説明

靭性および疲労亀裂発生抑制特性に優れた溶接継手

【課題】これまで抑制が困難とされていた溶接金属と母材(鋼板)の境界におけるマイクロクラックを起点とした疲労亀裂の発生を抑制すると共に、HAZ靭性をも極力改善することのできる溶接継手を提供する。
【解決手段】本発明の高降伏比高張力鋼板は、高張力鋼板を溶接によって接合した溶接継手であって、高張力鋼板の溶接熱影響部の組織は、旧オーステナイトの平均粒径が200μm以下であると共に、ベイナイトの分率が90面積%以上であり、且つ2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、当該結晶粒の平均円相当径が9μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土木、建築、橋梁、海洋構造物、パイプ、船舶、貯蔵、建築機械等の各種用途に用いられる高降伏比高張力鋼板を溶接によって接合した溶接継手に関するものであり、特に高張力鋼板の溶接熱影響部(以下、「HAZ」と呼ぶことがある)における疲労亀裂の発生を抑制して良好な疲労寿命を確保すると共に、HAZでの靭性にも優れた溶接継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
上記各種用途に適用される構造材料では、繰り返し応力が加わるものが少なくないことから、構造材料の安全性を確保するためには、素材として用いられている鋼板には疲労特性が良好であることが設計上極めて重要である。
【0003】
鋼材の疲労特性を向上させる研究はこれまで広く行われており、その研究は大きく分けて、(1)応力集中部での疲労亀裂の発生の抑制と、(2)一旦発生した亀裂の進展の抑制という2つの技術に分類される。しかしながら、海洋構造物や造船等の実際の溶接構造物においては、定期的に点検が実施されており、疲労亀裂の発生が確認された時点で補修が実施される。こうしたことから、上記(1)の特性を改善する技術が強く求められることになる。
【0004】
溶接継手によって構築される溶接構造物の場合は、溶接時に導入される極めて微小な欠陥(マイクロクラック)が疲労亀裂の起点となるのであるが、ある大きさ以下のときには、閉口と呼ばれる現象によって亀裂は発生・進展しないことになる。しかしながら、マイクロクラックがある大きさよりも大きくなると、繰り返し荷重によって進展する亀裂(即ち、疲労亀裂)が発生し、進展していくことになる。
【0005】
こうしたことから、例えばすみ肉溶接における溶接止端部等のように、溶接金属と母材(鋼板)との境界であるHAZにおいて疲労亀裂の発生を抑制することが重要な事項となる。また、こうしたHAZでは、靭性の劣化が起こり易いことから、疲労亀裂の発生と共に良好な靭性を確保することも重要である。
【0006】
HAZにおける疲労亀裂の発生や靭性確保のための技術は、これまで様々なものが提案されており、例えば特許文献1には、鋼板の金属組織をフェライトとベイナイトの複合組織とし、(100)面からのX線回折強度の半価幅を0.13度以上とし、且つHAZと溶接金属の硬度を管理することによって、490〜590N/mm2級(50〜60kgf/mm2級)の溶接継手における長寿命域での溶接疲労特性を改善することが提案されている。
【0007】
この技術は、亀裂が発生した後の疲労亀裂進展抵抗性の向上を目的としており、特に長時間での疲労寿命向上の効果を向上させたものである。しかしながら、実際の溶接構造物では、定期的な検査によって疲労亀裂が発生した段階で補修がなされており、現実的にはあまり有効な効果が発揮されているとは言い難いものである。
【0008】
また、特許文献2には、鋼板のSi含有量を0.3〜0.6%とすることによって、HAZ組織を上部ベイナイトのラス間に島状マルテンサイトを大量に生成させると共に、Cu含有量を0.5〜1.2%とすることによってフェライト地を固溶強化させることで、疲労強度を向上させ、ベイナイト素地による靭性の顕著な低下を防止する技術が提案されている。
【0009】
この技術では、大量の島状マルテンサイトを生成させることによって、亀裂に発生を抑制しようとするものであるが、島状マルテンサイトはHAZ靭性を大きく低下させることになるので、HAZ靭性の要求の厳しい海洋構造物や造船等の分野においては、靭性要求を満足させることは困難になる。
【0010】
