説明

銅合金、伸銅品、電子部品及びコネクタ

【課題】優れた強度及び曲げ加工性を有する銅合金、伸銅品、電子部品及びコネクタを提供する。
【解決手段】Tiを2.0〜4.0質量%、第3元素としてMn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0〜0.5質量%含有し、残部銅及び不可避的不純物からなる銅合金であって、電子部品用銅合金の母相中のチタン濃度を、走査型透過電子顕微鏡を用いて観察した結果、銅合金の圧延方向に平行な断面の母相中のTi濃度の振幅をY(wt%)、前記電子部品用銅合金中のTi濃度をX(wt%)とした場合に、0.83X−0.65<Y<0.83X+0.50の関係を満たす銅合金である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電子部品用部材に好適なチタンを含む銅合金、この銅合金を用いた伸銅品、この銅合金を用いて作成した電子部品及びコネクタに関する。
【背景技術】
【0002】
近年では携帯端末などに代表される電子機器の小型化が益々進み、従ってそれに使用されるコネクタは狭ピッチ化及び低背化の傾向が著しい。小型のコネクタほどピン幅が狭く、小さく折り畳んだ加工形状となるため、使用する素材には、必要なバネ性を得るための高い強度と過酷な曲げ加工に耐え得る、優れた曲げ加工性が求められる。この点、チタンを含有する銅合金(以下、「チタン銅」と称する。)は、比較的強度が高く、応力緩和特性にあっては銅合金中最も優れているため、素材強度が要求される信号系端子用素材として古くから使用されてきた。
【0003】
チタン銅は時効硬化型の銅合金である。具体的には、溶体化処理によって溶質原子であるTiの過飽和固溶体を形成させ、その状態から低温で比較的長時間の熱処理を施すと、スピノーダル分解によって、母相中にTi濃度の周期的変動である変調構造が発達し、強度が向上する。かかる強化機構を基本としてチタン銅の更なる特性向上を目指して種々の手法が研究されている。
【0004】
この際、問題となるのは、強度と曲げ加工性が相反する特性である点である。すなわち、強度を向上させると曲げ加工性が損なわれ、逆に、曲げ加工性を重視すると所望の強度が得られないということである。
【0005】
そこで、Fe、Co、Ni、Siなどの第3元素を添加する(特許文献1)、母相中に固溶する不純物元素群の濃度を規制し、これらを第二相粒子(Cu−Ti−X系粒子)として所定の分布形態で析出させて変調構造の規則性を高くする(特許文献2)、結晶粒を微細化させるのに有効な微量添加元素と第二相粒子の密度を規定する(特許文献3)、結晶粒を微細化する(特許文献4)などの観点から、チタン銅の強度と曲げ加工性の両立を図ろうとする研究開発が従来なされてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−231985号公報
【特許文献2】特開2004−176163号公報
【特許文献3】特開2005−97638号公報
【特許文献4】特開2006−283142号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、チタン銅は、インゴットの溶解鋳造→均質化焼鈍→熱間圧延→(焼鈍及び冷間圧延の繰り返し)→最終溶体化処理→冷間圧延→時効処理の順序によって製造することが一般的であり、この工程を基本として特性の改善を図ってきた。
【0008】
しかしながら、より優れた特性をもつチタン銅を得る上では、更なる改善の余地が残されている。そこで、本発明は、従来とは異なる観点からチタン銅の特性改善を試みることにより、優れた強度及び曲げ加工性を有する銅合金、伸銅品、電子部品及びコネクタを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来のチタン銅の製造方法は、最終の溶体化処理によってチタンを母相に十分に固溶させた後、冷間圧延を行って強度を一定程度上昇させ、最後に時効処理でスピノーダル分解を起こして高強度チタン銅を得るというものであった。そのため、せっかく固溶したチタンの安定相が析出しかねない熱処理を冷間圧延前に実施することは考えられなかった。
【0010】
