説明

食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法

【課題】食塩含有食品に対して、簡便に、γ−アミノ酪酸を富化でき、効率よく、γ−アミノ酪酸を富化することができる手段を提供すること。
【解決手段】グルタミン酸またはその塩の存在下に、乳酸菌の休止菌体と食塩含有食品とを接触させる、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、該食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られたγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品、乳酸菌の休止菌体を含有した食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、該食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られるγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品、および食品へのγ−アミノ酪酸富化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、食塩の過剰摂取は、虚血性脳卒中の危険因子の候補の1つとして挙げられている。そのため、食品の低塩化または減塩化が提案されている(例えば、特許文献1などを参照のこと)。
【0003】
しかしながら、食品について、低塩化または減塩化を過度に行なった場合、該食品の風味を損なうことがある。また、食塩の欠乏は、脱水症などの弊害を引き起こすことも知られている。
【0004】
一方、γ−アミノ酪酸は、哺乳動物においては、脳内に存在し、抑制性神経伝達物質として働くことが知られている。また、前記γ−アミノ酪酸は、血圧を低下させる効果が期待されている。
【0005】
かかるγ-アミノ酪酸は、グルタミン酸に、グルタミン酸脱炭酸酵素を作用させることにより製造されうる。しかしながら、前記グルタミン酸脱炭酸酵素は、食品添加物としての使用が規制されているピリドキサール 5−リン酸、メルカプトエタノールなどの存在により酵素活性を発現するため、前記グルタミン酸脱炭酸酵素を用いて得られたγ−アミノ酪酸は、食品への応用が困難であるのが現状である。
【0006】
また、前記グルタミン酸脱炭酸酵素を有する微生物を培養することにより、γ−アミノ酪酸を生産する試みもなされている(例えば、非特許文献1などを参照のこと)。しかしながら、微生物を培養することによりγ−アミノ酪酸を生産する場合、生育可能条件に依存して製造が困難な場合があるという欠点がある。
【特許文献1】特開2004−357700号公報
【非特許文献1】プロクホフ(A Yu Plokhov)ら、「高活性のグルタミン酸脱炭酸酵素を有する大腸菌細胞を用いたγ−アミノ酪酸の調製(Preparation of γ-Aminobutyric Acid Using E. coli Cells with High Activity of Glutamate Decarboxylase)」、Appl. biochem. Biotechnol.、2000年7−9月、第88巻、第1−3号、第257頁−第266頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、1つの側面では、食塩含有食品に対して、簡便に、γ−アミノ酪酸を富化すること、効率よく、γ−アミノ酪酸を富化することなどの少なくとも1つを達成しうる、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法を提供することに関する。また、本発明は、他の側面では、塩味が維持されつつ、高い割合でγ−アミノ酪酸を含有した、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品を提供することに関する。さらに、本発明は、別の側面では、食品に対して、簡便に、γ−アミノ酪酸を富化できる、食品へのγ−アミノ酪酸富化剤を提供することに関する。本発明の他の課題は、本明細書の記載から明らかである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の要旨は、
〔1〕 グルタミン酸またはその塩の存在下に、乳酸菌の休止菌体と食塩含有食品とを接触させることを特徴とする、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、
〔2〕 該乳酸菌が、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)である、前記〔1〕記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、
〔3〕 該休止菌体が、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体である、前記〔1〕または〔2〕記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、
〔4〕 該食塩含有食品が、味噌、漬け物および醤油からなる群より選ばれたものである、前記〔1〕〜〔3〕いずれか1項に記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法、
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕いずれか1項に記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られたものである、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品、
〔6〕 乳酸菌の休止菌体を含有したものである、食品へのγ−アミノ酪酸富化剤、
〔7〕 該乳酸菌が、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)である、前記〔6〕記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤、
〔8〕 該休止菌体が、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体である、前記〔6〕または〔7〕記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤、
