説明

電気機器の巻線診断システム

【課題】巻線の良否判定だけではなく、コイル間の絶縁劣化が進行して短絡の危険性が高まった巻線の状態を定量的に診断することができる。
【解決手段】正常状態の巻線に対して、インパルス電圧を印加したときに巻線の両端の電圧を基に、巻線正常時の特徴量の代表点を求め、短絡と絶縁劣化を模擬した状態の巻線に対して、インパルス電圧を印加したときの電圧を基に、短絡時の特徴量と絶縁劣化時の特徴量の代表点を求めて、絶縁劣化時の特徴量の代表点に対して危険度を表す短絡発生確率を定め、巻線絶縁劣化時の短絡発生確率とその時の特徴量の代表点と、巻線正常時の特徴量の代表点を基に、標準偏差を決定しておき、診断対象巻線を診断する診断行程において、診断対象巻線に対してインパルス電圧を印加したときの電圧に基づく診断対象巻線の特徴量と、巻線正常時の特徴量の代表点と標準偏差を用いて確率値を導出し、該確率値から、診断対象巻線が正常か、絶縁劣化が進行しているかを診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工場やビルディング等に設けられた電動機,発電機,変圧器等の電気機器を構成する巻線の状態を診断する電気機器の巻線診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、巻線の良否を診断する手法としては、巻線の両端にインパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧波形が巻線正常時と異常時とで変わることに着目し、ある時間区間でそれらの波形のずれた部分の面積値を求めて良否判定を行うものが提案されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】 株式会社電子制御国際 インパルス巻線試験機DXW−01,05 取扱説明書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記非特許文献1に開示されている手法では、巻線の良否は判定できるが、短絡には至っていないがコイルの絶縁劣化が進行した状態までは診断することはできないという問題点があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ここで本発明は、巻線の良否判定だけではなく、絶縁劣化が進行している巻線に対する危険度を定量的に判断することができる電気機器の巻線診断システムの提供を目的とし、この目的の少なくとも一部を達成するために以下の手段を採った。
本発明の電気機器の巻線診断システムは、
電気機器の巻線に対して所定特性のインパルス電圧を印加するインパルス電圧発生回路と、
前記巻線に対して前記所定特性のインパルス電圧が印加された場合に当該巻線両端の電圧を計測する電圧計測手段と、
診断対象巻線と同特性の正常状態の巻線に対して、前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに当該巻線両端の電圧を基に、巻線正常時の特徴量を抽出し、該特徴量の代表点を求めるとともに、
診断対象巻線と同特性の巻線において、短絡もしくは絶縁劣化を模擬した状態を再現して、それらの巻線に対して、前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに当該巻線の両端の電圧を基に、巻線短絡時もしくは絶縁劣化時の特徴量を抽出し、絶縁劣化時の特徴量の代表点を求めて、該代表点に対して危険度を表す短絡発生確率を定め、各種短絡時の特徴量の分布の軌跡を考慮して、該巻線絶縁劣化時の短絡発生確率とそのときの特徴量の代表点と、前記巻線正常時の特徴量の代表点を基に、特徴量分布上で巻線絶縁劣化時の特徴量と発生する確率が等しくなる点の集合体の標準偏差を決定しておく演算手段と、
前記標準偏差と前記巻線正常時の特徴量の代表点を記憶しておく診断情報記憶手段と、
診断対象巻線を診断する診断行程において、診断対象巻線に対して前記インパルス電圧発生回路から前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに前記電圧計測手段で訐測された電圧に基づいて、診断対象巻線の特徴量を抽出し、該診断対象巻線の特徴量と、前記診断情報記憶手段に記憶させておいた巻線正常時の特徴量の代表点と標準偏差を用いて確率値を導出し、該確率値から、診断対象巻線が正常か、絶縁劣化が進行しているかを診断する診断手段と、を備えたことを要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の電気機器の巻線診断システムでは、巻線の良否判定だけではなく、コイル間の絶縁劣化が進行して短絡の危険性が高まった巻線の状態を定量的に診断することができる。これにより、従来手法では分からなかった絶縁劣化が進行している巻線に対する危険度を定量的に判断することができるようになり、巻線を有する電気機器の保守・メンテナンスに関して大きく貢献することができる。