一方、特許文献3では、溶接継手の組織を軟質フェライトとし、更に鋼板のSi含有量を0.6〜2%程度とすることによって、積層欠陥エネルギーを現象させて交差すべりを低減させ、繰り返し塑性変形時の変形の局所化を抑制して、塑性変形の可逆化を高める技術が提案されている。しかしながら、0.5%以上のSiを鋼板に含有させることは、溶接継手におけるHAZ靭性を低下させることになり、HAZ靭性の要求の厳しい海洋構造物や造船等の分野においては、靭性要求を満足させることは困難になる。
【0011】
更に、特許文献4には、炭素当量Ceqを0.4〜0.8%に制御し、HAZの組織がマルテンサイトを60%以上含む組織とし、マルテンサイトのラスとラスの界面の強度差を小さくすることによって、HAZの疲労亀裂の発生を抑制する技術が提案されている。
【0012】
しかしながら、マルテンサイトは、疲労強度の向上に対しては有効なものの、脆性な組織であるので、HAZ靭性の要求の厳しい海洋構造物や造船等の分野においては、靭性要求を満足させることは依然として困難になる。
【特許文献1】特開2006−169602号公報
【特許文献2】特開平6−235044号公報
【特許文献3】特許第2911725号公報
【特許文献4】特開平8−209296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、これまで抑制が困難とされていた溶接金属と母材(鋼板)の境界におけるマイクロクラックを起点とした疲労亀裂の発生を抑制すると共に、HAZ靭性をも極力改善することのできる溶接継手を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成することのできた本発明の溶接継手とは、高張力鋼板を溶接によって接合した溶接継手であって、高張力鋼板の溶接熱影響部の組織は、旧オーステナイトの平均粒径が200μm以下であると共に、ベイナイトの分率が90面積%以上であり、且つ2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、当該結晶粒の平均円相当径が9μm以下である点に要旨を有するものである。尚、前記「平均円相当径」とは、方位差が15°以上である大角粒界に囲まれた結晶粒を、同一面積の円に換算したときの直径(円相当直径)の平均値である。
【0015】
本発明の溶接継手で用いる高張力鋼板の鋼種については、高張力鋼板である限り特に限定するものではないが、例えばC:0.01〜0.06%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜2.0%、Al:0.005〜0.10%、Nb:0.005〜0.05%、Ti:0.008〜0.03%、B:0.001〜0.005%およびN:0.0030〜0.0080%を夫々含有する他、Cr:0.3〜1.0%、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜1.0%、Mo:0.03〜0.5%およびV:0.02〜0.05%よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含有し、残部不可避不純物からなり、且つTiの含有量[Ti]とNの含有量[N]が下記(1)式の関係を満足すると共に、下記(2)式で規定されるA値が0.15%以下を満足するものであることが好ましい。
【0016】
[Ti]/[N]≦3.4…(1)
A値=[C]+[Si]/19+[Mn]/30+[Cu]/49+[Ni]/51+[Cr]/33+[Mo]/25+[V]/13 …(2)
但し、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]は、夫々C,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,MoおよびVの含有量(質量%)を示す。
【0017】
また本発明で用いる高張力鋼板としては、上記の好ましい化学成分組成の他、不可避不純物中のPを0.025%以下(0%を含まない)、Sを0.02%以下(0%を含まない)に夫々抑制することや、Ca:0.005%以下(0%を含まない)および/または希土類元素:0.005%以下(0%を含まない)を含有させることも好ましく、抑制もしくは含有させる成分の種類に応じて、溶接継手の特性(鋼板の特性を反映した特性)が更に改善される。
【0018】