〔9〕 該凍結乾燥菌体が、トレハロース、グリセロールおよび脱脂粉乳からなる群より選ばれた1種の凍結保護剤を用いて、凍結乾燥された凍結乾燥菌体である、前記〔6〕〜〔8〕いずれか1項に記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤、ならびに
〔10〕 グルタミン酸またはその塩をさらに含有したものである、前記〔6〕〜〔9〕いずれか1項に記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、食塩含有食品に対して、簡便に、γ−アミノ酪酸を富化すること、効率よく、γ−アミノ酪酸を富化することなどの少なくとも1つを達成することができるという優れた効果を奏する。また、本発明のγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品によれば、塩味が維持されつつ、γ−アミノ酪酸が富化されているという優れた性質を示す。さらに、本発明の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤によれば、食品に対して、簡便に、γ−アミノ酪酸を富化できるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、1つの側面では、グルタミン酸またはその塩の存在下に、乳酸菌の休止菌体と食塩含有食品とを接触させることを特徴とする、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法に関する。
【0011】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法は、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化の際に、乳酸菌の休止菌体が用いられていることに1つの大きな特徴がある。したがって、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、乳酸菌を増殖させずとも、食塩含有食品にγ−アミノ酪酸を富化することができるという優れた効果を発揮する。また、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、乳酸菌を増殖させなくてもよいため、通常、乳酸菌の増殖が困難な塩濃度の食品に対しても、簡便、かつ効率よく、γ−アミノ酪酸を富化することができるという優れた効果を発揮する。
【0012】
さらに、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法は、乳酸菌が用いられていることにも1つの大きな特徴がある。したがって、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法では、従来発酵食品などに用いられ、食用にすることも可能な乳酸菌が用いられているため、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によりγ−アミノ酪酸が富化された食塩含有食品は、当該乳酸菌の菌体を除去することなく、そのまま、食品として提供されうるという優れた効果を発揮する。また、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品の製造に適用した場合、菌体の除去などの複雑な操作を実質的に行なわなくてもよく、簡便な操作でγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品を得ることができるという優れた効果を発揮する。
【0013】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法に用いられる乳酸菌としては、グルタミン酸またはその塩をγ−アミノ酪酸に変換する能力を発揮する乳酸菌であればよく、特に限定されないが、例えば、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス ラクチス(Lactobacillus lactis、ラクトコッカス ラクチス(Lactococcus lactis)などが挙げられる。なかでも、発酵食品に含まれていて食経験が長く、グルタミン酸脱炭酸酵素活性が高い観点から、好ましくは、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス ラクチス(Lactobacillus lactis)であり、より好ましくは、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)が望ましい。
【0014】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法に用いられる乳酸菌の休止菌体は、高いグルタミン酸脱炭酸酵素活性をもつ培養菌体、培養菌体を凍結あるいは凍結乾燥した状態にある菌体であればよい。より具体的には、前記休止菌体としては、例えば、大豆抽出物含有MRS培地に、1/50〜1/100量の乳酸菌前培養液を接種し、嫌気条件下で28℃、4日間静置培養した菌体などが挙げられる。
【0015】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法では、前記休止菌体が用いられているため、ピリドキサール 5−リン酸および2−メルカプトエタノールを実質的に添加することなく、食塩含有食品に対して、γ−アミノ酪酸を富化できるという優れた効果を発揮する。また、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法では、前記休止菌体が用いられているため、乳酸菌の生育が困難な食塩濃度、例えば、5.5重量%以上の食塩を含有する食品に対しても、効率よくγ−アミノ酪酸を富化できるという優れた効果を発揮する。
【0016】
前記休止菌体の製造方法としては、例えば、
(I)適切な培地に、適切な量、例えば、培地に対して、1/50〜1/100量の乳酸菌を播種し、24℃〜37℃で嫌気培養を行なう工程、および(II)前記工程(I)で得られた培養物を、遠心分離などの手段に供して、分離し、集菌する工程、を含む方法などが挙げられる。
【0017】
前記工程(I)において、適切な培地に播種する対象となる乳酸菌の種菌は、対数増殖期初期から定常期のいずれの状態の菌でもよく、菌体量が多く、グルタミン酸脱炭酸酵素活性が高くなる観点から、好ましくは、対数増殖期後期のものが望ましい。また、培地に播種する種菌の量は、必要に応じて適宜設定されうる。
【0018】