【0007】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、前記インパルス電圧発生回路と前記巻線から構成される回路の等価回路定数の抵抗をR、インダクタンスをL、キャパシタンスをCとしたとき、その乗算値であるLCとRCを、前記巻線の特徴量とすることもできる。
【0008】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、絶縁劣化を抵抗のみでモデル化し、巻線間に抵抗を挿入することで、前記絶縁劣化を模擬した状態の巻線とすることもできる。
【0009】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、巻線で短絡ターン数を増加させていったときに、巻線の短絡状態毎から得られる特徴量の分布の軌跡を楕円もしくは円として見なし、絶縁劣化状態にあるときの特徴量の代表点と等確率となる点の集合が上記楕円もしくは円の軌跡と相似関係となるように、絶縁劣化状態にあるときの特徴量の代表点とその代表点に対して設定した短絡発生確率、ならびに巻線が正常のときの特徴量の代表点から、各特徴量の前記標準偏差を求めることもできる。
【0010】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、特徴量分布上に、診断対象とする巻線から得られた特徴量の点と、等確率楕円体を一緒に表示させることで、絶縁劣化の過程を視覚的に表示させることもできる。
【0011】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、ある時間区間の電圧値を用いて前記特徴量LCおよびRCを求める際に、この時間区間を電圧波形の1周期以上とすることもできる。
【0012】
また、本発明の電気機器の巻線診断システムにおいて、前記インパルス電圧を印加したときに巻線両端で観測される電圧に対してサンプリングする際に、波形に特徴のある点(例えば、電圧値が最大もしくは最小を取る点)などをサンプリング開始の基準とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】 サンプリングした電圧値を基に求めた特徴量LCおよびRCの値を2次元にプロットしたときの特徴量LCとRCの分布図である。
【図2】 絶縁が正常な状態の巻線のイメージ図である。
【図3】 短絡した状態の巻線のイメージ図である。
【図4】 絶縁強度を一種の抵抗と見なし、巻線の絶縁を抵抗Rによりモデル化したイメージ図である。
【図5】 巻線の絶縁劣化進行時の特徴量LCおよびRCの分布図である。
【図6】 実施例における巻線の絶縁劣化進行時の特徴量LCおよびRCの分布図である。
【図7】 診断対象巻線から得られたD点と等確率楕円面とを表示させた図である。
【図8】 電気機器の巻線診断システム1の構成を示したブロック系統図である。
【図9】 巻線に対してインパルス電圧を印加した場合の巻線の両端に観測される電圧波形図である。
【図10】 インパルス発生回路の変形例を示した回路図である。
【図11】 等確率楕円面と診断時の特徴量のD点とを表示させた図である。
【図12】 正常時と1ターン短絡から6ターン短絡までの特徴量分布図である。
【図13】 各短絡時の特徴量を通る楕円の図である。
【図14】 楕円Sと楕円Aの軌跡の図である。
【図15】 楕円Sと等確率楕円面の軌跡の図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず先に、本発明の理論を説明する。
インパルス電圧発生回路からインパルス電圧を巻線に印加した場合、巻線の両端で観測される電圧をν(n)(但しnはサンプリング数)とする。
いま、この巻線とインパルス電圧発生回路から構成される回路の等価回路定数のレジスタンスをR、インダクタンスをL、キャパシタンスをCとすると、巻線とインパルス電圧発生回路から構成される回路の各等価回路定数の乗算値LCおよびRCは、擬似逆行列を用いて式(1)のように求めることができる。

