知られている。一般的には、硫化腐食を防止するため、ベンゾトリアゾール等の腐食防止剤が使用される。しかし、ベンゾトリアゾール等の腐食防止剤は銅の腐食防止には有効であるが、銀の腐食防止には十分な効果を示さないことがわかってきた。このため、銀部材と接触する潤滑油組成物としてジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しない潤滑油組成物も提案されている(特許文献26参照)。
【0006】
しかし、摩耗防止性、酸化防止性の観点から内燃機関用潤滑油にはジアルキルジチオリン酸亜鉛は必須な成分であり、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しながらも、銀の硫化腐食を抑制できる潤滑油組成物の開発が大きな課題となっている。
【特許文献1】特開2002−195266号公報
【特許文献2】特開2000−240657号公報
【特許文献3】特開平10−61727号公報
【特許文献4】特開平9−257045号公報
【特許文献5】特開平7−151148号公報
【特許文献6】特開平6−264110号公報
【特許文献7】特開2007−23289号公報
【特許文献8】英国特許第1415964号明細書
【特許文献9】加国特許第810120号明細書
【特許文献10】米国特許第2959546号明細書
【特許文献11】米国特許第3267033号明細書
【特許文献12】米国特許第3649373号明細書
【特許文献13】米国特許第3775321号明細書
【特許文献14】米国特許第4169799号明細書
【特許文献15】米国特許第4244827号明細書
【特許文献16】米国特許第4278553号明細書
【特許文献17】米国特許第4285823号明細書
【特許文献18】米国特許第4575431号明細書
【特許文献19】米国特許第4717490号明細書
【特許文献20】米国特許第4764296号明細書
【特許文献21】米国特許第4820431号明細書
【特許文献22】米国特許第5244591号明細書
【特許文献23】米国特許第5302304号明細書
【特許文献24】米国特許出願公開第2004/0259743号明細書
【特許文献25】米国特許出願公開第2005/0026791号明細書
【特許文献26】特開2002−294271号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、銀含有材料と接触する潤滑油として、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しながらも、銀含有材料の腐食を抑制できる潤滑油組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、銀腐食の抑制について鋭意検討した結果、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しながらも、特定の金属系清浄剤と特定のB/N比を有するアルケニルコハク酸イミドを所定量配合させることにより銀含有金属材料の腐食又は腐食摩耗を抑制しうることを見出し、以下の本発明を完成するに至った。
【0009】
第1の本発明は、鉱油系基油及び/又は合成系基油からなる潤滑油基油、(A)金属系清浄剤、(B)1種又は2種以上のアルケニルコハク酸イミド及び/又はホウ素含有アルケニルコハク酸イミド、並びに、(C)ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有してなる、潤滑油組成物であって、
該潤滑油組成物全量基準で、
(A)成分を、金属量として0.12質量%以上2.0質量%以下、
(B)成分を、ホウ素量として0質量%以上0.03質量%以下、窒素量として0.005質量%以上0.12質量%以下で、かつ、前記ホウ素量(B)と前記窒素量(N)との質量比(B/N)が0以上0.55以下となる量、
(C)成分を、リン量として0.005質量%以上0.10質量%以下、
含有している、銀含有材料と接触する潤滑油組成物である。
【0010】
第1の本発明において、(A)成分に起因する金属量(M)と(B)成分に起因する窒素量(N)との質量比(M/N)は1.6以上であることが好ましい。
【0011】
第1の本発明において、(A)成分は、アルカリ金属フェネート、アルカリ土類金属フェネート、アルカリ金属サリシレート、または、アルカリ土類金属サリシレートのいずれかであることが好ましい。
【0012】
第1の本発明において、前記潤滑油基油の硫黄分が50ppm未満であることが好ましい。
【0013】
