説明

高分子電解質の製造方法、および、高分子電解質における分子量の制御方法

【課題】所望のEW値および分子量を示す高分子電解質を製造する。
【解決手段】高分子電解質の製造方法は、所望の分子量よりも大きい分子量を示す原料高分子電解質を用意する第1の工程(ステップS100)を備える。また、原料高分子電解質に対して電離性放射線を照射して(ステップS120)、原料高分子電解質を低分子量化する第2の工程を備える。ここで、第2の工程で照射する電離性放射線の線量は、原料高分子電解質における電離性放射線照射によるEW値の変化量が許容できる範囲として予め定めた範囲内となる線量であって、原料高分子電解質を、所望の分子量を示す高分子電解質に低分子量化する線量である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高分子電解質の製造方法、および、高分子電解質における分子量の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質は、イオン交換基を備える高分子であり、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を示す。このような高分子電解質は、その分子量やEW値(Equivalent Weight、高分子電解質におけるイオン交換基の等量重量、すなわち、イオン交換基の単位量当たりの高分子電解質全体の乾燥重量の値)によって、性質が変化する。例えば、固体高分子電解質膜においては、膜を構成する高分子電解質の分子量が小さいほど、また、EW値が小さいほど柔らかく(ヤング率などの機械的弾性率が小さく)なる。また、高分子電解質のEW値が小さいほど、プロトン伝導性および吸水量が高まる。このような高分子電解質の製造方法としては、例えば、高分子電解質の構成単位であるモノマを共重合させる方法が知られている。あるいは、ポリテトラフルオロエチレン樹脂に電離性放射線を照射して、イオン交換性の官能基を繰り返し単位に有するグラフト重合鎖を有する架橋物で架橋する構成が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2002−363304
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した従来知られる高分子電解質の製造方法により高分子電解質を合成する際には、重合の際の反応速度が極めて速いため、重合反応を制御することによって得られる高分子電解質の分子量を調節することは、極めて困難であった。例えば、反応の停止剤を加えて重合反応を停止させようとしても、重合反応の速度が極めて速いために、停止剤を投入するタイミングによって重合の程度を調節することは極めて困難であった。したがって、製造したい高分子電解質に応じて適宜重合材料を選択し、重合反応の反応条件を適正化すると、設定した反応条件によって得られる高分子電解質の分子量の範囲がある程度定まってしまうため、特に、より小さい分子量の高分子電解質を得ることが困難であった。そのため、所望のEW値を示すと共に分子量も調節された、所望の性質を有する高分子電解質を製造する方法が望まれていた。
【0005】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、所望のEW値および分子量を示す高分子電解質を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実施することが可能である。
【0007】
[適用例1]
高分子電解質の製造方法であって、
所望の分子量よりも大きい分子量を示す原料高分子電解質を用意する第1の工程と、
前記原料高分子電解質に対して電離性放射線を照射して、前記原料高分子電解質を低分子量化する第2の工程と
を備え、
前記第2の工程で照射する電離性放射線の線量は、前記原料高分子電解質における電離性放射線照射によるEW値の変化量が許容できる範囲として予め定めた範囲内となる線量であって、前記原料高分子電解質を、前記所望の分子量を示す高分子電解質に低分子量化する線量である
高分子電解質の製造方法。
【0008】
