説明

電界放出型X線発生装置

【課題】特殊な電子放出素子を用いることなく、長寿命の電界放出型X線発生装置を得る。
【解決手段】電界放出型X線管10は、電子放出素子となる冷陰極12を備えている。冷陰極12に対しては、直流電源21から、高圧ケーブル22を介して、数十kVの負電圧が印加される。直流電源21近傍に設けた第1の電流制御抵抗31の他に、冷陰極12近傍には、第2の電流制御抵抗41が設けられている。
高圧ケーブル22に寄生しているインダクタンスLやキャパシタンスCに起因する過電流が発生して冷陰極12に流れようとしても、第2の電流制御抵抗41によって当該過電流がそのまま冷陰極12に流れることを防止でき、冷陰極12の長寿命化が図れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放出型X線発生装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、たとえばフラットパネルディスプレイの製造工程では、軟X線(微弱X線)を照射してイオンを生成し、これを利用して除電する技術が使われている。軟X線を発生させる装置としては、これまでフィラメント方式のX線発生装置が使用されてきたが、このフィラメント方式のX線発生装置では、消費電力が大きいという問題があった。
【0003】
そこで最近では、電界放出型電子源を用いたX線管(電界放出型X線管)が、常温での電子放出が可能なことから消費電力を低く抑えることができるため、従来のフィラメント方式のX線管に代わる方式として期待されている。しかしながら、数kV〜数十kVの高圧電圧を電界放出型X線管に印加すると、点灯時間の経過とともに電子放出特性が劣化するという問題がある。そのため数千時間以上の寿命が最低限要求される用途(たとえば除電用)などでは、電界放出型X線管を用いた装置は実用化されていないのが実情である。
【0004】
この点に関し、電界放出型のX線発生装置の長寿命を確保する技術して、エミッタとゲート電極間を所定の抵抗をもった配線で短絡する技術が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−53241号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、静電気帯電起因の電位発生による放電破壊防止を目的にしており、後述のように高圧ケーブルによって、電源と電界放出型X線管を結ぶ装置として構成した場合には、高圧ケーブルに発生する過電流や特に点灯開始時に発生しやすい突発的な異常電流の対策には十分ではない。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、長寿命の電界放出型X線発生装置を提供して、上記した問題の解決を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らが鋭意研究したところ、数kV〜数十kVの高圧電圧をX線管に印加した場合に、電子放出特性が劣化する大きな原因は、電界放出型X線管特有の電子放出源の電流の変動に誘発される過電流の発生であることが判った。
【0009】
これを図に基づいて説明すると、図2に示したように、たとえば除電用の装置として構成する場合、電界放出型X線管101に対しては、高圧ケーブル102を介して直流電源103から電界放出型X線管101内の電子放出素子に対して電圧を印加する構成となる。この高圧ケーブル102には、ケーブル長さに由来して寄生するいわゆる寄生インダクタンスLとキャパシタンスCが存在する。また高圧ケーブル102における直流電源103近傍の箇所には、過電流防止のための過電流防止抵抗104が設けることが通常考えられる。
【0010】
この状態で電界放出型X線管101が点灯すると、電界放出型X線管101はフィラメント方式のX線管よりも電子放出量の変動が大きく、この変動に起因して前記した寄生インダクタンスLとキャパシタンスCによって、高電圧がいわば二次的に高圧ケーブル102に発生することが判った。この二次的に発生した電圧は、過電流防止抵抗104を経由せず、その結果、図2に示した装置構成は、結局、図3に示した回路と等価となる。そのため、過電流防止抵抗104による過電流防止機能が働かず、電子源の電子放出量がさらに増大し、異常放電によるエミッタ(電子放出素子)の劣化を引き起こしてしまう。
【0011】
