説明

高分子薄膜の成膜方法、及び高分子薄膜

【課題】 10μm未満の薄膜であってもその形成が容易であり、かつ表面平坦性が確保されている高分子薄膜の成膜方法を提供する。
【解決手段】 高分子が溶媒により溶解した高分子溶液を平坦な基板表面に塗布し、前記溶媒の飽和蒸気圧付近で乾燥し、高分子薄膜を作製する。溶媒は、水よりも表面張力の小さい親水性有機溶媒又はその水溶液であることは好ましく、また、2時間以上かけて前記飽和蒸気圧付近での乾燥することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子薄膜の成膜方法、及びその方法により成膜される高分子薄膜に関するものであり、特に、キャスト法により所望の膜厚の高分子薄膜を成膜する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、高分子薄膜形成を目的とし様々な試みがなされてきている。たとえば、回転させた固体基板の表面に溶液を流下させて薄膜を形成するスピンコート法、あるいは浸漬法、スプレーコート法等がその代表的な方法である。
【0003】
しかし、これら従来の高分子薄膜の成膜方法では、所望の膜厚に調整することが難しく、しかも均一な膜厚とすることができないという問題があった。例えば、スピンコートによる薄膜の成膜方法は、基板上に塗布液を滴下し、塗布液を遠心力で延伸することで薄膜を形成させるが、膜厚に分布が発生し易いという問題がある。
【0004】
この問題を解決するためにいくつかの方法が検討されている。例えば、基板に塗布液を滴下後密閉インナーカップ内で回転させる方法が報告されている(特許文献1)。また、この方法においてインナーカップ中に希釈ガスを注入しながらスピンコートする方法も報告されている(特許文献2)。しかしながら、これらの方法では基板の縁部の膜厚ムラを十分に回避できないという問題がある。
【0005】
また、例えば燃料電池用高分子電解質膜の成膜には、溶媒に可溶な高分子の薄膜を調製するために、濃度を調整した高分子溶液を基板、例えばグラッシーカーボン上に塗布し、乾燥させるキャスト法が用いられている。
【0006】
このキャスト法では均一で良質な薄膜を得るために、乾燥温度の制御が行われているが、温度制御のみでは周辺部と中心部で膜厚が異なる(一般に周辺部が厚くなる)という欠点があり、均一な高分子薄膜が成膜できないという問題がある。
【0007】
また、スプレー法により燃料電池用高分子電解質膜を成膜すると、高分子溶液が放射状にスプレーされるため、中心から一定範囲は均一な膜を成膜できるが、周辺は膜厚がばらついてしまい、均一な膜厚の高分子薄膜を成膜する上での歩留まりが悪いという問題がある。
【特許文献1】特許第2942213号
【特許文献2】特許第3231970号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したようにスピンコート法、スプレーコート法、キャスト法のいずれの方法を用いても、溶液が一様に分散された薄膜を成膜するは難しい。特にスピンコート法では円盤周辺部の凝集が著しくなるという問題がある。このように凝集が起こる理由は、高分子の溶媒として水を用いており、水の表面張力が大きすぎること、基板単位面積当りの高分子溶液の滴下量が多すぎること、高分子溶液中の高分子濃度が高すぎること等にあると考えられる。
【0009】
そこで、本発明はこれらの技術の問題点を解消し、例えば10μm以下の薄膜であってもその形成が容易であり、かつ表面平坦性が確保されている高分子薄膜の成膜方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、高分子を溶媒に溶解した高分子溶液を平坦な基板表面に塗布し、前記溶媒の飽和蒸気圧付近で乾燥し、高分子薄膜を作製することを特徴とする。
【0011】
また、前記溶媒は、水よりも表面張力の小さい親水性有機溶媒又はその水溶液であることは好ましい。また、2時間以上かけて前記飽和蒸気圧付近での乾燥することが好ましい。溶媒の飽和蒸気圧付近で乾燥することにより、高分子を溶解している溶媒が周囲と平衡を保ちながら徐々に蒸発して乾燥速度が適切な速度に制御され、中心部から周辺部まで均一な膜厚となるためである。
【0012】
また、水よりも表面張力の小さい親水性有機溶媒又はその水溶液を用いるのは基板上で大きな液滴となるのを防ぎ、均一な液膜とするためである。
【0013】
前記溶媒がエタノールと水との混合液であることは好ましい。エタノールと水との混合液は、室温乾燥に適した共沸混合物となり両者が同時に蒸発しやすいからである。これらの方法により成膜された高分子の薄膜は、その膜厚が10μmであれば、その表面粗さは0.2μm以下であり、膜厚が1μmであれば、その表面粗さは0.1μm以下である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、10μm未満の超薄膜であっても、表面の平坦性を確保した高分子薄膜を容易に成膜可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。図1は、本発明における高分子薄膜の成膜工程を示すフローチャート図である。
【0016】
