説明

電子放出素子、電子源並びに画像表示装置

【課題】 電子放出特性に優れる電子放出素子および画像表示装置を提供する。
【解決手段】 モリブデンを含む電子放出膜を備える電子放出素子であって、前記電子放出膜の表面をX線光電子分光法により測定して得られるスペクトルにおいて、229±0.5eVの範囲に第1のピークが存在し、且つ、228.1±0.3eVの範囲にサブピークが存在することを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子およびそれを用いた電子源並びに画像表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電界放出型の電子放出素子が注目されている。特許文献1では、金属モリブデンからなるエミッタチップとゲート層表面にMoOからなる酸化膜を形成し、この酸化膜を除去することによってエミッタチップの形状の修正やエミッタチップとゲート層間の距離の調整を行うことが開示されている。また、特許文献2では、モリブデンの陰極の表面にMoO膜を形成し、その後に加熱してMoO膜を除去する方法が開示されている。さらに、特許文献3では、表面に凹部のある絶縁層と一対の導電性膜を構成した電子放出素子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平05−021002号公報
【特許文献2】特開平09−306339号公報
【特許文献3】特開2001−167693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電界放出型電子放出素子では、より電子放出特性に優れる電子放出素子が望まれている。そこで、本発明は、電子放出特性に優れる電子放出素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するためになされた本発明の電子放出素子は、モリブデンを含む電子放出膜を備える電子放出素子であって、前記電子放出膜の表面をX線光電子分光法により測定して得られるスペクトルにおいて、229±0.5eVの範囲にピークトップを有する第1のピークが存在し、且つ、228.1±0.3eVの範囲にピークトップを有するサブピークが存在することを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の電子放出素子によれば、電子放出特性に優れた電子放出素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】Moを含む膜のXPSスペクトル
【図2】電子放出素子の構成の一例を示す模式図
【図3】比較例のXPSスペクトル
【図4】作製条件を変化させた際のXPSスペクトル
【図5】電子放出特性を測定する際の構成の一例
【図6】電子放出素子の構成の別の一例を示す模式図
【図7】成膜装置の構成の一例を示す模式図
【図8】電子放出特性を示す図
【図9】電子放出素子の作成工程を示す模式図
【図10】電子放出特性を示す図
【図11】画像表示装置の模式図
【図12】比較例のXPSスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に図面を参照して好適な実施の形態を説明する。
図2(a)は、本発明の電子放出膜6を備える電子放出素子の構成の一例を示す断面模式図である。基板1上には、カソード電極2が設けられ、カソード電極2の上に、本発明の特徴である、モリブデン(以下「Mo」と略記する)を含む電子放出膜6が設けられている。そして、電子放出膜6から電子を電界放出させるために、ここで示す例では、開口20を備えるゲート電極4が絶縁層3を介して、電子放出膜6の上方に設けられている。そして、ゲート電極4にカソード電極2の電位よりも高い電位を印加することで、電子放出膜6から電子を引き出すために必要な電界を、電子放出膜6の表面に与えて、電子放出膜6から電子を放出させる。
【0009】
基板1は、石英基板やガラス基板などが用いられ、カソード電極2や電子放出膜6などを支持する支持体である。また、基板1は、カソード電極2に接する最表面が絶縁性材料であれば、導電性の基板を用いることもできる。例えば、Si基板の表面に、窒化シリコン(典型的にはSi)や酸化シリコン(典型的にはSiO)を設けた基板を、基板1として用いることもできる。
