説明

HIV転写制御因子

【課題】AIDSの病態進行を制御しうる因子、すなわちHIV転写制御因子を提供することを課題とする。さらには、該HIV転写制御因子および該因子をコードするDNAの利用方法に関する。
【解決手段】CD38+ T細胞とCD38- T細胞に含まれる遺伝情報を解析した結果、CD38- T細胞にHIV転写制御因子が存在することを見出した。また、該HIV転写制御因子および該因子をコードするDNAは、そのHIV転写制御機能により、HIV感染治療剤またはAIDS治療剤として利用することができる。さらに該HIV転写制御因子および該因子をコードするDNAとの相互作用を有する化合物を選定することにより、HIV転写制御機能に関連する化合物をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト免疫不全ウイルス(以下「HIV」という。)の転写を制御しうるDNA分子およびHIV転写制御因子に関する。具体的には、HIV転写制御因子としての機能を有するタンパク質および該タンパク質をコードするDNA、ならびにこれらの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
HIVはRNAウイルスである。HIV粒子はレセプターを介して宿主細胞(主にCD4+ Tリンパ球とマクロファージ)へ融合することにより感染し、ウイルスRNAは宿主細胞内でHIV自身がもつ逆転写酵素によってDNAに逆転写される。ウイルスDNAは、感染細胞内の核内で宿主DNAに組み込まれ、転写・翻訳を経て複合タンパク質とプロテアーゼが形成され、該複合タンパク質がプロテアーゼにより切断されてHIVの構造タンパク質が完成する。ウイルスRNAと構造タンパク質が宿主細胞膜から出芽することにより新たなHIV粒子が形成され、これに伴い宿主細胞は破壊される。
【0003】
HIV感染を防御するためには、HIVの増殖サイクル((1) 吸着、(2) 侵入、(3)脱殻、(4) 逆転写、(5) インテグレーション、(6)転写、(7)翻訳、(8)放出、(9)成熟)の何れかのステップを阻害するような手法が採用される。これらHIV増殖の各ステップのうち、比較的宿主細胞への影響が低い(4)および(9)のステップを阻害する薬剤が実用化されている。しかしこれらの薬剤のみでは、薬剤耐性変異株が出現しやすいため、新たな薬剤の開発が望まれる。(6)の転写のステップを阻害するものとして、植物由来の3-0-メチル-NDGA(非特許文献1)や、インペラトリン (imperatorin)(非特許文献2)が報告されている。しかしながら、転写を阻害しうる化合物を薬剤として使用したときの副作用は不明である。副作用を考慮すると、ヒト正常細胞で機能している因子を用いることが好ましいが、そのような報告はなかった。
【0004】
AIDS病態機序には、HIVの主な標的細胞であるCD4+ T細胞のウイルス感受性(トロピズムおよび複製効率)が関係すると考えられている。特にAIDSの病態進行とともに、HIV感染者のCD38+ T細胞の割合が増加することが知られている(非特許文献3〜5)。正常人の末梢血単核球(PBMC)に由来するCD4+ T細胞を分画して得たCD38サブセットとHIV-1トロピズムに関して、IL-4依存的にCD38+ T細胞分画がX4 HIV-1に高感受性を示すことが知られている。CD38+ T細胞およびCD38- T細胞の両サブセット間でX4 HIV-1の吸着、侵入、インテグレーション過程には大きな違いはみられないが、転写過程において差異が生じており、IL-4依存的にCD38+ T細胞において転写因子であるAP-1が活性化される(非特許文献6〜8)。しかしながら、このCD38サブセットにおける因子とHIVの転写能の制御とを関連づける報告はなかった。
【0005】
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1995 Nov; 92: 11239-11243
【非特許文献2】J. Biological Chemistry 2004 Sep 3; 279 (36): 37349-37359
【非特許文献3】Clin. Exp. Immunol. 1994 Mar; 95 (3): 436-41
【非特許文献4】AIDS Res. Hum. Retroviruses. 1997 Nov 20; 13 (17): 1509-16
【非特許文献5】J. Acquir Immune Defic. Syndr. Hum. Retrovirol. 1997 Feb 1; 14 (2): 128-35
【非特許文献6】Virus Research 2001; 73: 1-16
【非特許文献7】Virology 2002; 293: 94-102
【非特許文献8】Microbiol. Immunol. 2005; 49 (2): 155-165
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、AIDSの病態進行を制御しうる因子、すなわちHIV転写制御因子を提供することである。さらには、該HIV転写制御因子および該因子をコードするDNAの利用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、HIV感染者のCD4+ T細胞のなかでもCD38+ T細胞の割合が増加すること、およびCD38+ T細胞とCD38- T細胞のCD38サブセット間でX4 HIV-1の吸着、侵入、インテグレーション過程には大きな違いはみられないが、転写過程において差異が生じおり、IL-4依存的にCD38+ T細胞において転写因子であるAP-1が活性化されることに着目した。そこで、CD38+ T細胞とCD38- T細胞に含まれる遺伝情報を解析した結果、CD38- T細胞にAIDSの病態進行を制御しうる因子、すなわちHIV転写制御因子が存在することを見出した。該HIV転写制御因子のタンパク質機能および遺伝情報を解析することにより上記課題を解決することができ、本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.以下のいずれかのタンパク質より選択されるHIV転写制御因子:
1)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
2)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列のうち、少なくとも37番目から75番目に示すアミノ酸配列を連続して含むアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質;
