説明

集束イオンビーム装置、及びそれに用いる絞り

【課題】
表面に液体金属を塗布したイオンビーム光学系用絞りにおいて、絞りベースのスパッタ,再付着によるイオン源の不安定化を防止する。
【解決手段】
液体金属イオン源を使用する集束イオンビーム装置において、イオンビーム径を制限する絞りが、前記イオンビームが通過する絞り孔を表面最下点に持つ凹部を備えた容器に、前記液体金属イオン源に用いられる液体金属を載せたものである集束イオンビーム装置。絞りベース材料が露出する絞り孔内面の面積をイオンビームが通過する下流側にテーパ面を設けることにより最小化しても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の切断等を行う、液体金属イオン源を用いた集束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)装置に係り、特に液体金属イオン源に対する悪影響の少ない絞りを備えた集束イオンビーム装置、及びそれに用いる絞りに関する。
【背景技術】
【0002】
集束イオンビーム装置においては、イオン源として高輝度であること、ソースサイズが小さいことから一般的に液体金属イオン源を使用している。液体金属イオン源を安定に使用するためには、イオン源の液体金属を清浄に保つことが必要であり、ガリウム酸化膜,スパッタ再付着膜などの表面汚染、及び、不純物の混入を最小限に抑制しなければならない。
【0003】
従来からこの目的、及び、絞り自体を液体金属の流動性を利用し、保護する目的から絞りを液体金属により被覆する方式が特許文献1,特許文献2等で提案されている。即ち、イオン源材料として使用される液体金属を絞り表面に塗布、或いは焼結体に浸漬するなどして保持し、絞り材料のスパッタ再付着による液体金属イオン源の汚染、及び、絞り自体の損傷を防止するものである。
【0004】
また、特にイオン源直下の絞りにおいては、絞り構成材料の液体金属イオン源に対する再付着の影響が大きいため、再付着不安定化を防止するように、皿状容器に液体金属を載せた絞りを用いることが特許文献3に記載されている。
【0005】
【特許文献1】特許第3190395号公報
【特許文献2】特開平5−159730号公報
【特許文献3】特開2001−160369号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1,2に記載の技術では基本的に多孔質材料に液体金属を含浸させるものであり、使用中に多孔質材料がスパッタされてイオン源を汚染する可能性があったため、イオン源が不安定になることが懸念される。また、特許文献3に記載の技術では、皿状容器に液体金属を載せることにより、引用文献1,2記載の技術に比べてイオンビームが液体金属以外の部分に当たる量を少なくすることができる。しかし、イオンビームを通過させるための皿状容器の孔部ではイオンビームが液体金属以外の材料に照射されるため、その部分からスパッタされた材料が液体金属イオン源を汚染してしまう可能性があった。また、皿状容器の液体金属をためる部分が平面状であるため、液体金属が少なくなってくると、液体金属が皿状容器の底面部上に島状に凝集し、イオンビームを通過させるための皿状容器の孔部周辺に液体金属がなくなる可能性もあった。
【0007】
本発明は、上記の問題点を解決し、イオン源が長時間安定に作動し得る集束イオンビーム装置の絞り、及びそれを用いた集束イオンビーム装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明の構成は以下の通りである。
【0009】
液体金属イオン源を使用する集束イオンビーム装置において、イオンビーム径を制限する絞りが、前記イオンビームが通過する絞り孔を表面最下点に持つ凹部を備えた容器に、前記液体金属イオン源に用いられる液体金属を載せたものである集束イオンビーム装置。
【0010】
絞り孔を表面最下点に持つ凹部とは、絞り孔2の位置を液体金属を保持する凹部1の最下点とすることにより絞り孔近傍に液体金属が自重で集中し、孔のエッジ部まで露出部の無い被覆を形成することを可能とするようなものを意味する。例としては、凹部の周辺にテーパを備えたり、容器の底面全体が絞り孔が最下点となるように傾斜を備えているものが挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
イオン源が長時間安定に作動し得る本発明の集束イオンビーム装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
従来の技術では以下のような問題点があった。
【0013】