【0010】
カソード電極2およびゲート電極4は、導電性を有することに加え、高い熱伝導率を有し、融点が高い材料であることが望ましい。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属またはこれらの合金材料が使用できる。また、炭化物や硼化物や窒化物も使用できる。膜厚は、その電子放出素子の構成などによって設計され、実用的には数十nm〜数μmの範囲で設定される。カソード電極2とゲート電極4は同じ材料で形成しても良いし異なる材料で形成しても良い。
【0011】
上記電子放出素子は、大気圧よりも低い圧力に維持された気密容器の内部に、カソード電極2およびゲート電極4から離れて設けられた、アノード電極(不図示)と共に設けられることで、いわゆる3端子の電子デバイスを構成できる。このような3端子の電子デバイスでは、電子放出膜6から電界放出された電子を、ゲート電極4に印加する電位よりも十分に大きな電位をアノード電極に印加することで、アノード電極に照射する。電子が照射されることで発光する蛍光体などの発光体をアノード電極に設ければ発光素子が形成できる。このような発光素子を多数並べることで、画像表示装置(ディスプレイ)を形成することができる。このような画像表示装置や発光素子の詳細な構成は、前述した特許文献3などに開示されている。
【0012】
図2(a)では表面が平担な電子放出膜6を示したが、図2(b)のように突起部を備える電子放出膜6とすることもできる。即ち、電子放出膜6の形状に特に制限はない。しかしながら、電子放出膜6の表面に印加される電界強度を増すために、電子放出膜6の表面は多数の突起部を備えることが望ましい。尚、電子放出膜6を、図2(b)に示すような、表面に凸部を有するように形成する場合は、予め基板1の表面に凸部を有するように、基板1を加工しても良い。また、基板1は加工せず、カソード電極2の表面が凸部を有するようにカソード電極2を加工しても良い。そのようにすれば、電子放出膜6の表面形状は、堆積時に、基板1やその上のカソード電極2の表面形状を反映するので、電子放出膜6の表面に凸部を形成することができる。また、従来よく知られているように、平坦なカソード電極2の表面に、間隔を置いて、円形の開口20を設けたゲート電極4を配置した上で、電子放出膜6を開口20内にスパッタ法で成膜すれば、円錐状の電子放出膜6を得ることができる。このような製造方法としては、特開平08−2555612号に開示されている。
【0013】
また、電子放出素子の形態についても、詳しくは実施例2で説明するが、図6(a)〜図6(c)に示すような、絶縁部材3の側面に電子放出膜を設ける形態とすることもできる。
【0014】
本発明の電子放出膜6は、各種状態のMoが混在した、Moを含む膜である。図1に本発明のMoを含む膜6のX線光電子分光法(X−ray photoelectron spectroscopy:XPS)の典型的なスペクトルの形状を示す。図1において横軸が結合エネルギー(eV)であり、縦軸が強度(任意単位)である。本発明のMoを含む膜6は、229±0.5eVの範囲にピークトップを備える第1のピークを有し、その半値全幅(FWHM)が1.5〜2eVである。そして、上記第1のピークが、その一部に、228.1±0.3eVの範囲にピークトップを備えるサブピーク(「第3のピーク」とも言い換えることができる)を含んでいる。
【0015】
また、本発明のMoを含む膜6は、更に、232.5±0.5eVの範囲にピークトップを備える第2のピークを有し、その半値全幅は1.5〜2.7eVである。
【0016】
本発明のMoを含む膜は、例えば、スパッタ法などの成膜装置を用いて、スパッタ中の雰囲気を制御することで作製することができる。
【0017】
以下、上記した電子放出膜を備える電子放出素子を複数、基板上に設けることで構成した電子源と、この電子源を用いた画像表示装置について、図11(a)、図11(b)を用いて説明する。
【0018】
