説明

電子鍵盤楽器の楽音発生装置

【課題】 屋根が開放されている状態、および閉鎖されている状態のいずれにおいても、最適な音響特性を得ることができる電子鍵盤楽器の楽音発生装置を提供する。
【解決手段】 複数の鍵5と、楽器本体3の開口部を有するケース4に設けられ、開口部を開閉する屋根10と、屋根10および屋根10の付近の少なくとも一方に配置され、楽音信号を再生し、楽音として放射するスピーカ12L,12Rと、複数の鍵5の押鍵情報を検出する押鍵情報検出手段20と、屋根10の開閉度合を検出する開閉度合検出手段17と、検出された屋根10の開閉度合に応じて音響特性を設定する音響特性設定手段22と、鍵5の押鍵情報および設定された音響特性に応じて、楽音信号を生成する楽音信号生成手段33と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、楽音信号を再生するスピーカと、開閉自在の屋根を有する電子鍵盤楽器の楽音発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のこの種の電子ピアノの楽音発生装置として、例えば特許文献1に開示されたものが知られている。図13に示すように、この電子ピアノ71は、アップライト型のものであり、そのピアノ本体72は、ケース73と、このケース73内に配置された複数の鍵74などで構成されている。ケース73は、左右の親板75,75と、親板75,75間の前面上半部を覆う上前板76と、親板75,75間の前面下半部を覆う下前板77と、親板75,75間の上面を水平に覆うための屋根78などを備えている。上前板76の上端部には、メッシュ鋼板80が、左右方向に延びるように設けられている。
【0003】
屋根78は、左右の端部において親板75,75に固定された屋根後78bと、その前端部に回動自在に連結された屋根前78aで構成されている。屋根前78aの裏面の左右の所定位置には、アンプスピーカ79,79がそれぞれ取り付けられている。
【0004】
同図に示すように、アンプスピーカ79は、屋根前78aが開放された状態では、ケース73外に露出し、アンプスピーカ79からの楽音が演奏者に向かって直接、放射される。一方、屋根前78aが閉鎖された状態では、アンプスピーカ79はケース73内に収容され、アンプスピーカ79からの楽音が、メッシュ鋼板80を介して演奏者に放射される。
【0005】
複数の鍵74のそれぞれには、これらの鍵74の押鍵情報を検出するための押鍵センサ(図示せず)が設けられている。押鍵センサは、押鍵情報に応じた電気信号を音源装置(図示せず)に出力する。音源装置は、押鍵センサで検出された押鍵情報に応じた音色および音高に対応する楽音信号を生成し、アンプスピーカ79に出力する。アンプスピーカ79は、音源装置から出力された楽音信号を増幅した後、再生し、楽音として放射する。
【0006】
以上のように、上述した従来の電子ピアノ71の楽音発生装置では、アンプスピーカ79がケース73内に収容されているか否かにかかわらず、アンプスピーカ79に出力される楽音信号は、鍵74の押鍵情報にのみ応じて生成される。このため、アンプスピーカ79がケース73内に収容されている場合と、収容されていない場合の少なくとも一方において、最適な音響特性が得られないという問題がある。例えば、屋根前78aが開放された状態において最適な音響特性が得られるように楽音信号が生成される場合には、屋根前78aの閉鎖状態において、アンプスピーカ79からの楽音がケースを介して演奏者に到達するため、こもりのある楽音になってしまう。これとは逆に、屋根前78aが閉鎖された状態において最適な音響特性が得られるように楽音信号が生成される場合には、屋根前78aの開放状態において、アンプスピーカ79からの楽音が直接、演奏者に到達するため、楽音の音量が大きくなりすぎてしまう。
【0007】
この問題は、例えば、屋根をケースの低音側に回動自在に取り付けたグランド型の電子ピアノにおいて、特に顕著になる。すなわち、このような電子ピアノでは、屋根を開放したときに、それにより開放される低音側の開放空間が高音側の開放空間よりも小さくなるため、低音側のアンプスピーカからの楽音が放射されにくくなり、左右間の音響バランスが崩れる結果、演奏者に違和感を与えるおそれがある。
【0008】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、屋根が開放されている状態、および閉鎖されている状態のいずれにおいても、最適な音響特性を得ることができる電子鍵盤楽器の楽音発生装置に関する。
【0009】
