説明

鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法

【課題】大量生産用の旧い型の金型の保管経費を削減することができる少量品生産用または試作品生産用の低コストの鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を金型の仕上寸法よりも大きな鋳型内に鋳込み、粗挽き加工した後、熱処理により表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成し、粗挽き加工した前記鋳鉄品をさらに表面切削して前記金型の仕上寸法に仕上げ得た鋳鉄金型部の内面に油性離型剤を塗布、前記鋳鉄金型部材を組み合わせて、所定形状のキャビティを有する金型を組み立て、前記金型のキャビティ内に金属溶湯を加圧注入後、金型を解放して、前記金型から製品を取り出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品などのダイカスト品を製造するために用いられる鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のような民生用工業製品では、「ダイカスト産業ビジョン」(社団法人日本ダイカスト協会発行;平成18年11月)に述べられているように、自動車の生産中止後においてもその型の部品を常時十分な数だけ揃えて持つことは保管経費と資産効率の点で不利益が大きすぎるため、需要が生じたときに必要な数だけ生産することがなされている。
【0003】
このため、生産中止後の自動車部品に用いられていた旧い型の金型が製造部門の管理下において一定期間保管されている。そして、補修部品の注文に応じて保管していた旧い型の金型を用いて極少量品の生産が行なわれるのが現状である。
【0004】
一方、アルミダイカスト品の製造においては、金型の寿命延長を図るために、金型の表面を特殊な表面被覆層で覆って保護し、さらに特許文献1に記載された耐熱衝撃性や耐溶損性に優れる水性離型剤を金型の内面に塗布することがなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−208094号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、旧い型の金型を保管しておくためのコスト負荷が増大化してきており、生産中止後も旧い型の金型を長期間にわたり保管することの不利益が指摘されてきている。このような不利益を解消するために、自動車の生産中止後も旧い型の金型を保管することを止めて、試作金型と同様に耐久性には劣るが、数百から数千回のショットに耐えられる少量品生産用の金型を低コストで製造することがユーザーから要望されている。
【0007】
ところで、繰り返し連続使用される過酷な条件下では、金型に塗布された特許文献1の水性離型剤は少ないショット数で費消してしまい、金型にダイカスト品が凝着しやすい。凝着を生じると、少量品生産用とはいってもその金型を補修するか又は新品に交換する必要があり、生産性が低下し、コストが増大する。
【0008】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、大量生産用の旧い型の金型の保管経費を削減することができる少量品生産用または試作品生産用の低コストの鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るアルミニウムダイカスト品の製造方法は、(i)平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を金型の仕上寸法よりも大きな鋳型内に鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を前記金型の仕上寸法に対して所定の余剰寸法を残して粗挽き加工した後に、熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成し、粗挽き加工した前記鋳鉄品をさらに表面切削して前記金型の仕上寸法に仕上げ、これにより所望の鋳鉄金型部材をそれぞれ得る、(ii)前記鋳鉄金型部材の各内面に油性離型剤を塗布し、(iii)前記鋳鉄金型部材を組み合わせて、所定形状のキャビティを有する金型を組み立て、(iv)前記金型のキャビティ内に金属溶湯を加圧注入し、(v)前記金型を解放して、前記金型から製品を取り出すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法では、表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を有する鋳鉄金型部材に油性離型剤を塗布し、塗布した油性離型剤が脱炭層の空孔内に含浸(保持)されるため、キャビティを取り囲む金型内壁から離型剤が欠乏することがなくなり、金型の表面にダイカスト品が凝着しなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】鋳鉄金型部材の製造方法を示す工程図。
