説明

IL−13シグナリング阻害をメカニズムとする消化管粘膜傷害治療剤及び薬物スクリーニング方法

【課題】消化管粘膜傷害治療剤及びそのスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】IL-13によるシグナリングを阻害することを作用機序とする消化管粘膜傷害治療剤が開示される。消化管粘膜傷害治療剤の有効成分としては、IL-13Rα2受容体タンパク質または可溶化IL-13Rα2タンパク質、抗IL-13抗体、またはIL-13と結合し不活性化するタンパク質、可溶化IL-13Rα1受容体、抗IL-13Rα1受容体抗体、IL-13Rα1受容体アンタゴニスト、IL-13前駆体遺伝子またはIL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNA、IL-13またはIL-13Rα1に対するアプタマー等が挙げられる。本発明はまた、消化管粘膜傷害の治療効果を有する物質をスクリーニングするため方法ならびにキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消化管粘膜傷害治療剤及び消化管粘膜傷害治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
消化管粘膜は、物理的要因、ストレス、感染、薬剤、放射線被爆、自己免疫反応といったさまざまな原因により傷害を受けることが知られている。薬剤による消化管の粘膜傷害は、例えば、非ステロイド性抗炎症薬や複数の抗癌剤の副作用が原因となることが知られている。また、放射線による癌の治療においても消化管粘膜傷害が生じる場合がある。
【0003】
傷害を受けた粘膜の修復・再生を促進する治療を行うことによって、早期の治癒を促すことや頑強な再生組織を形成させることが期待できる。胃潰瘍および胃炎対しては、創傷治癒を促進する作用を有する薬剤を用いて、傷害を受けた消化管粘膜の修復・再生を促進する薬剤治療が行なわれている。その治療薬の例として、スクラルファート、アルジオキサ、アズレンスルホン酸ナトリウム、L-グルタミン、ゲファルナート、ソファルコン、テプレノン、レバミピド、エグアレンナトリウム、ソルコセリル、ポラプレジンクがある。
【0004】
しかしながら、傷害を受けた消化管粘膜が治癒再生してゆく機序については、明らかになっていない点が多く残されている。小腸、大腸、および食道の傷害粘膜においては、胃潰瘍や胃炎の場合と異なり、傷害粘膜の修復・再生を促進する薬物療法が確立されていない。上記の胃・十二指腸粘膜再生促進剤の一部、KGF、GM-CSF、EGFなどの各種の細胞成長因子、および細胞成長因子の活性を補助するヘパリンなどに関して、臨床応用に向けた研究が進められているが、まだ薬剤療法の確立には至っていない。したがって、消化管粘膜傷害治療剤の技術分野において、傷害を受けた粘膜の修復・再生を促す薬剤の創製は、いまだ解決されていない課題である。
【0005】
ヘルパーT細胞(Th細胞)は、免疫系を調節する役割を果たす免疫担当細胞群であり、消化管免疫に対する重要性はすでに知られている。Th細胞のうち、Th1細胞はIL-12により活性化され、インターフェロン−γ(IFN-γ)、IL-2、IL-12を産生し、細胞傷害性のCD8陽性T細胞、NK細胞、好中球、マクロファージを活性化することにより細胞性免疫に関わっている。Th2細胞はTh1細胞とは異なる機構により活性化され、IL-4、IL-5、IL-6、IL-10、IL-13を産生し、B細胞の分化と抗体産生を促して、液性免疫に関わっている。Th1細胞およびTh2細胞の活性化する免疫反応過程やこれらに関わるサイトカインは、それぞれ、Th1型、Th2型と称される。
【0006】
Th1細胞とTh2細胞は共通の前駆細胞であるTh0から分化する。Th1型のサイトカインはTh2細胞の活性化を抑制し、Th2型サイトカインはTh1細胞の活性化を抑制する関係がある。これらのことから、Th1細胞とTh2細胞の間には、一方が優勢になると他方が劣勢になるという関係が考えられている。
【0007】
IL-4およびIL-13は、Th2型免疫活性に関与する主要な免疫調節分子であり、Th2細胞、ナチュラルキラーT(NKT)細胞、肥満細胞、好中球などが産生する。IL-4およびIL-13は、Th2細胞の分化およびB細胞による抗体産生に重要な役割を果たしている。
【0008】