前記培地としては、乳酸菌が生育できる培地であればよい。具体的には、前記培地としては、特に限定されないが、例えば、PH培地〔組成:NaCl 1.2重量%、グルコース 0.1重量%、ポリペプトン 0.1重量%、酵母エキス 0.05重量%、K2HPO4 0.05重量%、pH7.0〕、MRS培地〔組成:プロテオースペプトン 1重量%、牛肉エキス 1重量%、酵母エキス 0.5重量%、ブドウ糖 2重量%、Tween 80(商品名) 0.1重量%、クエン酸アンモニウム 0.5重量%、硫酸マグネシウム 0.01重量%、硫酸マンガン 0.005重量%、リン酸二カリウム 0.2重量%;ド・マン(de Man,J.D.)ら、J.Appl.Bact.,第23巻、第130頁−第135頁(1960)参照〕、GYP培地〔組成:グルコース 1%、酵母エキス 1重量%、ペプトン 0.5重量%、酢酸ナトリウム 0.2重量%、MgSO4 0.02重量%、MnSO4 0.001重量%、FeSO4 0.001重量%、NaCl 0.001重量%、pH6.7〕、これらの改変培地などが挙げられる。なお、これらの培地は、該培地自体の還元力を高め、該培地中に含まれる酸素を除去して嫌気培養条件をより至適化させる観点から、例えば、チオール基を有する化合物などをさらに含有してもよい。前記チオール基を有する化合物としては、特に限定されないが、システインなどが挙げられる。また、前記MRS培地は、大豆抽出液がさらに添加された培地であってもよい。前記大豆抽出液としては、特に限定されないが、例えば、大豆 400gを、水1600mlに18時間浸漬させ、105℃で60分間加熱し、その後、大豆を除去し、浸漬液を得、得られた浸漬液を、14300×gで20分間遠心分離して、上清を採取することにより得られた抽出液などが挙げられる。
【0019】
前記工程(I)において、嫌気培養の培養温度は、乳酸菌が生育できる温度であればよく、20℃〜40℃、好ましくは、24℃〜37℃、特に好ましくは、28℃が望ましい。
【0020】
本発明においては、乳酸菌の休止菌体によるγ−アミノ酪酸の生成効率をより一層向上させる観点から、前記工程(I)における嫌気培養に際して、グルタミン酸またはその塩をさらに含有した培地で培養することが好ましい。
【0021】
前記嫌気培養は、例えば、嫌気培養ジャー、嫌気培養装置、CO2ガス培養装置などを用いた培養環境下で行なわれうる。また、かかる嫌気培養は、例えば、窒素 80容積%と二酸化炭素 10容積%と水素 10容積%との混合ガス下で行なわれてもよい。
【0022】
前記休止菌体は、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体が好ましい。本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法において、前記休止菌体として、前記凍結乾燥菌体を用いる場合、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法を行なうに際して、安定した性質を有する均質な休止菌体を入手しやすく、それにより、γ−アミノ酪酸を安定的に製造することが可能になる点で有利である。
【0023】
前記凍結乾燥菌体は、前記嫌気培養により得られた乳酸菌を集菌し、必要により、得られた菌体を、適切な洗浄用溶液、例えば、緩衝液などで洗浄し、得られた菌体を、適切な分散媒に分散させ、得られた分散物を、凍結乾燥させることにより得られうる。
【0024】
前記洗浄用溶液としては、特に限定されないが、例えば、生理的食塩水、リン酸生理食塩水などが挙げられる。
【0025】
前記菌体の洗浄は、例えば、前記洗浄用溶液に、該菌体を懸濁し、得られた懸濁物を遠心分離、ろ過、沈降分離などに供して、上清を除去するという一連の操作により行なわれうる。
【0026】
前記分散媒としては、生理的食塩水、リン酸生理食塩水、凍結保護剤を含有した溶液などが挙げられる。前記凍結保護剤としては、特に限定されないが、例えば、トレハロース、ウシ血清アルブミン、脱脂粉乳(スキムミルク)などが挙げられる。なお、本発明の目的を妨げないものであれば、前記凍結保護剤は、他の物質を適宜含有していてもよい。前記凍結保護剤を含有した溶液としては、具体的には、特に限定されないが、例えば、2重量% トレハロースを含有した生理的食塩水、1重量% ウシ血清アルブミンを含有した生理的食塩水などが挙げられる。かかる溶液中における凍結保護剤の含有量は、用いられる凍結保護剤の種類などに応じて、適宜設定されうる。前記分散媒は、緩衝能力を有する観点から、好ましくは、リン酸生理食塩水が望ましい。
【0027】
なお、前記凍結乾燥に際しては、菌体を良好に維持する観点から、例えば、菌体濃度を高めること、液体窒素中に入れて短時間で凍結させること、保護剤を添加することなどを行なうことが望ましい。
【0028】
本発明に用いられる「食塩含有食品」としては、終濃度で、5重量%以上、好ましくは、6重量%以上、より好ましくは、8重量%以上の食塩を含有した食品をいう。前記「食塩含有食品」としては、特に限定されないが、例えば、味噌、漬け物、醤油などが挙げられる。
【0029】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法は、具体的には、(A)グルタミン酸またはその塩の存在下における乳酸菌の休止菌体と、食塩含有食品とを接触させ、適切な条件下に維持するステップを含む方法である。前記ステップ(A)としては、具体的には、例えば、
(a)グルタミン酸もしくはその塩を含有した食塩含有食品と、乳酸菌の休止菌体とを混合し、得られた混合物〔混合物(a)〕を、適切な条件下に維持するステップ、
(a’)グルタミン酸もしくはその塩と、食塩含有食品(グルタミン酸もしくはその塩を実質的に含有しない食塩含有食品)と、乳酸菌の休止菌体とを混合し、得られた混合物〔混合物(a’)〕を、適切な条件下に維持するステップ、
などが挙げられる。
【0030】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法では、前記混合物(a)または混合物(a’)中におけるグルタミン酸もしくはその塩の含有量は、所望の量のγ−アミノ酪酸を生成させるに十分な量であればよく、適宜設定され得る。前記混合物中におけるグルタミン酸またはその塩の含有量は、少なくとも1重量%、生理機能が期待できる有効な量のγ−アミノ酪酸の生成を行なう観点から、好ましくは、2.5重量%以上、より好ましくは、5重量%以上、添加するグルタミン酸に要するコストとγ−アミノ酪酸の生成量との適切なバランスを得る観点、製品の良好な官能評価を得る観点などから、好ましくは、10重量%以下、より好ましくは、6重量%以下であることが望ましい。
【0031】
