説明

錫・白金複酸化物およびその製造方法

【課題】微細なPt粒子をSnO中に高分散で多量に存在させることができる新規な錫・白金複酸化物およびその製造方法を提供する。
【解決手段】例えば、酸素を含有する不活性スパッタガス中でSnOとPtとを同時スパッタで成膜して合成することにより、一般式SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)で示されるルチル構造を有する錫・白金複酸化物を合成する。詳細には、ルチル構造であるSnOのSnサイトに多量のPtを固溶した新規なSnO(SnPt(1−X))を合成することにより、微細なPt粒子をSnO中に高分散で多量に存在させることが達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルチル構造を有する錫・白金複酸化物およびその製造方法に関し、特には、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる新規な錫・白金複酸化物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、Pt微粒子をSnO担体に担持させたPt/SnO触媒は、高活性なCO酸化用触媒として知られている。Journal of Catalysis 130,(1991年)314ページにあるようにCOガスをclosed−cycleにしたCOレーザーにおいては、レーザー駆動時に微量生成される分解生成物のCOと酸素とを接触酸化してCOに戻すための高活性なCO酸化用触媒としてPt/SnO触媒が紹介されている。高活性な理由はPt触媒微粒子とSnO担体のシナジー効果によるものであると、同ページに記載されている。その他にも数多くの同様の報告がなされているが、報告されているものは、Pt触媒微粒子とSnO粒子との混合物であり、X線回折で調べてみると、PtとSnOとがそれぞれ独立した相として識別できるものである。
【0003】
また、SnOは可燃性ガスなどのセンサ材料として利用されており、その分野においても、センサの感度の向上、ガス種に対する選択性の向上のために、Pt触媒を担持させたSnOが用いられている。触媒、vol.35,No.3(1993年)206ページに記載されているものも、Pt触媒微粒子とSnO粒子との混合物(Pt/SnO)である。その他、多くの同様の報告がなされている。
【0004】
尚、SnOの作製方法は、日本化学学会誌、No.10,(1980年)1597ページに詳しく記載されているが、一般的には、塩化錫を出発原料としてβ−スズ酸を乾燥/焼成し、SnO粉末を作製する例が多い。その後、塩化白金酸などの塩を含浸/焼成することで、Pt微粒子(触媒)をSnOの表面に析出(担持)させて、Pt/SnOが得られる。
【0005】
近年、センサの特性向上を狙いとして、ナノサイズのSnO粒子を作製することが試みられている。作製方法としては、スパッタ、PLD(パルスレーザーアブレーション)などの気相法により作製する方法、Snのアルコキシド化合物を原料として用いた液相法(ゾルゲル法)、あるいは、熱分解法によりナノサイズのSnO粒子を作製する方法が知られている。Ptを担持させた例は少ないものの、例えば、Material Science and Engineering,B57(1998年)76ページに記載されているように、dibutyltin diacetateとPt−acetylacetonateのacetylacetone混合溶液を熱分解して得られるPt微粒子とSnO粒子との混合物(Pt/SnO:Pt濃度0〜12mol%)の報告がある。
【0006】
一方、Chem. Mater. Vol.13,No.11(2001年)4355ページに特異な例として、tetra(tert−butoxy)tinとbis−acetylacetonatePtの熱分解生成物(2.5mol%Pt)がX線回折などの解析から、一部のPtがSn位置に置換したPtドープSnO構造の可能性についての言及がなされている。
【0007】
また、従来から、Wの酸化物には、+4価のものと+6価のものが知られている。『金属酸化物と複合酸化物』田部浩三他著、講談社発行、P200〜P211には、WO、WO、および非化学量論組成WO3−Xなどの多種類の酸化物に関する性状が記載されている。W+4価では、WOが知られており、単斜晶系の変形ルチル構造である。W+6価では、WOが知られており、温度が低温から高温になるにつれ、三斜晶系、単斜晶系、斜方晶系、正方晶系と対称性の良い結晶に変体する。低温、酸素分圧(Po)が高い雰囲気では、WOが安定相となるため、通常はWOが最もできやすい。遷移金属酸化物であるW酸化物は触媒能も有しており、水素化反応、異性化反応など各種触媒反応に用いられている。