適用例1に記載の高分子電解質の製造方法では、所望の分子量よりも大きい分子量を示す原料高分子電解質に対して、所定の線量の電離性放射線を照射することにより、前記原料高分子電解質における電離性放射線照射によるEW値の変化量を許容できる範囲内に抑えつつ、前記原料高分子電解質を、所望の分子量を示す高分子電解質に低分子量化することができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1記載の高分子電解質の製造方法であって、前記原料高分子電解質は、主鎖、および、イオン交換基を有する側鎖の構成単位である原子団として、パーフルオロ構造を有する原子団を備える高分子電解質の製造方法。適用例2記載の高分子電解質の製造方法によれば、電離性放射線の照射により、高分子電解質の主鎖が側鎖に優先して切断される。そのため、電離性放射線を照射して高分子電解質を低分子量化する際に、EW値の変動を抑制することができる。
【0010】
[適用例3]
適用例1または2記載の高分子電解質の製造方法であって、前記第2の工程は、前記電離性放射線の照射後、前記原料高分子電解質に対して酸化剤を添加して、前記電離性放射線の照射に起因して照射後の前記高分子電解質で進行する分解反応を停止させる工程を備える高分子電解質の製造方法。適用例3記載の高分子電解質の製造方法によれば、酸化剤によって、電離性放射線の照射に起因して照射後の高分子電解質で進行する分解反応が停止されるため、高分子電解質の低分子量化の精度を向上させることができる。
【0011】
[適用例4]
適用例3記載の高分子電解質の製造方法であって、前記酸化剤は、ヒドロキシ基を有する高分子電解質の製造方法。適用例4記載の高分子電解質の製造方法によれば、高分子電解質において電離性放射線の照射により活性ラジカルが生じた際に、活性ラジカルが生じた部位を、酸化剤が有するヒドロキシ基によって酸化することができる。そのため、電離性放射線照射後の活性ラジカルに起因する高分子電解質の分解を抑止することができる。
【0012】
[適用例5]
適用例4記載の高分子電解質の製造方法であって、前記酸化剤は、水および/またはアルコールである高分子電解質の製造方法。適用例5記載の高分子電解質の製造方法によれば、酸化剤を溶液の状態で用意することができ、電離性放射線照射後の高分子電解質を、この溶液に浸漬することにより、高分子電解質において活性ラジカルが生じた部位を容易に酸化させることができる。
【0013】
[適用例6]
適用例1ないし5いずれか記載の高分子電解質の製造方法であって、前記第2の工程における電離性放射線の照射線量は、照射前の前記原料高分子電解質のEW値と、前記第2の工程後の前記高分子電解質のEW値との差が、照射前の前記原料高分子電解質のEW値に対して10%以内となる量である高分子電解質の製造方法。適用例6記載の高分子電解質の製造方法によれば、電離性放射線の照射に起因する高分子電解質におけるEW値の変動が充分に抑えられているため、照射対象の原料高分子電解質に対して、EW値に起因する性質を保ちつつ、所望の分子量を示す高分子電解質を得ることができる。
【0014】
[適用例7]
高分子電解質における分子量の制御方法であって、
分子量の制御の対象となる高分子電解質を用意する第1の工程と、
前記第1の工程で用意した高分子電解質に対して電離性放射線を照射して前記高分子電解質を低分子量化すると共に、照射する電離性放射線の線量を調節することによって、照射前の高分子電解質のEW値と照射後の高分子電解質のEW値との差を、照射前の高分子電解質のEW値に対して10%以内に抑えつつ、照射後の前記高分子電解質の分子量を制御する第2の工程と
を備える高分子電解質における分子量の制御方法。
【0015】
適用例7記載の高分子電解質における分子量の制御方法によれば、電離性放射線の照射線量を調節することによって、第1の工程で用意した高分子電解質を、EW値の変動を抑えつつ、所望の分子量の高分子電解質へと低分子量化できる。
【0016】
[適用例8]
適用例7記載の高分子電解質における分子量の制御方法であって、前記高分子電解質は、主鎖、および、イオン交換基を有する側鎖の構成単位である原子団として、パーフルオロ構造を有する原子団を備える高分子電解質における分子量の制御方法。適用例8記載の高分子電解質における分子量の制御方法によれば、電離性放射線の照射により、高分子電解質の主鎖が側鎖に優先して切断される。そのため、電離性放射線の照射の前後で高分子電解質におけるEW値の変動を充分に抑制しつつ、電離性放射線の照射線量の調節によって分子量を制御することができる。
