説明

電子放出素子および該電子放出素子を用いた表示パネル

【課題】 安定して動作する電子放出素子を提供することを目的とする。
【解決手段】 導電性部材である構造体3と、構造体3の上に設けられた硼化ランタン層5と、を少なくとも備える電子放出素子10であって、構造体3と硼化ランタン層5との間に、酸化物層4が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硼化ランタン層を用いた電子放出素子および表示パネルに関する。
【背景技術】
【0002】
電界放出型電子放出素子では、一般的には、電子放出体と、ゲート電極との間に電圧を印加することにより、電子放出体の先端の表面に強電界が生じ、電子放出体の表面から電子が真空中に放出される。
【0003】
このような電界放出型電子放出素子においては、用いる電子放出体の表面の仕事関数やその先端形状などによって、電子放出に要する電界が大きく左右される。理論的には、表面の仕事関数がより小さい電子放出体の方が、より弱い電界で電子を放出することができると考えられている。
【0004】
特許文献1および2には、タングステンやモリブデンからなるエミッタの上に、仕事関数の低い材料であるLaB(六硼化ランタン)を表面層として形成した電子放出素子が開示されている。
【0005】
特許文献3には、微小電界放出陰極装置が開示されている。
【0006】
電界放出型電子放出素子を基板(背面板)上に多数配列することで電子源が構成できる。そして、CRT等の様に、電子線の照射によって発光する蛍光体などの発光体を設けた基板(前面板)と、上記した背面板とを対向させ、両基板の周囲を封着すれば、表示パネルを構成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平01−235124号公報
【特許文献2】米国特許第4008412号
【特許文献3】特開平07−078553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の電子放出素子では、上述した封着時や駆動時(電子放出時)の熱などにより、LaB層中のLaが、その下に設けられた導電性部材である構造体に拡散したり、構造体を構成する金属がLaB層中に拡散したりする場合があった。その結果、LaB層の低仕事関数材料としての機能が十分に発現せず、電子放出特性が変化する場合があった。
【0009】
この課題は、LaB層が単結晶層であるよりも、多結晶層である場合に顕著になる。これは、上記構造体を構成する金属のLaB層中への拡散や、LaB層中のLaの構造体中への拡散、が多結晶層中に存在する結晶粒界を介して生じることが影響している可能性がある。
【0010】
そこで、本発明は、導電性部材である構造体を構成する金属の硼化ランタン層中への拡散や、LaBに代表される硼化ランタン層中のLaの構造体への拡散を抑制し、安定して動作する電子放出素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、導電性部材と、前記導電性部材の上に設けられた硼化ランタン層と、を少なくとも備える電子放出素子であって、前記導電性部材と前記硼化ランタン層との間に、酸化物層が設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低い電圧で動作可能で且つ長期に渡って安定な電子放出を実現できる電子放出素子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の電子放出素子の一例を示す断面模式図である。
【図2】本発明の電子放出素子の他の一例を示す断面模式図である。
【図3】電子放出素子の製造方法の一例を示す模式図である。
【図4】硼化ランタンの多結晶層の断面模式図である。
【図5】本発明の電子放出素子の別の一例を示す断面模式図である。
【図6】本発明の電子放出素子の別の一例を説明する図である。
【図7】電子源の平面模式図である。
【図8】本発明の表示パネルの一例を示す断面模式図である。
【図9】情報表示装置の一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に図面を参照して、本実施形態について説明する。ただし、この実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、本発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0015】
なお、酸化物について、「金属の酸化物」または「酸化金属」と呼ぶときは、金属の酸化数は特定されない。つまり、金属元素をMとすれば、「金属の酸化物」または「酸化金属」は、正の値Xを用いて「MO」で表される。酸化数を特定する時は、「二酸化金属」または「MO」のように、酸化数が特定できるように記載する。例えば「タングステンの酸化物」あるいは「酸化タングステン」は、「三酸化タングステン」と「二酸化タングステン」の両方を含む。金属以外(例えば半導体)についても同様であり、酸化物以外(例えば硼化物)についても同様である。
【0016】
図1は本実施の形態に係る電子放出素子10の一例の断面模式図である。図1に示す様に、基板1上にカソード電極2が設けられており、導電性を有する部材(導電性部材)である構造体3がカソード電極2と電気的に接続されている。構造体3を構成する材料としては導電性を有する材料であれば特に限定されないが、例えば、金属または半導体を用いることができる。そして、構造体3の上に、酸化物層4が設けられており、酸化物層4の上に硼化ランタン層5が設けられている。言い換えれば、構造体3と硼化ランタン層5の間に酸化物層4が設けられていることになる。硼化ランタン層5は、ランタンの硼化物(LaB)で構成される。構造体3と酸化物層4と硼化ランタン層5とを一纏めにして電子放出体9と呼ぶことができる。そのため、電子放出体9がカソード電極2と電気的に接続されていると言える。電子放出体はカソードとも呼ばれる。
【0017】
なお、導電性部材である構造体3は、図1や図2に示した形態では、円錐形状である。しかし、構造体3は、電子放出体9の表面、具体的には硼化ランタン層5の表面や後述する酸化ランタン層6の表面、に生じる電界を増大することのできる幾何学形状で、導電性部材であればよい。
【0018】
一方、ゲート電極8は、カソード電極2と絶縁するための絶縁層7の上に設けられている。構造体3は、絶縁層7とゲート電極8とを貫通する円形状の開口71内に設けられている。したがって、電子放出体9は開口71内に設けられているとも言える。開口71の形状は特に限定されず、円形状や多角形状とすることができる。
【0019】
このような電子放出素子10は、カソード電極2とゲート電極8との間に、カソード電極2の電位がゲート電極8の電位よりも低くなるように所定の電圧を印加することによって駆動される。印加する電圧は、電子放出体9とゲート電極8との間隔、および電子放出体9の形状(典型的には、構造体3の形状)などによるが、20Vから100Vである。典型的には電子放出体9の表面を形成する硼化ランタン層5から、電子が電界放出される。このようにカソード電極とゲート電極との間に電圧を印加することで、電子放出体とゲート電極との間に強電界が生じ、電子放出体の表面から電子が電界放出される電子放出素子が、電界放出型電子放出素子である。
【0020】
構造体3と硼化ランタン層5との間に設けられた酸化物層4は、拡散防止層として機能する。酸化物層4によって、構造体3中の金属や半導体の、硼化ランタン層5への拡散や、硼化ランタン層5中のLaの、構造体3への拡散を抑制することができる。その結果、電子放出素子の動作を安定させることができる。
【0021】
酸化物層4は、金属の酸化物または半導体の酸化物である。酸化物層4を構成する金属成分または半導体成分は、構造体3を構成する金属または半導体と同じ成分であることが好ましい。このようにすることで、酸化物層4と構造体3との接合が強固になり、電子放出素子の動作をより安定にすることができる。酸化物層4は、動作電圧を大きくしないために、または、構造体3から硼化ランタン層5に電子を供給するために、導電性を有することが好ましい。
【0022】
例えば構造体3をモリブデンで構成する場合には、酸化物層4はモリブデンの酸化物で構成することが好ましい。二酸化モリブデン(MoO)は、三酸化モリブデン(MoO)に比べて抵抗率(比抵抗)がかなり低く、導電性を有する酸化物であるので、二酸化モリブデンで酸化物層4を構成することがより好ましい。
【0023】
また、構造体3をタングステンで構成する場合には、酸化物層4はタングステンの酸化物で構成することが好ましい。二酸化タングステン(WO)は、三酸化タングステン(WO)に比べて抵抗率がかなり低く、導電性を有する酸化物であるので、二酸化タングステンで酸化物層4を構成することがより好ましい。
