説明

高分子電解質膜

【課題】芳香族炭化水素系電解質膜を補強し、水や熱による膨潤繰り返しによるピンホールや亀裂の発生を抑制する多孔質体としての不織布を一体化せしめた高分子電解質膜を提供する。
【解決手段】ポリビニルアルコール(PVA)系繊維不織布に芳香族炭化水素系電解質を含浸させ、一体化せしめた高分子電解質膜。この高分子電解質膜は、PVA系繊維不織布に芳香族炭化水素系電解質を含浸させ、一体化させているため、水や熱による繰り返し膨潤によるピンホールや亀裂の発生抑制効果が高く、これを構成部品として用いた燃料電池の耐久性を向上させ、またコスト削減に貢献することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質膜に関する。さらに詳しくは、不織布に電解質を含浸させ、一体化せしめた高分子電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池に使用されている高分子電解質膜としては、ナフィオン(登録商標)を始めとするパーフルオロスルホン酸膜が多く用いられている。発電性能の向上のためには、電解質膜の薄膜化が求められるが、薄膜化したパーフルオロスルホン酸膜を用いて、高温条件下で燃料電池を長時間運転すると、膜にピンホールが発生し、またクレープし易くなり、十分なる耐久性が得られない。さらに、これらの電解質膜は、その製造プロセスが複雑であり、また非常に高価であることから、そのコスト削減も強く求められている。
【0003】
こうした課題を解決し、耐久性を向上させる方法として、延伸処理により多数の微小結節部の間に無数の微細繊維を形成した多孔質PTFEフィルムにパーフルオロ系イオン交換樹脂を含浸一体化した電解隔膜、放射線グラフト法によってスルホン酸基が導入された架橋PTFE多孔質体にパーフルオロスルホン酸系イオン交換材料等が含浸され、複合型イオン交換膜として一体に成形された高分子電解質膜、あるいはフッ素樹脂フィブリル化繊維を均一に分散含有する含フッ素イオン交換樹脂をTよりも低い温度で延伸し、薄膜化したイオン交換膜などが提案されている。
【特許文献1】特公平5−75835号公報
【特許文献2】特開2004−273298号公報
【特許文献3】特公昭63−61337号公報
【0004】
これらの提案された高分子電解質膜は、80℃以下という温度条件下での運転では、ピンホールの発生やクリープの抑制効果がみられるものの、100℃以上という高温条件下での運転では十分なる耐久性が得られない。また、補強した電解質膜は依然高価であるという問題がみられる。
【0005】
これに対して、廉価で耐熱性にすぐれた電解質膜として、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホン等のスルホン化ポリスルホン系物質やスルホン化ポリエーテルエーテルケトン、ポリベンズイミダゾール等の芳香族炭化水素系電解質膜の適用が種々検討されている。これらの芳香族炭化水素系電解質膜にパーフルオロスルホン酸電解質並みのプロトン伝導性を付与するためには、スルホン酸基またはリン酸基等の酸性基を高密度で修飾することが必要であるが、この場合には水による膜の膨潤性が大きくなり、さらに発電性能の向上のために電解質膜の薄膜化も必要なため、乾燥および含水により寸法が変化して亀裂やピンホールが生じ、発電効率が低下するという問題がある。このため、パーフルオロスルホン酸電解質膜と同様に、膜を補強することが求められるが、フィブリル状PTFEやガラスファイバー等のフィラー添加による補強では、膨潤抑制効果が低く、やはりピンホールの発生などによるクロースリークが発生するのを避けることができない。
【0006】
さらに、電解質膜が高分子アルコール架橋剤の三次元構造の網中に有機高分子電解質を保持した状態の膜を電解質膜とすることも提案されているが、この場合には分子レベルで双方が存在しているため、プロトン伝導性が低下し、また三次元分子鎖の架橋構造体では強度の向上は図れるが、三次元構造による基質の伸びにより、膨潤抑制の効果も小さいという問題もある。
【特許文献4】特開平6−76838号公報
【0007】