【0017】
[適用例9]
適用例7または8記載の高分子電解質における分子量の制御方法であって、前記第2の工程は、前記電離性放射線の照射後、前記高分子電解質に対して酸化剤を添加して、前記電離性放射線の照射に起因して照射後の前記高分子電解質で進行する分解反応を停止させる工程を備える高分子電解質の製造方法。適用例9記載の高分子電解質における分子量の制御方法によれば、酸化剤によって、電離性放射線の照射に起因して照射後の高分子電解質で進行する分解反応が停止されるため、高分子電解質の分子量制御の精度を向上させることができる。
【0018】
本発明は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、本発明の高分子電解質の製造方法により製造した高分子電解質などの形態で実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
A.高分子電解質の製造方法:
図1は、本発明の実施の形態における高分子電解質の製造方法を表わす工程図である。高分子電解質を製造する際には、まず、所望の高分子電解質と、主鎖および側鎖の構成単位である原子団が同じであって、所望の高分子電解質と同等のEW値を示し、所望の高分子電解質よりも分子量が大きな高分子電解質を、原料高分子電解質として用意する(ステップS100)。ここでは、高分子電解質として、フッ素系の高分子電解質、すなわち、主鎖および側鎖の構成単位である原子団として、パーフルオロ構造を有する原子団を備える高分子電解質を用意している。
【0020】
図2は、ステップS100で用意する原料高分子電解質の一例としての高分子電解質の基本構造(図2(A))、および、原料高分子電解質の合成材料としてのモノマ(図2(B)、(C))を示す説明図である。図2(A)に示す高分子電解質は、図2(B)に示すテトラフルオロエチレンと、図2(C)に示す端部にイオン交換基を導入可能なパーフルオロビニルエーテル類とを共重合させることにより得られる。このような高分子電解質を合成する際には、図2(A)に示す構造における構成単位である原子団の繰り返しの数(図2中では、x、y、m、nと示す)によって、得られる高分子電解質のEW値を調節することができる。例えば、主鎖を構成するモノマであるテトラフルオロエチレンと、側鎖を構成するモノマであるパーフルオロビニルエーテルと、の混合比によって、図2に示すxおよびyの数を調節可能であるため、図2(B)および(C)に示すモノマの混合比により、EW値を調節することができる。また、図2(C)に示す側鎖を構成するモノマを合成する際に、mおよびnの数を調節することにより、最終的に得られる高分子電解質のEW値を調節することもできる。このようなフッ素系の高分子電解質としては、x、y、m、nの数の異なる種々の電解質が知られている。このようにx、y、m、nの数が異なるフッ素系の高分子電解質として、例えば、EW値が850〜1200程度の高分子電解質が知られている。また、分子量が1万〜50万程度の電解質が知られている。
【0021】
原料高分子電解質を用意した後には、この原料高分子電解質を成膜する(ステップS110)。原料高分子電解質の成膜は、例えば、ステップS100で用意した原料高分子電解質を含有する電解質溶液を、キャスト法により膜状に成形して、いわゆるリキャスト膜を作製すれば良い。
【0022】
その後、成膜した原料高分子電解質に対して、電離性放射線の照射を行なう(ステップS120)。用いる電離性放射線としては、γ線や電子線など、任意の電離性放射線を利用することができる。ステップS120では、成膜した原料高分子電解質に対する電離性放射線の照射線量(エネルギ量と照射時間により定まる)を調節することにより、原料高分子電解質の低分子量化の程度を制御している。すなわち、パーフルオロ構造を有するフッ素系の高分子電解質では、電離性放射線を照射すると、照射量に応じた一定の割合で、側鎖に優先して主鎖が切断される。そのため、高分子電解質においては、側鎖の構造は維持されると共に、主鎖を構成する繰り返し構造を維持しつつ主鎖が短くなることによって、分子量が低下する。したがって、照射量を調節しつつ電離性放射線を照射することによって、照射前の高分子電解質よりも分子量が小さく、EW値は同等の値を示す高分子電解質を得ることができる。図2(A)では、電離性放射線の照射により主として切断されると考えられる位置を、切断箇所として矢印で示している。