【特許文献1】特開2000−132169号公報(図16)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的を達成するために、請求項1に係る電子鍵盤楽器の楽音発生装置は、複数の鍵と、楽器本体の開口部を有するケースに設けられ、開口部を開閉する屋根と、屋根および屋根の付近の少なくとも一方に配置され、楽音信号を再生し、楽音として放射するスピーカと、複数の鍵の押鍵情報を検出する押鍵情報検出手段と、屋根の開閉度合を検出する開閉度合検出手段と、検出された屋根の開閉度合に応じて音響特性を設定する音響特性設定手段と、鍵の押鍵情報および設定された音響特性に応じて、楽音信号を生成する楽音信号生成手段と、を備えることを特徴とする。
【0011】
この電子鍵盤楽器の楽音発生装置によれば、楽器本体のケースに、その開口部を開閉する屋根が設けられており、屋根および屋根の付近の少なくとも一方に、楽音信号を再生するスピーカが配置されている。このため、屋根の開閉度合が音響特性に影響を及ぼす。本発明では、開閉度合検出手段によって、屋根の開閉度合を検出するとともに、音響特性設定手段は、検出された屋根の開閉度合に応じて音響特性を設定する。そして、楽音信号生成手段は、このように設定された音響特性と鍵の押鍵情報に応じて、楽音信号を生成する。以上のように、スピーカで再生される楽音信号は、検出された鍵の押鍵情報だけでなく、屋根の実際の開閉度合に応じて設定された音響特性に応じて、生成される。したがって、音響特性を、屋根の開閉度合に応じた最適な特性が得られるようにあらかじめ設定することによって、屋根が開放されている状態、および閉鎖されている状態のいずれにおいても、最適な音響特性を得ることができる。
【0012】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、音響特性は、音量および周波数特性の少なくとも1つであることを特徴とする。
【0013】
屋根の開閉度合が小さくなるほど、屋根により開放される開放空間が小さくなるため、楽音が演奏者に到達しにくくなりその音量が小さくなるとともに、指向性の高い中高音域成分が不足がちになり、音質にも影響を及ぼす。したがって、この構成によれば、屋根の開閉度合に応じ、音響特性として音量および/または周波数特性を設定することによって、屋根の開閉度合に応じた最適な音量や音質を得ることができる。
【0014】
請求項3に係る発明は、請求項1または2に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、スピーカは、複数のスピーカで構成され、音響特性設定手段は、複数のスピーカで再生される楽音信号ごとに、音響特性を設定することを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、複数のスピーカでそれぞれ再生される楽音信号ごとに、屋根の開閉度合に応じて音響特性をきめ細かく設定できるので、良好な音響特性のバランスを得ることができる。
【0016】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、複数のスピーカは、左右のスピーカを含み、屋根は、ケースの左右の端部の一方に回動自在に取り付けられていることを特徴とする。
【0017】
この構成によれば、屋根を開放したときに、屋根を取り付けた一方の端部側の開放空間が他方の端部側の開放空間よりも小さくなる。このため、左右のスピーカのうち、一方の端部側のスピーカからの楽音が、他方の端部側のスピーカからの楽音よりも演奏者に到達しにくい。したがって、例えば一方の端部側のスピーカで再生される楽音信号のレベルを、他方の端部側のスピーカのそれよりも大きくすることによって、左右間の音量バランスを良好に保つことができる。
【0018】
請求項5に係る発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、楽音の音色として、所定の複数の音色から1つの音色を選択するための音色選択手段をさらに備え、音響特性設定手段は、選択された音色に応じて音響特性を設定することを特徴とする。
【0019】
この構成によれば、音響特性設定手段は、音色選択手段によって所定の複数の音色から選択された音色に応じて、音響特性を設定する。一般に、楽音の周波数成分は音色ごとに異なる。例えば、オルガン音には、ピアノ音と比べて中高音域成分があまり含まれない。したがって、屋根の開閉度合に応じ、音色ごとに音響特性をあらかじめ設定することによって、設定された音色に応じた最適な音響特性を得ることができる。