【図2】黒皮(初期の酸化被膜)で覆われた鋳鉄のアルミニウム溶湯溶損性を説明するための断面模式図。
【図3】酸化被膜(初期の酸化被膜の除去→熱処理後の被膜)で覆われた鋳鉄のアルミニウム溶湯溶損性を説明するための断面模式図。
【図4】実施例の鋳鉄表層部の金属組織を示す顕微鏡写真。
【図5】(a)は金型部品のうち雄型を示す図、(b)は金型部品のうち雌型を示す図。
【図6】鋳鉄金型によるアルミダイカスト品の製造方法の概要を示す工程図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(1)本実施形態の鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法は、(i)平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を金型の仕上寸法よりも大きな鋳型内に鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を前記金型の仕上寸法に対して所定の余剰寸法を残して粗挽き加工した後に、熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成し、粗挽き加工した前記鋳鉄品をさらに表面切削して前記金型の仕上寸法に仕上げ、これにより所望の鋳鉄金型部材をそれぞれ得る、(ii)前記鋳鉄金型部材の各内面に油性離型剤を塗布し、(iii)前記鋳鉄金型部材を組み合わせて、所定形状のキャビティを有する金型を組み立て、(iv)前記金型のキャビティ内に金属溶湯を加圧注入し、(v)前記金型を解放して、前記金型から製品を取り出すことを特徴とする。
【0013】
鋳造したままの状態では鋳鉄品の表面が酸化被膜(黒皮)で覆われているので、黒鉛が大気中の酸素と結びつきにくく、組織中にそのままの形態で残存する。これに対して、本実施形態では、酸化被膜の粗挽き加工により鋳鉄品の表面に組織中の片状黒鉛が露出するため、これを熱処理すると、露出部を通って黒鉛のなかに大気中の酸素が侵入・拡散し、黒鉛が大気中の酸素と反応して費消され、黒鉛の消失跡が空孔となる。
【0014】
この脱炭層中の微細な空孔は、熱処理により組織中の黒鉛が大気中の酸素と反応して、黒鉛が費消することにより形成されたものである。本発明の成分系の鋳鉄では、鋳造時に晶出する黒鉛の形状は片状である。鋳鉄品の金属組織中において片状の黒鉛は網目状に繋がる構造を成している。粗挽き加工により酸化被膜(黒皮)を除去し、片状黒鉛の一部を鋳鉄品の表面に露出させると、その露出部から大気中の酸素が侵入して黒鉛内を自由に拡散できるようになる。このため、本発明では、熱処理において保持時間を過度に長くすることなく適正な時間で黒鉛を費消させることができる。黒鉛の消失跡が空孔となり、これら多数の空孔を含む脱炭層(白銑化層)が形成される。このようにして形成された多数の空孔は、表面に開口し、かつミクロ的な視野で見れば深いところで互いに連通している。このため本発明の鋳鉄品をアルミニウム溶湯に接触させると、脱炭層の空孔のなかの酸素とアルミニウム溶湯とが反応して酸化アルミニウム被膜が優先的に生成され、低融点の鉄アルミニウム合金(Fe-Al合金)の生成が阻止される。この優先的に生成された酸化アルミニウム被膜は、鋳鉄品がアルミニウム溶湯に接触しているときは鋳鉄品の表面を保護して鉄とアルミニウムとの合金化を有効に阻止する一方で、アルミニウム溶湯が凝固した後においては、アルミダイカスト品とともに鋳鉄品の表面から容易に剥離する。このように酸化アルミニウム保護被膜の形成と脱離を繰り返すことにより、鋳鉄品の表面が溶湯の浸食から有効に保護され、その寿命が大幅に延長される。
【0015】
