説明

防護部材およびこれを用いた防護装置

【課題】 銃弾,砲弾等の飛翔体の貫通性能が飛躍的に高くなっている現在、貫通性能が高い飛翔体に対して、十分に防護できる防護部材がない。
【解決手段】 受衝面を含む受衝部を炭化物を主成分とするセラミックスで構成し、前記受衝部の裏面側に位置する基部を前記受衝部より高い破壊靱性の材質としたことを特徴とする防護部材とすることにより、受衝面側を構成する材質は硬度、剛性、圧縮強度等の機械的特性を高くすることができるため、着弾した銃弾や砲弾の先端を変形させたり、小片化させたりすることができるとともに、基部側を構成する材質により、変形、小片化した銃弾や砲弾の運動エネルギーを吸収または散逸させることができる。また、受衝面側の材質で発生したクラックの進行は基部側の材質との境界で止められるため、前記両材質の特性が十分に発揮され、相乗効果により防護性能を高くすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量で高い機械的特性を有する防護部材およびこれを用いた防護装置に関する。特に、銃弾や砲弾等の飛翔体や鋭利な刃物の貫通を防止して人体,車両,船舶,航空機等を保護するための防護部材、およびこれを用いた防弾チョッキ,防刃チョッキ,防刃盾,防弾機能付きカバン,防弾ヘルメット等の防護具並びに防弾板等の防護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の国際情勢の緊迫化等により、防護部材の需要は増加の一途を辿っている。このような防護部材には、軽量化が要求されるとともに、銃弾や砲弾等から大きな圧縮応力が加わるため、高い圧縮強度が要求される。軽量で、かつ高い機械的特性を有する材料としては、炭化硼素質焼結体,炭化珪素質焼結体等を挙げることができ、これらは実際に銃弾や砲弾等に対する防護部材の材料として用いられている。
【0003】
このように、高い圧縮強度を有する炭化硼素質焼結体や炭化珪素質焼結体を用いた防護部材として、特許文献1では、ヘルメットの前頭部と後頭部に相当する位置において、セラミックスを主たる素材とした耐衝撃補強体を、ヘルメット外部を覆うカバー内に内包させたヘルメット用耐弾付加器が提案されており、セラミックスの主成分が炭化珪素、炭化硼素、窒化珪素およびアルミナの中から選ばれる一種以上で構成されることとしている。
【0004】
また、特許文献2では、平面形状が多角形のセラミックタイルであって、タイルの多角形の頂点部分の厚みがタイルの中央部分の厚みより厚いセラミックスタイルが提案されている。そして、このセラミックタイルが、アルミナ、窒化珪素、炭化珪素、ジルコニアまたはボロンカーバイドであり、防弾板用、防弾チョッキ用または防刃チョッキ用であることとしている。
【特許文献1】特開2002−294512号公報
【特許文献2】特開2002−326861号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1で提案されたヘルメット用耐弾付加器や、特許文献2で提案されたセラミックタイルを用いた防弾板、防弾チョッキおよび防刃チョッキは、軽くて、耐衝撃性や耐弾性が向上されてはいるものの、いずれもセラミック焼結体単体で衝撃を吸収する構造であるため、銃弾や砲弾等の貫通性能が飛躍的に高くなっている現在、十分に防護できるものはいえなくなりつつある。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、貫通性能の高い銃弾や砲弾に対する防護性能を向上させた軽量な防護部材およびこれを用いた防護装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するために、本発明の防護部材は、
1)受衝面を有する受衝部を炭化物を主成分とするセラミックスで構成し、前記受衝部の裏面側に位置する基部を前記受衝部より高い破壊靱性の材質で構成したことを特徴とする。
【0008】
また、2)上記1)の防護部材において、前記炭化物は炭化硼素を主成分としたことを特徴とする。
【0009】
また、3)上記1)または2)の防護部材において、前記基部側の材質を窒化珪素を主成分としたセラミックスとしたことを特徴とする。
【0010】
また、4)上記2)の防護部材において、前記受衝部のセラミックス中にグラファイトおよび炭化珪素を含有させたことを特徴とする。
【0011】
また、5)上記1)〜4)のいずれかの防護部材において、前記受衝部と前記基部とを結合層を介して接合させたことを特徴とする。
【0012】
また、6)上記5)の防護部材において、前記結合層は樹脂からなることを特徴とする。
【0013】
また、7)上記1)〜6)のいずれかの防護部材において、前記受衝面を凸状曲面としたことを特徴とする。
【0014】
さらに、本発明の防護装置は、
8)基体上に上記1)〜7)のいずれかの防護部材の複数を設けたことを特徴とする。
【0015】
なお、上記主成分とは70質量%以上をいうものとする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の防護部材によれば受衝面側を炭化物を主成分とするセラミックスとし、基部側を受衝面側より高い破壊靱性を有する材質としたことから、受衝面側を構成する材質は硬度,剛性,圧縮強度等の機械的特性を高くすることができる。これにより、着弾した銃弾や砲弾の先端を変形させたり、小片化させたりすることができるとともに、基部側を構成する材質により、変形、小片化した銃弾や砲弾の運動エネルギーを吸収または散逸させることができる。