先ず、グラッシーカーボン(以下、GC)の基板表面を研磨して鏡面に仕上げた後、洗浄液を用いて洗浄する(S1)。成膜用の基板としては平坦なものであればその材質については特に限定されないが、例えばGC基板を用いれば良い。高分子薄膜の成膜にあっては、研磨方法や洗浄液の種類、洗浄条件等をとくに限定する必要はないが、例えば半導体チップの研磨・洗浄方法に準ずればよい。
【0017】
次に、基板表面への触媒分散液への塗布は、一般には水平に静置した基板の表面に、所定量の分散液を滴下し、液の自重で拡散して被覆される方法によればよい。この滴下工程は、薄膜の厚みを決定するものでから、分散液中の高分子濃度と、基板単位面積当りの分散液の滴下量を適正に制御することが必要である。
【0018】
本発明の方法において薄膜化できる高分子は、溶媒に可溶な高分子であれば特に限定されない。例えば、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブタジエン、イソプレン、クロロプレン、ナイロン、ポリエチレンテレフタレート、ポリ塩化ビニリデン、ポリフッ化ビニリデン、アクリル樹脂、ポリメタクリル酸、ポリカーボネート、ポリカプロラクトン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、セルロース、ポリエチレンオキシド、ポリエーテル、ポリベンズイミダゾールなどの熱可塑性高分子およびそれらの共重合体や混合物が例示される。
【0019】
また、薄膜化できるイオン導電性高分子の例としては、水素イオン導電性電解質として、ナフィオン、フレミオン、アシプレックスなどのポリパーフルオロスルホン酸、スルホン酸やホスホン酸を置換した炭化水素系高分子(ポリイミド、ポリエーテル、ポリアリーレンエーテルスルホン、ポリフェニレン、ポリホスファゼン、ポリベンズイミダゾールなど)および酸化ケイ素、酸化チタン、酸化ジルコニウム、ゼオライト、リン酸ジルコニウム、ポリタングステン酸等の無機材料と有機高分子の無機−有機ハイブリッド電解質が例示される。
【0020】
本発明の方法において用いることができる溶媒は、薄膜化しようとする高分子が可溶であれば特に限定されない。例えば、アルコール類であれば、メタノール、エタノール、2-プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ケトン類であれば、アセトン、メチルエチルケトン、エステル類であれば、酢酸エチル、酢酸ブチル、エーテル類であれば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、含窒素溶媒であれば、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリジノン、含硫黄溶媒であれば、ジメチルスルホキシドなどである。
【0021】
水と混ざり合って表面張力が水より小さい溶媒は好適であり、代表的なものとして、メタノール、エタノール、プロパノール等の低級アルコールやアセトンなどがあげられる。とくに後の乾燥工程において、20℃付近の室温で乾燥させるときに、適切な乾燥速度に制御できるエタノールもしくはエタノールの水溶液が特に好ましい。
【0022】
高分子溶液の乾燥は、乾燥速度の制御のため、とくに分散液中の有機溶媒の蒸発速度を遅らせるために、この有機溶媒の飽和蒸気圧付近で乾燥を行う(S3)。例えば有機溶媒がエタノールにより、20℃で乾燥を行うのであれば、雰囲気のエタノール蒸気圧を0.058atm付近として乾燥を行えばよい。これにより、高分子層の厚みが不均一になったり、乾燥中に変形したりするのを防止することができる。以上の工程により、膜厚が均一な高分子薄膜を成膜することができる。
【0023】
なお、上記のようにして高分子薄膜を成膜後、さらに仕上乾燥してもよい(S4)。仕上乾燥の条件は、とくに限定を要しないが、例えば空気中120℃で1時間程度乾燥すればよい。
【実施例】
【0024】
(実施例1)
グラッシーカーボン(GC)基板(直径=10 mm, 幾何面積=0.785 cm)を、1 μmのアルミナペーストで30分、0.3 μmで10分、最後に0.05 μmで10分研磨した。次に、GC基板を熱水で超音波洗浄し、続いて99.5 vol%エタノールで脱脂した。さらに、純水で超音波洗浄を行い、GCディスクの表面が鏡面になっていることを光学顕微鏡(VH-Z250, KEYENCE Co. Ltd.)あるいはレーザー顕微鏡(VK9510, KEYENCE Co. Ltd.)で確認した。
【0025】
次に、Nafionの乾燥厚さが0.05 μm、0.1 μm、1 μmになるように市販の5 wt% ナフィオンアルコール溶液をエタノールで希釈し、その23 μL/cmをGC基板上に滴下した。Nafionの乾燥厚さ10 μmに関しては、市販の5 wt% ナフィオンアルコール溶液を46 μL/cmとり、GC基板上に滴下した。
【0026】
これらを、エタノールを入れたシャーレ中、25℃で乾燥させた。シャーレにはわずかの隙間を空けて蓋をし、エタノール飽和蒸気圧付近で約10時間かけて溶媒を蒸発させた。なお、Nafionの被覆厚さLは以下の式によって計算した。
【0027】
即ち、所望の高分子薄膜の厚みは下記のような関係式を用いて、滴下する高分子溶液の量Vを算定した。
【0028】
L=(V×dI×CN)/(dN×A×100) ……(1)
ここで、L:Nafion層厚(cm)
V:滴下するNafion溶液の体積(cm
dI:Nafion溶液の密度(g/cm
CN:溶液中のNafionの濃度(wt%)