3)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつHIV転写制御機能を有するタンパク質;
4)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、または挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質。
2.前項1に記載のHIV転写制御因子をコードするDNAまたはその相補DNA。
3.以下のいずれかのDNAを含み、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA:
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列の383〜1081番目に示された連続した塩基配列からなるDNA;
2)配列表の配列番号1に示す塩基配列の383〜1081番目に示された連続した塩基配列と少なくとも70%の相同性を有する塩基配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
3)上記1)または2)に記載のDNAといわゆるストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
4)上記1)〜3)のいずれかに記載のDNAとはハイブリダイズしないが、遺伝子コドン縮重のため前項1のいずれかに示されるポリペプチドと同じアミノ酸配列をコードするDNA;
5)上記1)〜4)のいずれかに記載のDNAの相補DNA。
4.前項2または3に記載のDNAを含んでなる組換えベクター。
5.前項2若しくは3に記載のDNAまたは前項4に記載の組換えベクターで形質転換させた形質転換体。
6.前項5に記載の形質転換体を用いてHIV転写制御関連因子を発現させる工程を含んでなるHIV転写制御因子の製造方法。
7.以下の工程を含む、前項1に記載のHIV転写制御因子と相互作用する化合物のスクリーニング方法:
1)上記HIV転写制御因子と候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記HIV転写制御因子と候補化合物の相互作用により発生しうるシグナルを検出し、該シグナルによりHIV転写制御因子の機能を評価する工程;
3)HIV転写制御因子の機能評価によりHIV転写制御因子と相互作用しうる化合物を選定する工程。
8.以下の工程を含む、前項2または3に記載のDNAと相互作用し、HIV転写制御因子の発現を促進または制御しうる化合物のスクリーニング方法:
1)上記DNAと候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記DNAと候補化合物の相互作用により上記DNAからHIV転写制御機能を有するタンパク質の発現を確認する工程;
3)上記タンパク質の発現の確認により、HIV転写制御因子の発現を促進または制御しうる化合物を選定する工程。
9.前項1に記載のHIV転写制御因子の機能を利用しうる物質からなるHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
10.HIV転写制御因子の機能を利用しうる物質が、前項1に記載のHIV転写制御因子または前項2若しくは3に記載のDNAを含む前項9に記載のHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
11.HIV転写制御因子の機能を利用しうる物質が、前項7または8に記載のスクリーニング方法により選択される化合物である前項9に記載のHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
12.前項2または3に記載のDNAを検出することを特徴とするHIV感染者のAIDS発症特性を予測する方法。
13.前項2または3に記載のDNAの検出用試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明のHIV転写制御因子として、RNF125タンパク質が関連していることが見出された。RNF125タンパク質の遺伝子およびアミノ酸配列は既に公知(GenBank Accession No.NM_017831)であるが、その機能を解明したのは初めてである。RNF125タンパク質は、HIVの転写を制御しうることから、HIV感染者のAIDS発症を抑制しうる薬剤、またはAIDS治療薬剤となりうる。また、RNF125タンパク質は、HIV感染者のうち、AIDS発症に至るまでの時間の個体差を関連付ける因子の一つとも考えられる。RNF125タンパク質の遺伝子は正常人にも存在するが、例えばこの遺伝子型を解析することで、RNF125タンパク質の機能との関連性を見出し、HIV感染者のうち、AIDS発症に至るまでの時間を予測することも考えられる。HIV感染後AIDS発症に至るまでの時間を予測することができれば、HIV感染者またはAIDS発症患者に対し適切な治療方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
HIVは、(1) 吸着、(2) 侵入、(3)脱殻、(4) 逆転写、(5) インテグレーション、(6)転写、(7)翻訳、(8)放出、(9)成熟の増殖サイクルにしたがって増殖する。
【0011】
本発明において、HIV転写制御因子とは、上記HIVの増殖サイクルのうち、逆転写により形成されたウイルスDNAが感染細胞内の核内で宿主DNAに組み込まれたのちの転写を制御しうる因子、または、感染初期には宿主DNAには組み込まれないが、HIVの転写を抑制しうる因子をいう。該HIV転写制御因子は、宿主細胞の核内で転写およびその後に続く翻訳を制御し、HIVの増殖を制御することが可能となりうる。本発明のHIVは、HIVであれば特に制限されないが、好ましくはHIV-1が挙げられる。
【0012】
非感染ドナーの末梢血単核球を分画してCD4+ T細胞を得、さらにCD38+ T細胞およびCD38- T細胞を分離したものについて、IL-4またはフィトヘマグルチニン(PHA)処理または未処理の条件で培養した。各条件で培養後のCD38+ T細胞およびCD38- T細胞で発現している遺伝子について、ヒトゲノム遺伝子約40,000個のGeneChip解析を行い、CD38サブセット間の遺伝子発現程度の差異を比較した。その結果、IL-4処理CD38+ T細胞に認められ、IL-4未処理CD38+ T細胞、IL-4未処理および処理CD38- T細胞に認められない遺伝子として約20遺伝子が同定された。一方、IL-4処理CD38- T細胞に認められ、IL-4未処理CD38- T細胞、IL-4未処理および処理CD38+ T細胞に認められない遺伝子として4遺伝子が同定された。
【0013】