【0017】
また、受衝面側の材質で発生したクラックの進行は、基部側との境界で止められるため、前記両材質の特性が十分に発揮され、相乗効果により防護性能を高くすることができる。
【0018】
また、本発明の防護部材によれば、前記炭化物は炭化硼素を主成分としたことから、受衝面側の材質は、比重をより小さくすることができるので、特に人体を保護するための防弾チョッキ、防弾ヘルメット等に用いると軽量化され、好適である。
【0019】
また、本発明の防護部材によれば、基部側の材質を窒化珪素を主成分としたことから、基部側の材質は、比重を小さくして、破壊靱性を高くすることができるため、軽量であるともに、クラックをさらに進行しにくくすることができる。
【0020】
また、本発明の防護部材によれば、受衝部のセラミックス中にグラファイトおよび炭化珪素を含有させたので、防護部材の要求特性である圧縮強度をより高くすることができる。
【0021】
また、本発明の防護部材によれば、受衝部と基部とを結合層を介して接合させたので、この結合層により、接合に伴って発生する応力が緩和されるため、受衝部と基部とが本質的に備えている機能をほとんど損なうことがない。
【0022】
また、本発明の防護部材によれば、結合層は樹脂からなるので、接合に伴って発生する応力を樹脂が吸収して緩和するため、受衝部と基部とが本質的に備えている機能を十分発現することができる。
【0023】
さらに、本発明の防護部材によれば、受衝面側の表面を凸状曲面としたことから、銃弾や砲弾の飛翔方向と受衝面側の表面の法線とが一致する確率を大幅に減少させることができる。その結果、銃弾や砲弾は受衝面側の表面を滑るようにしながら着弾するので、破壊エネルギーは吸収または散逸され、防護性能をより高くすることができる。
【0024】
そして、本発明の防護装置は、上述したように防護性能の高い防護部材の複数を用いていることから、銃弾や砲弾等の貫通を高い確率で防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、模式的に示した図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0026】
図1は、本発明の防護部材の一実施形態を模式的に示す斜視図であり、図2〜図3は、本発明の防護部材の他の実施形態を示す斜視図である。なお、図面において共通の部位を表す場合は同一符号を用いる。
【0027】
図1に示すように、本発明の防護部材1は、銃弾や砲弾等の飛翔物や刃物等による衝撃やその他外部からの衝撃を受けとめるための受衝面を有する受衝部を、炭化物を主成分とするセラミックス(図中のセラミック焼結体2)とし、受衝部の裏面側に位置する基部を衝撃面側より高い破壊靱性を有する材質(図中のセラミック焼結体3)としている。
【0028】
このような構成にすることにより、受衝部を硬度,剛性,圧縮強度等の機械的特性を高くすることができるため、例えば着弾した銃弾や砲弾の先端を変形させたり、小片化させたりすることができる。
【0029】
また、基部側を構成する材質は破壊靭性が高いため、変形、小片化した銃弾や砲弾の運動エネルギーを吸収または散逸させることができる。
【0030】
なお、基部を構成する材質は、金属材料や樹脂等でもよく、セラミックスに限定されないが、基部で銃弾や砲弾をさらに変形、破片化するために硬度,剛性,圧縮強度が金属や樹脂より高いセラミックス焼結体とする方が好ましい。
【0031】
また、受衝面側の材質で発生したクラックの進行は、基部側との境界で止められるため、前記両材質の特性が十分に発揮され、防護性能を高くすることができる。これら両材質としては、例えば、炭化物を主成分とするセラミック焼結体2およびこのセラミック焼結体2より高い破壊靱性を有するセラミック焼結体3とすればよい。
【0032】
これらセラミック焼結体2,3は必ずしも接合されている必要はなく、例えばセラミック焼結体2,3を重ねて袋に挿入したり、クリップ,バンド,テープ,ネジ等の固定部材を用いて固定したりすればよい。また、セラミック焼結体2,3がそれぞれ対向する面2a,3aを接着剤や両面テープで接着していてもよい。この一例を図2に示す。
【0033】
図2に示すように、セラミック焼結体2,3は、それぞれ対向する面2a,3aが結合層4を介して接合されており、この結合層4は接合によって発生する応力を緩和するため、双方のセラミック焼結体2,3が本質的に備えている機能をほとんど損なうことなく、その機能を発揮することができる。また、結合層4は、例えば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル樹脂およびユリア樹脂の少なくともいずれか1種から形成され、その厚みは5μm〜2mmである。あるいは、セラミック焼結体2,3を焼結により接合しても何等差し支えない。
【0034】
なお、結合層4は、セラミック焼結体2,3の接合に伴って発生する応力を緩和できるという理由により、ヤング率が低いものが好適であり、特に樹脂で構成するのが受衝部と基部とが本質的に備えている機能を十分発現することができるという点で最適である。