用いられる休止菌体の量は、混合物(a)または混合物(a’)中において、γ−アミノ酪酸を生成させるに十分な量であればよく、所望の量のγ−アミノ酪酸の富化に要する時間、休止菌体によるγ−アミノ酪酸の生成能力、基質であるグルタミン酸の濃度、グルタミン酸からγ−アミノ酪酸へ変換するときの温度、食塩濃度などに応じて適宜設定され得る。前記乳酸菌の休止菌体の量は、該休止菌体によるグルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換に要する時間をより短縮させる観点から、グルタミン酸もしくはその塩 1gに対して、好ましくは、109細胞数以上、より好ましくは、1012細胞数以上であり、休止菌体のコストの観点から、1015細胞数以下、より好ましくは、1013細胞数以下であることが望ましい。
【0032】
グルタミン酸またはその塩の存在下において、乳酸菌の休止菌体と、食塩含有食品とを接触させ、適切な条件下に維持する時間(維持時間)は、所望のγ−アミノ酪酸量、所望の量のγ−アミノ酪酸を生成させるに要する時間などに応じて、適宜設定されうる。前記維持時間は、乳酸菌が発揮するグルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換能力の観点から、好ましくは、1日以上、より好ましくは、3日以上であり、基質であるグルタミン酸濃度を十分に確保する観点から、10日以下、好ましくは、7日以下であることが望ましい。ここで、前記「適切な条件」としては、例えば、食塩含有食品(例えば、味噌など) 100gに、グルタミン酸ナトリウムを1重量%になるように添加し、得られた混合物に、凍結乾燥させた乳酸菌 1012細胞数を加えてよく攪拌し、ついで、得られた産物を、28℃で維持する条件、前記休止菌体の製造方法における嫌気培養と同様の条件などが挙げられる。
【0033】
なお、本発明においては、食品中におけるγ−アミノ酪酸の量は、例えば、所定量の食品を、適切な手段で水などの液体に溶解させ、得られた溶液を、必要により濾過して、アミノ酸分析に供することにより、算出されうる。本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、算出されたγ−アミノ酪酸の量を経時的にモニターすることにより、所望の量のγ−アミノ酪酸を含有した食塩含有食品を得ることができる。
【0034】
本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法によれば、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品を簡便に得ることができる。
【0035】
本発明は、他の側面では、前記食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られた、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品に関する。
【0036】
本発明のγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品は、前記食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られたものであるため、食品本来の塩濃度が維持され、γ−アミノ酪酸が富化されている。したがって、本発明のγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品は、塩味が維持されつつ、高い割合でγ−アミノ酪酸を含有するという優れた性質を発現する。
【0037】
本発明のγ−アミノ酪酸富化食塩含有食品は、γ−アミノ酪酸を含有しているため、血圧の調節、血中コレステロールの調節、リラックス効果、動脈硬化の抑制、更年期障害の改善、肝機能改善などとともに、食塩の過剰摂取による影響を抑制することが期待される。
【0038】
本発明は、別の側面では、乳酸菌の休止菌体を含有した、食品へのγ−アミノ酪酸富化剤に関する。
【0039】
本発明の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤(以下、「γ−アミノ酪酸富化剤」という)は、乳酸菌の休止菌体を含有しているため、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤によれば、食品に対して、簡便にγ−アミノ酪酸を富化することができるという優れた効果を発揮する。また、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤によれば、本発明の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法を簡便に行なうことができる。
【0040】
本発明のγ−アミノ酪酸富化剤に含まれる乳酸菌の休止菌体としては、前記食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法の場合と同様のものが挙げられる。
【0041】
前記休止菌体は、保存安定性、使用時におけるγ−アミノ酪酸の生成能力の発現、食塩含有食品、例えば、食塩を含有した発酵食品で高いγ−アミノ酪酸生成活性の発現などを十分に行なう観点から、好ましくは、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス ラクチス(Lactobacillus lactis)、ラクトコッカス ラクチス(Lactococcus lactis)などの乳酸菌の休止菌体であることが望ましい。なかでも、保存安定性の観点から、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)が好ましい。
【0042】
本発明のγ−アミノ酪酸富化剤に含まれる休止菌体は、使用時に、食品に対して、γ−アミノ酪酸を効率よく富化する能力を十分に発揮させる観点から、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体であることが好ましい。
【0043】
前記休止菌体が、凍結乾燥菌体である場合、十分な保存安定性を発揮し、γ−アミノ酪酸の生成能力を十分に維持する観点から、該凍結乾燥菌体は、トレハロース、ウシ血清アルブミンおよび脱脂粉乳(スキムミルク)からなる群より選ばれた1種の凍結保護剤を用いて、凍結乾燥された凍結乾燥菌体であることが好ましい。前記凍結保護剤のなかでも、低濃度で高い生残率を得る観点から、好ましくは、トレハロースが望ましい。
【0044】