図11(a)は、電子放出素子をマトリクス状に配置した電子源を用いて構成したディスプレイパネル77の一例を示す模式図であり、内部がわかるように一部を切り欠いて示している。図11(a)において、61は電子源基板、62はX方向配線、63はY方向配線であり、電子源基板61は先に説明した電子放出素子の基板1に相当する。また、64は上記した電子放出素子を模式的に示している。X方向配線62は、上述のカソード電極2を共通に接続する配線であり、Y方向配線63は上述のゲート電極4を共通に接続する配線である。ここでは、電子放出素子を、X方向配線62とY方向配線63の交差部に設けた例を模式的に示しているが、電子放出素子は、X方向配線62とY方向配線63の交差部の脇の電子源基板61上に設けることができる。
【0019】
X方向配線62は、X方向に配列した電子放出素子64の行を選択するための走査信号を印加する、不図示の走査信号印加手段に、端子Dox1〜Doxmを介して、接続される。一方、Y方向配線63は、Y方向に配列した電子放出素子64の各列を入力信号に応じて変調するための、不図示の変調信号発生手段に、端子Doy1〜Doynを介して、接続される。各電子放出素子のカソード電極2とゲート電極4の間に印加される駆動電圧(Vf)は、走査信号と変調信号との差電圧に相当する。
【0020】
上記構成においては、単純なマトリクス配線を用いて、個別の電子放出素子を選択して、独立に駆動可能とすることができる。
【0021】
図11(a)において、電子源基板61はリアプレート71に固定されている。また、ガラス基板73の内面に、電子放出素子から放出された電子が照射されることで発光する例えば蛍光体からなる発光体74と、前述したアノード20に相当するメタルバック75と、を積層して、フェースプレート76を構成している。また、リアプレート71とフェースプレート76が、リアプレート71とフェースプレート76との間に設けられた支持枠72と、フリットガラス等の接合部材(不図示)を介して、気密に接合されて、ディスプレイパネル77が構成されている。ディスプレイパネル77は、上述の如く、フェースプレート76、支持枠72、リアプレート71で構成される。ここで、上記態様では、リアプレート71は主に電子源基板61の強度を補強する目的で設けられる。そのため、電子源基板61自体で十分な強度を持つ場合には、別体のリアプレート71は不要とすることができる。一方、フェースプレート76とリアプレート71との間に、スペーサーとよばれる不図示の支持体を設置することにより、大気圧に対して十分な強度を持たせた構成とすることもできる。
【0022】
次に、図11(b)のブロック図を用いて、上述したディスプレイパネル77を備えたディスプレイ25並びにテレビジョン装置27などの画像表示装置について説明する。
【0023】
受信回路20は、チューナーやデコーダ等からなり、衛星放送や地上波等のテレビ信号、ネットワークを介したデータ放送等をの各種の信号を受信し、復号化した映像データを画像処理部21に出力する。尚、上記した「受信した信号」は「入力された信号」と言い換えることができる。画像処理回路21はγ補正回路や解像度変換回路やI/F回路等を含み、画像処理された映像データをディスプレイ25の表示フォーマットに変換してディスプレイ25に画像信号として出力する。
【0024】
ディスプレイ25は、前述したディスプレイパネル77を少なくとも含み、さらに、駆動回路108及び駆動回路108を制御する制御回路22をも含む。制御回路22は、入力した画像信号に補正処理等の信号処理を施すともに、駆動回路108に画像信号及び各種制御信号を出力する。制御回路22には、同期信号分離回路、RGB変換回路、輝度信号変換部、タイミング制御回路等が含まれる。駆動回路108は、入力された画像信号に基づいて、ディスプレイパネル77内部の電子放出素子64に駆動信号を出力し、駆動信号に基づき映像が、ディスプレイパネル77に表示される。駆動回路108には、走査回路や変調回路やアノード電位を供給する高圧電源回路等が含まれる。受信回路20と画像処理回路21は、セットトップボックス(STB26)としてディスプレイ25とは別の筐体に収められていてもよいし、またディスプレイ25と一体の筐体に収められていてもよい。ここでは、テレビジョン装置27がテレビ映像を表示する例を説明した。しかし、受信回路20をインターネットなどの回線を通じて配信される映像を受信する回路とすれば、テレビジョン装置27は、テレビ映像に限らず、様々な映像を表示することができる映像表示装置として機能する。