この劣化は、電子放出性能を次第に劣化させるため、電界放出型X線管101の寿命が短くなる。さらにまた、前記した寄生インダクタンスLとキャパシタンスCによって、とりわけ点灯開始時に極めて短時間に高電圧が高圧ケーブル102に発生することも判った。発明者らの知見では、最大で電界放出型X線管101の定格の110%の電圧が印加される可能性がある。
【0012】
そこでこのような問題に鑑み、本発明の電界放出型X線発生装置は、電子を放出する電子放出素子と、前記電子放出素子から放出された電子の照射によってX線を発生するターゲットと、前記ターゲットで発生したX線を外部に放出する窓部を有するX線管と、このX線管に対して高圧ケーブルを介して電圧を印加する電源部とを備え、前記電源部近傍には、当該電源部から前記高圧ケーブルを流れる電流を制限する第1の電流制御抵抗が設けられ、前記電子放出素子近傍には、前記高圧ケーブルから電子放出素子に流れる電流を制限する第2の電流制御抵抗が設けられ、前記第2の電流制御抵抗の抵抗値は、前記電子放出素子固有の抵抗値と前記電子放出素子−前記ターゲット間の抵抗値との合計抵抗値よりも小さいことを特徴としている。
【0013】
本発明によれば、前記した電源近傍に設けられる過電流防止用の第1の電流制御抵抗の他に、電子放出素子近傍に、前記高圧ケーブルから電子放出素子に流れる電流を制限する第2の電流制御抵抗が設けられているので、前記したような、寄生インダクタンスとキャパシタンスによって極めて短時間に高電圧が高圧ケーブルに発生しても、この第2の電流制御抵抗によって、電子放出素子からの電子放出量を抑制し、当該放出素子の保護を図って長寿命を実現することが可能である。
【0014】
第2の電流制御抵抗の抵抗値R[Ω]は、前記X線管に印加する電圧の絶対値をVoとしたとき、R=0.1×Vo〜1000×Vo であることが好ましい。
【0015】
また前記第2の電流制御抵抗は、前記電子放出素子と高圧ケーブル間において、前記電子放出素子から2m以内に設けられ、前記第2の電流制御抵抗と前記電子放出素子との間の高圧ケーブルに寄生するインダクタンスは2μH以下、かつキャパシタンスは200pF以下であることが好ましい。
【0016】
さらにまた本発明で使用される前記電子放出素子は、グラファイトを基材とした冷陰極であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、特殊な電子放出素子を用いることなく、長寿命の電界放出型X線発生装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施の形態にかかる電界放出型X線発生装置の構成を模式的に示した説明図である。
【図2】従来技術の下で構成した電界放出型X線発生装置の構成を模式的に示した説明図である。
【図3】図2の電界放出型X線発生装置の使用時の等価回路を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明すると、図1は実施の形態にかかる電界放出型X線発生装置1の全体の構成を模式的に示しており、電界放出型X線管10は、真空容器としての筐体11、電子放出素子としての冷陰極12、ターゲット13、及び筐体11内で発生したX線を外部に放出させる窓14を有している。
【0020】
筐体11は、内部を気密に維持できる絶縁性のある材質で構成されている。たとえばガラス材と絶縁材とで構成される。筐体11内部には、冷陰極12とターゲット13とが対向している。
【0021】
電子放出素子となる冷陰極12は、導電性の薄板で構成しても良いが、グラファイトによって構成してもよい。本実施の形態では、グラファイトを基材とした電子材料(グラファイトナノスパインズ)を使用した。その他、炭素を主材料とする素材、たとえばカーボンナノチューブを用いることもできる。
【0022】
ターゲット13は窓14を介して接地され、ターゲット13及び窓14は接地電位である。ターゲット13の材質は、たとえばタングステン、銅など、導電性の良好な金属材料によって構成されている。窓14は、ターゲット13で発生したX線を外部に放出する機能を持った材料が使用され、たとえばX線の透過性にすぐれたベリリウムによって構成されている。
【0023】
冷陰極12は、直流電源21と高圧ケーブル22によって電気的に接続されている。直流電源21は、正極側が接地されており、冷陰極12に対して、高圧の負電圧、たとえば−9kV〜−16kVを印加することが可能になっている。
【0024】
直流電源21は、制御装置23によってその電圧、電流が制御される。かかる制御は、高圧ケーブル22に流れる電流、または電界放出型X線管10に印加される電圧値を検出するモニタ24からの検出信号に基づいて、当該電圧や電流を一定値に制御するフィードバック制御によってなされる。