このため、不織布や多孔質体への電解質物質の含浸による補強が望ましいと考えられる。ただし、PTFE多孔質膜では芳香族炭化水素系電解質膜との濡れ性が悪いため剥離が生じ易く、クロスリーク抑制効果が得られない。また、ポリオレフィン系多孔質体等の延伸により得られる延伸された多孔質体は、一般に耐熱性が低く、100℃以上の高温で長時間運転した場合にはクリープを生ずる。さらに、電子線照射等のエッチングにより得られる多孔質体は、多孔質体の空孔率が低いためプロトン伝導性が低く、発電性能も低下する。
【0008】
ポリスルホン多孔質体やポリエーテルイミド多孔質体は、耐熱性は高いものの、芳香族炭化水素系電解質の含浸溶媒であるジメチルホルムアミドやN-メチル-2-ピロリドン等の非プロトン性極性溶媒に対する耐溶剤性に欠けている。また、湿式製膜後にイミド化して得られるポリイミド系多孔質体は、これらの非プロトン性極性溶媒に対して耐溶剤性を有し、耐熱性にもすぐれているものの、耐酸性や耐加水分解性に欠けるため、高温高湿条件下での劣化が避けられない。
【0009】
一方、不織布においては、耐熱性、耐溶剤性、耐酸性および耐加水分解性を有する繊維、例えばポリフェニレンスルフィド繊維を用いた不織布化は可能である。ただし、通常不織布の厚さは、圧縮により薄くしようとした場合には空孔率が低下する。また、繊維径が太く、繊維間の空孔も大きいため、ピンホール抑制効果が低い。また、芳香族炭化水素系電解質と一体化させる場合には、濡れ性の観点から不織布は親水性であることが好ましい。
【特許文献5】特開2003−77494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、芳香族炭化水素系電解質膜を補強し、水や熱による膨潤繰り返しによるピンホールや亀裂の発生を抑制する多孔質体としての不織布を一体化せしめた高分子電解質膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる本発明の目的は、ポリビニルアルコール(PVA)系繊維不織布に芳香族炭化水素系電解質を含浸させ、一体化せしめた高分子電解質膜によって達成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る高分子電解質膜は、PVA系繊維不織布に芳香族炭化水素系電解質を含浸させ、一体化させているため、水や熱による繰り返し膨潤によるピンホールや亀裂の発生抑制効果が高く、これを構成部品として用いた燃料電池の耐久性を向上させ、またコスト削減に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
不織布を形成するPVA系繊維としては、耐水性という点からはポリ酢酸ビニルの完全けん化物が、さらに高い耐水性が必要とされる場合には熱処理されたものが用いられるが、一般にはそのけん化度が90%以上のものが用いられる。また、アセタール化など水に対して不溶化処理したものあるいはエチレン-ビニルアルコール共重合体なども用いられる。PVAは、親水性の水酸基を数多く持つため、低級アルコール類、グリコール類、アミン類に対しては親和性を有するが、非プロトン性極性溶媒類、脂肪族炭化水素類、エーテル類、エステル類、ケトン類、芳香族炭化水素類等多くの有機溶媒に対して強い耐性を示し、一般的にはPVAの耐有機溶剤性、耐油性はけん化度が高い程向上する。
【0014】
PVA系繊維不織布は、PVA系繊維をPVAの電解紡糸法により不織布化することによって得られ、その厚さ(測定法:JIS B7502(1994)に規定されている外側マイクロメーター(0〜25mm)を用いて、JIS C2111 5.1(1)の測定法により測定した、無作為により選んだ10点の平均値)が約40μm以下、好ましくは約10〜30μmで、かつその平均孔径(バブルポイント法による自動細孔径分布測定器:PMI社製パームポロメーターにより測定)が約1μm以下、好ましくは約1〜0.1μmのものが用いられる。厚さについては、これ以上の膜厚では電解質含浸時の抵抗値の増大を招き、ただしあまり薄すぎると機械的強度が損なわれるようになる。平均孔径については、これ以上の孔径では電解質含浸時の保持力が低下するようになり、ただしあまり小さすぎると電解質が含浸し難くなる。また、その空隙率は約60%以上、好ましくは約70〜90%であるものが一般に用いられる。
【0015】
