説明

電動パワーステアリング装置

【課題】ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうち少なくとも一方が樹脂材料によって形成されているため軽量で、しかも前記ハウジングが、金属材料によって形成したものとほぼ同等程度の強度、剛性、寸法安定性、電磁波シールド性、放熱性に優れた電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】ギヤハウジング7およびセンサハウジング6のうちの少なくとも一方を樹脂材料にて形成するとともに、その表面53の全面を粗面化したのち、前記表面の全面を金属のめっき被膜49、50によって被覆した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の操舵機構の動作を補助する電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の操舵機構の動作を補助するために、電動パワーステアリング装置(EPS)が用いられる。このうちコラム型EPSでは、電動モータの回転を、ウォーム等の小歯車とウォームホイール等の大歯車とを備えた減速機において、前記小歯車から大歯車に伝えて回転速度を減速するとともに出力を増幅したのちステアリングシャフトに付与することで、運転者のステアリング操作による操舵機構の動作をトルクアシストしている。
【0003】
また電動パワーステアリング装置には、操舵機構の操舵トルクを検出するトルクセンサや、前記トルクセンサによる操舵トルクの検出値に基づいて電動モータの回転を制御する制御回路(ECU)等を組み込むのが一般的である。
近年、地球環境や地球資源への影響を考慮して、自動車の低燃費化が広く求められつつあり、その一環として自動車部品の軽量化が課題とされ、電動パワーステアリング装置についてもより一層の軽量化が必要となってきている。
【0004】
電動パワーステアリング装置は、前記減速機を収容するギヤハウジングと、前記トルクセンサやECUを収容するセンサハウジングとを備えており、従来はこれらを、例えばアルミニウム合金等の金属材料によって形成するのが一般的であった。
電動パワーステアリング装置を軽量化するために、前記ギヤハウジングおよび/またはセンサハウジングを、金属材料よりも軽い樹脂材料によって形成することが検討されている。例えば特許文献1においては、前記センサハウジングを樹脂材料によって形成している。
【0005】
しかし、単に金属材料を樹脂材料に置換しただけでは、前記両ハウジングに求められる強度、剛性、寸法安定性、電磁波シールド性、放熱性等の特性が、前記金属材料によって形成したものに比べて不十分になるおそれがある。
すなわち、機械分野において多用されるエンジニアリングプラスチック、スーパーエンジニアリングプラスチック等の樹脂材料は、いずれも耐候性、耐摩耗性等に優れているものの、金属材料に比べて熱膨張収縮率が大きいため温度の変化によって寸法変化を生じやすく、寸法安定性が十分でない。
【0006】
また、エンジニアリングプラスチックの中でも汎用されているPA66、PA6、PA46等のナイロン系の樹脂材料は熱膨張収縮率だけでなく吸水率も大きいため、湿度の変化によっても寸法変化を生じやすく、寸法安定性が不十分である。
そのため、特にギヤハウジングを樹脂材料によって形成した場合、前記温度や湿度等の環境の変化に伴う寸法変化により、前記小歯車と大歯車の芯間距離が変動して回転トルクが変動しやすいという問題がある。また芯間距離が増加すると、前記両歯車の噛み合い部分においてラトル音(歯打ち音)が発生するおそれもある。
【0007】
自動車は、主として屋外の様々な環境の下で使用されるものであり、またエンジン廻りに設置される場合にはその駆動による熱の影響をも受けやすいため、電動パワーステアリング装置の使用環境温度は、一般に−40℃〜+140℃という幅広い範囲に亘っており、樹脂材料の熱膨張収縮によるハウジングの寸法変化は決して無視できる程度のものではない。
【0008】
湿度についても同様であって、自動車は低湿度の砂漠地帯から高湿度の熱帯雨林地帯まで、様々な環境の下で使用される上、雨水や泥水等が直接に接触する場合もあることから、特にナイロン系の樹脂材料の吸水によるハウジングの寸法変化も決して無視できる程度のものではない。
また樹脂材料は、金属材料に比べて弾性率が小さく強度および剛性が低いため、特にギヤハウジングを樹脂材料によって形成した場合、前記ギヤハウジングが、モータの回転によって発生する負荷によってたわみ変形しやすく、前記たわみ変形が生じると前記小歯車と大歯車との噛み合いに不良が生じたりしやすいという問題もある。
【0009】
