説明

9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒

【課題】 LNG貯蔵タンク用9%Ni鋼の溶接に使用されるNi基合金の溶接に係わり、高強度・高靱性で、耐割れ性及び耐ブローホール性に優れる溶接金属が得られる被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】 9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒において、Ni基合金を心線とし、心線と被覆剤の一方または両方の含有量についての質量%の下式に示す心線質量%換算で、C:0.05〜0.20%、Si:0.07〜0.6%、Mn:1〜4%、Ni:60〜75%、Cr:16〜18%、Mo:1.0〜3.5%、NbおよびTaの1種または2種の合計:1.0〜3.5%、W:0.005〜0.50%を含むことを特徴とする。
心線質量%換算=心線中の含有量%+被覆剤中の配合比%×被覆率%/100

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にLNG貯蔵タンクの建造に用いられる9%Ni鋼の溶接に使用される被覆アーク溶接棒に係り、高強度・高靱性で、耐割れ性および耐ブローホール性に優れる溶接金属が得られる9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
LNG貯蔵タンクには、低温靭性の優れたフェライト系合金鋼の9%Ni鋼が多く使用されている。溶接には極低温での靭性の良好なNi基合金系の溶接材料が多く用いられ、被覆アーク溶接棒としては、Ni以外にMn、Cr、Mo、Nb等の合金成分を添加したものが主に使用されている。
【0003】
近年、LNG貯蔵タンクの大型化に伴い、要求スペックが高強度・高靱化され、従来技術により提供されていた被覆アーク溶接棒では、要求性能を十分に満足することができなかった。
【0004】
例えば特開2000−263285号公報(特許文献1)に、Ni基合金の心線を用い、Cuを添加させることで、薄板の溶接においても強度が高く、且つ靱性の高い被覆アーク溶接棒が提案されている。しかし、Cu添加による高強度・高靱化の手法は、引張強さの確保はできるものの靱性にばらつきが生じやすく、−196℃における衝撃性能が要求スペックを満足しないことがしばしばあった。
【0005】
また、特開平10−277777号公報(特許文献2)には、Ni−Cr基心線を用い、脱酸剤および合金剤を適正化することで耐気孔性および機械性能が優れる被覆アーク溶接棒が提案されている。しかし引張強さが低く、近年の要求スペックを満足しないという課題があった。
【特許文献1】特開2000−263285号公報
【特許文献2】特開平10−277777号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高強度・高靱性の溶接金属が得られ、耐割れ性および耐ブローホール性に優れる9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するために合金成分について種々検討を行った結果、特に溶接金属中のC、Nb+TaおよびWが溶接金属の機械的性質に大きな影響を及ぼすことを見出した。各成分と機械的性質の関係を図1、図2および図3に示す。図1および図2に示すようにC、Nb+Taは、増加に従い引張強さが大幅に向上する傾向が認められた。しかし一方で、靱性が大幅に劣化するため、目標性能を得るためには、引張強さと靱性のバランスが取れた添加量にすることが必要である。しかしC、Nb+Ta量は、極少量で機械的性質を左右し、使用する原材料のロット差や、溶接棒の製造ばらつきにより、安定した高強度・高靱性の性能を得ることは困難であった。
【0008】
そこで本発明者らは第三の元素として、Wの影響について詳細調査を行った。その結果、図3に示すように靱性を劣化させずに引張強さを向上できることに着目し、C、Nb+Taと共に、Wを適正量添加することで高強度・高靱性を安定して得られることを見出した。
【0009】
本発明は以上の知見によりなされたもので、その要旨とするところは次の通りである。
9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒において、Ni基合金を心線とし、心線と被覆剤の一方または両方の含有量についての質量%の下記(1)式に示す心線質量%換算で、C:0.05〜0.20%、Si:0.07〜0.6%、Mn:1〜4%、Ni:60〜75%、Cr:16〜18%、Mo:1.0〜3.5%、NbおよびTaの1種または2種の合計:1.0〜3.5%、W:0.005〜0.50%を含み、残部は金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物、合金剤および脱酸剤の1種以上、ならびにFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする。
心線質量%換算=心線中の含有量%+被覆剤中の配合比%×被覆率%/100
・・・・・(1)
【発明の効果】