しかしながら、本発明者らは鋭意検討の結果、チタンの準安定相又は安定相が生成しないか又は一部生成する程度の適切な熱処理により冷間圧延前に予め一定程度スピノーダル分解を起こしておくと、その後に冷間圧延及び時効処理を行って最終的に得られるチタン銅の強度が有意に向上することを見出した。即ち、従来のチタン銅がスピノーダル分解を起こす熱処理工程を時効処理の1段階で行っていたのに対し、本発明のチタン銅の製造方法では、冷間圧延を挟んでスピノーダル分解を2段階で起こす点で大きく異なる。更に、熱処理工程を追加した上で最終の時効処理を従来に比べて低温側で行うことで、強度及び曲げ加工性のバランスが飛躍的に向上したチタン銅が得られることも分かった。
【0011】
上記製造工程を採用することにより、チタン銅の特性が向上した理由は十分解明されていない。理論によって本発明が限定されることを意図するものではないが、本発明者らは以下のように推測してきた。即ち、チタン銅では、時効処理においてチタンの変調構造が発達していくにつれ、チタンの濃度変化の振幅(濃淡)が大きくなっていくが、一定の振幅にまで達すると、ゆらぎに耐えられなくなった頂点付近のチタンがより安定なβ’相、更にはβ相へと変化する。即ち、溶体化処理によって母相に固溶したチタンは、その後に熱処理を加えることで、チタン濃度の周期的変動である変調構造が徐々に変化していき、これが準安定相であるβ’相へ変化し、最終的には安定相であるβ相へと変化するのである。ところが、最終溶体化処理後、冷間圧延前に、予めスピノーダル分解を起こすことのできる熱処理を施すと、時効処理時に、通常ではβ’相が析出するはずの振幅に達してもβ’相が析出しにくくなり、より大きな振幅を有する変調構造にまで成長したと考えられる。そして、このようなゆらぎの大きな変調構造が、チタン銅に粘りを与えたと考えられる。
【0012】
更に本発明者らはその原因を詳しく調査するために、本発明に係るチタン銅を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて観察したところ、母相中のチタン濃度の振幅の大きさに特徴点を見出した。
【0013】
上記知見に基づいて完成した本発明は一側面において、Tiを2.0〜4.0質量%、第3元素としてMn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0〜0.5質量%含有し、残部銅及び不可避的不純物からなる銅合金であって、銅合金の銅合金の圧延方向に平行な断面の母相中のチタン濃度を走査型透過電子顕微鏡を用いて線分析した結果、銅合金のTi濃度をX(wt%)、母相中のTi濃度の振幅をY(wt%)とした場合に、0.83X−0.65<Y<0.83X+0.50の関係を満たす銅合金である。
【0014】
本発明に係る銅合金は一実施態様において、母相中のチタン濃度の波長が21nm以上である。
【0015】
本発明は別の一側面において、上記銅合金を用いた伸銅品である。
【0016】
本発明は別の一側面において、上記銅合金を用いて作製した電子部品である。
【0017】
本発明は別の一側面において、上記銅合金を用いて作製したコネクタである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた強度及び曲げ加工性を有する銅合金、伸銅品、電子部品及びコネクタを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明の実施の形態に係るチタン銅の母相中のチタン濃度(wt%)の周期変動の測定結果の一例を示す。
【図2】図2は、本発明の実施の形態に係るチタン銅に含まれるチタン濃度と母相の振幅との関係を表すグラフである。
【図3】図3は、本発明の実施の形態に係るチタン銅の0.2%耐力(YS)と曲げ加工性(MBR/t)の関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<Ti含有量>
Tiが2質量%未満ではチタン銅本来の変調構造の形成による強化機構を充分に得ることができないことから十分な強度が得られず、逆に4質量%を超えると粗大なTiCu3が析出し易くなり、強度及び曲げ加工性が劣化する傾向にある。従って、本発明に係る銅合金中のTiの含有量は2.0〜4.0質量%であり、好ましくは2.7〜3.5質量%である。このようにTiの含有量を適正化することで、電子部品用に適した強度及び曲げ加工性を共に実現することができる。