である。また式(1)おいてTは転置行列を表す。
【0015】
ここでは回路の各等価回路定数の乗算値LCおよびRCを特徴量と見なして、これらの値を用いて巻線の状態診断を行う方法について説明する。
なお、巻線を有する電気機器として電動機を考える。
電動機において、固定子に組み込まれた巻線を診断対象とした場合の本発明の説明を、実際の実験データを用いて行う。
【0016】
[正常時の特徴量分布について]
同じ型番で製造ロットが異なる電動機を3台用意する。
そして、それらの固定子巻線のある端子間の巻線、例えば、V−W間の巻線に対してインパルス電圧を印加した場合には、巻線の両端に、図9に示すような電圧波形が観測される。
この電圧に対してある時間間隔でサンプリングして計測する。
サンプリングした電圧は、図9中で波形上に「●点」で示す。このサンプリングする電圧の時間区間としては、電圧波形の一周期以上とする。
ここではサンプリングする区間が電圧波形の一周期以上となるように、50点をサンプリングする。また、サンプリング開始点は、電圧波形が最小となる点としている。
【0017】
サンプリングした電圧値を基に、式(1)によって求めた特徴量LCおよびRCの値を2次元にプロットする。そのときの結果を図1に示す。
図1は、横軸にLC、縦軸にRCを取る。この図1から分かるように、製造ロットは異なるものの、巻線が正常であれば、そのときの特徴量はほぼ同じ領域にかたまって分布することが確認できる。
【0018】
[1ターン短絡時の特徴量分布について]
次に、上記3台のW相の巻線において、1ターン短絡が発生した場合の特徴量分布も同様に図1に示す。ここで「1ターン短絡」とは、コイルの一巻目と二巻目が短絡した状態のことを指す。
この図1の結果から分かるように、巻線が1ターンでも短絡を起こした場合に得られる特徴量分布は、正常状態のときと同様に、ほぼ同じ領域にかたまって分布することが確認できる。
また、巻線が正常な場合と、1ターンでも短絡が発生した場合とでは、巻線両端の電圧から求められる特徴量LCおよびRCの分布する領域に明らかに違いが見られることも確認できる。
【0019】
[数ターン短絡時の特徴量分布について]
上記3台の電動機のうち1台の電動機のW相において、1ターン短絡から順番に6ターン短絡までの短絡を再現し、巻線状態毎にインパルス試験を実施する。そして、このとき得られた電圧波形から式(1)を基に同定した特徴量LCとRCの特徴量分布を図12に示す。ここでは巻線状態毎にインパルス試験を複数回繰り返し行い、(LC,RC)の組を求める。この結果より、短絡の状態毎に特徴量はかたまって分布することが確認できる。図12の凡例において、「H」は巻線が正常のときを意味し、「1T」は「1ターン短絡」を意味する。
今回の固定子巻線では、短絡ターン数を増加させていったときの各特徴量の分布は図12に示すように移り変わる。即ち、この移り変わりの軌跡は、巻線が正常時の特徴量分布を基準とすると、図13の点線のように楕円を描くと考えることができる。
【0020】
[劣化時の特徴量分布について]
次に、絶縁劣化時のコイルにおいて、そのときの特徴量LCおよびRCについて注目する。
電動機の固定子巻線においてコイル間の絶縁強度が低下していくと、絶縁が正常な状態(図2)から導体同士が完全につながる短絡状態(図3)に至る。
そこで、この絶縁強度を一種の抵抗と見なすことで、コイルの絶縁を抵抗Rによりモデル化することができる。そのイメージ図を図4に示す。
巻線が正常な場合は、Rは非常に大きな値をとるが、巻線が短絡すると、R=0となる。そこで、コイルの絶縁劣化の進行過程を、抵抗Rの値を変えることで模擬する。
【0021】
いま、1台の電動機固定子巻線のW相において、コイルの一巻目と二巻目の間に抵抗Rを挿入した状態でインパルス電圧を印加する。
ここでは抵抗値として、R=0.100,0.050,0.033[Ω]の三種類を用いる。
このとき巻線両端で観測された電圧から求めた特徴量LCおよびRCの値を、図5に示す。
但し図5では、図1に示した3台の巻線正常時の特徴量から代表点を求めておき、その点のみを示している。
図5の結果より、コイル間の絶縁劣化が進むにつれて、特徴量LCおよびRCの分布は、巻線正常時の分布領域から1ターン短絡時の分布領域へと次第に移動していくことが確認できる。
【0022】
そこで、この絶縁劣化が進行する過程を定量化する方法について説明する。
一般に、特徴量LCおよびRCは、正常もしくは劣化進行程度といった巻線の状態に応じて、特徴空間上のある固まった領域に分布することから、巻線正常時に得られる特徴量の代表点を基準として、巻線の絶縁劣化時に得られる特徴量の代表点と同じ発生確率を持つ点の集合体の内側に存在する確率を算出する。
【0023】
[確率の導出]
n次元の特徴量x=(x,x,…,x)の各要素がガウス分布に従うとした場合、そのときの同時確率密度関数p(x)は式(2)で表すことができる。

