説明

(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有する呈味改善剤

【課題】
飲食品に要求される嗜好性が多様化してきていることから、各種各様の特徴を有する飲食品の香りや味をさらに向上させる素材が求められている。歯科衛生用品、口腔衛生用品にも同様の素材が求められている。
【解決手段】
(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールの水溶液は、柑橘を想起させる呈味を有することから、香りや味覚を改善、補強、あるいは賦与する調合素材として有用である。飲食品の呈味改善剤・香料組成物や、歯科衛生用品、口腔衛生用品などの呈味改善剤・香料組成物として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有する呈味改善剤、香料組成物、および、これらを含有する飲食品、歯科衛生用品、口腔衛生用品に関する。
【背景技術】
【0002】
化学式(2)
【化1】

で表されるアロマデンドランジオールについては、その立体異性体を含め多くの研究が報告されている。
【0003】
そのうち、化学式(1)
【化2】

で表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールに関する報告が最も多い。キク科メタカラコウ属のオタカラコウ(非特許文献1)、あるいはセリ科のFerula penninervis(非特許文献2)といった地上植物の含有成分として報告されている。また、本化合物の合成研究の報告も存在している(非特許文献3)。
【0004】
しかし、これらいずれにおいても、当該化合物自体が味覚を付与すること、あるいは飲食品の呈味・風味を改善することなど、味やフレーバーに関し言及した報告はない。また、アロマデンドランジオールを含有する飲食物についても報告されていない。また、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールに関する記述は、呈味改善剤や香料組成物として上記いずれの文献にも記載されてない。
【0005】
また、特許文献1には、シトラスコールドプレスオイルの脱ワックス処理高沸点部を有効成分として含有することを特徴とする呈味改善剤に関する詳細が記載されている。高沸点部とは、具体的に90〜150Pa程度の圧力条件下、90〜120℃で加熱蒸留処理した後の残分を示し、この残分を脱ワックス処理することによって呈味改善剤が得られることが記載されている。また、この呈味改善剤は、柑橘の精油中に含まれている例えば、7−ゲラニルオキシクマリン、ベルガモチンなどといったクマリンや、フロクマリン骨格である化合物を含有している。
【0006】
本出願の発明に関する先行技術文献としては次のものがある。
【特許文献1】日本特許第3787654号公報
【非特許文献1】Journal of the Chinese Chemical Society(Taipei), 第47巻,1291−93頁(2000年)
【非特許文献2】Journal of Natural Products, 第65巻,1897−1903頁(2002年)
【非特許文献3】Tetrahedron,第48巻,2465−2476頁(1992年)
【非特許文献4】Tetrahedron Letters,第26巻,2109−10頁(1985年)
【非特許文献5】Phytochemistry,第22巻,1213−18頁(1983年)
【非特許文献6】Phytochemistry,第26巻,1059−63頁(1987年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
飲食品に要求される嗜好性が多様化してきていることから、飲食品の香りや味をさらに向上するための機能的な素材が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を重ねてきた結果、無臭である(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールが、水溶液中に1ppbという非常に低い濃度でも、柑橘を想起させる味覚を有することを見い出し、本発明に至った。
本発明は、以下に関する。
(1):化学式(1)
【化3】

により表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有する呈味改善剤。
(2):化学式(1)
【化4】