本発明のγ−アミノ酪酸富化剤は、例えば、食塩含有食品に添加し、適切な条件下に維持することなどにより用いられうる。具体的には、食塩含有食品が、市販の味噌である場合、例えば、無菌条件下に、かかる味噌に、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤を添加し、混合し、ついで、室温で適切な時間保存することにより、味噌に対して、γ−アミノ酪酸を富化させることができる。食塩含有食品中にグルタミン酸またはその塩が十分に含まれていない場合、適切な量のグルタミン酸またはその塩を、該食塩含有食品に添加して、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤を用いてもよい。また、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤は、食品への添加に際して、水などの適切な液体と混合して用いてもよい。
【0045】
また、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤は、使用時における手法がより簡便になる観点から、グルタミン酸またはその塩をさらに含有したものが好ましい。ここで、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤が、グルタミン酸またはその塩を含有するものである場合、前記休止菌体と、グルタミン酸またはその塩とは、そのまま混合されていてもよく、例えば、グルタミン酸またはその塩を徐放させる徐放性物質などにより隔てられた状態で維持されていてもよい。
【0046】
さらに、本発明のγ−アミノ酪酸富化剤は、本発明の目的を阻害しないものであれば、食品に添加されうる他の物質を適宜含有してもよい。
【0047】
以下、本発明を実施例などに基づき詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0048】
(実験例1)
5重量% グルタミン酸ナトリウム溶液 20mlを、PH培地〔組成:NaCl 1.2重量%、グルコース 0.1重量%、ポリペプトン(日本製薬株式会社製) 0.1重量%、酵母エキス〔ベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー(Becton,Dickinson and Company)社製〕 0.05重量%、K2HPO4 0.05重量%、残部 蒸留水、pH7.0〕 80ml、MRS培地〔組成:MRS Broth(ベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー社製) 5.5重量%、L−システイン 0.01重量%、残部 蒸留水、pH6.5〕 80mlおよび大豆抽出物含有MRS培地〔培地(100ml)中の組成:MRS Broth(商品名、ベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー社製) 5.5重量%、L−システイン 0.01重量%、残部 大豆抽出物、pH6.5〕 80mlそれぞれに添加し、グルタミン酸含有PH培地、グルタミン酸含有MRS培地、およびグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地それぞれを得た。なお、前記大豆抽出液は、大豆 400gを、水1600mlに18時間浸漬させ、105℃で60分間加熱し、その後、大豆を除去し、浸漬液を得、得られた浸漬液を、14300×gで20分間遠心分離して、上清を採取することにより得られた抽出液である。
【0049】
分光光度計〔商品名:UV−1200、株式会社島津製作所製〕を用いてOD660で測定した濁度が10となるように、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株を、滅菌リン酸生理食塩水に懸濁し、菌懸濁物を得た。
【0050】
前記グルタミン酸含有PH培地 100ml、グルタミン酸含有MRS培地 100mlおよびグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地 100mlそれぞれに、前記菌懸濁物 1mlを添加し、その後、28℃で6日間、嫌気培養を行なった。
【0051】
2日毎に、培養物を採取した。採取した培養物について、分光光度計〔商品名:UV−1200、株式会社島津製作所製〕を用いて、OD660で濁度を測定した。また、前記培養物のpHを、pHメーター(商品名:F−22、株式会社堀場製作所製)で測定した。さらに、前記培養物を、11100×g、10分間の遠心分離に供し、上清を得た。上清中のグルタミン酸は、商品名:F−キット L−グルタミン酸(株式会社ジェイ・ケイ・インターナショナル製)を用いて定量した。
【0052】
その結果、グルタミン酸含有PH培地、グルタミン酸含有MRS培地およびグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地のいずれを用いた場合にも、培養から2日目にpHが一旦低下し、その後、pHが上昇した。また、グルタミン酸含有MRS培地またはグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合、培養時間の経過に伴い、培養物の濁度が上昇し、培養物中のグルタミン酸濃度が減少した。したがって、前記グルタミン酸含有MRS培地、またはグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株により、グルタミン酸がγ−アミノ酸に変換されることが示唆される。
【0053】
また、培養物の上清を、蒸留水で1/100の濃度まで希釈し、ついで、フィルター濾過した。得られた産物を、アミノ酸分析装置(商品名:Hitachi−8500、株式会社日立製作所製)に供し、γ−アミノ酪酸およびグルタミン酸それぞれを定量した。その結果を、表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
その結果、表1に示されるように、グルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合、最も多くのγ−アミノ酪酸が生成されることがわかる。
【0056】
(実験例2)
前記実験例1で用いたグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地の組成において、最終濃度:2.0、2.5、3.0、3.5、4.0、4.5、5.0、5.5または6.0重量%となるように、食塩を添加し、各種食塩濃度の培地を得た。
【0057】
