説明

電波到来方向推定装置

【課題】 アダプティブアレーの受信信号から得られる相関行列に基づいて、電波の到来方向を高分解能で推定する電波到来方向推定装置において、装置規模を増大させることなく、短時間でスナップショット数を確保し、正確な推定を実現する。
【解決手段】 ビート信号Biの周波数スペクトラムでは、その周波数スペクトラム上に現れるピーク波形に周波数方向の広がりがあることに着目し、ピーク波形のピーク周波数だけから受信ベクトルX(k)を生成するのではなく、これと同じピーク波形に属する他の周波数からも受信ベクトルX(k)を生成することにより、平均相関行列HRxxの算出に用いるスナップショット数Mを確保する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレーアンテナからの受信信号に基づいて電波の到来方向を推定する電波到来方向推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、複数のアンテナ素子からなるアレーアンテナを用いて、アレーアンテナに同時に到来する複数の電波の到来方向(DOA:Direction of Arrival)を推定する手法として、各アンテナ素子が受信した受信信号間の相関を表す相関行列に基づいて角度スペクトラムを生成し、この角度スペクトラムをスキャンすることで高分解能の推定を行う、Capon法,線形予測(LP:Linear Prediction)法,最小ノルム(Min-Norm)法,MUSIC(Multiple Signal Classification)法,ESPRIT(Estimation of Signal Parametersvia Rotational Invariance Techniques )法等といった、いわゆるスーパーレゾリューション法が知られている。
【0003】
ここで、スーパーレゾリューション法の一つであるMUSIC法の概要を以下に説明する。なお、アレーアンテナは、N個のアンテナ素子を一直線上に等間隔で配置した、いわゆるリニアアレーからなるものとする。
【0004】
まず、アレーアンテナを介して得られたサンプル時刻kΔT(ΔTはサンプリング間隔、kは自然数)におけるサンプリングデータx1 (k),x2 (k),…xN (k)に対し、(1)式で示される受信ベクトルX(k)を構成する。次に、この受信ベクトルX(k)を用いて、(2)式に従ってN行N列の相関行列Rxxを求める。
【0005】
ここで、Tはベクトル転置、Hは複素共役転置を示す。
【0006】
【数1】

【0007】
以下、この相関行列Rxxの固有値λ1 〜λN (但し、λ1 ≧λ2 ≧…≧λN )を求め、熱雑音電力σ2 より大きい固有値の数から到来波数Lを推定すると共に、固有値λ1 〜λN に対応する固有ベクトルe1 〜eN を算出する。
【0008】
そして、熱雑音電力σ2 以下となる(N−L)個の固有値に対応した固有ベクトルからなる雑音固有ベクトルENOを(3)式で定義し、方向θに対するアレーアンテナの複素応答をa(θ)で表すものとして、(4)式に示す評価関数PMU(θ)を求める。
【0009】
【数2】

【0010】
この評価関数PMU(θ)から得られる角度スペクトラム(MUSICスペクトラム)は、θが到来波の到来方向と一致すると発散して、鋭いピークが立つように設定されているため、到来方向の推定値θ1 〜θL は、MUSICスペクトラムのピーク(ヌルポイント)をサーチすることにより求めることができる。
【0011】
ところで、MUSIC法は、各到来波が互いに無相関であることを前提としているため、各到来波間の相関が非常に高い陸上移動通信等には、そのまま適用することができない。
【0012】
そこで、一般的には、N素子リニアアレーからK素子サブアレーを1個ずつ素子をずらしながらM(=N−K−1)個取り出し、各サブアレーの受信ベクトルX(1),X(2),…,X(M)から得られる複数の相関行列(部分相関行列)を適当に重み付けして足し合わせることで((5)式参照)、評価関数PMU(θ)の算出に使用する相関行列Rxxを求める、いわゆる空間平均法を用いることが行われている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0013】
【数3】

【0014】
但し、Eはアンサンブル平均を示す。
つまり、相関のある波の位相関係は、受信位置によって異なるため、受信位置を適当に移動させた相関行列の平均値を求めれば、その平均効果により各到来波間の相関を抑圧することができるのである。
