説明

電子光学装置用電子ビーム源

【解決手段】容易に再生・修復されて高寿命であり、しかも制御性よく、微小構造を形成することができるナノ電子源を用いた電子顕微鏡等の電子光学装置用電子ビーム源を提供する。
【効果】先端が先鋭化された針状形状を有するタングステン等の第1金属基体の清浄な先端表面に、パラジウム、白金等の第2金属を蒸着し、800〜1,200℃に加熱することにより、数nmの大きさのナノピラミッドが成長し、原子1個乃至数個で終端された微小構造物が得られ、点光源として高い指向性、高輝度、高干渉性を有すると共に、この構造物がイオン衝撃や吸着等によってナノピラミッドが壊れた場合にも、加熱によって再生できるため、電子源の寿命は300時間を超える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡等の電子光学装置用の電子ビーム源に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム技術は、真空技術の一大研究対象であり、その応用範囲は、ブラウン管以外にも、電子顕微鏡、電子線露光装置、各種計測装置、電子波干渉計など多くの基本装置で利用されており、極めて波及効果が大きく、普遍的な基本技術である。
【0003】
数多の電子線装置のうち、電子顕微鏡の技術開発における電子ビームを制御する光学系の進歩は、近年著しい。例えば、最近、ドイツのレオ社で発明したレンズ(既にジェミニレンズと通称されている)は、高度な電場計算を駆使し、実際的なオペレーション条件下で収差をほぼゼロにすることに成功しており、現在ではジェミニレンズを搭載した電子顕微鏡を市場で入手できる。ところが、そのような無収差光学系を備えた電子顕微鏡では、電子源の大きさが分解能を制限する新たな問題を表面化させる。つまり、現在の電子源は、電子放射領域が原子スケールより遥かに大きいので、電子線を照射して獲得される結像パターンの解像度を原子分解能まで到達させる際、その巨視的スケールが分解能向上の足かせとなる問題が表面化しており、無収差光学系などの優れた光学系に見合う、高々原子数個の大きさしかない微小電子源の実用が望まれている。
【0004】
上記要件を満足する微小電子源には、先鋭化された金属の先端に原子数個からなるクラスターもしくは分子などを固定化したナノ電子源と呼ばれる微小電子源があり、例えば、W(タングステン)針先端に形成される原子スケールの大きさしかないWの微小構造などは実験室レベルで作製され、極めて小さな点光源であることが示されている。
【0005】
ナノ電子源には、上記した点光源の特長以外にも、電子放出領域が極めて小さいことから、著しく低いエネルギー領域で高い輝度と優れた干渉性が実現できる長所があり、この特性は、低エネルギー電子線の使用が必須とされるバイオマテリアル観察に、特に、有用であると考えられており、周辺技術の底上げなどを含めた基礎研究は、既に国内外で進められている。また、バイオ以外にも、半導体プロセス分野では、電子線露光装置で低速電子線の照射が可能な理想的点光源として、実用に耐え得るナノ電子源の開発に期待が寄せられている。
【0006】
しかし、原子数個で終端されたナノ電子源は、輝度、干渉性に優れた電子ビーム点光源であるが、実用上、克服すべき課題は数多い。中でも、最大の問題点は寿命である。本来、ナノ電子源は構造が極めて微小なため、イオン衝撃や吸着子による変質などで壊れやすい。その上、壊れた場合、再生する手立てはない。
更に、微小構造体の形成位置制御の困難さに伴う別の問題がある。これまでナノ電子源はいくつか提案されているが、極微小構造物を制御性良くベース材料の決まった位置に形成することはできない。
これらの2つの大きな問題がネックとなり、おおよそ実用に供するナノ電子源を創製することは不可能である。
【0007】
以上のように、ナノ電子源には、これまで強い関心があったが、寿命に関わる本質的問題が頑として横たわり、研究は基礎実験にとどまり実用性は全く度外視されてきており、実用上の大きな障害を克服したナノ電子源の創製が望まれている。
【0008】
なお、この発明に関する先行技術文献情報としては、以下のものがある。
【特許文献1】特開2001−338570号公報
【特許文献2】特開2004−79223号公報
【特許文献3】特開2003−346640号公報
【特許文献4】特開平9−274849号公報
【特許文献5】特開平8−96702号公報
【非特許文献1】e−J.Surf.Sci.Nanotech,Vol.1(2003)102−105