【0021】
<第3元素>
第3元素は結晶粒の微細化に寄与するため、所定の第3元素を添加することができる。具体的には、Tiが十分に固溶する高い温度で溶体化処理をしても結晶粒が容易に微細化し、強度が向上しやすい。また、第3元素は変調構造の形成を促進する。更に、TiCu3の析出を抑制する効果もある。そのため、チタン銅本来の時効硬化能が得られるようになる。
【0022】
チタン銅において上記効果が最も高いのがFeである。そして、Mn、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPにおいてもFeに準じた効果が期待でき、単独の添加でも効果が見られるが、2種以上を複合添加してもよい。
【0023】
これらの元素は、合計で0.05質量%以上含有するとその効果が現れだすが、合計で0.5質量%を超えるとTiの固溶限を狭くして粗大な第二相粒子を析出し易くなり、強度は若干向上するが曲げ加工性が劣化する。同時に、粗大な第二相粒子は、曲げ部の肌荒れを助長し、プレス加工での金型磨耗を促進させる。従って、第3元素群としてMn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0〜0.5質量%含有することができ、合計で0.05〜0.5質量%含有するのが好ましい。
【0024】
これら第3元素のより好ましい範囲は、Feにおいて0.17〜0.23質量%であり、Co、Mg、Ni、Cr、Si、V、Nb、Mn、Moにおいて0.15〜0.25質量%、Zr、B、Pにおいて0.05〜0.1質量%である。
【0025】
<振幅及び波長の関係>
図1に、本実施形態に係るチタン銅の母相中のチタン濃度(wt%)の周期変動の測定結果の一例を示す。分析は、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いてエネルギー分散型X線(EDX)による分析(STEM−EDX分析)を用いた例を示す。図1に示すように、STEM−EDX分析によりチタン銅の母相を線分析すると、チタン濃度が周期的に変化していることが観察できる。なお、図1に示す平均線は、線分析により測定した各測定箇所でのチタン濃度の合計値を測定箇所数で割った値(平均値)を表す。更に、図1に示すデータから、チタン濃度の波長Z、振幅Y、チタン濃度の最大値(Ti−MAX)(wt%)、最小値(Ti−MIN)(wt%)を測定する。ここで、波長Zは測定データの測定距離を周期数で割った値、振幅Yは1周期内の最大値から1周期内の最小値を引いた値の周期毎の合計を周期数で割った値、Ti−MAXは測定距離範囲内の最大値、Ti−Minは測定距離範囲内の最小値である。得られた値を、従来方法(最終溶体化処理→冷間圧延→時効処理)を用いて製造されたチタン銅に比較したところ、本実施形態に係るチタン銅は、従来方法によるチタン銅に比べて、振幅が大きくなり、波長が長くなる傾向にあることが分かった。測定結果の一例を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
これは、従来のチタン銅は、チタンの変調構造が発達するにつれてチタン濃度変化の振幅が大きくなり、一定の振幅にまで達すると、揺らぎに耐えられなくなった図1のグラフの頂点付近のチタンがより安定なβ’相更にはβ相へと変化することにより、振幅Yの大きさが小さくなったものと考えられる。また、表1の実施例の強度(YS)は1054MPa、比較例の強度は933MPa、表1の実施例の曲げ性(MBR/t)は1.5、比較例の曲げ性は1.0であり、実施例が比較例に比べて強度及び曲げ性のバランスに優れていたことから、本実施形態に係るチタン銅によれば、最終の溶体化処理後、冷間圧延前に予め熱処理をしておくことで、通常はβ’相が析出するはずの振幅に達してもβ’相が析出せず、より大きな振幅Yを有する変調構造にまで発達し、これがチタン銅に粘りを与え、曲げ性及び強度の向上に繋がったものと考えられる。
【0028】