本発明の溶接継手において、前記高張力鋼板のHAZは、−40℃における平均シャルピー吸収エネルギーが50J以上の優れた靭性(低温靭性)が発揮されることになる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の溶接継手においては、溶接継手を構成する鋼板のHAZとして、ベイナイトを主体とする組織(面積率で90%以上)を有すると共に、ベイナイトの各結晶方位関係を適切に規定し、且つ旧オーステナイトのサイズを適切に規定することによって、疲労発生抑制に優れると共に、良好なHAZ靭性が確保できる溶接継手が実現でき、こうした溶接継手は、土木、建築、橋梁、海洋構造物、パイプ、船舶、貯蔵、建築機械等の各種溶接構造物への適用に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明者らは、前記課題を解決するために、様々な角度から検討した。その結果、次のような知見が得られた。即ち、従来では抑制が困難とされていた溶接金属と母材(鋼板)の境界におけるマイクロクラックを起点とした疲労亀裂の発生を抑制するには、溶接継手を構成する母材において、微細で且つ均質なベイナイトの単一組織とすることによって、疲労亀裂進展の下限界特性を表すΔKth(後述する)を高い値に制御できることが可能となり、また旧オーステナイト粒径の微細化を図ることによって良好なHAZ靭性も確保でき、これによって上記目的が見事に達成されることを見出し、本発明を完成した。次に、本発明で規定する各要件の作用効果について説明する。
【0021】
ベイナイト相を主体とするような単相組織では、粒界が疲労亀裂発生の抵抗となるものと考えられる。但し、粒界を形成する両端の方位差が小さい(例えば、15°未満)小角粒界(小傾角境界)では、粒界エネルギーが小さくなってその効果が小さいので、前記方位差が15°以上の大角粒界(大傾角境界)を対象とする必要がある。つまり、前記方位差が15°以上である大角粒界に囲まれた結晶粒で、同一面積の円に換算したときの直径(円相当直径)の平均値で9μm以下とした結晶粒とすることによって、疲労亀裂発生抑制効果に優れた溶接継手が実現できたのである。この結晶粒は好ましくは8μm以下であり、より好ましくは7μm以下である。尚、前記「方位差」は、「ずれ角」若しくは「傾角」とも呼ばれているものであり、以下では「結晶方位差」と呼ぶことがある。またこうした結晶方位差を測定するには、EBSP法(Electron Backscattering Pattern法)を採用すれば良い。
【0022】
また均質な組織として、溶接継手を構成する鋼板のベイナイトの分率は90面積%以上であることが必要である。こうした要件を満足させることによって、疲労亀裂発生抑制に優れたものとなる。このベイナイト分率は、好ましくは95面積%以上であり、より好ましくは97面積%以上である。尚、本発明におけるベイナイト組織とは、ポリゴナルフェライトおよびマルテンサイトを除いた組織であり、ベイニティックフェライト、アシィキュラーフェライト、ウィッドマンステッテンフェライト等のように中間速度域で生成される各種組織を含むものである。
【0023】
一方、HAZ靭性を良好にするには、溶接継手を構成する鋼板における旧オーステナイト(旧γ)の平均粒径が200μm以下とする必要がある。こうした要件を満足させることによって、溶接継手のHAZにおける良好な靭性が確保できる。旧オーステナイトの平均粒径は、好ましくは190μm以下であり、より好ましくは175μm以下とするのが良い。尚、旧オーステナイトとは、HAZにおいて溶接時の入熱によりオーステナイト変態し、その後高温保持される過程で粒成長したオーステナイト組織を意味する。また、この旧オーステナイトは、溶接後の冷却により再び変態して所定のHAZ組織となるものの、その粒径は測定可能である。
【0024】
本発明の溶接継手では、上記の要件を満足させることによって、溶接金属と母材(鋼板)の境界におけるマイクロクラックを起点とした疲労亀裂の発生を抑制すると共に、HAZにおける良好な靭性も確保できたものであり、本発明の溶接継手で用いる高張力鋼板の鋼種については、高張力鋼板である限り特に限定するものではないが、上記特性を満足させる上からしても、下記の化学成分組成を満足するものであることが好ましい。これらの成分の範囲設定理由は、次の通りである。
【0025】
[C:0.01〜0.06%]
