説明

ACE阻害剤

【課題】 本発明は、安全性が高く食品への適用が可能であり、優れたアンジオテンシン変換酵素阻害活性を有するアンジオテンシン変換酵素阻害剤を提供することを目的とするものである。
【解決手段】 製麹原料として大豆を使用して得られる大豆紅麹又はその抽出物をアンジオテンシン変換酵素阻害剤の有効成分として使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れたアンジオテンシン変換酵素(以下、「ACE」と表記する)阻害活性を有するACE阻害剤に関する。また、本発明は、当該ACE阻害剤を含有する食品又は医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
ACE阻害剤は、アンギオテンシンIIの産生を抑制することにより昇圧系であるレニン−アンジオテンシン系を抑制する作用に加えて、ブラジキニンの分解を阻害することにより降圧系であるカリクレイン−キニン系を活性化する作用があり、高血圧症の治療薬として応用されている。これまでに、ACE阻害剤として使用される天然由来の成分や化学合成物が種々報告されており、既に高血圧症の治療薬として臨床的に実用されているものもある。
【0003】
従来のACE阻害剤の中でも、特に、天然由来成分を有効成分とするものは、その高い安全性から、機能性食品等の食品への応用も期待されている。しかしながら、従来のACE阻害作用が知られている天然成分では、ACE阻害作用が不十分である、当該成分の生成が困難である等の問題点がある。そのため、優れたACE阻害作用を有し、天然由来成分を有効成分とするACE阻害剤の開発が望まれている。
【0004】
ところで、従来、紅麹には種々の薬理作用があることが明らかにされている。例えば、特許文献1には、白米と共に、大豆類、小麦類又は麦芽類を製麹原料として用いて製造した紅麹には、血圧降下成分が含有されていることが開示されている。しかしながら、特許文献1には、紅麹のACE阻害活性の有無や、大豆を単独で製麹原料として用いて製造した紅麹についての薬理特性については、報告されていない。また、特許文献2には、紅麹菌中に存在するジペプチド(Val−Phe)がACE阻害剤として有用であることが開示されている。しかしながら、特許文献2には、大豆を製麹原料として使用することや、より優れたACE阻害作用を有する物質を生成蓄積させるためにどのような技術を採用すればよいかについては開示していない。
【特許文献1】特開2000−279163号公報
【特許文献2】特開2004−83529号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明の目的は、安全性が高く食品への適用が可能であり、優れたACE阻害活性を有するACE阻害剤を提供することである。また、本発明は、当該ACE阻害剤を含有する食品及び医薬品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、大豆を製麹原料として用い、紅麹菌を使用して製麹して得られる大豆紅麹、及びその抽出物には、特に優れたACE阻害活性があることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、さらに改良を重ねることにより完成したものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記に掲げる発明を提供するものである:
項1. 製麹原料として大豆を使用して得られる大豆紅麹又はその抽出物を有効成分とするアンジオテンシン変換酵素阻害剤。
項2. 大豆が脱脂大豆である、項1に記載のアンジオテンシン変換酵素阻害剤。
項3 大豆を紅麹菌により製麹することを特徴とする、アンジオテンシン変換酵素阻害物質含有紅麹の製造方法。
項4. 項1又は2に記載のアンジオテンシン変換酵素阻害剤を含有することを特徴とする、アンジオテンシン変換酵素阻害用の食品又は医薬品。
【0008】
以下に、本発明を詳細に説明する。本発明のACE阻害剤は、大豆紅麹又はその抽出物を有効成分とすることを特徴とするものである。
【0009】
本発明のACE阻害剤の有効成分である大豆紅麹は、製麹原料として大豆を用い、紅麹菌を使用して製麹して得られるものである。
【0010】