またセンサハウジングには、トルクの検出精度を高め、かつECUの誤動作を防止するために電磁波を遮断する電磁波シールド特性を有していることが求められる。
そのため特許文献1では、樹脂材料からなるセンサハウジングの内周面を、電磁波シールド材として機能しうるアルミニウム等の金属の膜によって被覆することも検討している。
【0010】
樹脂材料からなるセンサハウジングの内周面を金属の膜によって被覆すると、確かに電磁波シールド特性を向上させることはできる。しかし、先に説明した他の問題を解決することはできない。
すなわち特許文献1の構成では、金属の膜はハウジングの内周面にのみ形成される上、樹脂材料に対して十分に一体化されているとは言えない。そのため金属の膜は、樹脂材料からなるハウジングの、温度や湿度の変化による膨張収縮を抑制したり、強度や剛性を高めて、モータの回転等によって発生する負荷による変形を抑制したりするためには機能しえない。のみならず、金属の膜が前記膨張収縮や変形に十分に追従できずにはく落して失われてしまいやすい。
【0011】
しかも、前記のように金属の膜はハウジングの内周面にのみ形成され、他は樹脂材料が露出しているため、特にナイロン系の樹脂材料の吸水を防止することもできない。
またセンサハウジングには、ECUの動作時の熱を速やかに除去できる放熱性も求められるが、基本的に樹脂材料は金属材料に比べて熱伝導率が小さいため、たとえその内周面にのみ金属の膜を形成したとしても、十分な放熱性を確保することはできない。
【0012】
したがって、特許文献1に記載の金属の膜を形成したとしても、ハウジングの全体としての強度や剛性、寸法安定性、あるいは放熱性等は、樹脂材料のみからなるものと同等程度に低いままであり、これらの特性を金属材料からなるものと同等程度まで高めることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平8−159888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうち少なくとも一方が樹脂材料によって形成されているため軽量で、しかも前記ハウジングが、金属材料によって形成したものとほぼ同等程度の強度、剛性、寸法安定性、電磁波シールド性、放熱性に優れた電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1記載の発明は、自動車の操舵機構の動作を補助する電動モータ(M)と、前記電動モータの出力を減速して前記操舵機構に伝達する減速機(48)と、前記操舵機構の操舵トルクを検出するトルクセンサ(9)と、前記減速機を収容するギヤハウジング(7)と、前記トルクセンサを収容するセンサハウジング(6)とを備えた電動パワーステアリング装置であって、前記ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうちの少なくとも一方は樹脂材料からなり、表面の全面が粗面化されたのち、前記表面の全面が金属のめっき被膜(49)(50)によって被覆されていることを特徴とする電動パワーステアリング装置である。
【0016】
この構成によれば、樹脂材料からなるハウジングの表面を粗面化したのち金属のめっき被膜によって被覆しているため、いわゆるアンカー効果によって、前記ハウジングとめっき被膜とを強固に一体化することができる。
したがって、ハウジングの表面の全面に亘ってめっき被膜を被覆していることと相まって、前記めっき被膜により、樹脂材料からなるハウジングの強度や剛性を高めて、モータの回転等によって発生する負荷による変形を抑制したり、前記ハウジングの、温度や湿度の変化による膨張収縮を抑制したりすることができる。
【0017】
また、前記のようにめっき被膜がアンカー効果によって樹脂材料からなるハウジングに対して強固に一体化されていることと、前記めっき被膜の機能によってハウジングの変形や膨張収縮を抑制できることとが相まって、前記めっき被膜がハウジングの表面からはく落して失われたりするのを防止することもできる。
さらにめっき被膜は、前記のようにハウジングの表面の全面を被覆しており、樹脂材料が表面に露出しないため、たとえ吸水しやすいナイロン系の樹脂材料を用いた場合でも、その吸水を確実に防止することができる。
【0018】
のみならず、樹脂材料に高い耐候性、耐摩耗性を付与する必要もなくなるため、前記樹脂材料として、エンジニアリングプラスチックやスーパーエンジニアリングプラスチック等ではなく、例えばABS、ASA、PC等の汎用のプラスチックを用いることも可能であり、ハウジングの、ひいては電動パワーステアリング装置の生産性を高め、製造コストを低減することもできる。
【0019】
しかもハウジングの表面の全面を、樹脂材料よりも熱伝導率が大きい金属からなるめっき被膜で被覆しているため、例えばECUの動作時の熱を、前記めっき被膜を通して速やかにハウジングの外に除去することもでき、前記ハウジングに良好な放熱性を付与することもできる。
