説明

高分子錯体

【課題】 ガス状の小分子からタンパク質やその他の生体由来分子のような大分子までの特定の化合物を、選択的に取り込む及び/又は放出することができる細孔群を2種以上有する高分子錯体を提供する。
【解決手段】 少なくとも配位子としての芳香族化合物及び中心金属としての金属イオンからなる3次元格子状構造を有する高分子錯体であって、前記3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えていることを特徴とする高分子錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子錯体に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲスト化合物を取り込む空孔構造を持つ材料に、多種類の有機化合物を含有する混合物を通過又は接触させることによって、選択的に特定の有機化合物を取り出すことができる。このような材料としては、有機配位子を遷移金属で集合させた有機金属錯体やゼオライト等が知られており、選択的可逆的吸着剤、触媒担体等の多くの用途がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、ゼオライト等の構造中に含まれる細孔の環境(細孔内環境)は均一であり、単一のゼオライト材料中に環境の異なる比較的大きな細孔を共存させることは困難である。従って、従来、ゲスト化合物を取り込む作用を有する単一材料中に、有機化合物のような比較的大きい分子サイズを有する化合物を選択的に取り込むことができる細孔を2種以上共存させることは困難であった。
【0004】
本発明は、上記実情を鑑みて成し遂げられたものであり、その目的は、ガス状の小分子からタンパク質やその他の生体由来分子のような大分子までの特定の化合物を、選択的に取り込む及び/又は放出することができる細孔群を2種以上有する高分子錯体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明により提供される高分子錯体は、少なくとも配位子としての芳香族化合物及び中心金属としての金属イオンからなる3次元格子状構造を有する高分子錯体であって、前記3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えていることを特徴とするものである。
【0006】
本発明の高分子錯体内に形成される細孔群は、固有の親和性を有する互いに同一な複数の細孔から構成されている。そのため、本発明の高分子錯体は、2種以上の成分を含む混合物に接触すると、接触した混合物に含まれる複数の成分のうち上記細孔群を構成する細孔が親和性を有する成分を、当該細孔内に選択的に取り込む。高分子錯体内には2種以上の細孔群が存在するため、高分子錯体全体としては2種以上のゲスト成分を取り込むことができる。しかも、1つの高分子錯体内に取り込まれた2種以上のゲスト成分は、各細孔群内で分離した状態で高分子錯体内に存在する。また、細孔内に取り込んだゲスト成分を選択的に放出することも可能である。
さらに、本発明の高分子錯体は、高分子錯体内に形成される細孔群に含まれる細孔のサイズを適宜調節することによって、ガス状の小分子からタンパク質やその他の生体由来分子のような大分子までも細孔内に取り込むことができる。すなわち、2種以上の小分子乃至大分子の化合物を含む混合物から、細孔群ごとに選択的に特定の化合物を取り込むことが可能である。
従って、本発明の高分子錯体は、混合物から2種以上の成分を分離し、且つ、分離した状態で貯蔵したり、或いは分離した状態で輸送、或いは高分子錯体内に吸蔵した成分を選択的に放出することができる。
【0007】
本発明の高分子錯体の一形態としては、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、非配位性の芳香族化合物を含む高分子錯体であって、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む3次元格子状構造を有し、該3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えているものが挙げられる。
前記三次元ネットワーク構造の形態としては、2つ以上の独立した三次元ネットワークが複合化してなる複合化三次元ネットワーク構造も含まれる。この複合化三次元ネットワーク構造としては、例えば、独立した三次元構造ネットワーク構造が複雑に絡み合った相互貫通構造が挙げられる。
【0008】
前記細孔群を構成する細孔のゲスト成分に対する親和性は、前記2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状、及び、細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なることによって、互いに異なるものとなる。
例えば、前記2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔内壁のπ平面が露出している領域と水素原子が露出している領域との占有比が異なると、前記細孔群を構成する細孔の細孔内雰囲気が異なってくる。
【0009】
前記三次元ネットワーク構造が充分な三次元の広がりを持ち、前記積み重ね構造が芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とが充分に積み重なって形成される場合、細長いチャンネル形状の細孔が形成される。
【0010】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔のサイズは、選択的に取り込み及び/又は放出したい成分によって、適宜設計すればよいが、具体的には、前記細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接円の直径を2〜70Åとすることができる。
また、同様に、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接楕円の長径を、5〜70Å、該内接楕円の短径を、2〜50Åとすることができる。
【0011】
前記芳香族化合物配位子として具体的には、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0014】
また、前記非配位性芳香族化合物の具体例としては、縮合多環芳香族化合物が挙げられる。
【0015】
さらに具体的には、前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン又はペリレンの少なくとも1種である高分子錯体が挙げられる。この形態の高分子錯体において、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して、最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接円の直径は、具体的には4.5〜7.0Åである。また、前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して、最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接楕円の長径が8.5〜10.0Åであり、該内接楕円の短径が6.0〜8.0Åである。このように細孔が比較的大きなサイズを有する場合、有機化合物等の比較的大きな分子サイズのゲスト成分を取り込むことができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、1つの高分子錯体中に含まれる2種以上の細孔群内に、それぞれ1種以上、つまり高分子錯体全体として2種以上のゲスト成分を選択的に取り込むことができる。従って、2種以上の化合物を含有する混合物から、特定の2種以上の成分を分離し且つ当該高分子錯体中に吸蔵したり、2種以上の成分を同時に輸送することが可能である。また、取り込んだ成分を選択的に放出することもできる。さらに、高分子錯体の細孔群内に取り込まれた2種以上のゲスト成分が、三次元格子状構造を構成する剛直な主骨格によって互いに充分隔たれている場合には、通常では共存することができない2つ以上の成分、例えば、酸と塩基、酸化剤と還元剤等の組み合わせであっても、1つの高分子錯体内に各成分を安定した状態のまま貯蔵したり、高分子錯体内を別個に輸送したりすることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の高分子錯体は、少なくとも配位子としての芳香族化合物及び中心金属としての金属イオンからなる3次元格子状構造を有する高分子錯体であって、前記3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えていることを特徴とするものである。