(1)液体金属により被覆されない絞り孔内壁部から生じるベース材料のスパッタの影響 により安定性が低下する。
(2)使用中に液体金属の被覆性が低下、露出部が生じることにより、ベース材料のスパ ッタが起き、所望の安定性が得られない。
(3)絞り上の液体金属表面に酸化膜が生じ、イオン照射によるスパッタ消耗に応じて液 体金属が移動するのに必要な流動性が低下する。
(4)一定時間使用すると液体金属がスパッタにより消耗しベース材料が露出、ベース材 料によるスパッタ汚染を生じてしまう。
(5)液体金属を塗布した絞りからスパッタされた液体金属が上部の電極等に付着,凝縮 して液滴となることにより絶縁破壊,放電等、光学系の安定動作に悪影響を生じる。
【0014】
(1)の問題点は図1に示すように、液体金属で被覆できない絞り孔2の下流側にテーパ面加工4を行い、内面積を最小とすることで解決できる。また、絞り孔2の位置を液体金属を保持する凹部1の最下点とすることにより絞り孔近傍に液体金属が自重で集中し、孔のエッジ部まで露出部の無い被覆を形成することが可能である。
【0015】
(2)の問題点は絞り表面の液体金属に対する濡れ性を向上させることで解決できる濡れ性はベース材料表面にエッチング,機械研磨などの加工技術により図2に示すように細かい凹凸5を形成、さらに高温加熱などにより清浄化することで達成される。あるいはラジカル照射等のドライ工程により同等の効果を達成することができる。
【0016】
(3)の問題点は、液体金属の被覆領域をその全表面の酸化膜をイオンビームで照射除去可能な大きさに限定することで解決できる。図3に示すようにレンズ6下の絞りにおいて通常のビーム集束状態7でなく、最大に広げた集束状態8よりも狭い液体金属被覆部を作ることにより全面が照射され、表面の酸化膜をスパッタクリーニングすることができる。
【0017】
(4)の問題点は、スパッタされた液体金属をその流動性を利用して、絞り上に還流させる機構を設けることでベース材料が露出するまでの時間を延長,寿命を延ばし、実用上、解決することができる。図4に示したように、絞りの上面にできるだけ近接した金属板などの覆い(遮蔽板)10を設け、この裏面に絞りの液体金属溜め部に誘導する樋構造
(ガイド12)を設けることで達成される。
【0018】
(5)の問題点は、液体金属が上部電極に再付着することが無いように、絞りと電極間に遮蔽板を設けることで解決できる。
【0019】
本発明による絞りの絞り孔は機械加工で形成される一様な径の円形孔ではなく、絞り孔径を決定する円周以外の部分、特にイオンが通過する下流側ではより広がったテーパ面形状となっている。即ち、イオンが孔内部を通過する際にスパッタされる絞り孔内面の面積を最小化した構造を採用している。これは、内面のベース材料からのスパッタ粒子が上流側に戻って、イオン源等を汚染することが少なく、長時間使用してもイオン源の安定性を低下させることなく使用する為の工夫である。
【0020】
これは、液体金属と濡れ性の高いベース材料を使用しても、絞り孔内面を定常的に濡れた状態、即ち液体金属により被覆された状態に保つことはできず、ここからのスパッタ粒子の発生,再付着が液体金属イオン源の安定性を低下させる根本原因となっていることを数多くの試作,実験により実証して得られたものである。テーパ構造としない場合にはイオン源の動作安定性は明らかに低下し、一定時間使用する時のフラッシングなどの安定化操作回数が多くなるなど実効的な使用時間、及び、イオン源寿命の短縮が生じる。
【0021】
絞り表面の濡れ性が低い状態で絞りを使用していると液体金属の量が減少するにつれ、濡れ性の低い部分が露出、露出部においてベース材料がスパッタされ、これによりイオン源にスパッタ粒子が付着,不安定化が生じる。濡れ性を改善するためにはウエットエッチング等により表面に10μm程度の微細な凹凸をつけることが有効である。粗い研磨などによる凹凸は逆に凸部が露出しやすくなるため、安定性の保持には逆効果である。さらに、真空中での高温加熱などにより酸化膜の無い清浄な表面を形成することで、必要な濡れ性は達成できる。ラジカル照射などのドライ処理も効果がある。
【0022】
イオンビーム光学系は真空中で使用されるが、水分,酸素が残留ガスとして存在するため、絞りに被覆した液体金属表面には酸化膜が形成される。通常ビームが照射される範囲は表面がスパッタされるため酸化膜は残らないが、照射されない周辺部には酸化膜が生じ液体金属の流動性を著しく低下させ、実質的に絞り表面を被覆するために使用できる液体金属の量も低下する。そして、最終的に表面酸化膜が上流側にスパッタされ再付着,安定性を低下させる原因となってしまう。従って、液体金属を被覆した絞りを長期間有効に使用するためには、適当な時間間隔で液面全面を照射,酸化膜を除去するのが有効な方法となる。このためには絞り上の最大照射半径よりも液体金属の被覆部の半径を小さくすることが必要である。従って、本発明では、適当な時間間隔で表面全体をスパッタクリーニングする為に被覆部の半径を最大照射時の半径よりも小さく設定している。これにより、長時間使用した場合にも絞り上の液体金属表面が清浄に保持され、長寿命を達成することができる。