【0024】
酸化物層4の厚さは、その抵抗率にもよるが、実用的には3nm以上20nm以下である。3nmよりも薄いと、拡散防止層としての機能が実用的に得られない。一方、20nmよりも厚いと抵抗成分として無視できなくなり動作電圧が上昇してしまったり、構造体3から硼化ランタン層5へ、酸化物層4を介して、電子を供給することができなくなったりする。
【0025】
酸化物層4の形成方法は特に限定されない。例えば、スパッタ法等の一般的成膜技術や、制御された酸素雰囲気中で構造体3を高温で加熱することで形成する方法や、EUV(Extreme Ultra−Violet)照射による方法などを用いることができる。例えば、MoOの酸化物層を形成する場合には、Moをスパッタ法等で形成し、Mo層にEUV(例えばエキシマUV)を照射することでMoOからなる酸化物層4を形成することができる。
【0026】
ところで、酸化物層4を構成する酸化物は導電性を有することが好ましいが、一般的な酸化物の中には絶縁性を有するものもある。そこで、酸化物層4はLaを含むことが好ましい。なお、ここでいう「La」はランタン元素の意味である。Laを含まない酸化物が絶縁体であっても、Laを含むことで、抵抗率を下げることができ、導電性を有する酸化物層4が得られる。
【0027】
例えば、Laと、酸化物層4を構成する酸化物の酸素とが結合してより安定な酸化ランタンを形成することができる。ランタンの酸化物である三酸化二ランタン(La)の抵抗率は一般的な金属酸化物にしては低く、また、安定な酸化物である。その結果、構造体3から硼化ランタン層5に安定に電子を供給することができ、より安定な電子放出特性を得ることができる。
【0028】
また、Laを含まない酸化物がLaを含むと、酸化物の組成比が変化して導電性が高くなる場合もある。
【0029】
例えば、構造体3をモリブデンで構成すると、モリブデンの酸化物には絶縁性を有するMoOもある。MoOから構成される酸化物層と比較して、Laを含むモリブデンの酸化物層4は、Laの酸化物であるLaと、MoOを含むことになり、その結果、導電性が高くなると考えられる。
【0030】
また、構造体3をタングステンで構成すると、タングステンの酸化物には絶縁性を有するWOもある。WOから構成される酸化物層と比較して、Laを含むタングステンの酸化物層4は、Laの酸化物であるLaと、WOを含むことになり、その結果、導電性が高くなると考えられる。
【0031】
酸化物層4中におけるLaの含有量は、求められる電子放出特性に応じて適宜設定することができるが、実用的な範囲としては原子濃度で5%以上30%以下である。なお、酸化物層4の主成分はLaではなく、主成分は母材となる酸化物である。したがって、モリブデンと酸素、あるいはタングステンと酸素の合計の原子濃度は70%以上95%以下となる。
【0032】
Laを含む酸化物層4を形成する方法としては、Laを含まない酸化物層にLaをドーピングする方法や、酸化物を構成する材料とLaとを含むターゲットを用いたスパッタ法などによってLaを含む酸化物層4を形成する方法などを採用できる。
【0033】
本実施形態に用いる硼化ランタン層5は低仕事関数層として機能する。また、硼化ランタン層5は導電性を有する。ランタンの硼化物としては、六硼化ランタン(LaB)が好ましい。六硼化ランタンは、化学量論的組成としてLaとBの比が1:6で表される構造であり、単純立方格子を有するものである。ただし、本実施形態の六硼化ランタンは、非化学量論的組成のものも含み、格子定数の変化したものも含む。
【0034】
硼化ランタン層5は、硼化ランタンの単結晶層であるよりも、硼化ランタンの多結晶層であることが好ましい。硼化ランタンの多結晶層は金属的な伝導を示し、導電性を有する。単結晶層に比べて多結晶層は、成膜が容易である。また、多結晶層は、構造体3のような複雑で微細な凹凸形状の表面に沿って設けることができ、電子放出体9の内部応力も低くすることができるので好ましい。なお、仕事関数は多結晶層よりも単結晶層の方が低いが、厚さや結晶子サイズを制御することで、多結晶層でも単結晶層に近い3.0eVよりも低い仕事関数を得ることができる。
【0035】
また、図2のように、硼化ランタン層5の上に、酸化ランタン層6を設けることが好ましい。酸化ランタン層6は、ランタンの酸化物(LaO)から構成される。ランタンの酸化物は、ランタンの硼化物よりも雰囲気に対して安定である。酸化ランタン層6は、典型的には、三酸化二ランタン(La)から構成される。酸化ランタン層6として典型的なLa層は、硼化ランタン層5として典型的なLaB層よりも雰囲気、特に酸素を含む雰囲気に対して安定である。また、LaはLaBの仕事関数(2.5eV程度)に近い低仕事関数(2.6eV程度)を有する材料である。そのため、硼化ランタン層5の上に酸化ランタン層6を設けることで、さらに安定な電子放出特性を実現できる効果がある。また、硼化ランタンと酸化ランタンとは安定に接合する。
【0036】
酸化ランタン層6の厚さは、実用上、1nm以上10nm以下であることが好ましい。1nmよりも薄いと酸化ランタン層の効果がほとんど発現せず、また、10nm以上となると電子放出量が低下し始める。
【0037】
硼化ランタン層5の表面に酸化ランタン層6を形成する方法は特に限定されない。例えば、硼化ランタン層5を、制御された酸素雰囲気中で加熱して表面に酸化ランタン層を形成してもよいし、蒸着法、スパッタ法等の一般的成膜技術を用いてもよい。
【0038】
なお、図2で示した構成の電子放出素子の場合、硼化ランタン層5と酸化ランタン層6の一方、又は両方から電子が放出される。図2に示した構造の場合には、構造体3と酸化物層4と硼化ランタン層5と酸化ランタン層6とを一纏めにして電子放出体9と呼ぶことができる。なお、図2では、酸化ランタン層6は硼化ランタン層5の表面全体を覆っているように示したが、全体を覆うことに限定されない。即ち、酸化ランタン層6が硼化ランタン層5の表面の一部を覆う場合には、硼化ランタン層5の一部の表面と酸化ランタン層6の表面とで、電子放出体9の表面が構成されることになる。
【0039】
以上述べた本発明の実施の形態に係る電子放出素子について、更に詳細に説明する。
【0040】
カソード電極2は、図1、図2に示した形態では、構造体3と基板1との間に設けてあるが、構造体3に電子を供給することができればその配置位置は特に限定されない。例えば、構造体3の横にカソード電極2を並設しても良い。カソード電極2を構成する材料は、導電性の材料であれば良い。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属材料またはこれらの合金材料が用いることができる。また、これらの炭化物、硼化物、または、窒化物でもよい。Si,Ge等の半導体等も用いることができる。
【0041】
構造体3は、前述したように、硼化ランタン層5または酸化ランタン層6の表面に生じる電界を増大することのできる幾何学形状を備えた、導電性部材であればよい。したがって、構造体3は、例えば、四角錐形状や三角錐形状などでも良いし、カーボンファイバーのような棒状であったり、針状、リッジ状(板状)であったりすることもできる。つまり、構造体3は、典型的には、基板1から離れる方向に突出した突起部あるいは凸部を備える形状の、導電性部材であればよい。そして、導電性部材の突起部あるいは凸部の、少なくとも先端に、酸化物層4を間に挟んで硼化ランタン層5を備えていれば良い。図1に示した形態では、酸化物層4は構造体3の全体を覆っており、硼化ランタン層5は酸化物層4の全体を覆っているように記載したが、全体を覆うことに限定されない。図2においても、酸化ランタン層6が硼化ランタン層5の全体を覆うことに限定されず、酸化ランタン層6が硼化ランタン層5の表面の一部を覆っていてもよい。
【0042】
構造体3は、カソード電極2から硼化ランタン層5、または、硼化ランタン5および酸化ランタン層6に電子を供給できるように、導電性を有している。構造体3の材料としては導電性の材料であれば特に限定されないが、例えば、材料としては金属または半導体を用いることができる。そのため、構造体3は金属または半導体を含むことになる。構造体3の材料としては、高融点の材料を選択できる事、電子を安定に硼化ランタン層5に供給できる事、酸化物として導電性を有するものがある事、などの理由から、金属が好ましく用いられる。上記金属としては、モリブデンまたはタングステンが特に好ましい。なお、電子放出素子に放出電流を制限する抵抗を設ける場合には、構造体3とカソード電極2との間に抵抗体を設ける、或いは、カソード電極2の一部に抵抗体を設けることができる。カソード電極2自体が抵抗体として機能してもよい。
【0043】
図1や図2では、理解を容易にするために、カソード電極2と構造体3とを異なる部材として示しているが、カソード電極2と構造体3を同じ材料で構成し、連続した一つの部材とすることもできる。このような場合にも、カソード電極2と構造体3の材料は、モリブデンやタングステンなど、高融点の金属が好ましく用いられる。