【0015】
そして、到来波間の相関を十分に抑圧するためには、相関行列Rxxの生成に用いる受信ベクトル(ひいては個々の受信ベクトルから生成される個別の相関行列)の数(以下では「スナップショット数」と称する。)を多くすることが望ましい。
【0016】
また、定期的に測定を繰り返してリアルタイムで物標の検出を行う車載用レーダ装置等に、上述のMUSIC法を適用した場合には、測定毎に相関行列が得られるため、過去複数回の測定で得られた相関関数を利用してスナップショット数を確保する、いわゆる時間平均法を用いることも考えられる。
【非特許文献1】菊間信良著、「アダプティブアンテナ技術」第1版、オーム社、(平成15年10月10日)、P114,P142
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかし、空間平均法では、アンテナや受信器が多数必要になり、装置が大型化し製造コストも増大するという問題があった。特に、装置が大型化すると、車載用レーダ装置として適用する場合に、設置スペースの確保が難しくなるという問題もあった。
【0018】
また、時間平均法では、車載用レーダ装置等の移動体に適用した場合、測定のタイミングによって対象物体との位置関係、ひいては電波の到来方向が変化してしまうため、スナップショット数の確保に要する時間が長くなると、却って相関行列の精度(ひいては電波到来方向の推定精度)を低下させてしまうという問題があった。
【0019】
本発明は、上記問題点を解決するために、アダプティブアレーの受信信号から得られる相関行列に基づいて、電波の到来方向を高分解能で推定する電波到来方向推定装置において、装置規模を増大させることなく、短時間でスナップショット数を確保し、正確な推定を実現する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するためになされた第一発明の電波到来方向推定装置では、受信ベクトル生成手段が、アンテナ素子毎に生成される複数のビート信号から抽出した同一周波数のデータを配列してなる受信ベクトルを、ビート信号の周波数スペクトラム上で同一のピーク波形に属する複数の周波数について生成し、相関行列生成手段が、生成された受信ベクトルのそれぞれについて相関行列を生成する。
【0021】
すると、平均相関行列算出手段が、相関行列生成手段にて生成された複数の相関行列を平均又は加重平均してなる平均相関行列を求め、推定手段が、平均相関行列算出手段にて算出された平均相関行列に基づいて受信強度の角度スペクトラムを生成し、この角度スペクトラムをスキャンすることでアレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する。
【0022】
即ち、FMCWや多周波CW等、連続波を用いるレーダでは、ビート信号の周波数スペクトラムに現れるピーク波形に周波数方向の広がりがあることに着目し、ピーク波形のピーク周波数だけでなく、同一のピーク波形に属する周波数を利用することで、平均相関行列の算出に用いるスナップショット数を増加させている。
【0023】
従って、本発明の電波到来方向推定装置によれば、到来波間の相関が十分に抑圧された平均相関行列を生成するのに必要なスナップショット数を、アンテナや受信器の数を増加させることなく短時間で確保することができる。その結果、装置規模や製造コストを増大させることなく、電波の到来方向を正しく推定する装置を提供することができ、また、車等の移動体に用いるレーダに適用した場合でも高い推定精度を得ることができる。
【0024】
なお、第一発明において、受信ベクトル生成手段では、同一のピーク波形に属する複数の周波数として、例えば、ピーク波形のピーク周波数と、このピーク周波数に隣接する予め設定された規定個の周波数を用いてもよいし、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きい周波数を用いてもよい。また、両者を組み合わせて、信号強度が強度しきい値より大きい周波数の中で、大きいものから規定個の周波数を用いるように構成してもよい。
【0025】
次に、第二発明の電波到来方向推定装置では、受信ベクトル生成手段が、アンテナ素子毎に生成される複数の複素信号から抽出した同一サンプリングタイミングのデータを配列してなる受信ベクトルを、同一パルスに属する複数のサンプリングタイミングについて生成し、相関行列生成手段が、受信ベクトル生成手段にて生成された受信ベクトルのそれぞれについて相関行列を生成する。
【0026】