【0025】
以下、変形例を含めて具体的な実施例について説明する。
【実施例】
【0026】
(実施例1)
本実施例では図5に示した形態の電子放出素子を作成した。
【0027】
基板1は石英基板であり、カソード電極2は窒化タンタル(TaN)を用い、その膜厚は40nmとした。また電子放出膜6から10μm離れてアノード電極を設けた。Moを含む膜6の膜厚は30nmとした。
【0028】
次に電子放出素子の製造工程を説明する。
【0029】
図7は、Moを含む膜6の成膜装置の模式図である。真空ポンプ55が接続されたチャンバー10の中にはターゲットホルダ11が設けられ、ターゲットホルダ11上に、ターゲット12が設置されている。そのターゲット12と対向するように基板ホルダ13に保持された石英基板1が設置されている。スパッタリングターゲット12は、Mo金属を用いる。このターゲット12には、株式会社豊島製作所製の純度99.9%のMoのターゲットを用いた。
【0030】
チャンバー10には、ガスフローシステム15が接続され、チャンバー10内の圧力や雰囲気を制御することができる。また、ガスフローシステム15には、Arガスボンベ16とOガスボンベ17が接続されており、それぞれのArガスボンベ16とOガスボンベ17からのガス圧力を独立に制御して混合し、ガスフローシステム15からチャンバー10内に導入することができる。
【0031】
まず、よく洗浄した石英基板1上に、カソード電極2としてTaN膜を、図7に示したスパッタ装置のチャンバー10内で、40nm堆積した。スパッタガスとしては、Arガスを用い、圧力は0.1Paとした。
【0032】
次に、同じチャンバー10内で続けてMoを含む膜6を堆積した。スパッタガスは、ArとOガスを用い、その分圧比は9:1とした。また、チャンバー10内の全圧は1.7Paに設定し、30nmの厚みで堆積した。
【0033】
次に、上記Moを含む膜6が形成された基板1をチャンバー10から取り出し、Moを含む膜6をTMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)を用いたアルカリ洗浄を行った。ここではTMAHを用いたが、アンモニア水や、2(2−n−ブトキシエトキシ)エタノールとアルカノールアミンの混合物や、DMSO(ジメチルスルホキシド)等も洗浄液に用いることができる。続いて、流水洗浄を行った後、1×10−8Paの真空中で400℃で1時間加熱処理した。
【0034】
このようにして作製した基板1を真空チャンバー内に配置し、図5に示すように、Moを含む膜6をアノード電極に対向させて、Moを含む膜6の電子放出特性を測定した。
【0035】
図8(a)に上記条件で作製した電子放出膜6の電子放出特性を示す。図8(a)はアノード電極とカソード電極2との間に印加される電圧(V)と、その際にアノード電極に流れる放出電流(I)の関係を示したものである。カソード電極2とアノード電極との間に印加する電圧Vが23kVで、アノード電極を流れる電流(放出電流)Iが420[μA]得られ、良好な電子放出特性を確認した。
【0036】
次に、上記電子放出特性を終えたMoを含む膜6のXPS測定を行った。XPS測定時のX線源にはAl−kα線(1486.6eV)を用いた。得られたスペクトルの形状を図1に示す。第1のピークが、229eV(ピークトップの位置)にあり、その半値全幅は1.8eVであった。また、第1のピークは、その一部に、上記ピークトップの位置のすぐ傍である228.2eVにピークトップを備えるサブピーク(第3のピーク)を含むことが観測された。また、232.5eV(ピークトップの位置)には第2のピークがあり、その半値全幅は2.5eVであった。
【0037】