チタン濃度の振幅Yは、チタン銅中のチタン濃度Xが高くなるにつれて大きくなる傾向にあるが、本実施形態に係るチタン銅は、銅合金に添加したTi量(Ti濃度X)と振幅Yとの間に更に一定の関係性を有することが分かった。チタン濃度Xと振幅Yの関係の一例を表すグラフを図2に示す。即ち、本実施形態に係るチタン銅は、チタン銅の圧延方向に平行な断面の母相中のチタン濃度を走査型透過電子顕微鏡を用いて線分析した結果、銅合金中のTi濃度をX(wt%)、母相中のTi濃度の振幅をY(wt%)とした場合に0.83X−0.65<Y<0.83X+0.50の関係を満たすことができ、より好ましくは0.83X−0.45<Y<0.83X+0.30、更に好ましくは0.83X−0.25<Y<0.83X+0.10の関係を満たす。チタン濃度Xと振幅Yとが上記範囲を満たさない場合は、曲げ性が劣化するか、又はスピノーダル分解の発達が不十分のために強度が不足する場合がある(図3参照)。なお、本実施形態では、析出物検出による誤差をなくすために、析出が存在しない任意の母材表面を一定の間隔毎に断続的にEDX線分析した結果を評価することとする。
【0029】
強度と曲げ性のバランスを考慮すると、チタン銅は、波長が短く振幅が長いものが好ましい。しかし、溶体化後の熱処理によってスピノーダル分解を発達させるとチタンの濃淡がより明確になることで振幅は長くなり、それに伴い波長も長くなってしまう。波長が短すぎるとスピノーダル分解による変調構造の発達が不十分であるため強度が不足し、反対に波長が長すぎるとゆらぎに耐えられなくなった一部の安定相が析出・成長し曲げ性が劣化する場合がある。本実施形態に係るチタン銅は、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いてエネルギー分散型X線(EDX)による分析(STEM−EDX分析)を用いて線分析した場合に、圧延方向に平行な断面の母相中のチタン濃度の波長Zが21nm以上であるのが好ましく、より好ましくは21〜31nm、更に好ましくは21〜28nmである。
【0030】
<用途>
本実施形態に係る銅合金は種々の伸銅品、例えば板、条、箔、管、棒及び線として提供されることができる。本実施形態に係る銅合金を加工することにより、例えばスイッチ、コネクタ、ジャック、端子、リレー等の電子部品が得られる。
【0031】
<製造方法>
本実施形態に係る銅合金は、先述した特許文献1〜4に記載されているような公知のチタン銅の製造方法に所定の改変を加えることで製造可能である。すなわち、最終溶体化処理の後、冷間圧延前に予めスピノーダル分解を起こすことのできる適切な熱処理を行うことである。
【0032】
従来のチタン銅の製造方法は、最終の溶体化処理によってチタンを母相に十分に固溶させた後、冷間圧延を行って強度を一定程度上昇させ、最後に時効処理でスピノーダル分解を起こして高強度チタン銅を得るものである。ここでは、最後の時効処理が重要で、最終の溶体化処理によってチタン銅を母相に十分に固溶させ、時効処理において適正な温度と時間で最大限のスピノーダル分解を起こさせることがポイントとなっていた。温度が低く時間が短くなりすぎると、時効処理においてスピノーダル分解によって生じる変調構造の発達が不十分となりやすく、温度を高く、時間を長くすることでスピノーダル分解によって生じる変調構造の成長により適度な曲げ加工性を維持しつつ、強度が上昇していく。しかしながら、材料の温度が高く、時間が長くなりすぎると、強度にそれほど寄与しないβ’相や曲げ加工性を悪化させるβ相の析出がしやすくなり、強度上昇が見られないまま、あるいは強度が減少しつつ、曲げ加工性が悪化する。
【0033】
一方、本発明では、最終の溶体化処理に熱処理(亜時効処理)を入れ、予めスピノーダル分解を起こし、その後に、従来レベルの冷間圧延、従来レベルの時効処理あるいはそれより低温・短時間の時効処理を行うことでチタン銅の高強度化を図る。
【0034】
溶体化処理後のチタン銅を熱処理すると、スピノーダル分解の進行に伴い導電率が上昇するので、本発明では、適切な熱処理の度合いを熱処理の前後での導電率の変化を指標として規定することとした。本発明者らの研究によれば、ここでの熱処理は、処理後のチタン銅の硬さが最大硬さになるような、いわゆるピーク時効に近い時効処理を行うのではなく、導電率を0.5〜8%IACS、好ましくは1〜4%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましい。即ち、ピーク硬度に対して90%よりも小さくなるような熱処理を行うのが好ましい。このような導電率の上昇に対応する具体的な熱処理条件は、材料温度300℃以上700℃未満として0.001〜12時間加熱する条件である。