すると、平均相関行列算出手段が、相関行列生成手段にて生成された複数の相関行列を平均又は加重平均してなる平均相関行列を求め、推定手段が、平均相関行列算出手段にて算出された平均相関行列に基づいて受信強度の角度スペクトラムを生成し、この角度スペクトラムをスキャンすることでアレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する。
【0027】
即ち、パルス波を利用するパルスレーダやスペクトラム拡散レーダでは、物標からの反射波を受信した受信信号に時間方向の広がりがあることに着目し、一つのパルス(1回の測定)から一つのサンプリングタイミングでデータを得るのではなく、複数のサンプリングタイミングでデータを得ることによって、平均相関行列の算出に用いるスナップショット数を増加させている。
【0028】
従って、本発明の電波到来方向推定装置によれば、第一発明の装置と同様に、到来波間の相関が十分に抑圧された平均相関行列を生成するのに必要なスナップショット数を、アンテナや受信器の数を増加させることなく短時間で確保することができる。その結果、本発明によれば、装置規模や製造コストを増大させることなく電波の到来方向を正しく推定する装置を提供することができ、また、車等の移動体に用いるレーダに適用した場合でも、高い推定精度を得ることができる。
【0029】
なお、第二発明において、受信ベクトル生成手段は、同一パルスに属する複数のサンプリングタイミングとして、例えば、信号強度がピーク値となるサンプリングタイミングと、このサンプリングタイミングに隣接する予め設定された規定個のサンプリングタイミングを用いてもよいし、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいサンプリングタイミングを用いてもよい。また、両者を組み合わせて、信号強度が強度しきい値より大きいサンプリングタイミングの中で、信号強度が大きいものから規定個のサンプリングタイミングを用いるように構成してもよい。
【0030】
ところで、上記第一及び第二発明において、受信ベクトル生成手段は、アレーアンテナを互いに同じ配列を持つように分割してなる複数の部分アレー毎に、受信ベクトルを生成するように構成し、いわゆる空間平均法を併用して、スナップショット数を確保するようにしてもよい。また、単純な空間平均法の代わりに、Forward-Backward空間平均法を用いてもよい。
【0031】
また、第一及び第二発明において、平均相関行列算出手段は、同一物標について過去の測定で算出された相関行列も用いて平均相関行列を求めるように構成し、いわゆる時間平均法を併用してスナップショット数を確保するようにしてもよい。
【0032】
更に、第一及び第二発明において、相関行列生成手段は、受信ベクトル生成手段にて生成された受信ベクトルに対してユニタリ変換を施し、実数行列からなる相関行列を生成するように構成してもよい。この場合、相関行列を固有値展開する際の計算負荷を大幅に軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に本発明の実施形態を図面と共に説明する。
[第1実施形態]
図1は、本発明が適用された車載用レーダ装置の全体構成を表すブロック図である。
【0034】
図1に示すように、本実施形態の車載用レーダ装置2は、送信アンテナASを介してミリ波帯のレーダ波を送信する送信器4と、送信器4から送出され先行車両や路側物等といった物標に反射したレーダ波(以下、反射波という)を、一列に等間隔で配置されたN個のアンテナ素子AR1 〜ARN からなる受信アンテナアレー5にて受信し、後述するN個のビート信号B1 〜BN を生成するNチャネル受信器6と、受信器6が生成するビート信号B1 〜BN を、それぞれサンプリングしてデジタルデータ(以下、デジタル化ビート信号という)D1 〜DN に変換するN個のAD変換器AD1 〜ADN からなるAD変換部8と、AD変換器AD1 〜ADN を介して取り込んだデジタル化ビート信号D1 〜DN に基づいて各種処理を実行する信号処理部10とを備えている。
【0035】
なお、送信アンテナASのビーム幅は、当該レーダ装置2の検出領域をすべてカバーするように設定されており、受信アンテナアレー5を構成する各アンテナ素子ARi(i=1,2,…,N)単体のビーム幅は、いずれも送信アンテナASのビーム幅を含むように設定されている。
【0036】
