電界放出型光源の製造方法及び電界放出型光源
【課題】電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けつつ、生産コストを低減させた電界放出型光源を提供する。
【解決手段】ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子を、大気中において、580℃以下の温度で加熱する。
【解決手段】ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子を、大気中において、580℃以下の温度で加熱する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放出型光源(Field Emission Light:以下、FELともいう)の製造方法、及び、電界放出型光源に関する。
【背景技術】
【0002】
FELは、真空蛍光ディスプレイ(Vacuum Fluorescent Display)やブラウン管(Cathode Ray Tube)と同じく、電子線照射によって励起された蛍光体の発光、すなわちカソードルミネセンスを利用するものであるが、電子放出源としてフィラメントではなく、量子的な効果で電子放出を行う電界電子放出素子を使用することに特徴がある。
【0003】
電界電子放出素子を使用すると、ブラウン管のようにフィラメントの加熱を必要とせずに大きな電流を取り出せるため、低消費電力で高輝度な発光を得ることができ、耐久性も高いことが知られている。
【0004】
FELの例として、真空封止容器内に電界放出用陰極(カソード電極)が配置され、電界放出用陰極から放出された電子の衝突によって発光する蛍光物質層が真空容器の内面に形成された構成等が知られている。
【0005】
本発明者らは、炭素系電子放出素子の研究を進める過程で、DCプラズマCVD法により、基板上に、花弁状グラフェンシートの集合体であるカーボンナノウォール(CNW:carbon nanowall)の層と、ナノメートルサイズのダイヤモンド結晶子の集合体であるナノダイヤモンド(ND:nano‐diamond)層を積層成膜することで、閾値電界強度、すなわち、1mA/cm2の電子放出を行うために必要となる電界強度が1V/μm以下の電子放出素子が得られることを見出した。そして、その特性とその成膜方法についての調査を行ってきた(特許文献1〜3及び非特許文献1参照)。
【0006】
その結果、本発明者らがND/CNW膜と呼ぶこの積層膜は、ND層上にある太さが100nm、長さが10〜40μm程度の棒状グラファイトが微視的な電子放出サイトを担い、その棒状グラファイトの電界集中効果がND/CNW膜の電子放出特性を決定する主要因であることを明らかにしてきた(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4469770号公報
【特許文献2】特許第4469778号公報
【特許文献3】特許第4376914号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Research on characteristics of an electron emission using nano-diamond in long term operation, J. Jpn. Soc. Abras. Technol., 51, 11 (2007) 674 (in Japanese) (technical report)
【非特許文献2】Origin of Field Emission from a Nano-Diamond/Carbon Nanowall Electron Emitter, Jpn. J.Appl. Phys., 47 (2008) 2241.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
FELの製造工程のなかには、電子放出素子を加熱する工程が存在する。本発明者らは、これまで、ND/CNW膜を有する電子放出素子が真空中で800℃まで電子放出特性がほとんど変化しないことを確認していたため、そのような加熱工程を真空中で行うということも考えられた。しかしながら、そのような加熱工程を真空中で行うと生産コストが増大してしまうという問題があった。
これに対し、そのような加熱工程を大気中で行うことができれば生産コストを低く抑えることが可能となる。ただ、反応性の高い酸素を含む大気中での加熱に対するND/CNW膜の電子放出特性の耐性については、不明な点が多い。電子放出素子を大気中で加熱することによって、電子放出特性を劣化させてしまうことは避けなければならない。
【0010】
本発明は、上述した点に鑑みてなされたものであり、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けつつ、生産コストを低く抑えることが可能な電界放出型光源の製造方法、及び、該製造方法によって製造された電界放出型光源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記構成を備える電界放出型光源の製造方法を提供する。
(1)電界放出型光源の製造方法であって、
上記電界放出型光源は、
真空封止容器と、
上記真空封止容器内に配設され、ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子と
を備え、
上記製造方法は、
大気中において、上記電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する加熱工程を含む
ことを特徴とする電界放出型光源の製造方法。
【0012】
上記(1)の発明によれば、電子放出素子を加熱する工程が、大気中で行われるため、生産コストを低く抑えることができる。一方で、当該加熱工程における加熱温度は、580℃以下、すなわち、大気中におけるND/CNW膜の耐熱性の上限値以下であるため、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けることができる。むしろ、適度な加熱が行われることにより、閾値電界強度が減少するという意外な効果を奏する。
なお、本発明において、大気中とは、大気圧下の空気中を意味する。
また、本発明における加熱工程は、電界放出型光源の製造において必須の工程であってもよいし、必須の工程ではなくてもよい。すなわち、電界放出型光源の製造において必須の工程とは別に、本発明における加熱工程を経ることとしてもよい。例えば、電界放出型光源の製造において必須の工程とは別に、閾値電界強度を減少させることを目的として、電子放出素子単独で、大気中において加熱することとしてもよい。
【0013】
また、本発明は、下記構成を備えることが望ましい。
(2)上記(1)の電界放出型光源の製造方法であって、
上記真空封止容器は、複数の部材からなり、
上記加熱工程は、
上記複数の部材に囲まれるように上記電子放出素子を配置した状態で、大気中において580℃以下の温度で加熱して上記複数の部材同士を接合することにより、上記真空封止容器を組み立てる組立工程である。
【0014】
電界放出型光源の製造においては、電子放出素子を組み込んだ状態で、フリットガラス等を用いて真空封止容器の構成部材同士を接合する工程(組立工程)が必要である。この工程では、電子放出素子を含めた真空封止容器全体が、フリットガラス等の溶融温度である500℃近くまで加熱される。
この点、上記(2)の発明によれば、このような組立工程が大気中で行われるため、生産コストを低く抑えることができる。一方で、当該組立工程における加熱温度は、580℃以下、すなわち、大気中におけるND/CNW膜の耐熱性の上限値以下であるため、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けることができる。むしろ、適度な加熱が行われることにより、閾値電界強度が減少するという意外な効果を奏する。
【0015】
また、本発明は、下記構成を備えることが望ましい。
(3)上記(1)又は(2)の電界放出型光源の製造方法であって、
上記加熱工程における加熱温度は、550℃以下であり、加熱時間は、3時間以内である。
【0016】
上記(3)の発明によれば、電子放出密度分布の均一性が劣化してしまうことを避けながら、生産コストを低減することができる。
【0017】
また、本発明は、下記構成を備える電界放出型光源を提供する。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかの製造方法によって製造された電界放出型光源。
【0018】
上記(4)の発明によれば、閾値電界強度の低い電子放出素子を備えた電界放出型光源を提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けつつ、生産コストを低く抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
【図2】図2は、ワイヤエミッタの一例を模式的に示す断面図である。
【図3】図3は、真空封止容器を組み立てた後にエージング処理を行う様子を示す模式図である。
【図4】図4は、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
【図5】図5は、電子放出特性測定システムの概要を示す模式図である。
【図6】図6(a)は、450℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(b)は、500℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(c)は、550℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(d)は、600℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【図7】図7(a)は、550℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図7(b)は、550℃で5時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図7(c)は、600℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【図8】図8(a)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図8(b)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図8(c)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【図9】図9(a)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図9(b)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【図10】図10(a)は、大気下加熱しなかった電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(b)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(c)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(d)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(e)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(f)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