尚、上述した電子放出素子と同様にして10個のサンプルを作成し、それぞれのXPS測定を行った。その結果、いずれのサンプルも第1のピークについては、そのピークトップの位置が、229±0.5evの範囲にあり、またその半値全幅はいずれのサンプルも1.5〜2eVの範囲にあった。また、同様に、第2のピークについては、そのピークトップの位置が、232.5±0.5eVの範囲にあり、その半値全幅が1.5〜2.7eVの範囲にあった。また、サブピークについても、そのピークトップの位置が、いずれのサンプルも228.1±0.3eVの範囲にあった。
【0038】
図4(a)に、Moを含む膜の成膜時の条件を変えたときに得られる、Moを含む膜のXPSスペクトルの変化の様子を示し、図4(b)には、その詳細なXPSスペクトルを示す。
【0039】
ここでは、スパッタ圧力(全圧)を0.1〜3.5Paまで変化させ、他の条件については本実施例1と同じにした際の、スペクトルの形状の変化を示している。図4(b)に示すようにスパッタ圧力が0.1Paから3.5Paに変化するにしたがって、別のピークが出現することがわかる。
【0040】
また1.0Paで作成した場合においても、そのピークトップの位置が229±0.5evの範囲にある第1のピークがあり、その半値全幅も1.5〜2eVの範囲である。またそのピークトップの位置が228.1±0.3eVの範囲にあるサブピーク(第3のピーク)も観測された。また、1.0Paで作成した電子放出素子ではその放出電流Iは390[μA]であり、1.7Paで作成した本実施例の電子放出素子に比べてその電子放出量自体は若干低かったが大きな電子放出量を確保できる。
【0041】
これらのことから、上述したサブピークを有する第1のピークの存在が、電子放出特性にとって有効であることがわかる。また、第1のピークの強度が、サブピーク(第3のピーク)の強度よりも、大きいことが望ましいこともわかる。言い換えると、第1のピークの、229±0.5evの範囲にあるピークトップが、第1のピークの、228.1±0.3eVの範囲にあるピークトップよりも高いことが望ましいこともわかる。
【0042】
また、比較のため、本実施例1と同様のスパッタ法で、チャンバー10内の酸素を検出限界まで排気した後に、基板1上にMo膜を厚さ200nmまで成膜した。その後、実施例1のXPS測定装置内で、このMo膜の表面から10nmの深さまでArイオンによるミリング処理を行った。そして、その状態で実施例1と同様に、XPS測定を行ったところ、図12(a)に示すスペクトルが得られた。そのピークトップの位置が227.9eVにある第1のピークがあり、その半値全幅は0.6eVであり、また、そのピークトップの位置が231eVにある第2のピークがあり、その半値全幅は0.9eVであった。この膜は金属Moからなる膜と見なせるので、第1のピークがMo3d5/2のピークに相当し、第2のピークはMo3d3/2のピークに相当すると考えれらる。
【0043】
(比較例1)
比較例1では、実施例1とスパッタ時の圧力を変えてMoを含む膜を形成した。具体的には、Moを含む膜の成膜時(スパッタ時)の圧力(全圧)は0.1Paとした。それ以外は実施例1と同様にしてMoを含む膜6を作成し、その電子放出特性の測定とXPS測定を、実施例1と同様に行った。
【0044】
図8(b)に、比較例1で作製したMoを含む膜の電子放出特性を示す。図8(b)において、カソード電極2とアノード電極との間に印加する電圧Vが23[kV]で、アノード電極を流れる電流(放出電流)Iが120[μA]しか得られなかった。
【0045】
次に、Mo膜6のXPS測定を行った。得られたスペクトルの形状を図3に示す。そのピークトップの位置が228eVにあり、その半値全幅は0.6eVであるシャープな第1のピークが観測されたが、実施例1のようなサブピークは観測されなかった。また、第2のピークのピークトップの位置が231eVにあり、その半値全幅は0.9eVであった。
【0046】
(比較例2)
本比較例では、実施例1と同様にしてMoを含む膜を成膜し、その後、大気中で200℃で酸化した後に、実施例1と同様に、アルカリ洗浄処理および水洗処理したものを、1×10−8Paの真空中で400℃で1時間加熱して得たMoを含む膜である。
【0047】
本比較例で形成したMoを含む膜の電子放出特性を実施例1と同様に測定した。但し、本比較例では、カソード電極2とアノード電極との間隔を変化させて電子放出電流(I)を測定した。その結果を図10(a)に示す。尚、カソード電極2とアノード電極との間に印加する電圧Vは23[kV]に固定した。