第2の本発明は、潤滑油として第1の本発明の潤滑油組成物を銀含有材料に接触させる工程を備えた、潤滑油と接触する銀含有材料の保護方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の潤滑油組成物は、それが接触する銀が腐食するのを抑制するため、銀含有材料と接触する潤滑油として使用した場合に、銀含有材料及び該銀含有材料を有する機械や装置を保護することができる。また、潤滑油組成物中にジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しているので、摩耗防止性、酸化防止性を維持しつつ、銀の硫化腐食を抑制できる。そのため、各種内燃機関用の潤滑油、特にディーゼルエンジン用、鉄道車両用ディーゼルエンジン用、自動車用ガソリンエンジン用、4サイクル二輪車エンジン用の潤滑油として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の潤滑油組成物について詳述する。
【0016】
(潤滑油基油)
本発明の潤滑油組成物(以下、単に潤滑油組成物ともいう。)に用いられる潤滑油基油としては、通常の潤滑油に使用される鉱油系基油及び/又は合成系基油であれば特に制限なく使用することができる。
【0017】
鉱油系基油としては、具体的には、原油を常圧蒸留して得られる常圧残油を減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製等の処理を1つ以上行って精製したもの、あるいはワックス異性化鉱油、フィッシャートロプシュプロセス等により製造されるGTLワックス(ガストゥリキッドワックス)を異性化する手法で製造される潤滑油基油等が例示できる。
【0018】
鉱油系基油の全芳香族分は、特に制限はないが、好ましくは40質量%以下であり、より好ましくは30質量%以下である。基油の全芳香族分が40質量%を超える場合は、酸化安定性が劣るため好ましくない。
【0019】
なお、後に説明する(A)成分及び(B)成分を使用することで十分な銀腐食抑制効果を発揮できるため、添加剤の溶解性や経済性により優れる鉱油系基油として、全芳香族分が10質量%以上、好ましくは20質量%以上の鉱油系基油を使用してもよい。また、より過酷な条件においても酸化安定性に優れ、長期使用においても鉱油の劣化に起因する成分による銀の腐食を抑制しうる点で、全芳香族分が10質量%未満、より好ましくは5質量%以下、さらに好ましくは2質量%以下の鉱油系基油を使用することが望ましい。
【0020】
なお、上記全芳香族分とは、ASTM D2549に準拠して測定した芳香族留分(aromatic fraction)含有量を意味する。通常この芳香族留分には、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンの他、アントラセン、フェナントレン、これらのアルキル化物、ベンゼン環が四環以上縮合した化合物、及びピリジン類、キノリン類、フェノール類、ナフトール類等のヘテロ芳香族を有する化合物等が含まれる。
【0021】
また、鉱油系基油中の硫黄分は、特に制限はないが、1質量%以下であることが好ましく、0.7質量%以下であることがさらに好ましい。なお、(A)成分を使用することで十分な銀腐食抑制効果を発揮できるため、添加剤の溶解性や経済性により優れる鉱油系基油として、硫黄分が0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上の鉱油系基油を使用してもよい。また、より過酷な条件においても酸化安定性に優れ、長期使用においても鉱油の劣化に起因する成分による銀の腐食を抑制しうる点で、硫黄分が0.1質量%未満、より好ましくは0.05質量%以下、さらに好ましくは0.005質量%未満(50ppm未満)の鉱油系基油を使用することが望ましい。
【0022】
合成系基油としては、具体的には、ポリブテン又はその水素化物;1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、1−ドデセンオリゴマー等のポリα−オレフィン又はその水素化物;ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート等のジエステル;トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等のポリオールエステル;マレイン酸ジブチル等のジカルボン酸類と炭素数2〜30のα−オレフィンとの共重合体;アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、芳香族エステル等の芳香族系合成油又はこれらの混合物等が例示できる。
【0023】
なお、上記ポリα−オレフィン又はその水素化物は、より過酷な条件においても酸化安定性に優れ、長期使用においても基油の劣化に起因する成分による銀の腐食を抑制しうる点で、特に好ましく用いることができる。