す。式(2)の指数部分において

とおく。式(3)は楕円体を表し、さらにこの楕円体上のすべての点は

という等確率を持つことを意味する。
【0024】
いま、特徴空間上の点が式(3)で表される等確率楕円体の内側にある確率を考える。

を用いることで、

と変形することができる。さらに新たに変換

を用いてxを置換することで、式(5)は
+z+…+z=l ・・・(7)
と変形することができる。
【0025】
ベクトルzがこの球の内側に存在する確率は、多重積分を用いることにより、次式(8)より求めることができる。

さらに式(8)において、

と置くことで、

と変形することができる。
式(10)のs(r)drは、n次空間の球の半径rからr+drまでの区間の微小体積を表す。
【0026】
例えば、n=2の場合には、式(10)においてs(r)dr=2πrdrと求めることができるから、式(5)で表される楕円の内側に存在する確率Pは、lの関数として以下のように表現することができる。

【0027】
上の例では、n=2の場合の確率値の導出法とそのときの診断法を示したが、多次元の場合であっても式(10)のs(r)drをnの値に応じて変えることで、同様に求めることができる。
n=2の場合には、式(5)は楕円面となるが、n=3の場合には、式(5)は楕円体となる。
【0028】
[確率の定義]
一般に、式(5)で表現される等確率楕円体の内側の確率は、あるクラスの分布を覆う確率を意味する。そのため、巻線正常時に得られる特徴量の代表点とある特徴量との間の距離で決定される等確率楕円体の内側の確率は、正常クラスを覆う確率を意味する。
例えば、診断対象とする巻線から得られる特徴量が正常クラスの代表点に近接する場合には、このときの等確率楕円体は正常クラスを殆ど覆うことができないため、上記楕円体の内側の確率は0%に近づく。
一方、特徴量が正常クラスの代表点から遠く離れた点に位置するならば、等確率楕円体は正常クラスを広く覆うことができ、このときの上記確率は100%に近づくことになる。
このように、等確率楕円体の内側の確率は、代表点を中心とした正常クラスを占める確率であり、この確率を短絡発生確率とすることで、巻線の状態、すなわち短絡が発生したのか、それとも絶縁の劣化が進行中で危険な状態に陥りつつあるのかといった危険度を確率的に表現し、診断することが可能となる。
【0029】
以上説明した本発明の概要を以下に繰り返して述べる。
正常な巻線に対して、インパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧をある時間区間、計測し、その電圧を基に巻線の状態を診断するのに有用な特徴量を抽出するとともに、それらの特徴量の代表点を求めておく。
例えば、同条件下で複数回、インパルス電圧を印加した場合には、複数個の特徴量が得られるが、その場合は複数個の特微量の点から代表点を求める。代表点としては、複数個の特微量の点の平均をとることでそれとしても良い。
【0030】
さらに、上記で使用したものと同じ型番の巻線において、短絡状態を再現し、上記と同条件のインパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧をある時間区間、計測し、上記と同様の特徴量を抽出する。
例えば、同条件下で複数のインパルス電圧を印加した場合には、複数個の特徴量が得られるが、その場合は複数個の特徴量の点から代表点を求めておいても良い。代表点としては、複数個の特徴量の平均をとることでそれとしても良い。
【0031】
次に、上記で使用したものと同じ型番の巻線において、絶縁劣化を模擬した状態を再現し、上記と同条件のインパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧をある時間区間、計測し、上記と同様の特徴量を抽出するとともに、それらの特徴量の代表点を求めておく。
例えば、同条件下で複数のインパルス電圧を印加した場合には、複数個の特徴量が得られるが、その場合は複数個の特微量の点から代表点を求める。代表点としては、複数個の特微量の点の平均をとることでそれとしても良い。そして、この絶縁劣化を模擬した状態の巻線から得られた特徴量の代表点に対して危険度を表す短絡発生確率を定める。