【0018】
本発明の高分子錯体の一形態例として、配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、非配位性の芳香族化合物を含む高分子錯体であって、前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む3次元格子状構造を有し、該3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えている高分子錯体を挙げることができる。以下、当該高分子錯体を例に本発明の高分子錯体について説明していく。
【0019】
本発明の高分子錯体は、芳香族化合物配位子と中心金属イオンとの配位結合によって三次元ネットワーク構造が形成されており、当該三次元ネットワーク構造を形成する芳香族化合物配位子の間に、配位結合に寄与しない非配位性芳香族化合物が挿入された積み重ね構造を含む三次元格子状構造を有する。このように、芳香族化合物配位子及び中心金属イオンの配位結合による三次元ネットワーク構造と、三次元ネットワーク構造内に取り込まれた非配位性芳香族化合物及び芳香族化合物配位子により形成される積み重ね構造とによって、高分子錯体内にゲスト成分に対して固有の親和性を有する(すなわち、特異的分子包接機能を有する)2種以上の細孔が、それぞれ複数(すなわち、細孔群)形成されると考えられる。
【0020】
本発明の高分子錯体が備える2種以上の細孔群は、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する細孔からなり、この固有の親和性によって、細孔群ごとに異なるゲスト成分を選択的に取り込むことができる。すなわち、本発明の高分子錯体は、1つの高分子錯体中に含まれる2種以上の細孔群内に、それぞれ1種以上、つまり高分子錯体全体として2種以上のゲスト成分を選択的に取り込むことができる。また、細孔内に取り込んだゲスト成分を選択的に放出することも可能である。ここで、ゲスト成分を細孔内に選択的に取り込む及び細孔内から選択的に放出するとは、細孔内の雰囲気や細孔のサイズ、形状等によって、特定の成分を細孔内に取り込む及び/又は放出することの他、ゲスト交換の温度条件や雰囲気、さらには、時間によって細孔内に取り込まれるゲスト成分及び/又は細孔内から放出されるゲスト成分が選択されることも含む。
さらに、本発明の高分子錯体は、高分子錯体内に形成される細孔群に含まれる細孔のサイズを適宜調節することによって、ガス状の小分子からタンパク質やその他の生体由来分子のような大分子までも細孔内に取り込むことができる。すなわち、2種以上の小分子や大分子の化合物を含む混合物から、細孔群ごとに選択的に特定の化合物を取り込むことが可能である。
【0021】
従って、例えば、2種以上の成分を含有する混合物から、特定の2種以上の成分を分離し且つ当該高分子錯体中に貯蔵することが可能である。また、1種又は2種以上の成分を含有する混合物1から、特定の成分のみをある細孔群1の細孔内に取り込み、当該成分を細孔群1の細孔内に保持したまま、混合物1とは異なる1種又は2種以上の成分を含有する混合物2から、他の特定の成分をある細孔群2の細孔内に取り込むことができる。或いは、本発明の高分子錯体を隔壁を構成する材料として用いる場合には、当該隔壁によって隔たれた領域間において、細孔群Aに選択的に取り込まれる化合物aを細孔群A内を通して、一方、細孔群Bに選択的に取り込まれる化合物bを細孔群B内を通して輸送させることもできる。このとき、各化合物の濃度分布や温度分布に従って化合物が移動するようにすれば、その輸送方向は、化合物aの輸送方向と化合物bの輸送方向を同じにすることも可能であるし、化合物aの輸送方向と化合物bの輸送方向が対向するようにすることも可能である。
【0022】
また、細孔群ごとにそれぞれ取り込んだ2種以上のゲスト成分を、異なる条件下で、別々に放出させることができる。例えば、2種以上の細孔群にそれぞれゲスト成分を取り込んだ高分子錯体を所定条件下におく場合、この条件下に晒す時間によって、放出されるゲスト成分が異なってくる。具体的には、細孔群1及び細孔群2にそれぞれ異なる成分を取り込んだ高分子錯体を加熱することによって、まず、細孔群1に含まれる細孔内に取り込まれた成分を放出し、さらに加熱を続けることによって、細孔群2に含まれる細孔内に取り込まれた成分を放出することができる。
尚、ここでは、説明の便宜上、混合物1、細孔群1等の表現を用いて、本発明の高分子錯体の作用について説明したが、これら混合物1等の表現は特定の混合物、細孔群等を指すものではない。
【0023】
芳香族化合物配位子が中心金属に配位してなる三次元ネットワーク構造としては、例えば、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化、好ましくは同一空間を共有するように複合化してなる複合化三次元ネットワーク構造も挙げられる。具体的には、複合化三次元ネットワーク構造として、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が同一空間を共有するように互いに絡み合った相互貫通構造を挙げることができる。
【0024】
本発明において、芳香族化合物とは、少なくとも1つの芳香環を有する化合物であり、置換基を有してもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、本発明において用いられる芳香族化合物配位子とは、配位性部位を2つ以上有する多座配位性の芳香族化合物である。好ましくは、当該芳香族化合物配位子を構成する全配位性部位がほぼ同一平面内に存在する芳香族化合物であり、さらに好ましくは、π共役系により芳香族化合物配位子全体として略平面形状である、すなわち、芳香族化合物配位子の分子構造の少なくとも一部がπ共役系により一体化して安定な略平面構造をとり、当該略平面構造の中に全ての配位性部位が含まれている芳香族化合物配位子である。
【0025】
このような略平面状の構造を有する芳香族化合物を配位子として用いることにより、当該芳香族化合物が中心金属イオンに配位結合して形成される三次元ネットワーク構造は、より規則的な構造と剛直性を有するものとなる。三次元ネットワーク構造の規則性が増すことによって、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物との積み重ね構造が安定に形成されると同時に、より高い規則性を持った細孔、細孔群を形成することができる。また、独立した2つ以上の三次元ネットワーク構造が複合化した複合化三次元ネットワークを形成することができる場合がある。
一方、三次元ネットワーク構造が剛直性を有することによって、形成される三次元格子状構造の安定性、強度等を高く保持することができる。また、三次元ネットワーク構造が剛直性を有することによって高分子錯体の強度が比較的大きなものとなるため、強度を要するような用途における使用も可能となり、本発明の高分子錯体を利用できる技術範囲が広くなる。
【0026】
以上のような観点から、本発明において好適に使用できる芳香族化合物配位子としては、例えば、一つの芳香環を中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位原子が配置されたもの等が挙げられるが、これに限定されない。
【0027】
また、本発明において用いられる非配位性芳香族化合物とは、配位結合以外の結合又は相互作用によって前記芳香族化合物配位子間に入り込み、高分子錯体内に存在する芳香族化合物であり、本発明の高分子錯体内において配位結合を形成していないことを意味する。従って、ここで言う非配位性芳香族化合物は、本質的に配位結合を形成する能力を有するものであってもよい。好ましくは、分子構造に含まれる全ての芳香環がπ共役系により一体化して安定な略平面形状を有する芳香族化合物である。このように略平面形状を有することによって、前記芳香族化合物配位子により形成される3次元ネットワーク構造内において、非配位性芳香族化合物が芳香族化合物配位子間に挿入されやすくなり、安定した芳香族化合物配位子−非配位性芳香族化合物−芳香族化合物配位子積層構造を形成することができる。
【0028】
このとき、前記芳香族化合物配位子も略平面形状を有する場合には、芳香族化合物配位子の平面と、非配位性芳香族化合物の平面とが面しあって積み重なり合い、芳香族化合物配位子−非配位性芳香族化合物−芳香族化合物配位子間にπ−π相互作用が働く。その結果、非配位性芳香族化合物は、芳香族化合物配位子と直接的な結合を有していないが、芳香族化合物配位子間に強固に拘束されることとなり、より安定な3次元格子状構造を形成することができる。