【0023】
原料高分子電解質を所望の分子量にまで低分子量化するために照射すべき電離性放射線の照射線量は、照射の対象となる原料高分子電解質の種類や、用いる電離性放射線の種類に応じて、再現性の良い値として予め定めることができる。電離性放射線の照射線量が少なすぎる場合には、原料高分子電解質が低分子量化される程度が不十分となる。また、電離性放射線の照射線量が多すぎる場合には、電離性放射線の照射により主鎖だけでなく側鎖も切断されて、EW値の変動量が大きくなり、さらに照射線量が多くなると、原料高分子電解質全体が分解されて二酸化炭素を生じるようになる。原料高分子電解質の種類や用いる電離性放射線の種類ごとに、主鎖が優先的に切断されて、EW値の変動量が許容範囲で低分子量化される照射線量の範囲を定めることができると共に、所望の分子量にまで低分子量化するために照射すべき電離性放射線の線量を、具体的に定めることができる。ステップS120では、このように、所望の分子量に応じて予め定めた線量の電離性放射線を照射している。なお、EW値の変動が抑制された電離照射線の照射量としては、例えば、照射前の原料高分子電解質のEW値と、照射後の高分子電解質(実際には、後述するように、照射後にさらに分解反応を停止した後の高分子電解質)のEW値との差が、照射前の高分子電解質のEW値に対して10%以内になる量とすることができる。
【0024】
ステップS120における電離性放射線の照射後、酸化剤を添加して、電離性放射線の照射に起因する高分子電解質における分解反応を停止させて(ステップS130)、所望の分子量およびEW値を示す高分子電解質を完成する。原料高分子電解質に対して電離性放射線が照射されて、原料高分子電解質の主鎖が切断されると、切断部位には活性ラジカルが生じ、この活性ラジカルから電解質の分解反応がさらに進行し得る。ステップS130では、酸化剤を添加して活性ラジカルが生じた部位を酸化させることによって、上記分解反応を停止させている。このように、本発明の実施の形態では、電離性放射線の照射量を調節すると共に、電離性放射線の照射後に直ちに分解反応を停止させることによって、高分子電解質の分子量を、電離性放射線の照射量に基づいて精度良く制御可能にしている。
【0025】
ステップS130で用いる酸化剤として溶液の状態で用意できる酸化剤を用いる場合には、電離性放射線照射後の高分子電解質を、この溶液に浸漬することにより、活性ラジカルが生じた部位の酸化を容易に行なわせることができる。このような酸化剤としては、例えば、ヒドロキシ基を有する溶媒(例えば、アルコールおよび/または水)を選択することができる。また、上記酸化剤は、できるだけ分子量が小さい酸化剤を選択することが望ましい。高分子電解質のラジカル発生部位を酸化剤によって酸化する際には、ラジカル発生部位において酸化剤の重合反応が起こるため、このような酸化剤の重合によって高分子電解質全体の分子量が増大し、分子量の増大によって高分子電解質全体のEW値が変化し得る。そのため、EW値の変動を抑えつつ、原料高分子電解質を低分子量化するためには、できるだけ分子量の小さい酸化物を用いて、酸化物の重合反応に起因するEW値の変化を抑えることが望ましい。また、酸化剤を加えることに起因する予測しない反応や望ましくない反応を抑えるために、用いる酸化剤は、できるだけ構造が簡素であることが望ましい。分子量が小さく構造が簡素な酸化剤としては、具体的には、上記した水の他、アルコールとしてはメタノールやエタノールを挙げることができる。
【0026】
例えば、酸化剤としてメタノール水溶液等のアルコール溶液を用いる場合には、ステップS120で電離性放射線を照射した電解質膜をアルコール溶液に浸漬することにより、活性ラジカルに起因する高分子電解質の分解反応を停止させると共に、膜状に成形した高分子電解質をアルコール溶液中に溶解させることができる。これにより、原料高分子電解質と同等のEW値を保ちつつ、所望の分子量にまで低分子量化させた高分子電解質の溶液を得ることができる。このように高分子電解質を溶解させた場合には、その後、例えばキャスト法によって、必要に応じて再び成膜することができる。
