説明

電動パワーステアリング装置

【課題】 樹脂製のウォームホイールを備え、グリース潤滑される電動パワーステアリング装置の耐久性並びに応答性を向上させる。
【解決手段】 電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、かつ、酸価が6〜30mgKOH/gで滴点が72〜104℃のワックスをグリース全量の2〜12質量%の割合で含有するグリース組成物により潤滑されることを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置に関し、特に金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に形成した従動歯車を備え、グリース潤滑される電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に組み込まれる電動パワーステアリング装置は、例えば図1及び図2に示すように構成される。図示されるように、中空のステアリングコラム50にステアリングシャフト70が挿通され、ハウジング120に収納された転がり軸受90、91により回転自在に支承されている。ステアリングシャフト70は中空軸であり、トーションバー80が収容されている。また、出力軸60側において、ステアリングシャフト70の外周面にウォームホイール11が設けてあり、このウォームホイール11にウォーム12が噛合してある。これらウォームホイール11とウォーム12とで構成される減速歯車機構は、電動モータに連結し、ハウジング120に収納される。ここで、ウォーム12は電動モータ100の回転軸に連結しており、駆動歯車に相当し、一方ウォームホイール11は従動歯車に相当する。
【0003】
また、ウォーム12は、一対の玉軸受等の転がり軸受110で支持されて電動モータ100と連結しており、ハウジング120の一対の転がり軸受110の間の空間には、通常、ウォーム12とウォームホイール11との両ギア歯間の潤滑のためにグリースが充填されている。更に、転がり軸受110に予圧をかけるとともに、タイヤ側からの微小なキックバック入力が入ってきたときに、ウォーム12を軸方向に動かして電動モータ100が回転しないようにし、ハンドル側にキックバックのみの情報を伝えるために、転がり軸受110のウォーム側にゴム製のダンパー130を取り付けている。使用されるゴムとしては、圧縮永久歪が小さいエチレンアクリルゴムに代表されるアクリルゴムが一般的である。
【0004】
上記減速歯車機構では、ウォームホイール11とウォーム12の両方を金属製にすると、ハンドル操作時に歯打ち音や振動音等の不快音が発生するという不具合を生じていた。そこで、例えば図3に示すように、ウォームホイール11として、金属製の芯管1の外周に、樹脂製で外周面にギア歯10を形成してなる樹脂部3を接着剤8を用いる等して一体化させたものを使用して騒音対策を行っている。
【0005】
上記樹脂部3には、例えば、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアセタール、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリアミドイミド等のベース樹脂に、ガラス繊維や炭素繊維等の強化材を配合した材料の他、強化材を含有しないMC(モノマーキャスト)ナイロン、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミドイミド等が使用されている。中でも、寸法安定性やコストを考慮して、強化材を含有しないMCナイロン、ポリアミドイミド、ガラス繊維を含有したポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46等が主流となっている。
【0006】
また、ウォームホイール11とウォーム12との両ギア歯間の潤滑のためにグリースが充填されているが、このグリースとして、従来では水酸基を含む脂肪酸または多価アルコールの脂肪酸エステルを含む樹脂潤滑用グリース組成物が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかし、この樹脂潤滑用グリース組成物は、長時間使用後にもトルクの変動が抑制され、長時間運転してもハンドリング操作に違和感がない点で優れているものの、大型車の電動パワーステアリング装置では潤滑箇所が高荷重で使用条件が厳しくなり、静摩擦力が増大することから、特にハンドルをゆっくりと切ったときに所謂引っ掛かりが発生し易く、耐久寿命が短くなる等の不具合が生じていた。
【0007】
