説明

電気自動車

【課題】坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止が行えて、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止が行える電気自動車を提供する。
【解決手段】駆動輪2を支持する車輪用軸受、モータ6、および減速機を有するインホイールモータ駆動装置を有する電気自動車に適用される。駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teを求める外乱オブザーバ43を設ける。この外力影響量の推定値⌒Teを用い、駆動輪2のスリップ量に対応する補正値Tcを求め、モータ6へのアクセル信号Trに対して補正し、モータトルク指令値Tmrとするスリップ量対応補正手段44を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、インホイールモータ駆動装置を備えたバッテリ駆動、燃料電池駆動等の電気自動車に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車では、内燃機関に比べて応答性の高いモータが用いられる。特に、インホイールモータ型の電気自動車では、各輪独立に応答性の高いモータが用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−172935公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように電気自動車では応答性の高いモータが用いられるため、タイヤがスリップ等で路面から離れたときに、タイヤは急激な回転上昇を発生させる。そのため、ブレーキが利かない状況になることがある。このようなスリップによるモータの急激な回転上昇は自動車の安定した走行に好ましくない。車輪を個別に駆動するインホイールモータ型の電気自動車では、一部の駆動輪の上記のようなスリップによるモータの急激な回転上昇は、極力防止する必要がある。
このため、スリップ量を求めて、モータへ与えるトルク指令値を補正することも考えられるが、適切なスリップ量の検出方法が確立されておらず、また単にスリップ量を求めて補正を行っても、車両には登坂の車両重量や風などによる外力の影響があり、適切なトルク指令値の補正が行えない。
【0005】
この発明の目的は、坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止でき、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止が行える電気自動車を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の電気自動車は、駆動輪2を支持する車輪用軸受4、モータ6、およびこのモータ6と前記車輪用軸受4との間に介在した減速機7を有するインホイールモータ駆動装置8を有する電気自動車において、
駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teを求める外乱オブザーバ43と、この外力影響量の推定値⌒Teを用い、駆動輪2に作用するトルク推定値、駆動輪2の回転数推定値⌒ω2、および駆動輪2の回転角速度推定値⌒・ωを求め、各々実際の駆動輪2の回転数ω2、回転角速度・ω2と比較することで、タイヤのスリップ量を推定し、この推定量を基に補正値Tcを求めて前記モータへのアクセル信号Trに対して補正し、モータトルク指令値Tmrとするスリップ量対応補正手段44とを設けたものである。
前記外乱オブザーバ43は、前記モータトルク指令値Tmrを、車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値⌒ω1と従動輪回転数ω1との差分値を求め、この差分値を時間微分し、さらに前記慣性モーメントJを乗じた値を、駆動輪に対する外力影響量の推定値⌒Teとする。
前記スリップ量対応補正手段44は、前記外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を前記車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除してさらに積分した値⌒ω2と駆動輪回転数ω2との差分値である速度差分値、
もしくは外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除した値⌒・ω2と、駆動輪回転数ω2を時間微分した値・ω2との差分値である加速度差分値を求め、