【0023】
液体金属においてもイオンビームによるスパッタリングが生じるのは通常の固体と同じで、液体金属で被覆された絞りでも液体金属が枯渇して、イオン源動作が不安定化する寿命が存在する。照射時の加速エネルギーに依存するが、通常は照射イオン1個に対して、絞り上で数個の原子がスパッタされるため、液体金属イオン源に搭載されるよりも多くの液体金属が消費されることがわかっている。イオンビーム光学系で絞りを交換、或いは液体金属を補給するためには、真空容器を大気開放し、再度真空排気する操作が必要なため、一旦絞りを搭載した後は、できる限り長時間,液体金属イオン源と同等の時間,使用できた方が良いのは言うまでもない。このためには、大量に液体金属を絞り上に塗布する、液体金属の溜めを大きくするというのも方法の一つとして考えられるが、振動,衝撃,温度変化などにより、液体金属の配置が変化,孔つまり,落下などの不具合が生じる危険性が増大するため、実用上好ましくないことがわかった。液体金属の保持量は最大100mg以下に抑え、かつ長時間使用するためには、スパッタされた液体金属を絞り上方で受け、その流動性を利用し、再度絞り上に還流する構造をあらかじめ形成しておけばよい。これにより寿命を大幅に延ばすことが可能である。類似の構造により、液体金属が不要な部位に付着することも防止でき、強電界がかかるレンズ,高圧碍子など表面汚染により信頼性が低下する部品に液体金属が付着することも防止できる。
【0024】
以下に図面を用いて本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0025】
本実施例(図5)はガリウム液体金属イオン源直下の絞りを本発明による絞りとして使用したものである。ベースとして厚さ1mm,直径10mm,絞り孔径0.5mm のタングステンを用いた。基板上の凹部は直径7mm,深さ0.7mm とした。エミッタと絞りの距離が約7mmであることから、ガリウム液体金属イオン源のエミッション電流を10μA以上にすると放出半角が約22度となり、凹部全体にイオンビームが照射される。テーパ角は45°で形成し絞り孔の内壁の厚み方向の長さは200μm以下とした。
【0026】
タングステンベースは表面を大気中で化学エッチングし、微細な凹凸を形成した後、真空内で約1000℃に加熱,酸化膜を除去した後、ガリウムを表面に滴下して形成した。ここで、大気中でガリウムを塗布したのみでは濡れ性が悪く、液滴状になってしまい、一様な液面は作れなかった。ガリウムの搭載量はここでは45mgとした。
【0027】
図6はこの構成でイオン源のエミッションを調べた実験の結果である。放出電流は1時間当り平均0.5% の変化率で長時間に渡って安定なエミッションが達成できた。電流値が変化した時にフラッシング処理を施せば、ほぼ同じ電流値に復帰、安定なイオン放出を継続することができた。時間あたりの塗布ガリウムの消費量は、約1.5E−2mg/h であることが絞りの重量変化よりわかった。従って、表面凹部に搭載されたガリウムで約
2000h以上使用可能である。これは市販されているガリウム液体金属イオン源の寿命とほぼ同じである。
【実施例2】
【0028】
図7は本発明を可変絞りに応用したものである。本例では絞りのベース材料としてモリブデンを使用し、可変絞りの各絞り孔の上面に幅1mm,長さ6mm,深さ0.5mm の凹部
を機械加工により形成、内面をエッチング、高温加熱後、これにガリウムを搭載した。本光学系の通常動作時の絞り上でのビーム径は約0.5mm であり、照射範囲はガリウム液面上に限定される。図8は装置搭載前の状態で、スパッタされたガリウムが上流側のアライナ等に付着して絶縁不良を起こさないように遮蔽板を設置した。この構成により2000時間以上の絞り寿命が達成できた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明による液体金属を塗布した絞りの断面図。
【図2】本発明による絞りで表面に凹凸を付ける加工を施す範囲を示した模式図。
【図3】本発明による絞りでイオンビーム照射範囲と液体金属塗布範囲の関係を示した説明図。
【図4】本発明による液体金属を塗布した絞りで、スパッタされた液体金属を絞り表面に戻す部品の構造を示した断面図。