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、原子数個で終端されながら、壊れても容易に再生・修復されて高寿命であり、大気におかれた後でも自己再生・修復が可能であり、しかも制御性よく、微小構造を形成することができるナノ電子源を用いた電子顕微鏡等の電子光学装置用電子ビーム源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を行った結果、先端が先鋭化された針状形状を有するタングステン等の第1金属基体の清浄な先端表面に、パラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、レニウム、オスミウム等の第1金属と異なる第2金属(異種金属)を蒸着し、800〜1,200℃に加熱することにより、タングステン等の第1金属の針状先端に上記異種金属による数nmの大きさのナノピラミッドが成長し、その先端が上記異種金属原子1個乃至数個で終端された微小構造物が得られ、この構造物はこのように上記異種金属1個乃至数個で終端されているので、点光源として高い指向性、高輝度、高干渉性を有すると共に、この構造物がイオン衝撃や吸着等によってナノピラミッドが壊れた場合にも、加熱によって再生することが何度でもできるため、電子源の寿命は300時間を超える。また、この電子源は大気に露出しても、加熱のみで容易に自己再生・修復機能があり、このため、上記微小構造物が電子顕微鏡等の電子光学装置の電子ビーム源として有効に用いられることを知見し、本発明をなすに至った。
【0011】
従って、本発明は、先端が先鋭化された針状形状を有する第1金属基体の前記先端表面を覆って前記第1金属と異なる第2金属の可算個の原子が加熱修復可能に配列してなる微小構造体からなることを特徴とする電子光学装置用電子ビーム源を提供する。この場合、第1金属がタングステン又はモリブデンであり、第2金属がパラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、レニウム又はオスミウム金属であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電子光学装置の電子ビーム源が、指向性、輝度、干渉性に優れた点光源としてのナノ電子源であるにも拘らず、イオン衝撃や大気に取り出すこと等で壊れても加熱により容易に同じ構造体に自己再生でき、このため、大気に取り出すことが可能であるので、ナノ電子源を装着する光学装置内でナノ電子源を作製する必要は全くなく、別の製造プロセスで用意した電子源をそのまま適用し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の電子光学装置は、電子顕微鏡(バイオマテリアル観察用低速電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型電子顕微鏡等)のほか、電子線ホログラフィ装置、電子線リソグラフィ装置、電子回折顕微鏡、電子波干渉装置等を含み、これら装置の電子ビーム源として先端が先鋭化された針状形状を有する第1金属基体の先端表面を覆って前記第1金属と異なる第2金属の可算個の原子が加熱修復可能に配列してなる微小構造体を用いたものである。なお、本発明に係る電子光学装置は、電子ビーム源として上記微小構造体を用いるものであるが、その他の構成はその装置の種類に応じた公知の構成とすることができる。
【0014】
ここで、第1金属としては、タングステン(W)、モリブデン(Mo)等の耐熱性金属が好ましく、また、上記針状先端部は曲率半径0.001〜10μm、特に0.01〜0.1μmに形成されたものが好ましい。
【0015】
また、第2金属としては、パラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、レニウム、オスミウム等の金属であることが好ましく、このような金属が上記第1金属の針状先端を0.5〜10原子層、特に1〜2原子層以下の厚さで被覆した微小構造が好ましく、この金属層が特に1〜25個の可算個の原子からなり、かつ先端が1個乃至数個、特に1個で終端している微小構造が好ましく、とりわけ先端に向かうに従い、7個、3個、1個とピラミッド状に原子個数が減少した微小構造が好ましい。
【0016】
本発明の電子ビーム源(微小構造体)は、これを100〜1,500℃、特に300〜600℃に加熱し、ナノピラミッドを作製し、この先端に104ボルト/cm以上の電界をかけることにより、電子ビームを放出し、この電子ビームは、単原子から放出されるため、高指向性、高輝度、高干渉性を有するものである。
【0017】