このように芳香族化合物配位子間に強固に拘束された非配位性芳香族化合物は、一般的な芳香族化合物をゲスト成分とするゲスト交換条件下においても抽出されない。そのため、芳香族化合物配位子間に非配位性芳香族化合物が強固に拘束された積み重ね構造を有する三次元格子状構造は、当該三次元格子状構造内の細孔内に取り込まれたゲスト成分をその他のゲスト成分と交換する前後で、その構造を変化させることなく保持することができる。
【0029】
また、芳香族化合物配位子間に非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造とは、芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる単位を少なくとも一つ含めばよいが、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とが交互に積み重なる構造がある程度連続することが好ましい。尚、後述する高分子錯体3では、この積み重ね構造が無限に続いているが、2種以上の細孔群を形成するのに充分な積み重ね単位の数であれば無数に連続していなくてもよい。
【0030】
芳香族化合物配位子と金属イオンが配位結合した充分な三次元の広がりを持つ三次元ネットワーク構造と、芳香族化合物配位子と非配位性芳香族化合物とが充分に積み重なった積み重ね構造とが形成される場合、細長いチャンネル形状の細孔が形成される。
【0031】
高分子錯体内の2種以上の細孔群が固有に有するゲスト成分に対する親和性は、2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状及び細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なれば、互いに異なるものとなる。それぞれの細孔群を構成する細孔の、特定のゲスト成分に対する親和性を高め、各細孔がより選択的に特定のゲスト成分を取り込むようにするためには、2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、形状、細孔内雰囲気のうち2つ以上が互いに異なることが好ましい。特に、各細孔群を構成する細孔のサイズ、細孔の形状及び細孔内雰囲気の3つ全てが互いに異なる細孔群は、ゲスト成分に対してより高い選択性を示すため好ましい。
【0032】
細孔群間において、細孔内雰囲気を異ならしめる要素は、それによって細孔内雰囲気が互いに異なり、ゲスト成分に対する親和性が異なるようなものであれば特に限定されず、各ゲスト成分の性質(例えば、極性等)によって様々なものがある。例えば、細孔を形成する壁の内面において、該壁を構成する芳香族化合物(芳香族化合物配位子及び/又は非配位性芳香族化合物)のπ平面が露出している領域と、芳香族化合物の水素原子が露出した領域との占有比が異なることによっても、細孔内の雰囲気は異なってくる。
【0033】
また、細孔群間において細孔のサイズが異なる場合、ゲスト成分の分子サイズによって、各細孔群を構成する細孔内に取り込まれるゲスト成分の種類や該ゲスト成分の取り込まれる量が異なってくる。細孔のサイズは、連続した1つの細孔であっても高分子錯体内における位置によって異なり、細孔サイズの最小値は細孔内に取り込めるゲスト成分の最小分子サイズ、細孔サイズの最大値は細孔内に取り込めるゲスト成分の最大分子サイズや取り込めるゲスト成分の量に大きく影響する。従って、細孔サイズの範囲はゲスト成分に対する親和性を左右する重要な要素である。
【0034】
高分子錯体の三次元格子状構造内に形成される細孔は、局所的には多少蛇行しているが、その三次元格子状構造上、全体として見たときには一定の方向に伸びており、方向性を持っている。そこで、本発明においては、細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面(以下、平行面ということがある。)における細孔の内接円(以下、単に細孔の内接円ということがある。)の直径を細孔サイズの指標とすることができる。ここで細孔の延在する方向とは、細孔の局所的な蛇行を無視した1つの連続する空隙全体の方向である。
【0035】
このような細孔の延在する方向は、例えば、以下のようにして決定することができる。まず、サイズを測定するチャンネルを横切る適当な方向の結晶面X(A面、B面、C面かそれぞれの対角面など)及び当該結晶面Xと一単位胞ずれた結晶面Yを選び、それぞれの結晶面X,Yにおけるチャンネルの断面図を描く。次に、それぞれの結晶面におけるチャンネルの断面形状の中心間を、立体図において直線(一点鎖線)で結ぶ(図8参照)。このとき得られる直線の方向が、チャンネルが延在する方向と一致する。そして、この得られた直線に対して最も垂直に近い角度で交差する結晶面を選び、その結晶面における細孔の内接円の直径を細孔のサイズとすることができる。
【0036】
細孔のサイズのみを、細孔がゲスト成分に対して有する選択性を決定する要素として考慮した場合、この内接円の直径以下の分子サイズを有するゲスト成分であれば、通常細孔内に難なく取り込めることができるため、細孔のサイズを内接円の直径で定義することは大きな意味を持つ。各細孔群間の細孔サイズは、互いに異なっていればよく、その差などに限定はない。
【0037】
本発明の高分子錯体内に形成される細孔のサイズは、選択的に取り込みたい成分によって、適宜設計すればよく、そのサイズによって、ガス状の小分子や、タンパク質及びその他の生体由来分子のような大分子の成分を、細孔内に取り込むことができる。具体的には、上記内接円の直径を2〜70Å、好ましくは2〜20Åとすることができる。或いは、上記平行面における細孔の内接楕円(以下、単に細孔の内接楕円ということがある)の長径を5〜70Å、該細孔の内接楕円の短径を、2〜50Åとすることができる。各細孔群の細孔サイズが異なる場合は、上記範囲内において各細孔群の細孔サイズが互いに異なることが好ましい。
異なる細孔群間の比較要素として、上記細孔の内接円の直径と共に、細孔形状の上記内接円からのずれを規定する尺度として、上記細孔の内接楕円の短径及び長径を考慮することがさらに好ましい。
【0038】
ここで、図1を用いて、細孔のサイズの測定(算出)方法について、説明する。図1は、後述する高分子錯体3の主骨格を、ファンデルワールス半径を用いて描いた図の結晶面(010)における投影図であり、細孔C及び細孔D内に取り込まれたゲスト成分は省略している。
高分子錯体3において、細孔C及び細孔Dは結晶面(010)に対して垂直な方向(局所的な方向ではなく、上記したような全体的な方向)、すなわち、図1の紙面に対して垂直に延びている。つまり、図1の紙面が上記平行面であることから、図1に示された細孔の内接円の直径、及び/又は内接楕円の長径、短径を測定し、実際のスケールに換算した値が細孔のサイズということになる。
細孔のサイズは、分子設計、例えば、三次元格子状構造を構成する芳香族化合物配位子や非配位性芳香族配位子の分子サイズ、中心金属イオンと芳香族化合物配位子の配位力等によって、調節することが可能である。
【0039】
また、細孔群間において細孔の形状が異なる場合、例えば、上記内接円の直径や上記内接楕円の長径及び短径がほぼ同一であっても、ゲスト成分の形状によって、各細孔群を構成する細孔内に取り込まれるゲスト成分が異なってくる。細孔の形状は、細孔群間において、少なくとも一箇所において互いに異なればよく、連続した細孔の全領域で互いに異ならなくてもよい。
【0040】
以下、本発明の高分子錯体を構成する芳香族化合物配位子、非配位性芳香族化合物、中心金属となる金属イオンについて、具体的に説明する。
芳香族化合物配位子としては、例えば、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0041】
【化2】

【0042】
(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0043】
ここで、式(1)において、Arは、略平面構造を形成するπ平面を有し、非配位性芳香族化合物とのπ−π相互作用を有するものである。Arとしては特に限定されず、芳香族化合物配位子の分子サイズが高分子錯体内に形成される細孔のサイズにある程度影響することを考慮して適宜選択すればよい。具体的には、単環性の芳香環、特に6員環の芳香環、或いは、2〜5環性の縮合多環性の芳香環、特に6員環の芳香環が2〜5個縮合した縮合多環性の芳香環が挙げられる。
【0044】
合成の容易性から、Arとしては、6員環の芳香環等の単環性芳香環が好ましい。単環性の6員環の芳香環としては、例えば、ベンゼン環、トリアジン環、ピリジン環、ピラジン環等が挙げられる。
Arは、芳香環を有する構造であればよく、一部に脂環式環状構造を含んでいてもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、−(X−Y)以外の置換基を有していてもよい。
【0045】