【0044】
本実施形態に係る、多結晶層である硼化ランタン層5は、図4に示す様に、多数の結晶子50よりなる、いわゆる多結晶体としての特質を有する。各々の結晶子50は硼化ランタンからなる。結晶子とは、単結晶としてみなせる最大の集まりを意味するものである。また、本発明における多結晶層5は、結晶子50同士が接合(当接)する、または複数の結晶子の塊(集合体)同士が接合(当接)することで導電性を示す、金属的な層である。結晶子50同士の間または複数の結晶子の塊同士の間には、空隙を有する場合や、非晶質な部分を有する場合がある。なお、図4は硼化ランタン層5が多結晶層であることを説明する模式図であって、酸化物層4や構造体3の膜質は特に限定されるものではない。
【0045】
したがって、本発明における多結晶層は、微粒子(例えば非晶質の微粒子)の集合体からなる、いわゆる微粒子層とは異なるものである。なお、「グレイン」という用語は、複数の結晶子より構成されるものを指していたり、アモルファスな粒状のものを指していたり、見た目が粒状のものを指していたり、用語としての使い方が統一されていない場合が多い。
【0046】
本実施形態における硼化ランタンの多結晶層5を構成する結晶子50のサイズは2.5nm以上である。そして、多結晶層5の厚さは100nm以下である。そのため、多結晶層5を構成する結晶子50のサイズの上限は必然的に100nmとなる。また、多結晶層5の膜厚の下限は必然的に2.5nmとなる。2.5nm以上の結晶子サイズの多結晶層は、2.5nm未満の結晶子サイズの多結晶層に比べて放出電流が安定する(揺らぎが低減する)。また、結晶子サイズが100nmを超えると、多結晶層の厚さが100nmを超え、結果、層はがれが顕著に生じ、電子放出素子に用いると不安定な特性となる。結晶子サイズが2.5nmよりも小さいと、仕事関数が3.0eVよりも大きくなってしまう。これは、LaとBの組成比が6.0よりも大きくずれてしまい、結晶性を維持できなくなるような不安定な状態になっているものと考えられる。また、特に厚さを20nm以下とすると電子放出特性のバラツキが小さいので好ましい。
【0047】
結晶子サイズは、典型的にはX線回折測定から求めることが可能である。回折線のプロファイルから、Scherrer法と呼ばれる方法によって算出することができる。X線回折測定は、結晶子サイズの算出のみならず、多結晶層5が化学量論的な六硼化ランタンの多結晶体により構成されていることや、配向性について調べることが可能である。なお、断面TEMによる観察を行うと、結晶子に対応する領域に、実質的に平行に並んで見える複数の格子縞が確認される。そこで、この複数の格子縞の中から互いに最も離れた2つの格子縞を選択し、一方の格子縞の端と他方の格子縞の端を結ぶ線分のうち最も長い線分の長さを結晶子サイズ(結晶子径)と認定することができる。そして、断面TEMで観察した領域内に複数の結晶子が確認されるのであれば、それらの結晶子サイズの平均値を、硼化ランタンの多結晶層の結晶子サイズとすることができる。
【0048】
また、硼化ランタン層の仕事関数の測定は、真空UPSなどの光電子分光法やケルビン法、真空中での電界放出電流を計測して電界と電流の関係より導く方法などがあり、これらを組み合わせて求めることも可能である。
【0049】
具体的には、鋭利な先端を有する導電性の針(例えば、タングステンの針)の先端(突起部)の表面に、仕事関数が既知の材料の20nm程度の膜(例えば、モリブデン膜)を形成する。そして、真空中で電界を印加して電子放出特性を測定する。そして電子放出特性から、針の先端である突起部の形状による電界増倍係数をあらかじめ求めておき、しかる後に硼化ランタン膜を形成して、仕事関数を算出して求めることが可能である。
【0050】
次に、図1や図2に示した円錐状の構造体を用いた電子放出素子とは異なる形態の電界放出型電子放出素子について、図5を用いて説明する。図5(a)は、電子放出素子をZ方向から見た平面模式図であり、図5(b)は図5(a)におけるA−A’線の断面(Z−X面)模式図である。図5(c)は図5(b)のX方向から見た場合の模式図である。
【0051】
この電子放出素子10では、基板1上に絶縁層7介してゲート電極8が設けられている。図5に示した例では、絶縁層7は第1絶縁層7aと第2絶縁層7bとで構成されている。また、基板1上にはカソード電極2が設けられており、カソード電極2に接続された導電性部材である構造体3が、絶縁層7の側面(図5の形態では第1絶縁層7aの側面)に沿って且つ基板1から離れる方向に向かって伸びている。そして、構造体3の上に酸化物層4が設けられ、酸化物層4の上に硼化ランタン層5が設けられている。言い換えれば、構造体3と硼化ランタン層5の間に酸化物層4が設けられていることになる。構造体3と、酸化物層4と、硼化ランタン層5とで、電子放出体9を構成している。図5(b)から明らかな様に、構造体3は、基板1から+Z方向に突出して設けられた部材である。即ち、構造体3は、突起部を備えている。電子放出体9は、構造体3の突起部の形状を反映した形状をしているので、電子放出体9は突起部を備えていると言うことができる。したがって、電子放出体9は、その表面に生じる電界を増大することのできる幾何学形状を有する突起部を備えた構造になっている。ゲート電極8は、電子放出体9の突起部と間隙をおいて、電子放出体9から離れて設けられている。
【0052】
この例では、構造体3は、酸化物層4を間に介して、硼化ランタン層5で覆われているが、少なくとも構造体3の突起部に、酸化物層4を間に介して、硼化ランタン層5が設けられていればよい。硼化ランタン層5は、図4等を用いて既に説明した、硼化ランタンの多結晶層であることが好ましい。電子放出体9は、さらに、酸化物層4がランタン元素を含むことが好ましい。また、図2を用いて説明した様に、硼化ランタン層5の表面に酸化ランタン層(不図示)を備えることも好ましい。なお、図5で示した電子放出素子でも、酸化ランタン層が硼化ランタン層5の表面全体を覆うことに限定されない。即ち、酸化ランタン層が硼化ランタン層5の表面の一部を覆う場合には、硼化ランタン層5の一部の表面と酸化ランタン層の表面とで、電子放出体9の表面が構成されることになる。
【0053】
また、図5では、ゲート電極8は、第1導電層8aと第2導電層8bとで構成され、第1導電層8aの一部分が構造体3と同じ導電性材料の第2導電層8bで覆われている例を示している。この第2導電層8bは省略することもできるが、安定な電界を形成するためには、設けておくことが好ましい。ゲート電極8(8a、8b)の上にも硼化ランタン層が設けられていてもよい。また、図5(a)、(c)では、電子放出体9がY方向に連続してリッジ状(板状)に設けられているが、Y方向に所定の間隔を置いて複数設けた構成とすることもできる。
【0054】
以下、この電子放出素子について好ましい形態を図6を用いて詳細に説明する。図6(a)は、構造体3の突起部の近傍の断面拡大図である。なお、説明を簡略にするために、図6(a)では、構造体3、酸化物層4、硼化ランタン層5の記載を省略し、これらを一括して電子放出体9として記載している。
【0055】
第2絶縁層7bはX方向において、第1絶縁層7aより幅が小さくなっており、第2絶縁層7bの側面173は第1絶縁層7aの側面171よりも後退している。そして、第1絶縁層7aの上面172の一部が露出している。第1絶縁層7aの上面172は、第1絶縁層7aの側面171のゲート電極8に近い方の縁である角部Kを介して、第1絶縁層7aの側面171と連続している。この結果、絶縁層7は、第1絶縁層7aの上面172と、第2絶縁層7bの側面173とで構成される凹部7cを備えている。典型的に、第1絶縁層7aの上面172は、基板1の表面に対して、実質的に平行である。なお、第1絶縁層7aの側面171は、図5(b)では基板1からほぼ垂直になっているが、基板1に対して斜面を成すように第1絶縁層7aを設けることもできる。つまり、第1絶縁層7aの側面171は基板1の表面に対して傾斜してもよい。特に、側面171が基板1の表面に対して、鋭角をなすように傾斜していることが好ましい。側面171が斜面の場合、第1絶縁層7aの角部Kの角度(第1絶縁層7a側の角度)は、鈍角のようになり得る。なお、直角、鈍角といっても、実際にはある程度の曲率を有している。第1絶縁層7aの上面172と第2絶縁層7bの側面173は、凹部7c内の面であるから、絶縁層7の内表面と表現することもできる。これに対して、第1絶縁層7aの側面171は、凹部7c外の面であるから、絶縁層7の外表面と表現することもできる。
【0056】