IL-4とIL-13の生理作用には共通性があることが知られているが、この共通性はこれらのサイトカインの受容体分子を共有することに起因すると考えられている。図1は、これらのサイトカインの受容体に関する模式図である。Charamonte et al.は、これらのサイトカインの受容体に関する最も一般的な理解は次の通りであると述べている(Chraramonte et al., J Exp Med 2003, 197:687-701)。タイプ1 IL-4受容体は、IL-4受容体α鎖(IL-4Rα)とサイトカイン受容体共通γ鎖(γc)が複合体を形成しており、この受容体にIL-4は結合するが、IL-13は結合しない。タイプ2 IL-4受容体は、IL-4RαとIL-13受容体α1鎖(IL-13Rα1)が複合体を形成しており、IL-4およびIL-13がともに結合することができる。この受容体は、IL-4またはIL-13が結合すると細胞内シグナルを生じさせる。IL-4受容体拮抗薬によりIL-4のみならずIL-13によって刺激された気道の炎症反応が抑制される(Tomkinson et al., J Immunol 2001, 166:5792-5800)。IL-13Rα1はチロシンキナーゼ2と結合し、JAK(Janus kinase)-STAT(signal transducer and activator of transcription)系のシグナルを調節している(Umeshita-Suyama et al., Int Immunol 2000, 12:1499-1509)。この他に、IL-13受容体がIL-4Rα受容体とは複合体を形成しない状態で存在し、IL-13が結合することにより細胞内にシグナルを送るタイプのIL-13受容体が存在することも示唆されている(Mattes et al., J Immunol 2001, 167:1683-1692)。
【0009】
IL-13受容体タンパク質には、上記のIL-13Rα1の他に、IL-13受容体α2鎖(IL-13Rα2)がある。この受容体に対してIL-4は結合しないと考えられている。IL-13のIL-13Rα2に対する親和性はIL-4タイプ2受容体に含まれるIL-13Rα1に対する親和性に比べて高い。IL-13Rα2は生体内において可溶型のタンパク質としても存在し、細胞膜から離れて存在することが知られている。IL-13Rα2は、IL-13が結合しても細胞内にシグナリングを行なわないと考えられている。つまり、IL-13Rα2は、IL-13をトラップすることにより、IL-4タイプ2受容体に対するIL-13の結合量を抑制するデコイ受容体であると理解されている(Taube et al., J Immunol 2002, 169:6482-6489)。
【0010】
IL-4およびIL-13は、免疫担当細胞の活性化調節以外にも、多彩な生理作用を示すことが知られている。IL-4とIL-13はアレルギー性の気道炎症や気道過敏の発症に重要な因子であることが広く知られている。気道アレルギー反応や間質性肺炎の発症は、B細胞や抗体産生活性化によるものではなく、IL-13の上皮や間質の細胞に対する作用が関与していると考えられている(Wills-Karp et al., Science 1998, 282:2258-2261)。また、IL-13の作用として、気道上皮への好中球の集積、気管支上皮粘膜過増殖、ムチン産生やヒアルロン酸集積の増加、線維産生の増加などが挙げられ、喘息における気道のリモデリングへの関与が示唆されている(Zhu et al., Am J Respir Crit Care Med 2001, 164:S67-70)。
【0011】
線維化に関しては、Th2型のサイトカイン、とくにIL-13が、住血吸虫症における肉芽腫発生と肝臓の線維化にも大きな役割を果たしていることが示されている(Chraramonte et al., J Clin Invest 1999, 104:777-785)。消化管への線虫の感染時にはIL-4およびIL-13の放出が増加し、神経系への作用および粘膜細胞への直接作用によりヒスタミンやアセチルコリンの放出の増加、粘膜透過性の上昇およびグルコース吸収の低下に関与し、宿主側の防御反応に幅広く関与している(Madden et al., J Immunol. 2004, 172:5616-5621)。
【0012】
IL-13は癌に対する免疫監視機構を抑制している(Berzofsky et al., J Clin Invest 2004, 113:1515-1525)。また、IL-4およびIL-13は、免疫細胞由来癌細胞に直接作用することにより、増殖促進作用を示す(Oshima et al., J Biol Chem 2000, 275:14375-14380)。これに加えて、免疫細胞以外に由来する癌細胞への作用も報告されている。IL-4は膵臓癌細胞を増殖させることが明らかとなっている(Prokopchuk et al., Br J Cancer 2005, 92:921-928)。一方、IL-4が大腸癌および乳癌細胞の増殖を抑制することが知られている。大腸癌由来細胞株に対してNKT細胞から産生されたIL-13が細胞傷害性を示すことが示唆されている(Fuss et al., J Clin Invest 2004, 113:1490-1497)。
【0013】
