説明

Al基軸受合金及びその製造方法

【課題】非焼付性に優れるAl基軸受合金及びその製造方法を提供する。
【解決手段】1〜15質量%のSiを含むAl基軸受合金(Al基軸受合金層)3において、摺動側の表面3aの観察視野37820μm2で観察されるSi粒子5の周囲長の合計を4000〜6000μmにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Al基にSiを含むAl基軸受合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基材上にAl基軸受合金を設けたすべり軸受は、初期なじみ性が比較的良好であり、高面圧で優れた耐疲労性を有し、自動車の内燃機関の軸受などに用いられている。
Al基軸受合金に、より優れた耐疲労性を有するようにした構成は、例えば特許文献1に開示されている。特許文献1のAl基軸受合金は、1〜15質量%のSiと、0.005〜0.5質量%のSrを含んでいる。また、この特許文献1には、Al基軸受合金にSrを含ませてSi粒子を微細化し、微細化したSi粒子の作用によって、Al基軸受合金が高負荷に耐え、且つ、脆くなることを防ぐことができ、これにより、Al基軸受合金の耐疲労性が良好になることも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平3−6345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年では、上記耐疲労性以外に、非焼付性に優れるAl基軸受合金が要望されている。すなわち、近年の内燃機関の分野では、燃費向上のためにコンロッドなどを薄肉化して、内燃機関の軽量化が図られている。このコンロッドの薄肉化が行われると、コンロッドの剛性は低下し、コンロッド自身が変形しやすくなっている。そのため、コンロッドに設けられるすべり軸受自体も、変形されやすくなっている。その結果、摺動の相手部材が、すべり軸受のAl基軸受合金の摺動側の表面に局部的に当たりやすくなる。この相手部材がAl基軸受合金に直接接触しながら摺動し続けると、焼付が生じてしまうことがある。
【0005】
本発明は上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、非焼付性に優れるAl基軸受合金及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、1〜15質量%のSiを含むAl基軸受合金において、Al基軸受合金中のSi粒子の大きさに着目して鋭意実験を重ねた。その結果、本発明者は、1〜15質量%のSi含むAl基軸受合金においてSi粒子の含有量が同じであっても、摺動側の表面の所定範囲の観察視野で観察されるSi粒子の周囲長の合計が所定の範囲内であると、Al基軸受合金の非焼付性が良好であることを解明した。
本発明者は、上記の解明を基にして、下記の発明をした。
【0007】
本発明の請求項1のAl基軸受合金は、1〜15質量%のSiを含むAl基軸受合金において、摺動側の表面の観察視野37820μm2で観察されるSi粒子の周囲長の合計が4000〜6000μmであることを特徴としている。
【0008】
本明細書では、本発明のAl基軸受合金を、すべり軸受の基材上に設けられるAl基軸受合金層に適用して説明する。尚、Al基軸受合金を裏金層上に設けずに、Al基軸受合金を摺動部材(すべり軸受)として使用しても良い。
まず、Al基軸受合金の一実施形態の例を、図1に示す。図1に示すすべり軸受1は、基材2と、基材2上に設けられたAl基軸受合金(Al基軸受合金層)3とから構成されている。また、図1に、Al基軸受合金3の摺動側(摺動の相手部材側)の表面を「表面3a」として示す。
【0009】
基材2とは、Al基軸受合金3を設けるための構成物のことであり、例えば、鋼、鉄などから形成される裏金層である。
Al基軸受合金3は、図2に示すように、Al又はAl合金からなるマトリクス4に1〜15質量%のSi(Si粒子5)を含んで構成されている。Al基軸受合金3に占めるSiの存在する割合が増すと、Al基軸受合金3も硬くなり、すべり軸受1の耐疲労性は向上する。ここで、Al基軸受合金3中に含まれるSiが1質量%以上であるとき、Siの硬さの影響が表れ、すべり軸受1の耐疲労性の向上の効果が得られる。又、Al基軸受合金3中に含まれるSiが15質量%以下であるとき、Al基軸受合金3が脆くなってしまうことを抑制することができる。