数ターン短絡時の特徴量の分布の軌跡と、絶縁劣化時の特徴量の代表点、いま定めた短絡発生確率、巻線正常時の特徴量の代表点を基に、特徴分布上で等確率となる点の集合体の標準偏差を決定する。
【0032】
対象とする巻線を診断する際には、この巻線に対しても上記と同じ条件でインパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧をある時間区間、計測して、上記と同様の特徴量を抽出する。このとき求まった特徴量と、巻線正常時の特徴量の代表点、標準偏差を用いて確率値を導出し、その確率値から診断対象とする巻線の状態を診断する。
【0033】
次に、本発明を実施するための形態を実施例を用いて説明する。
【実施例1】
【0034】
図8は、電気機器の巻線診断システム1の構成を示したブロック系統図である。
図8に示すように、電気機器の巻線診断システム1において、端子T1,T2には、例えば電動機の巻線を診断対象とする診断対象巻線2Aと、診断対象巻線2Aを診断する場合に必要な診断情報を学習するときに用いられる正常な巻線と短絡や絶縁劣化を模擬した巻線で構成される学習用巻線2Bが接続される。尚、診断対象巻線2Aと学習用巻線2Bは同特性に製作されている。
また、端子T1,T2に接続された診断対象巻線2Aまたは学習用巻線2Bに対して所定特性のインパルス電圧を印加するインパルス電圧発生回路3が設けられている。
【0035】
更に、診断対象巻線2A,学習用巻線2Bにインパルス電圧発生回路3から所定特性のインパルス電圧が印加された場合に、診断対象巻線2A,学習用巻線2Bの両端の電圧を計測する電圧計測部4が設けられている。
上記電圧計測部4で計測される電圧はアナログ値であるため、そのアナログ信号をデジタル信号に変換するためのA/D変換回路5が設けられており、A/D変換回路5から出力されたデジタル信号は診断部7に出力される。
【0036】
学習用巻線2Bを予め正常状態、及び短絡状態、絶縁劣化状態を模擬した状態に設定した各状態において、インパルス電圧発生回路3からインパルス電圧を学習用巻線2Bに印加したときに当該巻線の両端の電圧を基に、巻線正常時の特徴量LC,RCを抽出し、該特徴量の代表点を求める。また、巻線絶縁劣化時の特徴量LC,RCを抽出し、該特徴量の代表点を求めて、該代表点に対して危険度を表す短絡発生確率を定め、各種短絡時の特徴量分布軌跡と該巻線絶縁劣化時の短絡発生確率とそのときの特徴量の代表点と、巻線正常時の特徴量の代表点を基に、特徴量分布上で等確率となる点の集合体の標準偏差を診断部7で決定しておく。
このように演算された標準偏差と巻線正常時の特徴量の代表点をメモリ6に設けた特徴量空間に記憶する。
なお、上記標準偏差と巻線正常時の特徴量の代表点は、外部の演算手段で演算し、その結果をメモリ6に記憶させても良い。
【0037】
診断部7には表示部8が接続されている。診断部7は、上記のように診断対象巻線2Aを診断した結果を、この表示部8に表示させる。これにより、診断担当者は、診断対象巻線2Aの状態を容易に認識することができる。また、診断結果を記録することができる。
【0038】
具体的な例について図6と図7を用いて説明する。
抵抗R=0.033Ωとして絶縁劣化を模擬した巻線に対してインパルス電圧を印加したときに得られた電圧から求められた特徴量LCおよびRCの分布の代表点をA点とする(図6参照)。ここで、A点は、RC軸上で、巻線正常時の特徴量と、1ターン短絡時の特徴量のクラスの中間領域に位置していることから、このA点のときの危険度の確率、即ち短絡発生確率Pを仮に50%と設定する。A点は、抵抗値が0.033Ωとなったときの特徴量の点である。
図6に示す特徴量分布上では、正常時と1ターン短絡時の特徴量の中間点は、コイル間の抵抗値が0.033Ωよりも更に低下した状態と考えられる。しかし、0.033Ω時の確率を50%と設定することで、絶縁劣化の進行状態を早い段階で危険と認識することができる。
が与えられると、式(11)を変形することで得られる式(12)により、lの値を算出することができる。