これら速度差分値および加速度差分値のいずれか一方の値、またはいずれか一方の差分値を他方の差分値で補正した値に比例する信号Tcを前記アクセル信号Trに対して減算し、前記モータトルク指令値Tmrとする。
なお、この明細書において「回転数」とは、単位時間当たりの回転数であり、回転速度と同義である。また、車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJは、車両の質量・車輪数によって定まる値である。
【0007】
この構成によると、外乱オブザーバ43が、モータトルク指令値Tmrを駆動輪2周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値⌒ω1と従動輪回転数ω1との差分値を求め、この差分値を時間微分し、さらに前記慣性モーメントJを乗じた値を、駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teとする。前記モータトルク指令値Tmrを駆動輪2周りの慣性モーメントJで除して、この除した値を積分した値は、平地走行の場合の従動輪回転数の推定値⌒ω1である。このように、平地走行の場合の従動輪回転数の推定値⌒ω1と実際に検出される従動輪回転数ω1とを比較するため、登坂時などにおける外力の影響量の推定値⌒Teを求めることができる。なお、従動輪3は車両の走行によって回転するため、従動輪回転数は、車両の走行速度とみなせる。
スリップ量対応補正手段44は、例えば、上記のように外乱オブザーバ43で求めた外力の影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を、駆動輪周りの慣性モーメントJで除してさらに積分した値⌒ω2と駆動輪回転数ω2との差分値である速度差分値を求める。上記の積分した値⌒ω2は、スリップしていない場合の駆動輪回転数の推定値であり、これは外力の影響量を考慮した推定値である。この駆動輪回転数の推定値⌒ω2と実際に検出した駆動輪2の回転数ω2との差分値は、駆動輪3のスリップ量に相当する推定値となる。このスリップ量に相当する推定値は、前記外力の影響量を考慮した推定値であり、精度良く求めた推定値となる。このように求めた駆動輪2のスリップ量の推定値に比例する値Tcを、アクセル信号Trに対して減算し、モータトルク指令値Tmrとする。そのため、坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止が行えて、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止を行うことができる。
上記は、スリップ量対応補正手段44が、駆動輪2の回転数につき検出値ω2と推定値⌒ω2とを比較して補正する場合であるが、駆動輪2の加速度につき検出値・ω2と推定値⌒・ω2とを比較して補正を行うようにした場合も、適切なスリップ防止が行える。また、駆動輪2の回転数についての検出値と推定値とを比較した差分値と、加速度についての検出値と推定値とを比較した差分値との両方を用いて補正を行うようにした場合、より一層適切なスリップ防止を行うことができる。
【0008】
この発明において、前記減速機7がサイクロイド減速機であっても良い。サイクロイド減速機は、例えば1/10以上の高減速比が得られ、かつ滑らかな動作が得られる。この高減速比のため、モータ6は小型で高速回転のものが用いられ、車両の軽量化に繋がる。
減速機がサイクロイド減速機のような高減速の場合、モータのトルクは増幅してタイヤに伝わるため、モータの駆動トルクのスリップへの影響は大きくなる。そのため、この発明のスリップ防止の効果がより一層効果的となる。
【発明の効果】
【0009】
この発明の電気自動車は、駆動輪を支持する車輪用軸受、モータ、およびこのモータと前記車輪用軸受との間に介在した減速機を有するインホイールモータ駆動装置を有する電気自動車において、駆動輪に対する外力影響量の推定値⌒Teを求める外乱オブザーバと、この外力影響量の推定値⌒Teを用い、駆動輪に作用するトルク推定値、駆動輪の回転数推定値⌒ω2、および駆動輪の回転角速度推定値⌒・ωを求め、各々実際の駆動輪の回転数ω2、回転角速度・ω2と比較することで、タイヤのスリップ量を推定し、この推定量を基に補正値Tcを求めて前記モータへのアクセル信号Trに対して補正し、モータトルク指令値Tmrとするスリップ量対応補正手段とを設け、前記外乱オブザーバは、前記モータトルク指令値Tmrを車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値と従動輪回転数ω1との差分値を求め、この差分値を時間微分し、さらに前記慣性モーメントJを乗じた値を、駆動輪に対する外力影響量の推定値⌒Teとし、前記スリップ量対応