まず、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)について説明する。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、電界放出型光源1は、ファンネル型FEL容器10と、アノード電極11と、蛍光体層12と、カソード電極13と、給電部14と、ステム16と、キャップ部17と、フェース硝子18とを備える。
【0023】
ファンネル型FEL容器10と、ステム16と、フェース硝子18とによって、真空封止容器が構成される。すなわち、ファンネル型FEL容器10と、ステム16と、フェース硝子18とは、本発明における複数の部材に相当するものである。
【0024】
アノード電極11は、真空封止容器内であって、ファンネル型FEL容器10の内壁面上に形成されている。
アノード電極11は、金属膜、又は、金属酸化物膜からなる。
アノード電極を構成する金属膜の種類としては、アルミニウム膜、炭素膜等が挙げられる。
金属酸化物膜の種類としては、酸化スズ・インジウム、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化インジウム等が挙げられる。
【0025】
蛍光体層12は、アノード電極11上に形成されている。
蛍光体層12としては、例えば、P15蛍光体(ZnO:Zn)、P22蛍光体(青:ZnS:Ag,Cl、ZnS:Ag,Al、緑:ZnS:Cu,Al、ZnS:Cu,Au,Al、赤:Y2O2S:Eu3+)、P53蛍光体(Y3Al5O12:Tb3+)、P56蛍光体(Y2O3:Eu3+)等を用いることができる。その他、電子線照射により発光する蛍光体であればその種類は特に限定されるものではない。
なお、蛍光体層12には、蛍光体をアノード電極11に固定する結着材が含まれる。
また、蛍光体層12の表面には、透明保護膜が形成されていてもよい。
透明保護膜は、蛍光体層12の電子線照射による劣化を抑制するもので、透明でかつ、蛍光体よりも電子線照射に対して耐性の強い酸化ケイ素、酸化チタンのいずれかの材料で構成されている。これらの材料を100〜200nm厚で蛍光体層12上に付着させることで、カソード電極13から放出された電子が、蛍光体層12に到達するとともに、蛍光体層12で発光した光を遮蔽なしに取り出すことが可能になる。また、蛍光体層12における蛍光体の劣化速度を大幅に低減することができる。
【0026】
カソード電極13は、複数の直線状のワイヤエミッタ13aからなる。
以下、図2を用いて、ワイヤエミッタ13aについて説明する。
図2は、ワイヤエミッタの一例を模式的に示す断面図である。
図2に示すように、ワイヤエミッタ13aは、基板21と、基板21の表面に形成された電子放出膜30とからなる。
ワイヤエミッタ13aは、本発明における電子放出素子に相当するものである。
【0027】
本発明において、基板としては、少なくとも半導体、金属、又は、半金属のいずれかを含む導電性材料、例えばSi、Mo、Ni、ステンレス合金からなる基板を用いることができる。
上記基板としては、導電性セラミック、あるいは、黒鉛を含有するセラミックからなる電極を用いることが、特に望ましい。上記基板としてこのような材料からなる電極を用いると、基板の上に炭素膜が成膜される場合、基板と炭素膜との熱膨張率が近いため、熱膨張による基板と炭素膜との間の剥離が防止されるからである。
【0028】
電子放出膜30は、電子を放出する部位であり、カーボンナノウォール層(CNW層)31と、ナノダイヤモンド層(ND層)32と、カーボンスティック33とを備える。
電子放出膜は、本発明におけるナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜に相当するものである。
【0029】
カーボンナノウォール層(CNW層)31は、基板21上に形成されており、曲面をなす花弁状(扇状)の複数の炭素薄片が起立しながら互いにランダムな方向に繋がりあって構成されている。カーボンナノウォール層(CNW層)31の厚さは、0.1nm〜10μmである。各炭素薄片は、格子間隔が0.34nmの数層〜数十層のグラフェンシートから構成されている。
【0030】
ナノダイヤモンド層(ND層)32は、カーボンナノウォール層(CNW層)31上に連続して堆積され、電子放出膜30の厚さ方向に積層されたダイヤモンド微粒子32aと、ダイヤモンド微粒子32aの隙間に介在する無定形炭素32bとを備える。
ダイヤモンド微粒子32aは、粒径が5nm〜10nmの微粒子である。
ナノダイヤモンド層(ND層)の厚さは、1〜5μmである。
ナノダイヤモンド層(ND層)32の厚さを3μmとすると、厚さ方向にダイヤモンド微粒子32aが数百個連続して積層されることになる。ダイヤモンド微粒子32aは、絶縁体であるが、隙間に介在するsp2結合の無定形炭素32bがグラファイト構造により導電性を示すために、電子放出膜30全体として電気伝導性を帯びている。
【0031】
カーボンスティック33は、主にカーボンナノウォール層(CNW層)31の一部が成長した針状のスティックであり、電子放出膜30の表面に起立した状態で形成されている。
また、カーボンスティック33は、sp2結合の炭素を有し、中央の芯部の周辺を鞘部が覆う構造となっている。
カーボンスティックは、径(太さ)方向に対する伸長方向のアスペクト比が10以上であるが、30以上であることがより望ましい。
また、カーボンスティックの径は、10nm〜300nm程度である。
カーボンスティックの高さは、10〜50μmであることが望ましい。
カーボンスティックの密度は、5000〜75000本/mm2であるが、5000〜15000本/mm2であることがより望ましく、10000〜15000本/mm2であることがさらに望ましい。
【0032】
以上、図2を用いて、電子放出膜30について説明した。
電子放出膜30は、蛍光体層12に対向する部位にのみ形成されている。
【0033】
カソード電極13は、給電部14によって支持されている。給電部14は、導電性を有する金属から構成されている。
図1において、電源15の一端は、給電部14に接続され、電源15の他端は、アノード電極11に接続されている。
【0034】
ファンネル型FEL容器10の下端部は、ステム16に固定されている。ステム16は、排気管及び電流導入端子を備える。
なお、本発明においては、真空封止容器内に直接電流導入端子が導入されてもよく、アルミナ絶縁碍子を介して電流導入端子が封着されてもよい。
【0035】
カソード電極13の先端部のうち、給電部14によって支持されていない側の先端部は、キャップ部17によって固定されている。キャップ部17は、ワイヤエミッタ13aの端部に生じる電界集中を抑制し、キャップ部17の近傍の電界強度を均一化する機能を有する。
【0036】
ファンネル型FEL容器10の上端部は、フェース硝子18に固定されている。フェース硝子18は、可視光に対して高い透過率を有するガラスから構成されている。
【0037】
以上の構成を有する電界放出型光源1において、カソード電極13とアノード電極11との間に電圧が印加されると、カソード電極13の表面に形成された電子放出膜から電子線が放出される。放出された電子線は、蛍光体層12に向かい、蛍光体層12に衝突して蛍光体が発光する。
蛍光体からの発光の大部分は、フェース硝子18を介して外部に取り出される。
蛍光体からの発光のうち、アノード電極11側に向かった光子は、アノード電極11がアルミニウム膜のような可視光反射率の高い膜からなる場合は、アノード電極11で反射して上側に向かう。従って、このような光子もフェース硝子18を介して外部に取り出される。
【0038】
以上、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)について説明した。
続いて、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)の製造方法について説明する。
【0039】
(1)カソード電極の作製
基板21上に電子放出膜30を形成することにより、電子放出素子を作製する。
電子放出膜の形成方法としては、特に限定されず、DCプラズマCVD法、熱CVD法、スパッタ法等の方法を適宜採用することができる。例えば、特許第4445539号公報に開示された方法を採用することにより、ナノダイヤモンド層(ND層)とカーボンナノウォール層(CNW層)の積層構造よりなるND/CNW層を形成することができる。
【0040】
上記(1)の工程の後、作製した電子放出素子の表面に付着する不安定な物質を取り除くために、大気中において、電子放出素子を加熱(ベーキング)してもよい。当該ベーキングにおける加熱温度が580℃以下である場合、当該ベーキングの工程は、本発明における加熱工程に相当する。
【0041】
(2)アノード電極及び蛍光体層の作製
ファンネル型FEL容器10の内壁面上に、金属膜、又は、金属酸化物膜を形成する。
これらの金属膜、金属酸化物膜は、蒸着法、スパッタ法等の方法を材料に応じて選択することによって好適に形成することができる。
その後、金属膜、又は、金属酸化物膜の上に蛍光体を塗布することにより、蛍光体層を形成する。
【0042】
(3)組み立て
大気中において、上記(1)の工程で作製した電子放出素子を組み込んだ状態で、ファンネル型FEL容器10の上端部とフェース硝子18とをフリットガラス等により接着固定し、上記(2)の工程で金属膜(金属酸化物膜)及び蛍光体層が形成されたファンネル型FEL容器10の下端部と、ステム16とを、フリットガラス等により接着固定することにより、真空封止容器を組み立てる。
その際、電子放出素子を含めた真空封止容器全体が、低融点フリットガラス等の溶融温度である500℃近くまで加熱される。本工程は、本発明における加熱工程に相当する。
なお、ステム16は、電流導入端子及び排気管20を備える(図3参照)。
図3は、真空封止容器を組み立てた後にエージング処理を行う様子を示す模式図である。
【0043】
(4)エージング
上記(3)の工程の後、図3に示すように、電子放出素子がカソード電極13となり、ファンネル型FEL容器10の内壁面に形成された金属膜又は金属酸化物膜がアノード電極11となるように、電流導入端子を介して導線を接続する。
そして、排気管20を通して真空封止容器内の排気を行いながら、カソード電極13とアノード電極11との間に電圧を印加することにより、エージングを行う。
【0044】
その後、真空封止を行うことにより、FELを製造する。
なお、上記(4)の工程とともに、又は、上記(4)の工程に代えて、真空封止容器を加熱するベーキング工程を経ることとしてもよい。当該ベーキング工程では、電子放出素子は真空中において加熱されるため、当該ベーキング工程は、本発明における加熱工程には相当しない。
【0045】
以上で説明したように、本発明における加熱工程は、大気中において電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する工程である。