【0039】
今回の固定子巻線では、短絡ターン数を増加させていったときの各特徴量の分布は図12に示すように移り変わり、この移り変わりの軌跡は、巻線が正常時の特徴量分布を基準とすると、図13の点線のように楕円を描くと考えることができる。
そこで、この1ターンから6ターン短絡までの特徴量の分布の軌跡を用いて標準偏差を決定する。
まずは図13において点線で示すこの楕円の軌跡を求める。以下の説明では、この楕円のことを便宜上、楕円Sとする。
楕円の式は

で表現することができる。
【0040】
図13の楕円Sにおいて、その長軸aと短軸bとの比をkとすると、kはおおよそ0.00012となる。そこで劣化時の特徴量のA点を通る楕円の標準偏差の比もkとなるように選ぶことで、上記楕円と相似関係の楕円が得られる。
次に、劣化時の特徴量のA点と発生確率が同じ点の集合が、上記で求めた楕円Sと相似関係にある楕円とする。この楕円を楕円Aとし、LC軸の標準偏差をσ、RC軸の標準偏差をσとする。楕円Aが楕円Sと相似関係にあるためには、楕円Aの各特徴量の標準偏差の比が上記で求めたkの値となるように、標準偏差を決定すれば良い。
【0041】
以下に、具体的な計算例を示す。
まず、A点がRC軸上で、正常時と1ターン短絡時との特徴量分布のほぼ中央に位置することから、A点の短絡発生確率を50%、すなわち、P=0.5と設定すると、式(12)よりlが求まる。
いま、特徴量をLCとRCの2次元とした場合には、式(5)は式(14)のようになる。