により表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを添加した香料組成物。
(3):(1)記載の呈味改善剤または(2)記載の香料組成物を添加した飲食品。
(4):(1)記載の呈味改善剤または(2)記載の香料組成物を添加した歯科衛生用品または口腔衛生用品。
(5):(1)記載の呈味改善剤または(2)記載の香料組成物を添加することを特徴とする、飲食品、歯科衛生用製品、または口腔衛生用製品の呈味を改善する方法。
【発明の効果】
【0009】
(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールは、無臭結晶物である。この化合物の水溶液は、柑橘を想起させる呈味を有することから、香りや味覚を改善、増強、あるいは付与する調合素材として有用である。飲食品の呈味改善剤・香料組成物や、歯科衛生用品、口腔衛生用品などの呈味改善剤・香料組成物として使用することができる。さらに、柑橘系食品において、ナチュラルな果汁感と好ましい酸味を増強させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に用いる化学式(1)で表される化合物は、例えば、非特許文献3に示される方法で合成することができる。即ち、(+)−spathulenolのエキソメチレン部を水和させる方法である。この(+)−spathulenolは、全合成で得ることもでき、また天然界に広く存在する(+)−aromadendreneから、非特許文献4で示される方法によって合成することも可能である。
【0011】
また、化学式(1)に示す化合物は、種々の植物、例えばレモンや、柑橘類、キク科メタカラコウ属のオタカラコウ、セリ科のFerula penninervisなどの天然物より抽出し、単離操作により得ることもできる。
【0012】
その方法としては、例えば当該化合物を含有する対象物を有機溶媒に浸し、得られた有機溶媒液を減圧濃縮して抽出物を調製する。次に該濃縮物を、蒸留法や各種カラムクロマトグラフィー、再結晶法などによって、繰り返し分画あるいは精製操作を行うことで、目的物である(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを得ることができる。
【0013】
また、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを単離せずとも、抽出、分画、蒸留、カラムクロマトなどの操作によって、得られる粗製物であっても、同様の効果が期待できる。
【0014】
上記の有機化学合成、あるいは天然物からの抽出・単離、およびまたは濃度を高める操作などによって得られた化合物、およびまたはそれを含有する画分の希釈溶液は、柑橘様の呈味を有する。
【0015】
本発明の呈味改善剤は、化学式(1)で表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有するものであり、その含有率は、任意でよく最終製品において味覚発現濃度に達すればよいが、具体的には、約0.00001重量%〜約100重量%である。含有率が高いものは、香料素剤として香料組成物の製造に適している。含有率が低いものは、直接、飲食品や歯科衛生用製品、口腔衛生用製品に賦香するに用いるか、既存の香料組成物に添加することもできる。
【0016】
また、本発明の香料組成物は、化学式(1)で表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有するものであり、その含有率は任意でよく最終製品において味覚発現濃度に達すればよい。具体的には、飲食品に香料組成物を0.01〜1%、通例0.1%程度賦香するものであり、本発明の香料組成物には、化学式(1)で表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを1ppm〜1%(10000ppm)程度含有するものであるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
したがって、具体的には、呈味改善剤および香料組成物の飲食品、歯科衛生用品、または口腔衛生用品への添加量は、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールが、好ましくは1ppb〜10ppm含有するように、また10ppb〜1ppm含有するように添加することが特に好ましい。
【0018】
それらへの添加方法に関し何ら制限はない。(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを直接飲食品に賦与することもできるが、通例は、呈味改善剤を製造しこれを直接飲食品に添加するか、呈味改善剤を香料組成物に添加することもできる。あるいは、香料組成物に(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを添加し、さらに効果の高い香料組成物とすることもできる。
【0019】
本発明の呈味改善剤を調製する場合、飲食品、歯科衛生用品、口腔衛生用品に添加・配合できる添加剤(例えば、食品添加物など)を配合することができる。また、呈味改善剤の形状は、液体状、乳化状、分散状、固体状、粉末状、ゲル状、顆粒状、ミスト状、エアゾール状などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