このうち送信器4は、時間に対して周波数が直線的に漸増,漸減を繰り返すよう変調されたミリ波帯の高周波信号を生成する高周波発振器12と、高周波発振器12の出力を送信信号Ssとローカル信号Lとに電力分配する分配器14とを備えており、送信信号Ssを送信アンテナASへ供給し、ローカル信号Lを受信器6へ供給するように構成されている。
【0037】
一方、受信器6は、各アンテナ素子ARi毎に、その受信信号Sriにローカル信号Lを混合し、これら信号の差の周波数成分であるビート信号Biを生成する高周波用ミキサMXiと、ビート信号Biを増幅する増幅器AMPiと備えている。なお、増幅器AMPiは、ビート信号Biから不要な高周波成分を取り除くフィルタ機能も有している。
【0038】
以下では、各アンテナ素子ARiに対応して受信信号Sriから各デジタル化ビート信号Diを生成するための構成MXi,AMPi,ADiを、一括して受信チャネルCHiと呼ぶ。
【0039】
このように構成されたレーダ装置2では、周波数変調された連続波(FMCW)からなるレーダ波が、送信器4によって送信アンテナASを介して送信され、その反射波が受信アンテナアレー5にて受信されると、各受信チャネルCHiでは、アンテナ素子ARiからの受信信号Sriを、ミキサMXiにて送信器4からのローカル信号Lと混合することにより、これら受信信号Sriとローカル信号Lとの差の周波数成分であるビート信号Biを生成し、このビート信号Biを増幅器AMPiにて増幅すると共に不要な高周波成分を除去した後、AD変換器ADiにてサンプリングしてデジタル化ビート信号Diに変換する。
【0040】
次に、信号処理部10は、CPU,ROM,RAMからなる周知のマイクロコンピュータを中心に構成され、AD変換部8からデータを入力する入力ポートや高速フーリエ変換(FFT)処理を実行するためのデジタルシグナルプロセッサ(DSP)等を備えている。
【0041】
そして、信号処理部10では、送信信号Ssの一変動周期の間に取得したデジタル化ビート信号Diを、送信信号Ssの周波数が漸増する上り変調時と周波数が漸減する下り変調時とに分けて、受信チャネルCHi毎にFFT処理を施す信号解析処理、信号解析処理での解析結果に従って、目標物体との距離や相対速度を求める距離・速度算出処理、同じく信号解析処理での解析結果に従って、目標物体が存在する方向を求める方向算出処理等を実行する。
【0042】
これらの処理のうち、信号解析処理及び距離・速度算出処理は、FMCWレーダにおいて周知のものであるため説明を省略し、以下では、本発明の主要部に対応する方向算出処理を、図2に示すフローチャートに沿って説明する。
【0043】
なお、本処理は、AD変換部8により、送信信号Ssの一変動周期分の間サンプリング動作が実行される毎に起動される。
本処理が起動すると、図2に示すように、まず、全受信チャネルCH1 〜CHN について、送信信号Ssの周波数が漸増する上り変調時、又は周波数が漸減する下り変調時のいずれか一方のFFT処理結果(周波数スペクトラム)を取得し(S110)、その周波数スペクトラム上でピークとなるピーク周波数を特定する(S120)。
【0044】
次に、特定したピーク周波数の一つを選択し(S130)、図3に示すように、選択したピーク周波数と同一のピーク波形に属する周波数のうち、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいものの中で、信号強度が強い順にM個の周波数(ピーク周波数を含む)を対象周波数k(k=1,2,…,M、但しkは対象周波数を識別する変数)として抽出する。そして、全受信チャネルCH1 〜CHN のFFT処理結果から同一の対象周波数kのデータx1 (k)〜xN (k)を抽出して配列してなる受信ベクトルX(k)を((6)式参照)、全ての対象周波数k=1〜Mについて生成する(S140)。
【0045】
【数4】

【0046】
また、このようにして生成された受信ベクトルX(1)〜X(M)のそれぞれについて、(7)式に従って、個別相関行列Rxx(1)〜Rxx(M)を算出し(S150)、更に、(8)式に従って、算出した個別相関行列Rxx(k)の重み付け平均値(以下「平均相関行列」と称する。)HRxxを算出する(S160)。なお、重みGk は、例えば、ピーク周波数に対応する個別相関行列が最も大きく、ピーク周波数から周波数が離れるほど小さくなるように設定する。また、全ての重みGk を等しくした、単純な平均値を求めるようにしてもよい。
【0047】
【数5】

【0048】
このようにして求めた平均相関行列HRxxに基づき、(9)式で定義された評価関数PMU(θ)を用いて求められる角度スペクトラム(MUSICスペクトラム)をヌルスキャンすることで、アンテナ素子AR1 〜ARN が受信した反射波の到来角度、即ち、検出すべき物標が存在する方向を求める(S170)。