なお括弧内の数字は、後述する実施形態における対応構成要素等を表す。以下この欄において同じ。
【0020】
請求項2記載の発明は、前記ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうちの少なくとも一方を、酸可溶性の粉末(51)を含有する樹脂材料(52)によって成形後、酸によってエッチングして表面(53)に露出した粉末を除去することにより、前記表面が粗面化されている請求項1に記載の電動パワーステアリング装置である。
この構成によれば、酸可溶性の粉末を含む樹脂材料を成形した後に酸に浸漬してエッチングして表面に露出した粉末を選択的に除去するだけで、ハウジングの表面の全面を、効率よく速やかに、しかもほぼ均一に粗面化できる。
【0021】
特にPA66等のナイロン系の樹脂材料は、通常のエッチング、すなわち酸可溶性の粉末を含まない樹脂材料からなるハウジングの表面を酸等でエッチングするだけでは、前記表面に凹凸を形成して粗面化することができないが、前記構成によれば、かかるナイロン系の樹脂材料であっても容易に、しかも確実に粗面化できる。
請求項3記載の発明は、前記めっき被膜は、前記粗面化された表面に形成された銅めっき層(55)と、前記銅めっき層上に積層されたニッケルめっき層(56)とを備えている請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置である。
【0022】
この構成によれば、樹脂材料からなるハウジングの表面とニッケルめっき層との間に、前記ニッケルめっき層よりも軟らかい銅めっき層を介在させることにより、前記樹脂材料とニッケルめっき層との間の熱膨張収縮率等の違いによって発生する応力を、前記銅めっき層によって緩和することができる。そのため樹脂材料からなるハウジングと、めっき被膜とをより一層強固に一体化させてはく落等を防止できる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうち少なくとも一方が樹脂材料によって形成されているため軽量で、しかも前記ハウジングが、金属材料によって形成したものとほぼ同等程度の強度、剛性、寸法安定性、電磁波シールド性、放熱性に優れた電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態にかかる電動パワーステアリング装置としてのコラム型EPSの概略断面図、およびその要部の拡大断面図である。
【図2】図1のII−II線に沿う断面図、およびその要部の拡大断面である。
【図3】図1、図2のコラム型EPSのうちギヤハウジングに含有させた強化繊維の配向方向の一例を説明する斜視図である。
【図4】同図(a)〜(c)は、ハウジングの表面を粗面化したのちめっき被膜で被覆するまでの工程を示す拡大断面図である。
【図5】ハウジングの表面を、36%塩酸水溶液の濃度が180ml/Lのエッチング液に浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。
【図6】ハウジングの表面を、36%塩酸水溶液の濃度が200ml/Lのエッチング液に浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。
【図7】ハウジングの表面を、36%塩酸水溶液の濃度が250ml/Lのエッチング液に浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は、本発明の一実施形態にかかる電動パワーステアリング装置としてのコラム型EPSの概略断面図、およびその要部の拡大断面図である。また図2は、前記図1のII−II線に沿う断面図、およびその要部の拡大断面図である。
図1を参照して、この例の電動パワーステアリング装置においては、ステアリングホイール1を取り付けている入力軸としての第一の操舵軸2と、ラックアンドピニオン機構等の舵取装置(図示せず)に連結されている、出力軸としての第二の操舵軸3とが、トーションバー4を介して同軸的に連結されている。
【0026】
第一および第二の操舵軸2、3を支持するハウジング5は、車体(図示せず)に取り付けられている。ハウジング5は、互いに嵌め合わされるセンサハウジング6と、ギヤハウジング7とによって構成されている。具体的には、ギヤハウジング7は筒状をなし、その上端の環状縁部7aが、センサハウジング6の下端外周の環状段部6aに嵌め合わされている。ギヤハウジング7には、減速機としてのウォームギヤ機構8が収容され、センサハウジング6には、トルクセンサ9、制御基板10等が収容されている。ギヤハウジング7にウォームギヤ機構8を収容することで減速機48が構成されている。