このような電子ビーム源となる微小構造体は、直径0.001〜1mm程度のタングステン等の第1金属のワイヤー先端を電解研磨等の適宜な手段で加工して、上記曲率半径の針を作製し、この針を超高真空の真空容器中で加熱するなどして表面を清浄にした後、第2金属(パラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、レニウム、オスミウム等の金属)を1〜2原子層以下の厚さに蒸着し、次いで500〜900℃に加熱することにより、数nmの大きさのナノピラミッドが多数成長し、この場合、タングステン表面にパラジウム金属原子を蒸着した場合であれば、タングステンとパラジウム原子の相互作用によってタングステン{211}面が拡大し、この面を側面としたナノピラミッドが成長し、その先端はタングステンの<111>軸方向に向いた構造体が得られるものである。また、この場合、先端はパラジウム等の金属原子1個で終端し、その下に3個のパラジウム等の金属原子が、更にその下に7個のパラジウム等の金属原子が配列したピラミッド構造が得られるものである。
【0018】
本発明において、このピラミッドの先端を電界蒸発によって崩壊させ、構造を再度500〜900℃に加熱すると単原子で終端したナノピラミッドが自己再生する。この崩壊・再生過程を電界放出像で観察すると、ナノピラミッド先端からは開き角度は6度で電子ビームが放出され、電子ビームが放出されているピラミッドの崩壊によってビームの開き角は増加し、輝度は下がる。しかし、再度500〜900℃で加熱することで、開き角6度の輝度の高い電子ビームに戻る。従って、この電子源は加熱による自己修復機能を持っている。
【0019】
本発明では、もともと表面エネルギーが高い金属の針先端表面を、異種金属原子の吸着を介して屹立(ファセット化)させた結果、形成される原子数個の微小構造体をナノ電子源に利用する。このように、このナノ電子源は、原子レベルで不安定な材料を意図的にベース材とし、異種原子の導入を介し、熱力学ポテンシャル井戸の極小状態に系をおとしめることで形成されるので、加熱により常に全く同じ構造体が形成される。この熱力学的安定性が、形成位置に関する高い制御性と自己再生機能を保証する。更に、再生時には、異種金属はベースの金属針後方から表面拡散により供給されるので、一度、針全体を概ねその異種金属で被覆した後は追加して蒸着などを実施する必要はない。また、本発明のナノ電子源は表面を汚染や吸着などに耐性の強い金属で被覆しているため、電子ビーム放出時の電流の安定性は高い。
【0020】
本発明においては、更に、このナノ電子源を大気に露出した後に、超高真空条件で500〜900℃で加熱することによって、再度、ナノ電子源を動作させることが可能であり、従って、本発明の特筆すべき結果として、このナノ電子源は大気への暴露に対しても機能が損なわれることがないことがある。即ち、従来のナノ電子源は著しく弱く、もちろん、大気暴露後にナノ電子源の特性が復活することはあり得なかった。本発明では、上記した自己再生機能や高い電流安定性から耐久性の高いことが予測されるが、本発明では、このような常識的な予想を更に超え、大気暴露後でさえ、低温加熱(400〜500℃)によりナノ電子源が復活することが示されたものである。大気暴露に対するこの特性は、ナノ電子源を装着する電子線装置内でナノ電子源を作製する必要は全くなく、別の製造プロセスで用意した電子源をそのまま適用することができ、均質な良品を提供できることを意味する。従って、この大気暴露に対する耐性は、ナノ電子源の適用範囲を著しく促進させるものである。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0022】
微小原子電子源の形成
直径0.1ミリのタングステン線の先端を、水酸化カリウム(1N)を使った電解研磨によって、曲率半径0.1ミクロンの鋭い針を製作した。このタングステン針を超高真空の真空(10-10Torr以下の圧力)容器に導入し、2,000℃以上で加熱し、表面を清浄にし、この清浄な表面にパラジウムを1〜2原子層の厚さに蒸着し、500〜900℃に加熱すると、タングステン表面に数nmの大きさのナノピラミッドが多数成長し、タングステン面上には{211}面を側面としたナノピラミッドが成長し、その先端はタングステンの<111>軸方向に向いた構造体が得られた。
【0023】
図1及び図2に、本発明のナノ電子源形成プロセスにおける電界電子顕微鏡像並びに電界イオン顕微鏡像を示す。ナノ電子源形成後、先端はロジウム原子1個で終端されていることが分かる。この1個の原子を電界蒸発によって取り除くと、この下に3個のパラジウム原子が現れ、更にこの3個の原子を取り除くと、7個の原子が現れピラミッド構造が作製できたことを示す。
【0024】
ここで、図1は電界電子顕微鏡像(FEM)、図2は電界イオン顕微鏡像(FIM)で、(A)は清浄化したタングステン<111>針、(B)はパラジウムを蒸着した直後の状態(加熱前)、(C)はパラジウム蒸着後に600℃に加熱した後の像である。FEM(A)のベース材W<111>針では、電子は広く放射されていることが示される。(B)の蒸着後、電子ビームの放出パターンは蒸着前と大きく違わない。一転して、(C)の〜600℃の加熱後のデータでは、電子ビームは著しく絞られていることがわかる。対応するFIM像は一原子のピラミッドが存することを示す。
【0025】