PVA系繊維不織布はまた、繊維径が1μm以下、好ましくは約0.2μm以下、特に好ましくは約0.1μm以下のPVA系繊維から形成されていることが好ましい。なお、繊維径とは、繊維横断面形状が円形の場合にはその直径であり、非円形の場合には、その断面積と同じ面積を有する円の直径を繊維径とみなしている。このような繊維径のPVA系繊維を用いることにより、不織布膜厚の薄膜化および高空隙率を同時に達成せしめ、これによって電解質含浸時のプロトン伝導性を高め、また発電性を高めることができる。さらに、繊維径が小さいものは、細孔径も小さくなり、電解質含浸時のピンホール形成を軽減できる。なお、不織布の形成は、PVAの電解紡糸法などによって行われる。
【0016】
かかる性状を有するPVA系繊維不織布に含浸される芳香族炭化水素系電解質としては、イオン交換性基としてスルホン酸基を有するスルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン等のスルホン化ポリスルホン系物質、スルホン化ポリエーテルエーテルケトンやポリベンズイミダゾール等が用いられ、スルホン化物は被スルホン化物質を硫酸、発煙硫酸、クロロ硫酸等でスルホン化反応することにより得られる。スルホン化ポリスルホンであって、スルホン酸基導入率が高くて膜状化し難いようなものの場合には、ポリスルホンと混合して用いることにより製膜を容易とすることができる。
【0017】
これらの芳香族炭化水素系電解質は、それの可溶性溶媒であって、PVA系繊維不織布の耐有機溶剤性を損なわない溶媒、例えばジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジエチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、トリエチルホスフェート等の非プロトン性極性溶媒に、約5〜20重量%の濃度で溶解させた溶液として、PVA系繊維不織布に含浸せしめる。
【0018】
含浸は、浸漬、塗布等任意の方法によって行うことができ、不織布の空隙にも含浸させるために、減圧条件下で行うことが好ましい。含浸後は、減圧条件下での加熱乾燥が行われる。芳香族炭化水素系電解質の乾燥後の含浸量は、用いられた不織布の空隙率にもよるが、例えば空隙率84%の不織布の場合、不織布重量に対して約6〜20倍、好ましくは約10〜15倍とされる。これ以上の割合で含浸させると、膜厚が大きくなって初期特性が低下するようになり、一方含浸量がこれ以下の割合では、空隙を完全に埋めることができなくなる。
【0019】
得られた芳香族炭化水素系電解質含浸PVA系繊維不織布よりなる高分子電解質膜は、約15〜100μm、好ましくは約20〜75μm程度の厚さを有し、この高分子電解質膜の両側に空気極および燃料極を設けることにより、固体高分子型燃料電池の膜・電極接合体(MEA)を形成させることができる。
【実施例】
【0020】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0021】
実施例1
スルホン化ポリエーテルスルホンの10重量%ジメチルホルムアミド溶液をガラス製シャーレ内に入れ、その溶液内に80×80mmにカットしたPVA不織布(繊維径0.1μm以下、平均孔径0.2〜0.3μm、目付け5.3g/m2、重量35mg、厚さ26μm(10点平均)、見掛密度0.20、空隙率84%、15mm幅の長さ方向の強度6N、同方向の伸度21%)を、減圧雰囲気下で浸漬し、不織布の空隙部分を含めて含浸させた。含浸は、気泡の発生が止まった後20分間経過後まで行われた。その後、不織布に含浸された以外の溶液をピペットを用いて取り除き、不織布をシャーレに収容したまま、60℃で2時間真空乾燥した。真空乾燥後、スルホン化ポリエーテルスルホン含浸不織布をガラス製シャーレから剥離し、高分子電解質膜を得た。なお、上記カットPVA不織布の含浸後重量は439mgで、含浸後厚さ(10点平均)は74μmであった。
【0022】
得られた高分子電解質膜のSEM観察画像は、図1の(a)表面(2000倍)および(b)断面(1000倍)に示され、そこにはピンホール、ボイド等は観察されなかった。また、この高分子電解質膜について、その透気度を供給気体を空気、供給側圧力1.0MPa、透過側圧力0.1MPa(大気圧)、気体透過面積7.9cm2の条件下で測定すると、気体透過量がマスフローメーターの測定限界(10ml/分)以下であることが確認され、このことからこの高分子電解質膜には、スルホン化ポリエーテルスルホンが十分に含浸されていると考えることができる。