図6(a)において、距離h(h>0)は、電子放出体9の突起部が第1絶縁層7aの上面172から高さhだけ突出していることを示している。高さhとなる部分が、突起部の先端である。そして、電子放出体9の一部(突起部)が、凹部7c内に位置する第1絶縁層7aの上面上と、第1絶縁層7aの側面上とに渡って設けられている。図5(b)に示すように、少なくとも構造体3の一部(突起部)が凹部7c内に位置している。つまり、電子放出体9は、その一部(突起部)が、凹部7c内に位置している。これにより、電子放出体9の突起部の一部が凹部7c内に位置して、第1絶縁層7aの上面172と接触する。なお、電子放出体9の一部とは、少なくとも構造体3の一部を含む。距離x(x>0)は、電子放出体9の突起部と第1絶縁層7aの上面172との界面の、凹部7cの深さ方向の幅である。換言すると、距離xは、凹部7cを構成する絶縁層7の表面と接する突起部の端部(点J)から、凹部7cの縁、即ち第1絶縁層7aの屈曲部(点K)までの距離である。距離xは、凹部7cの深さにもよるが、実用的には、10nmから100nmの範囲内である。
【0057】
また、ゲート電極8aは凹部7cの近傍に位置し、電子放出体9の突起部と間隙をおいて、電子放出体9から離れて設けられている。詳細には、ゲート電極8は、第1絶縁層7aの上面172と対向し、上面172から距離T2だけ離れて設けられている。距離T2は第2絶縁層7bの厚みに対応する。第2絶縁層7bは第1絶縁層7aの上面172とゲート電極8との間の間隔を規定するための層でもある。
【0058】
図6(a)にゲート電極8と電子放出体9の突起部の先端との間の距離dを示す。ここでは、距離dはゲート電極8と電子放出体9との間の最短距離でもある。また、図6(a)突起部の先端近傍の形状は曲率半径rで表すことができる。ゲート電極8と電子放出体9との電位差を一定とした場合、先端部の近傍に形成される電界の強度は、この曲率半径rと距離dに応じて異なる。rが小さいほど、先端部の近傍に強い電界を形成することが可能となる。また、dが小さいほど、先端部の近傍に強い電界を形成することが可能となる。
【0059】
突起部の先端の近傍の電界を一定とした場合、距離dが相対的に小さければ、曲率半径rを相対的に大きくできる。逆に、曲率半径rが相対的に小さければ、距離dを相対的に大きくできる。距離dの違いは放出された電子のゲート電極8による散乱回数の違いに影響するため、rが小さく、dが大きいほど効率が高い電子放出素子とすることが可能となる。ここで、効率(η)とは素子に電圧を印加したときに検出される電流(If)と真空中に取り出される電流(Ie)を用いて、効率η=Ie/(If+Ie)で与えられる。
【0060】
構造体3の一部が凹部7c内に位置することで、次のようなメリットがある。(1)構造体3と第1絶縁層7aとの接触面積が広くなり、機械的な密着性(密着強度)が向上する。これにより、電子放出素子の製造プロセスを経ても、電子放出体9の剥離などの発生を抑制することができる。(2)構造体3と第1絶縁層7aとの接触面積が広くなり、電子放出部で発生する熱を効率よく逃がすことができる。(3)凹部7c内の絶縁体−真空−導電体界面で生じる三重点での電界強度を弱め、異常な電界発生による放電現象を抑制することができる。
【0061】
(2)について詳細に説明する。
【0062】
図6(b)は凹部7c内での距離xを変えた場合の、Ieの時間変動量を示したものである。尚、ここでIeとは、放出電子量を意味し、アノードに到達する電子の量である。初期値として、電子放出素子の駆動を開始して最初の10秒間の間に検出された平均的な電子放出量Ieを求めた。そして、この初期値を基準として規格化し、電子放出量の変化を時間の常用対数としてプロットしたものである。図6(b)から理解されるように、距離xが短くなるにつれて、電子放出量の初期値からの低下量が大きくなる傾向があった。
【0063】
図6(c)はいくつかの素子において、図6(b)と同様の計測を行ったものである。図6(c)では、距離xに対して、電子放出量の初期値を基準として規格化を行い、電子放出素子の駆動を開始して所定時間経過した時の電子放出量をプロットしたものである。この図から明らかなように、距離xが短いほど初期値からの低下量が大きかった。そして、距離xが20nmを越えてくると、距離xに対する依存性が小さくなる傾向が見られた。このように、距離xは20nm以上であることが好ましい。
【0064】
これらの結果から推察すると、距離xが長くなることにより、突起部と第1絶縁層7aとの接触面積が広くなり、熱抵抗を低減できるためと思われる。また、電子放出体9の突起部の体積増加による熱容量が増大するためと思われる。すなわち、電子放出体9の温度上昇が軽減されるために、初期変動が小さくなったのではないかと思われる。
【0065】
一方、距離xを極端に長くすると、凹部の内表面、すなわち、第1絶縁層7aの上面及び第2絶縁層7bの側面を介して、電子放出体9とゲート電極8との間のリーク電流が大きくなる。少なくとも、距離xは、凹部7cの深さよりも小さくことが好ましい。
【0066】
(3)について詳細に説明する。
【0067】
一般に真空、絶縁体、導電体の様に誘電率が異なる三種類の材料が同時に一つの場所に接する場所は三重点と呼ばれる。条件にもよるが、三重点の電界が周囲よりも極端に高くなることで放電等の要因になる場合がある。本形態においても図6(a)に示した点Jは真空(領域V)、絶縁体(領域I)、導電体(領域C)の三重点となっている。電子放出体9の突起部と第1絶縁層7aが接する角度θが90°以上であれば周囲の電界と大きく変わらない。電子放出体9の突起部が上記角度θとなることで、絶縁体―真空−導電体で生じる三重点での電界強度を弱め、異常な電界発生による放電現象を防止することが可能となる。
【0068】
また、上面に位置する電子放出体9の表面(特に、電子放出体9の端部(点J)近傍の表面)と第1絶縁層7aの上面172との角度θは、90°より大きいことが好ましい。また、角度θは180°より小さいことが好ましい。なお、角度θは、電子放出体9の表面と第1絶縁層7aの上面172とが成す角度のうち、真空側の角度である。上面172が平面であるとみなせば、電子放出体9と上面と172の接触角は180°−θで表される。実用的には絶縁層7aの上面172は平面であるとみなせるので、換言すれば、上面172と電子放出体9との接触角が0°より大きく、90°より小さいことが好ましいと言える。さらには、凹部7c内において、電子放出体9の表面が第1絶縁層7aの上面172に対して、緩やかに傾斜していることが好ましい。つまり、電子放出体9の、凹部7c内に位置する任意の部分の表面の接線と、第1絶縁層7aの上面172と、の角度が90°より小さいことが好ましい。
【0069】
図5で示した電子放出素子の製造方法の一例を説明する。
【0070】
基板1としては、石英ガラス,Na等の不純物含有量を減少させたガラス、ソーダライムガラス及び、シリコン基板を用いることができる。基板に必要な機能としては、機械的強度が高いだけでなく、ドライエッチング、ウェットエッチング、現像液等のアルカリや酸に対して耐性があり、ディスプレイパネルのような一体ものとして用いる場合は成膜材料や他の積層部材と熱膨張差が小さいものが望ましい。また熱処理に伴いガラス内部からのアルカリ元素等が拡散しづらい材料が望ましい。
【0071】
最初に、基板上に段差を形成するために第1絶縁層7aと第2絶縁層7bを順次形成する。第2絶縁層7bの上にゲート電極8(第1導電層8a)を積層する。
【0072】
第1絶縁層7aは、加工性に優れる材料からなる絶縁性の膜であり、たとえば窒化シリコンや酸化シリコンであり、その形成方法は一般的な真空成膜法、例えば、CVD法、真空蒸着法、スパッタ法等で形成される。またその厚さとしては、数nmから数十μmの範囲で設定され、好ましくは数十nmから数百nmの範囲で選択される。
【0073】
第2絶縁層7bは、加工性に優れる材料からなる絶縁性の膜であり、たとえば窒化シリコンや酸化シリコンであり、その形成方法は一般的な真空成膜法、例えばCVD法、真空蒸着法あるいはスパッタ法で形成される。またその厚さT2としては、数nmから数百nmの範囲で設定され、好ましくは数nmから数十nmの範囲で選択される。
【0074】
詳細は後述するが、凹部7cを精度良く形成するために、第1絶縁層7aと第2絶縁層7bと異なる材料とすることが好ましい。第1絶縁層7aとして窒化シリコンを用い、第2絶縁層7bは例えば酸化シリコン、あるいはリン濃度の高いPSG、ホウ素濃度の高いBSG等で構成する事ができる。
【0075】
第1導電層8aは導電性を有しており、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術により形成することができる。ゲート電極8の厚さT1としては、数nmから数百nmの範囲で設定され、好ましくは数十nmから数百nmの範囲で選択される。
【0076】