【0008】
また、複酸化物としては、『電気伝導性酸化物』津田惟雄他著、裳華房発行、P26,2−2表中にBサイトにWイオンが入ったペロブスカイト型の複酸化物(MxWO)などの記述がある。
【0009】
Wは、+4価、+6価以外にも、不確実ではあるが、+2価、+3価、+5価などの価数もとれるため、多彩な複酸化物を構成する可能性を有しており、さらに組み合わせにより、特異な機能を発揮する可能性を秘めている。
【0010】
また、従来、Reの酸化物には、2価〜7価のものが知られている。『金属酸化物と複合酸化物』田部浩三他著、講談社発行、P230〜P235には、Re、ReO、ReOなどの多種類の酸化物に関する性状が記載されている。酸素分圧(Po)1〜10−5気圧では、Reが安定相である。遷移金属酸化物のため触媒能も有しており、Re酸化物微粒子をアルミナ担体に担持した担持触媒として、水素化反応、酸化反応、石油改質反応に用いられている。これらの触媒は全て、アルミナなどの担体とRe酸化物の混合物であり新規な化合物ではない。
【0011】
また、複酸化物としては、『電気伝導性酸化物』津田惟雄他著、裳華房発行、P26,2−2表中に、BサイトにReイオンが入ったペロブスカイト型の複酸化物(MxReO)あるいはP29にはLaRe19などの記述がある。
【0012】
上述したように、Reは2価〜7価の価数をとれるため、多彩な複酸化物を構成する可能性を有しており、さらに組み合わせにより、特異な機能を発揮する可能性を秘めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−292399号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Journal of Catalysis 130,(1991年)314ページ
【非特許文献2】触媒、vol.35,No.3(1993年)206ページ
【非特許文献3】日本化学学会誌、No.10,(1980年)1597ページ
【非特許文献4】Material Science and Engineering,B57(1998年)76ページ
【非特許文献5】Chem. Mater. Vol.13,No.11(2001年)4355ページ
【非特許文献6】『金属酸化物と複合酸化物』田部浩三他著、講談社発行、P200〜P211、P230〜P235
【非特許文献7】『電気伝導性酸化物』津田惟雄他著、裳華房発行、P26,2−2表
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、Pt触媒微粒子とSnO粒子との混合物(Pt/SnO)は、PtとSnOとのシナジー効果の結果として高活性な触媒作用を示し、それを利用したCO酸化用触媒、センサ用材料として広く利用が進んでいる。PtとSnOとのシナジー効果では、SnO中に微細なPt粒子を高分散で多量に存在させることにより、更に向上が期待される。
【0016】
つまり、本発明は、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる新規な錫・白金複酸化物およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる新規な錫・白金複酸化物を製造する手法について鋭意研究を続けてきた。その結果、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる新規なルチル構造を有する錫・白金複酸化物を見出し、本発明を完成させるに至った。詳細には、ルチル構造であるSnOのSnサイトに多量のPtを置換固溶した新規なルチル構造の錫白金複酸化物(SnPt(1−X))を合成することにより、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることが達成される。
【0018】
請求項1に記載の発明によれば、一般式
SnPt(1−X)
(0.565≦X≦0.97)
で示されるルチル構造を有することを特徴とする錫・白金複酸化物が提供される。
【0019】
請求項2に記載の発明によれば、酸素を含有する不活性スパッタガス中でSnOとPtとを同時スパッタで成膜して合成することを特徴とする請求項1に記載の錫・白金複酸化物の製造方法が提供される。
【0020】
本発明者らは、既に特願2003−374359で、CHに対して特異な触媒酸化活性を有する、ルチル構造を有する錫・白金複酸化物とその製造方法について出願した。具体的には、ルチル構造であるSnOのSnサイトに多量なPtを原子(イオン)状で固溶した特異な触媒酸化活性を有する新規な物質SnPt(1−X)を見出したものである。