【0023】
さらに、この高分子電解質膜を80℃の温度に保持した恒温恒湿槽内に放置し、相対湿度RHを30%から95%の間でくり返し変化させた。すなわち、相対湿度RHを30%→95%、95%保持、95%→30%、30%保持を各1.5時間、1サイクル時間は6時間で、100サイクル行った。また、高分子電解質膜を、2槽式熱衝撃試験機内に放置し、相対湿度RH95%で-40℃および80℃にそれぞれ各保持時間3時間で交互に変化させた。1サイクル時間は6時間で、100サイクル行った。このようなサイクル処理をそれぞれ行った高分子電解質膜について、上記の如き透気度測定を行ったところ、いずれも気体透過量がマスフローメーターの測定限界(10ml/分)以下であることが確認された。
【0024】
実施例2
実施例1において、スルホン化ポリエーテルスルホンの溶媒をジメチルホルムアミドからN-メチル-2-ピロリドンに変更して、スルホン化ポリエーテルスルホン含浸不織布よりなる高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜のSEM観察画像は、図2の(a)表面(2000倍)および(b)断面(1000倍)に示され、そこにはピンホール、ボイド等は観察されなかった。
【0025】
また、この高分子電解質膜の透気度測定および2種類のサイクル試験後の透気度測定を行うと、いずれも気体透過量がマスフローメーターの測定限界(10ml/分)以下であることが確認された。なお、用いられたカットPVA不織布(80×80mm)の含浸前重量は32mg、含浸後重量は433mgで、10点平均の含浸前厚さは20μm、含浸後厚さは65μmであった。
【0026】
比較例1
実施例1において、PVA不織布の代りに、ポリエーテルスルホン多孔質体(平均孔径0.5〜1.0μm)、厚さ32μm、空隙率72%)を用いると、この多孔質体はスルホン化ポリエーテルスルホンの溶媒として用いられたジメチルホルムアミドの溶液に浸漬すると溶解してしまい、多孔質体へのスルホン化ポリエーテルスルホンの充填が不可能だった。
【0027】
比較例2
実施例1において、PVA不織布の代りに、PTFE多孔質体(平均孔径0.1μm、厚さ60μm)を用い、この多孔質体にスルホン化ポリエーテルスルホンを充填して得られた高分子電解質膜の透気度測定を行うと、気体透過量が1000ml/分以上であって、ガスバリア性の低いものであった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例1で得られた高分子電解質膜の表面(a)および断面(b)のSEM観察画像である。
【図2】実施例2で得られた高分子電解質膜の表面(a)および断面(b)のSEM観察画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系繊維不織布に芳香族炭化水素系電解質を含浸させ、一体化せしめてなる高分子電解質膜。
【請求項2】
厚さが40μm以下、平均孔径が1μm以下の不織布が用いられた請求項1記載の高分子電解質膜。
【請求項3】
繊維径が1μm以下のポリビニルアルコール系繊維の不織布が用いられた請求項1記載の高分子電解質膜。
【請求項4】
芳香族炭化水素系電解質がスルホン化ポリスルホン系物質である請求項1記載の高分子電解質膜。
【請求項5】
スルホン化ポリスルホン系物質を非プロトン性極性溶媒溶液として含浸させた請求項4記載の高分子電解質膜。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−251314(P2008−251314A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−90467(P2007−90467)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【出願人】(000229542)日本バイリーン株式会社 (378)
【Fターム(参考)】