【0048】
尚、図10(b)は実施例1と同様にして成膜したMoを含む膜を用い、アノード電極とカソード電極との間隔を本比較例と同様に変化させて電子放出電流(I)を測定した。図10(b)から明らかなように、本比較例のMoを含む膜は、実施例1の膜に比べて、放出電流がほとんど確保できなかった。
【0049】
そして、上記電子放出特性の測定後に、本比較例2のMoを含む膜のXPS測定を実施例1と同様に行った。その結果を図12(b)に示す。シャープな形状の第1のピークが観測され、そのピークトップの位置が229.3eVにあり、その半値全幅は0.7eVであった。また、実施例1のようなサブピークは観測されなかった。また、第2のピークが観測され、そのピークトップの位置が232.5eVにあり、その半値全幅は2eVであった。このことからも、サブピークの存在が電子放出特性に寄与していることが推察される。
【0050】
(比較例3)
本比較例では、実施例1と同様にしてMoを含む膜を成膜し、その後、大気中で400℃で酸化した後に、実施例1と同様に、アルカリ洗浄処理および水洗処理したものを、1×10−8Paの真空中で400℃で1時間加熱して得たMoを含む膜である。
【0051】
本比較例3で形成したMoを含む膜の電子放出特性を実施例1と同様に測定した。但し、カソード電極2とアノード電極との間に印加する電圧Vは23[kV]に固定し、カソード電極2とアノード電極との間隔を変化させて電子放出電流(I)を測定しようと試みたが放出電流が確認されなかった。
【0052】
そして、上記電子放出特性の測定後に、本比較例のMoを含む膜のXPS測定を実施例1と同様に行った。その結果、図12(c)に示すように、ピークトップの位置が232.8eVにある第1のピークと、ピークトップの位置が235.9eVにある第2のピークが観測された。また、実施例1のようなサブピーク(第3のピーク)は観測されなかった。
【0053】
(比較例4)
本比較例は、実施例1のスパッタ圧力を3.5Paに変更した点、膜厚を40nmに形成した点を除いて、実施例1と同様にしてMoを含む膜を形成した。
【0054】
本比較例のMoを含む膜の電子放出特性を実施例1と同様にして測定したところ、カソード電極2とアノード電極との間に印加する電圧Vを23[kV]に設定しても、電子放出が確認できなかった。
【0055】
電子放出特性の測定後に、Moを含む膜のXPS測定を実施例1と同様に行った。その結果、ピークトップの位置が229eVにある第1のピークが観測され、その半値全幅は2.1eVであった。しかし、実施例1のようなサブピーク(第3のピーク)は観測されなかった。
【0056】
また、ピークトップの位置が232eVにある第2のピークが観測され、その半値全幅は2.8eVであった。
【0057】
(実施例2)
図6(a)〜図6(c)は、本実施例2で作成した電子放出素子の構成を示す模式図である。図6(a)は、電子放出素子の平面模式図である。図6(b)は、図6(a)のA−A´線での断面模式図である。図6(c)は、図6(a)ならびに図6(b)の右方向から見た側面図である。
【0058】
本実施例の電子放出素子は、基板1の表面に積層された絶縁部材3と、基板1との間に絶縁部材3を挟むように、絶縁部材3の上面に設けられたゲート電極4を備えている。更に、絶縁部材3の側面に設けられた電子放出膜6を備えており、電子放出膜6は、その一部が絶縁部材3の上面の一部(3d)にまで延在しており、複数の突出部16を有している。複数の突出部16は絶縁部材3の側面(図6(b)においては3f)と上面(図6(b)においては3e)との境界部である角部32に沿って並んで設けられている。この複数の突出部16の各々が電子放出部に相当する。また、ゲート4と電子放出膜6の突出部16との間には空隙である間隙8が形成されている。そして、電子放出膜6とゲート電極4との間に、ゲート電極4の電位が電子放出膜6の電位よりも高くなるように電圧を印加することで、電子放出膜6の複数の突出部16から電子が電界放出される。