説明

鋳鉄管の表面処理方法

【課題】鋳鉄管の外面などの表面に溶射皮膜が形成され、前記溶射皮膜に封孔処理が行われ、さらに、塗料が上塗りされる鋳鉄管の表面処理方法において、上塗りされた塗料が剥がれることを最小限に抑えることを目的とする。
【解決手段】鋳鉄管1の表面に溶射皮膜2を形成し、溶射皮膜2に封孔処理剤3を供給して溶射皮膜2の封孔処理を行い、封孔処理を行った溶射皮膜2に塗料4を上塗りする鋳鉄管の表面処理方法において、封孔処理剤3に亜鉛または亜鉛系合金を含有させる。この方法により、鋳鉄管1の表面に形成された溶射皮膜2に対して封孔処理をすると、溶射皮膜2の表面に、封孔処理剤3に含まれている亜鉛や亜鉛系合金の皮膜3aが形成され、溶射皮膜2の表面の凹凸状態が大きくなり、皮膜3aを介して、封孔処理を行った溶射皮膜2に対して塗料4が良好に付着する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳鉄管の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、地中に埋設される鋳鉄管は地下水等による腐食を防止するため、外面に防食皮膜が形成される。この防食皮膜としては、塗膜の他、金属等を溶射した溶射皮膜を形成することが知られている(例えば、特許文献1等)。溶射皮膜は、埋戻土砂などの衝撃や摩擦に耐える機械的耐久性が優れるため、耐久性を要求される埋設鋳鉄管等の防食皮膜として採用されている。
【0003】
ところが、溶射皮膜は、図5に示すように、溶射したままの状態では空隙や亀裂が多く存在し、このように空隙や亀裂が多く存在した状態では、防食性能が低下してしまう不具合を有する。溶射皮膜は、鋳鉄管以外の材料に対しても形成されているが、これらの鋳鉄管以外の材料に形成される溶射皮膜に対しては、溶射皮膜形成後に、前記空隙や亀裂からなる孔を封じる封孔処理をすることがあり、この封孔処理を行うことによって、溶射皮膜の物理的性質や、溶射皮膜の防食性能等の化学的性質が向上する。したがって、このような封孔処理の技術を、鋳鉄管の溶射皮膜にも適用することが考えられる。
【0004】
封孔処理を行う方法としては、(ア)浸透性の良い溶液を塗布して、この溶液により孔(溶射皮膜の空隙や亀裂)を埋める。(イ)溶射皮膜を加熱することで溶融させて、孔をなくす。(ウ)薬品等を塗布して、薬品と溶射皮膜とを反応させ、反応生成物により孔をふさぐ。などの方法がある。
【0005】
これらの封孔処理方法の中でも、浸透性の良い溶液である封孔処理剤を塗布するなどして供給する封孔処理方法が多く採用されている。この場合に用いる封孔処理剤としては、エポキシ樹脂(エポキシ系)等の有機系樹脂や、シリコン樹脂(シリケート系)等の無機系樹脂、あるいは有機系樹脂と無機系樹脂とが混合された複合系樹脂がある。
【0006】
なお、溶射皮膜が形成され、さらに封孔処理が施された鋳鉄管は、外観体裁を整えるなどの目的から、その後に、外面に塗料が上塗りされる場合が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−230482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記従来の鋳鉄管の表面処理方法では、封孔処理を行うことにより、溶射皮膜の物理的性質や、溶射皮膜の防食性能等の化学的性質が向上するという長所がある一方で、封孔処理された鋳鉄管に対して、さらに、塗料を上塗りした場合に、前記溶射皮膜に塗布する封孔処理剤と、上塗りに用いられる塗料との付着性が悪いため、塗料が剥がれることがあるという短所があった。
【0009】
本発明は上記課題を解決するもので、鋳鉄管の外面などの表面に溶射皮膜が形成され、前記溶射皮膜に封孔処理が行われ、さらに、封孔処理を行った溶射皮膜に塗料を上塗りする鋳鉄管の表面処理方法において、上塗りされた塗料が剥がれることを最小限に抑えることができる鋳鉄管の表面処理方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明は、鋳鉄管の表面に溶射皮膜を形成し、前記溶射皮膜に封孔処理剤を供給して溶射皮膜の封孔処理を行い、封孔処理を行った溶射皮膜に塗料を上塗りする鋳鉄管の表面処理方法であって、前記封孔処理剤に亜鉛または亜鉛系合金を含有させたことを特徴とする。