なお、Al基軸受合金3には、不可避的な不純物が含まれている。
【0010】
本実施形態では、Al基軸受合金3の表面3aの観察視野37820μm2で観察されるSi(Si粒子5)の周囲長の合計を4000〜6000μmとしている。Al基軸受合金3の表面3aは、光学顕微鏡によって観察される。観察視野は、光学顕微鏡の観察範囲を調整することにより変更可能であり、本実施形態では観察視野を37820μm2としている。
光学顕微鏡で観察される各Si粒子5の周囲長は、画像解析ソフト例えばImage-Pro Plus(Version4.5)(商品名)(株式会社プラネトロン製)を用いて測定される。
【0011】
本実施形態では、Al基軸受合金3の表面3aの観察視野37820μm2で観察されるSi粒子5の周囲長の合計を所定の長さ以上、本実施形態では4000μm以上にして、マトリクス4とSi粒子5との境界面積を増やしている。これにより、マトリクス4とSi粒子5との境界において界面エネルギーは大きくなり、この界面エネルギーの増大によってAl基軸受合金3の表面3aの表面エネルギーも増大し、表面3aにおいて潤滑油の濡れ性は高くなる。このように表面3aの濡れ性が高くなると、油膜切れは起きにくくなる。したがって、本実施形態によれば、表面3aの濡れ性を向上させることにより、Al基軸受合金3と相手部材との直接接触を抑制できる。これにより、AL基軸受合金3の非焼付性は、良好になる。
【0012】
また、本実施形態では、Al基軸受合金3の表面3aの観察視野37820μm2で観察されるSi粒子5の周囲長の合計を6000μm以下にしている。Si粒子5の周囲長の合計が6000μm以下である場合、マトリクス4中にはマトリクス4が硬くなり過ぎるほどのSi粒子5は存在していない。そのため、本実施形態のAl基軸受合金3のなじみ性は、良好である。
【0013】
本発明の請求項2のAl基軸受合金は、摺動側の表面の観察視野37820μm2を領域分割法によってSi粒子ごとの領域に分け、その領域のアスペクト比の平均値が1〜2であることを特徴としている。
【0014】
領域分割法とは、図2に示すように、Al基軸受合金3の表面3aの観察視野において隣り合うSi粒子5の間に線(本実施形態においては、観察視野内のSi粒子5をボロノイ多角形に変換し、そのときの互いの境界となる線)を引き、観察視野をSi粒子5の数と同数の領域に分けることである。本実施形態では、この領域分割法により、Al基軸受合金3の表面3aの観察視野37820μm2を、観察されるSi粒子5ごとの領域に分けている。
【0015】
Si(Si粒子5)の含有量が同じであれば、Si粒子5の大きさとSi粒子5の数とは相関的関係を有する。つまり、Si粒子5が大きければ、Si粒子5の数は少なく、領域分割法で得られる各領域の面積は大きくなる。一方、Si粒子5が小さければ、Si粒子5の数は多くなり、各領域の面積は小さくなる。
【0016】
本実施形態で言う「領域のアスペクト比」とは、領域の長軸の長さと短軸の長さとの比、すなわち長軸の長さを短軸の長さで割った値のことである。ここで言う長軸とは、領域分割法で得られる領域における最大長さのことである。また、短軸とは、この領域において長軸の中心を通り且つ長軸に垂直な方向の長さのことである。
【0017】
本実施形態で言う「アスペクト比の平均値」は、観察視野を領域分割法によって得られた各領域についてそれぞれアスペクト比を求め、これらのアスペクト比の平均の値である。本実施形態の観察視野は、37820μm2である。
本実施形態では、この領域のアスペクト比の平均値が1〜2である。領域のアスペクト比の平均値が1に近いほど、領域は円形状または正多角形をなし、Si粒子5はマトリクス4中に均一に分散し、Al基軸受合金3の表面3a全体において表面エネルギーは同じ大きさとなる。したがって、Al基軸受合金3の表面3a全体において均一な濡れ性が得られ、局所的な油膜切れが起こらなくなる。その結果、Al基軸受合金3の非焼付性も極めて良好となる。
【0018】
このすべり軸受1は、鋳造工程、圧延工程、圧接工程、熱処理(焼鈍)工程、機械加工工程を経て製造される。
本発明の請求項3のAl基軸受合金の製造方法は、Al又はAl合金にSiを含ませて溶解させた溶湯を80〜130℃/secの速度で冷却してAl基鋳造板を形成し、このAl基鋳造板を圧下率50〜95%で圧延してAl基軸受合金を製造することを特徴としている。