【0010】
本発明の9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒によれば、高強度・高靱性の溶接金属が得られ、かつ耐割れ性および耐ブローホール性に優れるなど、高品質の溶接部が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、心線および被覆剤の各成分それぞれの単独の効果および共存による相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分の添加理由および分量の限定理由を述べる。なお以下に述べる各成分量の%とは心線質量%換算のことをいい、心線と被覆剤の一方または両方の含有量の質量%に対し次式で計算される。但し、同式中の被覆剤中の配合比とは被覆剤全質量に対する割合を意味し、さらに被覆率とは溶接棒全質量に対して被覆剤の占める割合を意味する。
心線質量%換算=心線中の含有量%+被覆剤中の配合比%×被覆率%/100
【0012】
Cは、引張強さを確保する目的で添加する。Cが0.05%未満では引張強さが低く、一方、0.20%を超えて添加すると靱性が低くなる。従って、Cは0.05〜0.20%にする必要がある。
【0013】
Siは、溶接金属の耐気孔性を向上させるために添加する。0.07%未満ではその効果が十分に得られず、ブローホールが発生しやすい。一方、0.6%を超えて添加すると、耐割れ性が劣化する。従って、Siは0.07〜0.6%にする必要がある。
【0014】
Mnは、溶接金属の耐割れ性を向上させるために添加する。Mnが1%未満であると、耐割れ性が劣化する。一方、4%を超えて添加すると靭性が劣化する。従って、Mnは1〜4%にする必要がある。
【0015】
Niは、溶接金属を構成する主元素であり、安定したオーステナイト組織を形成させ極低温での引張性能および靱性を確保するため、母材の希釈を考慮して60%以上必要である。一方、高強度・高靱性を得るためにCr、Mo、Nb+Ta、W等を添加するので、上限を75%とすることが好ましい。従って、Niは60〜75%にする必要がある。
【0016】
Crは、引張強さを確保する目的で添加する。Crが16%未満では引張強さが低い。一方、18%を超えて添加すると靱性が低くなる。従って、Crは16〜18%にする必要がある。
【0017】
Moは、引張強さを向上させる目的で添加する。Moが1.0%未満では引張強さが低い。一方、3.5%を超えて添加すると靱性が劣化する。従って、Moは1.0〜3.5%にする必要がある。
【0018】
NbおよびTaの1種または2種は、引張強さを向上させる目的で添加する。NbおよびTaの1種または2種の合計が1.0%未満では引張強さが低い。一方、3.5%を超えて添加すると靱性が劣化する。従って、NbおよびTaの1種または2種の合計は1.0〜3.5%にする必要がある。
【0019】
Wは、靱性を劣化させずに引張強さを改善する目的で添加する。Wを0.50%を超えて添加するとその効果が飽和し、引張強さの改善がない。また原材料として高価であることから、低コスト化を考慮して、Wは0.50%以下にすることが望ましい。一方、Wが0.005%未満であると安定した引張性能および靭性が得られない。従って、Wは0.005〜0.50%とする。
【0020】
以上、本発明の9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒の構成要件の限定理由を述べたが、残部はFeおよび不可避的不純物の他に成分として、溶接作業性および強度の調整として被覆アーク溶接棒の心線質量%換算で、SiO、TiO、CaO、MgO、Al、ZrO、KO、NaO等の金属酸化物を合計で2〜7%、CaCO、MgCO、LiCO、BaCO等の金属炭酸塩を合計で6〜12%、CaF、BaF,AlF、LiF、KSiF等の弗化物を合計で1〜10%、およびTi、Al、Mg等の脱酸剤ないし合金剤、Cu等の合金剤をそれぞれ2%以下の範囲で、これらの1種以上を添加できる。また、不可避不純物であるPおよびSは靭性および耐割れ性からできるだけ低いことが好ましい。
【0021】
被覆アーク溶接棒の製造方法について言及すると、心線と配合・混合した被覆剤を準備してから被覆剤に固着剤(珪酸カリおよび珪酸ソーダの水溶液)を添加しながら湿式混合を行い、心線周囲に被覆剤を塗装し、さらに塗装後150〜450℃で約1〜3時間の乾燥・焼成を行うことにより製造することができる。
【実施例】
【0022】
表1に示す化学成分のNi基合金鋼心線に表2および表3に示す組成の被覆剤を被覆し、本発明例および比較例の9%Ni鋼用溶接用被覆アーク溶接棒を試作した。心線寸法は直径4.0mm、長さ350mmを用いた。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
各試験は、表4に示す成分の9%Ni鋼を母材として用いた。溶着金属性能は、JIS Z 3225に従い、引張試験および衝撃試験(表4に示す母材B1を使用)を行った。評価は、引張強さ:690MPa以上、−196℃における吸収エネルギー(vE−196℃)で60J以上を良好とした。
【0027】
【表4】