加熱工程における加熱温度は、400℃以上であることが望ましく、450℃以上であることがより望ましい。また、加熱温度は、550℃以下であることが望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱工程における加熱時間は、1分以上であることが望ましく、30分以上であることがより望ましく、1時間以上であることがさらに望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱時間は、7時間以内であることが望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。また、加熱時間は、3時間以内であることがより望ましい。これにより、電子放出密度分布の均一性が劣化してしまうことを避けることができる。
また、加熱工程においては、加熱温度が450〜550℃であり、加熱時間が1〜3時間であることが特に望ましい。このとき、電子放出密度分布の均一性を維持しながら、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱工程が組立工程である場合、加熱温度は、450〜490℃であることが望ましい。近年、環境負荷低減の観点から、フリットガラスの脱鉛化が進められているところ、鉛レスフリットガラスにおける接合温度は、450〜490℃である。組立工程における加熱温度を450〜490℃とし、鉛レスフリットガラスを用いて真空封止容器を組み立てることにより、環境負荷低減の要請に応えることができる。
加熱工程が組立工程である場合において、加熱温度が450〜490℃であるとき、加熱時間は、5分〜1時間であることが望ましい。ただし、組み立て後の冷却過程において熱応力の発生を防ぐため徐冷することが望ましい。
【0046】
以上、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明した。
上述した実施形態では、FEL容器として、ファンネル型FEL容器を用いる場合について説明した。図1に示すように、ファンネル型FEL容器は漏斗形状を有しているが、本発明において、FEL容器の形状は、特に限定されない。
以下、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明する。
【0047】
図4は、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
図4に示すように、電界放出型光源100は、チューブ型FEL容器110と、アノード電極111と、蛍光体層112と、カソード電極113と、給電部114と、ステム116とを備える。
チューブ型FEL容器110と、ステム116とによって、真空封止容器が構成される。すなわち、チューブ型FEL容器110と、ステム116とは、本発明における複数の部材に相当するものである。
【0048】
図1に示す実施形態では、アノード電極11がファンネル型FEL容器10の内壁面上に形成されており、蛍光体層12がアノード電極11上に形成されている。
これに対し、図4に示す実施形態では、蛍光体層112がチューブ型FEL容器110の内壁面上に形成されており、アノード電極111が蛍光体層112上に形成されている。
すなわち、図1に示す電界放出型光源1が電子照射面発光利用型FELであるのに対し、図4に示す電界放出型光源100は透過光利用型FELである。
透過光利用型FELにおいては、電子放出膜から放出された電子は電極間に印加された電圧によって加速された後、アノード電極に入射する。高い運動エネルギーをもつ電子は薄膜によって形成されているアノード電極を貫通し、蛍光体層に入射される。透過光利用型FELは、この蛍光体層へ入射された電子によって蛍光体を励起発光させ、その光を蛍光体が塗布される真空封止容器を通して外部に放射させることで照明光を得る構造となっている。
本発明における電界放出型光源は、電子照射面発光利用型FELであってもよいし、透過光利用型FELであってもよい。
また、図4に示す例では、電界放出型光源100が透過光利用型FELであることとしているが、FEL容器としてチューブ型FEL容器を用いる場合であっても、電界放出型光源を電子照射面発光利用型FELとしてもよい。
【0049】
図4に示す実施形態においても、図1に示す実施形態と同様にして、電子放出素子を作製する。
図4に示すような透過光利用型FELを製造する場合、チューブ型FEL容器の内壁面上に蛍光体を塗布することにより、蛍光体層を形成し、蛍光体層の上に、金属膜又は金属酸化物膜を形成する。一方、電子照射面発光利用型FELを製造する場合には、チューブ型FEL容器の内壁面上に金属膜または金属酸化物膜を形成し、その上に蛍光体層を形成する。
その後、大気中において、電子放出素子を組み込んだ状態で、チューブ型FEL容器110の端部と、電流導入端子及び排気管を備えるステムとを、フリットガラス等により接着固定することにより、真空封止容器を組み立てる。
【0050】
以上、図4に示す実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明した。以上で説明した点以外については、図1に示す実施形態において説明した通りであるので、ここでの説明は省略する。
【0051】
(実施例)
大気中でのND/CNW膜の電子放出特性に対する耐熱性の上限を評価するとともに、大気中での加熱がND/CNW膜にどのように影響していくかを調査するために、以下の実験を行った。
【0052】
(I)電子放出素子の作製
ND/CNW膜の基板として、低抵抗のp型(100)Si基板を使用した。堆積物の核形成密度を向上させるための前処理として、粒径約1μmのダイヤモンド粉により擦過処理を行った後(Study of pretreatment technique for production of field emission devices, J. Jpn. Soc. Abras. Technol., 51, 10 (2007) 611 (in Japanese) (technical report) 参照)、基板温度計測システムと基板温度制御機構を備えるDCプラズマCVD装置(特許文献1〜3参照)によってND/CNW膜の成膜を行った。
成膜条件は、以下の通りであった。
導入ガス・・・H2:500sccm、CH4:50sccm
圧力・・・8kPa
印加電流・・・6.5A
成膜時間・・・CNW:2.5時間、ND:2時間
基板温度・・・CNW:1020〜965℃、ND:930℃
成膜プロセスは、まず、温度制御機構を機能させない状態でCNW層をSi基板上に形成した後、印加電流を維持したまま温度制御機構により基板温度を930℃に維持することで、ND層をCNW層上に連続的に形成させた。
【0053】
(II)電子放出素子の加熱
大気中において、同時にND/CNW膜を成膜された6mm角の基板12枚を1セットとして、マッフル炉で加熱を行った。昇温速度は10℃/minとし、所定の温度(450℃、500℃、550℃、又は、600℃)、所定の時間(1時間、3時間、又は、5時間)で加熱を行った後、炉内で徐冷した。
【0054】
(III)電子放出特性の測定
図5に示す高圧スイッチを利用した間欠的な電圧印加システムにより、電子放出特性を測定した。
図5は、電子放出特性測定システムの概要を示す模式図である。
真空チャンバー内で測定基板1セット(ND/CNW膜を成膜された6mm角の基板12枚)を陰極に配置し、陽極である蛍光板(ZnO:Zn蛍光体を塗布したITOガラス)との間隔を2.9mmとした。DCの高圧電源の出力を高圧スイッチと信号発生器(オンタイム繰り返し周波数:500Hz、デューティ比:0.5%)でパルス化し、パルスごとの電界強度(電圧/電極間距離)、電子放出密度(電流/基板面積)の変化を、オシロスコープにより256回積算平均して計測した。電子放出特性の計測は、真空チャンバー内の圧力を5×10−5Paとした後、電圧を徐々に印加することで電子放出密度のピーク値jpを6mA/cm2 まで上昇させ、その状態を30分間維持することで特性を安定させた後、jpを1mA/cm2となるまで電圧を下げた状態で行った。
また、その時の電子放出密度分布を示す蛍光板の発光状態を、撮影条件を固定したデジタルカメラによって撮影した。
【0055】
(IV)電子放出素子の断面観察
基板を中央で破断し、その破断面に対して鉛直方向から電子顕微鏡により観察した。
【0056】
(V)電子放出素子の表面観察
基板に鉛直な方向から60°の角度で、電子顕微鏡により観察した。
【0057】
図6(a)は、450℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(b)は、500℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(c)は、550℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(d)は、600℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【0058】
蛍光体は、電子線照射密度にほぼ比例して発光強度が増大するため、明るい部分ほど蛍光板への電子照射密度が高いことを示している。
図5に示されるように、電極が平行で電極間隔が短い場合、電子線照射密度分布は電子放出密度分布とみなすことができる。
一方、蛍光体の発光強度は、蛍光体の温度や印加電圧によって影響を受けるため、明るさの絶対値を各発光像間で直接比較することができない。
このため、画像データの蛍光板が発光している部分にあたるピクセル群について、明るさの標準偏差を平均値で規格化した変動係数(CV)を計算し、これを電子放出密度分布の不均一性を表す指標として図6(a)〜図6(d)に示している。
【0059】
図6(a)〜図6(c)のように、450℃、500℃、550℃での加熱では、より温度の高い方が、閾値電界強度が減少した。また、蛍光板発光の明るさの変動係数に大きな変動は見られず、その差は0.01程度であった。
これに対して、図6(d)のように、600℃で加熱した試料では、電子放出の立ち上がりである低電界強度側では、加熱した試料の方が電子放出密度が大きいが、電子放出密度が0.1mA/cm2以上の部分では、同じ電界強度で加熱前の試料の方が電子放出密度が大きかった。その結果、閾値電界強度は0.05V/μm程度上昇した。また、加熱した試料では加熱前に見られなかった蛍光板発光の偏りが生じた結果、変動係数は0.45と加熱前の倍に近い値となっていた。閾値電界強度が大きな変化を受けていないにも関わらず、電子放出に偏りが生じていることは、600℃加熱によって試料中で電子放出特性が向上している部分と劣化している部分とが両方存在することを示唆している。
【0060】
図7(a)は、550℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図7(b)は、550℃で5時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図7(c)は、600℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【0061】