【0035】
受衝面側のセラミック焼結体2は炭化硼素を主成分とする焼結体(以下、炭化硼素質焼結体という。)、炭化珪素を主成分とする焼結体(以下、炭化珪素質焼結体という。)または、これらの複合焼結体などが挙げられるが、比重が小さく、硬度が高いという点で炭化硼素質焼結体とするのが最適である。
【0036】
なお本発明では、着目する材質を構成する成分のうち、70質量%以上を占める成分を主成分というが、前記複合焼結体においてはこの限りではなく、40質量%以上とする。さらには硬度、剛性、圧縮強度等の機械的特性を高くするために、焼結体の相対密度は95%以上であることが望ましい。
【0037】
受衝面側のセラミック焼結体2は炭化硼素質焼結体であることが望ましい。炭化硼素は比重が小さいため、セラミック焼結体2を厚くして防護性能を向上させることが可能であり、かつ硬度,剛性,圧縮強度が高いので、着弾した銃弾や砲弾の先端を変形させたり、小片化させたりする能力が高い。硬度,剛性を高くするために、炭化硼素の純度は高い程望ましく、炭化硼素は炭化硼素質焼結体100質量%に対して90質量%以上、さらには98質量%以上が望ましい。
【0038】
また、硬度,剛性,圧縮強度を高くするために、焼結体の緻密化が重要であり、いずれの焼結体においても相対密度は95質量%以上、さらには99質量%以上とすることが望ましい。
【0039】
以上の前記炭化硼素質焼結体のビッカース硬度、ヤング率、破壊靱性、圧縮強度は、それぞれ22〜38GPa、330〜500GPa、2〜5MPa・m1/2、1.5〜5GPaであり、これら機械的特性はそれぞれJIS R 1610−2003、JIS R 1602−1995、JIS R1607−1995で規定される圧子圧入(IF)法またはSEPB法、JIS R1608−2003に準拠して求めることができる。
【0040】
ただし、セラミック焼結体2の厚みが薄く、前記JIS規格で規定する試験片をセラミック焼結体2から切り出せない場合、セラミック焼結体2の厚みを試験片の厚みとしても差し支えない。
【0041】
また、セラミック焼結体2を炭化硼素質焼結体とした場合、グラファイトおよび炭化珪素を含有させることで、防護部材の要求特性である圧縮強度をより高くすることができる。グラファイトおよび炭化珪素は、炭化硼素質焼結体の焼成工程における焼結助剤として作用し、グラファイトは炭化硼素粒子の異常な粒成長を抑制して、炭化硼素質焼結体の緻密化を進行させ、炭化珪素は焼成工程における蒸発、凝縮機構により炭化硼素粒子を強固に結合させるので、炭化硼素質焼結体の圧縮強度を高くすることができる。特に、前記炭化珪素はα型炭化珪素(αSiC)であることが好適であり、焼成中α型炭化珪素は板状に成長してα型炭化珪素結晶粒子となり、炭化硼素質焼結体に微小なクラックが入ったとしても、α型炭化珪素結晶粒子の存在により、クラックは進展しにくくなる。
【0042】
一般的に、圧縮応力下では、炭化硼素質焼結体中に不規則に存在するクラックの先端より、このクラックの進展方向から逸れて圧縮方向と略平行方向に多数のクラックが進展し破砕帯を形成した後で破壊が起こる。圧縮強度が高いほど、前記クラックの進展速度は遅くなるため、優れた防護部材といえる。
【0043】
また、炭化硼素質焼結体は、主成分である炭化硼素が炭化硼素質焼結体100質量%に対して、90質量%以上であることが好適であり、グラファイトおよび炭化珪素は、炭化硼素質焼結体100質量%に対して合計0.8質量%以上含めばよい。このようにすることで、防護部材の要求特性である圧縮強度をよりいっそう高くすることができる。
【0044】
図4は炭素の結晶構造を模式的に示すものであり、(a)は、易黒鉛化性炭素の結晶構造を、(b)は難黒鉛化性炭素の結晶構造をそれぞれ示す模式図である。グラファイトの結晶構造は、グラファイトの結晶粒子内の細孔に影響を与え、グラファイトの結晶構造が、図4(a)に示すようにその炭素層面が整然とした配向を示す構造である場合、グラファイト結晶粒子内の細孔が減少するため、圧縮強度を高くすることができる。グラファイトの結晶構造が、図4(b)に示すように、炭素層面の長いリボン状の積層がもつれ合うようにねじれて無秩序な3次元網目構造である場合、グラファイト結晶粒子内の細孔が増加するため、圧縮強度が低下する。
【0045】
本発明の防護部材をなす炭化硼素質焼結体では、グラファイトはX線回折法を用いた測定による、(002)面からの半値幅を0.3°以下(0°を除く)とすることが好適である。また、グラファイトの結晶構造は、図4(a)に示す構造となり、さらに圧縮強度を始めとする機械的特性、例えば曲げ強度,ヤング率,硬度等を高くすることができる。
【0046】
図5は、本発明の防護部材をなす炭化硼素質焼結体のX線回折チャートの例である。図5に示すように、(002)面からのピークは、ピーク(p)として表される。ここで、(002)面からの半値幅とは、このピーク(p)の半値における回折角(2θ)の幅をいう。この幅を0.3°以下(0°を除く)とすることで、グラファイトの結晶構造は図4(a)に示す構造となり、グラファイト結晶粒子内の細孔が減少する結果、圧縮強度を高くすることができる。特に、グラファイトの結晶構造は、2Hグラファイトと呼ばれる六方晶系であって、JCPDSカード#41−1487で示される結晶構造であることが好適である。
【0047】