得られた培地に、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株の懸濁物〔OD660=10〕 1mlを添加し、28℃で6日間の嫌気培養を行なった。2日毎に培養物を採取し、実験例1と同様の手法により、培養物の上清のpH、培養物の濁度、培養物中のグルタミン酸量を測定した。それらの結果の一部を図1のパネル(A)〜パネル(C)に示す。図中、パネル(A)は、培養物の上清のpH、パネル(B)は、培養物の濁度、パネル(C)は、培養物中のグルタミン酸量をそれぞれ示す。また、図中、黒菱形は、食塩濃度2.0重量%、黒四角は、食塩濃度2.5重量%、黒三角は、食塩濃度3.0重量%、白丸は、食塩濃度3.5重量%、クロスは、食塩濃度4.0重量%、黒丸は、食塩濃度4.5重量%、白菱形は、食塩濃度5.0重量%、白四角は、食塩濃度5.5重量%、および白三角は、食塩濃度6.0重量%をそれぞれ示す。
【0058】
その結果、図1のパネル(A)に示されるように、最終食塩濃度が2.0〜5重量%である培地の場合、pHは、培養開始から2〜4日目まで低下した後、増加した。しかし、最終食塩濃度が5.5重量%以上である培地の場合、pHの上昇は、見られなかった。したがって、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株は、食塩濃度が5.5重量%以上である場合、グルタミン酸をγ−アミノ酪酸に変換しないことが示唆される。
【0059】
また、図1のパネル(B)に示されるように、食塩濃度が高くなるほど、濁度の上昇の度合いが低下したため、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株は、食塩の存在により、その生育が阻害されることがわかる。
【0060】
図1のパネル(C)に示されるように、培養物中のグルタミン酸の量は、培養時間の経過とともに、減少し、例えば、食塩濃度が2.0重量%または2.5重量%の培地では、6日目、食塩濃度が3.0〜5.0重量%の培地では、10日目にほぼ消失することがわかる。したがって、これらの培地を用いた場合には、グルタミン酸が、γ−アミノ酪酸に変換されることが示唆される。
【0061】
また、グルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換が示唆される培養物について、該培養物を蒸留水で1/100の濃度まで希釈し、フィルター(孔径0.45μm)で濾過した。得られた産物について、前記実験例1と同様に、γ−アミノ酪酸およびグルタミン酸それぞれを定量した。その結果を、表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
その結果、表2に示されるように、食塩濃度が2.0重量%の培養物では、2.25μmol/mlのγ−アミノ酪酸が蓄積されており、グルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換率は、65%であることがわかる。しかしながら、食塩濃度が高くなるにしたがって、変換率が低くなる傾向があることがわかる。これらの結果より、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株を高塩濃度条件で培養すると、生育およびグルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換率が低下することが示唆される。
【0064】
(実施例1)
前記グルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地に、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株の懸濁物〔OD660=10〕 1mlを添加し、28℃で6日間の嫌気培養を行なった。毎日、培養物のpHを測定し、pH5.8〜6.3付近まで上昇した培養物を、14300×gで10分間の遠心分離に供して菌体を回収した。ついで、得られた菌体を、分光光度計〔商品名:UV−1200、株式会社島津製作所製〕を用いてOD660で測定した濁度が100となるように、滅菌リン酸生理食塩水に懸濁して、菌懸濁液を得た。
【0065】
また、前記実験例1で用いたグルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地の組成において、最終濃度:0、6.0または12.0重量%となるように、食塩を添加し、各種食塩濃度の培地を得た。
【0066】
得られた菌懸濁液 1mlを、前記各種食塩濃度の培地100mlに添加し、28℃で3日間の嫌気培養を行なった。ここで、培養開始後、0時間、6時間、12時間、24時間、48時間および72時間毎に、培養物を採取し、11100×g、10分間の遠心分離に供し、上清を得た。
【0067】
前記上清を1/100の濃度となるように蒸留水で希釈して、試料を得た。前記試料を、アルミシートセルロースFプレート〔メルク株式会社製〕にスポットし、該スポット展開液〔2-プロパノール:水:酢酸=50:45:5(容積比)〕で展開させることにより、薄層クロマトグラフィーを行なった。なお、標準品として、γ−アミノ酪酸(和光純薬工業株式会社製)、L−グルタミン酸(ナカライテスク株式会社)、およびγ−アミノ酪酸とグルタミン酸との混合物を用いた。その後、展開後のプレートにニンヒドリン溶液(和光純薬工業株式会社製)を噴霧し加熱して青紫色スポットを発色させた。結果を図2に示す。図中、「Glu」は、グルタミン酸標品、「GABA」は、GABA標品、「MIX」は、グルタミン酸標品とGABA標品との混合物を示す。
【0068】
その結果、図2に示されるように、全ての培養物で、標準品のγ−アミノ酪酸に対応する位置に強く発色したため、γ−アミノ酪酸が生産されていることがわかる。
【0069】
ついで、培養開始から72時間後の培養物について、1/100の濃度まで希釈し、試料を得た。得られた試料を、フィルター(孔径:0.45μm)で濾過して、アミノ酸分析用試料を得た。得られたアミノ酸分析用試料について、アミノ酸分析を行ない、グルタミン酸およびγ−アミノ酪酸の生成の有無を調べた。その結果を、表3に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
その結果、表3に示されるように、食塩濃度が6重量%以上の場合でも、食塩存在下での培養の前に、グルタミン酸を含有した培地で培養し、その後、食塩存在下に、グルタミン酸を含有した培地で培養した場合、6重量%を超える食塩濃度の条件下でさえも、高い効率でグルタミン酸をγ−アミノ酪酸に変換できることがわかる。
【0072】
(実施例2〜4)