【0049】
【数6】

【0050】
なお、平均相関行列HRxxから評価関数PMU(θ)を得る手法は、上述の[背景技術]の欄でも説明したように周知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
次に、S120にて抽出された全てのピーク周波数のうち、S130にて未選択のものが存在するか否かを判断し(S180)、未選択のものがあれば、S130に戻って、上述のS130〜S170の処理を繰り返し、未選択のものがなければ、本処理を終了する。
【0051】
以上説明したように、本実施形態の車載用レーダ装置2においては、FMCW波等の連続波を用いるレーダにて生成されるビート信号Biの周波数スペクトラムでは、その周波数スペクトラム上に現れるピーク波形に周波数方向の広がりがあることに着目し、ピーク波形のピーク周波数だけでなく、これと同じピーク波形に属する他の周波数を利用することで、平均相関行列HRxxの算出に用いるスナップショット数Mを確保するようにされている。
【0052】
従って、本実施形態の車載用レーダ装置2によれば、必要なスナップショット数Mを、受信アンテナアレー5を構成するアンテナ素子ARi(ひいては受信チャネルCHi)の数を増加させることなく、しかも短時間で確保することができ、到来波間の相関が十分に抑圧された平均相関行列HRxxを生成することができる。その結果、装置規模や製造コストを増大させることなく、電波の到来方向を正しく推定する装置を提供することができ、また、車等の移動体に用いるレーダに適用した場合でも、高い推定精度を得ることができる。
【0053】
なお、本実施形態では、車載用レーダ装置2をFMCWレーダとして構成したが、多周波CWレーダとして構成してもよい。
また、本実施形態において、S110〜S140が受信ベクトル生成手段、S150が相関行列生成手段、S160平均相関行列算出手段、S170推定手段に相当する。
[第2実施形態]
次に、第2実施形態について説明する。
【0054】
図4は、本実施形態の車載用レーダ装置22の全体構成を表すブロック図である。
図4に示すように、本実施形態の車載用レーダ装置22は、送信アンテナASを介してミリ波帯のレーダ波を送信する送信器24と、送信器24から送出され先行車両や路側物等といった物標に反射したレーダ波(以下、反射波という)を、一列に等間隔で配置されたN個のアンテナ素子AR1 〜ARN からなる受信アンテナアレー25にて受信し、後述するN個の複素信号C1 〜CN を生成するNチャネル受信器26と、受信器26が生成する複素信号C1 〜CN を、それぞれサンプリングしてデジタルデータ(以下、デジタル化複素信号という)x1 〜xN に変換するAD変換部28と、AD変換部28を介して取り込んだデジタル化複素信号x1 〜xN に基づいて各種処理を実行する信号処理部30とを備えている。
【0055】
なお、送信アンテナASのビーム幅は、当該レーダ装置22の検出領域をすべてカバーするように設定されており、受信アンテナアレー25を構成する各アンテナ素子ARi(i=1,2,…,N)単体のビーム幅は、いずれも送信アンテナASのビーム幅を含むように設定されている。
【0056】
このうち送信器24は、ミリ波帯の単一周波数の高周波信号を発生させる高周波発振器32と、高周波発振器32の出力の一部を分岐させて、ローカル信号Lとして受信器26に供給する分配器34と、信号処理部30からの指令CMに従って、予め設定された一定期間の間だけ、高周波発振器32の出力を送信アンテナASに供給する高周波スイッチ36とからなり、信号処理部30からの指令に従って、パルス状のレーダ波を送信するように構成されている。
【0057】
一方、受信器26は、各アンテナ素子ARi毎に、その受信信号Sriにローカル信号Lを混合して実数信号Iを生成する高周波用ミキサMXiaと、受信信号Sriにローカル信号Lを90°移相させて混合して虚数信号Qを生成する高周波用ミキサMXibとを備えており、両高周波用ミキサMXia,MXibが出力する実数信号I及び虚数信号Qからなる複素信号Ciを出力するように構成されている。
【0058】
そして、AD変換部28は、複素信号Ci毎に、実数信号Iをサンプリングしてデジタルデータに変換するAD変換器ADiaと、虚数信号Qをサンプリングしてデジタルデータに変換するAD変換器ADibとを備えており、両AD変換器ADia,ADibの出力からなるデジタル化複素信号x1 〜xN を出力するように構成されている。