【0011】
この方法によれば、封孔処理剤に亜鉛または亜鉛系合金を含有させることにより、鋳鉄管の表面に形成された溶射皮膜に対して封孔処理をすると、溶射皮膜の表面に、封孔処理剤に含まれている亜鉛や亜鉛系合金の被膜が形成され、封孔処理剤に亜鉛や亜鉛系合金を含まない場合と比較して、溶射皮膜の表面の凹凸状態が大きくなる。したがって、この後に、溶射皮膜に塗料を上塗りした場合に、前記被膜を介して、封孔処理を行った溶射皮膜に対して塗料が良好に付着する。
【0012】
なお、封孔処理剤における亜鉛または亜鉛系合金の含有量としては、溶射皮膜に封孔処理を行うことにより溶射皮膜の表面に形成された被膜の実質的な亜鉛または亜鉛系合金の成分割合が90質量%以下(但し、0質量%は除く)となる量が好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、封孔処理剤に亜鉛または亜鉛系合金を含有させることにより、溶射皮膜に塗料を上塗りした場合に、封孔処理を行った溶射皮膜に対して塗料が良好に付着し、この結果、溶射皮膜に対して、上塗りされた塗料が剥がれることを防止したり、最小限に抑えたりすることができる。したがって、塗料が剥がれることによる鋳鉄管の外観の低下などを抑えることができる。また、本発明によれば、溶射皮膜の表面に亜鉛や亜鉛系合金の被膜ができるので、封孔処理剤として亜鉛または亜鉛系合金を含有しないものを用いた場合と比較して、防食性能が向上する効果をも有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)〜(d)は、本発明の実施の形態に係る鋳鉄管の表面処理方法の各工程に対応する断面図である。
【図2】本発明の実施の形態および比較例に係る試験片の評価結果を示す図表である。
【図3】(a)、(b)はそれぞれ、比較例としての鋳鉄管試験片の断面図である。
【図4】(a)、(b)はそれぞれ、他の比較例としての鋳鉄管試験片の断面図である。
【図5】鋳鉄管に溶射皮膜を形成した状態を拡大して示す断面図(断面写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
図1(a)、(b)に簡略的に示すように、本発明では、鋳鉄管1の外面などの表面に溶射皮膜2を形成し、この後、溶射皮膜2に封孔処理剤3を塗布するなどして供給して溶射皮膜2の封孔処理を行い(図1(c)参照)、さらに、この封孔処理を行った溶射皮膜2に塗料4を上塗りして(図1(d)参照)製品化している。そして本発明では特に、封孔処理剤3に亜鉛粉末を混入するなどして、封孔処理剤3に亜鉛を含有させている。
【0016】
次に、本発明の鋳鉄管の表面処理方法に係る実験例(実施例および比較例)を図2に示す図表を参照しながら説明する。
溶射皮膜2を形成する鋳鉄管1のサンプルとして、サンドブラスト鋼板(例えば、縦150mm、横70mm、厚さ2mm)の試験片を用い、この試験片の表面に、溶射皮膜材として、厚さ50μmの亜鉛を、電気式アーク溶射法により、260g/mの溶射量で溶射した。
【0017】
そして、封孔処理剤3として、(ア)有機系樹脂(エポキシ系樹脂)、(イ)有機無機複合型樹脂、(ウ)無機系樹脂(シリケート系樹脂)、(エ)各種の材料(樹脂基材)に亜鉛粉末を混合させたものを、それぞれ、封孔処理剤の目標膜厚が10μmとなるように、塗布した。さらに、上塗りする塗料4としてアクリル樹脂塗料を用いて、試作番号1〜8の試験片を作成した。なお、詳しくは、後述するが、試作番号1〜3は、比較例としての試験片(図3(a)、(b)参照)、試作番号4〜8は本発明の実施例としての試験片である。また、試作番号9の試験片は他の比較例であり、封孔処理剤3を塗布していない溶射皮膜2に塗料4を上塗りして作成したもの(図4(a)、(b)参照)である。
【0018】