補正手段は、前記外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を前記車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除してさらに積分した値と駆動輪回転数ω2との差分値である速度差分値、もしくは外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除した値と、駆動輪回転数ω2を時間微分した値との差分値である加速度差分値を求め、これら速度差分値および加速度差分値のいずれか一方の値、またはいずれか一方の差分値を他方の差分値で補正した値に比例する信号を前記アクセル信号Trに対して減算し、前記モータトルク指令値Tmrとするため、坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止が行えて、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】この発明の一実施形態に係る電気自動車を平面図で示す概念構成のブロック図である。
【図2】同電気自動車のインホイールモータユニットの概念構成を示すブロック図である。
【図3】同電気自動車におけるモータコンロール部の概念構成を示すブロック図である。
【図4】同電気自動車におけるインホイールモータ駆動装置の破断正面図である。
【図5】図4のV−V線断面図である。
【図6】図5の部分拡大断面図である。
【図7】同電気自動車における回転検出器の一例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
この発明の一実施形態を図1ないし図7と共に説明する。この電気自動車は、車体1の左右の後輪となる車輪が駆動輪2とされ、左右の前輪となる車輪が従動輪3の操舵輪とされた4輪の自動車である。駆動輪2および従動輪3となる車輪は、いずれもタイヤを有し、それぞれ車輪用軸受4,5を介して車体1に支持されている。車輪用軸受4,5は、図1ではハブベアリングの略称「H/B」を付してある。左右の駆動輪2,2は、それぞれ独立の走行用のモータ6,6により駆動される。モータ6の回転は、減速機7および車輪用軸受4を介して駆動輪2に伝達される。これらモータ6、減速機7、および車輪用軸受4は、互いに一つの組立部品であるインホイールモータ駆動装置8を構成しており、インホイールモータ駆動装置8は、一部または全体が駆動輪2内に配置される。各インホイールモータ駆動装置8は、後述のインバータ装置22と共に、インホイールモータユニット30を構成する。各駆動輪2および従動輪3には、電動式等の摩擦ブレーキである機械式のブレーキ9,10がそれぞれ設けられている。
【0012】
左右の前輪となる操舵輪である車輪3,3は、転舵機構11を介して転舵可能であり、操舵機構12により操舵される。転舵機構11は、タイロッド11aを左右移動させることで、車輪用軸受5を保持した左右のナックルアーム11bの角度を変える機構であり、操舵機構12の指令によりEPS(電動パワーステアリング)モータ13を駆動させ、回転・直線運動変換機構(図示せず)を介して左右移動させられる。操舵角は操舵角センサ15で検出し、このセンサ出力はECU21に出力され、その情報は左右輪の加速・減速指令等に使用される。
【0013】
制御系を説明する。自動車全般の制御を行う電気制御ユニットであるメインのECU21と、このECU21の指令に従って走行用のモータ6の制御を行うインバータ装置22と、ブレーキコントローラ23とが、車体1に搭載されている。ECU21は、コンピュータとこれに実行されるプログラム、並びに各種の電子回路等で構成される。
【0014】
ECU21は、機能別に大別すると駆動に関する制御を行う駆動制御部21aと、その他の制御を行う一般制御部21bとに分けられる。駆動制御部21aは、トルク配分手段48を有していて、トルク配分手段48は、アクセル操作部16の出力する加速指令と、ブレーキ操作部17の出力する減速指令と、操舵角センサ15の出力する旋回指令とから、左右輪の走行用モータ6,6に与える加速・減速指令をトルク指令値として生成し、インバータ装置22へ出力する。トルク配分手段48は、ブレーキ操作部17の出力する減速指令があったときに、モータ6を回生ブレーキとして機能させる制動トルク指令値と、機械式のブレーキ9,10を動作させる制動トルク指令値とに配分する機能を持つ。回生ブレーキとして機能させる制動トルク指令値は、前記左右輪の走行用モータ6,6に与える加速・減速指令をトルク指令値に反映させる。機械式のブレーキ9,10を動作させる制動トルク指令値は、ブレーキコントローラ23へ出力する。トルク配分手段48は、上記の他に、出力する加速・減速指令を、各車輪2,3の車輪用軸受4,5に設けられた回転センサ24,24Aから得られるタイヤ回転数の情報や、車載の各センサの情報を用いて補正する機能を有していても良い。アクセル操作部16は、アクセルペダルとその踏み込み量を検出して前記加速指令を出力するセンサ16aとでなる。ブレーキ操作部17は、ブレーキペダルとその踏み込み量を検出して前記減速指令を出力するセンサ17aとでなる。