【0019】
鋳造工程では、Al又はAl合金にSiを含ませて溶解させた溶湯を、80〜130℃/secの速度で冷却し、Al基鋳造板を鋳造している。溶湯をこの速度で冷却することにより、溶解していたSiは、マトリクス4中に晶出する。この晶出物のSi(Si粒子5)は、従来構成で晶出されたSi(Si粒子)よりも微細である。
圧延工程では、鋳造されたAl基鋳造板を、ローラなどで圧延している。これにより、Al基軸受合金3が得られる。圧延は、圧延工程での圧下率(%)が50〜95%になるまで圧延される。圧延の回数は、任意であるが、好ましくは1回〜5回である。
本実施形態で言う圧下率は、圧延によって圧延前(圧延工程前)に比べてどれくらい圧延されたかを示す値である。具体的には、圧下率をZ(%)、圧延前(圧延工程前)の板厚をX(mm)、圧延後(圧延工程後)の板厚をY(mm)とすると、圧延率は、「圧下率Z={(X−Y)÷X}×100(%)」で表される。
【0020】
本実施形態によれば、鋳造工程によって得られたAl基鋳造板を、圧下率50%以上で圧延することにより、表面3aの観察視野37820μm2において観察されるSi粒子5の周囲長の合計が4000μm以上であるAl基軸受合金3を得ることができる。
また、本実施形態によれば、鋳造工程によって得られたAl基鋳造板を、圧下率95%以下で圧延することにより、表面3aの観察視野37820μm2において観察されるSi粒子5の周囲長の合計が6000μm以下であるAl基軸受合金3を得ることができる。
【0021】
圧接工程では、圧延工程で得られたAl基軸受合金3が基材(裏金層)2に圧接される。これにより、軸受形成用板材が製造される。
その後、圧接工程で得られた軸受形成用板材を、熱処理(焼鈍)工程で焼鈍し、機械加工工程で機械加工することにより、半円筒状又は円筒状のすべり軸受1が製造される。
【0022】
上記すべり軸受1は、基材2とAl基軸受合金3との2層構造として説明したが、Al基軸受合金3と基材2との間に接着層、例えば純Al等の中間層を設けた3層構造としてもよい。また、Al基軸受合金3上にBiもしくはSnまたはBi合金もしくはSn合金などからなるオーバレイ層を設けてもよい。Al基軸受合金3上にオーバレイ層が設けられている場合、オーバレイ層が摩滅した後に、Al基軸受合金3の非焼付性の特性が発揮される。
また、Al基軸受合金3に溶体化処理を施し、Al基軸受合金3の強度を上げてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態を示すAl基軸受合金の断面図
【図2】領域分割法を説明するための概念図
【図3】鋳造装置の概略構成を示す側面図
【図4】圧延工程を概略的に示す側面図
【発明を実施するための形態】
【0024】
本実施形態の効果を確認するために、表1に示す成分で形成したAl基軸受合金を有するすべり軸受の試料(実施例品1〜5、比較例品1〜3)を製作し、これらの試料に対して焼付試験を行った。
【0025】
【表1】

【0026】
実施例品1〜5の製造方法は次の通りである。まず、表1に示す割合でAlおよびSiを溶解させた後、図3に示す鋳造装置11によって鋳造を行っている。
鋳造装置11は、鋳造を行うための材料を貯留する溶解溶融炉12を備えている。溶解溶融炉12には、表1に示す成分の溶解用材料が投入される。尚、この表1に示す成分には、不可避的な不純物が含まれている。
鋳造装置11は、溶解溶融炉12から注がれる溶湯を貯留するための浴槽13を備えている。
【0027】
浴槽13の一部には、浴槽13に貯留された溶湯を吐出させる溶湯供給ノズル14が設けられている。この溶湯供給ノズル14の先端側には、1対のローラ15,15が互いに微小な隙間を介して設けられている。1対のローラ15,15は、軸方向が溶湯の流れに直交する方向で且つ水平方向に延びるようにして配置されている。これにより、溶解溶融炉12内の溶湯は、浴槽13及び溶湯供給ノズル14を通って、1対のローラ15,15間に供給される。
【0028】