Cは、鋼板の強度を確保するために必要な元素である。経済的に強度を確保する上では、大量に含有させることが好ましいが、過剰に含有されると溶接継手部のHAZにおいて島状マルテンサイト(M−A)が急増し、HAZの靭性に有害である。また、Cが0.06%を超えて過剰に含有されると、HAZ組織が、靭性が低くまた組織単位の大きなベイナイト組織を多く含むようになり、靭性と疲労発生特性が大きく低下する。従って、C含有量の上限は0.06%以下とするのが良い。一方、0.01%未満まで極低C化を進めると、溶接部のHAZにおいて、旧オーステナイト粒界より初析フェライトが生成しやすくなり、疲労発生特性が低下する。従って、C含有量は0.01%以上とするのが良い。尚、C含有量のより好ましい下限は0.015%であり、好ましい上限は0.055%である。
【0026】
[Si:0.01〜0.5%]
Siは脱酸と強度確保のために有効な元素であるが、過剰に含有させると鋼材(母材)に島状マルテンサイト相(M−A相)を多量に析出させて靭性を劣化させる。こうしたことから、その上限を0.5%とすることが好ましい。尚、Si含有量のより好ましい上限は0.35%である。
【0027】
[Mn:0.5〜2.0%]
Mnは鋼板の強度および靭性確保のために有効な元素であり、こうした効果を発揮させるためには、Mnは0.5%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、母材の靭性劣化を引き起こすので上限を2.0%とする。Mn含有量のより好ましい下限は0.9%であり、より好ましい上限は1.7%である。
【0028】
[Al:0.005〜0.10%]
Alは脱酸剤として有効な元素であり、0.005%未満ではこうした効果が発揮されない。しかしながら、過剰に含有されると、Al酸化物や窒化物が多量に生成して溶接継手部の靭性を劣化させる。こうしたことから、その上限は0.10%とすることが好ましい。尚、Al含有量のより好ましい下限は0.015%であり、より好ましい上限は0.07%である。
【0029】
[Nb:0.005〜0.05%]
Nbは、C含有量を低減させた状態でポリゴナルフェライトの変態を抑制しつつ、均質なベイナイト組織を確保するために有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Nbは0.005%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Nbの含有量が過剰になって0.05%を超えると、溶接継手部のHAZ靭性の確保が困難になる。尚、Nb含有量のより好ましい下限は0.01%(更に好ましくは0.015%)であり、より好ましい上限は0.03%である。
【0030】
[Ti:0.008〜0.03%]
Tiは窒化物(TiN)を均質分散させることによって、溶接入熱時の旧オーステナイト(旧γ)の粗大化を抑制し、HAZ靭性の向上と初析フェライト生成を抑制しHAZ組織の微細化および均質化を促進する上で有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Ti含有量は0.008%以上とする必要がある。しかしながら、Tiを過剰に含有させると粗大な介在物を析出させ、却ってHAZ靭性を劣化させるので、その上限を0.03%とする。尚、Ti含有量のより好ましい下限は0.01%であり、より好ましい上限は0.02%である。
【0031】
[B:0.001〜0.005%]
Bは初析フェライトを抑制してHAZ組織の均質なベイナイト変態を促進するために有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Bは0.001%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させるとその効果が飽和するばかりか、HAZ組織中での介在物(B窒化物)が増加してHAZ靭性は却って低下するので、B含有量の上限は0.005%とする必要がある。尚、B含有量のより好ましい下限は0.0015%であり、より好ましい上限は0.003%である。
【0032】
[N:0.003〜0.008%]
溶接継手のHAZにおいて靭性を高位に確保するためには、旧オーステナイト粒内にTiNを微細析出させて旧オーステナイト粒の粗大化を防止することが有効である。こうした効果を発揮させるためには、N含有量は0.003%以上とすることが好ましい。しかしながら、Nの含有量が過剰になって0.008%を超えると粗大なTiNが析出して破壊の起点となる。尚、N含有量のより好ましい下限は0.004%であり、より好ましい上限は0.0065%である。