【0024】
本発明では、潤滑油基油として、鉱油系基油、合成系基油又はこれらの中から選ばれる2種以上の潤滑油の任意混合物等が使用できる。例えば、1種以上の鉱油系基油、1種以上の合成系基油、1種以上の鉱油系基油と1種以上の合成系基油との混合油等を挙げることができる。
【0025】
潤滑油基油の動粘度は特に制限はないが、100℃での動粘度は、4mm/s以上50mm/s以下であることが好ましく、より好ましくは、4.5mm/s以上40mm/s以下、特に好ましくは5mm/s以上35mm/s以下である。ここでいう100℃における動粘度とは、JIS K2283に規定される100℃での動粘度を示す。潤滑油基油の100℃での動粘度が50mm/sを超える場合は、低温粘度特性が悪化し、一方、その動粘度が4mm/s未満の場合は、潤滑箇所での油膜形成が不十分であるため潤滑性に劣り、また潤滑油基油の蒸発損失が大きくなるため、それぞれ好ましくない。
【0026】
潤滑油基油の粘度指数は特に制限はないが、低温から高温まで優れた粘度特性が得られるようにその値は好ましくは80以上であり、より好ましくは90以上であり、さらに好ましくは95以上である。粘度指数の上限については特に制限はなく、水素化分解鉱油、ポリα−オレフィン系基油(例えば1−オクテン、1−デセン、1−ドデセン等のα−オレフィンのオリゴマー又はその水素化物)のような120〜160程度のもの、ノルマルパラフィン、スラックワックスやGTLワックス等、あるいはこれらを異性化したイソパラフィン系鉱油のような135〜180程度のものや、コンプレックスエステル系基油やHVI−PAO系基油のような150〜250程度のものも使用することができる。
【0027】
((A)金属系洗浄剤)
本発明の潤滑油組成物は、(A)成分として金属系清浄剤を含有する。金属系清浄剤としては、特に制限はなく、公知のアルカリ金属又はアルカリ土類金属スルホネート系清浄剤、アルカリ金属又はアルカリ土類金属フェネート系清浄剤、アルカリ金属又はアルカリ土類金属サリシレート系清浄剤、アルカリ金属又はアルカリ土類金属ナフテネート系清浄剤、アルカリ金属又はアルカリ土類金属ホスホネート系清浄剤及びこれらの2種以上の混合物(コンプレックスタイプも含む。)等が挙げられる。これらの中ではフェネート系又はサリチレート系清浄剤が好ましい。
【0028】
ここでいうアルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等が挙げられ、アルカリ土類金属としては、カルシウム、マグネシウム、バリウム等が挙げられ、このうちアルカリ土類金属であることが好ましく、カルシウム又はマグネシウムであることが特に好ましい。なお、これら金属系清浄剤の全塩基価及び添加量は要求される潤滑油の性能に応じて任意に選択することができる。
【0029】
なお、上記金属系清浄剤には、中性の金属系清浄剤だけでなく、(過)塩基性金属系清浄剤も含まれるが、本発明においては、炭酸カルシウム及び/又はホウ酸カルシウムを有する(過)塩基性金属系清浄剤であることが好ましい。
【0030】
金属系清浄剤の塩基価は、特に制限はないが、通常0mgKOH/g以上500mgKOH/g以下であることが好ましく、より好ましくは150mgKOH/g以上450mgKOH/g以下、特に好ましくは200mgKOH/g以上400mgKOH/g以下である。なお、ここでいう塩基価とは、JIS K2501「石油製品及び潤滑油−中和価試験法」の7.に準拠して測定される過塩素酸法による塩基価を意味する。
【0031】
本発明において、樹脂組成物に含まれる(A)金属系清浄剤の含有量に特に制限はないが、組成物全量基準で、金属換算量として、好ましくは0.12質量%以上2.0質量%以下、より好ましくは0.13質量%以上1.0質量%以下、さらに好ましくは0.14質量%以上0.8質量%以下、さらに好ましくは0.15質量%以上0.6質量%以下、最も好ましくは0.15質量%以上0.4質量%以下含まれる。金属換算量で0.12質量%未満の場合には銀含有材料の腐食摩耗防止性が不十分となる虞があり、金属換算量で2.0質量%を超える場合には高灰分による燃焼室堆積物増加や排出ガス処理装置への悪影響が生ずる虞がある。
【0032】
((B)成分)
本発明の潤滑油組成物は、(B)成分としてアルケニルコハク酸イミドおよび/またはホウ素含有アルケニルコハク酸イミドを含有する。
【0033】