本実施形態では、このような鋳鉄金型部材にさらに油性離型剤を塗布し、塗布した油性離型剤を表面に開口する空孔内に侵入させ、油性離型剤を空孔内にしっかりと保持させているので、ダイカスト品が金型の表面に凝着し難くなる。
【0016】
また、本実施形態に用いる油性離型剤は、水性離型剤に比べて蒸散しにくく、1ショット当たりに費消される量が水性離型剤よりも少ないため、油性離型剤を塗布する量が水性離型剤よりも少なくてすみ、金型に対する熱衝撃が低減され、その結果金型の寿命が延長される。
【0017】
(2)上記(1)の方法において、前記(i)工程において、前記余剰寸法を0.2mm±0.02mmとすることが好ましい。
【0018】
本実施形態では、金型の仕上寸法までの削り代となる余剰寸法を十分な深さまでとっているため、脱炭層中の微細な空孔の大部分が表面に開口し、これらの空孔内への油性離型剤の侵入量(含浸量)が増加するという利点がある。0.18mm未満の余剰寸法では、空孔の開口率が不十分である。一方、0.22mmを超える余剰寸法は、空孔の開口率が飽和するため、それ以上の切削加工は無駄な労力と時間を費やすことになる。
【0019】
なお、粗挽き加工による酸化被膜(黒皮)の除去深さは少なくとも500μm以上とすることが好ましい。
【0020】
(3)上記(1)の方法において、前記(i)工程における前記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において700〜1100℃の温度範囲に1〜20時間保持した後に炉冷又は空冷することが好ましい。
【0021】
本実施形態では、適正な熱処理を行うことにより、侵入酸素の還元剤となる炭素を消費して、基地組織の酸素富化を促進させることができる。熱処理炉内での保持温度が700℃未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、熱処理炉内での保持温度が1100℃を超えると、高温強度が低下して軟化変形しやすくなり、鋳鉄品が元の形状を保つことが困難になる。さらに好ましくは、熱処理温度を1050±10℃の範囲にすると、鋳鉄品が元の形状を保ったままで寸法精度が高まる。
【0022】
また、保持時間が1時間未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、保持時間が20時間を超えると、黒鉛の費消効果が飽和するにもかかわらず、それ以上の時間にわたり熱処理を続けるのはエネルギ消費量が増大して不経済である。一般的には経済的な効果として保持時間を10時間以下とすることが望ましい。なお、熱処理後の冷却速度は、炉冷または空冷とすることが好ましく、例えば1〜8時間で約300℃まで降温する速度とすることができる。
【0023】
以下、本発明の各構成要素の限定理由を述べる。
【0024】
1)C:3.0〜3.7%
Cは、Siとともに耐浸食性の原点になる黒鉛を晶出する重要な成分元素である。外気からの酸素は、脱黒鉛の周辺に金属酸化物を生成して、アルミニウム合金溶湯に対する防壁を構成する。その反面、還元用元素としてのCが過剰であると、浸入酸素を吸収して、COガスとして酸素を放出する。そのためC含有量に関しては厳重な管理が必要である。C含有量が3.0%未満では、溶湯の流動性が悪く、鋳造性が劣化する。一方、C含有量が3.7%を超えると、高Si含有量との相乗作用により粗大な初晶黒鉛を晶出するとともに、過剰に存在する場合でも溶湯の流動性が低下する。よって、本発明では3.0%以上3.7%以下のCを含有することが望ましい。
【0025】
2)Si:2.0〜3.4%
Siは、セメンタイト共晶を防ぎつつ、黒鉛共晶組織を確保する重要な成分であって、耐溶損性の向上に極めて重要な成分である。その含有量はCrとの相互作用で決定される。本発明の鋳鉄は、Crを0.3〜2.0%含有するため、Si含有量が2.0%未満では白銑化する傾向にあり、耐溶損性に不可欠な黒鉛の晶出量が減少する。また、黒皮面に発生する急冷セメンタイト共晶を防ぐためには、黒鉛共晶に転化させるだけの高Siを必要とする。セメンタイト共晶は酸素の侵入を阻止し、耐溶損性を損なう不健全層である。この組織は、初期の溶損を促進させるばかりでなく、その後の耐溶損性に悪影響を及ぼすものである。しかし、Si含有量が3.4%を超えると、耐衝撃性が劣化して脆くなる。よって、本発明では2.0%以上3.4%以下のSiを含有することが望ましい。
【0026】
3)Mn:0.5〜1.0%