また、グラファイトは炭化硼素質焼結体100質量%に対して、1質量%以上10質量%以下、炭化珪素は炭化硼素質焼結体100質量%に対して0.5質量%以上5質量%以下で含むことが好ましい。これにより、焼成中の硼素(B)や炭素(C)の原子が移動しやすくなり、十分に緻密化する結果、防護部材の要求特性のひとつである圧縮強度を高くすることができる。
【0048】
炭化硼素質焼結体中のグラファイト、炭化珪素の同定については、例えばCuKα線を用いたX線回折法で同定することができる。また、グラファイトの定量分析はリートベルト法を用いたX線回折を用いて行なうことができる。
【0049】
具体的には、まず、予め検量線を作成する。すなわち、グラファイト粉末と炭化硼素粉末との混合粉末を準備する。組成比を変えた混合粉末に対して、グラファイトの(002)面に帰属するX線回折ピークの面積I(C)と炭化硼素(BC)の(021)面に帰属するX線回折ピークの面積I(BC)の比I(C)/I(BC)を求め、グラフにプロットした後、最小二乗法を用いて直線からなる検量線を作成する。図6は、グラファイト粉末と炭化硼素粉末との混合粉末より得られる検量線図の一例である。
【0050】
次に、この検量線を用いて、炭化硼素質焼結体中のグラファイト含有量を決定する。すなわち、炭化硼素焼結体の比I(C)/I(BC)を求め、検量線からグラファイト含有量を測定することができる。
【0051】
さらに、炭化珪素の定量分析は、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法を用いて測定することができる。具体的には、ICPによってSiの含有量を測定し、Siの全てがSiCとなっていると考え、SiCに換算し、その換算量をSiC含有量とすることができる。
【0052】
このような防護部材は軽量化が求められることから、セラミック焼結体2,3とも形状が平板状であることが好適で、例えば、各セラミック焼結体2,3は長さが10〜400mm、幅が10〜400mm、厚みがそれぞれ1〜20mmの平板である。
【0053】
また、セラミック焼結体3を窒化珪素焼結体とした場合、破壊靭性や強度を高くすることができるという観点から、組成式Si6−ZAl8−Z(z=0.1〜1)で表されるβ−サイアロンを主相とし、Al,Si,RE(REは周期表第3族元素)の構成比率がそれぞれAl,SiO,RE換算でAlが5〜50質量%、SiOが5〜20質量%、残部が主としてREであるRE−Al−Si−O−Nからなる粒界相を、主相と粒界相とからなる焼結体に対して4〜20体積%の範囲で含み、かつFeの珪化物粒子をFe換算で焼結体に対して0.02〜3質量%含む窒化珪素質焼結体で形成することが好適である。
【0054】
ここで、固溶量zは、次のようにして算出することができる。すなわち、窒化珪素質焼結体を粒度200メッシュ以下に粉砕し、得られた粉末に対して粉末X線回折法における回折角の角度補正用サンプルとして高純度α−窒化珪素粉末(宇部興産製E−10グレード、Al含有量は20ppm以下)を60質量%添加して乳鉢にて均一混合し、粉末X線回折法により解析範囲2θを33〜37°とし、走査ステップ幅を0.002°として、Cu−Kα線(λ=1.54056Å)にてプロファイル強度を測定する。角度の補正は、角度補正用サンプルより得られるピークの最大値を用いて補正する。
【0055】
すなわち、2θ=34.565°付近に現れるα(102)の0.002°毎に得られるピーク強度の上位10点の平均2θと34.565°との差(Δ2θ)、および2θ=35.333°付近に現れるα(210)の0.002°毎に得られるピーク強度の上位10点の平均2θと35.333°との差(Δ2θ)をそれぞれ求め、その差の平均(Δ2θ+Δ2θ)/2を補正Δ2θとする。次に、2θ=36.055°付近に現れるβ(210)の0.002°毎に得られるピーク強度の上位10点の平均2θを補正Δ2θによって補正した角度をβ(210)のピーク位置(2θβ)とする。そして、ピーク位置(2θβ),λ=1.54056Å,(hkl)=(210)を以下の数式に代入して格子定数a(Å)を算出する。
【0056】
sinθβ=λ(h+hk+k)/(3a)+λ/(4c
この数式で、算出した格子定数a(Å)と、K. H. Jack,J. Mater. Sci.,11(1976)1135−1158,Fig. 13に記載された格子定数a(Å)−固溶量zのグラフとから、固溶量zを求めることができる。
【0057】
そして、粒界相はRE−Al−Si−O−Nからなり、Al,Si,REの構成比率がAl,SiO,RE換算でAlが5〜50質量%,SiOが5〜20質量%,残部が主としてREであり、主相と粒界相とからなる焼結体に対して4〜20体積%の範囲で含むことが好適である。なお、本発明では、Al,SiO,REおよびNの総和を100質量%として粒界相の構成比率を表現する。
【0058】
ここで一般的に、RE−Al−Si−Oを含む酸化物は、窒化珪素やサイアロンの緻密化を促進するものである。Al,SiO,RE等の粉末原料は温度上昇に伴って反応し、1400℃以上で窒化珪素やサイアロンと濡れの良い液相を生成した後、窒化珪素やサイアロンを溶解することで、RE−Al−Si−O−Nからなる粒界相を形成する。
【0059】
また、粒界相の焼結体に対する体積比率は、窒化珪素質焼結体の強度に影響を与え、その比率は、4〜20体積%であることが好適である。