【0059】
以下では、各アンテナ素子ARiに対応して受信信号Sriから各デジタル化複素信号xi を生成するための構成MXia,MXib,ADia,ADibを、一括して受信チャネルCHiと呼ぶ。
【0060】
このように構成された車載用レーダ装置22では、単一周波数からなるパルス状のレーダ波が、送信器24によって送信アンテナASを介して送信される。その反射波が受信アンテナアレー25にて受信されると、各受信チャネルCHiでは、アンテナ素子ARiからの受信信号Sriを、ミキサMXia,MXibにて送信器24からのローカル信号L及び90°移相させたローカル信号Lと混合することにより、実数信号I及び虚数信号Qからなる複素信号Ciを生成し、この複素信号Ciを、AD変換器ADia,ADibにてサンプリングしてデジタル化複素信号Xiに変換する。
【0061】
次に、信号処理部30は、CPU,ROM,RAMからなる周知のマイクロコンピュータを中心に構成され、AD変換部28からデータを入力する入力ポートや高速フーリエ変換(FFT)処理を実行するためのデジタルシグナルプロセッサ(DSP)等を備えている。
【0062】
そして、信号処理部30では、高周波スイッチ36に対して指令を送出し、その後、一定期間の間だけ、AD変換部28を介してデジタル化複素信号x1 〜xN を取り込む測定処理、測定処理によって取り込んだデジタル化複素信号x1 〜xN に従って、目標物体との距離や相対速度を求める距離・速度算出処理、同じく測定処理によって取り込んだデジタル化複素信号x1 〜xN に従って、目標物体が存在する方向を求める方向算出処理等を実行する。
【0063】
これらの処理のうち、信号解析処理及び距離・速度算出処理は、パルスレーダにおいて周知のものであるため説明を省略し、以下では、本発明の主要部に対応する方向算出処理について説明する。
【0064】
なお、本実施形態における方向算出処理の概要は、第1実施形態の場合と同様であるため、図2に示すフローチャートを参照して説明する。
即ち、本処理が起動すると、まず、全受信チャネルCH1 〜CHN について、測定処理によって時系列的に取り込まれたデジタル化複素信号x1 〜xN を取得し(S110)、このデジタル化複素信号xi (i=1〜N)を、チャネル毎に時系列に沿って示した信号波形上(図5参照)で信号強度がピークとなるピークタイミング(送信信号Ssからの遅延時間)を特定する(S120)。
【0065】
次に、S120にて特定されたピークタイミングの中から一つを選択し(S130)、図5に示すように、選択したピークタイミングと同一のピーク波形に属し、且つ、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいデジタル化複素信号xi が得られたサンプリングタイミングの中から、信号強度が大きい順にM個のサンプリングタイミング(ピークタイミングを含む)を対象タイミングk(k=1,2,…,M、但しkは対象タイミングを識別する変数)として抽出する。そして、全受信チャネルCH1 〜CHN のデジタル化複素信号から同一対象タイミングkのデータx1 (k)〜xN (k)を抽出して配列してなる受信ベクトルX(k)を(上述の(6)式参照)、全ての対象タイミングk=1〜Mについて生成する(S140)。
【0066】
以下、S150〜S170の処理は、第1実施形態の場合と全く同様である。
そして、S120にて抽出された全てのピークタイミングのうち、S130にて未選択のものが存在するか否かを判断し(S180)、未選択のものがあれば、S130に戻って、上述のS130〜S170の処理を繰り返し、未選択のものがなければ、本処理を終了する。
【0067】
以上説明したように、本実施形態の車載用レーダ装置22においては、パルス波を反射した物標の空間的な広がりが、受信信号の波形(ピーク波形)の時間方向な広がりとして現れることに着目し、ピーク波形のピークタイミングだけでなく、同じピーク波形に属する他のサンプリングタイミングで得られたデータ(デジタル化複素信号)を利用することで、平均相関行列HRxxの算出に用いるスナップショット数Mを確保するようにされている。
【0068】
従って、本実施形態の車載用レーダ装置22によれば、第1実施形態の場合と同様に、必要なスナップショット数Mを、受信アンテナアレー25を構成するアンテナ素子ARi(ひいては受信チャネルCHi)の数を増加させることなく、しかも短時間で確保することができ、到来波間の相関が十分に抑圧された平均相関行列HRxxを生成することができる。その結果、装置規模や製造コストを増大させることなく、電波の到来方向を正しく推定する装置を提供することができ、また、車等の移動体に用いるレーダに適用した場合でも、高い推定精度を確保することができる。