式(1)において、ArとYとの間に介在するXについて、2価の有機基としては、高分子錯体中に形成される細孔に要求されるサイズ等によって適宜その鎖長等を選択すればよいが、比較的大きな分子サイズを有する有機化合物を取り込める細孔を形成するためには、例えば、炭素数2〜6の2価の脂肪族基、6員環の2価の単環性芳香環、6員環の芳香環が2〜4個縮合した縮合多環性芳香環が挙げられる。
ここで芳香環は、環内ヘテロ原子を含んでいてもよく、置換基を有していてもよい。また、一部に脂環式構造を含むものであってもよい。脂肪族基は、分岐構造を有していてもよいし、不飽和結合を含んでいてもよいし、ヘテロ原子を含んでいてもよい。
【0046】
上記2価の有機基の具体例としては、フェニレン基、チオフェニレン、フラニレン等の単環性芳香環や、ナフチル基及びアントラセン等のベンゼン環が縮合した縮合多環性芳香環、アセチレン基、エチレン基、アミド基、エステル基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが挙げられる。一分子中に含まれる複数のXは、互いに同一であっても異なっていてもよいが、通常、合成の容易性の観点から、同一であることが好ましい。
【0047】
Yは、中心金属となる中心金属イオンに配位することができる配位原子又は配位原子を含む原子団であり、中心金属イオンに配位して三次元ネットワーク構造を形成できるものあれば、特に限定されない。例えば、下記式(2)で表される基が挙げられる。
【0048】
【化3】

【0049】
式(2b)、(2c)及び(2d)は、共鳴構造をとることにより、中心金属イオンに孤立電子対を供与できる。以下に、式(2c)の共鳴構造を代表例として示す。
【0050】
【化4】

【0051】
Yは、配位原子そのものであってもよいし、配位原子を含む原子団であってもよい。例えば、上記4−ピリジル基(2a)は、配位原子(N)を含む原子団である。Yの配位原子が有する孤立電子対により、中心金属イオンに配位結合する際、適度な配位力が得られる点からは、上記式のうちピリジル基(2a、2f)が特に好ましい。
一分子中に含まれる複数のYは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0052】
上述したように、芳香族化合物配位子は、当該芳香族化合物配位子を構成する全配位性部位が略同一の平面内に存在する芳香族化合物であることが好ましく、特にπ共役系により芳香族化合物配位子全体として略平面形状であることが好ましい。すなわち、上記(1)式で表される芳香族化合物配位子(1)に含まれる全てのYは、略同一の平面内に存在することが好ましい。特に、Arと共に、Arに結合する複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して安定な略平面構造をとり、当該略平面構造の中に全てのYが存在することが好ましい。
【0053】
Arと複数の−(X−Y)がπ共役系により一体化して略平面構造をとる芳香族化合物配位子において、−(X−Y)は剛直な直線状の構造を有し、使用を意図する環境において、その軸周り回転が制限されるものであることが、非配位性芳香族化合物との効果的なπ−π相互作用の発現の観点から好ましい。
【0054】
このような観点から、上記にて例示されたもののうち、Xとしては、ArとYを直接結ぶ単結合、フェニレン基等の単環性芳香環やナフチル基及びアントラセン等の縮合多環性芳香環のような芳香環、アセチレン基及びエチレン基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが好ましい。−(X−Y)が芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造或いはこれらが連結した構造を有する場合には、立体障害により軸回転が制限される。さらに、芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造が、π電子が非局在化した共役系を形成する場合には、立体配座のエネルギー障壁によっても軸回転が制限される。従って、上記式(1)で表される芳香族化合物配位子が一体化して略平面構造をとることができ、安定した三次元ネットワーク構造を形成することができる。
【0055】
また、Yで表される配位原子又はYに含まれる配位原子は、高分子錯体の設計の容易性の点から、上記剛直な直線状の構造を有する−(X−Y)の軸の延長方向に孤立電子対を有していることが好ましい。
【0056】
Arに結合する−(X−Y)の数は、Arの構造にもよるが、通常、3〜6個である。また、−(X−Y)は、Arを中心とする略同一の平面内に等間隔の放射状に配位原子が配置されるように、Arに結合していることが好ましい。
以上のような、一つの芳香環含有構造Arを中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位原子が配置された構造を有する芳香族化合物配位子(1)としては、以下の式(4)で表されるものが挙げられる。
【0057】
【化5】

【0058】
上記式(4)中、その電子不足状態のため、非配位子芳香族化合物との電荷移動による相互作用が強く、より強固に安定化した非配位子芳香族化合物との積み重ね構造を形成することができることから、特にトリス(4−ピリジル)トリアジン(4a)が好ましい。
【0059】
一方、非配位性芳香族化合物として、具体的には、縮合多環芳香族化合物が挙げられる。既述したような理由から、分子構造に含まれる全ての環がπ共役系により一体化して安定な略平面形状を有する芳香族化合物であることが好ましいためである。
縮合多環芳香族化合物としては、2〜7環性の化合物が挙げられる。芳香族化合物配位子との積み重ね構造が安定なものとなるように、縮合多環芳香族化合物はある程度広がりを持った平面形状を有することが好ましい。このような縮合多環芳香族化合物としては、下記式(5)で表されるものが挙げられる。
【0060】
【化6】

【0061】
上記芳香族化合物配位子が配位する中心金属イオンとしては、様々な金属イオンを適宜選んで用いればよいが、遷移金属イオンが好ましい。本発明において遷移金属とは、周期表の12族の亜鉛、カドミウム、水銀も含むものであり、中でも、周期表の8〜12族のものが好ましく、具体的には、亜鉛、銅、ニッケル、コバルト、鉄、銀等が好ましい。
本発明においては、中心金属イオンは、通常、金属塩等の化合物の形で三次元格子状構造内に存在する。これら中心金属イオン含む金属化合物としては、ハロゲン金属塩が挙げられ、具体的には、ZnI、ZnCl、ZnBr、NiI、NiCl、NiBr、CoI、CoCl、CoBr等が好ましく用いられる。
【0062】
芳香族化合物配位子として上記(1)式、特に上記式(4)に示したような芳香族化合物、非配位性芳香族化合物として、縮合多環芳香族化合物、特に上記式(5)に示したような芳香族化合物を用いた場合、高分子錯体内に形成される2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔のサイズは、上記平行面における内接円の直径を3〜10Å、特に4.5〜7.0Åの範囲、上記平行面における細孔の内接楕円の長径を5〜15Å、特に8.5〜10.0Åの範囲、該細孔の内接楕円の短径を3〜13Å、特に6.0〜8.0Åの範囲とすることができる。このようなサイズの細孔が形成された高分子錯体は、有機化合物のような比較的大きなサイズの化合物を取り込むことができる。
【0063】
ここで、芳香族化合物配位子としてトリス(4−ピリジル)トリアジン(式4a)、非配位性芳香族化合物としてトリフェニレン(式5a)、中心原子となる金属イオンを含む金属化合物としてZnI、を用いて得られる高分子錯体を例として、本発明の高分子錯体の製造方法、高分子錯体の構造をより具体的に示す。
【0064】
下記式(6)において、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)は、トリアジン環と3つのピリジル環がほぼ同一平面内に存在する略平面構造を有する化合物であり、3つの4−ピリジルの窒素原子において金属イオンに配位することができる。トリフェニレン(2)もまた、略平面形状を有する化合物である。トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)(以下、式中において、単に(1)と表すことがある)、ZnI、及びトリフェニレン(2)(以下、式中において、単に(2)と表すことがある)から形成される三次元格子状構造を有する高分子錯体は、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とトリフェニレン(2)を共存させた状態で、ZnIと作用させることによって、生成する(式6)。
【0065】
【化7】

【0066】