dN:Nafionの乾燥後の密度(g/cm
A:GC基板の面積(cm
表1は上記の式に基づいて、膜厚とナフィオン溶液量との関係を示したものである。
【0029】
【表1】

【0030】
この方法で調製後、GC基板上に作製した膜が均一になっているか調べるために、レーザー顕微鏡を用いてGC基板の中心および周囲での膜の表面粗さ解析を行った。
【0031】
図2(a)は研磨したGC基板の顕微鏡写真とレーザー顕微鏡による表面粗さの測定結果(写真の下のグラフ)である。表面全体が平滑であり、表面粗さは検出限界(0.05 μm)以下であった。
図2(b)はそのGC基板表面に作製された膜厚0.05 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果である。表面全体が平滑な薄膜で被覆されており、周辺部では透明な薄膜特有の光学干渉縞が見られる。表面粗さは検出限界以下であった。
図3は膜厚0.10 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果である。この薄膜でも表面粗さは検出限界以下であった。
図4は膜厚1.0 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果である。周辺部で透明薄膜特有の光学干渉縞が明確に見られる。この薄膜での表面粗さはレーザー顕微鏡の検出限界より僅かに大きな0.07 μm(7%)であった。
図5は膜厚10 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果である。前面に渉って透明薄膜特有の光学干渉縞が明確に見られる。この薄膜での表面粗さは0.13 μm(1.3%)であった。
これらの結果から、エタノール飽和蒸気圧付近でゆっくりと乾燥させることにより、全ての膜厚について中心付近および周囲の膜厚が均一であることが明確に示された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明における高分子膜の成膜工程の例を示すフロー図である。
【図2】(a)研磨したGC基板の顕微鏡写真とレーザー顕微鏡による表面粗さの測定結果, (b) 膜厚0.05 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果
【図3】膜厚0.10 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果
【図4】膜厚1.0 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果
【図5】膜厚10 μmのナフィオン膜の顕微鏡写真と表面粗さの測定結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子を溶媒に溶解した高分子溶液を平坦な基板表面に塗布し、前記溶媒の飽和蒸気圧付近で乾燥し、高分子薄膜を作成することを特徴とする高分子薄膜の成膜方法。
【請求項2】
前記溶媒は、水よりも表面張力の小さい親水性有機溶媒又はその水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の高分子薄膜の性膜方法。
【請求項3】
前記溶媒は、エタノールと水との混合液であることを特徴とする請求項2に記載の高分子薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記溶媒の飽和蒸気圧付近で2時間以上かけて乾燥することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の高分子薄膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の高分子薄膜の膜厚が式(1)により決定されることを特徴とする高分子薄膜の製造方法。
式(1)
L=(V×dI×CN)/(dN×A×100)
L:高分子薄膜の層厚(cm)
V:滴下する高分子溶液の体積(cm
dI:高分子溶液の密度(g/cm
CN:溶液中の高分子の濃度(wt%)
dN:高分子の乾燥後の密度(g/cm
A:GC基板の面積(cm
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の高分子薄膜の製造方法により成膜されることを特徴とする高分子薄膜。
【請求項7】
前記高分子薄膜の膜厚が10μm以下であり、その表面粗さが0.2μm以下であることを特徴とする請求項6に記載の高分子薄膜。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の高分子薄膜を含むことを特徴とする燃料電池、又はリチウム電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−168597(P2008−168597A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−6395(P2007−6395)
【出願日】平成19年1月15日(2007.1.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度文部科学省「次世代型燃料電池プロジェクト」に関する委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】