【0027】
ウォームギヤ機構8は、第二の操舵軸3の軸方向中間部に、一体回転可能で、かつ、軸方向移動が規制されたウォームホイール12と、このウォームホイール12と噛み合わされていると共に、電動モータMの回転軸32に、スプライン継手33を介して連結されているウォーム軸11(図2参照)とを備えている。このうち、ウォームホイール12は、第二の操舵軸3に、一体回転可能に結合された、環状の芯金12aと、芯金12aの周囲を取り囲んで外周面部に歯が形成された、合成樹脂部材12bとを備えている。芯金12aは、例えば、合成樹脂部材12bの樹脂成形時に、金型内にインサートされる。そして、このインサートした状態での樹脂成形によって、芯金12aと合成樹脂部材12bとが結合、一体化されている。第二の操舵軸3は、ウォームホイール12を軸方向の上下に挟んで配置される、第一および第二の転がり軸受13、14によって、回転自在に支持されている。
【0028】
第一の転がり軸受13の外輪15は、センサハウジング6の下端の筒状突起6b内に設けられた軸受保持孔16に嵌め入れられて、保持されている。また、外輪15は、その上端面が、環状の段部17に当接されることで、センサハウジング6に対する軸方向上方への移動が規制されている。一方、第一の転がり軸受13の内輪18は、第二の操舵軸3に、締まりばめによって嵌め合わされている。また、内輪18の下端面は、ウォームホイール12の芯金12aの上端面に当接されている。
【0029】
第二の転がり軸受14の外輪19は、ギヤハウジング7の軸受保持孔20に嵌め入れられて、保持されている。また外輪19は、その下端面が、環状の段部21に当接されることで、ギヤハウジング7に対する、軸方向下方への移動が規制されている。一方、第二の転がり軸受14の内輪22は、第二の操舵軸3に、一体回転可能で、かつ、軸方向の相対移動が規制された状態で、取り付けられている。また、内輪22は、第二の操舵軸3の段部23と、第二の操舵軸3のねじ部に締め込まれるナット24との間に挟持されている。
【0030】
トーションバー4は、第一および第二の操舵軸2、3を貫通している。トーションバー4の上端4aは、連結ピン25により、第一の操舵軸2と一体回転可能に連結され、下端4bは、連結ピン26により、第二の操舵軸3と一体回転可能に連結されている。第二の操舵軸3の下端は、図示しない中間軸を介して、先に説明したように、ラックアンドピニオン機構等の舵取装置に連結されている。連結ピン25は、第一の操舵軸2と同軸に配置される第三の操舵軸27を、第一の操舵軸2と一体回転可能に連結している。第三の操舵軸27は、ステアリングコラムを構成するチューブ28内を貫通している。
【0031】
第一の操舵軸2の上部は、例えば、針状ころ軸受からなる第三の転がり軸受29を介して、センサハウジング6に回転自在に支持されている。第一の操舵軸2の下部の縮径部30と、第二の操舵軸3の上部の孔31とは、第一および第二の操舵軸2、3の相対回転を、所定の範囲に規制するように、回転方向に所定の遊びを設けて、嵌め合わされている。
図2を参照して、ウォーム軸11は、ギヤハウジング7によって保持される第四および第五の転がり軸受34、35によって、それぞれ、回転自在に支持されている。第四および第五の転がり軸受34、35の内輪36、37は、ウォーム軸11の、対応するくびれ部に嵌合されている。外輪38、39は、ギヤハウジング7の軸受保持孔40、41に、それぞれ保持されている。ギヤハウジング7は、ウォーム軸11を収容する筒状部7bを含んでいる。
【0032】
ウォーム軸11の一端部11aを支持する第四の転がり軸受34の外輪38は、ギヤハウジング7の段部42に当接して位置決めされている。一方、内輪36は、ウォーム軸11の位置決め段部43に当接されることによって、他端部11b側への移動が規制されている。また、ウォーム軸11の、他端部11b(継手側端部)の近傍を支持する第五の転がり軸受35の内輪37は、ウォーム軸11の位置決め段部44に当接されることによって、一端部11a側への移動が規制されている。
【0033】
外輪39は、予圧調整用のねじ部材45によって、第四の転がり軸受34側へ付勢されている。ねじ部材45は、ギヤハウジング7に形成されるねじ孔46にねじ込まれることで、一対の転がり軸受34、35に予圧を付与すると共に、ウォーム軸11を、軸方向に位置決めしている。47は、予圧調整後のねじ部材45を止定するため、当該ねじ部材45に係合されるロックナットである。
【0034】
図1を参照して、センサハウジング6は、樹脂材料からなり、表面の全面が粗面化されたのち、前記表面の全面が、連続した金属のめっき被膜49によって被覆されて構成されている。