製麹原料として使用する大豆は、丸大豆及び脱脂大豆のいずれであってもよい。より高いACE阻害活性を有する大豆紅麹を製するという観点から、好ましくは脱脂大豆である。当該大豆は、適当な大きさに、細切されたものが望ましい。
【0011】
また、上記製麹原料には、紅麹菌の生育を補助する成分が添加されていてもよい。かかる成分としては、例えば、酵母エキス、コースティーリカー、ペプトン、ビタミン、無機質等が挙げられる。
【0012】
上記製麹原料の水分含量は、紅麹菌が生育可能であり、ACE阻害活性物質が多く生成されるような条件に適宜調節される。具体的には、製麹原料の水分含量としては、製麹原料の総重量に対して、通常35〜55重量%、好ましくは40〜50重量%が例示される。
【0013】
また、上記製麹原料のpHについては、紅麹菌が生育可能であることを限度として、特に制限されない。当該pHの一例として、通常4〜7.5、好ましくは4.5〜5.5が挙げられる。このようなpHの範囲内にあれば、一層効率的に、ACE阻害活性物質を大豆紅麹中に生成させることが可能になる。上記pHに調整するためのpH調整剤としては、例えば、酢酸、塩酸、クエン酸、乳酸等の有機酸が挙げられる。
【0014】
上記製麹原料は、製麹に先立って、加熱、加圧加熱等の公知の手段により、殺菌処理されていることが望ましい。なお、当該殺菌処理は、特に制限されないが、上記製麹原料のpH調整前に行うことが望ましい。
【0015】
本発明において、上記大豆紅麹を調製する際に使用される紅麹菌は、食品衛生上又は薬学的に許容されるものであれば、特に制限することなく使用できる。当該紅麹菌としては、具体的には、モナスカス属(Monascus)に属する細菌、より具体的には、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・ピーロサス(Monascus pilosus)、これらの変種、及びこれらの変異株等が挙げられる。これらの紅麹菌は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
【0016】
本発明において、上記大豆紅麹の製麹は、上記製麹原料に上記紅麹菌を植菌し、よく混合した後に、好気的条件下で培養を行うことにより実施される。
【0017】
製麹時の温度条件としては、上記紅麹菌が生育可能である限り、特に制限されないが、通常23〜37℃、好ましくは30〜35℃が例示される。
【0018】
また、当該製麹に要する時間は、使用する紅麹菌の種類や使用する大豆の種類等によって異なり、一律に規定することはできないが、通常7〜30日間、好ましくは14〜21日間である。
【0019】
当該製麹の期間中、製麹期間中1回若しくは数回に分けて、水やpH調整剤を添加し、水分含量やpHが上記範囲に保持されるように調節することができる。
【0020】
斯くして得られる大豆紅麹には、優れたACE阻害活性を有する物質が含有されており、当該大豆紅麹をそのまま、或いは、乾燥、細切、粉砕、粉末化等の処理をしたものを、ACE阻害剤の有効成分として使用できる。
【0021】
また、本発明のACE阻害剤としては、上記大豆紅麹の他に、当該大豆紅麹の抽出物を使用することもできる。
【0022】
当該大豆紅麹の抽出物は、当該大豆紅麹から水溶性画分を抽出溶媒を用いて抽出することにより得ることができる。具体的には、当該大豆紅麹の抽出物は、当該大豆紅麹をそのまま、或いは必要に応じて細切や破砕等の処理を施したものを、抽出溶媒で抽出することにより取得できる。当該抽出溶媒としては、冷水、温水、熱水等の水;有機溶剤;又は水と有機溶剤の混合液が例示される。当該抽出溶媒として使用される有機溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の低級アルコールを挙げることができる。当該抽出溶媒としては、好ましくは水、及び水とエタノールの混合液を挙げることができる。抽出溶媒として、水と有機溶剤の混合液を使用する場合、該混合液の総重量に対する該有機溶媒の含有割合としては、例えば1〜99重量%、好ましくは1〜50重量%となる割合を挙げることができる。
【0023】
本発明のACE阻害剤は、そのACE阻害作用に基づいて、高血圧の治療や心不全の治療に有用である。本発明のACE阻害剤は、食品や医薬品の分野において使用され、これによって、ACE阻害用の食品や医薬品が提供される。本発明のACE阻害剤は、食品成分により構成され、日常的に食されても安全であるという本発明の効果に鑑みれば食品の形態で使用されることが望ましい。