Th2型サイトカインが癌以外の消化管組織の細胞回転に関与する可能性についても研究がなされている。HIVの感染によりIL-13の遺伝子発現が増加するが、レトロウイルス(SIV)を感染させたマカクザルにIL-13を投与すると小腸の上皮に萎縮性の傷害が生じることが報告されている(Zou et al., AIDS Res Hum Retroviruses 1998, 14:775-83)。
【0014】
潰瘍性大腸炎患者の大腸粘膜固有層細胞におけるIL-13産生量については、増加するという報告と減少するという報告があり(Fuss et al., J Clin Invest 2004, 113:1490-1497; Kadivar et al., Inflamm Bowel Dis 2004, 10:593-598)、IL-13と潰瘍性大腸炎病態の関係については完全にはわかっていない。
【0015】
当発明の発明者の1人であるDohiの研究グループは、消化管における炎症による病理的な変化に対するTh2型のサイトカインの役割を研究した(Dohi et al., J Exp Med 1999, 189:1169-1180; Dohi et al., Gastroenterology 2000, 119:724-733)。Th2型の免疫反応が優勢なIFN-γ欠損マウスに対し、トリニトロベンゼン硫酸(TNBS)により大腸炎を誘発すると、上皮組織の線維化と萎縮性変化を伴う炎症が広範囲に生じた。このTh2優勢マウスにおける著しい炎症反応は、免疫系調節の違いに起因すること、およびIL-4の関与が示唆された。一方、Th1型の免疫反応が優勢なマウスにおいては、TNBSの大腸内への投与により急性の潰瘍を生じたが、傷害は潰瘍の部位に限局していた。
【0016】
別のグループの研究では、感作物質であるoxazolone投与による大腸炎で生じる広範性の大腸上皮傷害に対して、NKT細胞が産生するIL-13が主要な作用物質であることが示されている(Heller et al., Immunity 2002, 17:629-638)。
【0017】
さらに、Dohiの研究グループは、Th1とTh2の消化管炎症に対する効果について、T細胞欠損マウスに対する遺伝子変異を伴うCD4+CD45RBhi T細胞の養子免疫伝達を用いた研究を行なった。Th2優勢のIFN-γ欠損CD4+CD45RBhi T細胞を養子免疫伝達した場合には、小腸絨毛の萎縮、杯細胞の化生、および軽症の大腸炎が生じた(Dohi et al., Gastroenterology 2003, 124:672-682)。一方、Th1優勢のIL-4欠損CD4+CD45RBhi T細胞を養子免疫伝達した場合には、表面の上皮細胞のアポトーシスを伴う肥厚性のびらん性胃炎と十二指腸炎、および重篤な大腸炎症像を生じた(Dohi et al., Am J Pathol 2004, 165:1257-1268)。
【0018】
これらの研究はIL-4およびIL-13が、感染や炎症に伴って生じる小腸絨毛の萎縮性変化に関与している可能性を示唆している。しかしながら、これらの研究ではIL-4およびIL-13の免疫消化管細胞回転に対する作用機序、および消化管粘膜の修復・再生に対して果たす役割については明らかにされていなかった。
【0019】
そこで、Dohiの研究グループは、IL-4およびIL-13が消化管粘膜の修復・再生において果たす役割を検討するために、放射線照射により炎症反応を伴わない傷害を起こし、傷害からの修復・再生過程におけるTh2型サイトカインの動態を検討した(Kawashima et al.,第33回日本免疫学会学術集会、演題番号3-B-W32-19-P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2003, 33:225; 川島ら、.第33回日本免疫学会学術集会、演題番号1-H-W13-13-O/P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2004, 34:115)。
【0020】
BALB/cマウスに3 Gyの放射線を照射することにより小腸上皮に傷害が生じた。放射線照射1日後の空腸標本には、絨毛の傷害、固有層リンパ球の減少が生じており、免疫組織化学的検索ではアポトーシスを生じている細胞が広範に認められ、まだ修復・再生を示す増殖シグナルを示す細胞は少なかった。一方、照射3日後には、アポトーシス陽性細胞が少なくなり、基底層に上皮細胞の分裂および細胞増殖マーカーの染色像が認められ、絨毛の構築上からも再生が始まっていることが示された。
【0021】
その際の粘膜固有層間質細胞におけるサイトカインのmRNA発現を放射線照射後1日目および3日目に測定したところ、放射線照射後に発現が増加することが知られているIFN-γの発現増加が認められた。また、IL-4およびIL-13の発現増加が認められた。3 Gy放射線照射3日後の粘膜固有層細胞を分離し、フローサイトメトリーにより細胞の構成比を検討した。その結果、放射線照射3日後には、粘膜固有層細胞の総数が減少し、Th細胞を含むCD4陽性細胞はほとんどなくなっていた。一方、ナチュラルキラー(NK)細胞もIL-13を放出すること、および放射線耐性であることが知られていたが、この研究においても、NK細胞は放射線照射3日後に残存し、その構成比は粘膜固有層細胞の約3/4にまで増加していた。また、NK細胞においてIL-13のmRNA発現を確認した。これらの結果は、放射線照射後にはNK細胞がIL-13の産生源になっていたことを示す。