尚、ゲート電極4の配置位置は、図6(a)〜図6(c)に示す形態に限られるものではない。即ち、電子放出部である複数の突出部16に電界放出可能な電界を印加することができるように、電子放出膜6と所定の間隔を置いて、配置されればよい。また、ここで示す例では、絶縁部材3を第1絶縁層3aと第2絶縁層3bとの積層体で構成した態様を示しているが、絶縁部材3は、1つの絶縁層で構成することもできる。また、絶縁部材3は、3つ以上の複数の絶縁層から構成することもできる。そして、図1(a)〜図1(c)に示す態様では、第1絶縁層3aの上面3eの一部の上に第2絶縁層3bが積層している。即ち、第2絶縁層3bの側面3dを第1絶縁層3aの側面3fよりもカソード6から離れるように設けている。このようにすることで、絶縁部材3の上面が凹部7を備えることができる。このため、絶縁部材3の上面は段差を備えることになる。尚、図6(a)〜図6(c)では、電子放出膜6と同じ材料からなる膜6Bが設けられた態様を示しているが、この膜6Bは設けない態様とすることもできる。電子放出膜6と、電子放出膜6と同じ材料からなる膜6Bとは離間しており、電子放出膜6と同じ材料からなる膜6Bはゲート電極4と接続している。そのため、電子放出膜6と同じ材料からなる膜6Bを設ける場合には、電子放出膜6と同じ材料からなる膜6Bがゲート電極の一部として機能する。
【0059】
図9(a)〜図9(f)を参照しながら、本実施例の電子放出素子の製造方法を説明する。
【0060】
まず、図9(a)に示すように、基板1上に、絶縁層30、40と導電層50とを積層する。尚、基板1は高歪点低ナトリウムガラス(旭硝子株式会社製 PD200)を用いた。
【0061】
絶縁層30は、窒化シリコン膜をスパッタ法にて形成し、その厚さとしては、500nmとした。絶縁層40は、酸化シリコン膜を、スパッタ法にて形成し、その厚さとしては、30nmとした。導電層50は窒化タンタル膜で構成し、スパッタ法にて形成し、その厚さとしては、30nmとした。
【0062】
次に、図9(b)に示すように、フォトリソグラフィー技術により導電層50上にレジストパターンを形成したのち、ドライエッチング法を用いて導電層50、絶縁層40、絶縁層30を順に加工した。この第1エッチング処理により、導電層50および絶縁層30は、パターニングされて、ゲート電極4および第1絶縁層3aとなる。この時のエッチングガスとしては、絶縁層(30、40)及び導電層50にはフッ化物を作る材料が選択されているため、CF系のガスを用いた。このガスを用いてRIEを行った結果、絶縁層(30、40)およびゲート5の、エッチング後の側面の角度は、基板の表面(水平面)に対しておよそ60°の角度で形成されていた。
【0063】
レジストを剥離した後、図9(c)に示すようにBHF(ステラケミファ(株)製 高純度バッファードフッ酸LAL100)を用いて、凹部7の深さが約70nmになるように絶縁層40をエッチングした。尚、BHFは、NHHF=0.9wt%とNFF=16.4wt%の混合物である。この第2エッチング処理により、第1絶縁層3aと第2絶縁層3bとからなる絶縁部材3に、凹部7を形成した。
【0064】
次に、図9(d)に示すように、第1絶縁層3aの斜面3f上および上面3e上、及びゲート電極4上に、少なくとも第1絶縁層3aの斜面3f上の厚さが35nmになるように、実施例1と同様の条件で、Moを指向性スパッタ法によりスパッタリングする。
【0065】
ここでは、基板1の表面がスパッタタ−ゲットに対して水平になるようにセットした。本実施例では、スパッタ粒子が限られた角度(具体的には基板1の表面に対して90±10°)で基板1の表面に入射されるよう、基板1とターゲットの間に遮蔽板を設けた。また、スパッタリング時のアルゴンプラズマのパワーを1W/cm、基板1とターゲットとの間の距離を100mm、全圧1.7Paの条件で行った。また、スパッタガスは、ArとOガスを用い、その分圧比は9:1とした。そして、凹部7内への導電性膜60Aの入り込み量が35nmとなるように導電性膜60Aを形成した。
【0066】
このようにして、導電性膜60Aと導電性膜60Bを同時に成膜した。尚、導電性膜60Aと導電性膜60Bは接触するように形成した。
【0067】