【0024】
食品分野では、本発明のACE阻害剤は、そのまま、或いは食品素材として各種食品に配合されることによって使用され、これによってACE阻害活性を有する食品が提供される。即ち、本発明は、食品の分野においてACE阻害用と表示された食品を提供するものである。当該食品としては、一般の食品の他、特定保健用食品、栄養補助食品、機能性食品、病者用食品等を挙げることができる。より具体的には、飲料、菓子類、パン、シリアル、アイスクリーム、お茶、ふりかけ、麺類、惣菜、大豆加工食品(例えば、納豆や大豆等)、食用油、醸造食品(例えば、味噌や日本酒等)、調味料(例えば、醤油等)、マヨネーズ、乳製品(例えば、マーガリン等)、魚肉類練り製品(例えば、ソーセージ等)等を例示できる。また、特定保健用食品や栄養補助食品等の場合であれば、錠剤、粉末、顆粒、カプセル、トローチ、シロップ、液剤等の形態のものであってもよい。これらの中で好適なものとして、錠剤、粉末、顆粒、カプセル、及び液剤を挙げることができる。
【0025】
本発明のACE阻害剤を含有する食品において、該食品中の該ACE阻害剤の配合割合については、該食品の種類、有効成分の種類、対象者の年齢、性別、期待される効果等に応じて、適宜設定すればよい。例えば、ACE阻害剤の有効成分として大豆紅麹を使用する場合であれば、食品の総重量に対して、大豆紅麹が、乾燥重量換算で、3〜100重量%となる割合を挙げることができる。また、例えば、ACE阻害剤の有効成分として大豆紅麹の抽出物を使用する場合であれば、食品の総重量に対して、当該抽出物が、乾燥重量換算で、0.5〜10重量%となる割合を挙げることができる。
【0026】
ACE阻害剤を含有する食品の摂取量については、年齢、体重、症状等により異なるが、例えば、成人1日当たりの摂取量として、該ACE阻害剤が、大豆紅麹の乾燥重量に換算して0.1〜100gに相当する量を挙げることができる。
【0027】
また、医薬分野では、本発明のACE阻害剤は、薬学的に許容される基材や担体と共に製剤化され、ACE阻害用の医薬品に調製され、使用される。当該医薬品には、必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、湿潤化剤、緩衝剤、保存剤、香料等の薬学的に許容される添加剤を任意に配合してもよい。当該医薬組品の形態としては、特に制限されるものではないが、例えば散剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤等を挙げることができる。
【0028】
ACE阻害剤を含有する医薬品の投与量については、有効成分の種類、投与対象者の年齢や体重、症状、投与回数等によって異なり一律に規定することはできないが、例えば、成人1日当たりの投与量として、ACE阻害剤が、大豆紅麹の乾燥重量に換算して1〜100gに相当する量を挙げることができる。
【0029】
ACE阻害剤を含有する医薬品の投与回数については、有効成分の種類、投与対象者の年齢や体重、症状、該医薬品の1回当たりの投与量等に応じて適宜設定できる。
【0030】
なお、ACE阻害剤を含有する医薬品における該ACE阻害剤の配合割合については、該医薬品の形態や前記投与量等に応じて適宜設定すればよい。
【発明の効果】
【0031】
製麹原料として大豆を用いて製麹した大豆紅麹には、他の製麹原料(例えば、米や小麦等)を使用した場合に比して、顕著に優れたACE阻害活性を有する成分が生成されている。そのため、本発明のACE阻害剤は、優れたACE阻害活性を有しており、実用性が高く有用である。
【0032】
また、本発明のACE阻害剤は、長年食されている食品成分を原料として使用しており、安全性の点で優れているので、医薬品のみならず、食品としても応用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
実施例1−2
<大豆紅麹の調製>
丸大豆に水を添加して、水分含量を40重量%に調整し、これを加熱殺菌して製麹原料とした。次いで、この製麹原料に、モナスカス・ピーロサス(NBRC4520、生物遺伝センターより入手)を植菌し、17日間(30℃で4日間、次いで25℃で13日間)、静置培養を行い、大豆紅麹を製した(実施例1)。また、丸大豆の代わりに、脱脂大豆を使用する以外は、上記実施例1と同様の方法で、大豆紅麹を製した(実施例2)。