Mnは、Sとの相互作用のなかでその含有量が決定されるものである。Mn含有量が0.5%未満であると、黒鉛の微細化を阻害するSの悪影響を除き、鋳型から浸入するSによる酸素の放出を緩和する効果が得られない。一方、Mn含有量が1.0%を超えると、組織が白銑化して、黒鉛の晶出量が低下する。よって、本発明では0.5%以上1.0%以下のMnを含有することが望ましい。
【0027】
4)P:0.02〜0.20%
一般に機械的性質を重視する汎用のねずみ鋳鉄では、Pの含有量を最小限に抑える努力がなされる。しかし、本発明の鋳鉄の場合は、微量のPを含有すると、オーステナイト又はパーライト・フェライト基地組織の結晶粒界に晶出してリン共晶を生成し、酸素の侵入口を広げる効果がある。但し、P含有量が0.20%を超えると、機械的性質(引張強度や靭性など)が損なわれる。一方、P含有量が0.02%未満では、上記の効果を得ることができない。よって、本発明では0.02%以上0.20%以下のPを含有することが望ましい。
【0028】
5)Cr:0.3〜2.0%
Crは、必要な高温強度を確保するとともに、溶湯に接触したときの耐溶損性を増大させる重要な元素であって、特に耐溶損性についてSiとの間に交互作用を有する元素として重要である。Cr含有量が2.0%を超えると、黒鉛の晶出量が不足する傾向があるため本発明の効果を奏することができない。一方、Cr含有量が0.3%未満では、熱処理後の機械的性質の低下が著しくなる。よって、Cr含有量は0.3〜2.0%の範囲とすることが好ましい。さらに、Cr含有量の上限値を1.5%まで絞り込むと、必要かつ十分な黒鉛の晶出量を確保することができ、耐溶損性が更に向上する。特にCrを0.8%含む鋳鉄では、CrとSiとの間の交互作用が有効にはたらき、優れた耐アルミニウム溶湯溶損性を示すことが認められている。
【0029】
6)Mo:0.2〜0.8%
Moは、基地組織中に固溶して微細な結晶粒を安定化し、酸素の結晶粒界侵入を促進する。また、Moは、本発明の鋳鉄に特有の高Si含有による耐衝撃性の低下を補うための補償元素として有効である。耐衝撃性の補償効果があらわれるためには0.2%以上のMoを添加する必要がある。しかし、Mo含有量が0.8%を超えると、炭化物を晶出する傾向となり、黒鉛の晶出量が減少する。よって、Mo含有量は0.2〜0.8%の範囲とすることが好ましい。
【0030】
7)Ni:0.5〜3.0%
Niは、鋳鉄の基本的な特性である高温特性(高温引張強度や高温耐食性)を高める元素である。Ni含有量が3.0%を超えると、鋳造性が悪くなる。一方、Ni含有量が0.5%未満では、高温特性の向上効果が不十分になる。
【0031】
8)Cu:0.15〜1.5%
Cuは、黒鉛の微細化を促進する元素である。Cu含有量が1.5%を超えると、硬くなり、加工性が低下する。一方、Cu含有量が0.15%未満では、黒鉛の微細化の効果が不十分になる。
【0032】
9)その他の添加元素
その他の元素としてTi,N,B,Sn,Pb,Al,Zn,As,Sbを添加することができる。これらのうちTiは、微量の添加により結晶粒を微細化する効果があるので、0.10%以下を限度として添加することが好ましい。特にチタン酸アルカリの形態でTiを添加すると、マトリックス中への均一分散を達成できるので好ましい。
【0033】
10)不可避不純物
不可避不純物は、スクラップ等の製造ライン中の種々の要素から不可避的に混入してくるものであり、総量で0.01%未満に抑えることが望ましい。不可避不純物には、耐アルミニウム溶湯溶損性に有害なもの、高温強度などの機械的特性に有害なもの、その効果が不明なものなど種々の元素が混在している。具体的な不純物としてはLi,Be,Na,K,Ca,La,Hf,W,Nb,Ta,Bi,Sr,V,Co,S,O,N,Hなどがあげられる。これらの不可避不純物のうち次に述べるSは特に重要である。
【0034】
11)S:0.08%以下
Sは、溶製原料から溶湯中に混入するもののみに限られず、鋳型から侵入するものも黒鉛の微細化を損なうため、可能なかぎり低く抑えることが望ましい。S含有量が0.08%を超えると、黒鉛の微細化が阻害される。よって、S含有量は0.08%以下に抑える。
【0035】
また、侵入Sは、Siなどが大気中からの酸素を吸収して、金属酸化物を生成するのを抑制する。それらの結果は、いずれも耐アルミニウム溶湯溶損性に悪影響を及ぼすものである。さらに、SはMnとの間に交互作用を有する元素であり、SとMnの交互作用については多くの論文があり定説化されているが、両成分のバランスには配慮が必要である。