図7(a)及び図7(b)のように、550℃で3時間加熱した試料及び550℃で5時間加熱した試料の両方で、550℃で1時間加熱した結果(図6(c)参照)よりも大きく閾値電界強度が減少した。蛍光体発光の偏りについては、両方とも変動係数が増大し、電子放出密度の不均一性が増大した。
図7(c)のように、600℃で3時間加熱した試料では、加熱前に比べて電子放出特性が大きく劣化し、閾値電界強度は2V/μm以上となった。また、蛍光板発光は点状の発光部分が離散的に存在するだけであり、電子放出の均一性は大きく損なわれた。
【0062】
図8(a)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図8(b)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図8(c)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図9(a)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図9(b)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【0063】
図8(a)〜図8(c)に示す電子放出素子においては、CNW層の上に、数μmの厚さのND層が存在し、ND層の上に、電子放出サイトとなるカーボンスティックと呼ばれる高さ数十μm、太さ数百nmの棒状の炭素堆積物が存在している。
図8(a)〜図8(c)に示す断面像を比べることで、550℃で維持される時間が長くなるに従って、ND層が薄くなっていることが分かる。また、図8(a)〜図8(c)に示す断面像から、550℃で5時間までの加熱では、ND層がエッチングを受けていても、基板に対して鉛直な方向へ保持されたカーボンスティックが存在していることを確認することができる。
これに対して、600℃で1時間加熱した電子放出素子については、図9(a)のように、CNW層、ND層、及び、カーボンスティックの存在を確認することができたが、600℃で3時間加熱した電子放出素子については、図9(b)のように、CNW層及びND層の大部分がエッチングされており、断面観察では、ND/CNW膜が残存していることを確認することができなかった。また、600℃で加熱した電子放出素子については、基板に対して鉛直な方向へ保持されたカーボンスティック(図9(a)及び図9(b)参照)を見つけることはできなかった。
【0064】
図10(a)は、大気下加熱しなかった電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(b)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(c)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(d)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(e)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(f)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【0065】
断面像からは明瞭でなかったが、図10(b)〜図10(d)のように、550℃で5時間加熱した試料では、550℃で1時間加熱した試料及び550℃で3時間加熱した試料に比べてエッチングをより強く受けることで、ND層表面の凹凸が大きくなり、部分的にCNW層が露出している。
また、図10(e)のように、600℃で1時間加熱を行った試料についても同様の凹凸が生じ、部分的にCNW層が露出している。
しかし、表面に残留しているNDの凝集体の平均的な大きさが、550℃で5時間加熱した試料で2μm程度であるのに対して、600℃で1時間加熱した試料では5μm程度と大きいことから、ND層については600℃で1時間加熱した試料の方がエッチングの影響が小さかったと判断することができる。
【0066】
一方、カーボンスティックについては、550℃で5時間加熱した試料では、加熱処理なしの試料に比べて、密度にほとんど変化が無かったのに対して、600℃で1時間加熱した試料では、密度が大きく減少していた。
【0067】
各々の試料について、表1にカーボンスティック(単にスティックとも言う)の密度と高さを示す。
カーボンスティックの密度については、面積1.2×10−3mm2の領域におけるカーボンスティックの本数を0.1mm間隔で5回計測し、計測された本数の平均値と標準偏差を記している。
また、カーボンスティックの高さについては、基板中央の破断面から0.2mm以内にある0.12mm2の領域でND層上面よりカーボンスティック先端までの最短距離を断面像観察により計測したとき、最も高いカーボンスティック5本についての平均値を代表高さとした。カーボンスティックの形状による電界集中係数が電子放出特性に大きな影響を与えていることが分かっているためである。
【0068】
【表1】
【0069】
表1に示す結果から、550℃で5時間加熱した試料に対して、600℃で1時間加熱した試料では、スティック密度と代表高さとは、ともに約3分の1の値になっていることが分かる。
このことから、カーボンスティックはND層とは異なり、550℃で5時間加熱した試料よりも、600℃で1時間加熱した試料の方が、強くエッチングの影響を受けていることが示唆された。
また、このことは、550℃で5時間加熱した試料では、電子放出特性の劣化が見られず、むしろ閾値電界強度が下がっている(図7(b)参照)のに対して、600℃で1時間加熱した試料では、電子放出特性に劣化が見られる(図6(d)参照)ことと符合する。
【0070】
550℃以下の加熱によって閾値電界強度が減少していく傾向をもつ原因としては、600℃の加熱と比較して緩やかなエッチングにより、カーボンスティックの高さを保持したままカーボンスティックの径が細くなることで、電子放出が発生するカーボンスティックの先端部分の電界集中が増大したことが考えられる。
【0071】
600℃で3時間加熱した試料では、ND層は完全に消失していたが、断面観察では判別することができなかったCNWの一部と思われる細かく断片化した薄膜状の物質が存在し、その中に長さが数μmのカーボンスティックが見られた。しかし、断面観察では確認することができなかったことから、それらのカーボンスティックは、基板に対して鉛直な方向に保持されていないとみなすことができる。このようなカーボンスティックの形態変化が、先端部の電界集中を弱め、図7(c)に示されるように電子放出特性が大きく劣化する原因になったと考えられる。
【0072】
以上の実験結果から、以下の結論が導かれる。
(i)ND/CNW膜は、大気中における550℃以下の加熱では、カーボンスティックのエッチングが緩やかであり、電子放出特性は良好に保たれる
(ii)550℃以下の加熱によって、閾値電界強度はむしろ減少する傾向をもつ
(iii)550℃、3時間以上の加熱で、電子放出密度分布の均一性に劣化が見られ始める
(iv)600℃の加熱では、1時間の加熱で膜質のエッチングによる電子放出の劣化が見られ、3時間の加熱でND/CNW膜の大部分が消失する
【0073】
上記結論(i)及び(ii)より、以下の事項が導かれる。
大気中における580℃以下の加熱では、電子放出特性は良好に保たれ、閾値電界強度はむしろ減少する。
以下、この理由について説明する。
電子放出素子を加熱温度T℃で時間tだけ加熱した場合において、該電子放出素子が、550℃で5時間加熱したときと同程度のエッチングを受けるとき、グラファイトの酸化の際の活性化エネルギーを援用すると、アレニウスの式から以下の式が成立する。
ここで、Rは気体定数で8.31JK−1mol−1、Eは酸素と反応するための活性化エネルギーである。酸素分子とグラファイトの反応の活性化エネルギーを援用すると、Eは168kJ/molとなる(J. Phys. Chem. B, 1998, 102 (52), pp 10799-10804 参照)。
この式を用いて計算すると、加熱温度が580℃以下であれば、エッチングの程度は緩やかであり、電子放出特性が良好に保たれ、閾値電界強度がむしろ減少すると言うことができる。
【0074】
【数1】
【0075】
上記結論(iii)の原因としては、以下のようなメカニズムが考えられる。
電子放出素子に対して加熱処理が行われなければ、カーボンスティックは、ND層によって鉛直方向に保持されるが、加熱によりND層が減少することで、カーボンスティックの保持力が部分的に失われる。これにより、エミッションを行うことができるカーボンスティックの密度が減少し、また、カーボンスティックの密度が減少することで、生き残ったカーボンスティックに対するデバイ遮蔽が弱まる。その結果、その部分の電子放出が強くなることで、不均一性が生じるのではないかと考えられる。
図8(b)に示されるように、550℃、3時間の加熱により、ND層がやや薄くなるため、電子放出密度分布の均一性に劣化が見られ始めるのではないかと考えられる。
なお、上記と同様、電子放出素子を加熱温度T℃で時間tだけ加熱した場合において、該電子放出素子が、550℃で3時間加熱したときと同程度のエッチングを受けるとき、以下の式が成立する。
【0076】
【数2】
【符号の説明】
【0077】
1、100 電界放出型光源
10 ファンネル型FEL容器
11、111 アノード電極
12、112 蛍光体層
13、113 カソード電極
16、116 ステム
18 フェース硝子
30 電子放出膜
31 カーボンナノウォール層(CNW層)
32 ナノダイヤモンド層(ND層)
33 カーボンスティック
110 チューブ型FEL容器
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放出型光源(Field Emission Light:以下、FELともいう)の製造方法、及び、電界放出型光源に関する。
【背景技術】
【0002】
FELは、真空蛍光ディスプレイ(Vacuum Fluorescent Display)やブラウン管(Cathode Ray Tube)と同じく、電子線照射によって励起された蛍光体の発光、すなわちカソードルミネセンスを利用するものであるが、電子放出源としてフィラメントではなく、量子的な効果で電子放出を行う電界電子放出素子を使用することに特徴がある。
【0003】
電界電子放出素子を使用すると、ブラウン管のようにフィラメントの加熱を必要とせずに大きな電流を取り出せるため、低消費電力で高輝度な発光を得ることができ、耐久性も高いことが知られている。
【0004】
FELの例として、真空封止容器内に電界放出用陰極(カソード電極)が配置され、電界放出用陰極から放出された電子の衝突によって発光する蛍光物質層が真空容器の内面に形成された構成等が知られている。
【0005】
本発明者らは、炭素系電子放出素子の研究を進める過程で、DCプラズマCVD法により、基板上に、花弁状グラフェンシートの集合体であるカーボンナノウォール(CNW:carbon nanowall)の層と、ナノメートルサイズのダイヤモンド結晶子の集合体であるナノダイヤモンド(ND:nano‐diamond)層を積層成膜することで、閾値電界強度、すなわち、1mA/cm2の電子放出を行うために必要となる電界強度が1V/μm以下の電子放出素子が得られることを見出した。そして、その特性とその成膜方法についての調査を行ってきた(特許文献1〜3及び非特許文献1参照)。