【0033】
尚、TiNを生成させるという観点からすれば、Ti含有量とN含有量との関係では、下記(1)式の関係を満足させることが好ましい。
[Ti]/[N]≦3.4…(1)
【0034】
[Cr:0.3〜1.0%、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜1.0%、Mo:0.03〜0.5%およびV:0.02〜0.05%よりなる群から選ばれる1種または2種以上]
これらの元素は、変態を抑制し、ベイナイト変態開始温度Bsを低下させることによって、組織単位を細かくする作用を発揮する。またベイナイトは、変態の際にK−S関係(Kurdjiumov−Sachsの関係)を持って変態するが、低温で変態することで、単一のバリアント(いわゆる兄弟晶)からなる微細なブロックが生成するようになる。こうした効果を発揮させるためには、上記した各下限以上含有させることが好ましいが、多量に含有させると溶接性を損なうので上限値以下とするのが良い。
【0035】
本発明で溶接継手を構成する鋼板は、上記のような化学成分組成を満足することが好ましいのであるが、下記(2)式で規定されるA値が0.15%以下であることも重要な要件である。即ち、ベイナイトを生成させるためには、C,Si,Mn,Cr,MoおよびV等の焼入れ性向上元素を含有させる必要があるが、微細なベイナイト生成のためにはこれらの元素の含有量はできるだけ低減することが好ましい。
A値=[C]+[Si]/19+[Mn]/30+[Cu]/49+[Ni]/51+[Cr]/33+[Mo]/25+[V]/13 …(2)
但し、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]は、夫々C,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,MoおよびVの含有量(質量%)を示す。
【0036】
本発明者らは、下記表1に化学成分組成を示す各種鋼板を用い、再現熱サイクル試験を行い、その試験片よりCT試験片を用いた疲労亀裂伝播試験によって、上記(2)式における各係数を求めたものである(鋼板の製造方法や疲労亀裂伝播試験の方法については、後記実施例と同一である)。
【0037】
【表1】

【0038】
このとき算出されたΔKth(下限界応力拡大係数範囲:後記実施例参照)と各成分の関係は、下記(3)〜(10)式に示す通りであり、これらの関係を整理することによって、上記(2)式が求められたのである([C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]の意味については、上記と同じ)。
In(ΔKth)=2.522−15.413[C] …(3)
In(ΔKth)=2.343−0.829[Si] …(4)
In(ΔKth)=2.003−0.507[Mn] …(5)
In(ΔKth)=1.876−0.312[Cu] …(6)
In(ΔKth)=1.887−0.305[Ni] …(7)
In(ΔKth)=1.531−0.461[Cr] …(8)
In(ΔKth)=1.964−0.621[Mo] …(9)
In(ΔKth)=2.381−1.159[V] …(10)
【0039】
本発明で用いる高張力鋼板の好ましい化学成分組成は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物(例えば、P,S,O等)からなるものであるが、この不可避不純物中のPやSが、下記の観点からP:0.025%以下(0%を含まない)およびS:0.02%以下(0%を含まない)に夫々抑制することが好ましい。
【0040】
[P:0.025%以下(0%を含まない)およびS:0.02%以下(0%を含まない)]
Pは結晶粒に偏析し、延性や靭性に有害に作用する不純物であるので、できるだけ少ない方が好ましいのであるが、不可避的に鋼材に混入することを考慮して0.025%以下(より好ましくは0.020%以下)に抑制するのが良い。またSは、鋼材中の合金元素と反応して種々の介在物を形成し、鋼材の延性や靭性に有害に作用する不純物であるので、できるだけ少ない方が好ましいのであるが、不可避的に混入することを考慮して0.02%以下(より好ましくは0.015%以下)に抑制するのが良い。