【0036】
12)溶製方法
本発明の鋳鉄は、高周波誘導炉を用いて溶製する。その理由は、溶解速度が大きいこと、および成分調整が容易であることによる。本発明の鋳鉄は各種合金成分の調整を必要とし、特に不可避的に混入するSに関しては、その量を狭い範囲に調整する必要がある。そのため一般には誘導電気炉(高周波誘導炉)を用いて溶解する。本発明では鋳造品の熱処理過程における酸素侵入を重視するものである。
【0037】
13)加工方法(酸化被膜除去のための粗挽き加工+熱処理)
本発明では、熱処理による黒鉛の脱炭と酸化形骸化および基地組織の酸素拡散が必須である。一般に汎用鋳鉄品は鋳放しの状態(as cast)で熱処理されるが、本発明の鋳鉄のように高度の耐溶損性を要求される場合に限り、熱処理前に鋳鉄品を粗挽き加工して酸化被膜(黒皮)を除去する。除去深さは少なくとも500μm以上とすることが好ましい。粗挽き加工により鋳鉄品の表面から酸化被膜(黒皮)が除去され、これにより黒鉛の断面が鋳鉄品の表面に幅広に露出し、次の熱処理において大気中の酸素が黒鉛のなかに侵入して拡散しやすくなる。その結果、表面から比較的深いところまで黒鉛が費消され、表面に開口する多数の空孔が形成される。
【0038】
本発明では、鋳鉄品の表面を粗挽き加工し、金型の仕上寸法に対して後述する余剰寸法を残すところまで鋳鉄品の表面層を除去している。この粗挽き加工にはマシニングセンターなどを用いることができる。
【0039】
表面加工された鋳鉄品は、熱処理炉内において大気雰囲気下で700〜1100℃の温度域に1〜20時間保持された後に、炉冷または空冷される。熱処理は、侵入酸素の還元剤となる炭素を消費して、基地組織の酸素富化を促進させる。これらの現象の大半は熱処理炉内で起こるものである。
【0040】
熱処理炉内での保持温度が700℃未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、熱処理炉内での保持温度が1100℃を超えると、高温強度が低下して軟化変形しやすくなり、鋳鉄品が元の形状を保つことが困難になる。さらに好ましくは、熱処理温度を1050±10℃の範囲にすると、鋳鉄品が元の形状を保ったままで寸法精度が高まる。
【0041】
また、保持時間が1時間未満では、黒鉛の費消効果が不足する。一方、保持時間が20時間を超えると、黒鉛の費消効果が飽和するにもかかわらず、それ以上熱処理を続けるのはエネルギ消費量が増大して不経済である。一般的には経済的な効果として保持時間を10時間以下とすることが望ましい。なお、熱処理後の冷却速度は、炉冷または空冷とすることが好ましく、例えば1〜8時間で約300℃まで降温する速度とすることができる。
【0042】
14)脱炭層の厚み:300μm以上1000μm以下
脱炭層の厚みは300μm以上1000μm以下とすることが好ましい。脱炭層の厚みが300μm未満になると、耐アルミニウム溶湯溶損性が不足して所望の寿命を得ることができない。脱炭層の厚みを300μm以上1000μm以下の範囲に調整するためには、熱処理の条件を所望の範囲に制御する必要がある。上記の熱処理条件では厚みが1000μmを超える脱炭層を生成することができない。また、仮に1000μmを超える厚みの脱炭層を形成したとしても、寿命延長の効果は実質的に飽和してしまうため不経済になるおそれがある。脱炭層の厚みは、400μm以上800μm以下とすることがさらに好ましく、500μm以上700μm以下とすることが最も好ましい。
【0043】
15)余剰寸法:0.2mm±0.02mm
本発明では、余剰寸法を0.2mm±0.02mmとしている。余剰寸法は、熱処理前の粗挽き加工のときに金型の仕上寸法までの削り代となるものである。すなわち、最後の切削仕上加工において、熱処理により新たに生成された酸化皮膜を表面から除去するとともに、熱処理により鋳鉄組織中の黒鉛が費消したあとにできた空孔を表面に確実に開口させるために、金型の仕上寸法までの削り代となる余剰寸法を規定している。
【0044】
本発明では、余剰寸法を十分な深さまでとっているため、脱炭層中の微細な空孔の大部分が表面に開口し、これらの空孔内への油性離型剤の侵入量(含浸量)が増加するという利点がある。0.18mm未満の余剰寸法では、空孔の開口率が不十分である。一方、0.22mmを超える余剰寸法は、空孔の開口率が飽和するため、それ以上の切削加工は無駄な労力と時間を費やすことになる。