【0021】
そこで、本発明者らは、Wは多価イオンであり、+4価で6配位の場合、比較的Snイオン半径と似通っていることから、同様な発想を行い、新規な一般式Sn(1−X)で示されるルチル構造を有することを特徴とする錫・タングステン複酸化物の合成に思い至った。すなわち、Wイオンを微粒子ではなく、原子レベルで高分散でSnO中に多量に混合することで、Wと特異な酸化触媒機能を有するSnOのシナジー効果で、現状の担持触媒では得られない特異な触媒酸化活性などの新規機能を有する材料が得られるものと推測した。
【0022】
つまり、本発明に関連する発明は、微細なW粒子を高分散でSnO中に多量に存在させる究極の構造としてなされたものである。それは、ルチル構造であるSnOのSnサイトに多量なWを固溶した新規なSnO(Sn(1−X))を合成することで達成される。
【0023】
更に、本発明者らは、多価イオンであり、比較的Snイオン半径と似通ったReを用いて、同様な発想を行い、新規な一般式SnRe(1−X)で示されるルチル構造を有することを特徴とする錫・レニューム複酸化物の合成に思い至った。すなわち、Reイオンを微粒子ではなく、原子レベルで高分散でSnO中に多量に混合することで、Reと特異な酸化触媒機能を有するSnOのシナジー効果で、現状の担持触媒では得られない特異な触媒酸化活性などの新規機能を有する材料が得られるものと推測した。
【0024】
つまり、本発明に関連する他の発明は、微細なRe粒子を高分散でSnO中に多量に存在させる究極の構造としてなされたものである。それは、ルチル構造であるSnOのSnサイトに多量なReを固溶した新規なSnO(SnRe(1−X))を合成することで達成される。
【発明の効果】
【0025】
請求項1及び2に記載の錫・白金複酸化物およびその製造方法では、微細なPt粒子(Pt原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる。
【0026】
一般式SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)で示されるルチル構造を有する新規な錫・白金複酸化物を提供できるので、各種触媒、センサ材料、触媒電極への利用が期待できる。
【0027】
本発明に関連する発明の錫・タングステン複酸化物およびその製造方法では、微細なW粒子(W原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる。
【0028】
一般式Sn(1−X)(0.61≦X≦0.787)で示されるルチル構造を有する新規な錫・タングステン複酸化物を提供できるので、各種触媒、センサ材料、触媒電極への利用が期待できる。
【0029】
本発明に関連する他の発明の錫・レニューム複酸化物およびその製造方法では、微細なRe粒子(Re原子)をSnO中に高分散で多量に存在させることができる。
【0030】
詳細には、非平衡度の高い合成法でかつ、Poが10−5気圧以下でSnRe(1−X)の合成を試みた。具体的には、Ar+O雰囲気でSnOとReを同時にスパッタすることで、一般式SnRe(1−X)(0.637≦X≦0.796)の合成を可能にした。
【0031】
一般式SnRe(1−X)(0.637≦X≦0.796)で示されるルチル構造を有する新規な錫・レニューム複酸化物を提供できるので、各種触媒、センサ材料、触媒電極への利用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
<本発明>
図1は本発明の錫・白金複酸化物を構成するルチル構造のユニットセルを示した図である。図1に示すように、Sn(小球)はO(大球)で6配位され、Oの作る8面体の中心に位置する。また、O(大球)はSn(小球)に3配位されている。Oの作る8面体は、稜共有と頂点共有により、結晶全体に広がっている。SnOにおいて、Snは+4価であり、Oは−2価である。Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.69Å、O−2価のイオン半径(Shannon半径)は1.26Åである。
【0033】