【0060】
このようなAl,SiO,REの構成比率および粒界相の体積比率は、次のようにして求めることができる。まず、ICP(Inductivity Coupled Plasma)分光分析法により焼結体中のREおよびAlの各比率(質量%)を測定し、この比率(質量%)をそれぞれREおよびAlにした場合の比率(質量%)に換算する。次に、酸素分析法によりLECO社製酸素分析装置(TC−136型)を用いて焼結体中の全ての酸素の比率を測定し、REおよびAlの酸素の比率を差し引き、残りの酸素の比率をSiOの比率(質量%)に換算する。焼結体中の残部をSiとみなし、各比率(質量%)をそれぞれの理論密度(Y:5.02g/cm,Er:8.64g/cm,Yb:9.18g/cm,Lu:9.42g/cm,Al:3.98g/cm,SiO:2.655g/cm,Si:3.18g/cm)で除して、粒界相の体積比率を算出する。
【0061】
次に、エネルギー分散型X線分光分析法(EDS)を用いて粒界相に含まれる窒素(N)の比率(質量%)を算出し、Al,SiO,REおよび窒素(N)の各比率(質量%)の総和を100%として粒界相の構成比率を算出する。ただし、本発明で用いられる窒化珪素質焼結体の粒界相に含まれる窒素の構成比率は微量であり、通常は0.1質量%以下であるので、以降ではREに含んで表記する。
【0062】
なお、粒界相中のREは周期表第3族元素、例えばEr,Yb,Lu等であっても構わないが、REがYであることが好ましい。これは、Yが周期表第3族元素の中でも軽元素であるため、軽量化することができるからである。また、4点曲げ強度は、JIS R 1604−1995に準拠して測定すればよい。
【0063】
また、焼結体中のFeの珪化物粒子は、焼結体の破壊靱性および強度に影響を与えるため、Feの珪化物粒子をFe換算で焼結体に対して0.02〜3質量%を含む窒化珪素質焼結体を構成することが好適である。
【0064】
Feの珪化物は、熱膨張係数が大きく、β−サイアロン粒子や粒界相に対して残留応力を発生させていると思われ、焼結体の破壊靱性を向上させる効果や破壊形態の1種である粒界滑りが発生する際に、β−サイアロン粒子の滑りを妨げる楔のような働きをしており、強度を向上させる効果がある。また、Feの珪化物は、焼成時の液相成分の一つとして作用し、焼結性の向上に効果的である。このようなFeの珪化物は粉末X線回折法やX線マイクロアナライザー(EPMA)による元素分析によってその形態を確認することができ、ICP分光分析法により定量化することができる。
【0065】
なお、Feの珪化物は、β−サイアロンの粒子間またはRE−Al−Si−O−Nからなる粒界相中に粒径が50μm以下、望ましくは粒径が2〜30μmの粒子として点在して、FeSi,FeSi,FeSi,FeSiの形態で存在することが好ましく、特にFeSi(JCPDS#35−0822)であることが好ましい。
【0066】
また、本発明の防護部材は、図3に示すように、受衝面側の表面を凸状曲面とすることが好適である。このような凸状曲面は銃弾や砲弾の飛翔方向とセラミック焼結体2の表面の法線とが一致する確率を大幅に減少させることができる。その結果、銃弾や砲弾はセラミック防護部材1の表面を滑るようにしながら着弾するので、破壊エネルギーは吸収または散逸され、防護性能をより高くすることができる。
【0067】
また、本発明の防護部材は、基部側のセラミック焼結体3がその裏面でポリエチレン繊維、アラミド繊維およびカーボン繊維を含む繊維強化プラスチック(FRP)の少なくともいずれか1種と接していることが好適である。ポリエチレン繊維、アラミド繊維およびカーボン繊維は結節強さが高いため、銃弾や砲弾の破壊エネルギーを吸収または散逸させることができるともに、着弾時に飛散するセラミックスの破片による2次災害を防止することができるからである。
【0068】
本発明の防護部材は、上述したように防護性能が高いことから、防護部材の複数を適当な基体上に固定する等により、防弾チョッキ,防刃チョッキ,防刃盾,防弾機能付きカバン,防弾ヘルメット等の防護具並びに防弾板等の防護装置に用いても好適である。
【0069】
ここで、本発明の防護部材の一例として、防護部材の受衝面側が炭化硼素質焼結体であり、基部側が窒化珪素質焼結体である場合の製造方法について説明する。
【0070】
防護部材の受衝面側が炭化硼素質焼結体である場合、第1に、平均粒径(D50)が0.5〜2μmである炭化硼素粉末を準備する。準備する炭化硼素粉末は、硼素(B)と炭素(C)のモル比(B/C比)が化学量論比4の粉末すなわち炭化硼素(BC)の組成からなる粒子で構成される粉末の他に、モル比(B/C比)が3.5以上4未満、またはモル比(B/C比)が4よりも大きく10以下の範囲の粉末、例えばB13等の混入した粉末や、フリーカーボン、硼酸(B(OH))、無水硼酸(B)、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)などが混入した粉末であってもよい。
【0071】
これらの粉末を用いた場合、焼結助剤としてグラファイト粉末および炭化珪素粉末をこれら粉末に添加することで、焼成中、機械的圧力を印加しなくても、焼結させることができる。炭化硼素粉末は、平均粒径0.5〜2μmの微細な粉末であることが望ましいが、平均粒径が例えば20μm程度と大きな粒径の粉末や、この粉末を予備粉砕した炭化硼素粉末も使用可能である。ここで、予備粉砕は、粉砕メディアを使用しないジェットミル等による粉砕であることが、不純物の混入を少なくするために好ましい。