【0006】
その結果、本発明者らがND/CNW膜と呼ぶこの積層膜は、ND層上にある太さが100nm、長さが10〜40μm程度の棒状グラファイトが微視的な電子放出サイトを担い、その棒状グラファイトの電界集中効果がND/CNW膜の電子放出特性を決定する主要因であることを明らかにしてきた(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4469770号公報
【特許文献2】特許第4469778号公報
【特許文献3】特許第4376914号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Research on characteristics of an electron emission using nano-diamond in long term operation, J. Jpn. Soc. Abras. Technol., 51, 11 (2007) 674 (in Japanese) (technical report)
【非特許文献2】Origin of Field Emission from a Nano-Diamond/Carbon Nanowall Electron Emitter, Jpn. J.Appl. Phys., 47 (2008) 2241.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
FELの製造工程のなかには、電子放出素子を加熱する工程が存在する。本発明者らは、これまで、ND/CNW膜を有する電子放出素子が真空中で800℃まで電子放出特性がほとんど変化しないことを確認していたため、そのような加熱工程を真空中で行うということも考えられた。しかしながら、そのような加熱工程を真空中で行うと生産コストが増大してしまうという問題があった。
これに対し、そのような加熱工程を大気中で行うことができれば生産コストを低く抑えることが可能となる。ただ、反応性の高い酸素を含む大気中での加熱に対するND/CNW膜の電子放出特性の耐性については、不明な点が多い。電子放出素子を大気中で加熱することによって、電子放出特性を劣化させてしまうことは避けなければならない。
【0010】
本発明は、上述した点に鑑みてなされたものであり、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けつつ、生産コストを低く抑えることが可能な電界放出型光源の製造方法、及び、該製造方法によって製造された電界放出型光源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記構成を備える電界放出型光源の製造方法を提供する。
(1)電界放出型光源の製造方法であって、
上記電界放出型光源は、
真空封止容器と、
上記真空封止容器内に配設され、ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子と
を備え、
上記製造方法は、
大気中において、上記電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する加熱工程を含む
ことを特徴とする電界放出型光源の製造方法。
【0012】
上記(1)の発明によれば、電子放出素子を加熱する工程が、大気中で行われるため、生産コストを低く抑えることができる。一方で、当該加熱工程における加熱温度は、580℃以下、すなわち、大気中におけるND/CNW膜の耐熱性の上限値以下であるため、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けることができる。むしろ、適度な加熱が行われることにより、閾値電界強度が減少するという意外な効果を奏する。
なお、本発明において、大気中とは、大気圧下の空気中を意味する。
また、本発明における加熱工程は、電界放出型光源の製造において必須の工程であってもよいし、必須の工程ではなくてもよい。すなわち、電界放出型光源の製造において必須の工程とは別に、本発明における加熱工程を経ることとしてもよい。例えば、電界放出型光源の製造において必須の工程とは別に、閾値電界強度を減少させることを目的として、電子放出素子単独で、大気中において加熱することとしてもよい。
【0013】
また、本発明は、下記構成を備えることが望ましい。
(2)上記(1)の電界放出型光源の製造方法であって、
上記真空封止容器は、複数の部材からなり、
上記加熱工程は、
上記複数の部材に囲まれるように上記電子放出素子を配置した状態で、大気中において580℃以下の温度で加熱して上記複数の部材同士を接合することにより、上記真空封止容器を組み立てる組立工程である。
【0014】
電界放出型光源の製造においては、電子放出素子を組み込んだ状態で、フリットガラス等を用いて真空封止容器の構成部材同士を接合する工程(組立工程)が必要である。この工程では、電子放出素子を含めた真空封止容器全体が、フリットガラス等の溶融温度である500℃近くまで加熱される。
この点、上記(2)の発明によれば、このような組立工程が大気中で行われるため、生産コストを低く抑えることができる。一方で、当該組立工程における加熱温度は、580℃以下、すなわち、大気中におけるND/CNW膜の耐熱性の上限値以下であるため、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けることができる。むしろ、適度な加熱が行われることにより、閾値電界強度が減少するという意外な効果を奏する。
【0015】
また、本発明は、下記構成を備えることが望ましい。
(3)上記(1)又は(2)の電界放出型光源の製造方法であって、
上記加熱工程における加熱温度は、550℃以下であり、加熱時間は、3時間以内である。
【0016】
上記(3)の発明によれば、電子放出密度分布の均一性が劣化してしまうことを避けながら、生産コストを低減することができる。
【0017】
また、本発明は、下記構成を備える電界放出型光源を提供する。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかの製造方法によって製造された電界放出型光源。
【0018】
上記(4)の発明によれば、閾値電界強度の低い電子放出素子を備えた電界放出型光源を提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電子放出素子の電子放出特性を劣化させることを避けつつ、生産コストを低く抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
【図2】図2は、ワイヤエミッタの一例を模式的に示す断面図である。
【図3】図3は、真空封止容器を組み立てた後にエージング処理を行う様子を示す模式図である。
【図4】図4は、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
【図5】図5は、電子放出特性測定システムの概要を示す模式図である。
【図6】図6(a)は、450℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(b)は、500℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(c)は、550℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図6(d)は、600℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【図7】図7(a)は、550℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図7(b)は、550℃で5時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。図7(c)は、600℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【図8】図8(a)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図8(b)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図8(c)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【図9】図9(a)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。図9(b)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【図10】図10(a)は、大気下加熱しなかった電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(b)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(c)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(d)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(e)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。図10(f)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
まず、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)について説明する。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、電界放出型光源1は、ファンネル型FEL容器10と、アノード電極11と、蛍光体層12と、カソード電極13と、給電部14と、ステム16と、キャップ部17と、フェース硝子18とを備える。
【0023】
ファンネル型FEL容器10と、ステム16と、フェース硝子18とによって、真空封止容器が構成される。すなわち、ファンネル型FEL容器10と、ステム16と、フェース硝子18とは、本発明における複数の部材に相当するものである。
【0024】
アノード電極11は、真空封止容器内であって、ファンネル型FEL容器10の内壁面上に形成されている。
アノード電極11は、金属膜、又は、金属酸化物膜からなる。
アノード電極を構成する金属膜の種類としては、アルミニウム膜、炭素膜等が挙げられる。
金属酸化物膜の種類としては、酸化スズ・インジウム、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化インジウム等が挙げられる。
【0025】
蛍光体層12は、アノード電極11上に形成されている。
蛍光体層12としては、例えば、P15蛍光体(ZnO:Zn)、P22蛍光体(青:ZnS:Ag,Cl、ZnS:Ag,Al、緑:ZnS:Cu,Al、ZnS:Cu,Au,Al、赤:Y2O2S:Eu3+)、P53蛍光体(Y3Al5O12:Tb3+)、P56蛍光体(Y2O3:Eu3+)等を用いることができる。その他、電子線照射により発光する蛍光体であればその種類は特に限定されるものではない。
なお、蛍光体層12には、蛍光体をアノード電極11に固定する結着材が含まれる。