また図2を参照して、ギヤハウジング7も、樹脂材料からなり、表面の全面が粗面化されたのち、前記表面の全面が、連続した金属のめっき被膜50によって被覆されて構成されている。
【0035】
前記センサハウジング6、ギヤハウジング7を形成する樹脂材料としては、例えばPA66、PA6、PA46等のナイロンなどのエンジニアリングプラスチックや、あるいは芳香族ナイロン(PA6T、PA9T、PPA等)、PPS、PEEKなどのスーパーエンジニアリングプラスチックが挙げられる。
特にスーパーエンジニアリングプラスチックを使用すれば、前記スーパーエンジニアリングプラスチックの持つ高い耐候性等を生かした上で、その表面の全面を粗面化したのち被覆して強固に一体化させた金属のめっき被膜49、50の作用によって、先に説明したようにセンサハウジング6、ギヤハウジング7に、金属材料からなるものとほぼ同等の強度や剛性、温度や湿度の変化に対する寸法安定性、電磁波シールド性、並びに放熱性等の特性を付与することができる。
【0036】
但し本発明では、先に説明したようにその表面の全面が連続した金属のめっき被膜49、50によって覆われて樹脂材料が露出しないため、前記樹脂材料として吸水しやすいナイロンを使用しても、その吸水を確実に防止して、湿度の変化による膨張収縮を抑制して寸法安定性を向上できる。したがって前記エンジニアリングプラスチックを使用しても、センサハウジング6、ギヤハウジング7に、金属材料からなるものとほぼ同等の前記各特性を付与することができる。
【0037】
のみならず、前記のように表面の全面が連続した金属のめっき被膜49、50によって覆われて樹脂材料が露出しないため、前記樹脂材料には高い耐候性、耐摩耗性を付与する必要もない。そのため前記樹脂材料としては、前記エンジニアリングプラスチックやスーパーエンジニアリングプラスチック等ではなく、例えばABS、ASA、PC等の汎用のプラスチックを用いることも可能であり、その場合にはセンサハウジング6、ギヤハウジング7に、金属材料からなるものとほぼ同等の前記各特性を付与しながら、なおかつ前記センサハウジング6、ギヤハウジング7の、ひいては電動パワーステアリング装置の生産性を高め、製造コストを低減することもできる。
【0038】
樹脂材料には、前記強度や剛性、あるいは寸法安定性を高めるために、例えばガラス繊維、カーボン繊維等の強化繊維を含有させるのが好ましい。強化繊維の量は任意に設定できる。特に次に述べるように、樹脂材料中に酸可溶性の粉末を含有させる場合、内部に残留する前記粉末は、ある程度は補強剤としても機能しうるため、強化繊維の量は、前記粉末の量との兼ね合いで適宜設定するのが好ましい。
【0039】
図3はギヤハウジング7に含有させた強化繊維の配向方向の一例を説明する斜視図である。
強化繊維を、ギヤハウジング7の、第2の操舵軸3が挿通される開口7cと、ウォーム軸11を収容する筒状部7bとの間の領域A内において、図3中に一点差線の矢印で示す方向に配向させると、前記領域A内の樹脂材料は、前記配向方向の膨張収縮率が強化繊維の配向によって低く抑えられるため、同方向の寸法安定性が向上する。
【0040】
その結果として、小歯車としてのウォーム軸11と大歯車としてのウォームホイール12との間の芯間距離の変動をより一層有効に抑制できる。なお図中7dは、電動モータMを接続するための開口である。
強化繊維を図のように配向させるには、図示していないが、例えばギヤハウジング7を成形するための金型の、前記開口7c内に対応する位置に樹脂材料を注入するためのゲートを設け、前記ゲートを通して金型の型窩内に、強化繊維や粉末を含有させた樹脂材料を注入する。
【0041】
そうすると注入された樹脂材料が、前記型窩内を、図中に一点鎖線の矢印で示す方向に流動しながら前記型窩内に充填されてギヤハウジング7が形成されるとともに、強化繊維が、前記流動方向に沿って配向された状態で前記ギヤハウジング7内に分散される。
センサハウジング6、ギヤハウジング7の表面の全面を粗面化するためには、例えばサンドブラスト処理、酸等によるエッチング処理などの従来公知の種々の粗面化方法を、粗面化する樹脂材料の種類等に応じて選択して採用できる。
【0042】
但し本発明では、酸可溶性の粉末を含有させた樹脂材料を成形後に、酸によってエッチングして表面に露出した粉末を選択的に除去することにより、前記表面を粗面化するのが好ましい。
これにより、たとえ通常のエッチングでは凹凸を形成して粗面化することができないPA66等のナイロンからなるハウジングであっても、例えばその全体をエッチング液中に浸漬する等するだけで容易に、しかも確実に、その表面の全面を粗面化することができる。
【0043】
なお、かかる粗面化の方法は、前記ナイロン以外の他の樹脂材料にも適用可能である。
図4(a)〜(c)は、センサハウジング6、ギヤハウジング7の表面の全面を前記方法で粗面化したのちめっき被膜で被覆するまでの工程を示す拡大断面図である。