【0015】
ECU21の一般制御部21bは、各種の補機システム25を制御する機能、コンソールの操作パネル26からの入力指令を処理する機能、表示手段27に表示を行う機能などを有する。前記補機システム25は、例えば、エアコン、ライト、ワイパー、GPS、アエバッグ等であり、ここでは代表して一つのブロックとして示す。
【0016】
ブレーキコントローラ23は、ECU21から出力される制動指令に従って、各駆動輪2,従動輪3の機械式のブレーキ9,10に制動指令を与える手段であり、制動専用のECUとなる電子回路やマイコン等により構成される。メインのECU21から出力される制動指令には、ブレーキ操作部17の出力する減速指令によって生成される指令の他に、ECU21の持つ安全性向上のための手段によって生成される指令がある。ブレーキコントローラ23は、この他にアンチロックブレーキシステムを備える。
【0017】
インバータ装置22は、各モータ6に対して設けられたパワー回路部28と、このパワー回路部28を制御するモータコントール部29とで構成される。モータコントール部29は、各パワー回路部28に対して共通して設けられていても、別々に設けられていても良いが、共通して設けられた場合であっても、各パワー回路部28は、例えば互いにモータトルクが異なるように独立して制御可能なものとされる。モータコントール部29は、このモータコントール部29が持つインホイールモータ駆動装置8に関する各検出値や制御値等の各情報(「IWMシステム情報」と称す)をECU21に出力する機能を有する。
この実施形態では、モータコントール部29は、各パワー回路部28に対して別々に設けられ、これらパワー回路部28とモータコントール部29とでなるインバータ装置22と、その制御対象のモータ6を含むインホイールモータ駆動装置8とで、前述のようにインホイールモータユニット30が構成される。
【0018】
図2は、インホイールモータユニット30の概念構成を示すブロック図である。インバータ装置22のパワー回路部28は、バッテリ19の直流電力をモータ6の駆動に用いる3相の交流電力に変換するインバータ31と、このインバータ31を制御するPWMドライバ32とで構成される。モータ6は3相の同期モータ、例えばIPM型(埋込磁石型)同期モータ等からなる。インバータ31は、複数の半導体スイッチング素子(図示せず)で構成され、PWMドライバ32は、入力された電流指令をパルス幅変調し、前記各半導体スイッチング素子にオンオフ指令を与える。
【0019】
モータコントール部29は、コンピュータとこれに実行されるプログラム、および電子回路により構成される。モータコントール部29は、上位制御手段であるECU21から与えられるトルク指令等による加速・減速指令に従い、電流指令に変換して、パワー回路部28のPWMドライバ32に電流指令を与える。また、モータコントール部29は、インバータ31からモータ6に流すモータ電流値を電流センサ35から得て、電流フィードバック制御を行う。この電流制御では、モータ6のロータの回転角を角度センサ36から得て、ベクトル制御等の回転角に応じた制御を行う。
【0020】
この実施形態は、モータコントール部29に、次の外乱オブザーバ43と、スリップ量対応補正手段44を設けている。外乱オブザーバ43は、駆動輪2に対する登坂時の車体重量や風の影響等の外力影響量の推定値を求める手段であり、換言すれば外力影響量推定手段である。スリップ量対応補正手段44は、外乱オブザーバ43で求められた外力影響量の推定値を用い、駆動輪2のスリップ量に対応する補正値を求めてモータ6へのアクセル信号に対して補正し、モータトルク指令値とする手段である。
【0021】
図3と共に、外乱オブザーバ43とスリップ量対応補正手段44の具体的構成を説明する。
外乱オブザーバ43は、慣性除算部43a、積分部43b、比較部43c、時間微分部43d、および慣性乗算部43eを有する。外乱オブザーバ43は、除算部43aにより、モータトルク指令値Tmrを車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値を積分部43bで求める。この積分値は、平地走行時の車両速度を示す値であり、平地走行時の従動輪回転数の推定値⌒ω1となる。従動輪3は車両の走行によって回転するため、従動輪回転数は、車両の走行速度とみなせる。(なお、この明細書において、符号の先頭の「⌒」は推定値を示すが、この「⌒」の符号は省くことがある。また、図では「⌒」は他の符号の上に付してある。)。