【0020】
請求項6に係る発明は、請求項1ないし5のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、開閉度合検出手段は、屋根の開閉度合を段階的に検出するスイッチであることを特徴とする。
【0021】
この構成によれば、屋根の開閉度合をスイッチによって段階的に検出するので、そのように検出された屋根の開閉度合に応じて、音響特性を段階的に設定することができる。
【0022】
請求項7に係る発明は、請求項1ないし5のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、開閉度合検出手段は、屋根の開閉度合を連続的に検出するセンサであることを特徴とする。
【0023】
この構成によれば、屋根の開閉度合をセンサによって連続的に検出するので、そのように検出された屋根の開閉度合に応じて、音響特性を連続的にきめ細かく設定することができる。
【0024】
請求項8に係る発明は、請求項1ないし7のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置において、ケースの前面に、スピーカから放射された楽音を放音するための孔が設けられていることを特徴とする。
【0025】
この構成によれば、スピーカから放射された楽音の一部が、ケースの前面に設けられた孔を通り演奏者に向かって放音されるので、屋根を閉鎖した状態における楽音のこもりや音量不足を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態を、詳細に説明する。図1は、本発明の第1実施形態による楽音発生装置1を適用したアップライト型の電子ピアノ2(電子鍵盤楽器)を示している。なお、以下の説明では、電子ピアノ2を演奏者から見た場合の手前側を「前」、奥側を「後」とし、さらに鍵の並び方向を「左右方向」として、説明を行うものとする。同図に示すように、この電子ピアノ2のピアノ本体3(楽器本体)は、ケース4と、このケース4に配置された複数の鍵5からなる鍵盤KBおよび操作パネル6(図2参照)などで構成されている。ケース4は、左右の親板7,7と、親板7,7間の前面上半部を覆う上前板8と、親板7,7間の前面下半部を覆う下前板9と、親板7,7間の上面を開閉する屋根10などを備えている。
【0027】
上前板8の裏面には、左右のスピーカボックス11L,11Rが取り付けられている。これらのスピーカボックス11L,11Rにはそれぞれ、中高音域再生用のスピーカ(以下「中高音用スピーカ」という)12L,12Rが、それらの放音面が上方を向くように収容されている。また、上前板8には、中高音用スピーカ12L,12Rに対応する位置に、楽音を放音するための孔13,13がそれぞれ形成されている。
【0028】
一方、下前板9の裏面には、低音域再生用の左右のスピーカ(以下「低音用スピーカ」という)14L,14Rが、それらの放音面が前面を向くように取り付けられている。また、下前板9には、低音用スピーカ14L,14Rに対応する位置に、楽音を放音するための孔15,15がそれぞれ形成されている。
【0029】
屋根10は、左右方向に延びる長方形状のものであり、低音側(図1の左側)の親板7に、前後2つの蝶番(図示せず)を介して回動自在に取り付けられている。屋根10の高音側(図1の右側)の所定の位置には、左右2つの屋根突揚棒受(図示せず)が設けられている。一方、高音側の親板7の内側面には、屋根突揚棒16が、その一端部において回動自在に取り付けられている。
【0030】
以上の構成により、屋根10は低音側の蝶番を中心として回動することにより開閉される。そして、屋根10を開放した状態で、屋根突揚棒16を持ち上げて回動させ、その先端部を屋根10の左右の屋根突揚棒受の1つに係合させることにより、屋根10が所定の開放角度で開放状態に保持される(図1参照)。具体的には、屋根10は、屋根突揚棒16が右側の屋根突揚棒受に係合しているときに、第1の開放角度に保持され、半開状態になり、左側の屋根突揚棒受に係合しているときに、最大の第2の開放角度に保持され、全開状態になる。また、屋根突揚棒16が折りたたまれ、左右の屋根突揚棒受のいずれにも係合していないときには、屋根10は、ケース4の上面に当接し、閉鎖状態になる。このように、屋根10が全開状態または半開状態のときには、中高音用スピーカ12L,12Rの放音面は屋根10の開放度合に応じて開放され、屋根10が閉鎖状態のときには、この放音面は閉鎖される。
【0031】