【0072】
なお、グラファイトが炭化硼素質焼結体に対して、1質量%以上10質量%以下、炭化珪素が炭化硼素質焼結体に対して0.5質量%以上5質量%以下含むようにするには、グラファイト粉末を上記粉末合計に対し、1質量%以上10質量%以下、炭化珪素粉末を上記粉末合計に対し、0.5質量%以上5質量%以下とすればよい。
【0073】
また、炭化硼素質焼結体に含まれるグラファイトがX線回折法を用いた測定による(002)面からの半値幅を0.3°以下(ただし、0°を除く)とするには、(002)面からの半値幅が0.34°以下(0°を除く)であるグラファイト粉末を用いればよい。グラファイト粉末の半値幅が広いと、グラファイト粉末の結晶性が低く、半値幅が狭いと、グラファイト粉末の結晶性が高いことを意味する。結晶性の高いグラファイト粉末を得るには、炭素からグラファイト化する工程で、炭素原子の移動できる距離を制限すればよく、具体的にはこの工程中、炭素を配向制御すればよい。このようなグラファイト粉末として、例えば高配向熱分解グラファイト(HOPG)粉末を用いればよい。
【0074】
焼結助剤は、グラファイト粉末、炭化珪素粉末以外に焼結を促進させるために硼化ジルコニウム(ZrB)、硼化チタン(TiB)、硼化クロム(CrB)、酸化ジルコニウム(ZrO)および酸化イットリウム(Y)の少なくともいずれか1種を添加してもよい。
【0075】
第2に、準備した炭化硼素粉末,焼結助剤を回転ミル,振動ミル,ビーズミル等のミルに投入し、水,アセトン,イソプロピルアルコール(IPA)のうち少なくともいずれか1種とともに湿式混合し、スラリーを作製する。粉砕用メディアは、表面にイミド樹脂を被覆したメディア,窒化硼素質,炭化珪素質,窒化珪素質,ジルコニア質,アルミナ質等の各種焼結体からなるメディアを使用することができるが、不純物として混入の影響の少ない材質である窒化硼素質焼結体からなるメディア、または表面にイミド樹脂を被覆したメディアが好ましい。また、得られるスラリーの粘度を下げる目的で粉砕前に分散剤を添加してもよい。
【0076】
第3に、得られたスラリーを乾燥して乾燥粉体を作製する。この乾燥の前に、スラリーを粒度200メッシュよりも小さいメッシュに通して粗大な不純物やゴミを除去し、さらに磁力を用いた除鉄機で除鉄するなどの方法で、鉄およびその化合物を除去することが好ましい。また、スラリーにパラフィンワックスやポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG),ポリエチレンオキサイド(PEO),アクリル系樹脂などの有機バインダを、スラリー中の粉末100質量部に対して1〜10質量部添加、混合することが、後述する成形工程において、成形体のクラックや割れ等の発生を抑制できるので好ましい。スラリーの乾燥方法としては、スラリーを容器に入れて加熱、乾燥させてもよいし、スプレードライヤー等を用いた噴霧乾燥法により乾燥させても良く、または他の方法で乾燥させても何ら問題ない。
【0077】
第4に、乾燥粉体を公知の成形方法、例えば成形型を用いた粉末加圧成形法,静水圧を利用した等方加圧成形法を用いて、相対密度45〜70%の所望の形状とする。銃弾や砲弾等の飛翔体の貫通をさらに十分に防止できる構造を有する防護部材を作製するためには、成形体の形状を、先端側の表面を凸状曲面とすることが好適である。
【0078】
第5に、成形体が有機バインダを含む場合には、有機バインダを脱脂する。脱脂は、温度500〜900℃で窒素ガスを流しながら行なえばよい。
【0079】
第6に、成形体または脱脂体(以下、これらを総称して成形体という。)を焼成する。焼成炉として黒鉛性の抵抗発熱体により加熱する焼成炉を用い、この焼成炉中に成形体を載置する。好ましくは、成形体全体を囲うことのできる焼成用容器中(以下、これらを焼成用治具と記す。)に載置する。これは、焼成炉内の雰囲気中等から成形体に付着する可能性のある異物(例えば黒鉛製発熱体や炭素製断熱材から飛散する炭素片や、焼成炉中に組み込まれている他の無機材質製の断熱材の小片等)の付着を防止するためであり、さらには成形体からの揮発成分の飛散を防止するためである。焼成用治具の材質は黒鉛質のものが望ましく、炭化珪素質またはこれらの複合物などの材質としてもよく、さらには成形体全体を焼成用治具で囲うことが好ましい。
【0080】
第7に、焼成用治具に載置した成形体を焼成炉内に配置し、前述したようにアルゴンガス中またはHeガス中のいずれか、もしくは真空中で、1800℃以上2200℃未満の温度域で10分〜10時間保持(前記第1の工程)した後、2200〜2350℃の温度で10分〜20時間保持(前記第2の工程)して、相対密度90%以上に緻密化させる。昇温速度は1〜30℃/分が好ましい。ここで、上記第1、第2の工程でいう保持とは、所定の温度範囲内に滞在した時間の合計を意味し、例えば一定温度で保持する時間や、昇温時間、降温時間が保持時間に含まれる。なお、2000℃以上で保持する場合には炭化硼素、添加物成分の分解が生じるので、アルゴンガスまたはHeガス中で保持することが望ましい。
【0081】