このような問題を解決するために、平均分子量が900〜10000のポリオレフィンワックスを0.5〜40質量%の割合で含有するグリース組成物(例えば、特許文献2参照)、合成炭化水素油にウレア化合物を配合し、更にモンタンワックスを添加したグリース組成物(例えば、特許文献3参照)、ポリエチレンオキサイド系ワックスを0.1〜30質量%の割合で含有するグリース組成物(例えば、特許文献4参照)等も提案されている。
【0008】
【特許文献1】特開平8−209167号公報
【特許文献2】特開平9−194867号公報
【特許文献3】特開2002−371290号公報
【特許文献4】特開2003−3185号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上記の各グリース組成物は樹脂部の耐摩耗性を向上させる効果が認められるものの、耐久性の更なる向上に対する要求は続いており、また、応答性の向上のために減速歯車機構におけるトルク伝達効率の向上に対する要求も高い。そこで、本発明は、樹脂製のウォームホイールを備え、グリース潤滑される電動パワーステアリング装置の耐久性並びに応答性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明は下記に示す電動パワーステアリング装置を提供する。
(1)電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、かつ、酸価が6〜30mgKOH/gで滴点が72〜104℃のワックスをグリース全量の2〜12質量%の割合で含有するグリース組成物により潤滑されることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
(2)前記ワックスがエステルワックス及び部分けん化エステルワックスから選ばれる少なくとも1種であり、かつ、前記グリース組成物の増ちょう剤が金属石けん及び金属複合石けんから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)記載の電動パワーステアリング装置。
(3)前記グリース組成物の基油が、合成炭化水素油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を基油全量の70質量%以上含み、かつ、増ちょう剤がリチウム石けん及びリチウム複合石けんから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)または(2)記載の電動パワーステアリング装置。
(4)前記樹脂部を形成する樹脂がポリアミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明の電動パワーステアリング装置は、減速歯車機構の樹脂製ウォームホイールと金属製ウォームとの潤滑を特定のワックスを含有するグリース組成物で行なうため、特に周速の早い条件下においても樹脂部の摩耗が抑えられて耐久性が高まるとともに、トルク伝達効率も高まり、長寿命で高性能の電動パワーステアリング装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
【0013】
本発明において、電動パワーステアリング装置自体の構成には制限がなく、例えば図1及び図2に示した電動パワーステアリング装置を例示することができる。また、減速歯車機構も、図3に示したように、金属製の芯管1の外周に、樹脂組成物からなり、その外周端面にギア歯10を形成した樹脂部3を一体化したウォームホイール11と、金属製のウォーム12とから構成される。尚、ウォームホイール11において、金属製芯管1と樹脂部3とを接着剤8により接着してもよく、接着剤8として例えばシラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤またはトリアジンチオール化合物を用いることができる。
【0014】
樹脂部3の樹脂成分は、ABS樹脂やPC樹脂とすることもできるが、耐熱性や機械的強度に優れることからポリアミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂とすることが好ましい。ポリアミド樹脂の中でも更に吸水性や耐疲労性等を考慮すると、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46、ポリアミド610、ポリアミド612、ポリアミド12、ポリアミド11、ポリアミドMXD6、ポリアミド6I6T、変性ポリアミド6T等が好適に挙げられるが、中でもポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46が耐疲労性に優れるため特に好ましい。また、これらポリアミド樹脂は、ポリアミド樹脂と相溶性を有する他の樹脂と混合してもよい。例えば、無水マレイン酸等の酸で変性したポリオレフィン(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−α−オレフィンコポリマー、プロピレン−α−オレフィンコポリマー等)が挙げられる。