【0027】
なお、ステップS120における電離性放射線の照射後、直ちにステップS130における酸化剤の添加を行なう場合であっても、酸化剤が添加されるまでの間に、高分子電解質に生じた活性ラジカルからの分解反応が進行する可能性がある。このような分解反応の進行は、高分子電解質の分子量制御の精度を低下させるため、酸化剤添加までの間の分解反応の進行が、充分に抑制されることが望ましい。このような分解反応を抑制する方法としては、例えば、電離性放射線の照射後、高分子電解質全体を直ちに凍結させる方法が挙げられる。具体的には、電離性放射線照射後の高分子電解質を、例えば液体窒素を用いて瞬時に凍結させればよい。このように凍結により分解反応を抑制した高分子電解質をアルコール溶液等の酸化剤溶液に浸漬すれば、活性ラジカルが生じた部位は直ちに酸化され、活性ラジカルに起因する分解反応の影響を抑えることができる。
【0028】
以上のように構成された本発明の実施の形態としての高分子電解質の製造方法によれば、所望のEW値を示す高分子電解質に対して、照射量を調節した電離性放射線を照射して、その後、電離性放射線の照射に起因して高分子電解質で進行する分解反応を停止させることにより、照射した電離性放射線の線量に基づいて、所望の分子量の高分子電解質を得ることができる。特に、主鎖、および、イオン交換基を有する側鎖が、パーフルオロ構造を有する原子団から成る高分子電解質を用いて、上記のように低分子量化の程度を制御できる範囲で電離性放射線の照射量を調節しているため、電離性放射線の照射により高分子電解質の主鎖を優先的に切断することができる。このように主鎖を側鎖に優先して切断することにより、電離性放射線の照射の前後で、高分子電解質におけるEW値の変動を抑制することができる。そのため、所望のEW値の高分子電解質を合成して電離性放射線照射に供することにより、EW値が所望の範囲内であって、所望の分子量を示す高分子電解質を製造することが可能になる。特に、パーフルオロ構造を有する原子団から成るフッ素系の高分子電解質は、比較的分子量が小さい段階で合成反応を停止させて分子量を制御することは困難であるが、合成時にEW値を調節することは比較的容易である。そのため、本発明を適用することにより、所望のEW値および分子量を示す高分子電解質を製造可能になる効果を、顕著に得ることができる。
【0029】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0030】
B1.変形例1:
図1では、ステップS110において原料高分子電解質を一旦成膜し、これによって得られた電解質膜に対して、ステップS120で電離性放射線を照射しているが、異なる構成としても良い。例えば、ステップS100で用意した原料高分子電解質を、溶液の状態でガラス板の間に封入し、薄く均一な厚さで保持して、溶液の状態のままで電離性放射線の照射を行なっても良い。このように、電離性放射線照射の対象となる高分子電解質において、溶媒が電離性放射線を拡散させる影響を抑制しつつ、照射を均一に行なうことができるならば、同様の効果が得られる。
【0031】
B2.変形例2:
また、既述した本発明の実施の形態では、所望の分子量およびEW値を示す高分子電解質の製造方法として説明したが、本発明は、高分子電解質における分子量の制御方法としての態様で実施することもできる。すなわち、高分子電解質に対して照射する電離性放射線の線量を調節しつつ、照射後直ちに、照射により生じた活性ラジカルに起因する分解反応を停止させることにより、高分子電解質において、EW値の変動を抑制しつつ、分子量を制御することができる。
【実施例】
【0032】