【0045】
ちなみに、鋳鉄品を1050℃で8時間熱処理すると約700μmの脱炭層が生成される。余剰寸法は最小に抑えることが好ましいが、熱処理による表面酸化や熱変形を補償するために余剰寸法を0.2mm±0.02mmとすることが好ましい。
【0046】
以下、添付の図面を参照して本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0047】
先ず、図1を参照して本実施形態のアルミニウムダイカスト用金型を製造するための方法を説明する。
【0048】
容量1トンの高周波誘導炉のなかに鉄スクラップを装入し、誘導コイルで誘導加熱して溶解するとともに、原料シュータから加炭材としての電極屑およびフェロシリコン、フェロマンガン、フェロクロム等の合金鉄を炉内に投入してこれらも溶解し、所望成分に調整された溶湯を溶製する(工程K1)。炉中分析を行い、その結果に基づいて溶湯を所望の成分に調整する。成分調整された溶湯の平均組成は、質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなるものである。但し、Siは接種による増量分だけ減量してある。
【0049】
溶湯を所望の成分に調整した後に、約1500℃の出湯温度で溶湯の一部を高周波誘導炉から取鍋に注ぎ分ける。取鍋に出湯する際に、Fe−Si系接種剤を置き注ぎ添加した。取鍋を鋳造作業位置に搬送し、取鍋から鋳型に溶湯を鋳込む(工程K2)。鋳型は、フラン砂型からなり、通常のアルコール溶剤塗型を施した。溶湯は、取鍋から鋳型の湯口に注湯され、湯道を通って複数のキャビティに分配され、その後に凝固して所定形状の一次製品となる。なお、鋳型のキャビティの寸法は、溶湯の凝固収縮による縮み代ろと表面切削加工による削り代ろとを考慮して、金型の仕上寸法よりも大きくしている。この一次製品の鋳鉄品(供試材)は、図2に示すように表面が酸化被膜(黒皮)8で覆われ、組織中に微細な片状黒鉛91を含んでいる。
【0050】
次いで、鋳鉄品を粗挽き加工する(工程K3)。粗挽き加工は、金型の仕上寸法よりも所定の余剰寸法だけ大きい寸法まで加工する。本実施形態では余剰寸法を0.2±0.02mmとした。黒皮の除去により組織中の黒鉛の断面を幅広に露出させることができ、表面に露出した断面を介して大気中の酸素が黒鉛のなかに容易に侵入・拡散しうるからである。
【0051】
粗挽き加工した鋳鉄品を熱処理炉内に装入し、熱処理を実施する(工程K4)。熱処理仕様としては、計画された保持の温度と時間に従い、その後に炉冷する。具体的には、熱処理炉において大気雰囲気下で700℃以上1100℃以下の温度に1〜20時間保持する。このような熱処理により所定深さの脱炭層が形成されるとともに、鋳鉄品の表層部に存在する黒鉛が費消され、その消失跡が空孔または間隙となる。これらの空孔または間隙は、表面に開口し、内部で互いに連通している。
【0052】
最後に、熱処理により生成された表面スケールを除去して鋳鉄品を仕上げる所定の仕上加工を行い、所定の仕上寸法の鋳鉄金型部材に仕上げる(工程K5)。
【0053】
このようにして得た鋳鉄金型部材6a,6bは、図3に示すようにその表面が脱炭層8Aで覆われている。この脱炭層8Aは、熱処理により金属組織9中の黒鉛91が費消されて形成された多数の空孔(または間隙)81を含んでいる。これらの空孔81を含む脱炭層8Aを有する鋳鉄金型部材6a,6bは、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性に優れている。
【実施例】
【0054】
次に、表1および図4〜図6を参照して本発明の実施例を比較例と対比して説明する。
【0055】
上記の工程K1〜K6の方法を用いて、表1に示す実施例1と2の鋳鉄品供試材A3,A4をそれぞれ作製した。実施例1では、粗挽き加工により余剰寸法0.2mm±0.02mmになるところまで供試材A3の黒皮を除去した後に、大気雰囲気下で1050℃×8時間保持の熱処理を施した。実施例2では、粗挽き加工により余剰寸法0.2mm±0.02mmになるところまで供試材A4の黒皮を除去した後に、大気雰囲気下で1050℃×8時間保持の熱処理を施した。
【0056】
また、上記の工程K4(表面加工後の熱処理)を行わない方法を用いて、表1に示す比較例1,2の鋳鉄品供試材A1,A2をそれぞれ作製した。比較例1と2では、供試材A1,A2を熱処理していない。