【0015】
これら樹脂は単独でも一定以上の耐久性を示し、ウォームホイール11の相手材である金属製のウォーム12の摩耗に対して有利に働き、減速ギアとして十分に機能する。しかしながら、より過酷な使用条件で使用されると、ギア歯10が破損や摩耗することも想定されるため、信頼性をより高めるために、強化材を配合することが好ましい。
【0016】
補強材としては、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カリウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー等が好ましく、上記に挙げた樹脂との接着性を考慮してシランカプッリング剤で表面処理したものが更に好ましい。また、これらの補強材は複数種を組み合わせて使用することができる。衝撃強度を考慮すると、ガラス繊維や炭素繊維等の繊維状物を配合することが好ましく、更にウォ−ム12の損傷を考慮するとウィスカー状物を繊維状物と組み合わせて配合することが好ましい。混合使用する場合の混合比は、繊維状物及びウィスカー状物の種類により異なり、衝撃強度やウォーム12の損傷等を考慮して適宜選択される。これらの補強材は、全体の5〜40重量%、特に10〜30重量%の割合で配合することが好ましい。補強材の配合量が5重量%未満の場合には、機械的強度の改善が少なく好ましくない。補強材の配合量が40重量%を超える場合には、ウォーム12を損傷し易くなり、ウォーム12の摩耗が促進されて減速ギアとしての耐久性が不足する可能性があり好ましくない。
【0017】
更に、樹脂には、成形時及び使用時の熱による劣化を防止するために、ヨウ化物系熱安定化剤やアミン系酸化防止剤を、それぞれ単独あるいは併用して添加してもよい。
【0018】
上記の如く概略構成される電動パワーステアリング装置には、従来と同様に、ハウジング120の一対の転がり軸受110の間の空間に、ウォーム12とウォームホイール11との両ギア歯間の潤滑のための下記グリース組成物が充填される。
【0019】
グリース組成物の基油は、基油全量の70質量%以上、好ましくは90質量%以上を、極性の低いポリα−オレフィン油等の合成炭化水素油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種とする。尚、鉱油は、減圧蒸留、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水酸化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。このような基油は極性が低いため、ウォームホイールの樹脂部の膨潤を抑えることができる。同様に、ゴム製のダンパー130の強度低下や弾性低下も抑えられる。
【0020】
基油には、30質量%未満、好ましくは10質量%未満であれば、極性を有する潤滑油を配合してもよい。ウォームホイールの樹脂部に好適に使用されるポリアミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂は、極性の低い潤滑油との濡れ性が低いため、極性の高い潤滑油を少量配合することにより油膜の成膜性を向上させることができる。極性を有する潤滑油としては、特に制限がないが、ジエステル油、ポリオールエステル油、芳香族エステル油等の各種エステル油、ポリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル等の各種芳香族エーテル油等が好適である。
【0021】
また、基油の動粘度は、18mm/s(40℃)以上とすることが好ましい。基油の動粘度が18mm/s(40℃)未満では、摺動面において十分な油膜厚さが確保できず、伝達効率、耐摩耗性が共に悪化する。動粘度の上限としては150mm/s(40℃)であり、これを超えると低温流動性に劣るようになる。
【0022】
本発明では、増ちょう剤の摩擦特性がグリース組成物の摩擦特性に顕著に影響するため、低摩擦性を呈する金属石けん、金属複合石けんまたはウレア化合物を用いる。本発明で用いるグリース組成物では、摩擦低減のためにワックスが配合されるため、摺動面にはワックスが存在する部分、増ちょう剤が存在する部分、基油が存在する部分、金属と樹脂とが直接接触している部分とが混在すると考えられ、これら各部分における摩擦力の総和がウォーム12−ウォームホイール11間に加わる摩擦力となる。従って、ワックスが存在する部分で摩擦が低減されたとしても、増ちょう剤の摩擦力が大きいと摩擦は一定値以下にはならない。そこで、より低摩擦とするために、金属石けん、金属複合石けん、ウレア化合物の少なくとも1種を増ちょう剤に用いる。
【0023】