【0022】
粘膜固有層間質細胞における受容体の遺伝子について放射線照射1日後、3日後、5日後に検討したところ、IL-4RαおよびIL-13Rα1のmRNAには発現の増加が認められなかったが、IL-13Rα2のmRNA発現が増加した。その発現量の増加は1日後と5日後に比べ、3日後が最も多かった。IL-13Rα2は基底膜および筋繊維芽細胞に発現していた。
【0023】
これらに加えて、Th2型の免疫活性に障害を有するIL-4Rα欠損(IL-4Rα-/-)マウスについて、放射線照射後の腸組織像を検討した。放射線照射1日目においてはワイルドタイプのBALB/cマウスと同様にIL-4Rα-/-マウスも空腸粘膜傷害を示した。一方、放射線照射3日目はワイルドタイプのBALB/cマウスでは再生が始まっていたにも関わらず、IL-4Rα-/-マウスでは放射線照射1日後と同様に再生が生じていない状態が続いていた。
【0024】
以上の結果から、Th2型サイトカインであるIL-4およびIL-13が傷害を受けた消化管粘膜の修復・再生に関与していることが示唆された。一方、BALB/cマウスの放射線照射後の粘膜固有層間質細胞においてIL-13のデコイ受容体であるIL-13Rα2の発現が増加したことは興味深い知見であったが、修復・再生過程においてどのような役割を果たしているのかは明らかではなかった。
【0025】
【非特許文献1】Kawashima et al.,第33回日本免疫学会学術集会、演題番号3-B-W32-19-P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2003, 33:225
【非特許文献2】川島ら、.第33回日本免疫学会学術集会、演題番号1-H-W13-13-O/P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2004, 34:115
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本発明は、消化管粘膜傷害治療剤及び消化管粘膜傷害治療剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明は、IL-13によるシグナリングを阻害することを作用機序とする消化管粘膜傷害治療剤を提供する。好ましくは、当該消化管粘膜傷害治療剤の有効成分は、限定されないが、IL-13Rα2受容体タンパク質または可溶化IL-13Rα2タンパク質またはその一部分を用いたタンパク質、抗IL-13抗体、またはIL-13と結合し不活性化するタンパク質、可溶化IL-13Rα1受容体、抗IL-13Rα1受容体抗体、IL-13Rα1受容体アンタゴニスト、IL-13前駆体遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNAまたはIL-13に対するアプタマー、IL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNAまたはIL-13Rα1に対するアプタマーからなる群より選択される。本発明の消化管粘膜傷害治療剤は、傷害を受けた消化管粘膜の再生を促すことにより、消化管粘膜傷害を治療するのに有用である。
【0028】
別の観点においては、本発明は、被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する方法であって、被検物質の存在下および非存在下でIL-13Rα2受容体遺伝子発現量あるいはIL-13Rα2タンパク質の量を測定することを含む方法を提供する。さらに別の観点においては、本発明は、被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する方法であって、被検物質の存在下および非存在下でIL-13前駆体遺伝子発現量またはIL-13発現量、ないしはIL-13Rα1遺伝子発現量あるいはIL-13Rα1タンパク質の量を測定すること、あるいは候補物質とIL-13またはIL-13Rα1との結合を測定することを含む方法を提供する。
【0029】
さらに別の観点においては、本発明は、IL-13Rα2、またはIL-13Rα2をコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13Rα2を発現する細胞、または抗IL-13Rα2抗体、またはIL-13、またはIL-13コードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13を発現する細胞、または抗IL-13抗体、またはIL-13Rα1、またはIL-13Rα1をコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13Rα1を発現する細胞、または抗IL-13Rα1抗体を含む、消化管粘膜傷害の治療効果を有する物質をスクリーニングするためのキットを提供する。