まず図4(a)を参照して、酸可溶性である多数の粉末51を含有させた樹脂材料52を射出成形等してセンサハウジング6、ギヤハウジング7を形成する。
【0044】
前記酸可溶性の粉末51としては、例えばケイ酸カルシウム(ウォラストナイト)、酸化亜鉛ウィスカー、炭酸マグネシウム、酸化チタン、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、酸化鉄、炭酸カルシウム等からなる粉末の1種または2種以上が挙げられる。
前記粉末51の粒径は、粗面化後の表面粗さ等に応じて任意に設定できる。例えば、粉末を除去した跡にできる孔54(図4(b)参照)の、ハウジングの表面54における開口径を2〜10μm程度とするためには、前記粉末の平均粒径が5μm程度であるのが好ましい。
【0045】
また前記粉末51としては、アンカー効果によってめっき被膜49、50をより一層、強固に一体化することを考慮すると、その形状や粒径が揃ったものよりも、形状が不揃いな不定形粒状で、かつ粒径も不揃いなものを選択して用いるのが好ましい。
特にケイ酸カルシウムの不定形粒状の粉末は、樹脂材料52中に均一に分散させること、および酸によるエッチングによって除去することが容易であり、前記粉末として好適に使用できる。
【0046】
次に図4(a)(b)を参照して、前記センサハウジング6、ギヤハウジング7を脱脂処理後、その全体を塩酸、硫酸等を含むエッチング液に浸漬する等してエッチングして、その表面53に露出した粉末51を選択的に除去する。そうすると表面53の全面に粉末51が除去された跡の多数の孔54が形成されて、前記表面53の全面が粗面化される。
この際、例えば樹脂材料52中で連続した内部の粉末51が除去されるまでエッチングを続けると、オーバーエッチングとなって樹脂材料が劣化するおそれがある。またセンサハウジング6、ギヤハウジング7が多孔質状となって強度や剛性が低下するおそれもあるので、できるだけ、表面53に露出した粉末51のみを選択的にエッチングによって除去するようにする。そのためにはエッチングの条件(エッチング液の組成、エッチングの温度、時間等)を調整すればよい。
【0047】
例えばエッチング液としては、36%塩酸水溶液をさらに水で希釈した水溶液を用いるのが好ましい。前記水溶液における36%塩酸水溶液の濃度は200ml/L以上、300ml/L以下、特に230ml/L以上、260ml/L以下であるのが好ましい。
またエッチング液の液温は30℃以上、65℃以下であるのが好ましく、エッチングの時間は8分以上、12分以下であるのが好ましい。
【0048】
前記範囲より低濃度のエッチング液を用いたり、液温が低かったり、あるいは時間が短かったりした場合には、前記表面53に露出した粉末51の全てを十分に除去できないため、ハウジングの表面53に形成される孔54の開口径が前記2μmを下回ったり、孔54の数が少なかったりする。そのため十分なアンカー効果が得られないおそれがある。
例えば図5は、樹脂材料52としてのPA66中に、ケイ酸カルシウムの不定形粒状の粉末51(平均粒径1〜10μm)を、40%の充てん量で充填した表面53を、前記範囲より低濃度である、36%塩酸水溶液の濃度が180ml/Lのエッチング液(液温40℃)に10分間浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。
【0049】
図5に見るように、かかる低濃度のエッチング液を用いた場合には、液温および時間が前記範囲内であっても、ハウジングの表面53に露出した粉末51を十分に除去できないため、前記表面53にはっきりとした孔54を形成できないことが判る。
一方、前記範囲より高濃度のエッチング液を用いたり、液温が高かったり、時間が長かったりした場合には前記オーバーエッチングを生じて樹脂材料が劣化したり、ハウジングの強度や剛性が低下したりするおそれがある。
【0050】
これに対し、濃度が前記範囲内であるエッチング液を用い、前記液温および時間の範囲内でエッチングをすることにより、ハウジングの強度や剛性を維持しながら、前記表面53に、十分なアンカー効果を得ることができる適度な大きさを有する孔54を形成することができる。
例えば図6は、前記表面53を、36%塩酸水溶液の濃度が200ml/Lのエッチング液(液温40℃)に10分間浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。また図7は、前記表面53を、36%塩酸水溶液の濃度が250ml/Lのエッチング液(液温40℃)に10分間浸漬してエッチングした状態を示す顕微鏡写真である。
【0051】