【0035】
<大豆紅麹の水抽出物の調製>
上記で得られた大豆紅麹を105℃で20分間加熱処理した。次いで、加熱処理した大豆紅麹を乾燥した後に、粉砕し、これに10倍量(重量比)の水を添加し、室温で、30分間撹拌抽出を行った。抽出処理後、遠心分離により、固形分を除去して、大豆紅麹抽出物含有溶液を得た。
【0036】
<ACE阻害活性の評価>
300mM塩化ナトリウム含有0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH8.3)に、4.7mg/mlとなるようにヒプリル−L-ヒスチジル-L-ロイシンを添加して、ヒプリル−L-ヒスチジル-L-ロイシン溶液を調製した。このヒプリル−L-ヒスチジル-L-ロイシン溶液200μlに、上記で得られた大豆紅麹抽出物含有溶液又はその希釈液(以下、「試験サンプル」と表記する)50μlを添加して、37℃で1時間プレインキュベートした。次いで、これに、50μlのACE含有溶液(300mM塩化ナトリウム含有0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH8.3))を添加して、液中のACE量を4.5mUとして、37℃で1時間インキュベートした。その後、1N塩酸を250μl添加し、反応を停止した後、酢酸エチルを1.5ml加え、20秒間撹拌した。次いで、上層の酢酸エチル層を1ml採取し、これを吸引濃縮乾燥した後、蒸留水を1ml添加して、生成した馬尿酸を完全に溶解し、228nmの吸光度を測定した。なお、コントロールとして試験サンプルを添加しなかったもの、及びブランクとして1N塩酸を添加した後にACE含有溶液を添加したものについても、同様に測定した。測定した吸光度の値から、下記式に基づいてACE活性阻害率(%)を算出した。当該ACE活性阻害率(%)から、ACE活性を50%阻害する濃度(IC50)を求めた。
ACE活性阻害率の算出式
ACE活性阻害率(%)={(C−CB)―(S−CS)}×100/(C−CB)
C :コントロールの吸光度
S :試験サンプルの吸光度
CB:コントロールのブランクの吸光度
SB:試験サンプルのブランクの吸光度。
【0037】
得られた結果を表1に示す。この結果、丸大豆及び脱脂大豆を単独で製麹原料として用いて製麹した大豆紅麹には、優れたACE阻害活性を有する成分が含有されていることが確認された。
【0038】
【表1】

【0039】
実施例3−10
平均粒子径2〜5mm程度に粉砕した丸大豆、及び紅麹菌(モナスカス・ピーロサス、NBRC4520、生物遺伝センターより入手)を用いて下表2に示す条件で製麹し、大豆紅麹を調製した(実施例3−10)。次いで、得られた各種大豆紅麹を上記実施例1−2の欄に記載の「大豆紅麹の水抽出物の調製」及び「ACE阻害活性の評価」と同様の方法で、大豆紅麹の水抽出物を調製し、そのACE阻害活性を評価した。
【0040】
得られた結果を表2に併せて示す。この結果、30〜35℃で培養して得られた大豆紅麹には強いACE阻害活性があることが明らかになった。
【0041】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
製麹原料として大豆を使用して得られる大豆紅麹又はその抽出物を有効成分とするアンジオテンシン変換酵素阻害剤。
【請求項2】
大豆が脱脂大豆である、請求項1に記載のアンジオテンシン変換酵素阻害剤。
【請求項3】
大豆を紅麹菌により製麹することを特徴とする、アンジオテンシン変換酵素阻害物質含有紅麹の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のアンジオテンシン変換酵素阻害剤を含有することを特徴とする、アンジオテンシン変換酵素阻害用の食品又は医薬品。


【公開番号】特開2006−52171(P2006−52171A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−235222(P2004−235222)
【出願日】平成16年8月12日(2004.8.12)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【Fターム(参考)】