【0042】

点の値、lは式(12)で求められた値、さらにσ/σ=k=0.00012を代入すると、ひとつの標準偏差の式となり、その値を算出することができる。一つ目の標準偏差が得られたならば、σ/σ=k=0.00012の式から二つ目の標準偏差も求めることができる。こうして求めた楕円Aの軌跡を楕円Sとともに図14に示す。
また、このときの標準偏差の値は、それぞれ

である。

σをメモリ6に記憶させておく。
【0043】
次に、実際に対象とする巻線の診断を行う。
診断を実施する際には、巻線に対してこれまでと同じ条件のインパルス電圧を印加して、そのとき巻線両端で観測される電圧をある時間区間、計測して、その電圧を基に式(1)を用いて特徴量LCおよびRCを抽出する。このときの特徴量LCおよびRCの値をxd1とxd2とし、それをD点とする。そして、予め求めておき、メモリ6に記憶させておいた

を算出する。

【0044】
さらに、このlの値を式(16)に代入することで、診断対象とする巻線の状態を確率Pとして表現することができ、診断することが可能となる。

【0045】
以上のことから、診断対象とする巻線において、そのコイル間の絶縁抵抗値が0.033Ω以上であれば、短絡発生確率は50%以下である。しかし、抵抗値が0.033Ωに低下した場合には短絡発生確率が50%となり、さらに絶縁抵抗値が0.033Ωを下回った場合には、短絡発生確率は50%より高い値となり、コイル間の抵抗値とそのときの確率値を結び付けることができ、絶縁劣化の過程を定量化することが可能となる。
また、絶縁劣化時の代表点A点に相当する確率Pの値と、正常巻線から得られる特徴量

タ等の画面に表示させることができ、絶縁劣化の過程を視覚的に表現することもでき、機器の保守・メンテナンスに役立てることができる。
【0046】
今回の実施の例では、1ターンから6ターンまでの短絡時の特徴量分布を用いて、標準偏差を算出する例を示したが、6ターン以下、若しくは6ターン以上の短絡時の特徴量分布を用いて、特徴量の軌跡と標準偏差を算出しても良い。
例えば、1ターン短絡のみの特徴量分布を用いて標準偏差を決定しても良い。前記で説明したときよりも楕円Sを小さく設定することで、短絡発生確率は全体的に高くなるが、劣化の早い段階で確率値が高くなり、早期での検出が可能になるといった利点がでる。楕円Sとそのときの楕円A、すなわち50%等確率楕円面の軌跡、ならびに30%、10%等確率楕円面の軌跡とともに、図15に示す。またこのときの標準偏差の値は、それぞれ

である。
【0047】
また、今回は、固定子巻線の短絡ターン数を増加させていったときの各特徴量の分布は、楕円の軌跡を描きながら移り変わることが実験で言える。しかしこの軌跡を円とみなして、同様の手法により算出しても良い。
【0048】
実際の検証試験時のデータを用いて詳しく説明する。
短絡もしくは絶縁劣化状態にある固定子巻線を準備して、それらの固定子巻線のU−V間、V−W間、W−U間の相間に対して、インパルス電圧を印加するインパルス電圧印加試験を50回繰り返し行う。
今回の試験には、三相誘導電動機(定格出力2.2kW、定格電流200V、定格電流8.6A、4極)の固定子巻線を試料として用いる。この誘導電動機の固定子のスロットは36個、巻線はダブル・スター結線である、1スロットあたり45本のコイルが挿入されている。
【0049】
はじめに、W相において1ターン短絡を有する固定子巻線を用いて検証する。
この場合、健全相であるU−V間に対して50回のインパルス電圧印加試験から算出した短絡発生確率の平均は0.3%であった。それに対して、短絡相を有するV−W間とW−U間に対する50回のインパルス電圧印加試験から算出した短絡発生確率の平均は、それぞれ97.5%と96.5%であった。
【0050】
次に、W相の一巻目と二巻目の巻線間に0.083Ωの抵抗を挿入し、絶縁劣化が進展した状態を模擬した同様のインパルス電圧印加試験を実施して、巻線の状態診断を行った。
その結果、健全相であるU−V間に対して50回のインパルス電圧印加試験から算出した短絡発生確率の平均は0.2%であったのに対して、短絡相を含むV−W間とW−U間でのインパルス電圧印加試験から算出された短絡発生確率の平均は共に16.9%であった。抵抗0.033Ω時の絶縁強度と比較すると、抵抗0.083Ωの方は短絡の危険性が低いことが分かる。
【0051】
さらに、W相の巻線間に抵抗0.020Ωを挿入し、同様のインパルス試験を実施して、巻線の状態診断を行った。
その結果、健全相であるU−V間に対して50回のインパルス電圧印加試験から算出した短絡発生確率の平均は0.3%であったのに対して、短絡相を含むV−W間とW−U間でのインパルス電圧印加試験から算出された短絡発生確率の平均は、それぞれ70.5%と69.8%であった。つまり、抵抗0.033Ω時と比べると、短絡の危険度が高くなっていると言える。
これらの短絡発生確率を表1にまとめる。
【0052】
【表1】