【0057】
なお、表1の化学成分のうちCは、基地組織に合金成分として固溶した炭素と、黒鉛に含まれる炭素とを合計したトータル・カーボン量を示す。また、比較例1はCr,Moを含まないJIS FC250相当品であるため、表1にはこれらの成分を表記していない。
【0058】
<金型の金属組織>
次に、図4〜図6を参照して本発明の実施例サンプルの金属組織について説明する。これらの金属組織は、サンプルを光学顕微鏡で3視野以上につき観察したもののうち代表的なものを示した。
【0059】
図4は、黒皮を除去した後に、1050℃×8時間の熱処理を行った実施例サンプルの金属組織を示す顕微鏡写真(倍率:50倍)である。
【0060】
大気雰囲気の熱処理炉内で加熱されると、黒鉛の成長により、その先端から基地組織に亀裂を生じ、ここから炉内雰囲気の酸素が侵入する。同時に黒鉛と基地組織との境界からも酸素が侵入する。酸素は黒鉛炭素を吸収してCOガスとして放散されるため、鋳鉄組織中にて黒鉛が費消されて消失する。この黒鉛の消失跡に空孔が形成される。空孔は、酸素の組織中への侵入をさらに促進させ、Siを主とする酸化物を周囲に生成し、形骸化組織を形成する。図から黒鉛91が費消されて消失するか又はやせ細り、空孔(または間隙)92が形成されていることが分かる。これらの空孔(または間隙)92は、黒鉛91が微細なほど生じやすい傾向にある。
【0061】
一方、基地組織の侵入酸素は、主として結晶粒界に沿って拡散していくが、この現象は微細な黒鉛共晶組織と基地の微細組織とにより容易になる。Siは黒鉛の共晶組織の微細化に寄与し、Moは結晶粒を微細化するのに寄与する。また、Pは結晶粒界に偏析して、酸素の侵入口を広げる。
【0062】
共析変態点を超える高温で熱処理されると、パーライトがオーステナイトに変態し、炭素の移動が活発化する。この炭素は炉内雰囲気から侵入する酸素を還元してCOガスとして放出され、その結果、脱炭層が生成される。還元剤である炭素を消失した後の侵入酸素は、Siなどの金属酸化物を生成し、耐アルミニウム溶湯の侵入を受けて、アルミナの防壁層を形成する。なお、オーステナイト組織は常温になると、図4に示すような低炭素のフェライト組織に戻る。図示したサンプルでは約800μmのパーライト相の上に約200μmの脱炭層が形成されている。
【0063】
<製造した金型>
図5に小ロットの自動車部品用金型の一例を示す。
【0064】
図5の(a)に鋳鉄金型部材としての雄型の内面を示し、図5の(b)に鋳鉄金型部材としての雌型の内面を示す。雌型6bの上に雄型6aを被せ、クランプ金具またはボルト・ナットを用いて両者を締結することにより金型を組み立てる。組み立てた金型の内部には所望の形状と大きさのキャビティが形成される。このキャビティに溶融状態のアルミニウム溶湯をインジェクション装置により加圧注入すると、所望形状のアルミダイカスト品が得られるようになっている。
【0065】
小ロット用金型の場合において、本発明の金型は、旧い型の金型(SKD61)に比べて製造コストが約1/3に低減できる。ここで、小ロットとは、製品の数が3000個程度までのものをいう。
【0066】
<アルミダイカスト品の製造>
次に、図6を参照して上述の鋳鉄金型を用いてアルミダイカスト品を製造する場合を説明する。
【0067】
図5(a)(b)に示す鋳鉄金型部材(雄型と雌型)の各内面に油性離型剤を塗布した(工程S1)。本実施例では油性離型剤として株式会社青木科学研究所のWFR−33及びWFR−53Sを用いた。ショット開始時の初期にはWFR−33を塗布し、金型の温度が上昇する中期〜後期からはWFR−53Sを塗布した。
【0068】
離型剤塗布後、雄型を雌型に被せてクランプ金具で固定し、金型を組み立てる(工程S2)。組み立てた金型にAl溶湯を5.5〜6.5MPa(550〜650kg/cm2)程度の圧力で加圧注入する(工程S3)。
【0069】
クランプ金具を外し、雌型から雄型を離脱させて金型を解放する(工程S4)。解放した金型内から凝固したアルミダイカスト品を取り出す(工程S5)。
【0070】
以上のようにしてアルミダイカスト品を製造することができる。
【0071】
<耐久性の評価>
表1に上記の実施例1,2及び比較例1,2の金型が使用に耐えることができたショット数(回)で耐久性(寿命)を評価した結果をそれぞれ示す。比較例1,2のショット数がそれぞれ150回、180回であったのに対して、実施例1,2のショット数は2000回、3000回と大幅に延びた。すなわち実施例1の金型の寿命は比較例金型の寿命の11倍〜13倍、実施例2の金型の寿命は比較例の16倍〜20倍となった。