例えば、{[(ZnI23(1)2(2)](ニトロベンゼン)3.9(メタノール)1.8で表される単結晶構造を有する高分子錯体(以下、高分子錯体3ということがある)は、三層溶液(上層:ZnIのメタノール溶液、中間層:メタノール、下層:トリス(4−ピリジル)トリアジンとトリフェニレンのニトロベンゼン−メタノール溶液)を用いて製造することができる。このとき、中間層であるメタノール層は、ZnIとトリス(4−ピリジル)トリアジン及びトリフェニレンとが直接混ざり合わないようにするための緩衝剤である。この三層溶液を静置し、徐々にZnIとトリス(4−ピリジル)トリアジン及びトリフェニレンとが混ざり合うことで、高分子錯体3が生成する。
【0067】
図2に高分子錯体3のX線結晶構造解析により得られた図を示す。図2の(a)は、紙面(結晶010面)に対して垂直な方向を軸bとするものであり、高分子錯体3の3次元格子状構造内の相互貫通構造を後述するチャンネルC及びDが伸びる方向(軸b)に沿って示したものである。尚、図2の(a)では、トリフェニレン及びチャンネルCとチャンネルDに取り込まれたゲスト成分は省略されている。図2の(b)は、図2の(a)に印された四角形の領域における、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)と(1b)及びトリフェニレン(2)が無数に積み重なった芳香族骨格相互の積み重なり構造を示すものである(図2(a)を横から見た図)。図2の(c)は、上記図1の拡大図であって、2つの規則性を有するチャンネルの空隙を示した図であり、図2(a)と同じ方向から、高分子錯体3を見た図である。
【0068】
高分子錯体3をX線結晶構造解析により分析したところ、図2の(a)に示すように、複数のトリス(4−ピリジル)トリアジンとZnIが配位結合により三次元的に結びついた三次元ネットワーク構造1Aと1Bとが相互貫通して形成された複合化三次元ネットワーク構造を有していることがわかった。このとき、三次元ネットワーク構造1Aと三次元ネットワーク構造1BはZnIを共有する等の間接的或いは直接的な結合を有しておらず、互いに独立したものであり、同一の空間を共有するように互いに入り組んだ状態である。
【0069】
さらに、X線結晶構造解析により、トリフェニレン(2)は、3次元ネットワーク構造1Aのトリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)のπ平面と、3次元ネットワーク構造1Bのトリス(4−ピリジル)トリアジン(1b)のπ平面との間に強固に挿入(インターカレート)されていた(図2(b)参照)。このとき、トリフェニレン(2)は、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)及び(1b)間のπ−π相互作用によって、(1a)と(1b)間に取り込まれており、トリス(4−ピリジル)トリアジンと直接の結合を有していない。しかし、このように2つのトリス(4−ピリジル)トリアジンのπ平面間にトリフェニレンが挿入した積み重ね構造が無数連なった構造(・・1a・・2・・1b・・2・・)によって、高分子錯体3の固体構造が安定化していると考えられる。しかも、積み重ね構造を形成するトリフェニレン(2)は、後述するゲスト交換実験においても抽出されないことから、高分子錯体3の主骨格の一部として機能していると考えられる。
【0070】
このトリフェニレン(2)の強固な拘束は、1a−2−1b間の電荷移動(CT)相互作用によるものである。ブロードなCT吸収バンドが紫外・可視分光法における分析において、400〜600nmの範囲で観察された。さらに、トリフェニレン(2)のHOMO(最高被占分子軌道)とトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)のLUMO(最低空軌道)が効率良くオーバーラップしていることが計算から導き出された(図3参照)。尚、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)のLUMOは、高分子錯体3の骨格を、[(ZnI23(1)3(ピリジン)3]とモデル化し求めたものである。
【0071】
図3の(a)は、高分子錯体3におけるトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とトリフェニレン(2)との間のπ−π積み重ねを示す図であり、図3の(b)はHOMOとLUMOの重ね合わせを示す図である。
【0072】
高分子錯体3には、図2(a)、図2(c)に示すように、その三次元格子状構造内に規則的に配列した2種のチャンネル(C及びD)が存在する。チャンネルC及びDは、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とトリフェニレン(2)が交互に積み重なった積み重ね構造の間に、それぞれ規則的に形成されている。チャンネルCは、ほぼ円筒型であり、且つ、積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)及びトリフェニレン(2)のπ平面の側縁に存在する水素原子でほぼ取り囲まれている。
一方、チャンネルDは、略三角柱型であり、且つ、その三角柱を形成する3方の面のうち、2つはトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)のπ平面に取り囲まれ、もう一つは積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)及びトリフェニレン(2)のπ平面の側縁に存在する水素原子で取り囲まれている。これらチャンネルCとチャンネルDは、若干蛇行した細長い形状を有している。
さらに、チャンネルCとDは、内接する円の直径及び内接する楕円の長径と短径と異なっている(チャンネルC:内接楕円長径8.5〜10.0Å、内接楕円短径6.0〜8.0Å、チャンネルD:内接円直径4.5〜7.0Å)。
【0073】
このように、{[(ZnI23(1)2(2)](ニトロベンゼン)3.9(メタノール)1.8で表される単結晶構造を有する高分子錯体3内に形成された、チャンネルCとチャンネルDは、形状、サイズ及び雰囲気の3つが共に異なるものである。尚、各チャンネルC及びDの空隙率は、ほぼ一致し、共に約20%であった。
高分子錯体3において、チャンネルCはメタノールとニトロベンゼンを無秩序に包接し、チャンネルDはニトロベンゼンのみを包接している。これらのメタノール、ニトロベンゼンの配置は乱れた構造のためにX線構造解析で充分に分析することはできなかった。
【0074】
高分子錯体3を、ナフタレンのシクロヘキサン飽和溶液内に室温で2日間浸漬したところ、チャンネルCは選択的にナフタレンを取り込み、一方、チャンネルDは選択的にシクロヘキサンを取り込んだ。このゲスト交換の結果、高分子錯体3は、{[(ZnI23(1)2(2)](シクロヘキサン)1.3(ナフタレン)2.3で表される単結晶構造を有する高分子錯体4に変換した。このとき、高分子錯体3から高分子錯体4への変換は、単結晶−単結晶型、すなわち、結晶状態を保持して進行した。
【0075】
この高分子錯体4は、ゲスト交換後であるにもかかわらず、X線結晶構造解析において高質の回析データを得ることができ、最終R値が0.052に収束した。この結晶構造解析によれば、チャンネルC内にナフタレンの配列、チャンネルD内にシクロヘキサンの配列がそれぞれ形成されていた(図4参照)。このとき、チャンネルCにおけるナフタレンの存在確率は100%、チャンネルDにおけるシクロヘキサンの存在確率は70%であった。ここで、存在確率は、単位格子が繰り返し並んで構成されているはずの単結晶構造内に存在するゲスト成分を100%とし、これに対する実際の結晶中に存在するゲスト成分の割合であり、X線結晶解析により得られるものである。
【0076】
また、この高分子錯体3から高分子錯体4への変換の際には、各チャンネル内でサイズの大きな分子の交換が行われているが、トリス(4−ピリジル)トリアジン間にインターカレートされたトリフェニレンを含む主骨格は、ほとんど変化しなかった。
尚、トリス(4−ピリジル)トリアジンとZnIのみから高分子錯体の構築を行った場合には、高分子錯体3ように異なる形状、サイズ及び雰囲気を有し、ゲスト成分に対する親和性が異なる2種のチャンネルは形成されず、単一のチャンネル(細孔)が形成されるのみである。また、このようにトリフェニレンを共存させずに形成され、高分子錯体3とは異なるネットワークトポロジーを有する高分子錯体は、トリフェニレンが存在するゲスト交換条件下において、高分子錯体3に変換することはない。
【0077】