本発明のHIV転写制御因子として、上記IL-4処理CD4+CD38- T細胞に認められ、IL-4未処理CD4+CD38- T細胞、IL-4未処理および処理CD4+CD38+ T細胞に認められない遺伝子から発現されるタンパク質が挙げられ、具体的にはRNF125が挙げられる。RNF125タンパク質に関する遺伝子の配列は、GenBank Accession No.NM_017831に既に開示されているが、その機能については何ら報告されていない。本明細書において、RNF125タンパク質に関する遺伝子を配列表の配列番号1に示し、RNFタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0014】
RNF125タンパク質に関する遺伝子の配列(配列番号1)
1 acttctgaca gtggggaaag cagctgtgtg tgatagcttg gaaggtttac tgctgcctca
61 agtcctcttc tctgcagttg aggtttcagg tttcaatcct cccaatacca caagacagag
121 cacggggcgg ctgccgcctc cgcctccgcg ccttaaccta ggcggcttgc cgaagatctc
181 agccccgcgg ccgcgcgctc gccctgccct agaccagggt tgggcgcagc ggcggaggtg
241 gcttctgggc tgcgcgagct gggagagctg ggaggcggcg atcgcagctg ggccgggact
301 tccttcctcc accgcacggc aacaaaacaa ccctgcggca ggcactgagt gcttcgcagc
361 tgtctgggcg agaggcacag cgatgggctc cgtgctgagc accgacagcg gcaaatcggc
421 gcccgcctct gccaccgcgc gggccctgga gcgcaggagg gacccggagt tgcccgtcac
481 gtccttcgac tgcgccgtgt gccttgaggt gttacaccag cctgtccgga cccgctgtgg
541 ccacgtattc tgccgttcct gtattgctac cagtctaaag aacaacaagt ggacctgtcc
601 ttattgccgg gcatatcttc cttcagaagg agttccagca actgatgtag ccaaaagaat
661 gaaatcagag tataagaact gcgctgagtg tgacaccctg gtttgcctca gtgaaatgag
721 ggcacatatt cggacttgtc agaagtacat agataagtat ggaccactac aagaacttga
781 ggagacagca gcaaggtgtg tatgtccctt ttgtcagagg gaactgtatg aagacagctt
841 gctggatcat tgtattactc atcacagatc ggaacggagg cctgtgttct gtccactttg
901 ccgtttaata cccgatgaga atccaagcag cttcagtggc agtttaataa gacatctgca
961 agttagtcac actttgtttt atgatgattt catagatttt aatataattg aggaagctct
1021 tatccgaaga gtcttagacc ggtcacttct tgaatatgtg aatcactcga acaccacata
1081 attttattaa aacgaaggga aaagggacca ctgaattgca ccatttaaga tgctgcttga
1141 acaaatggga gggaagttgt caatgattga tgggcaaaaa tgtacaacac agttatgtgt
1201 ttgtccatgt ttattgttat agtgcattta aaaactgctt taattttaat ggtttaaatc
1261 tgttttacat ccttgagatt cttacacatc taacaacaaa aaaaattatc tacatcagtc
1321 attgttacat ggaaaagaca ggtggtaggc aagtaggtgg aggatctcgg tttgcaaatt
1381 agataatact ctgtgtataa tgctacatat caataactac catcatggtt aggcacgata
1441 actaatcttt gttctgtgta aaaaaatatg gagagtgaaa caaagtgcag acattcaaag
1501 aaataagaaa tctgctccaa tgctcttgtt ctaatctcta ataggttaac gttaataatc
1561 ttgtatggga gttggaaagg aaaattttgg aagtcaagaa agtccattta ggccggacgc
1621 ggtggcttac gcttgtaatc ccagcacttt gggaggctga agcaggcgga tcacaaggtc
1681 aggagttcga gaccagcctg gccaacactg gtctctgtga aactccgtct ctactaaaaa
1741 tacaaaaatt agctggacgt gttggcgggc atctgtaata ccagctactt gggaggctga
1801 ggcagaagaa tcacttgaac ccgggaggca gaggttacag tgagctgaga tcgcaccagt
1861 acactccagc ctgggtaaca gagctagact ccatctcaaa aaaaaaaaaa aaaaaa
【0015】
上記配列において、塩基番号383〜1081の領域は、RNF125タンパク質をコードする領域である。
【0016】
RNF125タンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)