【0035】
より具体的には、本実施形態に係る熱処理は、チタン濃度(質量%)を[Ti]とした場合に、導電率の上昇値C(%IACS)が以下の関係式(1)を満たすことができる。
0.5≦C≦(−0.50 [Ti]2−0.50[Ti]+14)・・・(1)
上記(1)式に従えば、例えば、Ti濃度2.0質量%の場合は、導電率を0.5〜11%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましく、Ti濃度3.0質量%の場合は、導電率を0.5〜8%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましく、Ti濃度4.0質量%の場合は、導電率を0.5〜4%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましい。
【0036】
より好ましくは、本実施形態に係る熱処理は、チタン濃度(質量%)を[Ti]とした場合に、導電率の上昇値C(%IACS)が以下の関係式(2)を満たすことである。
1.0≦C≦(0.25 [Ti]2−3.75[Ti]+13)・・・(2)
上記(2)式に従えば、例えば、Ti濃度2.0質量%の場合は、導電率を1.0〜6.5%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましく、Ti濃度3.0質量%の場合は、導電率を1.0〜4%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましく、Ti濃度4.0質量%の場合は、導電率を1.0〜2%IACS上昇させるような条件で行うのが望ましい。
【0037】
なお、最終の溶体化処理後の熱処理に銅合金の硬度がピークとなる時効を行った場合、導電率の差は、例えばTi濃度2.0質量%で13%IACS、Ti濃度3.0%で10%IACS、Ti濃度4.0%で5%IACS程度上昇することになる。即ち、本実施形態に係る最終溶体化処理後の熱処理は、硬度がピークとなる時効よりも、銅合金に与える熱量が非常に小さい。
【0038】
熱処理は以下の何れかの条件で行うのが好ましい。
・材料温度300℃以上400℃未満として0.5〜3時間加熱
・材料温度400℃以上500℃未満として0.01〜0.5時間加熱
・材料温度500℃以上600℃未満として0.001〜0.01時間加熱
・材料温度600℃以上700℃未満として0.001〜0.005時間加熱
【0039】
また、熱処理は以下の何れかの条件で行うのがより好ましい。
・材料温度350℃以上400℃未満として1〜3時間加熱
・材料温度400℃以上450℃未満として0.2〜0.5時間加熱
・材料温度500℃以上550℃未満として0.005〜0.01時間加熱
・材料温度550℃以上600℃未満として0.001〜0.005時間加熱
・材料温度600℃以上650℃未満として0.0025〜0.005時間加熱
【0040】
以下、工程毎に好ましい実施形態を説明する。
1)インゴット製造工程
溶解及び鋳造によるインゴットの製造は、基本的に真空中又は不活性ガス雰囲気中で行う。溶解において添加元素の溶け残りがあると、強度の向上に対して有効に作用しない。よって、溶け残りをなくすため、FeやCr等の高融点の添加元素は、添加してから十分に攪拌したうで、一定時間保持する必要がある。一方、TiはCu中に比較的溶け易いので第3元素群の溶解後に添加すればよい。従って、Cuに、Mn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Nb、Mo、Zr、Si、B及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0〜0.50質量%含有するように添加し、次いでTiを2.0〜4.0質量%含有するように添加してインゴットを製造する。
【0041】
2)均質化焼鈍及び熱間圧延