鍵5は、白鍵5aと黒鍵5bで構成されており、各鍵5には、その押鍵および離鍵に連動して開閉するキースイッチ(図示せず)が設けられている。操作パネル6には、電源スイッチおよび音色選択スイッチ(いずれも図示せず)などが設けられている。音色選択スイッチ(音色選択手段)は、ピアノ音やオルガン音などを含む所定の複数の音色から1つの音色を選択するためのものである。
【0032】
図2に示すように、楽音発生装置1は、屋根開度スイッチ17、鍵盤スキャン回路20、パネルスキャン回路21、CPU22、ROM23、RAM24、音源回路25、デジタルシグナルプロセッサ(以下「DSP」という)27、D/A変換器28、およびパワーアンプ29L,29Rで構成されている。
【0033】
鍵盤スキャン回路20(押鍵情報検出手段)は、キースイッチのオン/オフ状態を検出し、キースイッチのオン/オフ情報、オンまたはオフされた鍵5を特定するキーナンバ情報、およびオンされた鍵5のベロシティを表すタッチデータを、鍵5の押鍵情報データとしてCPU22に出力する。
【0034】
パネルスキャン回路21は、操作パネル6に設けられた各種スイッチの設定状態を検出するものであり、検出された各種スイッチの設定状態は、パネルスイッチデータとしてCPU22に出力される。
【0035】
屋根開度スイッチ17(開閉度合検出手段)は、例えばON/OFF式の第1および第2のスイッチで構成されており、それらのON/OFF信号はCPU22に出力される。第1および第2のスイッチは、屋根10が閉鎖状態のときには、いずれもOFFされ、半開状態のときには、第1のスイッチのみがONされ、全開状態のときには、いずれもONされるように構成されている。したがって、これらの第1および第2のスイッチのON/OFF信号の組み合わせによって、屋根10の開閉度合、すなわち屋根10が閉鎖、半開および全開のいずれの状態にあるかを、段階的に検出することができる。
【0036】
ROM23は、CPU22で実行される制御プログラムの他、音量や音色を制御するための制御用の固定データなどを記憶している。また、RAM24は、電子ピアノ2の動作状態を表すステータス情報などを一時的に記憶するとともに、CPU22の作業領域としても使用される。
【0037】
音源回路25は、CPU22からの制御信号に従って、楽音波形データおよびエンベロープデータを波形メモリ26から読み出し、この読み出した楽音波形データにエンベロープデータを付加することによって、原音となる楽音信号S1を生成する。
【0038】
DSP27は、音源回路25によって生成された楽音信号S1に対して所定の音響効果を付加するためのものであり、図3に示すように、リバーブ回路30、エフェクト回路31、加算器32および音響特性補正回路33で構成されている。
【0039】
リバーブ回路30は、所定の残響パターンに応じて、楽音信号S1から遅延時間の異なる複数の楽音信号を生成し、加算器32に出力する。エフェクト回路31は、楽音信号S1の音程や音質を変調するとともに、変調した楽音信号を遅延し、加算器32に出力する。加算器32は、音源回路25から出力された楽音信号S1と、リバーブ回路30およびエフェクト回路31で生成された楽音信号とを加算する。これにより、楽音信号S1に残響効果やコーラス効果などのエフェクト効果を付加した楽音信号S2が生成され、この楽音信号S2は、LおよびRチャンネル用の楽音信号SL,SRに分岐され、音響特性補正回路33に出力される。
【0040】
音響特性補正回路33(楽音信号生成手段)は、楽音信号SLを補正するLチャンネル用の音量補正回路34L、パンニング補正回路35Lおよび周波数特性補正回路36Lと、楽音信号SRを補正するRチャンネル用の音量補正回路34R、パンニング補正回路35Rおよび周波数特性補正回路36Rによって構成されている。
【0041】
音量補正回路34L,34Rは、楽音信号S2全体の音量を調整するためのものであり、CPU22からの音量係数VL,VRにそれぞれ従って、楽音信号SL,SRを互いに同じレベルに補正する。
【0042】
パンニング補正回路35L,35Rは、L,Rチャンネル間の音量バランスを調整するためのものであり、CPU22からのパンニング係数PL,PRにそれぞれ従って、楽音信号SL,SRのレベルを互いに独立して補正する。
【0043】
周波数特性補正回路36L,36Rは、音質を調整するためのものであり、CPU22からの周波数特性係数FL,FRに従って、楽音信号SL,SRの中高音域のレベルを補正する。
【0044】