この従動輪回転数の推定値⌒ω1(rad/s)と、前記回転センサ24で検出された従動輪回転数ω1(rad/s)との差分値を比較部43cで求め、この差分値を時間微分部43dで時間微分し、さらに慣性乗算部43eで前記慣性モーメントJを乗じた値を、駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teとする。
【0022】
この外力影響量のトルクの推定値⌒Teは、例えば登坂時などにモータ6に作用するトルクの推定値である。なお、図3にモータ6に続いて示すように、モータ6よるホイールトルク(駆動輪トルク)Tmに、外力による発生トルクTeが加わった値が、実際に駆動輪2に作用するトルクTmtである。外乱オブザーバ43は、この外力による発生トルクTeの推定値⌒Teを求める。
なお、外乱オブザーバ43の慣性除算部43aに入力されるモータトルク指令値Tmrは、トルク配分手段48から出力された一つのモータ6へのアクセル信号Tr(トルク指令の信号)に対して、スリップ量対応補正手段44で求められた補正値Tcを減算した値であり、パワー回路部28に与えられる指令値である。
【0023】
スリップ量対応補正手段44は、外力影響量加算部44a、慣性除算部44b、積分部44c、第1の比較部44d、第1の増幅部44e、時間微分部44f、第2の比較部44j、第2の増幅部44k、第3の比較部44m、係数乗算部44n、および補正量減算部44pを有する。
【0024】
スリップ量対応補正手段44の外力影響量加算部44aは、比較部であり、外乱オブザーバ43で求められた前記外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を求める。この加算値は、駆動輪2に作用する全トルクの推定値である。
この駆動輪2に作用する全トルクの推定値である加算値を、慣性除算部44bにより、前記車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、駆動輪2の加速度の推定値⌒・ω2(符号「・」は微分値を示すが、図では「・」は、他の符号の上に付してある)を求め、さらに積分部44cで積分した値を求める。この積分した値は、スリップを生じていない場合の駆動輪回転数の推定値⌒ω2である。
第1の比較部44dは、この駆動輪回転数の推定値⌒ω2(rad/s)と駆動輪回転数ω2(rad/s)との差分値である速度差分値を求める。この速度差分値は、駆動輪2のスリップ量に相当する。駆動輪回転数ω2には回転センサ24で検出した値を用いる。
【0025】
また、この駆動輪回転数ω2を時間微分部44fで時間微分して駆動輪2の加速度・ω2を求め、この加速度・ω2と、前記慣性除算部44bで計算された駆動輪2の加速度の推定値⌒・ω2とを、第2の比較部44jで比較する。慣性除算部44bで計算された加速度の推定値⌒・ω2は、スリップを生じていない場合の駆動輪2の加速度であり、比較部44jによる比較結果が、スリップによる生じた加速度差分値となる。
【0026】
上記の第1の比較部44dの演算結果である速度差分値と、第2の比較部44jの演算結果である加速度差分値は、それぞれ増幅部44e,44kにより、定められた増幅率で増幅され、両増幅値が第3の比較部44mで加算される。
【0027】
このように求めた速度差分値と加速度差分値の増幅後の加算値に、係数乗算部44nでチューニングのための係数Cを乗じた値が補正値とされる。係数Cは、例えば、c1と c2の加算値の微分値とする。すなわち、→C=C1+C2(d/dt)とする。
この補正値が、トルク配分手段48から出力されるアクセル信号Trに対して補正量減算部44で減算され、トルク指令値Tmrとされる。このトルク指令値Tmrがモータ6のパワー回路部28に出力され、モータ6が駆動される。
【0028】
上記構成によるスリップ制御を説明する。図3において、外乱オブザーバ43は、モータトルク指令値Tmrを駆動輪2周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値⌒ω1を求める。この積分値⌒ω1と従動輪回転数ω1との差分値を求め、この差分値を時間微分し、さらに前記慣性モーメントJを乗じた値を求める。この値が、駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teである。