分光光度計〔商品名:UV−1200、株式会社島津製作所製〕を用いてOD660で測定した濁度が10となるように、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株を、滅菌リン酸生理食塩水に懸濁し、菌懸濁物を得た。ついで、前記グルタミン酸・大豆抽出物含有MRS培地 100mlに、前記菌懸濁物 1mlを添加し、その後、28℃で6日間、嫌気培養を行なった。
【0073】
毎日、培地のpHを測定し、培地のpHが、5.8〜6.3付近となった培養物を採取した。その後、得られた培養物を、14300×gで20分間の遠心分離に供して、培養菌体を回収した。得られた培養菌体を滅菌生理的食塩水に、OD660が100となるように懸濁し、培養菌体懸濁物(実施例2)を得た。得られた培養菌体懸濁物 10mlに、凍結保護剤としてトレハロース 0.2gまたはBSA 0.01gを添加し、トレハロース含有培養菌体懸濁物(実施例3)またはBSA含有培養菌体懸濁物(実施例4)を得た。
【0074】
前記培養菌体懸濁物(実施例2)、トレハロース含有培養菌体懸濁物(実施例3)およびBSA含有培養菌体懸濁物(実施例4)を、それぞれ、別々の滅菌済ナス型フラスコに移し、−80℃で凍結させ、ついで、凍結乾燥機(旭テクノグラス株式会社製)で4日間乾燥させた。これにより、実施例2の凍結乾燥菌体、実施例3の凍結乾燥菌体および実施例4の凍結乾燥菌体それぞれを得た。
【0075】
最終濃度:5重量%となるように、グルタミン酸ナトリウムを前記大豆抽出物含有MRS培地に添加し、5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を得た。前記凍結乾燥菌体 0.5gを、前記5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地 2mlに添加し、菌懸濁液を得た。
【0076】
得られた菌懸濁液 2mlを、前記大豆抽出物含有MRS培地 8ml、味噌混合培地〔組成:味噌(山高味噌株式会社製、塩濃度:12.2重量%) 4g、大豆抽出物含有MRS培地 4ml〕および味噌〔山高味噌株式会社製、塩濃度:12.2重量% 8g〕それぞれに添加し、28℃で3日間、嫌気培養を行なった。なお、前記培地などは、終濃度0.5重量%となるように、グルタミン酸ナトリウムを添加したものである。1日毎に、培養物の上清を採取し、該上清を1/100の濃度となるように蒸留水で希釈して、試料を得た。前記試料を、前記実施例1と同様に、薄層クロマトグラフィーにより分析した。なお、味噌については、培養後の味噌培養物をよく攪拌してから、0.3g相当量の味噌培養物を採取し、得られた培養物に、滅菌蒸留水 1.2mlを添加して撹拌し、17400×gで10分間、遠心分離することにより、上清として試料を得た。
【0077】
γ−アミノ酪酸に対応するスポットが強く発色した試料について、前記実施例1と同様に、アミノ酸分析を行なった。結果を図3に示す。図中、パネル(A)は、凍結乾燥菌体の菌懸濁液を大豆抽出物含有MRS培地に添加した場合の結果、パネル(B)は、該菌懸濁液を味噌混合培地に添加した場合の結果、パネル(C)は、該菌懸濁液を味噌に添加した場合の結果を示す。また、図中、黒バーは、グルタミン酸濃度、白バーは、γ−アミノ酪酸濃度を示す。
【0078】
その結果、図3のパネル(A)およびパネル(B)に示されるように、凍結乾燥菌体の菌懸濁液を大豆抽出物含有MRS培地に添加した場合および該菌懸濁液を味噌混合培地に添加した場合、約24〜32μmol/ml(培養物)のγ−アミノ酪酸が生産されることがわかる。また、図3のパネル(C)に示されるように、凍結乾燥菌体の菌懸濁液を味噌に添加した場合でも、約8μmol/gのγ−アミノ酪酸が生産されることがわかる。これらの結果から、味噌単独に凍結乾燥菌体を添加しても、γ−アミノ酪酸が生産されることができることがわかる。
【0079】
(実施例5)
最終濃度:1重量%または5重量%となるように、グルタミン酸ナトリウムを前記大豆抽出物含有MRS培地に添加し、1重量%または5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を得た。前記実施例2および3それぞれの凍結乾燥菌体 0.5gを、別々の前記1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地 1mlまたは前記5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地 1mlに添加し、菌懸濁液を得た。
【0080】
得られた菌懸濁液 1mlを、味噌 8gに添加し、28℃で7日間、嫌気培養を行なった。得られた培養物 8gを、滅菌蒸留水 10mlに添加して、よく攪拌し、得られた産物を、17400×gで10分間、遠心分離することにより、上清を得た。得られた上清を、1/100濃度になるように、蒸留水で希釈し、試料を得た。前記試料を、前記実施例1と同様に、薄層クロマトグラフィーにより分析した。結果を図4に示す。図中、パネル(A)は、1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果、パネル(B)は、5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果を示す。また、図中、レーン1は、グルタミン酸標品、レーン2は、γ−アミノ酪酸標品、レーン3は、グルタミン酸標品とγ−アミノ酪酸標品との混合物、レーン4は、対照、レーン5〜7は、試料を示す。
【0081】
その結果、味噌中に、γ−アミノ酪酸が生産されていることがわかる。
【0082】
ついで、各試料について、前記実施例1と同様に、アミノ酸分析を行なった。結果を図5に示す。図中、パネル(A)は、1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果、パネル(B)は、5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果を示す。また、図中、黒バーは、グルタミン酸濃度、白バーは、γ−アミノ酪酸濃度を示す。
【0083】
その結果、図5に示されるように、グルタミン酸濃度を、1重量%とした場合、約48μmol/gのγ−アミノ酪酸が生産され、グルタミン酸濃度を、5重量%とした場合、約153〜187μmol/gのγ−アミノ酪酸が生産されることがわかる。
【0084】