ここでは凝固偏析や鋳造中に発生した晶出物をできるだけ無くすことが望ましい。後の溶体化処理において、第二相粒子の析出を微細かつ均一に分散させる為であり、混粒の防止にも効果があるからである。インゴット製造工程後には、900〜970℃に加熱して3〜24時間均質化焼鈍を行った後に、熱間圧延を実施するのが好ましい。液体金属脆性を防止するために、熱延前及び熱延中は960℃以下とするのが好ましい。
【0042】
3)第一溶体化処理
その後、冷延と焼鈍を適宜繰り返してから溶体化処理を行うのが好ましい。ここで予め溶体化を行っておく理由は、最終の溶体化処理での負担を軽減させるためである。すなわち、最終の溶体化処理では、第二相粒子を固溶させるための熱処理ではなく、既に溶体化されてあるのだから、その状態を維持しつつ再結晶のみ起こさせればよいので、軽めの熱処理で済む。具体的には、第一溶体化処理は加熱温度を850〜900℃とし、2〜10分間行えばよい。そのときの昇温速度及び冷却速度においても極力速くし、第二相粒子が析出しないようにするのが好ましい。
【0043】
4)中間圧延
最終の溶体化処理前の中間圧延における加工度を高くするほど、最終の溶体化処理における第二相粒子が均一かつ微細に析出する。但し、加工度をあまり高くして最終の溶体化処理を行うと、再結晶集合組織が発達して、塑性異方性が生じ、プレス整形性を害することがある。従って、中間圧延の加工度は好ましくは70〜99%ある。加工度は{(圧延前の厚み−圧延後の厚み)/圧延前の厚み)×100%}で定義される。
【0044】
5)最終の溶体化処理
最終溶体化処理前の銅合金素材中には鋳造又中間圧延過程で生成された析出物が存在する。この析出物は、曲げ性及び時効後の機械的特性増加を妨げる場合があるため、最終の溶体化処理では、銅合金素材中の析出物を完全に固溶させる温度に銅合金素材を加熱することが望ましい。しかしながら、析出物を完全に無くすまで高温に加熱すると、析出物による粒界のピン止め効果が無くなり、結晶粒が急激に粗大化する。結晶粒が急激に粗大化すると強度が低下する傾向にある。
【0045】
このため、加熱温度としては、溶体化前の銅合金素材が、第二相粒子組成の固溶限付近の温度になるまで加熱することが好ましい。Tiの添加量が2.0〜4.0質量%の範囲でTiの固溶限が添加量と等しくなる温度(本発明では「固溶限温度」という。)は550〜1000℃程度であり、例えばTiの添加量が3.0質量%では800℃程度である。限定的ではないが、溶体化前の銅合金素材が、550〜1000℃のTiの固溶限温度、より典型的には550〜1000℃のTiの固溶限温度に比べて0〜20℃高い温度、好ましくは0〜10℃高い温度になるまで加熱することができる。
【0046】
最終溶体化処理における粗大な第二相粒子の発生を抑制するために、銅合金素材の加熱及び冷却は出来るだけ急速に行うのが好ましい。具体的には、第二相粒子組成の固溶限付近の温度よりも50〜500℃程度、好ましくは150〜500℃程度高くした雰囲気中に銅合金素材を配置することにより急速加熱を行える。冷却は例えば水冷等により行われる。
【0047】
6)熱処理(亜時効処理)
最終の溶体化処理の後、熱処理を行う。熱処理の条件は先述した通りである。
【0048】
7)最終の冷間圧延
上記熱処理後、最終の冷間圧延を行う。最終の冷間加工によってチタン銅の強度を高めることができる。この際、加工度が10%未満では充分な効果が得られないので加工度を10%以上とするのが好ましい。但し、加工度が高すぎると粒内析出による格子歪よりも結晶粒の扁平による加工歪が大きくなり、曲げ加工性が劣化する。さらに必要に応じて実施する時効処理や歪取焼鈍で粒界析出が起こり易いので、加工度を50%以下、より好ましくは25%以下とする。
【0049】
8)時効処理
最終の冷間圧延の後、更に時効処理を行う。時効処理の条件は慣用の条件でもよいが、時効処理を従来に比べてと軽めに行うと、強度と曲げ加工性のバランスが更に向上する。具体的には、時効処理は材料温度300〜400℃で3〜12時間加熱の条件で行うのが好ましい。なお、時効処理を行わない場合、時効処理時間が短い(2時間未満)場合、又は時効処理温度が低い(290℃未満)場合には、強度および導電率が低下する場合がある。また、時効時間が長い場合(13時間以上)又は時効温度が高い場合(450℃以上)には、導電率は高くなるが、強度が低下する場合がある。
