説明

高周波軟磁性体膜及びその製造方法

【課題】高周波領域で高機能性を示す高周波軟磁性体膜に関し、特に、軟磁性金属及び合金クラスターを堆積させた集合体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】高周波領域でフェライトを凌駕する複素透磁率が実現できるように、平均サイズ10nm以下の磁性金属及び合金クラスターを直接に基材(基板)上に堆積したことを特徴とする高周波軟磁性体膜。更にクラスター堆積中に、基材上に磁場を印加することにより作製すると、クラスター集合体膜中に磁気異方性が付与され、格段に優れた電磁波吸収特性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波領域で高機能性を示すマイクロ磁気デバイスや電磁ノイズ吸収膜に関し、特に、軟磁性金属及び合金クラスターを堆積させた集合体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の情報通信機器の急速な高速化、高密度化及びITS(Intelligent Transport System)、次世代マルチメディア通信(MMAC)、携帯電話やPHS、無線LAN等にGHz帯域の電磁波が用いられるようになってきており、高周波用のマイクロ磁気デバイスの利用範囲が今後ますます拡大すると予想される。
【0003】
また、このような高周波の積極的利用に起因して、電磁ノイズ(電子機器に搭載されるデジタル回路から発生する電磁妨害波)による電子機器の誤動作、電磁波干渉ならびに人体やペースメーカーへの影響が大きな問題となっている。
【0004】
特に、デジタル回路から発生する電磁妨害波を抑制するための有効な解決手段の一つとして、電磁波吸収材料が注目されているが、従来の電磁波吸収材料よりも薄く、1GHz以上帯域でも高性能な電磁波吸収材料の登場が望まれている。
【特許文献1】特開2000−151183
【特許文献2】特開2002−217583
【特許文献3】特開2005−129764
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
MHzからGHzにわたる高周波数帯域において大きな比透磁率を有する軟磁性体の開発に当たり、マイクロ磁気デバイス用軟磁性体としては比透磁率の実部が大きいこと、電磁波吸収体、電磁妨害波の抑制には比透磁率の虚部が大きいことがそれぞれの目標となる。
【0006】
また、磁気記録ヘッドなど強力なマイクロ磁気デバイスを作製するには、高透磁率とともに飽和磁束密度が大きいことが重要であり、グラニュラー化(強磁性金属合金粒子と酸化物の微細な集合)やFe合金薄膜への僅かな酸素導入により、飽和磁化を著しく損なわずに電気抵抗を高める(渦電流損を抑制する)手法が用いられている。一方電磁波吸収体用には、電磁波の電場と磁場成分の双方の寄与を高めるために、電気抵抗が高いことが重要であり、Ni-Zn系フェライトや偏平状Fe-Si-Al粉末・ポリマー複合磁性体などの酸化物磁性材料を用いるのが一般的である。
【0007】
しかし、酸化物は、飽和磁化が低い上に、1GHz以上帯域で比透磁率の値が大幅に低下してしまう問題がある。上述したように、従来のマイクロ磁気デバイスや電磁波吸収材料よりも薄く(少量で)、1GHz以上帯域でも高機能を発揮する軟磁性材料の開発が切望されている。
【0008】
更に、従来のマイクロ磁気デバイス作成法においては、トランスや電磁波吸収領域の形状に応じた複雑なリソグラフィー加工(何段階もの被覆と、光や電子線露光によるパターニングと化学的エッチング処理)を施す必要があり、より簡単なプロセスが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のように高周波用軟磁性体の高性能化を図るには、比透磁率の実部あるいは虚部を大きくすると同時に、渦電流損失を抑制するため高い電気抵抗が得られるようバランスをとる必要がある。グラニュラー化(強磁性金属合金粒子と酸化物の微細な集合)やFe合金薄膜への僅かな酸素導入による比透磁率の実部の向上と電気抵抗、飽和磁化の確保の方法では電気抵抗の更なる向上が困難であり、酸化物スピネル型フェライトによる高電気抵抗、比透磁率の虚部の向上方法では、飽和磁化が不十分であり、スヌーク(Snoek)の限界則のため、GHz領域で比透磁率の虚部を大きくすることができない。
【0010】
一方、軟磁性金属の磁化はフェライトの3倍程度も大きく、ナノサイズのクラスターとして複合化させることにより、高周波数領域でフェライトを凌駕する複素透磁率が実現できる。すなわち、本発明は、飽和磁化が最も高いFe-Co、Fe-Ni、Fe-Co-Ni合金クラスターを用い、クラスターの表面を酸化させ、特許文献(特開2005-97706号公報「軟磁性材料の製造方法及び製造装置」)中に提案されているように電圧の印加により高密度化させて強磁性合金クラスター集合体を基本として、高周波用マイクロ磁気デバイスや電磁波吸収体ができる。
【0011】
更に、クラスター堆積中に、基材上に磁場を印加することにより作製すると、作製したクラスター集合体膜中に磁気異方性が付与され、磁気特性として使用周波数1GHz以上の高周波数(準マイクロ波)領域において、虚数部μ”の最大値が200以上(磁気損失成分が大)となり、汎用されている偏平状Fe-Si-Al粉末・ポリマー複合磁性体及びフェライト膜と比べ、格段に優れた電磁波吸収特性(電磁妨害波抑制効果)を示す。
【0012】
また、本作製装置を用いると、クラスターをビーム状に発生させることができるので、簡単なマスクを通して基板上に堆積させると、何段階もの被覆、薄膜堆積、光や電子線露光によるパターニング、化学的エッチング処理を施すことなく、目的の形状の高周波軟磁性体が作製できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高周波用マイクロ磁気デバイスや電磁波吸収体への応用に適した軟磁性体膜を、室温でクラスターを直接に基材上に堆積して作製でき、基材に対する要求、制限が少ない。