Met Gly Ser Val Leu Ser Thr Asp Ser Gly Lys Ser Ala Pro Ala Ser Ala Thr Ala Arg Ala Leu Glu Arg Arg Arg Asp Pro Glu Leu Pro Val Thr Ser Phe Asp Cys Ala Val Cys Leu Glu Val Leu His Gln Pro Val Arg Thr Arg Cys Gly His Val Phe Cys Arg Ser Cys Ile Ala Thr Ser Leu Lys Asn Asn Lys Trp Thr Cys Pro Tyr Cys Arg Ala Tyr Leu Pro Ser Glu Gly Val Pro Ala Thr Asp Val Ala Lys Arg Met Lys Ser Glu Tyr Lys Asn Cys Ala Glu Cys Asp Thr Leu Val Cys Leu Ser Glu Met Arg Ala His Ile Arg Thr Cys Gln Lys Tyr Ile Asp Lys Tyr Gly Pro Leu Gln Glu Leu Glu Glu Thr Ala Ala Arg Cys Val Cys Pro Phe Cys Gln Arg Glu Leu Tyr Glu Asp Ser Leu Leu Asp His Cys Ile Thr His His Arg Ser Glu Arg Arg Pro Val Phe Cys Pro Leu Cys Arg Leu Ile Pro Asp Glu Asn Pro Ser Ser Phe Ser Gly Ser Leu Ile Arg His Leu Gln Val Ser His Thr Leu Phe Tyr Asp Asp Phe Ile Asp Phe Asn Ile Ile Glu Glu Ala Leu Ile Arg Arg Val Leu Asp Arg Ser Leu Leu Glu Tyr Val Asn His Ser Asn Thr Thr
【0017】
本発明のHIV転写制御因子は、以下に示すタンパク質のいずれかより選択される:
1)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
2)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列のうち、少なくとも37番目から75番目に示すアミノ酸配列を連続して含むアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質;
3)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつHIV転写制御機能を有するタンパク質;
4)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、または挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質。
【0018】
一般的にアミノ酸配列に1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、または挿入等の変異を導入する手段は自体公知であり、例えばウルマー(Ulmer)の技術(Science, 219, 666-671 (1983))を利用することができる。このような変異の導入において、当該タンパク質の基本的な性質(物性、機能または免疫学的活性等)を変化させないという観点から、例えば、同族アミノ酸(極性アミノ酸、非極性アミノ酸、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、陽性荷電アミノ酸、陰性荷電アミノ酸および芳香族アミノ酸等)の間での相互置換は容易に想定される。さらに、これら利用できるタンパク質は、その構成アミノ基またはカルボキシル基等を、例えばアミド化修飾する等、機能の著しい変更を伴わない程度に改変が可能である。
【0019】
本発明のHIV転写制御因子は、常法に従って製造することができる。具体的には、通常の液相法および固相法によるペプチド合成法を挙げることができるが、これらに限らず公知の方法が広く利用可能である。または市販のペプチド合成装置を用いて製造可能である。あるいは遺伝子工学的手法により取得することもできる。例えば目的とするタンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞中で発現できる組換えDNA(発現ベクター)を作成し、これを適当な宿主細胞、例えば大腸菌にトランスフェクションして形質転換した後に該形質転換体を培養し、次いで得られる培養物から目的とするタンパク質を回収することにより製造可能である。遺伝子工学的手法は、例えば、マニアティス(Maniatis)ら、1989、「分子のクローニング:実験マニュアル(Molecular Cloning:A Laboratory Manual)」第二版、Cold Spring Harbor Laboratory、NY;およびアウスユベール(Ausubel)ら、1989、「分子生物学の現行プロトコール(Current Protocols in Molecular Biology)」、Greene Publishing Associates and Wiley Interscience、NYを参照することができる。上記タンパク質は、多様な宿主発現系を利用して発現することができる。
【0020】
まず、本発明のHIV転写制御因子のcDNAを鋳型とし、PCR等公知の核酸増幅手段を用いて、核酸増幅産物を得る。制限酵素を用いて、本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAを調製する。該HIV転写制御因子をコードするDNAの塩基配列は、例えばHIV転写制御因子をコードするDNAまたはその相補DNAであればよいが、それらに限定されない。例えば以下のいずれかのDNAを含み、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
1)配列表の配列番号2に示す塩基配列からなるDNA;
2)配列表の配列番号2に示す塩基配列と少なくとも70%の相同性を有する塩基配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
3)上記1)または2)に記載のDNAといわゆるストリンジェントな条件下でハイブリダイズしかつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
4)上記1)〜3)のいずれかに記載のDNAとはハイブリダイズしないが、遺伝子コドン縮重のため前項1のいずれかに示されるポリペプチドと同じアミノ酸配列をコードするDNA;
5)上記1)〜4)のいずれかに記載のDNAの相補DNA。
【0021】
上記において、いわゆるストリンジェントな条件とは、たとえば60℃、6×SSC緩衝液、5×デンハート溶液、50mM PIPES, 100mMリン酸緩衝液(pH7.0)およびDNAを含む条件が挙げられる。
【0022】