D/A変換器28は、DSP27から出力された楽音信号S3を、デジタル信号からアナログ信号に変換した後、楽音信号SL’,SR’を生成し、パワーアンプ29L,29Rに出力する。LおよびRチャンネル用のパワーアンプ29L,29Rはそれぞれ、楽音信号SL’,SR’を所定の利得で増幅するとともに、LおよびRチャンネルにそれぞれ対応する中高音用および低音用の楽音信号SLH,SLL,SRH,SRLを生成する。生成された楽音信号SLH,SLL,SRH,SRLはそれぞれ、対応する左右の中高音・低音用スピーカ12L,14L,12R,14Rでそれぞれ再生され、楽音として放射される。
【0045】
CPU22(音響特性設定手段)は、電子ピアノ2の各部の動作を統括的に制御するためのものである。CPU22は、鍵盤スキャン回路20からの押鍵情報データおよびパネルスキャン回路21からのパネルスイッチデータに応じて、楽音信号S1を生成するための制御信号を生成し、音源回路25に出力する。また、CPU22は、屋根開度スイッチ17からの検出信号などに応じ、ROM23に記憶された制御プログラムなどに従って、音響特性を制御するための音響特性パラメータとして、音量係数VL,VR、パンニング係数PL,PRおよび周波数特性係数FL,FRを設定し、DSP27の音響特性補正回路33に出力する。
【0046】
図4は、CPU22で実行される上記の音響特性パラメータの設定処理を示すフローチャートである。本処理では、まず、ステップ1(「S1」と図示。以下同じ)において、屋根開度スイッチ17で検出された屋根10の開閉度合に応じ、図5に示すテーブルを検索することによって、音量係数VL,VRを決定する。このテーブルでは、音量係数VL,VRは、互いに同じ値に設定されており、屋根10が全開状態のときに1.0に、半開状態のときに1.5に、閉鎖状態のときに2.0に、それぞれ設定されている。これは、屋根10により開放される空間(以下「開放空間」という)の大きさが屋根10の開閉度合に応じて異なり、開閉度合が小さいほど、この開放空間を通って演奏者に到達する楽音の音量が小さくなるので、楽音信号SL,SRのレベルの増幅度を高め、それを補正するためである。このような音量補正により、演奏者に到達する楽音の全体音量が補正されるので、屋根10の閉鎖状態などにおける音量不足を生じることなく、屋根10の開閉度合に応じた最適な音量を得ることができる。
【0047】
図4に戻り、前記ステップ1に続くステップ2では、屋根10の開閉度合に応じ、図6に示すテーブルを検索することによって、パンニング係数PL,PRを決定する。このテーブルでは、屋根10が全開および半開状態のときには、Lチャンネル用のパンニング係数PLがそれぞれ1.4および1.2に設定されるのに対し、Rチャンネル用のパンニング係数PRはそれぞれ0.6および0.8に設定されている。これは、屋根10が開放状態にあるときには、左側の中高音用スピーカ12L付近では、開放空間の大きさが右側の中高音用スピーカ12R付近よりも小さく、そのために楽音が放射されにくくなるので、Rチャンネル用の楽音信号SRのレベルを低減し、左右間の音量バランスを良好に保つためである。また、パンニング係数PL、PRの平均値を1.0にすることによって、音量係数VL,VRで補正された楽音の全体音量を維持することができる。また、屋根10が閉鎖状態のときには、パンニング係数PL,PRはともに1.0に設定されている。これは、屋根10が閉鎖状態のときには、左右の中高音用スピーカ12L,12Rはいずれも屋根10によって閉鎖されるので、演奏者に到達する楽音が左右間で同じになるためである。なお、屋根10の閉鎖状態では、楽音の一部が孔13,13を通って演奏者に到達するため、楽音のこもりを抑制することができる。
【0048】
図4に戻り、前記ステップ2に続くステップ3では、屋根10の開閉度合に応じ、図7に示すテーブルを検索することによって、周波数特性係数FL,FRを決定する。この周波数特性係数FL,FRはそれぞれ、FL0〜FL4およびFR0〜FR4の5つの係数で構成されている。これらのFL0〜FL4およびFR0〜FR4の係数の設定の仕方によって、楽音信号SL,SRの周波数のピーク特性やディップ特性、さらには通過または減衰させる周波数帯域を定めるフィルタ特性を自在に設定することができる。図7のテーブルでは、周波数特性係数FL,FRは、屋根10が全開状態のときに全開時用の周波数特性係数FLo,FRoに、半開状態のときに半開時用の周波数特性係数FLh,FRhに、閉鎖状態のときに閉鎖時用の周波数特性係数FLc,FRcに、それぞれ設定されている。
【0049】