SnOのSnサイトに多量なPtを固溶させようとする場合に問題となるのは、SnO結晶中でPtが+4価で安定して存在するか否かという点と、ルチル結晶としてSn+4価のイオン半径とPt+4価のイオン半径との差異を許容できるか否かという点にある。Pt+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.63Åであり、Sn+4価のイオン半径とは大きな差異がないとも言える。更に、ルチル構造におけるカチオンのイオン半径に対する許容度が比較的大きいことを考え合わせると、本発明者等は多量なPtを固溶したSnO(SnPt(1−X))を合成することは不可能ではないと考えた。更に、本発明者等は、SnPt(1−X)が合成された例がないのは、通常の合成法は熱平衡での合成が多いためにPtとSnOとが分離し、Pt微粒子とSnO粒子との混合物(Pt/SnO)になってしまうためであると考えた。
【0034】
そこで、非平衡度の高い合成法によるSnPt(1−X)の合成を試みた。具体的には、Ar+O雰囲気で、SnOとPtとを同時にスパッタすることにより、一般式SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)の合成を可能にした。本実施形態では、例としてスパッタ法による合成法を説明するが、他の実施形態では、プラズマCVD、CVD、PLDなどの非平衡度の高い合成法により、同様に、一般式SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)を合成することができる。
【0035】
尚、純粋なSnOをスパッタ法で形成した例は、センサ特性、量産性の点で優れた成膜方法として特公平6−43978号公報に記載されている。
【0036】
<本発明についての実施例>
基板は表面に熱酸化膜が形成されたφ4インチ(10.16cm)Siを用いた。成膜はRFマグネトロンスパッタリング装置を用い、反応性スパッタリング方法によって行った。成膜条件はAr+O(40cc/min+5cc/min)、スパッタガス圧力2Pa、基板温度100℃、RFパワー50Wで、膜厚500nmの、PtをドープしたSnO膜を成膜した。ターゲットとしては、4N純度のSnOの上のエロージョン形成部に長さ20mmのPtワイヤを均等に配置し、成膜した。Ptワイヤの径と本数とを変更し、SnO中のPtの組成(at%)を調べた結果、表1のような結果を得た。Ptの組成は、ESCAでの測定結果であり、ICPによる定量結果ともほぼ一致している。尚、SnPt(1−X)のXと表1のPt組成とは、X=1−(3×Pt組成(at%)/100)の関係となる。
【0037】
【表1】

【0038】
当然ではあるが、表1から、Pt量(wire本数)が多くなるにつれて、SnO中のPt濃度が増加することがわかる。
【0039】
PtがSnO結晶中のSnと置換しているか否かは、以下の分析手法を用いて調べた。すなわち、結晶構造はX線回折によって、化学状態はESCAによって、Pt−O間距離はEXAFSによる動径分布などによって調べた。
【0040】
X線回折はSpring−8 BL16XU 4軸X線回折装置を用い、E=10keV(1.24nm)、X線面内回折(表面層の回折で、表面に垂直な結晶面を選択的に検出)で行った。
【0041】
代表例として、12.3at%Pt−SnO(曲線A)とSnO(曲線B)とのX線回折結果を図2に、12.3at%Pt−SnO(曲線A)と24.9at%Pt−SnO(曲線C)とのX線回折結果を図3に比較して示す。
【0042】
図2および図3から以下のことがわかる。
【0043】
(1)12.3at%Pt−SnO(曲線A)および24.9at%Pt−SnO(曲線C)のいずれにおいても、Pt金属およびPt酸化物のピークは認められない。
【0044】
(2)12.3at%Pt−SnO(曲線A)では、SnOと同じルチル構造の回折ピークを有するが、12.3at%Pt−SnO(曲線A)のそれぞれの回折ピークは、純粋なSnO(曲線B)と比べて若干高角側にずれている。すなわち、12.3at%Pt−SnO(曲線A)の格子定数は、純粋なSnO(曲線B)と比べて小さい。
【0045】
(3)24.9at%Pt−SnO(曲線C)では回折ピークが認められない。すなわち、非晶質化している。
【0046】
上記(1)より、Ptは<1nmの非常に小さい微粒子で存するか、あるいは、SnOの格子中に固溶しているかのいずれかであることがわかる。また、上記(2)より、12.3at%Pt−SnO(曲線A)では、PtがSnと置換している可能性が高いことがわかる。すなわち、SnPt(1−X)が合成されていると推定される。更に、上記(3)より、Ptの固溶量が多すぎると、ルチル構造が崩れ非晶質化することがわかる。
【0047】
PtがSnと置換している可能性が高いため、12.3at%Pt−SnO(曲線A)について、更に、白金の化学状態(価数)をESCAで調べると共に、Ptの第1近接原子間距離(Pt−O間距離)をEXAFSによる動径分布で調べた。