【0053】
以上の結果から、巻線が正常な場合には、短絡発生確率がほぼ0%であるのに対して、完全な短絡が生じた場合には短絡発生確率が90%以上と高い値となる。さらに、短絡に至っていないものの絶縁劣化が進行しはじめている危険な状態の巻線に対しては、その危険度を確率として定量的に表現することができる。
【0054】
抵抗0.083Ω時のV−W間から得られた50回の特徴量の平均を代表点(D点)として、50%、30%、10%等確率楕円面の軌跡とともに図7に示す。抵抗0.083Ω時の短絡発生確率は16.9%であるが、このときの特徴量は、確かに30%と10%等確率楕円面の間の領域に位置している。
また、抵抗0.020Ω時のV−W間から得られた50回の特徴量の平均を代表点(D点)として、50%、30%、10%等確率楕円面の軌跡とともに図11に示す。抵抗0.020Ω時の短絡発生確率は70.5%であるが、このときの特徴量は、50%等確率楕円面よりも外側の、より短絡状態に近い領域に位置していることが分かる。
【0055】
このように、診断対象巻線から得られたD点と等確率楕円体とを同じ図上に表示させることで、巻線での短絡発生の有無はもちろん、短絡に至っていないものの絶縁劣化が進みはじめている進行状態までも視覚的に認識することができる、すなわち危険度を視覚的にイメージしやすくなるといった利点が生じ、巻線の保守・メンテナンスにおおいに役立つ。
【0056】
式(5)の距離lの値そのものから直接、巻線の状態を診断する手法も考えられる。しかしながら、この場合には、距離lの値が持つ物理的意味が不明確であることから、距離lと巻線状態との因果関係の結び付けが難しい。
それに対して本発明は、特徴量が観測される確率に着目し、巻線の短絡や劣化状態をそのときの巻線間の抵抗値と結び付けて診断できるため、その確率値の持つ物理的意味が明確となり、実際の運用面で有用となる。
【実施例2】
【0057】
次に、第2の実施例について説明する。
図10は、図8に示したインパルス電圧発生回路3に代え、逆起電力発生回路を用いて診断対象となる巻線Wに逆起電力を発生させることにより、この逆起電力をインパルスとするものである。
図10に示すように、逆起電力発生回路15は、巻線に直流電流を流すための直流電源12と、直流電源12に直列に接続されたスイッチ13と、スイッチ13がオンされた状態で充電されるコンデンサ14とを備えている。このコンデンサ14に対して並列に診断対象巻線2A,学習用巻線2Bを接続した状態でスイッチ13がオンされると、巻線2A,2Bに直流電流が通電されるため、この状態でスイッチ13がオフされると、巻線2A,2Bに逆起電力が発生する。この逆起電力は、巻線2A,2Bに印加されたインパルスと同等に作用するため、この逆起電力を特徴量検出部において検出する。以降の処理は、これまでに記した実施の形態例と同じである。
【0058】
前述の第1の実施の形態の例では、特徴量をLCとRCの2次元として説明したが、多次元であっても同様の手順で診断が可能である。
また、実施例では、巻線を有する電気設備として、電動機の固定子巻線を対象に話を進めたが、巻線であれば電動機の固定子巻線に限らず、発電機,変圧器などの電気機器の巻線全てを診断対象巻線とすることができる。
【符号の説明】
【0059】
1 電気機器の巻線診断システム
2A 診断対象巻線
2B 学習用巻線
3 インパルス電圧発生回路
4 電圧計測部
5 A/D変換回路
6 メモリ
7 診断部
8 表示部
12 直流電源
13 スイッチ
14 コンデンサ
15 逆起電力発生回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気機器の巻線に対して所定特性のインパルス電圧を印加するインパルス電圧発生回路と、
前記巻線に対して前記所定特性のインパルス電圧が印加された場合に当該巻線の両端に発生した電圧を計測する電圧計測手段と、
診断対象巻線と同特性の正常状態の巻線に対して、前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに当該巻線の両端に発生した電圧を基に、巻線正常時の特徴量を抽出し、該特徴量の代表点を求めるとともに、
診断対象巻線と同特性の巻線において、短絡もしくは絶縁劣化を模擬した状態を再現して、それらの巻線に対して、前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに当該巻線の両端の電圧を基に、巻線短絡時もしくは絶縁劣化時の特徴量を抽出し、絶縁劣化時の特徴量の代表点を求めて、該代表点に対して危険度を表す短絡発生確率を定め、各種短絡時の特徴量の分布の軌跡を考慮して、該巻線絶縁劣化時の短絡発生確率とそのときの特徴量の代表点と、前記巻線正常時の特徴量の代表点を基に、特徴量分布上で巻線絶縁劣化時の特徴量と発生する確率が等しくなる点の集合体の標準偏差を決定しておく演算手段と、
前記標準偏差と前記巻線正常時の特徴量の代表点を記憶しておく診断情報記憶手段と、
診断対象巻線を診断する診断行程において、診断対象巻線に対して前記インパルス電圧発生回路から前記インパルス電圧と同特性のインパルス電圧を印加したときに前記電圧計測手段で計測された電圧に基づいて、診断対象巻線の特徴量を抽出し、該診断対象巻線の特徴量と、前記診断情報記憶手段に記憶させておいた巻線正常時の特徴量の代表点と標準偏差を用いて確率値を導出し、該確率値から、診断対象巻線が正常か、絶縁劣化が進行しているかを診断する診断手段と、
を備えたことを特徴とする電気機器の巻線診断システム。
【請求項2】
前記インパルス電圧発生回路と前記巻線から構成される回路の等価回路定数の抵抗をR、インダクタンスをし、キャパシタンスをCとしたとき、その乗算値であるLCとRCを、前記巻線の特徴量としたことを特徴とする請求項1に記載の電気機器の巻線診断システム。
【請求項3】
絶縁劣化を抵抗のみでモデル化し、巻線間に抵抗を挿入することで、前記絶縁劣化を模擬した状態の巻線としたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電気機器の巻線診断システム。
【請求項4】
巻線で短絡ターン数を増加させていったときに、巻線の短絡状態毎から得られる特徴量の分布の軌跡を楕円もしくは円として見なし、絶縁劣化状態にあるときの特徴量の代表点と等確率となる点の集合が上記楕円もしくは円の軌跡と相似関係となるように、絶縁劣化状態にあるときの特徴量の代表点とその代表点に対して設定した短絡発生確率、ならびに巻線が正常のときの特徴量の代表点から、各特徴量の前記標準偏差を求めたことを特徴とする請求項1に記載の電気機器の巻線診断システム。
【請求項5】
特徴量分布上に、診断対象とする巻線から得られた特徴量の点と、等確率楕円体を一緒に表示させることで、絶縁劣化の過程を視覚的に表示させることを特徴とする請求項1乃至請求項6何れか記載の電気機器の巻線診断システム。
【請求項6】
ある時間区間の電圧値を用いて前記特徴量LCおよびRCを求める際に、この時間区間を電圧波形の1周期以上としたことを特徴とする請求項2に記載の電気機器の巻線診断システム。
【請求項7】
前記インパルス電圧を印加したときに巻線両端で観測される電圧に対してサンプリングする際に、波形に特徴のある点(例えば、電圧値が最大もしくは最小を取る点)などをサンプリング開始の基準としたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電気機器の巻線診断システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−242377(P2012−242377A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−129609(P2011−129609)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000219820)株式会社トーエネック (51)
【Fターム(参考)】