以上のような高分子錯体3に代表される本発明の高分子錯体は、一分子内にゲスト成分に対する親和性が異なる2種以上の細孔群を有するため、混合物と接触させると、混合物中の2種以上のゲスト成分が、ゲスト交換を経てそれぞれ異なる細孔群内に別々に包含される。これらの細孔群内に取り込まれたゲスト成分は、三次元格子状構造を構成する剛直な主骨格によって互いに隔たれている。そのため、本発明の高分子錯体は、共存することができない2つ以上の成分、例えば、酸と塩基、酸化剤と還元剤等を、1つの高分子錯体内に安定した状態で貯蔵したり、高分子錯体内を別個に輸送したりすることが可能である。本発明の高分子錯体は、一つの高分子錯体内に形成される2種以上の細孔群が有するゲスト成分に対する親和性を調節することによって、様々な分野における種々の用途、例えば、固体高分子型燃料電池の電極に用いる造孔材や、固体高分子型燃料電池の電解質膜の添加剤、直接メタノール投入型燃料電池の燃料であるメタノールから不純物を除去する技術等に利用されることが期待できる。
固体高分子型燃料電池では、燃料ガスや酸化剤ガスの拡散を促進するために造孔材を加えることが知られているが、造孔材を加えることで低加湿条件下の運転時に電極(触媒層)内に水分を保持することができず、電解質膜が乾燥することによって発電性能が低下するという問題がある。本発明の高分子錯体は、親水性の細孔と疎水性の細孔を有するため、低加湿条件下においても親水性の細孔によって水分を保持することができ、且つ、疎水性の細孔によってガスの拡散性を保持することができると考えられる。また、固体高分子型燃料電池の電解質膜の添加剤としては、親水性の部分により電解質膜内に水分を保つことが可能になると考えられ、発電性能の向上が期待される。
【実施例】
【0078】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【0079】
[高分子錯体3の製造]
0.02mmolのトリス(4−ピリジル)トリアジン(式4a)と0.1mmolのトリフェニレン(式5a)を含有するニトロベンゼン−メタノール溶液(ニトロベンゼン:メタノール=4:1(体積比))5mlからなる下層、メタノール0.5mlからなる中間層及び0.03mmolのZnI2を含有するメタノール溶液0.5mlからなる上層とで構成される三層溶液を、約23〜25℃で約1週間静置し、{[(ZnI23(1)2(2)](ニトロベンゼン)3.9(メタノール)1.8で表される単結晶構造を有する高分子錯体3(上記にて説明した高分子錯体3と同じもの、組成は元素分析により決定)を得た。収率は54%であった。
【0080】
(高分子錯体3の分析)
得られた高分子錯体3について、元素分析及びX線結晶構造解析を行った。結果を以下に示す。また、これらの結果より得られた、チャンネルC及びDに吸蔵されたゲスト成分及びその存在確率を表1に示す。尚、結晶構造解析は、Smart1000X線回折装置(ブルカー製、X線源:Mo−Kα、温度:80K、出力:55kV、30mA)により行った(以下同じ)。
【0081】
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(2)]・3.9(nitrobenzene)・1.8(methanol)}z (3): C 40.51, H 2.69, N 9.48
found: C 40.89, H 2.60, N 9.49
【0082】
<X線結晶構造解析>
C79.33H55.56I6N15.91O9.68Zn3, Mr = 2344.00, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 27.268(3), b = 13.6992(16), c = 45.888(5) Å, V = 17141(3) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρcalcd= 1.817 g cm-3, 15876 unique reflections out of 21254 with I > 2σ(I), 1025 parameters, 1.72 < θ < 28.92°, final R factors R1 = 0.0821 and wR2 = 0.1478
【0083】
[ゲスト交換実験]
上記にて得られた高分子錯体3を、表1に示すそれぞれの混合溶液中に、室温(約23〜25℃)で1日以上浸漬し、ゲスト交換させた。
【0084】
【表1】

【0085】
各混合溶液を用いたゲスト交換後の高分子錯体4〜7について、元素分析及びX線結晶構造解析を行った。各高分子錯体4〜7の元素分析及びX線結晶構造解析の結果は以下の通りである。
また、これらの分析により求められた高分子錯体4〜7の組成、及びチャンネルCとD内に取り込まれたゲスト成分とその存在確率を表1にまとめた。さらに、各高分子錯体3〜7のチャンネルC及びD内に形成されたゲスト成分の配列を図4に示した。尚、ここでは、高分子錯体4及び高分子錯体7において、一部の無秩序な(disorderd)ゲスト成分を省略した。
【0086】
(高分子錯体4)
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(2)]・1.3(cyclohexane)・2.3(naphtalene)}z (4): C 45.99, H 3.19, N 7.59
found: C 45.71, H 2.92, N 7.29
<X線結晶構造解析>
C85.38H71.07I6N12Zn3, Mr = 2222.62, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 27.6479(19), b = 13.7500(9), c = 45.714(3) Å, V = 17379(2) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρcalcd= 1.854 g cm-3, 15905 unique reflections out of 21663 with I > 2σ(I), 1057 parameters, 1.72 < θ < 28.75°, final R factors R1 = 0.0517 and wR2 = 0.1174
【0087】
(高分子錯体5)
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(2)]・1.4(cyclohexane)・2(azulene)}z (5): C 45.30, H 3.17, N 7.69
found: C 45.50, H 2.88, N 7.41
<X線結晶構造解析>
C86H76I6N12Zn3, Mr = 2235.10, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 27.787(3), b = 13.7247(12), c = 45.881(4) Å, V = 17498(3) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρcalcd= 1.697 g cm-3, 14824 unique reflections out of 21598 with I > 2σ(I), 904 parameters, 1.71 < θ < 28.71°, final R factors R1 = 0.0783 and wR2 = 0.1636
【0088】
(高分子錯体6)
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(2)]・2.4(nitrobenzene)・(naphthalene)}z (6): C 42.15, H 2.53, N 9.03
found: C 41.85, H 2.67, N 8.94
<X線結晶構造解析>
C82H59I6N15O6Zn3, Mr = 2307.95, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 27.5680(18), b = 13.7285(9), c = 45.836(3) Å, V = 17347(2) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρcalcd= 1.767g cm-3, 14715 unique reflections out of 21416 with I > 2σ(I), 1005 parameters, 1.71 < θ < 28.84°, final R factors R1 = 0.0776 and wR2 = 0.1678
【0089】
(高分子錯体7)
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(2)]・2.0(cyclohexane)・0.4(nitrobenzene)}z (7): C 40.51, H 3.08, N 8.56
found: C 40.51, H 3.03, N 8.18.