【0072】
これらの結果から、本実施例の鋳鉄金型を用いるアルミダイカスト品の製造方法は従来法に比べて極めて耐久性に優れていることが分かり、金型の寿命が大幅に延びることを確認することができた。
【表1】

【0073】
本発明の金型の耐久性が大幅に向上した理由を考察してみる。
【0074】
本発明の金型は表層部分に脱炭層が形成された鋳鉄から成るものである。先ず第1に、この脱炭層そのものが優れた耐アルミニウム溶湯溶損性を有するということが挙げられる。上述のように熱処理前の最終仕上工程において鋳鉄品表面の黒皮(酸化皮膜)を粗挽き加工により切削除去することにより、脱炭層を金型の表面に露出させている。この脱炭層は、特定の組成と組織の組み合わせから成るものであり、とくに耐熱衝撃性、耐溶湯溶損性、耐凝着性の諸特性に優れている。
【0075】
第2に、熱処理により黒鉛が消失して形成された空孔に油性離型剤が浸透し、これらの脱炭層中の空孔に油性離型剤が安定に保持されるため、600℃を超える高温のAl溶湯に接触する過酷な使用においても金型の表面が乾いた状態になり難いということが挙げられる。このように脱炭層による油性離型剤の保持性能が優れていることから、金型表面での離型剤の不足や消失が発生し難くなり、金型への製品の凝着が有効に防止される。その結果、金型の寿命が延長される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、小ロットのアルミダイカスト品の製造に好適に利用され、特に生産中止になった車種において旧型の金型が保存されてなく、その車種の自動車部品について補修用部品の需要がある場合に、その需要に十分に応えることができる。
【符号の説明】
【0077】
6a…鋳鉄金型部材(雄型)、6b…鋳鉄金型部材(雌型)、
7…金属溶湯(アルミ溶湯)、8…黒皮(初期の酸化被膜)、
8A…酸化被膜(黒皮除去→熱処理後の酸化被膜、脱炭層)、81…空孔または間隙、
91…黒鉛、92…空孔または間隙。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)平均組成が質量%で、C:3.0〜3.7%、Si:2.0〜3.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.02〜0.20%、S:0.08%以下、Cr:0.3〜2.0%、Mo:0.2〜0.8%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成の溶湯を金型の仕上寸法よりも大きな鋳型内に鋳込み、鋳込んだ鋳鉄品を前記金型の仕上寸法に対して所定の余剰寸法を残して粗挽き加工した後に、熱処理を施して表面に開口する微細な空孔を含む脱炭層を形成し、粗挽き加工した前記鋳鉄品をさらに表面切削して前記金型の仕上寸法に仕上げ、これにより所望の鋳鉄金型部材をそれぞれ得る、
(ii)前記鋳鉄金型部材の各内面に油性離型剤を塗布し、
(iii)前記鋳鉄金型部材を組み合わせて、所定形状のキャビティを有する金型を組み立て、
(iv)前記金型のキャビティ内に金属溶湯を加圧注入し、
(v)前記金型を解放して、前記金型から製品を取り出すことを特徴とする鋳鉄金型によるアルミニウムダイカスト品の製造方法。
【請求項2】
前記(i)工程において、前記余剰寸法を0.2mm±0.02mmとすることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記(i)工程における前記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において700〜1100℃の温度範囲に1〜20時間保持した後に炉冷又は空冷することを特徴とする請求項1記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−250273(P2012−250273A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−126464(P2011−126464)
【出願日】平成23年6月6日(2011.6.6)
【出願人】(599117451)児玉鋳物株式会社 (4)
【出願人】(591267855)埼玉県 (71)
【Fターム(参考)】