また、蛍光体層12の表面には、透明保護膜が形成されていてもよい。
透明保護膜は、蛍光体層12の電子線照射による劣化を抑制するもので、透明でかつ、蛍光体よりも電子線照射に対して耐性の強い酸化ケイ素、酸化チタンのいずれかの材料で構成されている。これらの材料を100〜200nm厚で蛍光体層12上に付着させることで、カソード電極13から放出された電子が、蛍光体層12に到達するとともに、蛍光体層12で発光した光を遮蔽なしに取り出すことが可能になる。また、蛍光体層12における蛍光体の劣化速度を大幅に低減することができる。
【0026】
カソード電極13は、複数の直線状のワイヤエミッタ13aからなる。
以下、図2を用いて、ワイヤエミッタ13aについて説明する。
図2は、ワイヤエミッタの一例を模式的に示す断面図である。
図2に示すように、ワイヤエミッタ13aは、基板21と、基板21の表面に形成された電子放出膜30とからなる。
ワイヤエミッタ13aは、本発明における電子放出素子に相当するものである。
【0027】
本発明において、基板としては、少なくとも半導体、金属、又は、半金属のいずれかを含む導電性材料、例えばSi、Mo、Ni、ステンレス合金からなる基板を用いることができる。
上記基板としては、導電性セラミック、あるいは、黒鉛を含有するセラミックからなる電極を用いることが、特に望ましい。上記基板としてこのような材料からなる電極を用いると、基板の上に炭素膜が成膜される場合、基板と炭素膜との熱膨張率が近いため、熱膨張による基板と炭素膜との間の剥離が防止されるからである。
【0028】
電子放出膜30は、電子を放出する部位であり、カーボンナノウォール層(CNW層)31と、ナノダイヤモンド層(ND層)32と、カーボンスティック33とを備える。
電子放出膜は、本発明におけるナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜に相当するものである。
【0029】
カーボンナノウォール層(CNW層)31は、基板21上に形成されており、曲面をなす花弁状(扇状)の複数の炭素薄片が起立しながら互いにランダムな方向に繋がりあって構成されている。カーボンナノウォール層(CNW層)31の厚さは、0.1nm〜10μmである。各炭素薄片は、格子間隔が0.34nmの数層〜数十層のグラフェンシートから構成されている。
【0030】
ナノダイヤモンド層(ND層)32は、カーボンナノウォール層(CNW層)31上に連続して堆積され、電子放出膜30の厚さ方向に積層されたダイヤモンド微粒子32aと、ダイヤモンド微粒子32aの隙間に介在する無定形炭素32bとを備える。
ダイヤモンド微粒子32aは、粒径が5nm〜10nmの微粒子である。
ナノダイヤモンド層(ND層)の厚さは、1〜5μmである。
ナノダイヤモンド層(ND層)32の厚さを3μmとすると、厚さ方向にダイヤモンド微粒子32aが数百個連続して積層されることになる。ダイヤモンド微粒子32aは、絶縁体であるが、隙間に介在するsp2結合の無定形炭素32bがグラファイト構造により導電性を示すために、電子放出膜30全体として電気伝導性を帯びている。
【0031】
カーボンスティック33は、主にカーボンナノウォール層(CNW層)31の一部が成長した針状のスティックであり、電子放出膜30の表面に起立した状態で形成されている。
また、カーボンスティック33は、sp2結合の炭素を有し、中央の芯部の周辺を鞘部が覆う構造となっている。
カーボンスティックは、径(太さ)方向に対する伸長方向のアスペクト比が10以上であるが、30以上であることがより望ましい。
また、カーボンスティックの径は、10nm〜300nm程度である。
カーボンスティックの高さは、10〜50μmであることが望ましい。
カーボンスティックの密度は、5000〜75000本/mm2であるが、5000〜15000本/mm2であることがより望ましく、10000〜15000本/mm2であることがさらに望ましい。
【0032】
以上、図2を用いて、電子放出膜30について説明した。
電子放出膜30は、蛍光体層12に対向する部位にのみ形成されている。
【0033】
カソード電極13は、給電部14によって支持されている。給電部14は、導電性を有する金属から構成されている。
図1において、電源15の一端は、給電部14に接続され、電源15の他端は、アノード電極11に接続されている。
【0034】
ファンネル型FEL容器10の下端部は、ステム16に固定されている。ステム16は、排気管及び電流導入端子を備える。
なお、本発明においては、真空封止容器内に直接電流導入端子が導入されてもよく、アルミナ絶縁碍子を介して電流導入端子が封着されてもよい。
【0035】
カソード電極13の先端部のうち、給電部14によって支持されていない側の先端部は、キャップ部17によって固定されている。キャップ部17は、ワイヤエミッタ13aの端部に生じる電界集中を抑制し、キャップ部17の近傍の電界強度を均一化する機能を有する。
【0036】
ファンネル型FEL容器10の上端部は、フェース硝子18に固定されている。フェース硝子18は、可視光に対して高い透過率を有するガラスから構成されている。
【0037】
以上の構成を有する電界放出型光源1において、カソード電極13とアノード電極11との間に電圧が印加されると、カソード電極13の表面に形成された電子放出膜から電子線が放出される。放出された電子線は、蛍光体層12に向かい、蛍光体層12に衝突して蛍光体が発光する。
蛍光体からの発光の大部分は、フェース硝子18を介して外部に取り出される。
蛍光体からの発光のうち、アノード電極11側に向かった光子は、アノード電極11がアルミニウム膜のような可視光反射率の高い膜からなる場合は、アノード電極11で反射して上側に向かう。従って、このような光子もフェース硝子18を介して外部に取り出される。
【0038】
以上、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)について説明した。
続いて、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)の製造方法について説明する。
【0039】
(1)カソード電極の作製
基板21上に電子放出膜30を形成することにより、電子放出素子を作製する。
電子放出膜の形成方法としては、特に限定されず、DCプラズマCVD法、熱CVD法、スパッタ法等の方法を適宜採用することができる。例えば、特許第4445539号公報に開示された方法を採用することにより、ナノダイヤモンド層(ND層)とカーボンナノウォール層(CNW層)の積層構造よりなるND/CNW層を形成することができる。
【0040】
上記(1)の工程の後、作製した電子放出素子の表面に付着する不安定な物質を取り除くために、大気中において、電子放出素子を加熱(ベーキング)してもよい。当該ベーキングにおける加熱温度が580℃以下である場合、当該ベーキングの工程は、本発明における加熱工程に相当する。
【0041】
(2)アノード電極及び蛍光体層の作製
ファンネル型FEL容器10の内壁面上に、金属膜、又は、金属酸化物膜を形成する。
これらの金属膜、金属酸化物膜は、蒸着法、スパッタ法等の方法を材料に応じて選択することによって好適に形成することができる。
その後、金属膜、又は、金属酸化物膜の上に蛍光体を塗布することにより、蛍光体層を形成する。
【0042】
(3)組み立て
大気中において、上記(1)の工程で作製した電子放出素子を組み込んだ状態で、ファンネル型FEL容器10の上端部とフェース硝子18とをフリットガラス等により接着固定し、上記(2)の工程で金属膜(金属酸化物膜)及び蛍光体層が形成されたファンネル型FEL容器10の下端部と、ステム16とを、フリットガラス等により接着固定することにより、真空封止容器を組み立てる。
その際、電子放出素子を含めた真空封止容器全体が、低融点フリットガラス等の溶融温度である500℃近くまで加熱される。本工程は、本発明における加熱工程に相当する。
なお、ステム16は、電流導入端子及び排気管20を備える(図3参照)。
図3は、真空封止容器を組み立てた後にエージング処理を行う様子を示す模式図である。
【0043】
(4)エージング
上記(3)の工程の後、図3に示すように、電子放出素子がカソード電極13となり、ファンネル型FEL容器10の内壁面に形成された金属膜又は金属酸化物膜がアノード電極11となるように、電流導入端子を介して導線を接続する。
そして、排気管20を通して真空封止容器内の排気を行いながら、カソード電極13とアノード電極11との間に電圧を印加することにより、エージングを行う。
【0044】
その後、真空封止を行うことにより、FELを製造する。
なお、上記(4)の工程とともに、又は、上記(4)の工程に代えて、真空封止容器を加熱するベーキング工程を経ることとしてもよい。当該ベーキング工程では、電子放出素子は真空中において加熱されるため、当該ベーキング工程は、本発明における加熱工程には相当しない。
【0045】
以上で説明したように、本発明における加熱工程は、大気中において電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する工程である。
加熱工程における加熱温度は、400℃以上であることが望ましく、450℃以上であることがより望ましい。また、加熱温度は、550℃以下であることが望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱工程における加熱時間は、1分以上であることが望ましく、30分以上であることがより望ましく、1時間以上であることがさらに望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱時間は、7時間以内であることが望ましい。これにより、適度な加熱が行われることになるため、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。また、加熱時間は、3時間以内であることがより望ましい。これにより、電子放出密度分布の均一性が劣化してしまうことを避けることができる。
また、加熱工程においては、加熱温度が450〜550℃であり、加熱時間が1〜3時間であることが特に望ましい。このとき、電子放出密度分布の均一性を維持しながら、電子放出素子の閾値電界強度を減少させることができる。
また、加熱工程が組立工程である場合、加熱温度は、450〜490℃であることが望ましい。近年、環境負荷低減の観点から、フリットガラスの脱鉛化が進められているところ、鉛レスフリットガラスにおける接合温度は、450〜490℃である。組立工程における加熱温度を450〜490℃とし、鉛レスフリットガラスを用いて真空封止容器を組み立てることにより、環境負荷低減の要請に応えることができる。
加熱工程が組立工程である場合において、加熱温度が450〜490℃であるとき、加熱時間は、5分〜1時間であることが望ましい。ただし、組み立て後の冷却過程において熱応力の発生を防ぐため徐冷することが望ましい。
【0046】
以上、本発明の一実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明した。
上述した実施形態では、FEL容器として、ファンネル型FEL容器を用いる場合について説明した。図1に示すように、ファンネル型FEL容器は漏斗形状を有しているが、本発明において、FEL容器の形状は、特に限定されない。