<X線結晶構造解析>
C77.13H77.65I6N12.66O1.32Zn3, Mr = 2307.95, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 27.873(2), b = 13.7073(10), c = 45.852(3) Å, V = 17518(2) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρcalcd= 1.638g cm-3, 15437 unique reflections out of 21619 with I > 2σ(I), 1086 parameters, 1.71 < θ < 28.84°, final R factors R1 = 0.0739 and wR2 = 0.1323
【0090】
尚、高分子錯体7内に取り込まれたシクロヘキサン及びニトロベンゼンを完全に放出させるため、高分子錯体7を窒素ガス(70ml/min)流通下、250℃で20分間加熱した。加熱後の組成を元素分析により決定した結果、トリフェニレンはゲスト交換条件により交換されないことがわかった。元素分析の結果は、以下の通りだった。
<元素分析>
calcd for [(ZnI2)3(1)2(2)]z: C 35.82, H 2.00, N 9.28
found: C 36.12, H 2.17, N 9.02
【0091】
ゲスト交換前の高分子錯体3は、チャンネルCにニトロベンゼンとナフタレン、チャンネルDにニトロベンゼンがそれぞれ包接していたが、表1に示す混合溶液に浸漬することによって、この種の交換現象としては比較的速やかにゲスト交換が進行し、チャンネルC、Dに異なるゲスト成分を選択的に取り込んだ(表1、図4)。
尚、このゲスト交換の際に高分子錯体の主骨格構造は変化せず、保持されていた。
【0092】
表1及び図4から、チャンネルC(ほぼ円筒型であり、水素原子でほぼ取り囲まれている)はナフタレンやアズレン等の芳香族系化合物を好み、チャンネルD(略三角柱型であり、その三角柱を形成する3方の面のうち、2つはπ平面、もう一つは水素原子で取り囲まれている)はシクロヘキサンを優先的に取り込むことがわかる。
【0093】
(熱重量分析(TGA))
高分子錯体4ついて、以下の条件下、熱重量分析を行った。
<TGA条件>
・昇温速度:10℃/min
・雰囲気:窒素ガス(70ml/min)
【0094】
上記TGAによれば、高分子錯体4は選択的に3段階でゲスト分子を放出した。TGA測定の結果、各段階で放出されたゲスト分子と重量減少率(括弧内は、計算により求めた値)及びその温度は、以下の通りである。
第一段階:シクロヘキサン、4.55%(4.93%)、50〜160℃
第二段階:ナフタレン、12.87%(13.31%)、約200℃
第三段階:トリフェニレン、10.31%(10.31%)、約420℃
【0095】
この高分子錯体4のTGAの結果は、高分子錯体4の元素分析及びX線結晶構造解析の結果と一致している。
また、トリフェニレンそのものの結晶は、上記TGAと同条件で熱分解した場合、420℃よりも低い温度(330℃以下)で重量減少することから、高分子錯体4内にインターカレートされたトリフェニレンは、三次元ネットワーク構造中に強固に拘束されていることが示された。
【0096】
[高分子錯体8の製造]
0.02mmolのトリス(4−ピリジル)トリアジン(式4a)と0.02mmolのペリレン(式5e)を含有するニトロベンゼン−メタノール溶液(ニトロベンゼン:メタノール=2:1(体積比))6mlからなる下層、メタノール0.5mlからなる中間層及び0.03mmolのZnIを含有するメタノール溶液0.5mlからなる上層とで構成される三層溶液を、約23〜25℃で約1週間静置し、{[(ZnI23(1)2(ペリレン)](ニトロベンゼン)4で表される単結晶構造を有する高分子錯体8(組成は元素分析により決定)を得た。収率は45%であった。
【0097】
<元素分析>
calcd for {[(ZnI2)3(1)2(perylene)]・4(nitrobenzene)}z: C, 41.29; H, 2.66; N, 9.63
found: C, 41.56; H, 2.51; N, 9.35
<X線結晶構造解析>
C72.38H49.63I6N14.73O5.46Zn3, Mr = 2170.60, Orthorhombic, space groups, Pbca, a = 28.253(3), b = 13.8524(15), c = 44.966(5) Å, V = 17598(3) Å3, T = 80 K, Z = 8, ρlcd= 1.638 g cm-3, 9687 unique reflections out of 12677 with I > 2σ(I), 1012 parameters, 1.87 < θ < 23.31°, final R factors R1 = 0.0893 and wR2 = 0.2232
【0098】
高分子錯体8をX線結晶構造解析により分析したところ、高分子錯体3と同様に、図2(a)に示すような複数のトリス(4−ピリジル)トリアジンとZnIが配位結合により三次元的に結びついた三次元ネットワーク構造1Aと1Bとが相互貫通して形成された複合化三次元ネットワーク構造を有していた。
【0099】
また、X線結晶構造解析により、ペリレン(以下、ペリレン(9)又は単に(9)と示す)は、3次元ネットワーク構造1Aのトリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)のπ平面と、3次元ネットワーク構造1Bのトリス(4−ピリジル)トリアジン(1b)のπ平面との間にπ−π相互作用によって強固に挿入(インターカレート)されていた(図5参照)。このように2つのトリス(4−ピリジル)トリアジンのπ平面間にペリレンが挿入した積み重ね構造が無数連なった構造(・・1a・・9・・1b・・9・・)によって、高分子錯体8の固体構造が安定化していると考えられる。尚、図5は、高分子錯体8における、図2(a)に印された四角形の領域内のトリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)と(1b)及びペリレン(9)が無数に積み重なった芳香族骨格相互の積み重なり構造を示すものである。
【0100】
このペリレン(9)の強固な拘束は、高分子錯体3同様、1a−9−1b間の電荷移動(CT)相互作用によるものである。さらに、ペリレン(9)のHOMO(最高被占分子軌道)とトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)のLUMO(最低空軌道)が効率良くオーバーラップしていることが計算から導き出された(図6参照)。尚、図6の(a)は、高分子錯体8におけるトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とペリレン(9)との間のπ−π積み重ねを示す図であり、図6の(b)はHOMOとLUMOの重ね合わせを示す図である。
【0101】
高分子錯体8は、図7に示すように、その三次元格子状構造内に規則的に配列した2種のチャンネル(E及びF)が存在する。チャンネルE及びFは、トリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とペリレン(9)が交互に積み重なった積み重ね構造の間に、それぞれ規則的に形成されている。チャンネルEは、ほぼ円筒型であり、且つ、積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)及びペリレン(9)のπ平面の側縁に存在する水素原子でほぼ取り囲まれている。