高分子電解質に対して電離性放射線の照射を行ない、低分子量化の様子を解析した結果を実施例として以下に示す。ここでは、パーフルオロスルホン酸系の高分子電解質から成る膜として、ナフィオン溶液(ナフィオンは登録商標)をキャスト法により成膜したリキャスト膜(10cm×10cm×0.005cm)を用いた。電離性放射線の照射は、複数用意したリキャスト膜の各々に対して、室温、空気中で、コバルト60−γ線を、0,7,10,20,50,100kGyの線量で照射した。電離性放射線照射後の各サンプルをエタノール水溶液で溶解させ(50℃で2時間攪拌)、得られた溶液を用いて再びキャスト法にて成膜した。ここでは、各サンプルをエタノール水溶液に溶解することにより、既述したように高分子電解質の分解反応を停止させている。なお、本実施例では、電離性放射線の照射からアルコール水溶液への溶解までの間に進行する分解反応に起因する誤差を抑えるために、電離性放射線照射終了後、直ちに各サンプルを液体窒素を用いて凍結して、電離性放射線照射終了後に進行する分解反応を抑制している。また、リファレンスとしての照射量0のサンプルについては、電離性放射線照射を行なわないという条件以外は他のサンプルと同じ条件で、溶解や成膜等の処理を施した。
【0033】
(A)分子量の電離性放射線照射量に対する依存性:
上記のように線量を異ならせて電離性放射線照射した各々のサンプルについて、GPC(Gel permeation chromatography、ゲル浸透クロマトグラフィー)により、分子量の解析を行なった。具体的には、GPCに供するサンプルとして、上記した電離性放射線を照射してメタノール水溶液に溶解させた後に再び成膜した各膜を、GPCのための有機溶媒にもう一度溶解させたものを用いた。GPCにより得られた結果から求められた数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)、分散度(Mw/Mn)を、図3に示す。図3に示すように、照射する線量を増やすほどMnおよびMwが小さくなっており、照射量に応じて分子量が小さくなることが確認された。すなわち、電離性放射線の照射線量によって、高分子電解質の分子量を制御できることが確認された。また、照射する線量を増やすほど分散度が1に近づいており、照射線量に応じて分子量が小さくなるだけでなく、分子量の分布の幅も次第に狭くなることが確認された。すなわち、電離性放射線の照射線量を増やすほど、照射対象の高分子電解質においては、より小さな分子量へと全体の分子量が揃ってくることが確認された。
【0034】
なお、電離性放射線の照射後にメタノール水溶液に溶解させた高分子電解質を1週間保存して、その後、上記のようにGPCにより分子量の解析を行なった場合にも、分子量に大きな変化は見られなかった(データ示さず)。これにより、電離性放射線の照射後のメタノール水溶液への浸漬・溶解によって、高分子電解質における分解反応が充分に停止されることが確認された。
【0035】
(B)電離性放射線照射後の分子構造:
また、上記のように線量を異ならせて電離性放射線を照射した各々のサンプルについて、フッ素核−核磁気共鳴分析(19F−NMR)、およびフーリエ変換赤外分光分析(FT−IR)により、分子構造の解析を行なった。すなわち、上記した電離性放射線を照射してメタノール水溶液に溶解させた後に再び成膜した各膜を、19F−NMRあるいはFT−IRのための溶媒に溶解させて、各分析に供した。19F−NMRおよびFT−IRによって分子構造を解析した結果を、図4に示す。19F−NMRにおいては、高分子電解質を構成する原子団に対応する特定の結合を行なうフッ素原子の量を定量することができるため、得られるピークの大きさに基づいて、図4に示す各数値を算出している。なお、19F−NMRにより得られるピークには定量性はあるものの定性性はない(同じ位置にピークを示す物質があったときに区別できず、真に求めるフッ素量を測定しているかが不明である)ため、FT−IRによって、定性的な確認を行なっている。すなわち、FT−IRによって、電離性放射線照射後にも、高分子電解質を構成する構成単位としての原子団の構造が保たれていることを確認している。なお、図4には、個々のサンプルについて、上記した解析結果に基づいて算出されるEW値も併せて示している。
【0036】
図4に示すように、電離性放射線の線量が7〜100kGyの範囲では、照射線量に拘わらず、電離性放射線照射後にも、高分子電解質の分子構造は良好に保たれることが確認された。すなわち、高分子電解質の構成単位である各原子団の繰り返しの数であるx、y、m、nは、電離性放射線照射後であっても、いずれもほとんど変化しなかった。このように、電離性放射線を照射して分子量を低下させても、EW値の変動が抑えられていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施の形態における高分子電解質の製造方法を表わす工程図である。