前記のモータトルク指令値Tmrを駆動輪2周りの慣性モーメントJで除して、さらに積分した値は、上記のように平地走行の場合の従動輪回転数の推定値⌒ω1である。このように、平地走行の場合の従動輪回転数の推定値⌒ω1と実際に検出される従動輪回転数ω1とを比較するため、登坂時などにおける外力の影響量の推定値⌒Teを求めることができる。
【0029】
スリップ量対応補正手段44は、上記のように外乱オブザーバ43で求めた外力の影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を、車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、さらに積分した値⌒ω2を求め、この値⌒ω2と駆動輪回転数ω2との差分値である速度差分値を求める。
上記の積分した値⌒ω2は、スリップしていない場合の駆動輪回転数の推定値であり、これは外力の影響量を考慮した推定値である。この駆動輪回転数の推定値⌒ω2と実際に検出した駆動輪2の回転数ω2との差分値は、駆動輪3のスリップ量に相当する推定値となる。このスリップ量に相当する推定値は、前記外力の影響量を考慮した推定値であり、精度良く求めた推定値となる。
また、駆動輪回転数ω2を時間微分部44fで時間微分して駆動輪2の加速度・ω2を求め、この加速度・ω2と、前記慣性除算部44bで計算された駆動輪2の加速度の推定値⌒・ω2とを比較し、加速度差分値を求める。
【0030】
これら速度差分値と加速度差分値は、それぞれ増幅部44e,44kでより増幅され、両増幅値が加算される。
このように求めた駆動輪2のスリップ量の推定値に比例する値を、アクセル信号Trに対して減算し、モータトルク指令値Tmrとする。そのため、坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止が行えて、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止を行うことができる。
【0031】
なお、上記実施形態では、速度差分値および加速度差分値の両方を、アクセル信号Trの補正に用いたが、速度差分値と加速度差分値のいずれか一方を用いてアクセル信号Trの補正を行うようにしても良い。
【0032】
このように、外乱オブザーバ43で、駆動輪2に対する外力影響量の推定値⌒Teを求め、この外力影響量の推定値⌒Teを用いて、スリップ量対応補正手段44により、駆動輪2のスリップ量に対応する補正値を求め、モータ6へのアクセル信号Trを補正するため、坂道走行時の車両重量や風等による外力による影響を考慮した適切なタイヤのスリップを防止が行えて、スリップ防止のための無駄な走行性能の制限を伴うことなく、確実なスリップ防止を行うことができる。
【0033】
次に、図4〜図6と共に、前記インホイールモータ駆動装置8の具体例を示す。このインホイールモータ駆動装置8は、車輪用軸受4とモータ6との間に減速機7を介在させ、車輪用軸受4で支持される駆動輪2のハブとモータ6の回転出力軸74とを同軸心上で連結してある。減速機7は、サイクロイド減速機であって、モータ6の回転出力軸74に同軸に連結される回転入力軸82に偏心部82a,82bを形成し、偏心部82a,82bにそれぞれ軸受85を介して曲線板84a,84bを装着し、曲線板84a,84bの偏心運動を車輪用軸受4へ回転運動として伝達する構成である。なお、この明細書において、車両に取り付けた状態で車両の車幅方向の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼び、車両の中央寄りとなる側をインボード側と呼ぶ。
【0034】
車輪用軸受4は、内周に複列の転走面53を形成した外方部材51と、これら各転走面53に対向する転走面54を外周に形成した内方部材52と、これら外方部材51および内方部材52の転走面53,54間に介在した複列の転動体55とで構成される。内方部材52は、駆動輪を取り付けるハブを兼用する。この車輪用軸受4は、複列のアンギュラ玉軸受とされていて、転動体55はボールからなり、各列毎に保持器56で保持されている。上記転走面53,54は断面円弧状であり、各転走面53,54は接触角が背面合わせとなるように形成されている。外方部材51と内方部材52との間の軸受空間のアウトボード側端は、シール部材57でシールされている。
【0035】
外方部材51は静止側軌道輪となるものであって、減速機7のアウトボード側のハウジング83bに取り付けるフランジ51aを有し、全体が一体の部品とされている。フランジ51aには、周方向の複数箇所にボルト挿通孔64が設けられている。また、ハウジング83bには,ボルト挿通孔64に対応する位置に、内周にねじが切られたボルト螺着孔94が設けられている。ボルト挿通孔94に挿通した取付ボルト65をボルト螺着孔94に螺着させることにより、外方部材51がハウジング83bに取り付けられる。