電子源破壊後の自己再生機能の実証
このピラミッドの先端を電界蒸発によって崩壊させ、構造を再度500〜900℃に加熱すると、単原子で終端したナノピラミッドが自己再生した。この崩壊・自己再生過程を電界放出像で観察した。ナノピラミッド先端からは、開き角度は6度で電子ビームが放出されている。なお、輝度は2.44×108A/cm2strであった。ピラミッドの崩壊によってビームの開き角は増加し、輝度は下がる。しかし、再度500〜900℃で加熱することで、開き角度6度の輝度の高い電子ビームに戻る。この電子源は加熱によって自己修復機能を持っていることを示した。
【0026】
図3は、かかるナノ電子源の自己再生実験結果を示すもので、始めのナノ電子源の電界電子顕微鏡像(FEM)を(A)に示す。(B)は大電流放出によりナノ電子源を破壊した後のFEM像で、ビームパターンは、シングルスポットでなくなる。その後、約500℃の加熱により、FEM像は再び復活する(C)。以降、破壊→再生→破壊→…を繰り返し、FEM像を観察し続けた〔(D)3回目、(E)6回目、(F)9回目〕結果である。現在も、このとき作製したナノ電子源を使用して、実験を続けており、今のところ、再生の可能な回数の限界は見えない。
【0027】
大気中に暴露後の微小電子源機能の再生
更に、このナノ電子源を大気に露出した後に、超高真空条件で500℃に加熱することによって、再度、ナノ電子源を動作させることが可能であることを確認した。
【0028】
図4は、この大気暴露前後のナノ電子源の自己再生機能を示すFEMデータで、(A)はナノ電子源FEM像、(B)は大気暴露後のFEM像、(C)は大気暴露後、真空中、500℃で加熱した試料のFEM像を示す。これらの結果から認められるように、ナノ電子源のFEM像は、大気暴露後に大きく様変わりする。驚くべきことに、真空中での約500℃の加熱により、再び、著しく狭いビームが復活した。従って、大気暴露後にもナノ電子源が自己再生することが実証され、それ故、電子顕微鏡等の電子ビーム源として、点光源を顕微鏡内で作製する必要もなく、別途形成した本発明の微小構造体(点光源)を電子顕微鏡に組み込み、装着することにより、この組み込み、装着時に大気暴露されることで微小構造が壊れても、簡単に同じ微小構造を形成して電子ビーム源として利用でき、また電子顕微鏡を使用中に電子ビーム源が壊れるようなことがあっても、容易に自己再生し得るものであることが認められた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】ナノ電子源の形成プロセスにおける電界電子顕微鏡像(FEM)を示し、(A)は清浄化タングステン<111>針、(B)にパラジウム蒸着直後、(C)はパラジウム蒸着後600℃に加熱した場合の像である。
【図2】ナノ電子源の形成プロセスにおける電界電子顕微鏡像(FIM)を示し、(A)は清浄化タングステン<111>針、(C)はパラジウム蒸着後600℃に加熱した場合の像である。
【図3】ナノ電子源の再生実験結果を示す電界電子顕微鏡像(FEM)で、(A)は始めのナノ電子源、(B)は大電流放出によりナノ電子源を破壊した後の像、(C)は500℃の加熱後の像、(D)は破壊−再生を3回繰り返した後の像、(E)は同6回繰り返した後の像、(F)は同9回繰り返した後の像である。
【図4】大気暴露前後のナノ電子源の自己再生実験結果を示す電界電子顕微鏡像(FEM)で、(A)はナノ電子源像、(B)は大気暴露後の像、(C)は大気暴露後、真空中500℃で加熱した後の像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端が先鋭化された針状形状を有する第1金属基体の前記先端表面を覆って前記第1金属と異なる第2金属の可算個の原子が加熱修復可能に配列してなる微小構造体からなることを特徴とする電子光学装置用電子ビーム源。
【請求項2】
第1金属がタングステン又はモリブデンであり、第2金属がパラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、レニウム又はオスミウム金属である請求項1記載の電子光学装置用電子ビーム源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−134638(P2006−134638A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−320442(P2004−320442)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年9月1日 社団法人応用物理学会発行の「2004年(平成16年)秋季 第65回 応用物理学会学術講演会講演予稿集 第2分冊」に発表
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】