【0025】
そして高圧ケーブル22における直流電源21の近傍には、第1の電流制御抵抗31が高圧ケーブル22に対して直列に設けられている。この第1の電流制御抵抗31の抵抗値は、本実施の形態では、たとえば100kΩである。
【0026】
また高圧ケーブル22における直流電源21の近傍には、第2の電流制御抵抗41が高圧ケーブル22に対して直列に設けられている。この第2の電流制御抵抗41の抵抗値は、電界放出型X線管10に印加される電圧の絶対値をVo[V]としたとき、0.1×Vo〜1000×Vo[Ω]である。
【0027】
発明者の知見によれば、既述した過電流を信頼性高く防止するためには、第2の電流制御抵抗41の抵抗値は0.1Ω以上、好ましくは10Ω以上あればよく、これより高くすればするほど、より異常放電防止機能は向上する。すなわち、既述したように、電界放出型X線管10での電流変動に伴う寄生インダクタンス起因の電圧が発生した場合、第2の電流制御抵抗41の抵抗値が高いほど、より多くの電圧が第2の電流制御抵抗41に付加され、その分電界放出型X線管10への負過電圧は少なくなり、過電流を発生させるリスクが小さくなる。
【0028】
一方、第2の電流制御抵抗34を直列に接続することは、電界放出型X線管10の定常点灯時、たとえば500μAで点灯中、第2の電流制御抵抗41には、この第2の電流制御抵抗41の抵抗値×0.0005Aの電圧がかかる。そうすると、たとえば第2の電流制御抵抗41の抵抗値が100kΩの場合には、50vの電圧がかかるので、その結果、第2の電流制御抵抗41では、50[v]×0.0005[A]=0.025[W]の電力が消費されることになる。
【0029】
このように0.025W程度のレベルだと問題はないが、第2の電流制御抵抗41で消費される電力が数W以上になると、電界放出型X線管10を用いることで従来のフィラメント型X線管よりも少ない電力で所定のX線を発生させられるという、電界放出型X線管のメリットは減じられ、優位性がなくなってしまう。
【0030】
そこで、前記したように、第2の電流制御抵抗41の抵抗値の上限は、1000×Vo[Ω]とした。なお発明者の知見では、より好適で実用的な範囲は、電界放出型X線管10に印加される電圧の絶対値をVo[V]としたとき、数Vo〜数百Vo[Ω]である。
【0031】
この例では、第2の電流制御抵抗41の抵抗値は、10Ωとした。これは冷陰極12の抵抗(エミッタ抵抗:冷陰極12を構成する素子固有の抵抗値と当該素子−ターゲット13間の抵抗値との合計抵抗値)よりも小さいものである。すなわち本実施の形態では、冷陰極12の抵抗が、2×10Ω(10kV印加で0.5mAが測定されることから算出)であるとき、好ましい第2の電流制御抵抗41の抵抗値の範囲は、0.1×10〜1000×10Ω、すなわち、10〜10Ωである。これは、冷陰極12の抵抗(エミッタ抵抗)よりも小さいものである。
【0032】
また第2の電流制御抵抗41を電界放出型X線管10の近傍に直列に設ける位置については、冷陰極12から2m以内が好ましい。これは、冷陰極12から離れれば離れるほど、高圧ケーブル22に寄生するインダクタンスとキャパシタンスが大きくなり、その分これらを原因とする過電流によるリスクが増大する。一方発明者が実験で確かめたところ、冷陰極12から2m以内であれば、本発明の所期の効果が得られることが確認できた。また前記リスクを考慮すれば、第2の電流制御抵抗41は、冷陰極12と直接接続してもよいが、そうすると、冷陰極12自体の構造を改変する必要がある。したがって、実用上は、冷陰極12から1〜10cm以内が好ましい。これによって、高圧ケーブル22の材質にもよるが、一般的なこの種の用途に使用されるシリコーンゴム等で絶縁された銅線の数十kV用の高圧ケーブルに寄生するインダクタンスを2μH以下、かつキャパシタンスは200pF以下に抑えることができる。
【0033】
本実施の形態は、以上の構成を有しているので、直流電源21から高圧ケーブル22を介して電界放出型X線管10の電界放出素子である冷陰極12に対して、絶対値が数十kVの電圧を印加した際、図1に示したように、高圧ケーブル22に寄生するインダクタンスLやキャパシタンスCに起因する起電力によって過電流が発生しても、第2の電流制御抵抗41によって、当該過電流がそのまま冷陰極12に流れることを防止できる。したがって、冷陰極12すなわち、電界放出型X線管10の寿命を従来よりもはるかに延ばすことができ、たとえば除電用途に必要な数千時間以上の寿命を確保できる。