また、緻密化をより促進するために、開気孔率が5%以下となった段階で、さらに高圧のガスで加圧してもよい。この加圧方法としては、高圧GPS(Gas Pressure Sintering)法や熱間等方加圧(HIP:hot isostatic press)法により、ガス圧1〜300MPaで加圧する方法を用いることが好ましく、これによって相対密度を特に95%以上に高めることができる。また、必要に応じてホットプレス法やSPS(Spark Plasma Sintering)法のように機械的圧力を印加する方法で焼結しても構わない。
【0082】
基部側が窒化珪素質焼結体である場合、まず、窒化珪素質粉末のβ化率が40%以下であって、組成式Si6−ZAl8−Zにおける固溶量zが0.5以下である窒化珪素質粉末と、添加物成分としてAl,SiO,RE,Feの各粉末とを、バレルミル,回転ミル,振動ミル,ビーズミル等を用いて湿式混合し、粉砕してスラリーとする。
【0083】
ここで、添加成分であるAl,SiO,REの各粉末の合計は、窒化珪素質粉末とこれら添加成分の粉末の合計との総和を100体積%としたときに、4〜20体積%になるようにすればよい。
【0084】
窒化珪素には、その結晶構造の違いにより、α型およびβ型という2種類の窒化珪素が存在する。α型は低温で、β型は高温で安定であり、1400℃以上でα型からβ型への相転移が不可逆的に起こる。
【0085】
ここで、β化率とは、X線回折法で得られたα(102)回折線とα(210)回折線との各ピーク強度の和をIα、β(101)回折線とβ(210)回折線との各ピーク強度の和をIβとしたときに、次の式によって算出される値である。
【0086】
β化率={Iβ/(Iα+Iβ)}×100 (%)
窒化珪素質粉末のβ化率は、窒化珪素質焼結体の強度および破壊靱性値に影響する。β化率が40%以下の窒化珪素質粉末を用いるのは、強度および破壊靱性値をともに高くすることができるからである。β化率が40%を超える窒化珪素質粉末は、焼成工程で粒成長の核となって、粗大で、しかもアスペクト比の小さい結晶となりやすく、強度および破壊靱性値とも低下する。特に、β化率が10%以下の窒化珪素質粉末を用いるのが好ましく、これにより、固溶量zを0.1以上にすることができる。
【0087】
窒化珪素質粉末の粉砕で用いるメディアは、窒化珪素質,ジルコニア質,アルミナ質等の各種焼結体からなるメディアを用いることができるが、不純物が混入しにくい材質、あるいは同じ材料組成の窒化珪素質焼結体からなるメディアが好適である。
【0088】
なお、窒化珪素質粉末の粉砕は、粒度分布曲線の累積体積の総和を100%としたときの累積体積が90%となる粒径(D90)が3μm以下となるまで粉砕することが、焼結性の向上および結晶組織の針状化の点から好ましい。粉砕によって得られる粒度分布は、メディアの外径,メディアの量,スラリーの粘度,粉砕時間等で調整することができる。スラリーの粘度を下げるには分散剤を添加することが好ましく、短時間で粉砕するには、予め累積体積50%となる粒径(D50)が1μm以下の粉末を用いることが好ましい。
【0089】
次に、得られたスラリーを粒度200メッシュより細かいメッシュを通した後に乾燥させて顆粒を得る。また、スラリーの段階でパラフィンワックスやポリビニルアルコール(PVA),ポリエチレングリコール(PEG)等の有機バインダを粉末100質量%に対して1〜10質量%を混合することが、成形性のために好ましい。乾燥は、スプレードライヤーで乾燥させてもよく、他の方法であっても何ら問題ない。
【0090】
次に、得られた顆粒を、乾式加圧成形法を用いて相対密度が45〜60%の平板状の成形体とする。そして、窒素雰囲気中または真空雰囲気中で脱脂した方がよい。脱脂温度は添加した有機バインダの種類によって異なるが、900℃以下がよく、特に500〜800℃とすることが好適である。
【0091】
次に、一般的な窒化珪素質成形体の焼成に用いる黒鉛抵抗発熱体を使用した焼成炉内に成形体を配置し、焼成する。焼成炉内には成形体の含有成分の揮発を抑制するためにAl,SiO,RE等の成分を含んだ共材を配置してもよい。
【0092】
また、成形体の配置方法として、成形体を窒化珪素質粉末中または炭化珪素質粉末中に埋設する方法を用いれば、電気炉において大気中で焼成することも可能である。このような方法を用いると、成形体をそれら粉末中に埋設したことにより大気中の酸素ガスは遮断され、実質的に焼成雰囲気は窒素雰囲気となる。温度については、室温から300〜1000℃までは真空雰囲気中にて昇温し、その後、窒素ガスを導入して、窒素分圧を500〜300kPaに維持する。このとき成形体の開気孔率は40〜55%程度であるため、成形体中には窒素ガスが十分充填される。1000〜1400℃付近では添加物成分であるAlやREが固相反応を経て、液相成分を形成し、約1400℃以上の温度域で、β−サイアロンを析出し、緻密化が開始する。β−サイアロンはβ−SiのSi4+位置にAl3+,N3−,O2−が置換固溶したものであり、Si−AlN−Al−SiO系の多くの状態図(例えば、K. H. Jack,J. Mater. Sci.,11(1976)1135−1158,Fig. 11)にあるように、β−サイアロン相の安定領域はSi−Al−SiO系に対してN3−が価数の安定には不足しており、外部からN3−の供給が必要となる。これは、成形体中に充填された窒素ガスがN3−となるからであり、窒素分圧を低く抑えることによってβ−サイアロンの固溶量zを低くすることができるからである。