【0030】
本発明のスクリーニング方法によって見いだされた物質は、消化管粘膜傷害の治療剤として有用である。これらの消化管粘膜傷害の治療剤は、IL-13Rα2の発現量を増加させること、あるいはIL-13をトラップすること、あるいはIL-13の発現を抑制すること、あるいはIL-13とIL-13Rα1の結合を阻害すること、あるいはIL-13Rα1の発現を抑制することにより、IL-13の機能を阻害することにより、消化管粘膜傷害の治療効果を発揮しうると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
サイトカインであるIL-13によるシグナリングはIL-13Rα1受容体を介して行われる。すなわち、細胞から細胞間隙に放出されたIL-13は、細胞膜上にあるIL-13Rα1受容体に結合し、JAK-STAT系等の細胞内情報伝達パスウエイの活性化を調節するシグナルを生じさせる。一方、IL-13Rα2受容体はIL-13と結合するが細胞内へのシグナルを生じさせないデコイ受容体であることがわかっていた。IL-13Rα2は、IL-13をトラップしてIL-13のIL-13Rα1に対する結合量を減少させることにより、IL-13のシグナリングを抑制する働きを持つ。IL-13Rα2は生体内で作られ、細胞の膜上にも存在するが、可溶型として細胞間隙にも存在して機能しているため、外因性にこの受容体タンパク質を投与した場合にも効果を発揮できる。
【0032】
本発明者らは、IL-13が傷害を受けた消化管粘膜が再生する過程を抑制し、この再生過程にはIL-13Rα2が必須であることを新たに明らかにした。これにもとづき、IL-13Rα2を有効成分とする医薬組成物を投与することによりIL-13をトラップして、IL-13のシグナリングを抑制するという治療法を発明した。すなわち、本発明はIL-13によるシグナリングを阻害することをその作用機序とすることに特徴がある。IL-13Rα2は、380アミノ酸の受容体タンパク質であり(Caput et al., J Biol Chem 1996, 271:16921-16926)、その遺伝子の塩基配列は公知である。
【0033】
IL-13Rα2と同じ作用を示す限りにおいて、IL-13Rα2全長タンパク質の代わりに、可溶化IL-13Rα2タンパク質あるいはIL-13Rα2の一部分および一部分のアミノ酸配列を用いたタンパク質を本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬組成物の有効成分に用いてもよい。可溶型のIL-13Rα2タンパク質は生体の細胞外に存在する(Donaldson et al., J Immunol 1998, 161:2317-2324)。可溶型のIL-13Rα2タンパク質の作成方法として、ヒトIL-13Rα2の細胞外領域であるアミノ酸345までの部分の遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクターが作成されている(Trieu et al., Cancer Res 2004, 64:3271-3275)。また、マウスのIL-13Rα2受容体にヒトイムノグロブリンGを結合したフュージョンプロテインが知られている(Chiaramonte et al., J Immunol 1999, 162:920-930)。
【0034】
IL-13Rα2の作用機序は、IL-13をトラップしてIL-13がIL-13Rα1に結合しないようにすることである。これと同じ効果は、抗IL-13抗体を投与した場合にも実現しうることができることが容易に推測される。したがって、本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬品組成物の有効成分には、IL-13Rα2の代わりに抗IL-13抗体を用いることができる。
IL-13は、132アミノ酸からなる前駆体タンパク質として合成された後に、酵素により切断されて4つの糖鎖修飾部位を有する112アミノ酸の成熟型タンパク質になるサイトカインであり(Minty et al., Nature 1993, 362:248-250; McKenzie et al., Proc Natl Acad Sci 1993, 3735-3739)、その遺伝子の塩基配列は公知であり、すでに抗IL-13抗体が作成されている。抗体はモノクローナル抗体でも、ポリクローナル抗体でもかまわない。
【0035】