以下、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明する。
【0047】
図4は、本発明の他の実施形態に係る電界放出型光源を模式的に示す断面図である。
図4に示すように、電界放出型光源100は、チューブ型FEL容器110と、アノード電極111と、蛍光体層112と、カソード電極113と、給電部114と、ステム116とを備える。
チューブ型FEL容器110と、ステム116とによって、真空封止容器が構成される。すなわち、チューブ型FEL容器110と、ステム116とは、本発明における複数の部材に相当するものである。
【0048】
図1に示す実施形態では、アノード電極11がファンネル型FEL容器10の内壁面上に形成されており、蛍光体層12がアノード電極11上に形成されている。
これに対し、図4に示す実施形態では、蛍光体層112がチューブ型FEL容器110の内壁面上に形成されており、アノード電極111が蛍光体層112上に形成されている。
すなわち、図1に示す電界放出型光源1が電子照射面発光利用型FELであるのに対し、図4に示す電界放出型光源100は透過光利用型FELである。
透過光利用型FELにおいては、電子放出膜から放出された電子は電極間に印加された電圧によって加速された後、アノード電極に入射する。高い運動エネルギーをもつ電子は薄膜によって形成されているアノード電極を貫通し、蛍光体層に入射される。透過光利用型FELは、この蛍光体層へ入射された電子によって蛍光体を励起発光させ、その光を蛍光体が塗布される真空封止容器を通して外部に放射させることで照明光を得る構造となっている。
本発明における電界放出型光源は、電子照射面発光利用型FELであってもよいし、透過光利用型FELであってもよい。
また、図4に示す例では、電界放出型光源100が透過光利用型FELであることとしているが、FEL容器としてチューブ型FEL容器を用いる場合であっても、電界放出型光源を電子照射面発光利用型FELとしてもよい。
【0049】
図4に示す実施形態においても、図1に示す実施形態と同様にして、電子放出素子を作製する。
図4に示すような透過光利用型FELを製造する場合、チューブ型FEL容器の内壁面上に蛍光体を塗布することにより、蛍光体層を形成し、蛍光体層の上に、金属膜又は金属酸化物膜を形成する。一方、電子照射面発光利用型FELを製造する場合には、チューブ型FEL容器の内壁面上に金属膜または金属酸化物膜を形成し、その上に蛍光体層を形成する。
その後、大気中において、電子放出素子を組み込んだ状態で、チューブ型FEL容器110の端部と、電流導入端子及び排気管を備えるステムとを、フリットガラス等により接着固定することにより、真空封止容器を組み立てる。
【0050】
以上、図4に示す実施形態に係る電界放出型光源(FEL)及びその製造方法について説明した。以上で説明した点以外については、図1に示す実施形態において説明した通りであるので、ここでの説明は省略する。
【0051】
(実施例)
大気中でのND/CNW膜の電子放出特性に対する耐熱性の上限を評価するとともに、大気中での加熱がND/CNW膜にどのように影響していくかを調査するために、以下の実験を行った。
【0052】
(I)電子放出素子の作製
ND/CNW膜の基板として、低抵抗のp型(100)Si基板を使用した。堆積物の核形成密度を向上させるための前処理として、粒径約1μmのダイヤモンド粉により擦過処理を行った後(Study of pretreatment technique for production of field emission devices, J. Jpn. Soc. Abras. Technol., 51, 10 (2007) 611 (in Japanese) (technical report) 参照)、基板温度計測システムと基板温度制御機構を備えるDCプラズマCVD装置(特許文献1〜3参照)によってND/CNW膜の成膜を行った。
成膜条件は、以下の通りであった。
導入ガス・・・H2:500sccm、CH4:50sccm
圧力・・・8kPa
印加電流・・・6.5A
成膜時間・・・CNW:2.5時間、ND:2時間
基板温度・・・CNW:1020〜965℃、ND:930℃
成膜プロセスは、まず、温度制御機構を機能させない状態でCNW層をSi基板上に形成した後、印加電流を維持したまま温度制御機構により基板温度を930℃に維持することで、ND層をCNW層上に連続的に形成させた。
【0053】
(II)電子放出素子の加熱
大気中において、同時にND/CNW膜を成膜された6mm角の基板12枚を1セットとして、マッフル炉で加熱を行った。昇温速度は10℃/minとし、所定の温度(450℃、500℃、550℃、又は、600℃)、所定の時間(1時間、3時間、又は、5時間)で加熱を行った後、炉内で徐冷した。
【0054】
(III)電子放出特性の測定
図5に示す高圧スイッチを利用した間欠的な電圧印加システムにより、電子放出特性を測定した。
図5は、電子放出特性測定システムの概要を示す模式図である。
真空チャンバー内で測定基板1セット(ND/CNW膜を成膜された6mm角の基板12枚)を陰極に配置し、陽極である蛍光板(ZnO:Zn蛍光体を塗布したITOガラス)との間隔を2.9mmとした。DCの高圧電源の出力を高圧スイッチと信号発生器(オンタイム繰り返し周波数:500Hz、デューティ比:0.5%)でパルス化し、パルスごとの電界強度(電圧/電極間距離)、電子放出密度(電流/基板面積)の変化を、オシロスコープにより256回積算平均して計測した。電子放出特性の計測は、真空チャンバー内の圧力を5×10−5Paとした後、電圧を徐々に印加することで電子放出密度のピーク値jpを6mA/cm2 まで上昇させ、その状態を30分間維持することで特性を安定させた後、jpを1mA/cm2となるまで電圧を下げた状態で行った。
また、その時の電子放出密度分布を示す蛍光板の発光状態を、撮影条件を固定したデジタルカメラによって撮影した。
【0055】
(IV)電子放出素子の断面観察
基板を中央で破断し、その破断面に対して鉛直方向から電子顕微鏡により観察した。
【0056】
(V)電子放出素子の表面観察
基板に鉛直な方向から60°の角度で、電子顕微鏡により観察した。
【0057】
図6(a)は、450℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(b)は、500℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(c)は、550℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図6(d)は、600℃で1時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【0058】
蛍光体は、電子線照射密度にほぼ比例して発光強度が増大するため、明るい部分ほど蛍光板への電子照射密度が高いことを示している。
図5に示されるように、電極が平行で電極間隔が短い場合、電子線照射密度分布は電子放出密度分布とみなすことができる。
一方、蛍光体の発光強度は、蛍光体の温度や印加電圧によって影響を受けるため、明るさの絶対値を各発光像間で直接比較することができない。
このため、画像データの蛍光板が発光している部分にあたるピクセル群について、明るさの標準偏差を平均値で規格化した変動係数(CV)を計算し、これを電子放出密度分布の不均一性を表す指標として図6(a)〜図6(d)に示している。
【0059】
図6(a)〜図6(c)のように、450℃、500℃、550℃での加熱では、より温度の高い方が、閾値電界強度が減少した。また、蛍光板発光の明るさの変動係数に大きな変動は見られず、その差は0.01程度であった。
これに対して、図6(d)のように、600℃で加熱した試料では、電子放出の立ち上がりである低電界強度側では、加熱した試料の方が電子放出密度が大きいが、電子放出密度が0.1mA/cm2以上の部分では、同じ電界強度で加熱前の試料の方が電子放出密度が大きかった。その結果、閾値電界強度は0.05V/μm程度上昇した。また、加熱した試料では加熱前に見られなかった蛍光板発光の偏りが生じた結果、変動係数は0.45と加熱前の倍に近い値となっていた。閾値電界強度が大きな変化を受けていないにも関わらず、電子放出に偏りが生じていることは、600℃加熱によって試料中で電子放出特性が向上している部分と劣化している部分とが両方存在することを示唆している。
【0060】
図7(a)は、550℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図7(b)は、550℃で5時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
図7(c)は、600℃で3時間大気下加熱処理を行った電子放出素子について、加熱処理前後における電子放出特性の変化、及び、ピーク電流が1mA/cm2の時の蛍光板発光状態の変化を示す図である。
【0061】
図7(a)及び図7(b)のように、550℃で3時間加熱した試料及び550℃で5時間加熱した試料の両方で、550℃で1時間加熱した結果(図6(c)参照)よりも大きく閾値電界強度が減少した。蛍光体発光の偏りについては、両方とも変動係数が増大し、電子放出密度の不均一性が増大した。
図7(c)のように、600℃で3時間加熱した試料では、加熱前に比べて電子放出特性が大きく劣化し、閾値電界強度は2V/μm以上となった。また、蛍光板発光は点状の発光部分が離散的に存在するだけであり、電子放出の均一性は大きく損なわれた。
【0062】
図8(a)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図8(b)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図8(c)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図9(a)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図9(b)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子を中央部で破断したときの断面を撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【0063】
図8(a)〜図8(c)に示す電子放出素子においては、CNW層の上に、数μmの厚さのND層が存在し、ND層の上に、電子放出サイトとなるカーボンスティックと呼ばれる高さ数十μm、太さ数百nmの棒状の炭素堆積物が存在している。
図8(a)〜図8(c)に示す断面像を比べることで、550℃で維持される時間が長くなるに従って、ND層が薄くなっていることが分かる。また、図8(a)〜図8(c)に示す断面像から、550℃で5時間までの加熱では、ND層がエッチングを受けていても、基板に対して鉛直な方向へ保持されたカーボンスティックが存在していることを確認することができる。
これに対して、600℃で1時間加熱した電子放出素子については、図9(a)のように、CNW層、ND層、及び、カーボンスティックの存在を確認することができたが、600℃で3時間加熱した電子放出素子については、図9(b)のように、CNW層及びND層の大部分がエッチングされており、断面観察では、ND/CNW膜が残存していることを確認することができなかった。また、600℃で加熱した電子放出素子については、基板に対して鉛直な方向へ保持されたカーボンスティック(図9(a)及び図9(b)参照)を見つけることはできなかった。