各試験片に対して、付着性試験として碁盤目試験(JIS規格 K−5600−5−6)を行い、また、腐食試験として、塩水噴霧試験を行った。なお、塩水噴霧試験としては、上塗りをしない状態で、50×50mmのクロスカットを形成した状態で試験片の表面に塩水を噴霧し、赤錆発生までの期間を測定した。図2に示す図表において、これらの測定結果を示す。なお、図2に示す図表において、タイプII(試作番号4〜8)とは、概略的な断面構造が、図1(d)または図1(c)に示すような本発明の実施例に係るもの(後述するように、溶射皮膜2の表面に封孔処理剤3の亜鉛成分を含有する皮膜3aを有するもの)である。また、タイプI(試作番号1〜3)とは、図3(b)または図3(a)に示すような断面形状のもの(比較例であり、溶射皮膜2の表面に封孔処理剤3の表面に、亜鉛成分を含まない皮膜3bを有するもの)である。タイプIIIとは、図4(b)または図4(a)に示すように、封孔処理剤3が供給されていない溶射皮膜2に塗料4が上塗りされた他の比較例の断面形状のものである。
【0019】
(1)塗料との付着性について
亜鉛を含有しない有機系樹脂(エポキシ系樹脂)の封孔処理剤3を用いた試作番号1の試験片、および、亜鉛を含有しない有機無機複合型樹脂の封孔処理剤3を用いた試作番号2の試験片では、付着性試験としての碁盤目試験において、上塗りした塗料4が剥がれることが少なく、比較的良好な付着性を得られた(溶射皮膜2を形成していない試作番号9の試験片の場合と同等である)が、亜鉛を含有しない無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3を用いた試作番号3の試験片では、碁盤目試験において上塗りした塗料4が比較的多く剥がれて、付着性に劣ることを確認できた。
【0020】
しかしながら、無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3の場合でも、亜鉛粉末を5質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号4の試験片では、碁盤目試験において上塗りした塗料4が剥がれることが少なくなり、付着性が良好となった。また、無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3の場合において、亜鉛粉末の量をさらに増加させてなる、亜鉛粉末を35質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号5の試験片では、碁盤目試験において上塗りした塗料4が剥がれることが殆どなくなり、付着性が非常に良好となった。この原因は、封孔処理剤3に含まれる亜鉛成分が溶射皮膜2中に浸透せず、溶射皮膜2の表面に薄膜状に残り、この亜鉛成分を多く含んだ薄膜部分である皮膜3a(図1(c)に簡略的に示す)の表面が凹凸形状となり、この凹凸形状部分で上塗りした塗料4との付着性が向上したと考えられる。
【0021】
すなわち、比較例として、図3(a)、(b)に簡略的に示すように、封孔処理剤3として亜鉛成分が含まれず、樹脂成分だけなどであるものを用いると、封孔処理を行うことにより、封孔処理剤3が塗布された溶射皮膜2の表面が、封孔処理を行っていない場合と比較して平坦化されるなどし、これにより、塗料4を上塗りした場合に、封孔処理された溶射皮膜2と、上塗りされた塗料4との付着性が悪くなり、塗料4が剥がれ易くなると考えられる。これに対して、本実施の形態のように、封孔処理剤3として亜鉛を含有させると、このような短所が、上述した理由により改善される。
【0022】
但し、封孔処理剤3に亜鉛を過剰に含有させると、亜鉛粉末を50質量%含ませた試作番号6の試験片の場合のように、上塗りした塗料4が極めて剥がれ易くなり、付着性が大きく低下した。これは、亜鉛の含有量が高くなり過ぎる(実質的には、溶射皮膜2の表面に形成された皮膜3aの95質量%以上を占めると考えられる)ことにより、亜鉛粉末同士をつなぐ樹脂量が極めて少なくなり、その結果、亜鉛粉末同士が分離して、皮膜3aとして一体化された状態ではなくなり、付着性が低下したと考えられる。なお、溶射皮膜2の表面に形成される皮膜3aの亜鉛の実質的な質量%は、90質量%以下であることが適当であり、90質量%を越えると、付着性が悪くなった。
【0023】