第1導電層8aの材料は、導電性に加えて高い熱伝導率があり、融点が高い材料が望ましい。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属または合金材料が使用できる。また、窒化物、酸化物、炭化物等の化合物や、半導体、炭素、炭素化合物等も適宜使用可能である。
【0077】
第1絶縁層7a、第2絶縁層7b、第1導電層8aのパターンニングは、フォトリソグラフィ技術とエッチング加工を用いて行うことができる。エッチング加工としては、RIE(Reactive Ion Etching)を用いることができる。
【0078】
次に、第2絶縁層7bを選択的にエッチングすることにより、第1絶縁層7a、第2絶縁層7bからなる絶縁層7に凹部7cを形成する。第1絶縁層7aと第2絶縁層7bとの間の、エッチング量の比は、10以上が好ましく、50以上がより好ましい。
【0079】
選択的なエッチングとしては、例えば第2絶縁層7bが酸化シリコンであればバッファーフッ酸(BHF)と呼ばれるフッ化アンモニウムとフッ酸との混合溶液を用い、第2絶縁層7bが窒化シリコンであれば熱リン酸系エッチング液を使用することが可能である。
【0080】
凹部7cの深さ(選択的なエッチングにより露出する第1絶縁層7aの上面172の幅)は、素子形成後のリーク電流に深く関わり、凹部7cを深く形成するほどリーク電流の値が小さくなる。しかし、あまり深く形成するとゲート電極8が変形してしまう課題が発生する。このため、凹部7cの深さは30nm〜200nm程度が好ましい。
【0081】
なお、材料による選択的なエッチングを行わずに、絶縁層の側面の一部をマスクして、絶縁層の一部を除去することにより、凹部7cを形成することもできる。その場合には、第1絶縁層7a、第2絶縁層7bを別々の材料で形成する必要はなく、1層の絶縁層として形成すればよい。また、絶縁層を3層として、2層目に対して選択的エッチングを行っても良い。その場合には、ゲート電極8の凹部7cに面する部分は、3層目の絶縁層で覆われることになる。
【0082】
次に、構造体3の材料を第1絶縁層7aの上面及び側面に付着させる。構造体3の材料としては、導電性に加えて高い熱伝導率があり、融点が高い材料が好ましい。また、仕事関数が5eV以下の材料を用いることが好ましい。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属または合金材料が使用できる。また、窒化物、酸化物、炭化物等の化合物や、半導体、炭素、炭素化合物等も適宜使用可能である。特にMo又はWを好ましく用いることができる。
【0083】
構造体3は、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術により形成することが可能である。前述したように、本実施形態においては電子放出体9の突起部の形状を制御するように、構造体3の材料の入射角度と成膜時間、形成時の温度および形成時の真空度を制御して形成する必要がある。導電性材料の入射角度はゲート電極8の厚みT1、第1絶縁層7aの上面とゲート電極8との距離T2等を考慮して決定することができる。
【0084】
次に、円錐形状の電子放出体と同様に、構造体3の表面に酸化物層4、硼化ランタン層5を形成する。さらに、硼化ランタン層5の上には酸化ランタン層6を形成することが好ましい。
【0085】
カソード電極2は、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術を用いて形成することができる。或いは導電性材料を含む前駆体を焼成することによって形成することもできる。パターン形成方法としては、フォトリソグラフィ技術や、印刷技術を用いることができる。
【0086】
カソード電極2の材料は、導電性を有する材料であればよく、ゲート電極8と同様の材料を用いることができる。カソード電極2の厚さとしては、数10nmから数μmの範囲で設定され、好ましくは数10nmから数100nmの範囲で選択される。なお、図5に示した形態では、カソード電極2は、構造体3を形成する前に設けてもよいし、構造体3を形成したあとでもよい。電子放出体9を形成した後に設けてもよい。
【0087】
以上述べたように、本実施形態で説明した電子放出素子は、第1の電極(カソード電極)と、第1の電極と離れて設けられた第2の電極(ゲート電極)との間に電圧を印加して、第1の電極側から電子を電界放出する電子放出素子である。なお、電子放出素子から放出された電子をゲート電極以外の部材(例えばアノード電極)に照射させる場合には、照射させる部材であるアノード電極を図1や図2や図5に示した基板1から離して設ける。つまり、電子放出体9の突起部およびその先端が、アノード電極に向けて配置される。アノード電極と基板1の間隔は、カソード電極2とゲート電極8の間隔よりも十分に大きく、典型的には500μmから2mmに設定される。そして、ゲート電極8に印加する電位よりも十分に高い電位をアノード電極に印加する。このようにすることで、ゲート電極8によって引き出された電子(電界放出された電子)がアノード電極に照射される。このような電子放出装置(電子線装置)は、3端子(カソード電極、ゲート電極、アノード電極)構造となる。なお、ゲート電極を省略してカソード電極とアノード電極の2端子構造としてもよいし、アノード電極を省略してゲート電極をアノード電極として用いた2端子構造としてもよい。
【0088】
電子放出素子から放出される放出電流の揺らぎは、放出電流の時間的な変動の大きさを示すものである。放出電流は、たとえば矩形波形のパルス電圧を周期的に印加することに観測される。揺らぎは、単位時間あたりの放出電流の変動の大きさの偏差を、放出電流の平均値で割って算出することができる。
【0089】
具体的には、パルス幅が6m秒で周期が24m秒の矩形波形のパルス電圧を連続して印加する。そして連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求める。なお、複数の電子放出素子間で揺らぎの大きさを比較するにあたっては、上述の電流の平均値が概ね等しくなるように印加電圧の波高値を設定する。
【0090】
次に、図7を用いて、基板1上に、上記した円錐形状の電子放出体9を備える電子放出素子10を多数配列して構成した、電子源32の一例を説明する。図7は、電子源32の平面模式図である。
【0091】
ここで説明する電子源32は、基板1と基板1上に設けられた複数の電子放出素子10とで構成されている。基板1は絶縁性基板で構成することができ、例えばガラス基板が好ましく適用できる。図7は、基板1上に、図1を用いて説明した電子放出素子10を行列状に多数配列して構成したものである。当然、電子放出素子10として図2や図5を用いて説明した電子放出素子10を用いることもできる。
【0092】
同じ列の電子放出素子10同士はゲート電極8が共通に接続され、同じ行の電子放出素子10同士はカソード電極2が共通に接続される。そして、複数のカソード電極2の中から所定数を選択し、複数のゲート電極8の中から所定数を選択し、その選択された電極間に電圧を印加することで、所定の電子放出素子10から電子を放出させることができる。
【0093】
ここでは、1つのカソード電極2と1つのゲート電極8との交差部に設けられる電子放出素子10は1つであるが、複数の電子放出素子10を設けることが好ましい。例えば、図1や図2で示した形態の電子放出素子を用いる場合には、カソード電極2とゲート電極8との各々の交差部には、複数の開口71が設けられ、そして、各々の開口71内に電子放出体9が設けられる。
【0094】
図7では、簡易的に、カソード電極2とゲート電極8との各々の交差部に1つの開口71を設けた例を示している。しかしながら、放出電流の揺らぎを低減する観点からは、各交差部に設けられる電子放出素子の数が多いほど好ましい。電子放出素子の数が多いと、放出電流の揺らぎが平均化されるためである。一方で、あまりに多くの電子放出素子を各交差部に設けることは、生産性などの観点から、望ましくない。本発明の電子放出素子を用いることによって、電流揺らぎを低減することができるから、電子放出素子の数を多くせずとも、電流揺らぎを低減することができる。
【0095】
次に、上述した電子源32を用いて表示パネル100を構成した一例を図8を用いて説明する。なお、ここで示す例では、各交差部に設けられる電子放出素子を複数とした。
【0096】
なお、表示パネル100は、内部が大気圧よりも低い圧力(真空)となるように気密に保持されるので、気密容器と言い換えることができる。
【0097】
図8は、表示パネル100の断面模式図である。表示パネル100は、図7における電子源32を背面板として用い、背面板32と前面板31とが対向して配置されている。
【0098】