一方、チャンネルFは、略三角柱型であり、且つ、その三角柱を形成する3方の面のうち、2つはトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)のπ平面に取り囲まれ、もう一つは積み重なった無数のトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)及びペリレン(9)のπ平面の側縁に存在する水素原子で取り囲まれている。これらチャンネルEとチャンネルFは、若干蛇行した細長い形状を有している。
さらに、チャンネルEとFは、内接する円の直径及び内接する楕円の長径と短径と異なっている(チャンネルE:内接楕円長径8.5〜10.0Å、内接楕円短径6.0〜8.0Å、チャンネルF:内接円直径4.5〜7.0Å)。
【0102】
このように、{[(ZnI23(1)2(ペリレン)](ニトロベンゼン)4で表される単結晶構造を有する高分子錯体8内に形成された、チャンネルEとチャンネルFは、形状、サイズ及び雰囲気の3つが共に異なるものであった。
【0103】
尚、高分子錯体3〜8の結晶構造に関する補足データは、ケンブリッジ結晶構造データベースの、CCDC 251671(高分子錯体3)、CCDC 251672(高分子錯体4)、CCDC 251675(高分子錯体5)、CCDC 251673(高分子錯体6)、CCDC 251674(高分子錯体7)、CCDC 258684(高分子錯体8)で得られる。これらのデータは、以下のURL、メールアドレス、又はケンブリッジ結晶構造データベースセンター(The Cambridge Crystallographic Data Centre)に問い合わせれば、無料で得られる。
・URL:www.ccdc.cam.ac.uk/data_request/cif
・E‐mail:data_request@ccdc.cam.ac.uk
・The Cambridge Crystallographic Data Centre:12, Union Road, Cambridge CB2 1EZ, UK; fax: +44 1223 336033.
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】高分子錯体3の主骨格をファンデルワールス半径を用いて描いた図の投影図であり、また、高分子錯体3の細孔サイズを算出する方法を説明する図である。
【図2】高分子錯体3の結晶構造を示す図である。
【図3】(a)は、高分子錯体3におけるトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とトリフェニレン(2)との間のπ−π積み重ねを示す図であり、(b)はHOMOとLUMOの重ね合わせを示す図である。
【図4】高分子錯体3〜7のチャンネルC(左側)及びチャンネルD(右側)内におけるゲスト成分の配列を示す図である。
【図5】高分子錯体8におけるトリス(4−ピリジル)トリアジン(1a)と(1b)及びペリレン(9)が無数に積み重なった芳香族骨格相互の積み重なり構造を示すものである。
【図6】(a)は、高分子錯体8におけるトリス(4−ピリジル)トリアジン(1)とペリレン(9)との間のπ−π積み重ねを示す図であり、(b)はHOMOとLUMOの重ね合わせを示す図である。
【図7】高分子錯体8の主骨格をファンデルワールス半径を用いて描いた図の投影図である。
【図8】細孔の延在する方向を決定する方法を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも配位子としての芳香族化合物及び中心金属としての金属イオンからなる3次元格子状構造を有する高分子錯体であって、前記3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えていることを特徴とする高分子錯体。
【請求項2】
配位性部位を2つ以上有する配位子としての芳香族化合物、中心金属としての金属イオン、及び、非配位性の芳香族化合物を含む高分子錯体であって、
前記芳香族化合物配位子が前記中心金属イオンに配位して形成された三次元ネットワーク構造内に、芳香族化合物配位子の間に前記非配位性芳香族化合物が挿入されてなる積み重ね構造を含む3次元格子状構造を有し、
該3次元格子状構造内に、ゲスト成分に対して固有の親和性を有する互いに同一な細孔からなる細孔群を2種以上備えている、請求項1に記載の高分子錯体。
【請求項3】
ゲスト成分の選択的な取り込み及び/又は放出が可能な請求項1又は2に記載の高分子錯体。
【請求項4】
前記三次元ネットワーク構造は、2つ以上の独立した三次元ネットワーク構造が複合化してなる、複合化三次元ネットワーク構造である請求項2又は3に記載の高分子錯体。
【請求項5】
前記複合化三次元ネットワーク構造が、相互貫通構造である請求項4に記載の高分子錯体。
【請求項6】
前記2種以上の細孔群から任意に選ばれる2つの細孔群間の対比において、細孔のサイズ、細孔の形状、及び、細孔内雰囲気のうち少なくとも一つが異なる請求項1乃至5のいずれかに記載の高分子錯体。
【請求項7】
細孔内壁のπ平面が露出している領域と水素原子が露出している領域との占有比が異なることにより、細孔内雰囲気が異なる請求項6に記載の高分子錯体。
【請求項8】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔が、細長いチャンネル形状を有している請求項1乃至7のいずれかに記載の高分子錯体。
【請求項9】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接円の直径が、2〜70Åである請求項1乃至8のいずれかに記載の高分子錯体。
【請求項10】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接楕円の長径が、5〜70Åであり、該内接楕円の短径が、2〜50Åである請求項1乃至9のいずれかに記載の高分子錯体。
【請求項11】
前記芳香族化合物配位子は、下記式(1)で表される芳香族化合物である請求項1乃至10のいずれかに記載の高分子錯体。
【化1】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。nは3〜6の数を表す。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【請求項12】
前記非配位性芳香族化合物は、縮合多環芳香族化合物である請求項2乃至11のいずれかに記載の高分子錯体。
【請求項13】
前記式(1)で表される芳香族化合物が、トリス(4−ピリジル)トリアジンであり、前記縮合多環芳香族化合物が、トリフェニレン又はペリレンの少なくとも1種である、請求項12に記載の高分子錯体。
【請求項14】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接円の直径が、4.5〜7.0Åである請求項13に記載の高分子錯体。
【請求項15】
前記2種以上の細孔群から選ばれる細孔群に含まれる細孔の延在する方向に対して最も垂直に近い結晶面と平行な面における当該細孔の内接楕円の長径が、8.5〜10.0Åであり、該内接楕円の短径が、6.0〜8.0Åである請求項13又は14に記載の高分子錯体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−188560(P2006−188560A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−382152(P2004−382152)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】