【0028】
耐割れ性の調査は、9%Ni鋼(表4に示す母材B2を使用)に図4に示す溝形状を形成し、ストロングバックにより拘束を行い、溶接電流140A,溶接速度15cm/minで試験ビード1を横向姿勢で500mm溶接し、ビード表面から約1mmずつ3回研削して浸透探傷試験を行い、割れの有無を判定した。
【0029】
耐ブローホール性の調査は、図4に示す耐割れ性試験と同一の母材および開先条件にて溶接を行い、溶接部のX線透過試験を実施し、JIS Z 3106の等級分類にて判定し、1類を良好とした。なお、溶着金属試験および耐ブローホール性の調査の溶接電流は100〜150Aで実施した。それらの結果を表5および表6にまとめて示す。
【0030】
【表5】

【0031】
【表6】

【0032】
表5および表6のうち溶接棒No.1〜10が本発明例、溶接棒No.11〜20は比較例である。
本発明例である溶接棒No.1〜10は、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、NbとTaの合計およびW量が適正であるので、引張強さおよび吸収エネルギーが高く、耐割れ性に優れ、また耐ブローホール性も優れるなど極めて満足な結果であった。
【0033】
比較例のうち溶接棒No.11は、Cが高いので吸収エネルギーが低かった。また、Siが低いので耐ブローホール性も悪かった。
また溶接棒No.12は、Cが低いので引張強さが低かった。また、Siが高いので割れが生じた。
【0034】
溶接棒No.13は、Crが高いので吸収エネルギーが低かった。また、Mnが低いので割れが生じた。
また溶接棒No.14は、Crが低いので引張強さが低かった。また、Mnが高いので吸収エネルギーも低かった。
【0035】
溶接棒No.15は、Moが高いので吸収エネルギーが低く、溶接棒No.16は、Moが低いので引張強さが低かった。
また溶接棒No.17は、NbとTaの合計が高いので、吸収エネルギーが低く、溶接棒No.18は、NbとTaの合計が低いので引張強さが低かった。
また溶接棒No.19は、Niが低いので、吸収エネルギーが低く、溶接棒No.20は、Wが低いので引張強さが低かった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】溶着金属のC量と機械的性質の関係を示す図である。
【図2】溶着金属のNbとTaの合計量と機械的性質の関係を示す図である。
【図3】溶着金属のW量と機械的性質の関係を示す図である。
【図4】本発明の実施例に用いた溶接試験板を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒において、Ni基合金を心線とし、心線と被覆剤の一方または両方の含有量についての質量%の下記(1)式に示す心線質量%換算で、
C:0.05〜0.20%、
Si:0.07〜0.6%、
Mn:1〜4%、
Ni:60〜75%、
Cr:16〜18%、
Mo:1.0〜3.5%、
NbおよびTaの1種または2種の合計:1.0〜3.5%、
W:0.005〜0.50%
を含み、残部は金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物、合金剤および脱酸剤の1種以上、ならびにFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする9%Ni鋼用被覆アーク溶接棒。
心線質量%換算=心線中の含有量%+被覆剤中の配合比%×被覆率%/100
・・・・・(1)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−272432(P2006−272432A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−98157(P2005−98157)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】