【0048】
ESCAでの測定結果を図4に示す。図4は12.3at%Pt−SnOのESCAナロースキャンスペクトル(Pt4f軌道)である。図4に示すように、Ptが酸化しており、+4価で存在していることがわかる。また、XANE(X−ray Absorption Near Edge Structure)でもPtの酸化状態が確認されている。
【0049】
更に、12.3at%Pt−SnOについてEXAFS(Extended X−ray Absorption Fine Structure)による動径分布を調べ、Ptの第1近接原子間距離を求め、その距離が、Ptが第1近接原子と考えた場合の2.76Åより著しく短い2.015Åであることが判明した。すなわち、12.3at%Pt−SnOのPtの第1近接原子はPtではなく、Ptを中心としてOが6配位した8面体構造におけるPt−O間距離(Shannon半径よりの計算値2.03Å)に極めて近い2.015Åであることが判明した。この距離は、SnO結晶中のSn−O間距離=2.057Åと比べると、約0.042Å短くなっている。酸素8面体(6配位)でのカチオンのイオン半径はShannon半径を用いるのが的確であり、Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.83Å、Pt+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.77Å、O−2価のイオン半径(Shannon半径)は1.26Åである。Shannon半径を使った計算で、Pt−O間距離=2.03Å、Sn−O間距離=2.09Åとなる。表2に測定値とShannon半径からの計算結果をまとめて示すが、EXAFS結果と計算結果とが比較的良く一致していることがわかる。すなわち、Ptが酸素8面体の中心にあることが明確である。
【0050】
【表2】

【0051】
上述したX線回折、化学状態、Pt−O間距離などの結果により、12.3at%Pt−SnOにおいては、PtはSnO結晶中のSnと置換していることは明白であり、一般式SnPt(1−X)におけるX=0.631(Sn0.631Pt0.369)と表記されるルチル構造を有する新規な錫・白金複酸化物であることが明確になった。
【0052】
尚、試作した各種Pt濃度の合成物のX線回折結果を表3に示す。表3より、Pt濃度が20at%以上になると、ルチル構造を示さなくなることがわかる。また、20at%Pt以下では、X線回折における格子定数評価ではPt濃度が増加するにつれてc軸格子定数が減少する(a軸は一定)ことも明確になっており、SnサイトへのPtの置換固溶を示している。代表例として12.3at%Pt−SnOについて説明してきたが、ルチル構造を示す合成物に関しては、同様の分析を行い、全てPtがSnOのSnと置換していることを確認しており、一般式SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)で表記されるルチル構造を有する新規な錫・白金複酸化物であった。
【0053】
【表3】

【0054】
特異な触媒活性を示す例として、上記合成物についてCHの酸化活性を調べた結果の一部を図5に示す。図5に示すように、純粋なSnOでは、450℃においてCHは殆ど酸化されないが、SnPt(1−X)(0.565≦X≦0.97)で示されるルチル構造では、Pt濃度を増加すると酸化活性が向上することがわかる。また、Pt濃度を更に増加して非晶質構造になると、CHの酸化活性が低下することもわかる。
【0055】
この特異な触媒活性を示す理由はまだ良くわからないが、Ptが原子状態で、SnPt(1−X)に分散されており、CHの酸化活性にこの新規材料のルチル構造が関与しているものと推定される。
【0056】
<本発明に関連する発明>
本発明に関連する発明の錫・タングステン複酸化物を構成するルチル構造のユニットセルは、図1に示したものと同様に構成されている。
【0057】
図1に示すように、Sn(小球)はO(大球)で6配位され、Oの作る8面体の中心に位置する。また、O(大球)はSn(小球)に3配位されている。Oの作る8面体は、稜共有と頂点共有により、結晶全体に広がっている。SnOにおいて、Snは+4価であり、Oは−2価である。Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.69Å、O−2価のイオン半径(Shannon半径)は1.26Åである。
【0058】