【0050】
なお、当業者であれば、上記各工程の合間に適宜、表面の酸化スケール除去のための研削、研磨、ショットブラスト酸洗等の工程を行なうことができることは理解できるだろう。
【実施例】
【0051】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0052】
本発明例の銅合金を製造するに際しては、活性金属であるTiが第2成分として添加されるから、溶製には真空溶解炉を用いた。また、本発明で規定した元素以外の不純物元素の混入による予想外の副作用が生じることを未然に防ぐため、原料は比較的純度の高いものを厳選して使用した。
【0053】
まず、Cuに、Mn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPを表2に示す組成でそれぞれ添加した後、同表に示す組成のTiをそれぞれ添加した。添加元素の溶け残りがないよう添加後の保持時間にも十分に配慮した後に、これらをAr雰囲気で鋳型に注入して、それぞれ約2kgのインゴットを製造した。
【0054】
【表2】

【0055】
上記インゴットに対して950℃で3時間加熱する均質化焼鈍の後、900〜950℃で熱間圧延を行い、板厚10mmの熱延板を得た。面削による脱スケール後、冷間圧延して素条の板厚(2.0mm)とし、素条での第1次溶体化処理を行った。第1次溶体化処理の条件は850℃で10分間加熱とした。次いで、中間の冷間圧延では最終板厚が0.10mmとなるように中間の板厚を調整して冷間圧延した後、急速加熱が可能な焼鈍炉に挿入して最終の溶体化処理を行い、その後、水冷した。なお、最終の溶体化処理の材料の加熱温度はTiの添加量が1.5質量%の場合は680℃、Tiの添加量が2.0質量%の場合は730℃、Tiの添加量が3.0質量%の場合は800℃、Tiの添加量が4.0質量%の場合は840℃、Tiの添加量が4.5質量%の場合は860℃とし、最終の溶体化処理の加熱時間は1.5分間とした。次いで、表3の条件で熱処理を行った。酸洗による脱スケール後、冷間圧延して板厚0.075mmとし、表3に記載の各加熱条件で不活性ガス雰囲気中で時効処理を行って、実施例及び比較例の試験片とした。
【0056】
得られた各試験片について、以下の条件で特性評価を行った。結果を表3に示す。
<強度>
引張方向が圧延方向と平行になるように、プレス機を用いてJIS13B号試験片を作製した。JIS−Z2241に従ってこの試験片の引張試験を行ない、圧延平行方向の0.2%耐力(YS)を測定した。
<曲げ加工性>
JIS H 3130に従って、Badway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)のW曲げ試験を行って割れの発生しない最小半径(MBR)の板厚(t)に対する比であるMBR/t値を測定した。
<STEM−EDX分析>
各試験片について、圧延方向に平行な断面を収束イオンビーム(FIB)にて切断することで断面を露出した後、その断面を観察した。観察は走査型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社 型式:JEM−2100F)を用いて、検出器はエネルギー分散型検出器(EDX)を用い、試料傾斜角度0°、加速電圧200kV、電子線のスポット径0.2nmで行なった。そして、母相の測定距離:150nmとし、母相の測定距離150nm当たりの測定箇所数:60箇所、母相の測定箇所の間隔:2.5nmとすることによりEDX線分析を行った。析出物の影響による測定誤差を防ぐため、母相の測定位置は、析出物が存在しない任意の位置を選択した。
測定結果から濃度分布データ(例えば図1参照)を計算し、母材中のチタン濃度の波長Z、振幅Yを求めた。波長Zは測定距離を濃度分布データ内の周期数で割った値、振幅Yは1周期内の最大値から1周期内の最小値を引いた値の周期毎の合計を周期数で割った値とした。同様の分析を6回繰り返し、その平均を算出した。
【0057】
【表3】

【0058】
<考察>
実施例1〜3は、最終溶体化処理後の熱処理及び時効処理を適切な条件で行った場合の例である。母相中のチタン濃度は振幅及び波長ともに長くなり、強度と曲げ性のバランスにも優れている。