両図に見るように、濃度が前記範囲内であるエッチング液を用いて、前記範囲内の液温および時間でエッチングすることにより、ハウジングの表面53に露出した粉末51を十分に除去して、前記表面53に、十分なアンカー効果を得ることができる適度な大きさを有する孔54を形成することができる。
図6の孔54の開口径は2μm前後、図7の孔54の平均の開口径はおよそ2μmから10μm程度である。
【0052】
次に図4(c)を参照して、前記粗面化した表面53の全面を金属のめっき被膜49、50によって被覆する。
なおこの例では、前記めっき被膜49、50を、前記表面53に形成された銅めっき層55と、前記銅めっき層55上に積層されたニッケルめっき層56の2層構造としている。
【0053】
この構成によれば、樹脂材料52からなるセンサハウジング6、ギヤハウジング7の表面53とニッケルめっき層56との間に、前記ニッケルめっき層56よりも軟らかい銅めっき層55を介在させることにより、前記樹脂材料52とニッケルめっき層56との間の熱膨張収縮率等の違いによって発生する応力を、前記銅めっき層55によって緩和することができる。そのため樹脂材料からなるセンサハウジング6、ギヤハウジング7と、めっき被膜49、50とをより一層強固に一体化させてはく落等を防止できる。
【0054】
前記のうち銅めっき層55は、例えば無電解銅めっき、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、CVD法等の任意の成膜方法によって形成することができる。
特にセンサハウジング6、ギヤハウジング7の表面の全面にほぼ均一な厚みを有する銅めっき層55を簡単に形成することを考慮すると、無電解銅めっきを採用するのが好ましい。
【0055】
前記無電解銅めっきでは、まずエッチングによって粗面化したセンサハウジング6、ギヤハウジング7の表面を中和した後、従来同様に触媒付け、および活性化したのち無電解銅めっき浴に浸漬する。
そうすると図4(c)に示すように銅が、センサハウジング6、ギヤハウジング7の表面53の孔54を埋めながら前記表面53に析出することでアンカー効果を生じて、前記センサハウジング6、ギヤハウジング7に対して強固に一体化された銅めっき層55が形成される。
【0056】
銅めっき層55上に積層されるニッケルめっき層56は、例えば無電解ニッケルめっき、電気ニッケルめっき、真空蒸着法、スパッタリング法、易オンプレーティング法、CVD法等の任意の成膜方法によって形成することができる。
特に銅めっき層55上の全面にほぼ均一な厚みを有するニッケルめっき層56を簡単に積層することを考慮すると、無電解ニッケルめっき、または電気ニッケルめっきを採用するのが好ましい。
【0057】
このうち後者においては、先に形成した銅めっき層55を陰極として、陽極とともに電気ニッケルめっき浴に浸漬して電気めっきを行うことで、前記銅めっき層55上にニッケルめっき層56が積層される。
めっき被膜49、50の厚みは、先に説明した、樹脂材料からなるセンサハウジング6、ギヤハウジング7に、金属材料からなるものとほぼ同等程度の強度、剛性、寸法安定性、電磁波シールド性、放熱性等を付与することを考慮すると、およそ10μm以上、50μm以下程度であるのが好ましい。なおめっき被膜49、50が前記銅めっき層55とニッケルめっき層56の2層からなる場合、前記厚みは、両めっき層の合計の厚みである。
【0058】
なおめっき被膜49、50のもとになる金属材料としては、前記銅、およびニッケル以外にも、例えば銀、金、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、黄銅、ベリリウム、純鉄、鉛等が挙げられる。めっき被膜に求める特性に応じて、前記金属材料を適宜選択すればよい。
なおセンサハウジング6に良好な電磁波シールド性を付与するためには、対電界のために体積抵抗率が低く、かつ対磁界のために透磁率が高いことが求められる。
【0059】
表1に、前記各金属材料、および従来の電動パワーステアリング装置において前記センサハウジング6等を形成していた鋼鉄、鋳鉄の体積抵抗率(10−8Ω・m)と透磁率とを示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1より、従来の鋼鉄と同等の低い体積抵抗率と高い透磁率とをめっき被膜49、50に付与するためには、体積抵抗率の低い銅めっき層55と、透磁率の高いニッケルめっき層56の2層を組み合わせるのが好ましいことが判る。
以下に本発明を、実施例、比較例に基づいて説明する。