DNAの導入手段は、公知の手法によることができ、特に限定されないが、例えばインテグレーションさせる方法、リポソーム法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、レトロウイルス法等によることができる。しかし一過性に発現させるリポソーム法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、ウイルスベクター法、アテロコラーゲン法等の方法であってもよい。用いるベクターは特に限定されず、公知のプラスミド、ファージ、コスミド、BAC、YAC、組換えウイルス、トランスポゾン等、通常の組み換え実験によって挿入DNA断片を導入することが可能な全ての組換えベクターに適用することができる。組換えベクターは、当然に自体公知の組合せが好適であるプロモーター、エンハンサーと共に構築することができる。例えば、通常宿主に適したプロモーターが挿入されている市販のタンパク質発現ベクターを用いることができる。具体的には、ZAPExpress(Stratagene社製)、pSVK3(Amersham Bioscience社製)、pEGFP-C1(Clontech社製)、アテロコラーゲン等が挙げられる。
【0023】
ベクターへのHIV転写制御因子発現用DNAの挿入は、該DNAをベクター中のプロモーターの下流にプロモーターの制御下に配置されるように連結して行うことができる。また、プロモーターとHIV転写制御因子発現用DNAとの間にコザック配列(Kozak, M. Gene, 1999; 234: 187-208)を挿入したり、HIV転写制御因子発現用DNAの下流に、後の精製のために、ペプチドタグ(たとえばヘキサ-HisタグまたはFlagペプチドタグ)をコードする配列等を導入することができる。プロモーターを連結したペプチドを標的細胞の染色体中に直接挿入する相同組換え技術、あるいはトランスポゾンや挿入配列(Vertes A.A. et al.Molecular Microbiol. 1994; 11: 739-46)等を用いることができる。
【0024】
HIV転写制御因子の発現系としては、細菌等の微生物、酵母、ウイルス(例えば、バキュロウイルス)で感染させた昆虫細胞系、ウイルス発現系、植物細胞系、動物細胞系が含まれるがこれらに限定されない。具体的には、大腸菌内で上記HIV転写制御因子をコードするポリヌクレオチドを組み込んだ組換えバキュロウイルスのゲノムを得、精製したものを昆虫細胞Sf9にトランスフェクトすることで発現させることができる。あるいは、小麦胚芽等を用いた無細胞発現系により発現させることも可能である。
【0025】
本発明のHIV転写制御因子の単離または精製は、公知の方法により行うことができる。発現したHIV転写制御因子は、例えばヘキサ-Hisタグを導入した場合にはNi2+キレート形成カラム上で精製することができ、例えばFlagペプチドタグを導入した場合には市販の抗-Flagペプチド抗体を用いて免疫沈降法またはアフィニティークロマトグラフィー法により精製することができる。
【0026】
本発明のHIV転写制御因子は、その機能によりHIV感染治療またはAIDS治療に使用することができる。また、本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAは、例えば該DNAが生体内に取り込まれ、生体内でタンパク質を発現することによりHIV転写制御機能が発揮されれば、その機能によりHIV感染治療またはAIDS治療に使用することができる。したがって、本発明のHIV転写制御因子または本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAを含む薬剤は、HIV感染治療剤またはAIDS治療剤として使用することができる。
【0027】
本明細書において、相互作用するとは、本発明のHIV転写制御因子または本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAと相互作用を有する物質がある様式により互いに作用を及ぼすことをいう。「ある様式」とは、結合、物理学的接触、近接等を含むものであり、結果として互いに作用を及ぼし得る様式であればいずれであってもよい。
HIV転写制御因子と相互作用しうる化合物とは、HIV転写制御因子と相互作用することによりHIV転写制御因子の機能を増強、維持、あるいは制御しうる化合物をいう。このような化合物であれば、例えばHIV転写制御機能を増強させることにより、HIV感染治療剤またはAIDS治療剤となりうる。
本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAと相互作用しうる化合物とは、前記DNAと相互作用することにより、HIV転写制御因子の発現機能を促進、増強、あるいは制御しうる化合物をいう。このような化合物であれば、例えばHIV転写制御因子を発現させ、その機能を増強させること等により、HIV感染治療剤またはAIDS治療剤となりうる。
【0028】
上記HIV感染治療剤またはAIDS治療剤は、医薬として使用することができる。本発明の医薬は、予防または治療等の目的に応じて、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、腸溶剤、液剤、注射剤(液剤、懸濁剤)または遺伝子療法に用いる形態などの各種の形態に、常法にしたがって調製することができる。本発明の医薬は、通常は1種または複数の医薬用担体を用いて医薬組成物として製造することが好ましい。
【0029】
本発明の医薬の投与量または摂取量については、本発明の効果が得られるものであれば特に限定されるものではなく、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無等)、および担当医師の判断等に応じて適宜選択される。本発明の医薬または食品は、1日1〜数回に分けて投与または摂取することができ、数日または数週間に1回の割合で間欠的に投与または摂取してもよい。
【0030】
本発明のHIV転写制御因子と相互作用する化合物のスクリーニングは以下の工程を含む方法により達成される:
1)本発明のHIV転写制御因子と候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記HIV転写制御因子と候補化合物の相互作用により発生しうるシグナルを検出し、該シグナルによりHIV転写制御因子の機能を評価する工程;
3)HIV転写制御因子の機能評価によりHIV転写制御因子と相互作用しうる化合物を選定する工程。
【0031】
また、本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAと相互作用しうる化合物のスクリーニングは以下の工程を含む方法により達成される:
1)本発明のHIV転写制御因子をコードするDNAと候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記DNAと候補化合物の相互作用により上記DNAからHIV転写制御機能を有するタンパク質の発現を確認する工程;
3)上記タンパク質の発現の確認により、HIV転写制御因子の発現を促進または制御しうる化合物を選定する工程。
【0032】
本発明のHIV転写制御因子の具体例として挙げられるRNF125は、正常人にも認められるタンパク質である。RNF125タンパク質のアミノ酸配列から、アミノ酸番号37〜75番目に示すアミノ酸配列の領域がRINGドメインであることが推測される。RINGドメインは、タンパク質のユビキチン化に関わるE3リガーゼであるといわれている。RINGドメインの一番最初のシステイン、すなわち配列番号2に示すRNF125タンパク質のアミノ酸配列のうち、37番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに置換するとE3リガーゼ活性を欠失するともいわれている。該RINGドメインが機能することにより、HIV転写制御機能が発揮されるのであれば、RNF125遺伝子は、HIV感染からAIDS発症に至るまでの時間など、HIV感染者のAIDS発症特性を決定しうる一つの要因となりうる。発明のHIV転写制御因子をコードするDNAを検出し、解析することによりAIDS発症特性を予測することもできる。本発明は、HIV転写制御因子をコードするDNAを検出することによるAIDS発症特性の予測方法および該DNAを検出する検出用試薬にもおよぶ。
【実施例】
【0033】
本発明をより詳細に説明するために以下に実施例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)HIV-1トロピズムの確認
AIDSの病態進行とともに、HIV-1感染者のCD4+ T細胞のうちCD38+ T細胞の割合が増加することが知られている。正常人の末梢血単核球に由来するCD4+ T細胞を分画してCD38+ T細胞およびCD38- T細胞のサブセットに分離し、HIV-1トロピズムについて検討した。
採取した末梢血単核球をフィコールハイパック(Amersham社製)を用いて密度勾配遠心分離し、精製した。その後、磁気細胞分離システム(MACS)を用いて、活性化マーカーCD25-、HLA-DR-のCD4+ T細胞を分離した。さらに、CD38モノクローナル抗体(Becton-Dickinson Immunocytometry Systems社製)を用いてCD38サブセットに分画した。
分画した細胞とHIV-1の感受性を調べた結果、IL-4依存的にCD38+ T細胞分画がX4 HIV-1に高感受性を示した。CD38+ T細胞およびCD38- T細胞の両サブセット間でX4 HIV-1の吸着、侵入、インテグレーション過程には大きな違いは見られなかったが、転写過程において差異が生じ、転写因子であるAP-1がIL-4依存的にCD38+ T細胞において活性化されていることが確認された。
【0035】
(実施例2)T細胞のCD38サブセット特異的遺伝子発現の比較
実施例1に記載の方法と同手法により、非感染ドナーの末梢血単核球を分画し、CD38+ T細胞およびCD38- T細胞を分離した。各サブセットの細胞をIL-4またはフィトヘマグルチニン(PHA)存在下で37℃で3日間培養した。培養後、総RNAを回収し、半定量的RT-PCR法を行い、サブセット間の遺伝子発現を比較した。
【0036】
IL-4処理CD38+ T細胞、IL-4処理CD38- T細胞、IL-4未処理CD38+ T細胞およびIL-4未処理CD38- T細胞について、ヒトゲノム遺伝子約40,000個のGeneChip解析(商品名:GeneChip Human Genome U133 Set, AFFYMETRIX社販売)により遺伝子の発現を調べた。
【0037】
その結果、IL-4処理CD38+ T細胞に認められ、IL-4未処理CD38+ T細胞、IL-4未処理および処理CD38- T細胞に認められない遺伝子、ならびにIL-4処理CD38- T細胞に認められ、IL-4未処理CD38- T細胞、IL-4未処理および処理CD38+ T細胞に認められない遺伝子が同定された。該同定した遺伝子を、半定量的RT-PCR法を用いて発現量を調べた。IL-4 処理CD38+ T細胞で発現の高い遺伝子として8遺伝子、IL-4処理CD38- T細胞で発現の高い遺伝子として3遺伝子が確認された。
【0038】
(実施例3)CD4+ T細胞におけるRNF125遺伝子の発現
実施例2で示された遺伝子のうちRNF125遺伝子について、CD4+ T細胞における発現量を調べた。刺激剤として、IL-4またはPHAを用いた。
非感染ドナーAおよびBの末梢血単核球を分画し、各々CD4+ T細胞を分離した。各CD4+ T細胞(2×106cells/mL)にIL-4(R&D SYSTEMs社製)を10 ng/mLを加え、RPMI-1640培地(ナカライテスク社製)に10%ウシ胎児血清(FCS)を含む培養液(以下「10%FCS添加RPMI-1640培地」という。)を用いて37℃で3日間培養した。同様に、各CD4+ T細胞(2×106cells/mL)にPHA(SIGMA社製)を2 μg/mL加え、10%FCS添加RPMI-1640培地を用いて37℃で3日間培養した。培養後、各CD4+ T細胞の総RNAを回収した。得られたRNA(1.5μg)を200UのSuperScript II Reverse Transcriptase (Invitrogen社製)および0.5mg のオリゴ (dT) プライマー(Invitrogen社製)を用いて逆転写し、cDNAを合成した。合成されたcDNAから半定量的RT-PCR法により、RNF125の発現を確認した。コントロールとして、GAPDHの発現も確認した。PCR用プライマーは、市販品(グライナージャパン製)を用いた。
RNF125用フォワードプライマー 5'-CGTGTGCCTTGAGGTGTTAC-3'(配列番号3)
RNF125用リバースプライマー 5'-TCGGGTATTAAACGGCAAAG-3'(配列番号4)
PCR条件は、最初の変性を95℃2分間、次に94℃30秒、55℃30秒、72℃30秒を25サイクル行い、次に72℃で7分間の条件で行った。
PCR産物をTAE緩衝液中で、1.5%アガロースゲルを用いた電気泳動に付した。
その結果、IL-4刺激により培養したCD4+ T細胞にはRNF125の発現が高かったが、PHA刺激により培養したCD4+ T細胞にはRNF125の発現は低かった(図1)。
【0039】