金属石けんとしては、リチウム石けん、カルシウム石けん、ナトリウム石けん、アルミニウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、カルシウムコンプレックス石けん、ナトリウムコンプレックス石けん、バリウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん等が挙げられるが、中でもリチウム石けん及びリチウムコンプレックス石けん、特に12−ヒドロキシステアリン酸リチウムまたはステアリン酸リチウムが低摩擦となることから好ましい。
【0024】
また、ウレア化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物またはこれらの混合物が挙げられるが、中でも下記〔I〕式または〔II〕式で表される脂肪族ジウレアが特に低摩擦となることから好ましい。尚、式中、R1、R2は炭素数7〜19の直鎖アルキル基であり、同一でも異なっていてもよい。
【0025】
【化1】

【0026】
増ちょう剤の量は、上記基油とともにグリースを形成できる範囲であれば制限されるものではないが、グリース全量の5〜25質量%が好ましい。25質量%より増ちょう剤が多すぎると、グリースが硬くなり過ぎて摺動部にグリースが行き渡らなくなることがある。また、5質量%より増ちょう剤が少ないと、グリースが柔らかくなりすぎ、外部への流出等のおそれがある。また、混和ちょう度として200〜350が好ましい。
【0027】
グリース組成物には、樹脂−金属間の摺動における摩擦低減、摩耗抑制効果を発揮する添加剤として、酸価が6〜30mgKOH/gで、かつ、滴点が72〜104℃のワックスが配合される。尚、滴点は、ASTM D 3954で規定される温度である。ワックスによる摺動部の低摩擦化の機構として、二通りが考えられる。一つは、ワックスが摩擦面において低応力でへき開、せん断、変形することで摩擦を低減する−つまり、固体潤滑剤として機能する。もう一つは、以下のように説明される。本願発明におけるワックスの酸価の規定は、ワックス中のカルボキシル基(−COOH)の存在量の規定に当たる。カルボキシル基を有するワックスは、金属表面に吸着して低摩擦性の被膜を形成し、この被膜が油性剤として機能する。また、樹脂部のベース樹脂であるポリアミド樹脂やポリアミドイミド樹脂に対しても、下記に示すように、水素結合に由来して同様の被膜を形成する。その結果、ポリアミド樹脂と金属の直接接触が回避され、ウォーム−ウォームホイール間の摩擦が低減し、高効率でのトルク伝達が可能になる。従って、酸価が6mgKOH/g未満では、このカルボキシル基に由来する被膜が形成され難くなり、摩擦低減効果が十分に発現しなくなる。一方、酸価が30mgKOH/gより大きくなると、樹脂に対する化学的攻撃が顕在化して樹脂部を摩耗するようになる。
【0028】
【化2】

【0029】
これに対し、例えば、特許文献2に記載されているようなポリエチレンワックスは、カルボキシル基を持たず、比較的弱い分子間力によってのみ樹脂面と引き付け合うため、周速が早くなると油膜が形成され難くなる。
【0030】
また、雰囲気温度が高まるほど、摺動部に形成される基油の油膜が薄くなり、油切れを起こし易くなる。ワックスは加熱により融解し、潤滑性を有する高粘性の液体となるため、グリース組成物にワックスを配合することにより、昇温したときにワックスによる潤滑膜が新たに形成され、基油の油膜切れを補償するようになる。このようなグリース補給作用を有効に発現させるには、基油が油膜切れを起こし始めるような温度でワックスが融解することが望ましく、本発明では、減速歯車機構の最高雰囲気温度(一般的なコラムアシスト式電動パワーシテアリング装置では60℃程度)を考慮して、滴点72〜104℃のワックスを使用する。滴点が104℃を越えるワックスでは、基油が油切れを起こすような温度でも融解しないためグリース補給作用が発現しない。また、滴点が72℃未満のワックスでは、融解が不要な低温域でも融解するためワックスの枯渇が早まり、結果として耐久性の低下を招くようになる。
【0031】
ワックスの種類は、上記酸価及び滴点を満足するものであれば制限がないが、エステルワックス及び部分けん化エステルワックスが好ましい。また、これらエステルワックス及び部分けん化エステルワックスは、特に増ちょう剤として金属石けんまたは金属複合石けんを用いた場合に上記したグリース補給作用が著しくなる。これは、ワックスが酸価を有するため、融解したワックスと増ちょう剤との間に反応が起こり、金属石けんや金属複合石けんを構成する脂肪酸が一部遊離して増ちょう剤の増ちょう性が低下し、前述したようなグリース中の油分量が増える現象と相乗効果を呈し、速やかに摺動箇所に潤滑剤が補給されるためである。
【0032】