SnOのSnサイトに多量なWを固溶させようとする場合に問題となるのは、SnO結晶中でWが+4価で安定して存在するか否かという点と、ルチル結晶としてSn+4価のイオン半径とW+4価のイオン半径との差異を許容できるか否かという点にある。W+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.65Åであり、Sn+4価のイオン半径とは大きな差異はなく、Pt+4価のイオン半径(Shannon半径)の0.63ÅよりもSn+4価のイオン半径に近い。上記に加え、ルチル構造におけるカチオンのイオン半径に対する許容度が比較的大きいことを考え合わせると、本発明者等は多量なWを固溶したSnO(Sn(1−X))を合成することは不可能ではないと考えた。
【0059】
更に、本発明者等は、Sn(1−X)が合成された例がないのは、
1)W+4価は高温かつ低酸素(Po)で安定である。
2)通常の合成法は熱平衡での合成が多いためにWとSnOとが分離し、WあるいはW酸化物微粒子とSnO粒子との混合物(WO/SnO)になってしまうためであると考えた。
【0060】
そこで、非平衡度の高い合成法によるSn(1−X)の合成を試みた。具体的には、Ar+O雰囲気で、SnOとWとを同時にスパッタすることにより、一般式Sn(1−X)(0.61≦X≦0.787)の合成を可能にした。本実施形態では、例としてスパッタ法による合成法を説明するが、他の実施形態では、プラズマCVD、CVD、PLDなどの非平衡度の高い合成法により、同様に、一般式Sn(1−X)(0.61≦X≦0.787)を合成することができる。
【0061】
尚、上述したように、純粋なSnOをスパッタ法で形成した例は、センサ特性、量産性の点で優れた成膜方法として特公平6−43978号公報に記載されている。
【0062】
<本発明に関連する発明についての実施例>
基板は表面に熱酸化膜が形成されたφ4インチ(10.16cm)Siを用いた。成膜はRFマグネトロンスパッタリング装置を用い、反応性スパッタリング方法によって行った。成膜条件はAr+O(40cc/min+5cc/min)、スパッタガス圧力1Pa、基板温度100℃、RFパワー50Wで、膜厚500nmの、WをドープしたSnO膜を成膜した。ターゲットとしては、4N純度のSnOの上のエロージョン形成部に幅2mm×長さ20mmのW箔を均等に配置し、成膜した。W箔の枚数を変更し、SnO中のWの組成(at%)を調べた結果、表4のような結果を得た。Wの組成は、ESCAでの測定結果であり、ICPによる定量結果ともほぼ一致している。尚、Sn(1−X)のXと表4のW組成とは、X=1−(3×W組成/100)の関係となる。
【0063】
【表4】

【0064】
当然ではあるが、表4から、W箔枚数が多くなるにつれて、SnO中のW濃度が増加することがわかる。
【0065】
WがSnO結晶中のSnと置換しているか否かは、以下の分析手法を用いて調べた。すなわち、結晶構造はX線回折によって、化学状態はESCAによって調べた。
【0066】
X線回折はSpring−8 BL16XU 4軸X線回折装置を用い、E=10keV(1.24nm)、X線面内回折(表面層の回折で、表面に垂直な結晶面を選択的に検出)で行った。
【0067】
表5に表4の各組成の化合物のX線回折で得られた結果(格子定数など)を示す。
【0068】
【表5】

【0069】
回折では、SnOの結晶構造であるルチル以外のピークは認められなかった。すなわち、W金属、およびW+4価の酸化物であるWOおよびWOなどのW酸化物は生成していないことが確認された。
【0070】
表5から以下のことがわかる。
【0071】
(1)W組成が高くなるにつれて、WをドープしたSnO膜のa軸の格子定数がSnOのa軸の格子定数に比べ小さくなる。すなわち、Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.69Åであるが、それよりも小さなイオン半径のW+4価(Shannon半径:0.65Å)で置換されたことを示している。
【0072】
(2)c軸の格子定数はW組成が高くなってもSnOのa軸の格子定数と変わらない。
【0073】
上記より、Wを7.1at%、13.0at%ドープしたSnO膜では、WがSnと置換している可能性が高いことがわかる。すなわち、Sn(1−X)が合成されていると推定される。
【0074】
WがSnと置換している可能性が高いため、Wを7.1at%、13.0at%ドープしたSnO膜について、更に、Wの化学状態(価数)をESCAで調べたところ、+4価であることが判明した。
【0075】