アルケニルコハク酸イミドは、炭素数40〜400、好ましくは60〜350の直鎖若しくは分枝状のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するコハク酸イミド化合物である。アルキル基又はアルケニル基の炭素数が40未満の場合は化合物の潤滑油基油に対する溶解性が低下する虞があり、一方、アルキル基又はアルケニル基の炭素数が400を超える場合は、潤滑油組成物の低温流動性が悪化する虞がある。このアルキル基又はアルケニル基は、直鎖状でも分枝状でもよいが、好ましいものとしては、具体的には、プロピレン、1−ブテン、イソブチレン等のオレフィンのオリゴマーやエチレンとプロピレンのコオリゴマーから誘導される分枝状アルキル基や分枝状アルケニル基等が挙げられる。
【0034】
本発明におけるアルケニルコハク酸イミドとしては、イミド化に際してポリアミンの一端に無水コハク酸が付加した下記式(1)で示されるモノタイプコハク酸イミド及び/又はポリアミンの両端に無水コハク酸が付加した下記式(2)で表されるビスタイプコハク酸イミドを挙げることができるが、高温清浄性の点からはビスタイプコハク酸イミドが好ましい。
【0035】
【化1】

【0036】
【化2】

【0037】
ここで、上記式(1)及び式(2)中、R、R及びRは、それぞれ独立に炭素数40〜400、好ましくは炭素数60〜350の、直鎖若しくは分枝状のアルキル基又はアルケニル基を示す。aは1〜10、好ましくは2〜5の整数、bは1〜10、好ましくは2〜5の整数を示す。
【0038】
上記アルケニルコハク酸イミドの製法は特に制限はなく、例えば、炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を有する化合物を、無水マレイン酸と100〜200℃で反応させて得たアルキルコハク酸又はアルケニルコハク酸をポリアミンと反応させることにより得られる。
【0039】
ポリアミンとしては、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミンが例示できる。
【0040】
ホウ素含有アルケニルコハク酸イミドは、上記式(1)及び式(2)で示されるアルケニルコハク酸イミドに、ホウ酸、ホウ酸塩又はホウ酸エステル等のホウ素化合物を作用させることにより得ることができる。ホウ酸としては、例えば、オルトホウ酸、メタホウ酸又はテトラホウ酸が挙げられる。
【0041】
本発明におけるアルケニルコハク酸イミドとしては、ホウ素を含有しているもの、含有しないものいずれでも使用することができるが、耐焼付き性の点からはホウ素を含有するアルケニルコハク酸イミドが好ましく、スラッジ分散性、高温清浄性能の維持性及び経済性の点からは、ホウ素を含有しないアルケニルコハク酸イミドが好ましい。
【0042】
本発明において、アルケニルコハク酸イミド及び/又はホウ素含有アルケニルコハク酸イミドを配合する場合の含有量は、組成物全量基準で、ホウ素量として0質量%以上0.03質量%以下、その上限が、好ましくは0.025質量%以下、より好ましくは0.024質量%以下、さらに好ましくは0.023質量%以下である。また、窒素量として0.005質量%以上0.12質量%以下、好ましくは0.01質量%以上0.11質量%以下、より好ましくは0.02質量%以上0.10質量%以下である。また、ホウ素量(B)と窒素量(N)との質量比(B/N比)は0以上0.55以下、その上限が好ましくは0.50以下、より好ましくは0.45以下である。ホウ素量が0.03質量%を超える場合又はB/N比が0.55を超える場合には、銀含有材料の腐食摩耗防止性が不十分となる虞がある。
【0043】
また前記(A)金属系清浄剤に起因する金属量(M)と前記(B)アルケニルコハク酸イミドに起因する窒素(N)との質量比(M/N)は1.6以上であることが好ましく、より好ましくは2.0以上、更に好ましくは2.4以上である。M/N比が1.6未満の場合には銀含有材料の腐食摩耗防止性が不十分となる虞がある。
【0044】
((C)成分)
本発明の潤滑油組成物は、(C)成分としてジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有する。
【0045】
本発明におけるジアルキルジチオリン酸亜鉛としては、下記の一般式(3)で表されるものが例示できる。
【0046】
【化3】

【0047】
式中R、R、R及びRはそれぞれ個別に、炭素数1〜24の炭化水素基を示すが、これら炭素数1〜24の炭化水素基としては、炭素数1〜24の直鎖状又は分枝状のアルキル基、炭素数3〜24の直鎖状又は分枝状のアルケニル基、炭素数5〜13のシクロアルキル基又は直鎖状若しくは分枝状アルキルシクロアルキル基、炭素数6〜18のアリール基又は直鎖状若しくは分枝状アルキルアリール基、炭素数7〜19のアリールアルキル基等のいずれかであることが好ましい。またアルキル基やアルケニル基としては第1級でも、第2級でも、第3級であってもよい。