また、封孔処理剤3として、その基材が有機系樹脂(エポキシ系樹脂)であるものや有機無機複合型であるものの場合でも、亜鉛粉末を35質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号7、8の試験片では、碁盤目試験において上塗りした塗料4が剥がれることが殆どなくなり、付着性が極めて良好となり、付着性が向上したことが認められた。
【0024】
(2)腐食性能について
上述したように、上塗りしない各試験片に対して、腐食試験として塩水噴霧試験を行った。ここで、図4(a)、(b)に示すような溶射皮膜2に封孔処理剤3が供給されていない試作番号9の試験片での、塩水噴霧試験における錆発生期間を1(比較用単位期間)とし、塩水噴霧試験において錆発生期間が、鋳鉄部分が露出した試作番号9の試験片での場合の、何倍の期間で錆が発生したかを図2の図表に示している。亜鉛を含有しない有機系樹脂(エポキシ系樹脂)の封孔処理剤3を用いた試作番号1の試験片の錆発生期間は4、亜鉛を含有しない有機無機複合型の封孔処理剤3を用いた試作番号2の試験片の錆発生期間は5、亜鉛を含有しない無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3を用いた試作番号3の試験片の錆発生期間は7であり、これらの中では、無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3を用いた試作番号3の試験片が錆の発生するまでの期間が最も長かった。
【0025】
これに対して、無機系樹脂(シリケート系樹脂)の封孔処理剤3において、亜鉛粉末を含ませると、亜鉛粉末を5質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号4の試験片の錆発生期間は8、亜鉛粉末を35質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号5の試験片の錆発生期間は9、亜鉛粉末を50質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号6の試験片の錆発生期間は8であり、何れも、亜鉛粉末を含まない場合と比較して、封孔処理剤3に亜鉛粉末を含ませた場合の試験片が、錆が発生するまでの期間が長くなり、防食性能が向上している。
【0026】
また、封孔処理剤3として、基材が有機系樹脂(エポキシ系樹脂)であるものや有機無機複合型であるものの場合でも、亜鉛粉末を35質量%含ませた封孔処理剤3を用いた試作番号7、8の試験片での錆発生期間は6、7であり、何れの場合も亜鉛粉末を含まない場合と比較して、錆が発生するまでの期間が長くなり、防食性能が向上したことを確認できた。
【0027】
なお、上記実施の形態では、封孔処理剤3に亜鉛粉末を混合させて含有させたが、これに限るものではなく、亜鉛粉末に代えて、亜鉛系合金粉末を混合させるなどして含有させてもよい。
【符号の説明】
【0028】
1 鋳鉄管
2 溶射皮膜
3 封孔処理剤
4 塗料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳鉄管の表面に溶射皮膜を形成し、前記溶射皮膜に封孔処理剤を供給して溶射皮膜の封孔処理を行い、封孔処理を行った溶射皮膜に塗料を上塗りする鋳鉄管の表面処理方法であって、前記封孔処理剤に亜鉛または亜鉛系合金を含有させたことを特徴とする鋳鉄管の表面処理方法。
【請求項2】
封孔処理剤における亜鉛または亜鉛系合金の含有量が、溶射皮膜に封孔処理を行うことにより溶射皮膜の表面に形成された被膜の実質的な亜鉛または亜鉛系合金の成分割合が90質量%以下(但し、0質量%は除く)となる量であることを特徴とする請求項1記載の鋳鉄管の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−229484(P2010−229484A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−77893(P2009−77893)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】