本発明の呈味改善剤を液体状にして使用する場合には、使用する溶剤は限定されないが、例えば、エタノール、グリセリン、トリアセチン、トリエチルサイトレート、水、プロピレングリコールなどが挙げられる。
本発明の呈味改善剤を粉末状にして使用する場合には、使用する賦形剤は限定されないが、例えば、アラビアガム等の天然ガム質類、ゼラチン、デキストリンなどが挙げられる。
本発明の呈味改善剤を乳化状にして使用する場合には、使用する油脂や乳化剤は限定されないが、例えば、脂肪酸グリセリンエステルなどの油脂が挙げられ、アラビアガムなどの天然ガム類、非イオン界面活性剤(例えばグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなど)、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤などの乳化剤が挙げられる。
【0021】
本発明の香料組成物を調製する場合、香料として使用可能な香料素材を配合することができる。また、香料組成物の形状は、液体状、乳化状、分散状、固体状、粉末状、ゲル状、顆粒状などが挙げられる。
【0022】
本発明の香料組成物を調製する場合、香料として使用可能な香料素材については、特に限定されないが、例えば、以下のものが挙げられる。
【0023】
例えば、リモネン、ピネンに代表される各種炭化水素類;オクタナール、デカナール、シトラールなどの各種アルデヒド類;マルトール、ダマセノン、メチルヘプテノンなどの各種ケトン類;L−メントール、オクタノール、リナロール、フェニルエチルアルコールなどの各種アルコール類;メチルフェニルエチルエーテル、リナロールオキサイド、1,4−シネオールなどの各種エーテルおよびオキサイド類;エチルブチレート、ゲラニルアセテート、ヘキシルアセテートなどの各種エステル類;γ−デカラクトン、クマリン、ジャスミンラクトンなどの各種ラクトン類;インドール、フェニルアセトニトリル、リモネンチオールなどの各種ヘテロ化合物類;レモンオイル、グレープフルーツオイルといったシトラス系オイルや、シトラス系オイルを使用して作られたエッセンス類やオイル類;ペパーミントオイル、ジャスミンアブソリュート、シダーウッドオイル、オリスコンクリートなどの各種天然香料素材類、あるいはそれらを処理して得られる香料素材類;などが挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0024】
本発明の香料組成物を液体状、粉末状、あるいは乳化状にして使用する場合には、使用する溶剤、賦形剤、油脂、あるいは乳化剤は、前記の本発明の呈味改善剤で用いることができるものであれば、特に限定せず利用できる。
【0025】
本発明の呈味改善剤または香料組成物は、下記の飲食品類、歯科衛生用品、または口腔衛生用品に用いることによって、特徴的な呈味特性を商品に付与できることにより、消費者ニーズを満足させることができる特徴ある商品を生み出せる。
【0026】
飲食品類としては、例えばアルコール飲料類、柑橘系飲料類、フルーツ飲料類、乳飲料類、茶およびコーヒー飲料類などの各種飲料類、アイスクリーム、シャーベット、アイスキャンディーなどの各種冷菓子類、タバコ、ガム類、キャンディー、プリン、ゼリーなどの各種嗜好品類、スープ類やインスタントラーメン類などのインスタント食品類、ポテトチップに代表されるスナック菓子類、動植物エキス類などが挙げられる。
【0027】
口腔衛生用品としては、例えば、洗口剤、口中清浄剤、マウスウォッシュ、口腔用の塗布剤、軟膏剤、貼付剤などの口腔用薬剤、うがい用の散剤、顆粒剤、錠剤などのうがい薬、トローチ剤などが挙げられる。
【0028】
また、歯科衛生用品としては、練歯磨剤、粉歯磨剤、液状歯磨剤、液体歯磨剤、ゲル状歯磨剤などの歯磨剤類、歯科用リンス、歯科用パスタ、義歯洗浄剤、歯科医療用薬剤などが挙げられる。
【0029】
〔実施例〕
以下、実施例によりこの発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより制限されるものではない。
【実施例1】
【0030】
<レモンエッセンスからの(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールの単離>
レモンオイル5kgから、高真空4mmHg条件の加熱蒸留によってリモネンなどを除き、残渣部分を300g得た。残渣部に対し10倍量の60%含水アルコールを加え、0℃で24時間放置した。溶液をろ過してレモンエッセンスを約2800g得た。得られたレモンエッセンス2000gに、水を8L加えた。エッセンス希釈溶液をヘキサン、酢酸エチルの順で抽出したのち減圧濃縮し、酢酸エチル画分約9gを得た。これをヘキサン−酢酸エチルの系で順相シリカゲルカラムクロマトを行った。
【0031】
酢酸エチル75容積%(ヘキサン25容積%)で溶出された画分について、さらに順相シリカゲルカラムクロマト、引き続き60容積%メタノール水溶液で逆相ODSカラムクロマトを行った。この主成分を含む画分を酢酸エチルに溶解後、共雑する脂肪酸類を5%炭酸ナトリウム水溶液で抽出除去した。さらにこの酢酸エチル溶液を、減圧濃縮し、その濃縮残分を、35容積%アセトニトリル水溶液を用いて逆相HPLC精製を行い、白色結晶物を12mg得た。
【0032】
この結晶物について、GC、EI−MS、H−NMR、13C−NMR、比旋光度による分析を行い下記に示した結果を得た。
【0033】
GC純度 99%以上(FID検出器)
【0034】