【0041】
また、本発明で用いる鋼板には、上記成分の他、必要によって、Ca:0.005%以下(0%を含まない)および/または希土類元素:0.005%以下(0%を含まない)を含有させることも有効であり、これらの元素を含有させることによって、鋼板の特性(即ち、溶接継手の特性)が更に改善させることになる。
【0042】
[Ca:0.005%以下(0%を含まない)および/または希土類元素:0.005%以下(0%を含まない)]
Caおよび希土類元素(REM)は、介在物形状の異方性を低減してHAZ靭性を向上するのに有効な元素である。こうした効果はその含有量が増加するにつれて増大するのであるが、過剰に含有させると、介在物が粗大化してHAZ靭性が却って低下することになる。こうしたことから、これらを含有させるときには、いずれも0.005%以下(1種または2種の合計)とすることが好ましい。尚、上記効果を有効に発揮させるための好ましい下限は、いずれも0.0005%である。
【0043】
上記のような鋼板を用いて、溶接によって溶接継手を構成することによって、溶接継手における前記高張力鋼板のHAZは、後記実施例に示すように、−40℃における平均シャルピー吸収エネルギーが50J以上の優れた靭性(低温靭性)が発揮されるものとなる。尚、このときの溶接方法については、特に限定するものではなく、炭酸ガスアーク溶接法、サブマージアーク溶接法、エレクトロガスアーク溶接法、その他の方法を適用することができ、いずれの溶接方法を適用しても、疲労亀裂発生抑制特性および靭性に優れた溶接継手が実現できる。
【0044】
本発明の溶接継手は、溶接継手を構成した段階でのHAZの組織がベイナイトを主体とする組織からなるものであるが、HAZは溶接時の入熱によりAc3以上の温度(通常は1300〜1450℃)に達して完全にオーステナイト変態するため、母材の金属組織の影響を受けることなく、母材の成分によりその特性は規定される。従って、溶接継手において良好な特性を満足させるためには、上記のような化学成分組成を満足させることが好ましい。
【0045】
このため、本発明で用いる高張力鋼板は、製造法に対しては何ら制約を設けるものではい。
【0046】
例えば、具体的な製造条件の一例としては、950〜1250℃の温度範囲に加熱し、Ar3変態点〜900℃の温度範囲で圧延を終了した後、空冷または冷却速度を5℃/秒以上となるような水冷により製造する方法が挙げられる。また、950〜1250℃の温度範囲に加熱し、Ar3変態点〜900℃の温度範囲で圧延を終了した後、オンラインまたはオフラインで焼入れ処理を行った後に、500〜700℃の温度域で焼戻し処理を行い製造する方法も挙げられる。
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【実施例】
【0048】
[実施例1]
下記表2に示す化学成分組成の鋼(実験No.1〜22)を用い、150kgの真空溶解炉を用いて溶製し、インゴットを製造した。尚、表2には、A値[(2)式の値]および[Ti]/[N]比[(1)式の左辺の値]についても示した。尚、表2における実験No.1〜11は、本発明の好ましい化学成分組成を満足するものであり、実験No.12〜22は本発明の好ましい要件(化学成分組成、[Ti]/[N]、A値)のいずれかが外れたものである。
【0049】
【表2】

【0050】
上記インゴットに関して、1200℃(±50℃)に再加熱を行って、熱間鍛造を行い、スラブとした(スラブ厚さ:135mm、スラブ幅:180mm)。このスラブを加熱温度:1100℃(±30℃)まで再加熱し、小型圧延機を用いて熱間終了温度が900℃(±20℃)となるように熱間圧延を行い、その後空冷することによって、供試鋼板を作製した。尚、このときの圧延条件は、溶接時に1200℃以上に再加熱されることから、HAZに影響を与えず、化学成分のみが影響を与えることになる。
【0051】
上記各供試鋼板を用い、下記表3に示す条件によって、溶接条件(I〜III)によって突き合わせ溶接を行い、溶接継手を作製した。この溶接継手から、下記のようにして疲労亀裂進展試験片およびシャルピー衝撃試験片を採取し、下記の特性評価に供した。尚、試験片の採取に当たっては、溶接条件I,IIで行ったときのHAZについては、レ型開先の垂直側を採取部位とした(溶接条件IIIの場合は任意)。
【0052】
【表3】