そして、背面板32と前面板31との間隔が所定の距離となるように、背面板32と前面板31との間に閉環状(矩形状)の支持枠27が設けられている。背面板32と前面板31との間隔は、典型的には500μmから2mm(実用的には1mm程度)に設定される。そして、支持枠27と前面板31の間、および、支持枠27と背面板32の間は、インジウムやフリットガラスなどのシール機能を備える接合部材28によって気密に接合されている。支持枠27は、表示パネル100の内部空間を気密に封止するための役割も担っている。表示パネル100の面積が大きい場合には、前面板31と背面板32との距離が維持できるように、表示パネル100の内部に、前面板31と背面板32の間にスペーサ34を複数配置することが好ましい。
【0099】
前面板31は、電子放出素子10から放出された電子が照射されることで発光する発光体23を備える発光層25と、発光層25上に設けられたアノード電極21と、透明基板22とで構成されている。
【0100】
透明基板22は、発光層25から放出された光が透過する必要があるため、例えばガラスからなる。
【0101】
発光体23としては、一般に蛍光体を用いることができる。発光層25を、赤色を発光する発光体と、緑色を発光する発光体と、青色を発光する発光体とを用いて構成することで、フルカラー表示の表示パネル100を構成することができる。図8に示す形態では、発光層25は、発光体同士の間に設けられた黒色部材24を備えている。黒色部材24は一般にブラックマトリクスと言われる、表示画像のコントラストを向上させるための部材である。
【0102】
各発光体23に電子を照射する電子放出素子10が、発光体23に対向するように設けられている。即ち各々の電子放出素子10は1つの発光体23に対応づけられている。
【0103】
アノード電極21は、一般に、メタルバックと呼ばれ、典型的には、アルミニウム膜で構成することができる。また、アノード電極21は、発光層25と透明基板22との間に設けることもできる。その場合には、アノード電極21は、ITO膜などの光学的に透明な導電性膜で構成される。
【0104】
前面板31と背面板32とを気密に接合するための工程(接合工程または封着工程)では、気密容器である表示パネル100を構成する部材を加熱した状況下で行われる。
【0105】
接合工程(封着工程)では、典型的には、前面板31と背面板32との間に、フリットガラス等の接合部材を設けた支持枠27を配置する。そして加圧しながら、前面板31と背面板32と支持枠27とを例えば100℃から400℃の範囲で加熱し、その後室温まで冷却することで実施される。また、接合工程に先立って、背面板32は加熱による脱ガス処理などを施す場合も多い。
【0106】
このような加熱や冷却を伴う工程を経ても、本実施形態で示した硼化ランタンの多結晶層5は電子放出体9から剥離することはない。
【0107】
次に、図9に示すように、前述した表示パネル100に、表示パネルを駆動するための駆動回路110を接続することで、画像表示装置200とすることができる。さらに、テレビジョン放送信号や情報記録装置に記録されている信号などの情報信号を画像信号として出力する画像信号出力装置400を更に接続することで情報表示装置500を構成することができる。言い換えれば、画像表示装置200は、画像信号出力装置400を備えることができる。
【0108】
画像表示装置200は、表示パネル100、駆動回路110を少なくとも備え、さらに制御回路120を備えることが好ましい。制御回路120は、入力された画像信号に表示パネルに適した補正処理等の信号処理を施すともに、駆動回路110に画像信号および各種制御信号を出力する。駆動回路110は、入力された画像信号に基づいて、表示パネル100の各配線(図7のカソード電極2、ゲート電極8参照)に駆動信号を出力する。駆動回路は画像信号を駆動信号に変換するための変調回路や、配線を選択するための走査回路を有する。駆動回路110から出力される駆動信号によって表示パネル100内の各画素の電子放出素子に印加される電圧が制御される。これにより、画像信号に応じた輝度で各画素が発光し、スクリーンに画像が表示される。「スクリーン」は、図8で示した表示パネル100においては、発光層25に相当すると言うことができる。
【0109】
図9は、情報表示装置の一例を示すブロック図である。情報表示装置500は画像信号出力装置400と画像表示装置200からなる。画像信号出力装置400は、情報処理回路300を備え、画像処理回路320をさらに備えることが好ましい。画像信号出力装置400は、画像表示装置200とは別の筐体に収められていてもよいし、画像信号出力装置400の少なくとも一部が、画像表示装置200と同一の筐体に収められていてもよい。ここで述べる情報表示装置の構成は、一例であり、種々の変形が可能である。
【0110】
情報処理回路300には、衛星放送や地上波等のテレビジョン放送信号や、無線回線網、電話回線網、デジタル回線網、アナログ回線網、TCP/IPプロトコルで結ばれたインターネット等の電気通信回線を介したデータ放送信号等の情報信号が入力される。半導体メモリ、光ディスク、磁気記憶装置等の記憶装置を接続して、これらに記録された情報信号を表示パネル100に表示できる構成にすることもできる。また、ビデオカメラやスチルカメラ、スキャナ等の映像入力装置を接続して、これらから得られる画像を表示パネル100に表示できる構成にすることもできる。テレビ会議システムやコンピュータ等のシステムと接続するように構成構成することもできる。
【0111】
さらに、表示パネル100に表示させる画像を、必要に応じて加工し、プリンタで出力できる構成にしたり、記憶装置に記録したりするように構成することもできる。
【0112】
情報信号に含まれる情報としては、映像情報、文字情報および音声情報の少なくとも1つを指す。情報処理回路300には、放送信号から必要な情報を選局するチューナーや、情報信号がエンコードされている場合にはこれを復号化するデコーダを備えた受信回路310を設けることができる。
【0113】
情報処理回路300によって得られた画像信号を画像処理回路320に出力する。画像処理回路320は、画像信号に様々な処理を施すための回路を含むことができる。例えば、ガンマ補正回路や、解像度変換回路、インターフェース回路などである。そして、画像表示装置200の信号フォーマットに変換された画像信号を画像表示装置200に出力する。
【0114】
映像情報または文字情報を表示パネル100に出力してスクリーンに表示させる方法としては、例えば以下のように行うことができる。まず、情報処理回路300に入力された情報信号のうちの映像情報や文字情報から、表示パネル100の各画素に対応した画像信号を生成する。そして生成した画像信号を、画像表示装置200の制御回路120に入力する。そして、駆動回路110に入力された画像信号に基づいて、駆動回路110から表示パネル100内の各電子放出素子に印加する電圧を制御して、画像を表示する。音声信号については、別途設けたスピーカーなどの音声再生手段(不図示)に出力して、表示パネル100に表示される映像情報や文字情報と同期させて再生する。
【0115】
本発明によれば、電子放出素子から安定した放出電流が得られるので、画像表示装置の表示画像の品質を向上することができる。
【実施例】
【0116】
以下、上記実施の形態に基づいた、より具体的な実施例について説明する。
【0117】
(実施例1)
図3を参照して、本実施例に係る電子放出素子の製造方法および電子放出素子について説明する。なお、ここでは、円錐形状の構造体3を用いた電子放出素子の製法について示している。
【0118】
まず、ガラスからなる基板1にニオブからなるカソード電極2と二酸化シリコンからなる絶縁性材料層70(厚さ約1μm)およびニオブからなる導電性材料層80を順次形成する(図3(a))。
【0119】
次に、導電性材料層80にイオンエッチング法で直径1μm程度の円形状の開口81を開けてゲート電極8を形成する(図3(b))。
【0120】
その後、ゲート電極8をマスクとして絶縁性材料層70をエッチングもしくはイオンエッチングすることで円形状の開口71を有する絶縁層7を形成する(図3(c))。
【0121】
次に、ゲート電極8上にニッケルからなる犠牲層82を成膜する(図3(d))。
【0122】
その後、開口71内にモリブデンを円錐形状に堆積させ、モリブデンからなる構造体3を形成する(図3(e))。
【0123】
犠牲層82の上に堆積された不要なモリブデン層30は、ニッケルからなる犠牲層82を選択的に取り除くことによって同時に剥離され、図3(f)に示す構造を得る。
【0124】
次に、図3(f)に示す構造体3を設けた基板を真空チャンバー内に移設し、酸化モリブデンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に酸化物層4として、酸化モリブデン層を厚さ4nm程度形成する(図3(g))。
【0125】