(実施例4)CD4+ T細胞におけるCD38サブセット間でのRNF125遺伝子の発現
CD38+ T細胞およびCD38- T細胞のRNF125遺伝子の発現量の違いを調べた。実施例1に記載の方法と同手法にて非感染ドナー3名のプール末梢血単核球および非感染ドナーCの末梢血単核球を分画し、各々CD38+ T細胞およびCD38- T細胞を分離した。
CD38+ T細胞およびCD38- T細胞の各細胞(2×106cells/mL)にIL-4を10 ng/mLを加え、10%FCS添加RPMI-1640培地を用いて37℃で3日間培養した。培養後、各細胞の総RNAを回収し、実施例3に記載の方法と同手法にてRNF125の発現を確認した。コントロールとして、GAPDHの発現も確認した。
その結果、CD38+ T細胞に比べ、CD38- T細胞においてより高いRNF125の発現が確認された(図2)。
【0040】
(実施例5−1)RNF125遺伝子のHIV-1 LTR (long terminal repeat)プロモーターに与える影響
RNF125遺伝子のHIV-1 LTRプロモーターに与える影響を調べた。
HIV-1 LTR遺伝子の下流にルシフェラーゼ遺伝子を繋いだレポーター遺伝子(pLTR-Luc)とRNF125発現プラスミドを、293T細胞(ヒト付着細胞株)またはJurkat細胞(ヒトT細胞株)に各々コトランスフェクションし、37℃で24時間培養後のルシフェラーゼ活性を測定し、HIV-1 LTRプロモーターの転写機能を調べた。
pLTR-Lucは、Microbiol. Immunol. 2002; 46(11): 787-799に記載の方法により作製した。RNF125発現プラスミドは、正常人末梢血単核球のCD4+CD38-サブセットからRNF125の遺伝子をクローニングし、pEFBOSのプラスミド(Nucleic Acids Res. 1990 Sep 11;18(17): 5322)に組込み作製した。
【0041】
293T細胞を5×104cells/mL, 1mLずつ12穴のディッシュにまき、37℃で一昼夜培養したのち、FuGene6 Transfection Reagent (Roche社製)でRNF125発現プラスミドとpLTR-Lucを293T細胞にコトランスフェクションした。37℃で24時間培養後、ルシフェラーゼ活性を測定した。ルシフェラーゼ活性は、Promega社のルシフェラーゼアッセイシステム(ルシフェリル-AMP+ルシフェリルCoA→オキシルルシフェリン)により、波長560nmでの発光度を計測して測定した。測定機器はLumat LB 9507 (BERTHOLD technologies社製)を用いた。293T細胞は、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium(ナカライテスク社製))に10%FCSを含む培養液(以下「10%FCS添加DMEM培地」)を用いて培養した。
【0042】
同様にJurkat細胞を5×105cells/mL, 1mLずつ12穴のディッシュにまき、37℃で一昼夜培養後、Lipofectamine 2000 (Invitrogen社製)でRNF125発現プラスミドとpLTR-LucをJurkat細胞にコトランスフェクションした。37℃で24時間培養後、上記と同手法にてルシフェラーゼ活性を測定した。Jurkat細胞は、10%FCS添加RPMI-1640培地を用いて培養した。
【0043】
その結果、293T細胞株およびJurkat細胞株において、RNF125発現プラスミドをトランスフェクトした系では、発現プラスミド量依存的にHIV-1 LTRプロモーターからの転写に対して抑制的に働くことが示された(図3)。
【0044】
(実施例5−2)RNF125遺伝子のHIV-1 LTRプロモーターに与える影響
配列番号2に示すアミノ酸配列のうち37番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに置換した変異体(以下「変異型RNF125(C37A)」)を作製し、野生型RNF125および変異型RNF125(C37A)の、HIV-1 LTRプロモーターに与える影響を調べた。変異型RNF125(C37A)のDNAは、PCR法による部位特異的変異法により作製した。該変異型RNF125(C37A)のDNAを組み込んだ発現プラスミド(以下単に「C37A発現プラスミド」と略す。)を用いたプラスミドの作製、トランスフェクションおよびルシフェラーゼ活性の測定は実施例5−1に記載の方法と同手法により行った。
【0045】
その結果、RNF125発現プラスミドをトランスフェクトした系では、HIV-1 LTRプロモーターの転写機能が抑制されるのに対し、C37A発現プラスミドを用いた系では、HIV-1 LTRプロモーターの転写機能が抑制されないことが確認された(図4)。この結果より、RNF125タンパク質において、配列番号2に示すアミノ酸配列のうち37番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに置換することで、RNF125タンパク質の機能が抑制されることが示唆された。
【0046】
(実施例6)RNF125遺伝子のHIV-1タンパク質産生に与える影響
293T細胞におけるHIV-1タンパク質の発現量をp24抗原量を指標として測定し、RNF125遺伝子のHIV-1タンパク質産生に与える影響を調べた。
293Tを1×105cells/穴を3mLずつ6穴ディッシュにまき、10%FCS添加DMEM培地を用いて37℃で一昼夜培養した後、FuGene6 Transfection ReagentでRNF125発現プラスミドおよびHIV-1クローン(HIV-1 proviral DNA(pNL4-3)(J. Virol. 1986; 59: 284))を293T細胞にコトランスフェクションした。さらに37℃で48時間培養後、細胞上清を回収し、細胞上清中のp24抗原を、測定用試薬(商品名:HIV-1 p24 Antigen ELISA, 販売元:ZeptoMetrix Corporation)を用いてプロトコールに従い測定した。
【0047】