【0048】
、R、R及びRがとり得る前記炭化水素基の中でも、その炭化水素基が、直鎖状又は分枝状の炭素数1〜18のアルキル基である場合若しくは炭素数6〜18のアリール基又は直鎖状若しくは分枝状アルキルアリール基である場合が特に好ましい。
【0049】
ジアルキルジチオリン酸亜鉛の製造方法としては任意の従来方法が採用可能であって、特に制限されないが、具体的には例えば、前記R、R、R及びR、に対応する炭化水素基を持つアルコール又はフェノールを五硫化二りんと反応させてジチオリン酸をつくり、これを酸化亜鉛で中和させることにより合成することができる。ジアルキルジチオリン酸亜鉛の構造は、使用する原料アルコールによって異なるものである。
【0050】
本発明の潤滑油組成物におけるジアルキルジチオリン酸亜鉛の含有量は、リン量として0.005質量%以上0.10質量%以下、好ましくは0.01質量%以上0.098質量%以下、より好ましくは0.02質量%以上0.095質量%以下である。リン量が下限値0.005質量%未満の場合には摩耗防止性、酸化防止性が不十分となる虞があり、上限値0.10質量%を超える場合には、銀含有材料の腐食摩耗防止性が不十分となる虞がある。
【0051】
本発明の潤滑油組成物は、上記構成とすることにより、銀含有材料の腐食防止性に優れるため、銀含有材料と接触する潤滑油として、銀含有材料を有する機械や装置、特に内燃機関に用いた場合に、銀含有材料の腐食や腐食摩耗、溶出等を防止することができる。但し、さらにその性能を向上させるために、又は、その他の目的に応じて、本発明の潤滑油組成物には、潤滑油に一般的に使用されている任意の添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、酸化防止剤、摩耗防止剤(又は極圧剤)、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤、金属不活性化剤、消泡剤、及び着色剤等の添加剤を挙げることができる。
【0052】
酸化防止剤としては、フェノール系、芳香族アミン系等の無灰酸化防止剤あるいは金属系酸化防止剤が挙げられる。これらの中ではフェノール系または芳香族アミン系酸化防止剤が好ましく、特にビスフェノール系あるいはエステル結合を有するフェノール系酸化防止剤が好ましく、オクチル−3−(3,5−ジターシャリーブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネートやオクチル−3−(3−メチル−5−ターシャリーブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート等の3,5−ジアルキル−4−ヒドロキシフェニル置換脂肪酸エステル類(アルキル基は、1つがターシャリーブチル基であり、残りがメチル基又はターシャリーブチル基)が好ましい。
【0053】
本発明の潤滑油組成物において、これらの酸化防止剤を使用する場合、その含有量は、組成物全量基準で、通常0.1質量%以上5質量%以下、好ましくは0.5質量%以上2質量%以下である。
【0054】
摩耗防止剤(又は極圧剤)としては、潤滑油に用いられる任意の摩耗防止剤が使用できる。例えば、硫黄系、リン系、硫黄−リン系の極圧剤等が使用でき、具体的には、亜リン酸エステル類、チオ亜リン酸エステル類、ジチオ亜リン酸エステル類、トリチオ亜リン酸エステル類、リン酸エステル類、チオリン酸エステル類、ジチオリン酸エステル類、トリチオリン酸エステル類、これらのアミン塩、これらの金属塩、これらの誘導体、ジチオカーバメート、ジサルファイド類、ポリサルファイド類、硫化オレフィン類、硫化油脂類等が挙げられる。
【0055】
本発明の潤滑油組成物において、これらの摩耗防止剤(又は極圧剤)を使用する場合、その含有量は、特に制限はないが、組成物全量基準で、通常0.01質量%以上5質量%以下である。
【0056】
摩擦調整剤としては、脂肪酸エステル系、脂肪族アミン系、脂肪酸アミド系等の無灰摩擦調整剤、モリブデンジチオカーバメート、モリブデンジチオホスフェート等の金属系摩擦調整剤等が挙げられる。これらの含有量は、組成物全量基準で、通常0.01質量%以上5質量%以下である。
【0057】
粘度指数向上剤としては、ポリメタクリレート系粘度指数向上剤、オレフィン共重合体系粘度指数向上剤、スチレン−ジエン共重合体系粘度指数向上剤、スチレン−無水マレイン酸エステル共重合体系粘度指数向上剤又はポリアルキルスチレン系粘度指数向上剤等が挙げられる。これら粘度指数向上剤の重量平均分子量は、通常800以上1,000,000以下、好ましくは100,000以上900,000以下である。また、粘度指数向上剤の含有量は、組成物全量基準で通常0.1質量%以上20質量%以下である。