[他の実施形態]
以上、本発明のいくつかの実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、様々な態様にて実施可能である。
【0069】
例えば、上記実施形態では、送信信号Ssの1回の変動周期の間に得られたビート信号のFFT処理結果に基づく個別相関行列Rxx(k)、或いは、一度のパルス波の送信で得られたデジタル化複素信号に基づく個別相関行列Rxx(k)のみを用いて平均相関行列HRxxを求めているが、S150で算出される個別相関行列Rxx(k)を、過去、一定期間の間だけRAM等に保存し、その保存されている全ての個別相関行列Rxx(k)を用いることで、いわゆる時間平均法を併用して、平均相関行列HRxxを求めるように構成してもよい。そして、この場合、重みGk は、例えば、新しく算出されたものほど、大きな値となるように設定することが考えられる。
【0070】
また、上記実施形態では、全ての受信チャネルCH1 〜CHN のデータを用いて受信ベクトルX(k)を生成しているが、一度に検出すべき物標の数に対してアンテナ素子数Nに余裕がある場合は、N素子リニアアレーからK(<N)素子サブアレーを1個ずつ素子をずらしながらP(=N−K−1)個設定し、各サブアレー毎に受信ベクトルX(k)を生成し、この受信ベクトルX(k)から生成された全ての個別相関行列Rxx(k)を用いることで、いわゆる空間平均法を併用して、平均相関行列HRxxを求めるように構成してもよい。
【0071】
更に、単純な空間平均法の代わりに、Forward-Backward空間平均法を用いてもよい。また、受信ベクトルX(k)に対してユニタリ変換を施すことで、実数行列からなる相関行列を生成し、相関行列を固有値展開する際の計算負荷を軽減するように構成してもよい。
【0072】
また、上記実施形態では、ピーク周波数(ピークタイミング)と同一のピーク波形に属する周波数(サンプリングタイミング)の中から、受信ベクトルの生成に用いる対象周波数(対象タイミング)を抽出する際に、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいものの中で、信号強度が強い順にM個の周波数(サンプリングタイミング)を抽出条件としているが、例えば、単純に、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいことや、ピーク周波数(ピークタイミング)に隣接する所定個であることを抽出条件としてもよい。
【0073】
また、上記実施形態では、到来方向推定法として、MUSIC法を用いたが、例えば、Capon法,線形予測法,最小ノルム法,ESPRIT法)等、相関行列を用いて到来方向の推定を行うものであれば、どのような推定法を用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】第1実施形態の車載用レーダ装置の構成を示すブロック図。
【図2】方向算出処理の内容を示すフローチャート。
【図3】第1実施形態における入力ベクトルの抽出方法を示す説明図。
【図4】第2実施形態の車載用レーダ装置の構成を示すブロック図。
【図5】第2実施形態における入力ベクトルの抽出方法を示す説明図。
【符号の説明】
【0075】
2,22…車載用レーダ装置、4,24…送信器、5,25…受信アンテナアレー、6,26…受信器、8,28…AD変換部、10,30…信号処理部、12,32…高周波発振器、14,34…分配器、36…高周波スイッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信信号に従って送信した連続波の反射波をアレーアンテナで受信し、該アレーアンテナを構成する各アンテナ素子からの受信信号に、前記送信信号と同じ周波数を有するローカル信号を混合することで、前記アンテナ素子毎に生成されるビート信号に基づいて、前記アレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する電波到来方向推定装置であって、
前記アンテナ素子毎に生成される複数のビート信号から抽出した同一周波数のデータを配列してなる受信ベクトルを、該ビート信号の周波数スペクトラム上で同一のピーク波形に属する複数の周波数について生成する受信ベクトル生成手段と、