ワックスの配合量は、グリース全量に対して2〜12質量%が好ましい。配合量がグリ−ス全量の2質量%未満では、摩耗低減効果が得られず、12質量%を超えるとグリースが硬くなりすぎて十分な潤滑性能を発揮できなくなる。より好ましい配合量は、グリース全量の2.5〜11質量%である。
【0033】
グリース組成物には、必要に応じて、酸化防止剤、防錆剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤等の添加剤を含有することができる。これらは何れも公知のもので構わないが、添加剤はワックスと競争的に作用するため、ワックスの摩耗低減効果を低減させないように、その添加量を考慮する必要がある。
【実施例】
【0034】
以下に試験例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより制限されるものではない。
【0035】
(試験−1)
40℃における動粘度が47mm/sのポリα−オレフィン油に、増ちょう剤としてステアリン酸リチウムを配合してなる混和ちょう度300のベースグリースに、何れもクラリアント社製のエステルワックスまたは部分けん化エステルワックスである「Licowax KST(酸価5mgKOH/g以下、滴点56〜63℃)」、「Licowax F(酸価6〜10mgKOH/g、滴点77〜83℃)」、「Licowax E(酸価15〜20mgKOH/g、滴点79〜85℃)」、「Licolub WE40(酸価13〜26mgKOH/g、滴点73〜79℃)」、「Licolub WE4(酸価20〜30mgKOH/g、滴点78〜85℃)」、「Licowax KPE(酸価25〜35mgKOH/g、滴点79〜85℃)」、「Licowax O(酸価10〜15mgKOH/g、滴点98〜105℃)」、「Licowax OP(酸価9〜14mgKOH/g、滴点96〜102℃)」、「Licowax KPS(酸30〜40mgKOH/g、滴点80〜85℃)」、「Licowax OM(酸価20〜30mgKOH/g、滴点86〜93℃)」、「Licowax BJ(酸価17〜25mgKOH/g、滴点72〜78℃)」を、グリース全量の7質量%となるように配合して試験グリースを調製した。
【0036】
そして、減速歯車機構の伝達効率の指標として、各試験グリースについて図4に示す摩擦試験機を用いて、樹脂−金属間の摩擦係数を測定した。この摩擦試験機は、ガラス繊維を30質量%含有するポリアミド66製の試験平板(算術平均粗さRaで1.0に調整)に、試験グリースを塗布し、その上にSUJ2製で直径10mm、幅10mmの試験コロの側面を押し当て、接触最大面圧170MPa、揺動距離30mm、周波数16Hz,雰囲気温度60℃にて、摩擦により生じる水平応力をロードセルで検出し、その出力電圧から摩擦係数を算出した。摩擦係数0.064以下を合格とした。
【0037】
(試験−2)
また、上記の各試験グリースについて、耐摩耗性能を評価した。先ず、クロスローレット加工を施し、脱脂した外径43mm、幅13mmのS45C製の芯管を、スプルー及びディスクゲートを装着した金型に配置し、ガラス繊維を30質量%含有するポリアミド66(宇部興産(株)製「UBEナイロン2020GU6」、銅系添加剤含有)を射出成形して外径60mm、幅13mmのウォームホイールブランク材とし、次いで樹脂部の外周を切削加工してギア歯を形成して図3に示すウォームホイールを作製した。そして、S45C製のウォームとともに実際の自動車の電動パワーステアリング装置に組み込み、ウォームホイールのギア歯及びウォームの歯部に各試験グリースを満遍なく塗布し、雰囲気温度60℃にて操蛇(最大操蛇速度1.5m/s)を繰り返し、10万回操蛇後にウォームホイールのギア歯の摩耗量を測定した。摩耗量は、バックラッシュの増加量で3°以下を合格とした。
【0038】
上記試験−1及び試験−2の結果を図5にグラフ化して示すが、摩擦係数及び摩耗量の何れか一方が不合格の場合を黒く塗りつぶした印としてある。図示されるように、摩擦係数及び摩耗量の両方を満足する組成は全て酸価6〜30mgKOH、滴点72〜104℃の四角で囲まれた領域内にあり、本発明で規定するワックスを添加することにより、耐摩耗性が高まることがわかる。
【0039】
(試験−3)
40℃における動粘度が47mm/sのポリα−オレフィン油に、増ちょう剤としてステアリン酸リチウムを配合してなる混和ちょう度300のベースグリースに、クラリアント社製「Licolub WE40」を添加量を変えて添加し、試験グリースを調製した。そして、試験グリースをJIS K2220 5.14に準拠してバックラッシュ増加量及び−40℃における低温起動トルクを測定した。尚、バックラッシュ増加量は、試験−2と同様に3℃以下が合格である。また、寒冷地では電動パワーステアリング装置の減速歯車機構が−40℃程度に曝されることがあるため、これを想定して低温起動トルクの測定を−40℃で行ない、伝達すべきトルクの消費を少なくできる目安として20N・cm以下を合格とした。