【0064】
図10(a)は、大気下加熱しなかった電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(b)は、550℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(c)は、550℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(d)は、550℃で5時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(e)は、600℃で1時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
図10(f)は、600℃で3時間大気下加熱した電子放出素子の表面を基板に鉛直な方向から60°の角度で撮像して得られた二次電子像を示す図である。
【0065】
断面像からは明瞭でなかったが、図10(b)〜図10(d)のように、550℃で5時間加熱した試料では、550℃で1時間加熱した試料及び550℃で3時間加熱した試料に比べてエッチングをより強く受けることで、ND層表面の凹凸が大きくなり、部分的にCNW層が露出している。
また、図10(e)のように、600℃で1時間加熱を行った試料についても同様の凹凸が生じ、部分的にCNW層が露出している。
しかし、表面に残留しているNDの凝集体の平均的な大きさが、550℃で5時間加熱した試料で2μm程度であるのに対して、600℃で1時間加熱した試料では5μm程度と大きいことから、ND層については600℃で1時間加熱した試料の方がエッチングの影響が小さかったと判断することができる。
【0066】
一方、カーボンスティックについては、550℃で5時間加熱した試料では、加熱処理なしの試料に比べて、密度にほとんど変化が無かったのに対して、600℃で1時間加熱した試料では、密度が大きく減少していた。
【0067】
各々の試料について、表1にカーボンスティック(単にスティックとも言う)の密度と高さを示す。
カーボンスティックの密度については、面積1.2×10−3mm2の領域におけるカーボンスティックの本数を0.1mm間隔で5回計測し、計測された本数の平均値と標準偏差を記している。
また、カーボンスティックの高さについては、基板中央の破断面から0.2mm以内にある0.12mm2の領域でND層上面よりカーボンスティック先端までの最短距離を断面像観察により計測したとき、最も高いカーボンスティック5本についての平均値を代表高さとした。カーボンスティックの形状による電界集中係数が電子放出特性に大きな影響を与えていることが分かっているためである。
【0068】
【表1】
【0069】
表1に示す結果から、550℃で5時間加熱した試料に対して、600℃で1時間加熱した試料では、スティック密度と代表高さとは、ともに約3分の1の値になっていることが分かる。
このことから、カーボンスティックはND層とは異なり、550℃で5時間加熱した試料よりも、600℃で1時間加熱した試料の方が、強くエッチングの影響を受けていることが示唆された。
また、このことは、550℃で5時間加熱した試料では、電子放出特性の劣化が見られず、むしろ閾値電界強度が下がっている(図7(b)参照)のに対して、600℃で1時間加熱した試料では、電子放出特性に劣化が見られる(図6(d)参照)ことと符合する。
【0070】
550℃以下の加熱によって閾値電界強度が減少していく傾向をもつ原因としては、600℃の加熱と比較して緩やかなエッチングにより、カーボンスティックの高さを保持したままカーボンスティックの径が細くなることで、電子放出が発生するカーボンスティックの先端部分の電界集中が増大したことが考えられる。
【0071】
600℃で3時間加熱した試料では、ND層は完全に消失していたが、断面観察では判別することができなかったCNWの一部と思われる細かく断片化した薄膜状の物質が存在し、その中に長さが数μmのカーボンスティックが見られた。しかし、断面観察では確認することができなかったことから、それらのカーボンスティックは、基板に対して鉛直な方向に保持されていないとみなすことができる。このようなカーボンスティックの形態変化が、先端部の電界集中を弱め、図7(c)に示されるように電子放出特性が大きく劣化する原因になったと考えられる。
【0072】
以上の実験結果から、以下の結論が導かれる。
(i)ND/CNW膜は、大気中における550℃以下の加熱では、カーボンスティックのエッチングが緩やかであり、電子放出特性は良好に保たれる
(ii)550℃以下の加熱によって、閾値電界強度はむしろ減少する傾向をもつ
(iii)550℃、3時間以上の加熱で、電子放出密度分布の均一性に劣化が見られ始める
(iv)600℃の加熱では、1時間の加熱で膜質のエッチングによる電子放出の劣化が見られ、3時間の加熱でND/CNW膜の大部分が消失する
【0073】
上記結論(i)及び(ii)より、以下の事項が導かれる。
大気中における580℃以下の加熱では、電子放出特性は良好に保たれ、閾値電界強度はむしろ減少する。
以下、この理由について説明する。
電子放出素子を加熱温度T℃で時間tだけ加熱した場合において、該電子放出素子が、550℃で5時間加熱したときと同程度のエッチングを受けるとき、グラファイトの酸化の際の活性化エネルギーを援用すると、アレニウスの式から以下の式が成立する。
ここで、Rは気体定数で8.31JK−1mol−1、Eは酸素と反応するための活性化エネルギーである。酸素分子とグラファイトの反応の活性化エネルギーを援用すると、Eは168kJ/molとなる(J. Phys. Chem. B, 1998, 102 (52), pp 10799-10804 参照)。
この式を用いて計算すると、加熱温度が580℃以下であれば、エッチングの程度は緩やかであり、電子放出特性が良好に保たれ、閾値電界強度がむしろ減少すると言うことができる。
【0074】
【数1】
【0075】
上記結論(iii)の原因としては、以下のようなメカニズムが考えられる。
電子放出素子に対して加熱処理が行われなければ、カーボンスティックは、ND層によって鉛直方向に保持されるが、加熱によりND層が減少することで、カーボンスティックの保持力が部分的に失われる。これにより、エミッションを行うことができるカーボンスティックの密度が減少し、また、カーボンスティックの密度が減少することで、生き残ったカーボンスティックに対するデバイ遮蔽が弱まる。その結果、その部分の電子放出が強くなることで、不均一性が生じるのではないかと考えられる。
図8(b)に示されるように、550℃、3時間の加熱により、ND層がやや薄くなるため、電子放出密度分布の均一性に劣化が見られ始めるのではないかと考えられる。
なお、上記と同様、電子放出素子を加熱温度T℃で時間tだけ加熱した場合において、該電子放出素子が、550℃で3時間加熱したときと同程度のエッチングを受けるとき、以下の式が成立する。
【0076】
【数2】
【符号の説明】
【0077】
1、100 電界放出型光源
10 ファンネル型FEL容器
11、111 アノード電極
12、112 蛍光体層
13、113 カソード電極
16、116 ステム
18 フェース硝子
30 電子放出膜
31 カーボンナノウォール層(CNW層)
32 ナノダイヤモンド層(ND層)
33 カーボンスティック
110 チューブ型FEL容器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界放出型光源の製造方法であって、
前記電界放出型光源は、
真空封止容器と、
前記真空封止容器内に配設され、ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子と
を備え、
前記製造方法は、
大気中において、前記電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する加熱工程を含む
ことを特徴とする電界放出型光源の製造方法。
【請求項2】
前記真空封止容器は、複数の部材からなり、
前記加熱工程は、
前記複数の部材に囲まれるように前記電子放出素子を配置した状態で、大気中において580℃以下の温度で加熱して前記複数の部材同士を接合することにより、前記真空封止容器を組み立てる組立工程である
ことを特徴とする請求項1に記載の電界放出型光源の製造方法。
【請求項3】
前記加熱工程における加熱温度は、550℃以下であり、加熱時間は、3時間以内である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の電界放出型光源の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造された
ことを特徴とする電界放出型光源。
【請求項1】
電界放出型光源の製造方法であって、
前記電界放出型光源は、
真空封止容器と、
前記真空封止容器内に配設され、ナノダイヤモンド/カーボンナノウォール膜を有する電子放出素子と
を備え、
前記製造方法は、
大気中において、前記電子放出素子を580℃以下の温度で加熱する加熱工程を含む
ことを特徴とする電界放出型光源の製造方法。
【請求項2】
前記真空封止容器は、複数の部材からなり、
前記加熱工程は、
前記複数の部材に囲まれるように前記電子放出素子を配置した状態で、大気中において580℃以下の温度で加熱して前記複数の部材同士を接合することにより、前記真空封止容器を組み立てる組立工程である
ことを特徴とする請求項1に記載の電界放出型光源の製造方法。
【請求項3】
前記加熱工程における加熱温度は、550℃以下であり、加熱時間は、3時間以内である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の電界放出型光源の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造された
ことを特徴とする電界放出型光源。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2012−138210(P2012−138210A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288513(P2010−288513)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2010年度 砥粒加工学会学術講演会講演論文集(発行者:社団法人 砥粒加工学会 会長 奥山繁樹、発行日:平成22年8月26日)
【出願人】(509033169)高知FEL株式会社 (13)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2010年度 砥粒加工学会学術講演会講演論文集(発行者:社団法人 砥粒加工学会 会長 奥山繁樹、発行日:平成22年8月26日)
【出願人】(509033169)高知FEL株式会社 (13)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】
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