また、本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬品組成物の有効成分には、IL-13をトラップするために細胞内にシグナリングを発生させないようにアミノ酸配列を改変した可溶化IL-13Rα1を用いることができる。その例として、受容体の部分構造(細胞外ドメイン)を用いて、IL-4およびIL-13をトラップするタンパク質が作られている(米国特許5,844,099)。
【0036】
さらに、IL-13のIL-13Rα1への結合量を減少させるには、IL-13の産生量を減少させても良い。したがって、本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬品組成物には、IL-13の前駆体の発現を抑制する、IL-13前駆体遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド、IL-13前駆体遺伝子に対するsiRNA、またはIL-13に対するアプタマーを用いることもできる。
【0037】
この他にも、IL-13が結合して細胞内にシグナルを発生させる受容体について、この受容体の機能を阻害したり、IL-13の結合を抑制したりするアンタゴニスト、抗体、または可溶化受容体タンパク質を用いることによりIL-13シグナリングを抑制することができる。これらの物質を本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬品組成物の有効成分として用いることができる。IL-13Rα1は、427アミノ酸の受容体タンパク質であり(Aman et al., J Biol Chem 1996, 271:29265-29270)、その遺伝子の塩基配列は公知である。IL-13Rα1の機能を抑制する抗体が作られている(特許WO2003080675-A2)。抗体はIL-13Rα1の機能を抑制するものであればモノクローナル抗体でも、ポリクローナル抗体でもかまわない。
【0038】
さらに、IL-13の作用する対象であるIL-13Rα1受容体の発現を抑制することでもIL-13シグナリングを抑制することができる。したがって、本発明の消化管粘膜傷害治療のための医薬品組成物には、IL-13Rα1の発現を抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチド、IL-13Rα1遺伝子に対するsiRNA、またはIL-13Rα1に対するアプタマーを用いることもできる。
【0039】
本発明において用いられるIL-13Rα2受容体タンパク質または可溶化IL-13 Rα1受容体タンパク質は、公知の遺伝子配列を利用して、当該技術分野において知られる方法により組換え的に製造することができる。IL-13Rα1の配列はGenBank NM_001560に、IL-13Rα2の配列はGenBank NM_000640にそれぞれ記載されている。これらの受容体タンパク質をコードするDNAを,適当な発現ベクターに中に組み込み,これを真核生物または原核生物細胞のいずれかに導入して,所望のタンパク質を発現させることができる。これらのタンパク質を発現させるために用いることができる宿主細胞の例としては,限定されないが,大腸菌,枯草菌等の原核生物宿主,および酵母,真菌,昆虫細胞,哺乳動物細胞等の真核生物宿主が挙げられる。
【0040】
ベクターは,IL-13Rα2受容体タンパク質または可溶化IL-13 Rα1受容体タンパク質をコードする遺伝子の発現を駆動するプロモーター領域を含み,さらに転写および翻訳の制御配列,例えばTATAボックス,キャッピング配列,CAAT配列,3’非コード領域,エンハンサー等を含んでいてもよい。プロモーターの例としては,原核生物宿主中で用いる場合には,blaプロモーター,catプロモーター,lacZプロモーター,真核生物宿主中で用いる場合には,ヘルペスウイルスのTKプロモーター,SV40初期プロモーター,酵母解糖系酵素遺伝子配列プロモーター等が挙げられる。ベクターの例には,限定されないが,pBR322,pUC118,pUC119,λgtl0,λgt11,pMAM−neo,pKRC,BPV,ワクチニア,SV40,2−ミクロン等が含まれる。さらに,シグナル配列を用いてこれらの受容体タンパク質を分泌発現させるように,あるいは,これらのタンパク質を別のタンパク質との融合タンパク質の形で発現させるように,ベクターを構築することができる。そのような発現ベクターの構築は当該技術分野においてよく知られている。
【0041】
IL-13Rα2受容体タンパク質または可溶化IL-13 Rα1受容体タンパク質をコードする遺伝子を発現するよう構築されたベクターは,トランスフォーメーション,トランスフェクション,コンジュゲーション,プロトプラスト融合,エレクトロポレーション,粒子銃技術,リン酸カルシウム沈澱,直接マイクロインジェクション等により,適当な宿主細胞中に導入することができる。ベクターを含む細胞を適当な培地中で成長させて目的とするタンパク質を産生させ,細胞または培地から所望の組換えタンパク質を回収し,精製することにより,これらの受容体タンパク質を得ることができる。精製は,サイズ排除クロマトグラフィー,HPLC,イオン交換クロマトグラフィー,および免疫アフィニティークロマトグラフィー等を用いて行うことができる。