上述してきたX線回折、化学状態の結果により、Wを7.1at%、13.0at%ドープしたSnO膜においては、WはSnO結晶中のSnと置換していることは明白であり、それぞれが、一般式Sn(1−X)におけるX=0.787(Sn0.7870.213)およびX=0.61(Sn0.610.39)と表記されるルチル構造を有する新規な錫・タングステン複酸化物であることが明確になった。
【0076】
特異な触媒活性を示す例として、上記合成物についてCHの酸化活性を調べたが、純粋なSnOでは450℃ではほとんどCHは酸化されないが、Sn0.7870.213およびSn0.610.39で示されるルチル構造では、W濃度を増加すると酸化活性が向上することがわかった。
【0077】
この特異な触媒活性を示す理由はまだよくわからないが、CHの酸化活性にこの新規材料のルチル構造が関与しているものと推定される。
【0078】
<本発明に関連する他の発明>
本発明に関連する他の発明の錫・レニューム複酸化物を構成するルチル構造のユニットセルは、図1に示したものと同様に構成されている。
【0079】
図1に示すように、Sn(小球)はO(大球)で6配位され、Oの作る8面体の中心に位置する。また、O(大球)はSn(小球)に3配位されている。Oの作る8面体は、稜共有と頂点共有により、結晶全体に広がっている。SnOにおいて、Snは+4価であり、Oは−2価である。Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.69Å、O−2価のイオン半径(Shannon半径)は1.26Åである。
【0080】
SnOのSnサイトに多量なReを固溶させようとする場合に問題となるのは、SnO結晶中でReが+4価で安定して存在するか否かという点と、ルチル結晶としてSn+4価のイオン半径とRe+4価のイオン半径との差異を許容できるか否かという点にある。Re+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.63Åであり、Sn+4価のイオン半径とは大きな差異はないともいえる。上記に加え、ルチル構造におけるカチオンのイオン半径に対する許容度が比較的大きいことを考え合わせると、本発明者等は多量なReを固溶したSnO(SnRe(1−X))を合成することは不可能ではないと考えた。
【0081】
更に、本発明者等は、SnRe(1−X)が合成された例がないのは、
1)酸素分圧(Po)1〜10−5気圧ではRe+7価が安定である。
2)通常の合成法は熱平衡での合成が多いためにReとSnOとが分離し、ReあるいはRe酸化物微粒子とSnO粒子との混合物(ReO/SnO)になってしまうためであると考えた。
【0082】
そこで、非平衡度の高い合成法によるSnRe(1−X)の合成を試みた。具体的には、Ar+O雰囲気(Poが10−5気圧以下)で、SnOとReとを同時にスパッタすることにより、一般式SnRe(1−X)(0.637≦X≦0.796)の合成を可能にした。本実施形態では、例としてスパッタ法による合成法を説明するが、他の実施形態では、プラズマCVD、CVD、PLDなどの非平衡度の高い合成法で、Poが10−5気圧以下であれば、別の手法でも、同様に、一般式SnRe(1−X)(0.637≦X≦0.796)を合成することができる。
【0083】
尚、上述したように、純粋なSnOをスパッタ法で形成した例は、センサ特性、量産性の点で優れた成膜方法として特公平6−43978号公報に記載されている。
【0084】
<本発明に関連する他の発明についての実施例>
基板は表面に熱酸化膜が形成されたφ4インチ(10.16cm)Siを用いた。成膜はRFマグネトロンスパッタリング装置を用い、反応性スパッタリング方法によって行った。成膜条件はAr+O(40cc/min+0.1cc/min)、スパッタガス圧力1Pa、基板温度100℃、RFパワー50Wで、膜厚500nmの、ReをドープしたSnO膜を成膜した。ターゲットとしては、4N純度のSnOの上のエロージョン形成部に幅2mm×長さ20mmのRe箔を均等に配置し、成膜した。Re箔の枚数を変更し、SnO中のReの組成(at%)を調べた結果、表6のような結果を得た。Reの組成は、ESCAでの測定結果であり、ICPによる定量結果ともほぼ一致している。尚、SnRe(1−X)のXと表6のRe組成とは、X=1−(3×Re組成/100)の関係となる。
【0085】
【表6】

【0086】
当然ではあるが、表6から、Re量が多くなるにつれて、SnO中のRe濃度が増加することがわかる。
【0087】
ReがSnO結晶中のSnと置換しているか否かは、以下の分析手法を用いて調べた。すなわち、結晶構造はX線回折によって、化学状態はESCAによって調べた。
【0088】