次に、図9(e)に示すように、導電性膜60Aと導電性膜60Bに対するウェットエッチング処理(第3エッチング処理)を行った。エッチャントには濃度0.24wt%のTMAH(テトラメチルアンモニウムハイドライド)を用い、このエッチャントに導電性膜60Aと導電性膜60Bを40秒間浸漬処理した後に、流水で5分間洗浄した。その後、1×10−8Paの真空中で400℃で1時間加熱処理して、多数の突出部16を、角部32に沿って、備える電子放出膜6を形成した。
【0068】
最後に図9(f)に示すように、カソード電極2を電子放出膜6に接続するように形成した。カソード電極2の材料には銅(Cu)を用いた。その作成方法としてはスパッタ法を用い、その厚さは、500nmとした。
【0069】
このようにして形成した電子放出素子の電子放出膜6について実施例1と同様にXPS測定を行ったところ、実施例1で示した図1と同様のスペクトル(サブピークを有するスペクトル)が観測された。尚、このようなスペクトルは、電子放出膜6のいずれの箇所においてもほぼ同様である。
【0070】
続いて、本実施例で作成した電子放出素子の電子放出特性を測定した。測定にあたっては、基板1の1.7mm上方にアノード電極を設けて、アノード電極とカソード電極2との間に10kVの電圧を印加し、カソード電極2とゲート電極4との間に駆動電圧V=20[V]を印加した。その結果、約29μAの放出電流を得ることができた。また、この時の電子放出効率は7%であり、非常に良好な電子放出特性を得ることができた。ここで、電子放出膜6とゲート(ゲート電極4と導電性膜6B)との間を流れる電流を素子電流とすると、電子放出効率は、放出電流/電子放出電流×100(%)で表される値である。
【0071】
以上、説明したように本発明によれば、電子放出特性に優れる電子放出素子を提供することができる。
【符号の説明】
【0072】
1 基板
2 カソード電極
6 電子放出膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンを含む電子放出膜を備える電子放出素子であって、
前記電子放出膜の表面をX線光電子分光法により測定して得られるスペクトルにおいて、229±0.5eVの範囲にピークトップを有する第1のピークが存在し、且つ、228.1±0.3eVの範囲にピークトップを有するサブピークが存在することを有することを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記第1のピークの強度が前記サブピークの強度よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記第1のピークの半値全幅が1.5〜2eVであることを特徴とする請求項1または2に記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記スペクトルにおいて、さらに、232.5±0.5eVの範囲にピークトップを有し、その半値全幅が1.5〜2.7eVである、第2のピークが存在することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の電子放出素子。
【請求項5】
複数の電子放出素子を備える電子源であって、前記複数の電子放出素子の各々が請求項1乃至4のいずれか1項に記載の電子放出素子であることを特徴とする電子源。
【請求項6】
複数の電子放出素子と、該複数の電子放出素子から放出された電子が照射されることで発光する発光体と、を備える画像表示装置であって、前記複数の電子放出素子の各々が請求項1乃至4のいずれか1項に記載の電子放出素子であることを特徴とする画像表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−129484(P2011−129484A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−289728(P2009−289728)
【出願日】平成21年12月21日(2009.12.21)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】