以上の結果より、塩濃度:1重量%の味噌に、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株の凍結乾燥菌体を添加し、維持することにより、γ−アミノ酪酸が得られることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、食塩含有食品に、γ−アミノ酪酸を富化することができ、該食塩含有食品に、γ−アミノ酪酸による機能を付加し、発現させることができる。そのため、本発明によれば、機能性食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】図1は、食塩存在下におけるラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株の挙動を調べた結果を示す図である。図中、パネル(A)は、培養物の上清のpH、パネル(B)は、培養物の濁度、パネル(C)は、培養物中のグルタミン酸量をそれぞれ示す。図中、黒菱形は、食塩濃度2.0重量%、黒四角は、食塩濃度2.5重量%、黒三角は、食塩濃度3.0重量%、白丸は、食塩濃度3.5重量%、クロスは、食塩濃度4.0重量%、黒丸は、食塩濃度4.5重量%、白菱形は、食塩濃度5.0重量%、白四角は、食塩濃度5.5重量%、および白三角は、食塩濃度6.0重量%をそれぞれ示す。
【図2】図2は、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis) IFO12005株による、食塩存在下におけるγ−アミノ酪酸の生産を調べた薄層クロマトグラフィー解析の結果を示す図である。図中、「Glu」は、グルタミン酸標品、「GABA」は、GABA標品、「MIX」は、グルタミン酸標品とGABA標品との混合物を示す。
【図3】図3は、凍結乾燥菌体を用いた場合のγ−アミノ酪酸の生産量を示す図である。図中、パネル(A)は、凍結乾燥菌体の菌懸濁液を大豆抽出物含有MRS培地に添加した場合の結果、パネル(B)は、該菌懸濁液を味噌混合培地に添加した場合の結果、パネル(C)は、該菌懸濁液を味噌に添加した場合の結果を示す。図中、黒バーは、グルタミン酸濃度、白バーは、γ−アミノ酪酸濃度を示す。
【図4】図4は、1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地または5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地に凍結乾燥菌体を懸濁して得られた菌懸濁液を味噌に添加した場合のγ−アミノ酪酸の生成を薄層クロマトグラフィーで調べた結果を示す図である。図中、パネル(A)は、1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果、パネル(B)は、5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果を示す。図中、レーン1は、グルタミン酸標品、レーン2は、γ−アミノ酪酸標品、レーン3は、グルタミン酸標品とγ−アミノ酪酸標品との混合物、レーン4は、対照、レーン5〜7は、試料を示す。
【図5】図5は、1重量%または5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地に凍結乾燥菌体を懸濁して得られた菌懸濁液を味噌に添加した場合のγ−アミノ酪酸の量をアミノ酸分析で調べた結果を示す図である。図中、パネル(A)は、1重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果、パネル(B)は、5重量% グルタミン酸含有・大豆抽出物含有MRS培地を用いた場合の結果を示す。図中、黒バーは、グルタミン酸濃度、白バーは、γ−アミノ酪酸濃度を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミン酸またはその塩の存在下に、乳酸菌の休止菌体と食塩含有食品とを接触させることを特徴とする、食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法。
【請求項2】
該乳酸菌が、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)である、請求項1記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法。
【請求項3】
該休止菌体が、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体である、請求項1または2記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法。
【請求項4】
該食塩含有食品が、味噌、漬け物および醤油からなる群より選ばれたものである、請求項1〜3いずれか1項に記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか1項に記載の食塩含有食品へのγ−アミノ酪酸の富化方法により得られてなる、γ−アミノ酪酸富化食塩含有食品。
【請求項6】
乳酸菌の休止菌体を含有してなる、食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。
【請求項7】
該乳酸菌が、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)である、請求項6記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。
【請求項8】
該休止菌体が、グルタミン酸またはその塩の存在下に培養して得られた菌体の凍結乾燥菌体である、請求項6または7記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。
【請求項9】
該凍結乾燥菌体が、トレハロース、グリセロールおよび脱脂粉乳からなる群より選ばれた1種の凍結保護剤を用いて、凍結乾燥された凍結乾燥菌体である、請求項6〜8いずれか1項に記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。
【請求項10】
グルタミン酸またはその塩をさらに含有してなる、請求項6〜9いずれか1項に記載の食品へのγ−アミノ酪酸富化剤。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−17785(P2008−17785A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−193773(P2006−193773)
【出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(504005035)三笠産業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】