【0093】
すなわち、開気孔率が40〜55%から5%に達するまでの段階はできるだけ窒素分圧を低く設定する必要があり、50〜300kPaとすることが重要である。窒素分圧が300kPaを超えると、β−Siに対しAl3+,N3−,O2−の置換固溶が進み、固溶量zが1を超えやすくなり、耐食性が低下する。窒素分圧が50kPaより小さくなると、β−サイアロンの平衡窒素分圧より小さくなり、β−サイアロンの分解反応が進行して、Siが溶融するため、正常な窒化珪素質焼結体にならない。また、温度が1800℃を超えるとAl3+,N3−,O2−の置換固溶が進行し、固溶量zが1を超えやすくなる。焼結が進行し、開気孔率が5%未満となった場合は、窒化珪素質焼結体中への窒素ガスの供給量が少なくなるため、300kPaを超える窒素分圧であっても構わないし、1800℃以上の温度で焼成しても構わない。最終的には相対密度96%以上まで緻密化を進行させることで、強度および破壊靱性とも高い窒化珪素質焼結体を得ることができる
なお、窒化珪素質焼結体において微細な結晶組織を得るには、焼成温度を1700℃以上1800℃未満にすればよい。また、真空雰囲気中にて昇温後、窒素分圧は150kPa以下としたほうが経済的観点からも望ましい。より緻密化を促進するには、開気孔率が5%以下となった段階で200MPa以下のガス圧焼結処理または熱間等方加圧(HIP)処理を施しても構わない。この場合、開気孔率1%以下で、相対密度が97%以上、さらには99%以上まで焼結を促進させた後に、ガス圧焼結処理または熱間等方加圧(HIP)処理を施すことが好適である。
【0094】
また、添加したFe粉末は焼成で主相であるβ−サイアロンと反応して、酸素成分を脱離し、Feの珪化物粒子を生成する。
【0095】
上述した製造方法で得られた炭化硼素質焼結体および窒化珪素質焼結体をそれぞれ所定の形状に加工し、衝撃面側、基部側として、重ねて袋に挿入したり、クリップ、バンド、テープ、ネジ等で固定したりする。または、それぞれ対向する面を接着剤や両面テープで接着していても良い。または、炭化硼素質焼結体および窒化珪素質焼結体を焼結により接合してもよい。以上のようにして、本発明の防護部材を得ることができる。
【0096】
さらに、本発明の防護装置は、上述の方法で得られた防護部材を基体(例えば、ポリエチレン繊維、アラミド繊維およびカーボン繊維を含む繊維強化プラスチック(FRP)上に複数配置して、例えば、ウレタン系接着剤により固定することにより得られ、銃弾や砲弾等の貫通を高い確率で防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明の防護部材の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】本発明の防護部材の他の実施形態を示す斜視図である。
【図3】本発明の防護部材のさらに他の実施形態を示す斜視図である。
【図4】炭素の結晶構造を模式的に示すものであり、(a)は易黒鉛化性炭素の結晶構造を、(b)は難黒鉛化性炭素の結晶構造をそれぞれ示す模式図である。
【図5】本発明の防護部材をなす炭化硼素質焼結体のX線回折チャートの一例である。
【図6】グラファイト粉末と炭化硼素粉末との混合粉末より得られる検量線図の一例である。
【符号の説明】
【0098】
1:防護部材
2:セラミック焼結体
3:セラミック焼結体
4:結合層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受衝面を有する受衝部を炭化物を主成分とするセラミックスで構成し、前記受衝部の裏面側に位置する基部を前記受衝部より高い破壊靱性の材質で構成したことを特徴とする防護部材。
【請求項2】
前記炭化物は炭化硼素を主成分としたことを特徴とする請求項1に記載の防護部材。
【請求項3】
前記基部側の材質を窒化珪素を主成分としたセラミックスで構成したことを特徴とする請求項1または2に記載の防護部材。
【請求項4】
前記受衝部のセラミックス中にグラファイトおよび炭化珪素を含有させたことを特徴とする請求項2に記載の防護部材。
【請求項5】
前記受衝部と前記基部とを結合層を介して接合させたことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の防護部材。
【請求項6】
前記結合層は樹脂からなることを特徴とする請求項5に記載の防護部材。
【請求項7】
前記受衝面を凸状曲面としたことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の防護部材。
【請求項8】
基体上に請求項1乃至7のいずれかに記載の防護部材の複数を設けたことを特徴とする防護装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−275208(P2008−275208A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−116905(P2007−116905)
【出願日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】