【図2】原料高分子電解質と、合成材料のモノマとを示す説明図である。
【図3】GPCにより得られた結果を示す説明図である。
【図4】分子構造を解析した結果を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質の製造方法であって、
所望の分子量よりも大きい分子量を示す原料高分子電解質を用意する第1の工程と、
前記原料高分子電解質に対して電離性放射線を照射して、前記原料高分子電解質を低分子量化する第2の工程と
を備え、
前記第2の工程で照射する電離性放射線の線量は、前記原料高分子電解質における電離性放射線照射によるEW値の変化量が許容できる範囲として予め定めた範囲内となる線量であって、前記原料高分子電解質を、前記所望の分子量を示す高分子電解質に低分子量化する線量である
高分子電解質の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の高分子電解質の製造方法であって、
前記原料高分子電解質は、主鎖、および、イオン交換基を有する側鎖の構成単位である原子団として、パーフルオロ構造を有する同じ原子団を備える
高分子電解質の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の高分子電解質の製造方法であって、
前記第2の工程は、前記電離性放射線の照射後、前記原料高分子電解質に対して酸化剤を添加して、前記電離性放射線の照射に起因して照射後の前記高分子電解質で進行する分解反応を停止させる工程を備える
高分子電解質の製造方法。
【請求項4】
請求項3記載の高分子電解質の製造方法であって、
前記酸化剤は、ヒドロキシ基を有する
高分子電解質の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の高分子電解質の製造方法であって、
前記酸化剤は、水および/またはアルコールである
高分子電解質の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5いずれか記載の高分子電解質の製造方法であって、
前記第2の工程における電離性放射線の照射線量は、照射前の前記原料高分子電解質のEW値と、前記第2の工程後の前記高分子電解質のEW値との差が、照射前の前記原料高分子電解質のEW値に対して10%以内となる量である
高分子電解質の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか記載の高分子電解質の製造方法により製造された高分子電解質。
【請求項8】
高分子電解質における分子量の制御方法であって、
分子量の制御の対象となる高分子電解質を用意する第1の工程と、
前記第1の工程で用意した高分子電解質に対して電離性放射線を照射して前記高分子電解質を低分子量化すると共に、照射する電離性放射線の線量を調節することによって、照射前の高分子電解質のEW値と照射後の高分子電解質のEW値との差を、照射前の高分子電解質のEW値に対して10%以内に抑えつつ、照射後の前記高分子電解質の分子量を制御する第2の工程と
を備える高分子電解質における分子量の制御方法。
【請求項9】
請求項8記載の高分子電解質における分子量の制御方法であって、
前記高分子電解質は、主鎖、および、イオン交換基を有する側鎖の構成単位である原子団として、パーフルオロ構造を有する原子団を備える
高分子電解質における分子量の制御方法。
【請求項10】
請求項8または9記載の高分子電解質における分子量の制御方法であって、
前記第2の工程は、前記電離性放射線の照射後、前記高分子電解質に対して酸化剤を添加して、前記電離性放射線の照射に起因して照射後の前記高分子電解質で進行する分解反応を停止させる工程を備える
高分子電解質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−231084(P2009−231084A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75765(P2008−75765)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】