該受信ベクトル生成手段にて生成された受信ベクトルのそれぞれについて相関行列を生成する相関行列生成手段と、
該相関行列生成手段にて生成された複数の相関行列を平均又は加重平均してなる平均相関行列を求める平均相関行列算出手段と、
該平均相関行列算出手段にて算出された平均相関行列に基づいて受信強度の角度スペクトラムを生成し、該角度スペクトラムをスキャンすることで前記アレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する推定手段と、
を備えることを特徴とする電波到来方向推定装置。
【請求項2】
前記受信ベクトル生成手段は、
同一のピーク波形に属する複数の周波数として、該ピーク波形のピーク周波数と、該ピーク周波数に隣接する予め設定された規定個の周波数を用いることを特徴とする請求項1に記載の電波到来方向推定装置。
【請求項3】
前記受信ベクトル生成手段は、
同一のピーク波形に属する複数の周波数として、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きい周波数を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の電波到来方向推定装置。
【請求項4】
送信したパルス波の反射波をアレーアンテナで受信し、該アレーアンテナを構成する各アンテナ素子からの受信信号に基づいて、互いの位相が90°異なった実数信号及び虚数信号からなる複素信号を前記アンテナ素子毎に生成し、該複素信号に基づいて、前記アレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する電波到来方向推定装置であって、
前記アンテナ素子毎に生成される複数の複素信号から抽出した同一サンプリングタイミングのデータを配列してなる受信ベクトルを、同一パルスに属する複数のサンプリングタイミングについて生成する受信ベクトル生成手段と、
該受信ベクトル生成手段にて生成された受信ベクトルのそれぞれについて相関行列を生成する相関行列生成手段と、
該相関行列生成手段にて生成された複数の相関行列を平均又は加重平均してなる平均相関行列を求める平均相関行列算出手段と、
該平均相関行列算出手段にて算出された平均相関行列に基づいて受信強度の角度スペクトラムを生成し、該角度スペクトラムをスキャンすることで前記アレーアンテナが受信した電波の到来方向を推定する推定手段と、
を備えることを特徴とする電波到来方向推定装置。
【請求項5】
前記受信ベクトル生成手段は、
同一パルスに属する複数のサンプリングタイミングとして、信号強度がピーク値となるサンプリングタイミングと、該サンプリングタイミングに隣接する予め設定された規定個のサンプリングタイミングを用いることを特徴とする請求項4に記載の電波到来方向推定装置。
【請求項6】
前記受信ベクトル生成手段は、
同一パルスに属する複数のサンプリングタイミングとして、信号強度が予め設定された強度しきい値より大きいサンプリングタイミングを用いることを特徴とする請求項4又は5に記載の電波到来方向推定装置。
【請求項7】
前記受信ベクトル生成手段は、前記アレーアンテナを互いに同じ配列を持つように分割してなる複数の部分アレー毎に、前記受信ベクトルを生成することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の電波到来方向推定装置。
【請求項8】
前記平均相関行列算出手段は、過去の測定で算出された相関行列も用いて、前記平均相関行列を求めることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の電波到来方向推定装置。
【請求項9】
前記相関行列生成手段は、前記受信ベクトル生成手段にて生成された受信ベクトルに対してユニタリ変換を施し、実数行列からなる相関行列を生成することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の電波到来方向推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−145251(P2006−145251A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−332260(P2004−332260)
【出願日】平成16年11月16日(2004.11.16)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】