【図5】本発明による液体金属を塗布した絞りを液体金属イオン源の直下に配置した構成図。
【図6】本発明による液体金属を塗布した絞りを直下に置いた液体金属イオン源のエミッション電流の時間変化。
【図7】本発明による液体金属を塗布した可変絞り板の平面図。
【図8】本発明による液体金属を塗布した可変絞り板の断面図。
【符号の説明】
【0030】
1…ベース絞り板の凹部、2…絞り孔、3…塗布された液体金属、4…絞り孔下流側のテーパ面加工、5…絞り表面の液体金属の濡れ性を向上させるための凹凸加工、6…静電レンズ、7…通常使用時の絞り上の範囲を示すイオンビームの軌道、8…絞り上の最大照射範囲を示すイオンビームの軌道、9…イオンビーム、10…絞りからスパッタされた液体金属を上流に逆流させないための遮蔽板、11…絞りを実装するための受け部品、12…再付着した液体金属を絞り表面に誘導するガイド、13…液体金属イオン源、14…絞り上の液体金属溜め、15…上流部品への再付着防止遮蔽板兼液体金属還流用ガイド、
16…可変絞り板上の液体金属溜め、17…可変絞り孔、18…絞り板固定用の孔、19…絞りベースモリブデン板。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体金属イオン源を使用する集束イオンビーム装置において、
イオンビーム径を制限する絞りが、
前記イオンビームが通過する絞り孔を表面最下点に持つ凹部を備えた容器に、前記液体金属イオン源に用いられる液体金属を載せたものであることを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項2】
請求項1記載の集束イオンビーム装置において、
前記絞り孔の、前記液体金属イオン源とは反対の側に、絞り孔径が前記液体金属イオン源とは反対の側にいくほど大きくなるようなテーパを備えたことを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の集束イオンビーム装置において、
前記イオンビームが透過する絞り孔を表面最下点に持つ凹部を備えた容器の前記液体金属が接する部分に最大粗さ1〜10μmの凹凸を設けたことを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の集束イオンビーム装置において、
前記凹部が、前記液体金属イオン源から放出されたイオンビームの前記絞り上におけるイオンビームの最大照射範囲より広いことを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項5】
請求項1〜4記載の集束イオンビーム装置において、
前記絞りの、前記液体金属イオン源と同じ側に、
前記イオンビームが通過する孔を備え、かつ該絞りの凹部を蔽うカバーを備えたことを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項6】
請求項5記載の集束イオンビーム装置において、
前記カバーに液体金属を前記凹部に戻り易くするための樋構造を備えたことを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の集束イオンビーム装置であって、
前記絞りが、液体金属イオン源直下の電流制限絞りであることを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項8】
請求項7記載の集束イオンビーム装置であって、前記絞り上に載せる液体金属の体積が5立方ミリメートル以上,17立方ミリメートル以下であることを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の集束イオンビーム装置であって、
前記液体金属がガリウムであることを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項10】
液体金属イオン源を使用する集束イオンビーム装置のイオンビーム径を制限する絞りであって、
該絞りが前記イオンビームが通過する絞り孔を表面最下点に持つ凹部を備えた容器に、前記液体金属イオン源に用いられる液体金属を載せたものであることを特徴とする絞り。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2006−79952(P2006−79952A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−263201(P2004−263201)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】