【0036】
内方部材52は回転側軌道輪となるものであって、車輪取付用のハブフランジ59aを有するアウトボード側材59と、このアウトボード側材59の内周にアウトボード側が嵌合して加締めによってアウトボード側材59に一体化されたインボード側材60とでなる。これらアウトボード側材59およびインボード側材60に、前記各列の転走面54が形成されている。インボード側材60の中心には貫通孔61が設けられている。ハブフランジ59aには、周方向複数箇所にハブボルト66の圧入孔67が設けられている。アウトボード側材59のハブフランジ59aの根元部付近には、駆動輪および制動部品(図示せず)を案内する円筒状のパイロット部63がアウトボード側に突出している。このパイロット部63の内周には、前記貫通孔61のアウトボード側端を塞ぐキャップ68が取り付けられている。
【0037】
減速機7は、上記したようにサイクロイド減速機であり、図5のように外形がなだらかな波状のトロコイド曲線で形成された2枚の曲線板84a,84bが、それぞれ軸受85を介して回転入力軸82の各偏心部82a,82bに装着してある。これら各曲線板84a,84bの偏心運動を外周側で案内する複数の外ピン86を、それぞれハウジング83bに差し渡して設け、内方部材2のインボード側材60に取り付けた複数の内ピン88を、各曲線板84a,84bの内部に設けられた複数の円形の貫通孔89に挿入状態に係合させてある。回転入力軸82は、モータ6の回転出力軸74とスプライン結合されて一体に回転する。なお、回転入力軸82はインボード側のハウジング83aと内方部材52のインボード側材60の内径面とに2つの軸受90で両持ち支持されている。
【0038】
モータ6の回転出力軸74が回転すると、これと一体回転する回転入力軸82に取り付けられた各曲線板84a,84bが偏心運動を行う。この各曲線板84a,84bの偏心運動が、内ピン88と貫通孔89との係合によって、内方部材52に回転運動として伝達される。回転出力軸74の回転に対して内方部材52の回転は減速されたものとなる。例えば、1段のサイクロイド減速機で1/10以上の減速比を得ることができる。
【0039】
前記2枚の曲線板84a,84bは、互いに偏心運動が打ち消されるように180°位相をずらして回転入力軸82の各偏心部82a,82bに装着され、各偏心部82a,82bの両側には、各曲線板84a,84bの偏心運動による振動を打ち消すように、各偏心部82a,82bの偏心方向と逆方向へ偏心させたカウンターウエイト91が装着されている。
【0040】
図6に拡大して示すように、前記各外ピン86と内ピン88には軸受92,93が装着され、これらの軸受92,93の外輪92a,93aが、それぞれ各曲線板84a,84bの外周と各貫通孔89の内周とに転接するようになっている。したがって、外ピン86と各曲線板84a,84bの外周との接触抵抗、および内ピン88と各貫通孔89の内周との接触抵抗を低減し、各曲線板84a,84bの偏心運動をスムーズに内方部材52に回転運動として伝達することができる。
【0041】
図4において、モータ6は、円筒状のモータハウジング72に固定したモータステータ73と、回転出力軸74に取り付けたモータロータ75との間にラジアルギャップを設けたラジアルギャップ型のIPMモータである。回転出力軸74は、減速機7のインボード側のハウジング83aの筒部に2つの軸受76で片持ち支持されている。
【0042】
モータステータ73は、軟質磁性体からなるステータコア部77とコイル78とでなる。ステータコア部77は、その外周面がモータハウジング72の内周面に嵌合して、モータハウジング72に保持されている。モータロータ75は、モータステータ73と同心に回転出力軸74に外嵌するロータコア部79と、このロータコア部79に内蔵される複数の永久磁石80とでなる。
【0043】
モータ6には、モータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度を検出する角度センサ36が設けられる。角度センサ36は、モータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度を表す信号を検出して出力する角度センサ本体70と、この角度センサ本体70の出力する信号から角度を演算する角度演算回路71とを有する。角度センサ本体70は、回転出力軸74の外周面に設けられる被検出部70aと、モータハウジング72に設けられ前記被検出部70aに例えば径方向に対向して近接配置される検出部70bとでなる。被検出部70aと検出部70bは軸方向に対向して近接配置されるものであっても良い。ここでは、各角度センサ36として、磁気エンコーダまたはレゾルバが用いられる。モータ6の回転制御は上記モータコントール部29(図1,2)により行われる。このモータ6では、その効率を最大にするため、角度センサ42の検出するモータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度に基づき、モータステータ73のコイル78へ流す交流電流の各波の各相の印加タイミングを、モータコントール部29のモータ駆動制御部33によってコントロールするようにされている。