実施例4は最終溶体化処理後の熱処理温度を実施例1〜3よりも高くした場合、実施例5は最終溶体化処理後の熱処理温度を実施例1〜3よりも低くした場合の例である。いずれも熱処理時間を調整することで適切な熱処理が行われているため、チタン濃度は振幅及び波長ともに長くなり、強度と曲げ性のバランスにも優れている。
実施例6〜10は、Ti濃度を実施例1〜5よりも高くした場合の例を示す。実施例6〜10においてもチタン濃度は振幅及び波長ともに長くなり、強度と曲げ性のバランスにも優れている。
実施例11〜15は、Ti濃度を実施例1〜5よりも低くした場合の例を示す。実施例1〜10に比べて、Ti濃度が低くなることにより、チタン濃度の振幅が小さくなっているが、強度及び曲げ性においてバランスに優れた合金が得られている。
実施例16〜19は、添加元素を加えた場合の例を示す。実施例16〜19のいずれも母相中のチタン濃度は振幅及び波長ともに長くなり、強度と曲げ性のバランスにも優れている。
一方、比較例1〜9は、最終溶体化処理後に熱処理を行わない従来例である。比較例1〜9によれば、時効処理条件を調整しても振幅、波長ともに実施例1〜10に比べて小さくなり、強度が低くなっていることが分かる。
比較例10、11、14、15、18、19は、最終溶体化処理後の熱処理の更に後の時効処理条件が適切でない場合を示す。比較例10、14、18では、時効処理が強すぎて過時効となった結果、振幅は長くなったがゆらぎに耐えられなくなった一部の安定相が析出・成長したため曲げ性が劣化した。比較例11、15、19では、時効処理が弱すぎて亜時効となった結果、変調構造が未発達のため振幅は短くなり強度が低下した。
比較例12、13、16、17、20、21は、最終溶体化処理後の熱処理の処理温度が適切でない場合を示す。比較例12、16、20では、熱処理温度が高すぎた結果、振幅は長くなったがゆらぎに耐えられなくなった一部の安定相が析出・成長したため曲げ性が劣化した。比較例13、17、21では、熱処理温度が低すぎた結果、変調構造が未発達のため振幅は短くなり強度が低下した。
比較例22、23は、Ti濃度が適正な範囲にない場合を示す。比較例22では曲げ性が悪くなり、比較例23では強度が悪化し、曲げ性及び強度のバランスのよい合金は得られていない。
比較例24は、熱処理をチタン銅の硬度がピークとなる条件で行い、時効処理の時間を短くした場合を示す。熱処理時間が長すぎた結果、振幅は長くなったがゆらぎに耐えられなくなった一部の安定相が析出・成長したため曲げ性が劣化した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tiを2.0〜4.0質量%、第3元素としてMn、Fe、Mg、Co、Ni、Cr、V、Mo、V、Nb、Zr、Si、B及びPよりなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0〜0.5質量%含有し、残部銅及び不可避的不純物からなる銅合金であって、
前記銅合金の圧延方向に平行な断面の母相中のチタン濃度を走査型透過電子顕微鏡を用いて線分析した結果、前記銅合金のTi濃度をX(wt%)、前記母相中のTi濃度の振幅をY(wt%)とした場合に、
0.83X−0.65<Y<0.83X+0.50
の関係を満たすことを特徴とする銅合金。
【請求項2】
前記母相中のチタン濃度の波長が21nm以上である請求項1に記載の銅合金。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれか1項に記載の銅合金を用いた伸銅品。
【請求項4】
請求項1又は2のいずれか1項に記載の銅合金を用いて作製した電子部品。
【請求項5】
請求項1又は2のいずれか1項に記載の銅合金を用いて作製したコネクタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−97306(P2012−97306A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244790(P2010−244790)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】