その結果、RNF125発現プラスミドの量依存的にp24抗原量の低下が確認されたが、C37A発現プラスミドを用いた系ではp24抗原量の低下が低かった(図5)。この結果からも、RNF125タンパク質は、HIVタンパク質の発現を抑制する機能を有し、変異型RNF125(C37A)タンパク質は、RNF125タンパク質の機能が抑制されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上説明したように、本発明のHIV転写制御因子は、その機能によりHIV感染者のAIDS発症を抑制しうる薬剤、またはAIDS治療薬剤となりうる。また、本発明のHIV転写制御因子は、HIV感染者のうち、AIDS発症に至るまでの時間の個体差を関連付ける因子の一つとも考えられる。HIV転写制御因子として機能するRNF125タンパク質の遺伝子は正常人にも存在するが、この遺伝子型を解析することで、HIV感染者のAIDS発症に至るまでの時間を予測することも考えられる。該時間を予測することができれば、HIV感染者またはAIDS発症患者に対し適切な治療方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】CD4+ T細胞におけるRNF125遺伝子の発現を示す図である。(実施例3)
【図2】CD38サブセットによるRNF125遺伝子の発現を示す図である。(実施例4)
【図3】RNF125遺伝子のHIV-LTRプロモーター活性に及ぼす影響を示す図である。(実施例5−1)
【図4】RNF125遺伝子および変異型RNF125(C37A)遺伝子のHIV-LTRプロモーター活性に及ぼす影響を示す図である。(実施例5−2)
【図5】RNF125遺伝子のHIVウイルス産生に及ぼす影響を示す図である。(実施例6)
【符号の説明】
【0050】
図中C37Aは、変異型RNF125(C37A)のDNAまたはタンパク質を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のいずれかのタンパク質より選択されるHIV転写制御因子:
1)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
2)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列のうち、少なくとも37番目から75番目に示すアミノ酸配列を連続して含むアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質;
3)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつHIV転写制御機能を有するタンパク質;
4)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列において、1ないし数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、または挿入されたアミノ酸配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のHIV転写制御因子をコードするDNAまたはその相補DNA。
【請求項3】
以下のいずれかのDNAを含み、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA:
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列の383〜1081番目に示された連続した塩基配列からなるDNA;
2)配列表の配列番号1に示す塩基配列の383〜1081番目に示された連続した塩基配列と少なくとも70%の相同性を有する塩基配列からなり、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
3)上記1)または2)に記載のDNAといわゆるストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、HIV転写制御機能を有するタンパク質をコードするDNA;
4)上記1)〜3)のいずれかに記載のDNAとはハイブリダイズしないが、遺伝子コドン縮重のため請求項1のいずれかに示されるポリペプチドと同じアミノ酸配列をコードするDNA;
5)上記1)〜4)のいずれかに記載のDNAの相補DNA。
【請求項4】
請求項2または3に記載のDNAを含んでなる組換えベクター。
【請求項5】
請求項2若しくは3に記載のDNAまたは請求項4に記載の組換えベクターで形質転換させた形質転換体。
【請求項6】
請求項5に記載の形質転換体を用いてHIV転写制御関連因子を発現させる工程を含んでなるHIV転写制御因子の製造方法。
【請求項7】
以下の工程を含む、請求項1に記載のHIV転写制御因子と相互作用する化合物のスクリーニング方法:
1)上記HIV転写制御因子と候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記HIV転写制御因子と候補化合物の相互作用により発生しうるシグナルを検出し、該シグナルによりHIV転写制御因子の機能を評価する工程;
3)HIV転写制御因子の機能評価によりHIV転写制御因子と相互作用しうる化合物を選定する工程。
【請求項8】
以下の工程を含む、請求項2または3に記載のDNAと相互作用し、HIV転写制御因子の発現を促進または制御しうる化合物のスクリーニング方法:
1)上記DNAと候補化合物を、相互作用を可能にする条件下で接触させる工程;
2)上記DNAと候補化合物の相互作用により上記DNAからHIV転写制御機能を有するタンパク質の発現を確認する工程;
3)上記タンパク質の発現の確認により、HIV転写制御因子の発現を促進または制御しうる化合物を選定する工程。
【請求項9】
請求項1に記載のHIV転写制御因子の機能を利用しうる物質からなるHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
【請求項10】
HIV転写制御因子の機能を利用しうる物質が、請求項1に記載のHIV転写制御因子または請求項2若しくは3に記載のDNAを含む請求項9に記載のHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
【請求項11】
HIV転写制御因子の機能を利用しうる物質が、請求項7または8に記載のスクリーニング方法により選択される化合物である請求項9に記載のHIV感染治療剤またはAIDS治療剤。
【請求項12】
請求項2または3に記載のDNAを検出することを特徴とするHIV感染者のAIDS発症特性を予測する方法。
【請求項13】
請求項2または3に記載のDNAの検出用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−262749(P2006−262749A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−83826(P2005−83826)
【出願日】平成17年3月23日(2005.3.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(800000057)財団法人新産業創造研究機構 (99)
【Fターム(参考)】