なお、インホイールモータ駆動装置8のモータ電流の配線や各種センサ系,指令系の配線は、モータハウジング72等に設けられたコネクタ99により纏めて行われる。
【0044】
図7は、図1,図2の回転センサ24,24Aの一例を示す。この回転センサ24,24Aは、車輪用軸受4における内方部材52の外周に設けられた磁気エンコーダ24aと、この磁気エンコーダ24aに対向して外方部材51に設けられた磁気センサ24bとでなる。磁気エンーダ24aは、円周方向に磁極N,Sを交互に着磁したリング状の部材である。この例では、回転センサ24は両列の転動体55,55間に配置しているが、車輪用軸受4の端部に設置しても良い。
【0045】
なお、上記実施形態では、図1,2に示すように、モータコントール部29をインバータ装置22に設けたが、モータコントール部29はメインのECU21に設けても良い。また、ECU21とインバータ装置22とは、この実施形態では分けて設けているが、一体化した制御装置として設けても良い。
【符号の説明】
【0046】
1…車体
2,3…車輪
4,5…車輪用軸受
6…モータ
7…減速機
8…インホイールモータ駆動装置
9,10…電動式のブレーキ
21…ECU
22…インバータ装置
24,24A…回転センサ
28…パワー回路部
29…モータコントール部
30…インホイールモータユニット
31…インバータ
32…PWMドライバ
33…モータ駆動制御部
41…荷重センサ
43…外乱オブザーバ
44…スリップ量対応補正手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動輪を支持する車輪用軸受、モータ、およびこのモータと前記車輪用軸受との間に介在した減速機を有するインホイールモータ駆動装置を有する電気自動車において、
駆動輪に対する外力影響量の推定値⌒Teを求める外乱オブザーバと、
この外力影響量の推定値⌒Teを用い、駆動輪に作用するトルク推定値、駆動輪の回転数推定値⌒ω2、および駆動輪の回転角速度推定値⌒・ωを求め、各々実際の駆動輪の回転数ω2、回転角速度・ω2と比較することで、タイヤのスリップ量を推定し、この推定量を基に補正値Tcを求めて前記モータへのアクセル信号Trに対して補正し、モータトルク指令値Tmrとするスリップ量対応補正手段とを設け、
前記外乱オブザーバは、
前記モータトルク指令値Tmrを車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除して、この除した値の積分値と従動輪回転数ω1との差分値を求め、この差分値を時間微分し、さらに前記慣性モーメントJを乗じた値を、駆動輪に対する外力影響量の推定値⌒Teとし、
前記スリップ量対応補正手段は、
前記外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を前記車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除してさらに積分した値と駆動輪回転数ω2との差分値である速度差分値、
もしくは外力影響量の推定値⌒Teと前記モータトルク指令値Tmrとの加算値を車両慣性から推定される駆動輪周りの慣性モーメントJで除した値と、駆動輪回転数ω2を時間微分した値との差分値である加速度差分値を求め、
これら速度差分値および加速度差分値のいずれか一方の値、またはいずれか一方の差分値を他方の差分値で補正した値に比例する信号を前記アクセル信号Trに対して減算し、前記モータトルク指令値Tmrとする、
ことを特徴とする電気自動車。
【請求項2】
請求項1において、前記減速機がサイクロイド減速機である電気自動車。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−186927(P2012−186927A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48630(P2011−48630)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】