【0053】
[疲労亀裂進展試験片の採取および疲労亀裂進展速度試験]
(1)溶接継手から、鋼板のt/4(tは板厚)が中心となるように、12.5mmまで切削加工を行い、表面のマイクロエッチングを行い、マイクロエッチングにより確認された溶接熱影響部(HAZ)の中央を亀裂進展方向となるように、コンパクト型試験片(CT試験片)を採取した。このとき得られたCT試験片の形状を図1に示す。
(2)上記CT試験片を用い、ASTM E647に準拠し、疲労亀裂進展試験を実施することによって、ΔKth(下限界応力拡大係数範囲)を測定した。尚、ΔKthは、漸減法によりΔKを下げていった際の疲労亀裂が速度の低下を測定し、1×10−7(mm/cycle)以下となったときのΔK(N/mm1.5)の値である(一般的な定義)。このときの他の試験条件は、下記の通りである。
【0054】
試験方法:電気油圧サーボ式±10トン疲労試験機を使用し、亀裂長さの測定はコンピュータ制御によるコンプライアンス法による荷重漸減法K値減少法(亀裂の進展と共に荷重を自動的に減少させていく方法)によりΔKthを計測
試験環境:室温、大気中
制御方法:荷重制御
応力比:R=0.1
試験速度:600〜1200cpm
【0055】
このとき、ΔKthに対する溶接残留応力の影響を除去するために、下記の応力除去焼鈍を実施した。このようにして計測した値が、5N/mm1.5以上であるときを、疲労亀裂発生抑制特性に優れると評価した。
(焼鈍条件)
加熱温度:630℃
保持時間:13時間
加熱速度:30℃/時(±5℃)
冷却速度:30℃/時(±5℃)[但し、200℃以下は空冷]
【0056】
[シャルピー衝撃試験片の採取およびシャルピー衝撃試験(HAZ靭性)]
溶接継手において断面マイクロエッチングを行い、鋼板のt/4(tは板厚)部でボンド部から3mmの位置を中心にノッチを入れた試験片3本を採取した。このときの試験片の形状は、JIS Z 2201 4号vノッチ試験片とした。この試験片を用い、JIS Z 2242に準拠してシャルピー衝撃試験を行ない、−40℃における平均吸収エネルギーvE-40を求めた。このときの平均吸収エネルギーvE-40(3本の平均値)が50J以上を合格とした。
【0057】
また得られた各溶接継手から、HAZにおけるベイナイト分率、旧オーステナイト粒径、大角粒界で囲まれた結晶粒の粒径(大角粒径:平均円相当径)等を下記の方法によって測定した。これらの結果を、疲労試験結果、HAZ靭性試験結果と共に、一括して下記表4に示す。
【0058】
[ベイナイト分率(面積率)]
鋼板のt/4(tは板厚)に相当する位置から試験片を採取し、圧延方向断面を鏡面研磨し、これを2%硝酸−エタノール溶液(ナイタール溶液)でエッチングした後、5視野において光学顕微鏡を用いて400倍で観察を行ない、画像解析によって鋼組織中のベイナイト分率(面積%)を測定した。この際、フェライト(ポリゴナルフェライト・擬ポリゴナルフェライトを含む)および島状マルテンサイト以外のラス状組織は全てベイナイトとみなした。
【0059】
[旧オーステナイト粒径の測定]
鋼板のt/4(tは板厚)に相当する位置から試験片を採取し、圧延方向断面を鏡面研磨し、これをピクリン酸でエッチングした後、10視野において光学顕微鏡を用いて100倍で観察を行ない、画像解析によって組織中の旧オーステナイト(旧γ)粒径を測定した。
【0060】
[大角粒界径(平均円相当径)]
鋼板の圧延方向に平行な断面に相当する位置において、FE−SEM−EBSP(電子放出型走査電子顕微鏡を用いた電子後方散乱回折像法)によって測定した。具体的には、Tex SEM Laboratries社のEBSP装置(商品名:「OIM」)を、EF−SEMと組み合わせて用い、傾角(結晶方位差)が15°以上の境界を結晶粒界として、結晶粒径を測定した。このときの測定条件は、測定領域:200μm、測定ステップ:0.5μm間隔とし、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックス(Confidence Index)が0.1よりも小さい測定点は解析対象から除外した。このようにして求められる結晶粒径の平均値を算出して、本発明における平均結晶粒径(大角粒径)とした。尚、結晶粒径が2.0μm以下のものについては、測定ノイズと判断し、結晶粒径の平均値計算の対象から除外した。
【0061】