図8〜図10は、上記のように設定した周波数特性係数FL,FRによって得られるピアノ音の周波数特性曲線の一例を示している。全開時用の周波数特性係数FLo,FRoが設定された場合には、その周波数成分は、図8に示すように、低中高音域の全域においてフラットに設定される。また、半開時用の周波数特性係数FLh,FRhが設定された場合には、その周波数成分は、図9に示すように、中高音域におけるレベルが全開時のときよりも高く設定され、最大でD1(例えば+3dB)増幅される。さらに、閉鎖時用の周波数特性係数FLc,FRcが設定された場合には、その周波数成分は、図10に示すように、中高音域におけるレベルがさらに高く設定され、全開時のときよりも最大でD2(例えば+6dB)増幅される。これは、屋根10が半開または閉鎖状態のときには、中高音用スピーカ12L,12Rからの楽音が、屋根10の影響で減衰する度合が大きくなり、中高音域成分が演奏者に到達しにくく、不足がちになるので、これを増強するためである。このように楽音信号SL,SRの中高音域のレベルを補正することによって、屋根10の閉鎖状態などにおける中高音域成分の不足を生じることなく、屋根10の開閉度合に応じた最適な音質を得ることができる。
【0050】
なお、周波数特性係数FL,FRは、音色選択スイッチで選択可能な複数の音色ごとに設定されている。例えば、オルガン音用の周波数特性係数FL,FRは、周波数特性曲線におけるD1およびD2のレベルがピアノ音よりもそれぞれ低くなるように設定される。これは、オルガン音は、ピアノ音と比べて中高音域成分をあまり含まないので、中高音域成分をあまり増強する必要性がないためである。このように、音色ごとに周波数特性係数FL,FRを設定することによって、設定された音色に応じた最適な音質を得ることができる。
【0051】
以上のように、本実施形態によれば、中高音・低音用スピーカ12L,12R,14L,14Rで再生される楽音信号SLH,SRH,SLL,SRLの音響特性を、屋根開度スイッチ17で検出された屋根10の実際の開閉度合、すなわち屋根10が全開、半開および閉鎖のいずれの開閉状態にあるかに応じて補正するので、屋根10のいずれの開閉状態においても、最適な音響特性を得ることができる。また、音響特性パラメータとして、音量係数VL,VR、パンニング係数PL,PRおよび周波数特性係数FL,FRを設定し、設定した音響特性パラメータによってLおよびRチャンネル用の楽音信号SL,SRを互いに別個に補正するので、楽音の全体音量、左右の音量バランスおよび周波数特性をきめ細かく設定でき、したがって、最適な音量、音量バランスおよび音質を得ることができる。
【0052】
図11は、本発明の第2実施形態による楽音発生装置40のDSP41を示している。このDSP41では、第1実施形態と異なり、音響特性補正回路33がリバーブ回路30およびエフェクト回路31と並列に接続されている。この音響特性補正回路33は、第1実施形態と同様、LおよびRチャンネル用の音量補正回路34L,34R、パンニング補正回路35L,35Rおよび周波数特性回路36L,36Rで構成されている。
【0053】
この構成では、音源回路25で生成された楽音信号S1は、音響特性補正回路33に出力された後、Lチャンネル用の楽音信号SLとRチャンネル用の楽音信号SRに分岐される。これらの楽音信号SL,SRは、第1実施形態と同様、屋根10の開閉度合に応じて、音量補正回路34L,34Rで全体音量が調整され、パンニング補正回路35L,35RでL,R間の音量バランスが調整された後、さらに周波数特性補正回路36L,36Rで音質が調整される。このように音響特性補正回路33によって補正された楽音信号S1は、加算器32によって、リバーブ回路30およびエフェクト回路31で生成された楽音信号と加算されることにより、所定の残響効果やエフェクト効果が付加され、楽音信号S2として出力される。
【0054】
すなわち、前述した第1実施形態では、音響特性補正回路33がリバーブ回路30およびエフェクト回路31に直列に接続されており、音源回路25からのダイレクト音だけでなく、リバーブ成分やエフェクト成分に対しても音響特性補正回路33による音量、音量バランスおよび音質の補正を行うので、本発明による前述した効果を、リバーブ成分およびエフェクト成分についても得ることができる。これに対して、本実施形態では、音響特性補正回路33がリバーブ回路30およびエフェクト回路31に並列に接続されており、音響特性補正回路33による音量などの補正が、音源回路25からのダイレクト音に対してのみ行われ、リバーブ成分やエフェクト成分に対しては行われないので、より自然な楽音を得ることができる。
【0055】