【0034】
また点灯開始時に、電流のゆらぎ(変動)と前記した寄生インダクタンスLおよびキャパシタンスCの相互作用により発生する起電力による電圧が防止されるので、点灯開始時において、極めて短時間に流れるたとえばパルス的な電圧印加も防止できる。
【0035】
図1に示した電界放出型X線発生装置1を用いて発明者が実験したところ、次のような結果が得られた。すなわち、電界放出型X線管10に印加される電圧が−14kV、第2の電流制御抵抗41の抵抗値が100kΩ、高圧ケーブル22の長さが15mの場合、点灯初期と1000時間経過後の冷陰極12に流れる電流を測定したところ、いずれも500μAで安定していた。
【0036】
これに対し、第2の電流制御抵抗41を持たない図2に示した装置で、同じ条件で調べたところ、点灯初期は、冷陰極12に流れる電流は500μAであったが、24時間経過後には、既に200μAまで低下しており、24時間後には既に冷陰極12が所期の機能を発揮しえなくなっていることが確認できた。
【0037】
なお本実施の形態では、電子放出素子となる冷陰極12に、グラファイトを基材とした電子材料(グラファイトナノスパインズ)を使用したが、そのようなグラファイトを利用した電子材料を用いなくとも、本発明の所期の効果である、フィラメント方式よりもエネルギー効率がよく、かつ長寿命の電界放出型X線発生装置を実現できる。
【0038】
なお前記実施の形態は、主として除電用に構成した例であったが、本発明はこれに限らず、従来のこの種のX線装置と同じ用途に対しても適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、長時間連続して使用する電界放出型X線発生装置にとって特に有用である。
【符号の説明】
【0040】
1 電界放出型X線発生装置
10 電界放出型X線管
11 筐体
12 冷陰極
13 ターゲット
14 窓
21 直流電源
22 高圧ケーブル
23 制御装置
24 モニタ
31 第1の電流制御抵抗
41 第2の電流制御抵抗

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子を放出する電子放出素子と、前記電子放出素子から放出された電子の照射によってX線を発生するターゲットと、前記ターゲットで発生したX線を外部に放出する窓部を有するX線管と、
このX線管に対して高圧ケーブルを介して電圧を印加する電源部とを備え、
前記電源部近傍には、当該電源部から前記高圧ケーブルを流れる電流を制限する第1の電流制御抵抗が設けられ、
前記電子放出素子近傍には、前記高圧ケーブルから電子放出素子に流れる電流を制限する第2の電流制御抵抗が設けられ、
前記第2の電流制御抵抗の抵抗値は、前記電子放出素子固有の抵抗値と前記電子放出素子−前記ターゲット間の抵抗値との合計抵抗値よりも小さいことを特徴とする、電界放出型X線発生装置。
【請求項2】
前記X線管に印加する電圧の絶対値をVo[V]としたとき、前記第2の電流制御抵抗R[Ω]は、R=0.1×Vo〜1000×Vo
であることを特徴とする、請求項1に記載の電界放出型X線発生装置。
【請求項3】
前記第2の電流制御抵抗は、前記電子放出素子と高圧ケーブル間において、前記電子放出素子から2m以内に設けられ、
前記第2の電流制御抵抗と前記電子放出素子との間の高圧ケーブルに寄生するインダクタンスは2μH以下、かつキャパシタンスは200pF以下であることを特徴とする、請求項2に記載の電界放出型X線発生装置。
【請求項4】
前記電子放出素子は、グラファイトを基材とした冷陰極素子であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか記載の電界放出型X線発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−142171(P2012−142171A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293652(P2010−293652)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000169499)高砂熱学工業株式会社 (287)
【出願人】(596031240)株式会社鬼塚硝子 (11)
【出願人】(507129307)フューテックス株式会社 (4)
【Fターム(参考)】