【0058】
腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、トリルトリアゾール系、チアジアゾール系、又はイミダゾール系化合物等が挙げられる。
【0059】
防錆剤としては、例えば、石油スルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、アルケニルコハク酸エステル、又は多価アルコールエステル等が挙げられる。
【0060】
抗乳化剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、又はポリオキシエチレンアルキルナフチルエーテル等のポリアルキレングリコール系非イオン系界面活性剤等が挙げられる。
【0061】
金属不活性化剤としては、例えば、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、アルキルチアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾール又はその誘導体、1,3,4−チアジアゾールポリスルフィド、1,3,4−チアジアゾリル−2,5−ビスジアルキルジチオカーバメート、2−(アルキルジチオ)ベンゾイミダゾール、又はβ−(o−カルボキシベンジルチオ)プロピオンニトリル等が挙げられる。
【0062】
消泡剤としては、例えば、シリコーンオイル、アルケニルコハク酸誘導体、ポリヒドロキシ脂肪族アルコールと長鎖脂肪酸のエステル、メチルサリシレートとo−ヒドロキシベンジルアルコール、アルミニウムステアレート、オレイン酸カリウム、N−ジアルキル−アリルアミンニトロアミノアルカノール、イソアミルオクチルホスフェートの芳香族アミン塩、アルキルアルキレンジホスフェート、チオエーテルの金属誘導体、ジスルフィドの金属誘導体、脂肪族炭化水素のフッ素化合物、トリエチルシラン、ジクロロシラン、アルキルフェニルポリエチレングリコールエーテルスルフィド、フルオロアルキルエーテル等が挙げられる。
【0063】
これらの添加剤を本発明の潤滑油組成物に含有させる場合には、その含有量は組成物全量基準で、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤ではそれぞれ通常0.005質量%以上5質量%以下、金属不活性化剤では通常0.005質量%以上1質量%以下、消泡剤では通常0.0005質量%以上1質量%以下の範囲から選ばれる。
【0064】
上記構成成分を含有する本発明の潤滑油組成物の100℃における動粘度は、5.6mm/s以上21.3mm/s以下であり、好ましくは5.6mm/s以上16.3mm/s以下である。
【0065】
(銀含有材料)
本発明の潤滑油組成物は、銀の腐食を抑制することができるため、銀含有材料と接触する潤滑油として好適に使用することができる。銀含有材料としては、本発明の潤滑油組成物と接触する金属表面に銀が存在する限りにおいて何ら制限はなく、銀だけでなく、銀合金、あるいは、銀メッキ等、銀又は銀合金を各種金属基材表面に被覆した材料が挙げられる。また、銀含有材料には、その表面に非銀含有材料が被覆されていても、使用過程においてその被覆面が摩耗して当該銀含有材料が露出し、本発明の潤滑油組成物と接触する可能性がある場合も含まれる。また、銀含有材料には、摺動部に用いられる銀含有材料だけでなく、摺動部以外の、潤滑油組成物と接触する銀含有材料も含まれる。
【0066】
銀合金としては、例えば、銀−スズ合金、銀−銅合金、銀−スズ−銅合金、銀−アルミニウム合金、銀−アルミニウム−珪素合金、銀−アルミニウム−スズ合金、銀−アルミニウム−銅合金、銀−アルミニウム−珪素−スズ合金、銀−アルミニウム−珪素−銅合金、銀−アルミニウム−スズ−銅合金、銀−アルミニウム−珪素−スズ−銅合金等が挙げられ、これら銀含有材料としては、銀含有量が、好ましくは、1質量%以上、より好ましくは2質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上、さらに好ましくは10質量%以上含まれる材料であることが好ましい。
【0067】
具体的な銀含有材料としては、銀を50質量%以上95質量%以下、好ましくは60質量%以上90質量%以下含有する銀−スズ含有合金、銀を5質量%以上50質量%以下、好ましくは10質量%以上30質量%以下含有する銀−銅含有合金、銀を1質量%以上10質量%以下、好ましくは2質量%以上5質量%以下含有する銀−アルミニウム含有合金等が挙げられる。金属表面の銀含有量が多いほど、銀腐食摩耗が発生しやすいため、本発明の潤滑油組成物は有用である。
【0068】