図12は、本発明の第3実施形態による電子ピアノ51を示している。この電子ピアノ51は、第1実施形態のアップライト型の電子ピアノ2と異なり、グランド型のものである。同図に示すように、この電子ピアノ51のピアノ本体52は、側板54で取り囲まれたケース53と、ケース53内に配置された複数の鍵5や操作パネル(図示せず)などを備えている。また、ケース53には、第1実施形態または第2実施形態の楽音発生装置1,40と同様の楽音発生装置(図示せず)が搭載されている。
【0056】
側板54の低音側端部(図12の左側)には、側板54の上面を開閉する屋根が、蝶番(ともに図示せず)を介して回動自在に取り付けられている。また、図示しないが、第1実施形態と同様、屋根は、全開、半開および閉鎖の3段階で開閉するように構成されており、その開閉度合は屋根開度スイッチによって検出される。
【0057】
ケース53内の前側の左右の端部には、高音域再生用のスピーカ(以下「高音用スピーカ」という)56L,56Rが設けられ、その後方には、側板54付近に、中音域再生用のスピーカ(以下「中音用スピーカ」という)57L,57Rが設けられている。また、ケース53内の中央には、低音域再生用のスピーカ(以下「低音用スピーカ」という)58が設けられている。高音用および中音用スピーカ56L,56R,57L,57Rはいずれも、その放音面が上方を向くように、低音用スピーカ58は、その放音面が下方を向くように、それぞれ取り付けられている。
【0058】
以上の構成においても、音源回路25で生成された楽音信号S1は、残響効果やエフェクト効果が付加された後、あるいは付加される前に、音響特性補正回路33により、検出された屋根の開閉度合に応じて、その音響特性が補正される。具体的には、楽音信号S1は、屋根の開閉度合に応じて、全体音量が調整され、Lチャンネル用の楽音信号SLとRチャンネル用の楽音信号SRの音量バランスが調整された後、さらに周波数成分、特に中高音域成分が補正されることによって、音質が調整される。このようにして生成された楽音信号は、高音用、中音用および低音用の楽音信号に分岐された後、高音用、中音用および低音用スピーカ56L,56R,57L,57R,58にそれぞれ出力される。
【0059】
以上のように、本実施形態においても、屋根の開閉度合に応じて、左右の高音・中音用スピーカ56L,56R,57L,57Rおよび低音用スピーカ58で再生する楽音信号の音響特性を補正するので、第1実施形態または第2実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0060】
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく種々の態様で実施することができる。例えば、第1実施形態では、屋根10が低音側の親板7に回動自在に取り付けられているが、これに限らず、例えば屋根がその後端部において背板に回動自在に取り付けられている場合にも、本発明を適用することができる。この場合、屋根の開閉による音量の不足や音質の変化を補償するために、屋根の開閉度合に応じて音量および周波数特性を補正する一方、屋根の開放空間の大きさは左右間で互いに同じになるので、パンニング補正を省略することができる。また、屋根10は、回動式のものに限らず、スライド式のものでもよい。また、屋根が連続的な角度で開閉されるように構成されている場合には、屋根の開閉度合(角度)を、屋根開度センサによって連続的に検出するとともに、検出された屋根の開閉度合に応じて、音響特性を連続的に設定してもよく、それにより、屋根の開閉度合に応じた最適な音量および音質をきめ細かく得ることができる。また、第1実施形態では、中高音用スピーカ12L,12Rを、それらの放音面が上方を向くように上前板8に取り付けているが、これに限らず、例えば中高音用スピーカが屋根に直接、取り付けられている場合にも、本発明を適用することが可能である。
【0061】
さらに、本実施形態では、検出された屋根10の開閉度合に応じて音響特性を自動的に補正しているが、そのような自動補正を解除するための手動スイッチを設け、屋根の開閉度合にかかわらず、演奏者の好みに応じた音響特性が得られるようにしてもよい。さらには、本実施形態は、本発明を電子ピアノに適用した例であるが、これに限らず、本発明をシンセサイザなどの他のタイプの電子楽器に適用してもよいことは、もちろんである。その他、本発明の趣旨の範囲内で、細部を適宜、変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の第1実施形態による電子ピアノの斜視図である。
【図2】図1の楽音発生装置の一部を示す図である。
【図3】図2のDSPのブロック図である。