【0014】
本発明で、飽和磁化が最も高いFe-Co合金クラスターを用いることにより、飽和磁化2T以上が実現するとともに、周波数1 GHz以上でも比透磁率の実部μ’100以上が維持され、更に、基材上に磁場を印加して一軸磁気異方性を付与することにより3GHzでも比透磁率の虚部μ”200以上が実現され、現在開発されつつあるマイクロ磁気デバイス用の部分酸化Fe合金薄膜のμ’の値や、汎用の偏平状Fe-Si-Al粉末・ポリマー複合磁性電磁波吸収体を与えるパラメーターμ”・fと比較して、1 GHz以上の高周波数(準マイクロ波)領域において1桁以上高い値を有する(図7参照)。例えば、本発明で作製されたFe65Co35合金クラスターからなる高周波用軟磁性体膜は、従来のマイクロ磁気デバイス用材料や電磁波吸収体材料に比べて、より少量で同程度の磁気特性が達成でき、或いはより薄型化が可能となる効果がある。
【0015】
クラスターをビーム状に基板に入射させると同時に、目的形状の隙間の開いたマスクを併用することにより、その形状の高周波用軟磁性体薄膜が容易に作製できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を具体化した実施例を図面を参照しつつ説明する。
【実施例】
【0017】
図1に示すように、スキマーの箇所にコリメータ(内径2から5mm管状のノズル)を設置することにより、ビーム状のクラスターを噴出させることができ、基板の直上にマスクを取り付けると、目的とする形状のクラスター堆積膜が作製できる。
【0018】
室温でクラスターを直接に基材上に堆積して、高周波用のマイクロ磁気デバイスや電磁波吸収体を作製するので、基材に対する要求(基板温度、熱処理、基板材料の種類などの制限)が少ない。
【0019】
表面酸化用酸素流量をコントロールすることで、用途に応じた高周波数帯域で機能性を発揮できるよう、比透磁率の実部μ’と虚部μ”、電気抵抗を調整することが可能となる(図3と4参照)。
【0020】
特に、基材上に磁場を印加することにより作製した高周波電磁ノイズ抑制体に一軸磁気異方性を発生させることで、1GHz以上の高周波数(準マイクロ波)領域において高い複数透磁率の虚数部μ”(200以上)を有することができる(図5と6参照)。
【0021】
図1においては、スキマーから噴出されたクラスターは発散して基板面上に堆積されクラスター集合体膜が形成される。しかし、スキマーの形状制御、コリメーターの取り付けにより、クラスターがビーム状に噴出される。したがって、基板上に目的形状の隙間の開いたマスクを設置することにより、目的形状の高周波用軟磁性体薄膜が作製可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、例えば高周波マイクロ磁気デバイス、高周波電磁ノイズ吸収体用軟磁性体膜等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の高周波用軟磁性体膜の製造装置の構成の一例を模式的に説明するブロック図である。
【図2】本発明の高周波用軟磁性体膜の製造装置の構成の一例を模式的に説明するブロック図の要部(電圧及び磁場を印加する部分)拡大模式図である(90度回転した)である。
【図3】表面酸化用酸素ガス流量の変化による電気抵抗率変化を示すグラフである。
【図4】表面酸化用酸素ガス流量の変化による比透磁率の実部μ’と虚部μ”の周波数依存性を示すグラフである。
【図5】酸素を導入しない場合、基材上に磁場を印加して作製したクラスター集合体膜の複数透磁率の実部μ’と虚部μ”の周波数依存性を示すグラフである。
【図6】酸素を導入した場合、基材上に磁場を印加して作製したクラスター集合体膜の比透磁率の実部μ’と虚部μ”の周波数依存性を示すグラフである。
【図7】本発明のクラスター集合体軟磁性膜と実用あるいは報告されている高機能軟磁性体材料との飽和磁化及び電気抵抗の比較図である。
【図8】本発明の高周波電磁ノイズ抑制体の電磁ノイズ抑制効果に関して、汎用されている偏平状Fe-Si-Al粉末・ポリマー複合磁性体及びゴム・フェライトと比較したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均サイズ10nm以下の磁性金属及び合金クラスターを直接に基材(基板)上に堆積したことを特徴とする高周波軟磁性体膜。
【請求項2】
請求項1の磁性金属としてFe、Co及びNiを用いたことを特徴とする請求項1に記載の高周波軟磁性体膜。
【請求項3】
請求項1の合金としてFe-Co、Fe-NiまたはFe-Co-Niを用いたことを特徴とする請求項1又は2に記載の高周波軟磁性体膜。
【請求項4】
請求項1の基材上に堆積させる合金クラスターを表面酸化・修飾することを特徴とする請求項1〜3に記載の高周波軟磁性体膜。
【請求項5】
クラスター堆積中に基材上に磁場を印加することを特徴とする高周波軟磁性体膜。
【請求項6】
クラスターをビーム状に発生させ、マスクを通して基板上に堆積させことを特徴とする高周波軟磁性体の製造方法。

【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−208156(P2007−208156A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−27841(P2006−27841)
【出願日】平成18年2月6日(2006.2.6)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】