次に、酸化物層4の上に、RFスパッタリングによって、六硼化ランタンの多結晶層5を厚さ10nm成膜し、本実施例の電子放出素子を形成した(図3(h))。六硼化ランタンの多結晶層5の成膜条件としては、RFスパッタリング時のAr圧力を1.5Pa、電源およびパワーをRF250Wとした。形成された多結晶層5の結晶子サイズは7nmであり、仕事関数は2.85eVであった。
【0126】
スパッタ条件、特にAr圧力とパワーを制御することで結晶子サイズを制御することができる。例えば、RFスパッタリング時のAr圧力を2.0Pa、電源およびパワーをRF800Wとして厚さを7nmにすれば結晶子サイズは2.5nmとすることができ、仕事関数は2.85eVが得られる。また、RFスパッタリング時のAr圧力を1.5Pa、電源およびパワーをRF250Wとして厚さを20nmにすれば結晶子サイズは10.7nmとすることができ、仕事関数は2.8eVが得られる。上記した厚さ7nmの成膜条件では、X線回折の回折ピークの積分強度比I(100)/I(110)が0.54と、配向性が見られないときに観測される値(JCPDS#34−0427)と良い一致を示した。このことから本実施例で作製した硼化ランタン層5は結晶方位がランダムな無配向な多結晶層であるといえる。厚さが厚いほど(100)で表される回折ピークに対応した面方位の配向が進む。20nmを超える厚さ、典型的には30nm以上の厚さでは、I(100)/I(110)が2.8よりも大きくなっていた。20nm以下では、(100)と(110)以外の面方位の積分強度は、いずれも、(100)および(110)の面方位の積分強度よりも低かった。また、結晶子のサイズは厚さが厚い場合の方が大きくなっている。なお、結晶子サイズが2.5nmよりも小さくなると、結晶性を維持できなくなるためか、仕事関数が3.0eVよりも大きくなってしまう。
【0127】
形成された電子放出素子を真空装置内に入れて、内部を10−8Paまで排気した。そしてカソード電極2とゲート電極8の間に、ゲート電極8の電位が高くなるようにして、パルス幅6ms、周波数25Hzの矩形波形のパルス電圧を繰り返し印加した。そして、ゲート電極8に流れるゲート電流をモニターした。同時に、基板1の上方5mmの位置にアノード板を設置し、アノードに流れ込む電流(アノード電流)もモニターし、放出電流の変動を求めた。放出電流の変動(ゆらぎ)は、連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値(アノード電流値)の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求めた。そして、得られたデータから、(標準偏差/平均値×100(%))をゆらぎとして計算した。
【0128】
また、比較のため、構造体3と六硼化ランタンの多結晶層5の間に酸化モリブデンからなる酸化物層4を形成していない電子放出素子も試作し、上記と同じ測定を行った。
【0129】
上記した本実施例の電子放出素子と比較用の電子放出素子をそれぞれ複数個用意し上記測定を行った。その結果、酸化モリブデンからなる酸化物層4を設けた電子放出素子は、酸化物層を設けなかった比較用の電子放出素子に比べ、電流変動値の平均値が0.6倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、比較用の電子放出素子に比べ、素子間のばらつき(分散)が0.5倍となった。
このように酸化モリブデンからなる酸化物層4を設けることで、明らかに電流変動が少なく、かつ電子放出素子間の特性ばらつきの少ない、安定して動作する電子放出素子を得ることができる。
【0130】
(実施例2)
本実施例では構造体3をタングステンで形成した例を示す。
ゲート電極8上にニッケルからなる犠牲層82を成膜するところまでの工程(図3(d)までの工程)は、実施例1と同様である。
【0131】
その後、開口71内にタングステンを円錐状に堆積させ、タングステンからなる構造体3を形成する(図3(e))。犠牲層82の上に堆積された不要なタングステン層30は犠牲層82を選択的に取り除くことによって同時に剥離され、図3(f)に示す構造体を得る。
【0132】
次に、図3(f)に示す構造体を真空チャンバー内に移設し、酸化タングステンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に酸化物層4として、酸化タングステン層を厚さ4nm程度形成する(図3(g))。
【0133】
次に、酸化物層4の上に、実施例1と同様にしてスパッタ法で六硼化ランタンの多結晶層5を厚さ10nm成膜し、本実施例の電子放出素子が形成される(図3(h))。
【0134】
形成された電子放出素子を真空装置内に入れて、実施例1と同様にしてアノード電流の変動を求めた。また、比較のため、構造体3とLaB多結晶層5の間に酸化物層4を形成していない電子放出素子も試作し、上記と同じ測定を行った。
【0135】
その結果、酸化タングステンからなる酸化物層4を設けた電子放出素子は、酸化物層4を設けなかった比較用の電子放出素子に比べ、電流変動値の平均値が0.7倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、素子間のばらつき(分散)が0.6倍となった。このように酸化タングステンからなる酸化物層4を設けることで、明らかに電流変動が少なく、かつ電子放出素子間の特性ばらつきが少ない、安定して動作する電子放出素子を得ることができる。
【0136】
(実施例3)
本実施例は、実施例1の電子放出素子の酸化物層4(酸化モリブデン層)中にLaを含む例である。
【0137】
本実施例の電子放出素子は、実施例1の電子放出素子の作製工程中、図3(g)に示す工程で、酸化モリブデンとランタンを含むターゲットを用意し、スパッタ法によって、酸化物層4を6nm形成した。それ以外の工程は実施例1と同様に作製する。作製した電子放出素子をXPSで分析した結果、酸化物層4中のLaの原子濃度は10%であり、ランタンおよびランタンの酸化物が検出された。そして、酸化物層4にはMoOが含まれていた。
【0138】
本実施例で作製した電子放出素子を実施例1と同様にして測定したところ、実施例1に比べ、電子放出を開始する電圧が下がった。
【0139】
また、平らな基板の上に形成したモリブデン層の上に、本実施例と同様の製造方法で、Laを含む酸化モリブデン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルを別途作製した。比較のために、実施例1と同様の製造方法で、Laを含まない酸化モリブデン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルも別途作製した。その結果、Laを含む酸化モリブデン層を備えるサンプルの方が、厚さ方向の抵抗が1桁以上低かった。従って酸化モリブデン層4中にLaを含むことにより、電子放出素子の抵抗が低くなり、電子放出開始電圧が下がったと考えられる。
【0140】
(実施例4)
本実施例は、実施例2の電子放出素子の酸化物層4(酸化タングステン層)中にLaを含む例である。
【0141】
本実施例の電子放出素子は、実施例2の電子放出素子の作製工程中、図3(g)に示す工程で、酸化タングステンとランタンを含むターゲットを用意し、スパッタ法によって、酸化物層4を6nm形成した。それ以外の工程は実施例2と同様に作製する。作製した電子放出素子をXPSで分析した結果、酸化物層4中のLaの原子濃度は10%であり、酸化物層4中にランタンおよびランタンの酸化物が検出された。そして、酸化物層4にはWOが含まれていた。
【0142】
本実施例で作製した電子放出素子を実施例2と同様にして測定したところ、実施例2に比べ、電子放出を開始する電圧が下がった。
【0143】
また、平らな基板の上に形成したタングステン層の上に、本実施例と同様の製造方法で、Laを含む酸化タングステン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルを別途作製した。比較のために、実施例2と同様の製造方法で、Laを含まない酸化タングステン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルも別途作製した。その結果、Laを含む酸化タングステン層を備えるサンプルの方が、厚さ方向の抵抗が1桁以上低かった。従って酸化物層4中にLaを含むことにより、電子放出素子の抵抗が低くなり、電子放出開始電圧が下がったと考えられる。
【0144】
(実施例5)
本実施例では、実施例3の電子放出素子のLaBの多結晶層5上に酸化ランタン層6を形成した例を示す。
【0145】
LaB多結晶層5を成膜するところまでの工程(図3(h)までの工程)は、実施例3と同様である。次に、スパッタ法で、LaBの多結晶層5上にLaを厚さ3nm程度形成し、本実施例の電子放出素子を作製した。
【0146】