ここで、1対のローラ15,15は、冷却手段である冷却管16によって冷却される。冷却管16は、1対のローラ15,15の内部に軸方向に延びるようにして複数本設けられている。この冷却管16の内部に冷媒、例えば水が供給されることにより、1対のローラ15,15は冷却される。冷却管16に供給される水の量及び速度は、図示しない制御装置で制御された図示しない弁の開閉度合いによって、調整される。実施例品1〜5の試料の製造では、溶湯供給ノズル14から1対のローラ15,15間に供給された溶湯を、冷却速度80〜130℃/secの速度(表1に示す冷却速度)で冷却するように、上記の弁の開閉度合いの調整を行っている。又、80〜130℃/secでの冷却は、溶湯が550℃に達するまで行われる。
【0029】
溶湯が1対のローラ15,15で冷却されて凝固することにより、鋳造されたAl基鋳造板17が得られる。得られたAl基鋳造板17は、カッター18で所定の長さで切られ、コイラ19によって巻き取られる。次に、Al基鋳造板17は、圧延工程で、圧下率が表1に示す値になるまで図4に示す1対のローラ20,20で圧延される。
【0030】
次に、所定の圧下率となったAl基鋳造板17は、基材(裏金層)を構成する鋼板に圧接される。これにより、軸受形成用板材が製造される。そして、軸受形成用板材を、数時間加熱する焼鈍を行った後の軸受形成用板材を機械加工してすべり軸受を製造し、このすべり軸受を実施例品1〜5とした。
【0031】
一方、比較例品1〜3の製造方法は、上記実施例品1〜5の製造方法と下記の点で相違する。
比較例品1は、圧延工程での圧下率を40%にした以外、実施例品1〜5と同様の製造方法によって得た。
比較例品2は、鋳造工程での冷却速度を70℃/secの速度にした以外、実施例品1〜5と同様の製造方法によって得た。
比較例品3は、鋳造工程での冷却速度を70℃/secの速度にし且つ圧延工程での圧下率を40%にした以外、実施例品1〜5と同様の製造方法によって得た。
【0032】
このようにして得られた実施例品1〜5及び比較例品1〜3に対して、各試料の表面を観察し、また、表2に示す試験条件で焼付試験を行った。これらの結果を表1に示す。
表1に示す実施例品1〜5および比較例品1〜3の「Si粒子の周囲長の合計」および「領域のアスペクト比の平均値」は、光学顕微鏡で組織を撮影し、観察視野37820μm2での画像を画像解析ソフト例えばImage-Pro Plus(Version4.5)(商品名)(株式会社プラネトロン製)を用いて測定した。
【0033】
【表2】

【0034】
次に、焼付試験の結果について解析する。
実施例品1〜5と比較例品1,3の対比から、実施例品1〜5は、Si粒子の周囲長の合計が4000μm以上であるので、非焼付性に優れていることが理解できる。
実施例品1〜5と比較例品2の対比から、実施例品1〜5は、Si粒子の周囲長の合計が6000μm以下であるので、非焼付性に優れていることが理解できる。
実施例品1〜4と実施例品5の対比から、実施例品1〜4は、領域分割法で得られた領域のアスペクト比の平均値が2以下であるので、非焼付性に極めて優れていることが理解できる。
本発明は、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得る。
【符号の説明】
【0035】
図面中、3はAl基軸受合金、3aは表面、5はSi粒子、17はAl基鋳造板を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1〜15質量%のSiを含むAl基軸受合金において、
摺動側の表面の観察視野37820μm2で観察されるSi粒子の周囲長の合計が4000〜6000μmであることを特徴とするAl基軸受合金。
【請求項2】
前記摺動側の表面の観察視野37820μm2を領域分割法によって前記Si粒子ごとの領域に分け、その領域のアスペクト比の平均値が1〜2であることを特徴とする請求項1記載のAl基軸受合金。
【請求項3】
Al又はAl合金にSiを含ませて溶解させた溶湯を80〜130℃/secの速度で冷却してAl基鋳造板を形成し、前記Al基鋳造板を圧下率50〜95%で圧延してAl基軸受合金を製造することを特徴とするAl基軸受合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−236470(P2011−236470A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109223(P2010−109223)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】