【0040】
結果を図6にグラフ化して示すが、ワックスをグリース全量の2〜12質量%添加することにより、良好な耐摩耗性を付与でき、更に低温でも高いトルク伝達効率が得られることがわかる。また、ワックス添加量は、2.5〜11質量%がより好ましい。
【0041】
(試験−4)
表1に示す配合にて試験グリースを調製した。尚、リチウム複合石けんは、12−ヒドロキシステアリン酸リチウムが全量の75質量%、アゼライン酸リチウムが全量の25質量%となるように調製したものであり、脂肪族ジウレアは上記〔I〕式においてR1,R2を直鎖オクチル基とした化合物である。また、ワックスには、クラリアント社製ポリエチレンワックス「Licowax PE 520」またはクラリアント社製エステルワックス「Licolub WE 40」を用いた。そして、試験グリースについて、試験−1及び試験−2と同様にして摩擦係数及びバックラッシュ増加量を測定した。判定基準も同様である。結果を表1に併記する。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から、ポリエチレンワックス(比較例1)、あるいは動粘度が18mm/s未満の基油(比較例2)を用いても、摩擦力の低減に寄与しないことがわかる。
【0044】
(試験−5)
40℃における動粘度が30mm/sのポリオールステルと、40℃における動粘度が30mm/sのポリα−オレフィン油とを混合比率を変えて混合した混合油に、ジウレアを配合して試験グリースを調製した。そして、試験グリースに、直径10mmで厚さ5mmのエチレンアクリルゴム製円板を浸漬し、恒温槽にて100℃にて100時間放置した。浸漬後に円板の厚さを測定し、浸漬前からの変化量(寸法変化率)を求めた。
【0045】
結果を図7にグラフ化して示すが、極性油であるエステル油を混合する場合、基油全量の30質量%以下であれば、寸法変化率が0.3%以下で、ほぼ無視できる程度に抑えられることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】電動パワーステアリング装置の一例を示す一部断面構成図である。
【図2】図1のAA断面図であり、電動モータと減速歯車機構との連結部周辺を示す概略構成図である。
【図3】ウォームホイール及びウォームの一例を示す斜視図である。
【図4】摩擦試験機の構成を示す模式図である。
【図5】実施例で得られた、酸価と滴点との関係を示すグラフである。
【図6】実施例で得られた、ワックス添加量とバックラッシュ増加量との関係を占めすグラフである。
【図7】実施例で得られた、基油中のエステル油量とアクリルゴムの寸法変化率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1 芯管
3 樹脂部
8 接着剤
10 ギア歯
11 ウォームホイール
12 ウォーム
13 歯部
14 凹部
15 潤滑剤含有ポリマー
50 ステリングコラム
70 ステアリングシャフト
80 トーションバー
90 軸受
91 軸受
100 電動モータ
110 転がり軸受
120 ハウジング
130 ダンパー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、かつ、酸価が6〜30mgKOH/gで滴点が72〜104℃のワックスをグリース全量の2〜12質量%の割合で含有するグリース組成物により潤滑されることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記ワックスがエステルワックス及び部分けん化エステルワックスから選ばれる少なくとも1種であり、かつ、前記グリース組成物の増ちょう剤が金属石けん及び金属複合石けんから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記グリース組成物の基油が、合成炭化水素油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を基油全量の70質量%以上含み、かつ、増ちょう剤がリチウム石けん及びリチウム複合石けんから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記樹脂部を形成する樹脂がポリアミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−160072(P2006−160072A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−354177(P2004−354177)
【出願日】平成16年12月7日(2004.12.7)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】