本実施例で作製した電子放出素子を、実施例3と同様と同様にして測定したところ、電流変動値の平均値が実施例3の0.7倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、素子間のばらつき(分散)が実施例3の0.7倍となった。
【0147】
このようにLaB多結晶層5上に酸化ランタン層6を設けることで、より電流変動が少なくかつ素子間のばらつきの少ない安定して動作する電子放出素子を作製することができる。また、本実施例と同様に、実施例1、2、4の電子放出素子のLaB多結晶層5上に酸化ランタン層6を成膜したところ、酸化ランタン層6を備えない電子放出素子に比べて本実施例と同様に優れた安定性を示すことが分かった。
【0148】
(実施例6)
本実施例では、図5に示すような電子放出素子を作製した例を示す。基板1上に絶縁層7a、7bの材料としてそれぞれ窒化シリコンと酸化シリコンを積層し、さらにその上にゲート電極8の材料であるタングステンを積層した。これをフォトリソグラフィとドライエッチングを併用して図5(b)に示すような第1絶縁層7aおよびゲート電極8の形状を形成した。このとき、第1絶縁層7aの側面171は斜面を形成するようにした。続いて、上記酸化シリコンを選択的にウェットエッチングして、第2絶縁層7bおよび凹部7cを形成した。
【0149】
次に、モリブデンをスパッタ法によって第1絶縁層7aの側面171上に成膜した。同時に凹部7cの入り口付近にモリブデンが入り込んで、凹部7c内に位置する絶縁層7aの上面172からゲート電極8aの方向に向かって突出する突起を備えた構造体3を得た。また、ゲート電極8a上にはモリブデンからなるゲート電極8bも同時に形成された。
【0150】
その後、実施例1と同様に、酸化モリブデンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に酸化物層4として、酸化モリブデン層を形成した。さらに、実施例1と同様の条件で酸化モリブデン層の上に硼化ランタンの多結晶層5を形成した。
【0151】
なお、本実施例では、基板上に図5(c)のY方向において、短冊状の電子放出体9を3μm周期で形成することにより、200個の電子放出体9を形成した。最後に、ニオブからなるカソード電極2をそれぞれの電子放出体9に対して共通に接続するように設けた。
【0152】
カソード電極2とゲート電極8の間に、ゲート電極8が高電位になるように電圧を印加したところ、良好な電子放出特性が得られた。また、実施例1に比べて、電子放出が確認された電圧は、本実施例の方が小さかった。
【0153】
また、実施例3と同様に、酸化モリブデン層を形成するときに、ランタンを含む酸化モリブデンのターゲットを用いたところ、ランタンを含まないターゲットを用いた場合に比べて、より低い電圧で電子放出が確認された。
【0154】
また、実施例5と同様に、硼化ランタンの多結晶層5の上に酸化ランタン層をスパッタ法で設けたところ、長期間に渡って安定した電子放出特性が得られた。
【0155】
(実施例7)
本実施例では、実施例3の電子放出素子を用いて図8に示す画像表示装置を作製した例を示す。画像表示装置は、画素が水平方向に1920個、垂直方向に1080個である、対角50インチのフラットパネルディスプレイである。
【0156】
上述の実施例3の電子放出素子を図7に示す様に、電子放出素子をカソード基板上に多数、形成して電子源32を得る。そして電子源32を背面板として用意する。一方、多数の蛍光体が配列された発光層25と発光層25上のアノード電極21とを有する前面板31を用意する。そして前面板31と背面板32との間隔が2mmとなるように支持枠27を間に配置して、支持枠27を前面板31と背面板32とに気密に接合する封着工程を行う。封着工程は真空中で行うことができる。この工程により内部が真空に維持された表示パネル100を形成することができる(図8)。
【0157】
以上のようにして作製した表示パネルに図9に示す駆動回路110などを接続して画像表示装置が形成される。所望の電子放出素子を選択し、パルス電圧を印加することで画像を表示させたところ、輝度の変動が少ない明るい良好な画像を長時間に渡り表示することができた。
【0158】
なお、実施例3の電子放出素子に代えて実施例5の電子放出素子を用いると、本実施例の画像表示装置よりも長時間に渡って輝度の変動が少ない画像表示装置を得ることができた。
【0159】
また、実施例6の電子放出素子を用いた画像表示装置を作製したところ、良好な画像表示装置を得ることができた。
【符号の説明】
【0160】
1 基板
2 カソード電極
3 構造体
4 酸化物層
5 硼化ランタン層
6 酸化ランタン層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性部材と、該導電性部材の上に設けられた硼化ランタン層と、を少なくとも備える電子放出体を有し、該電子放出体の表面から電子を電界放出する電子放出素子であって、
前記導電性部材と前記硼化ランタン層との間に酸化物層が設けられていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
導電性部材と、該導電性部材の上に設けられた硼化ランタン層と、を少なくとも備える電子放出素子であって、
前記導電性部材と前記硼化ランタン層との間に酸化物層が設けられ、該酸化物層がランタン元素を含むことを特徴とする電子放出素子。
【請求項3】
導電性部材と、該導電性部材の上に設けられた硼化ランタン層と、を少なくとも備える電子放出素子であって、
前記導電性部材と前記硼化ランタン層との間に酸化物層が設けられ、前記硼化ランタン層の上に、酸化ランタン層が設けられていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項4】
前記酸化物層がランタン元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記硼化ランタン層の上に酸化ランタン層が設けられていることを特徴とする請求項1、2または4に記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記酸化ランタン層が、三酸化二ランタンから構成されることを特徴とする請求項3または5に記載の電子放出素子。
【請求項7】
前記硼化ランタン層が、硼化ランタンの多結晶層であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電子放出素子。
【請求項8】
前記導電性部材はモリブデンまたはタングステンから構成されることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の電子放出素子。
【請求項9】
前記導電性部材はモリブデンから構成され、前記酸化物層はモリブデンの酸化物とランタンの酸化物を含むことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の電子放出素子。
【請求項10】
前記導電性部材はタングステンから構成され、前記酸化物層はタングステンの酸化物とランタンの酸化物を含むことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の電子放出素子。
【請求項11】
上面および該上面に連続する側面とを有する絶縁層と、前記絶縁層の上に設けられたゲート電極と、をさらに備える請求項1乃至10のいずれか1項に記載の電子放出素子であって、前記導電性部材が前記上面と前記側面とに渡って設けられていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項12】
複数の電子放出素子と、該複数の電子放出素子の各々から放出された電子が照射されることで発光する発光体と、を備える表示パネルであって、前記複数の電子放出素子の各々が請求項1乃至11のいずれか1項に記載の電子放出素子であることを特徴とする表示パネル。
【請求項13】
表示パネルと、該表示パネルを駆動するための駆動回路と、を備える画像表示装置であって、前記表示パネルが請求項12に記載の表示パネルであることを特徴とする画像表示装置。
【請求項14】
情報信号が入力される情報処理回路と、前記情報信号に含まれる情報を表示する表示パネルと、を備える情報表示装置であって、前記表示パネルが請求項12に記載の表示パネルであることを特徴とする情報表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−157490(P2010−157490A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−233503(P2009−233503)
【出願日】平成21年10月7日(2009.10.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】