図1、図2に示すギヤハウジング7を、PA66に同量のガラス繊維を加えて形成したものを比較例とし、同じギヤハウジング7の表面の全面を粗面化したのち、厚み約10〜30μm程度の金属のめっき被膜で被覆したものを実施例とした。両者を比較すると、比較例は、モータの回転によって発生した負荷が加わった際にたわみ変形して、小歯車と大歯車の芯間距離が約90μm変動したのに対し、実施例は前記構成により強度の高いめっき被膜の断面係数を増加させることで弾性率を前者の約1.8倍として、芯間距離の変動量を約50μm程度まで低下させることができた。
【0062】
また比較例は、吸水によって芯間距離が約200μm増加したが、実施例では、その表面の全面を被覆しためっき被膜によって吸水が大幅に抑制されるため、芯間距離の増加をほぼゼロにすることができた。
また図1、図2に示すセンサハウジング6を、同様にPA66に同量のガラス繊維を加えて形成したものを比較例とし、同じセンサハウジング6の方面の全面を粗面化したのち、厚み約10〜30μm程度の金属のめっき被膜で被覆したものを実施例とした。両者を比較すると、比較例の熱伝導率は、前記PA66自体の熱伝導率である約0.2w/mK程度であったのに対し、実施例は、熱伝導率を約0.9w/mK程度まで向上させることができた。
【0063】
しかもいずれの実施例においても、その重量を、従来のアルミニウム合金からなるものに比べておよそ20%から30%程度軽量化することができ、電動パワーステアリング装置の全体についても大幅な軽量化が可能となった。
なお本発明は、前記各図の実施形態には限定されない。例えばセンサハウジング6、ギヤハウジング7の一方のみを、樹脂材料からなり、その表面の全面を粗面化したのちめっき被膜を被覆した構成とし、他方は従来どおりアルミニウム合金等の金属材料によって形成してもよい。
【0064】
その他、本発明の特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で、種々の変更を施すことができる。
【符号の説明】
【0065】
1:ステアリングホイール、2:第一の操舵軸、3:第二の操舵軸、4:トーションバー、4a:上端、4b:下端、5:ハウジング、6:センサハウジング、6a:環状段部、6b:筒状突起、7:ギヤハウジング、7a:環状縁部、7b:筒状部、7c:開口、7d:開口、8:ウォームギヤ機構、9:トルクセンサ、10:制御基板、11:ウォーム軸、11a:一端部、11b:他端部、12:ウォームホイール、12a:芯金、12b:合成樹脂部材、13:第一の軸受、14:第二の軸受、15:外輪、16:軸受保持孔、17:段部、18:内輪、19:外輪、20:軸受保持孔、21:段部、22:内輪、23:段部、24:ナット、25:連結ピン、26:連結ピン、27:操舵軸、28:チューブ、29:第三の軸受、30:縮径部、31:孔、32:回転軸、33:スプライン継手、34:第四の軸受、35:第五の軸受、36:内輪、37:内輪、38:外輪、39:外輪、40:軸受保持孔、42:段部、43:段部、44:段部、45:部材、46:ねじ孔、47:ロックナット、48:減速機、49、50:めっき被膜、51:粉末、52:樹脂材料、53:表面、54:孔、55:銅めっき層、56:ニッケルめっき層、A:領域、M:電動モータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車の操舵機構の動作を補助する電動モータと、前記電動モータの出力を減速して前記操舵機構に伝達する減速機と、前記操舵機構の操舵トルクを検出するトルクセンサと、前記減速機を収容するギヤハウジングと、前記トルクセンサを収容するセンサハウジングとを備えた電動パワーステアリング装置であって、前記ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうちの少なくとも一方は樹脂材料からなり、表面の全面が粗面化されたのち、前記表面の全面が金属のめっき被膜によって被覆されていることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記ギヤハウジングおよびセンサハウジングのうちの少なくとも一方を、酸可溶性の粉末を含有する樹脂材料によって成形後、酸によってエッチングして表面に露出した粉末を除去することにより、前記表面が粗面化されている請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記めっき被膜は、前記粗面化された表面に形成された銅めっき層と、前記銅めっき層上に積層されたニッケルめっき層とを備えている請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−20647(P2012−20647A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159735(P2010−159735)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】