これらの結果を、疲労試験結果、HAZ靭性試験結果と共に、一括して下記表4に示すが、本発明の要件を満足するものでは(実験No.1〜11)、疲労亀裂発生抑制特性および靭性に優れていることが分かる。これに対して本発明で規定する要件のいずれかが外れるものでは(実験No.12〜22)、いずれかの特性が劣化していることが分かる。
【0062】
【表4】

【0063】
上記表4の結果に基づき、ベイナイト分率が大角粒径とΔKthに与える影響を図2に、旧γ粒径とHAZ靭性(vE-40)の関係を図3に、A値と大角粒径の関係を図4に夫々示す。これらの結果から明らかなように、(1)ベイナイト分率を適切な範囲に制御することによって、大角粒径やΔKthが適切な範囲となって、疲労亀裂発生抑制特性が良好になること、(2)旧γ粒径を適切に制御することによって良好なHAZ靭性が発揮されていること、(3)A値を制御することは大角粒径を小さくする上で有効であることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】疲労亀裂進展試験片の形状を示す説明図である。
【図2】ベイナイト分率が大角粒径とΔKthに与える影響を示すグラフである。
【図3】旧γ粒径とHAZ靭性(vE-40)の関係を示すグラフである。
【図4】A値と大角粒径の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高張力鋼板を溶接によって接合した溶接継手であって、高張力鋼板の溶接熱影響部の組織は、旧オーステナイトの平均粒径が200μm以下であると共に、ベイナイトの分率が90面積%以上であり、且つ2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、当該結晶粒の平均円相当径が9μm以下であることを特徴とする靭性および疲労亀裂発生抑制特性に優れた溶接継手。
【請求項2】
前記高張力鋼板は、C:0.01〜0.06%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.5〜2.0%、Al:0.005〜0.10%、Nb:0.005〜0.05%、Ti:0.008〜0.03%、B:0.001〜0.005%およびN:0.003〜0.008%を夫々含有する他、Cr:0.3〜1.0%、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜1.0%、Mo:0.03〜0.5%およびV:0.02〜0.05%よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含有し、残部不可避不純物からなり、且つTiの含有量[Ti]とNの含有量[N]が下記(1)式の関係を満足すると共に、下記(2)式で規定されるA値が0.15%以下を満足するものである請求項1に記載の溶接継手。
[Ti]/[N]≦3.4…(1)
A値=[C]+[Si]/19+[Mn]/30+[Cu]/49+[Ni]/51+[Cr]/33+[Mo]/25+[V]/13 …(2)
但し、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]は、夫々C,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,MoおよびVの含有量(質量%)を示す。
【請求項3】
前記高張力鋼板は、不可避不純物中のPを0.025%以下(0%を含まない)、Sを0.02%以下(0%を含まない)に夫々抑制したものである請求項2に記載の溶接継手。
【請求項4】
前記高張力鋼板は、Ca:0.005%以下(0%を含まない)および/または希土類元素:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項2または3に記載の溶接継手。
【請求項5】
前記高張力鋼板の溶接熱影響部は、−40℃における平均シャルピー吸収エネルギーが50J以上である請求項1〜4のいずれかに記載の溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−68078(P2009−68078A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238351(P2007−238351)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】