また、本発明の潤滑油組成物は、銀含有材料あるいは銀メッキ材料だけでなく、鉛、銅などの材料に対する腐食又は腐食摩耗防止性にも優れているので、様々な銀含有材料に対して有用であるのみならず、銀含有材料と、鉛含有材料あるいは銅含有材料とが別々に潤滑油と接触する機械や装置に対しても有用である。
【0069】
本発明の潤滑油組成物は、それが接触する銀含有材料が腐食するのを抑制することから、潤滑油として使用した場合に、銀含有材料及び銀含有材料を有する機械や装置を保護することができる。また、潤滑油組成物中にジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有しているので、摩耗防止性、酸化防止性を維持しつつ、銀の硫化腐食を抑制できる。そのため、各種内燃機関用の潤滑油、特にディーゼルエンジン用、鉄道車両用ディーゼルエンジン用、自動車用ガソリンエンジン用、4サイクル二輪車エンジン用の潤滑油として、好適に使用することができる。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の内容を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0071】
(実施例1〜9、比較例1〜5)
3種の基油に、添加剤(A)、(B)、及び(C)成分を配合して、表1に示す組成を有する潤滑油組成物を調製した(実施例1〜9、比較例1〜5)。各添加剤の添加量は組成物全量基準である。
【0072】
得られた組成物について、JIS K 2514(内燃機関用潤滑油酸化安定度試験)に準拠して、以下に示す条件で各試験油について酸化安定度試験を行い、銀の試験油中への溶出量を測定した。得られた結果も併せて表1に示す。
試験片:銀メッキ片(0.5mm×30mm×30mm)
試験温度:150℃
試験時間:90h
試験油量:250g
【0073】
【表1】

【0074】
表1の結果から明らかなとおり、本発明にかかる潤滑油組成物(実施例1〜9)は、酸化安定度試験後の試験油中への銀溶出量が少なかった。一方、金属系清浄剤を含有しない場合(比較例3)、金属系清浄剤添加量が下限値以下の場合(比較例1)、ホウ素含量が多すぎる場合(比較例2、比較例5)、窒素含量が多すぎる場合(比較例4)は、酸化安定度試験後の試験油中への銀溶出量が多く、銀含有材料に対する腐食防止性が劣ることがわかった。
【0075】
以上、現時点において、最も実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う潤滑油組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油系基油及び/又は合成系基油からなる潤滑油基油、(A)金属系清浄剤、(B)1種又は2種以上のアルケニルコハク酸イミド及び/又はホウ素含有アルケニルコハク酸イミド、並びに、(C)ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有してなる、潤滑油組成物であって、
該潤滑油組成物全量基準で、
(A)成分を、金属量として0.12質量%以上2.0質量%以下、
(B)成分を、ホウ素量として0質量%以上0.03質量%以下、窒素量として0.005質量%以上0.12質量%以下で、かつ、前記ホウ素量(B)と前記窒素量(N)との質量比(B/N)が0以上0.55以下となる量、
(C)成分を、リン量として0.005質量%以上0.10質量%以下、
含有している、銀含有材料と接触する潤滑油組成物。
【請求項2】
前記(A)成分に起因する金属量(M)と前記(B)成分に起因する窒素量(N)との質量比(M/N)が1.6以上である、請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
前記(A)成分が、アルカリ金属フェネート、アルカリ土類金属フェネート、アルカリ金属サリシレート、または、アルカリ土類金属サリシレートのいずれかである、請求項1または2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
前記潤滑油基油の硫黄分が50ppm未満である、請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
潤滑油として請求項1〜4のいずれかに記載の潤滑油組成物を銀含有材料に接触させる工程を備えた、潤滑油と接触する銀含有材料の保護方法。

【公開番号】特開2010−53303(P2010−53303A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−222280(P2008−222280)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】