EI−MS(m/z,相対強度)238(M,2),220(22),205(40),187(26),177(31),162(89),159(42),149(31),147(50),121(55),119(49),109(35),107(55),105(32),95(48),93(60),91(37),81(37),79(40),69(32),43(100)
【0035】
H−NMR(400MHz,CDCl,δppm):0.43(1H,dd),0.65(1H,ddd),0.91(1H,ddd),1.04(6H,s),1.17(3H,s),1.21(1H,d),1.25(3H,s),1.48−1.90(8H,m)
【0036】
13C−NMR(100MHz,CDCl,δppm):16.4,19.5,20.1,20.3,23.7,24.5,26.6,28.2,28.6,41.1,44.4,48.4,56.3,75.0,80.3
【0037】
比旋光度 −19.0°(c0.2,CHCl
【0038】
これらの結果から、得られた白色結晶物は、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールであることが判明した。また、非特許文献5、非特許文献6に記載されている(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールの分析結果とも一致した。
【実施例2】
【0039】
<アロマデンドランジオールの呈味閾値実験>
(−)−4β,10α−アロマデンドランジオール含量が10重量%であるエチルアルコール溶液を1万倍に希釈し、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを0.001重量%(10ppm)含有する溶液(以下、賦香品という)を作成した。
【0040】
この溶液を3点比較(賦香品1点と水2点の中から賦香品を選択する、判定には不明も含めた4つの選択枝からの回答)を、10名の熟練したパネリストが行った。さらに、水で10倍に希釈した溶液について、同様に3点比較試験を行い、7名以上のパネリストが正しく賦香品を選択する限り、同様に希釈し3点比較試験を6名以下のパネリストのみが正解するまで繰り返し行った。
7名以上のパネリストが正しく賦香品を選択した最低の濃度を閾値とした。
【0041】
試験の結果、柑橘様の味覚を有する閾値は、1ppbであった。
【実施例3】
【0042】
処方1に示したレモンフレーバーを調製した。また、比較のために、(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有しないこと以外は、他の成分の組成が同じ比較例1を調製した。
【0043】
処方1
比較例1 実施例3
エタノール 691.1 691.0
精製水 300.0 300.0
レモンオイル 5.0 5.0
レモンテルペンレスオイル 2.5 2.5
シトラール 1.0 1.0
リナノール 0.2 0.2
ネリルアセテート 0.1 0.1
ゲラニルアセテート 0.1 0.1
実施例1で単離した
アロマデンドランジオールの 未添加 0.1
10%エタノール溶液
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合計 1000.0 1000.0
【0044】
下記処方2に示したレモン風味飲料に、上記にて調製したレモンフレーバー実施例3と比較例1を各々0.1%賦香し、よく訓練されたパネラー5名で、これらの香味を比較した。
【0045】
処方2(レモン風味飲料の処方)
果糖ぶどう糖液 50.0
砂糖 40.0
クエン酸 2.0
クエン酸ナトリウム 1.0
レモン果汁 10.0
精製水 896.0
上記処方レモンフレーバー 1.0
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合計 1000.0
【0046】
その結果、パネラー5名全員が、比較例1に較べて実施例3は、搾りたてのレモンジュースのようなナチュラルな果汁感が賦与され、さらに好ましい酸味が増すと評価した。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の化合物を用いることによって、柑橘系の味覚が付与されるとともに、これらを飲食品や歯科または口腔衛生用品に使用することにより特徴ある飲食品や歯科または口腔衛生用品が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式(1)
【化1】

により表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを含有する呈味改善剤。
【請求項2】
化学式(1)
【化2】

により表される(−)−4β,10α−アロマデンドランジオールを添加した香料組成物。
【請求項3】
請求項1記載の呈味改善剤または請求項2記載の香料組成物を添加した飲食品。
【請求項4】
請求項1記載の呈味改善剤または請求項2記載の香料組成物を添加した歯科衛生用品または口腔衛生用品。
【請求項5】
請求項1記載の呈味改善剤または請求項2記載の香料組成物を添加することを特徴とする、飲食品、歯科衛生用製品、または口腔衛生用製品の呈味を改善する方法。

【公開番号】特開2008−79557(P2008−79557A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−265027(P2006−265027)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000121512)塩野香料株式会社 (23)
【Fターム(参考)】