X線回折はSpring−8 BL16XU 4軸X線回折装置を用い、E=10keV(1.24nm)、X線面内回折(表面層の回折で、表面に垂直な結晶面を選択的に検出)で行った。
【0089】
表7に表6の各組成の化合物のX線回折で得られた結果(格子定数など)を示す。
【0090】
【表7】

【0091】
回折では、SnOの結晶構造であるルチル以外のピークは認められなかった。すなわち、Re金属、およびRe+4価の酸化物である単斜晶系、三斜晶系のReO、Re、ReOなどのRe酸化物は生成していないことが確認された。
【0092】
表7から以下のことがわかる。
【0093】
(1)Re組成が高くなるにつれて、ReをドープしたSnO膜のa軸の格子定数がSnOのa軸の格子定数に比べ小さくなる。すなわち、Sn+4価のイオン半径(Shannon半径)は0.69Åであるが、それよりも小さなイオン半径のRe+4価(Shannon半径:0.63Å)で置換されたことを示している。
【0094】
(2)c軸の格子定数はRe組成が高くなってもSnOのa軸の格子定数と変わらない。
【0095】
上記より、Reを6.8at%、12.1at%ドープしたSnO膜では、ReがSnと置換している可能性が高いことがわかる。すなわち、SnRe(1−X)が合成されていると推定される。
【0096】
ReがSnと置換している可能性が高いため、Reを6.8at%、12.1at%ドープしたSnO膜について、更に、Reの化学状態(価数)をESCAで調べたところ、+4価であることが判明した。
【0097】
上述してきたX線回折、化学状態の結果により、Reを6.8at%、12.1at%ドープしたSnO膜においては、ReはSnO結晶中のSnと置換していることは明白であり、それぞれが、一般式SnRe(1−X)におけるX=0.796(Sn0.7960.204)およびX=0.637(Sn0.6370.363)と表記されるルチル構造を有する新規な錫・レニューム複酸化物であることが明確になった。
【0098】
特異な触媒活性を示す例として、上記合成物についてCHの酸化活性を調べた。純粋なSnOでは450℃ではほとんどCHは酸化されないが、Sn0.7960.204およびSn0.6370.363で示されるルチル構造では、Re濃度を増加すると酸化活性が向上することがわかった。
【0099】
この特異な触媒活性を示す理由はまだよくわからないが、CHの酸化活性にこの新規材料のルチル構造が関与しているものと推定される。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の錫・白金複酸化物は特異な触媒作用を有するため、酸化触媒のような各種触媒、センサ材料、燃料電池の触媒電極などの利用分野が考えられる。
【0101】
本発明に関連する発明の錫・タングステン複酸化物は触媒作用を有するため、酸化触媒などの各種触媒、センサ材料、燃料電池の触媒電極などの利用分野が考えられる。
【0102】
本発明に関連する他の発明の錫・レニューム複酸化物は触媒作用を有するため、酸化触媒などの各種触媒、センサ材料、燃料電池の触媒電極などの利用分野が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の錫・白金複酸化物の一部を構成するルチル構造のユニットセルを示した図である。
【図2】12.3at%Pt−SnO(曲線A)とSnO(曲線B)とのX線回折結果を示した図である。
【図3】12.3at%Pt−SnO(曲線A)と24.9at%Pt−SnO(曲線C)とのX線回折結果を示した図である。
【図4】ESCAでの測定結果を示した図である。
【図5】CHの酸化活性を調べた結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
SnPt(1−X)
(0.565≦X≦0.97)
で示されるルチル構造を有することを特徴とする錫・白金複酸化物。
【請求項2】
酸素を含有する不活性スパッタガス中でSnOとPtとを同時スパッタで成膜して合成することを特徴とする請求項1に記載の錫・白金複酸化物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−63507(P2011−63507A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−259043(P2010−259043)
【出願日】平成22年11月19日(2010.11.19)
【分割の表示】特願2004−189143(P2004−189143)の分割
【原出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】