【図4】図2のCPUで実行される制御処理を示すフローチャートである。
【図5】図4の処理で用いられる音量係数のテーブルの一例を示す図である。
【図6】図4の処理で用いられるパンニング係数のテーブルの一例を示す図である。
【図7】図4の処理で用いられる周波数特性係数のテーブルの一例を示す図である。
【図8】屋根の全開状態における周波数特性曲線である。
【図9】屋根の半開状態における周波数特性曲線である。
【図10】屋根の閉鎖状態における周波数特性曲線である。
【図11】本発明の第2実施形態によるDSPのブロック図である。
【図12】本発明の第3実施形態による電子ピアノの平面図である。
【図13】従来の電子ピアノの斜視図である。
【符号の説明】
【0063】
1 楽音発生装置
2 電子ピアノ(鍵盤楽器)
3 ピアノ本体(楽器本体)
4 ケース
5 鍵
6 操作パネル(音色選択手段)
10 屋根
12L 中高音用スピーカ
12R 中高音用スピーカ
13 孔
17 屋根開度スイッチ(開閉度合検出手段)
22 CPU(音響特性設定手段)
33 音響特性補正回路(楽音信号生成手段)
40 楽音発生装置
41 DSP
51 電子ピアノ(鍵盤楽器)
52 ピアノ本体(楽器本体)
53 ケース
56L 高音用スピーカ
56R 高音用スピーカ
57L 中音用スピーカ
57R 中音用スピーカ
VL 音量係数
VR 音量係数
PL パンニング係数
PR パンニング係数
FL 周波数特性係数
FR 周波数特性係数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鍵と、
楽器本体の開口部を有するケースに設けられ、前記開口部を開閉する屋根と、
当該屋根および当該屋根の付近の少なくとも一方に配置され、楽音信号を再生し、楽音として放射するスピーカと、
前記複数の鍵の押鍵情報を検出する押鍵情報検出手段と、
前記屋根の開閉度合を検出する開閉度合検出手段と、
当該検出された前記屋根の開閉度合に応じて音響特性を設定する音響特性設定手段と、
前記検出された前記鍵の押鍵情報および前記設定された音響特性に応じて、前記楽音信号を生成する楽音信号生成手段と、
を備えることを特徴とする電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項2】
前記音響特性は、音量および周波数特性の少なくとも1つであることを特徴とする、請求項1に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項3】
前記スピーカは、複数のスピーカで構成され、
前記音響特性設定手段は、前記複数のスピーカで再生される楽音信号ごとに、前記音響特性を設定することを特徴とする、請求項1または2に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項4】
前記複数のスピーカは、左右のスピーカを含み、
前記屋根は、前記ケースの左右の端部の一方に回動自在に取り付けられていることを特徴とする、請求項3に記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項5】
前記楽音の音色として、所定の複数の音色から1つの音色を選択するための音色選択手段をさらに備え、
前記音響特性設定手段は、前記選択された音色に応じて前記音響特性を設定することを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項6】
前記開閉度合検出手段は、前記屋根の開閉度合を段階的に検出するスイッチであることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項7】
前記開閉度合検出手段は、前記屋根の開閉度合を連続的に検出するセンサであることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。
【請求項8】
前記ケースの前面に、前記スピーカから放射された楽音を放音するための孔が設けられていることを特徴とする、請求項1ないし7のいずれかに記載の電子鍵盤楽器の楽音発生装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−3429(P2006−3429A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−177186(P2004−177186)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)
【Fターム(参考)】