【0042】
本発明において用いられる抗IL-13抗体または抗IL-13 Rα1受容体抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。ポリクローナル抗体は,当該技術分野においてよく知られる方法にしたがって,IL-13またはIL-13 Rα1受容体を感作抗原として用いて動物を免疫して,抗血清を採取することにより得ることができる。モノクローナル抗体は,当該技術分野においてよく知られる方法にしたがって,IL-13またはIL-13 Rα1受容体を感作抗原として用いて動物を免疫し,得られる免疫細胞を取り出して骨髄腫細胞と融合させ,抗体を産生するハイブリドーマをクローニングし,このハイブリドーマを培養することにより得ることができる。
【0043】
本発明のモノクローナル抗体には,ハイブリドーマにより産生される抗体に加えて,抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した形質転換体により生産される遺伝子組換え抗体,キメラ抗体,CDR移植抗体,およびこれらの抗体の断片等が含まれる。
【0044】
遺伝子組み換え抗体は,IL-13またはIL-13 Rα1受容体に結合するモノクローナル抗体を生産するハイブリドーマから抗体をコードするcDNAをクローニングし,これを発現ベクター中に挿入して,動物細胞,植物細胞などを形質転換し,この形質転換体を培養することにより製造することができる。キメラ抗体とは,ある動物に由来する抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域と,他の動物に由来する抗体の重鎖定常領域および軽鎖定常領域から構成される抗体である。また、IL-13またはIL-13 Rα1受容体に結合しうる抗体断片としては,Fab,F(ab')2,Fab',scFv,ディアボディー等が挙げられる。
【0045】
IL-13前駆体遺伝子またはIL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド、またはsiRNAは、公知の遺伝子配列を利用して、当該技術分野において知られる方法により組換え的に製造することができる。IL-13の配列はGenBank U31120(precursor gene, complete cds)に、IL-13Rα1の配列はGenBank NM_001560にそれぞれ記載されている。
【0046】
IL-13前駆体遺伝子またはIL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドとは、IL-13前駆体またはIL-13Rα1をコードするmRNAに特異的に結合してその翻訳を阻害しうるオリゴヌクレオチドである。アンチセンスオリゴヌクレオチドには、アンチセンスRNAおよびアンチセンスDNAが含まれる。siRNAとは、RNA干渉を引き起こすことができる二本鎖RNAである。アプタマーとは、特定の分子に結合する核酸リガンドを表し、RNAであってもDNAであってもよい。アプタマーは、SELEXと呼ばれる方法を用いて取得することができる。RNAおよびDNAは化学的に修飾されていてもよい。アンチセンスオリゴヌクレオチドおよびsiRNAの安定性または細胞取り込みを増強するための種々の核酸修飾が知られており、本発明においては、そのいずれをも用いることができる。
【0047】
IL-13前駆体遺伝子またはIL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNA、あるいはIL-13またはIL-13Rα1に対するアプタマーを消化管粘膜傷害治療剤として利用する場合には、例えばアンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNAまたはアプタマーを被験者に直接投与するか、または、アンチセンスオリゴヌクレオチドまたはsiRNAまたはアプタマーを発現するベクターを作製し、これらの発現ベクターを投与することができる。アンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA、アプタマーまたはこれらを発現するベクターを導入する方法は、当該技術分野においてよく知られている。
【0048】
IL-13と結合し不活性化するタンパク質は、公知の方法にしたがって、候補タンパク質とIL-13との結合および候補タンパク質によるIL-13の不活性化を測定することにより同定することができる。また、IL-13 Rα1受容体アンタゴニストおよびIL-13Rα1受容体に結合するキナーゼ阻害剤は、公知の方法にしたがって、候補物質とIL-13 Rα1受容体との結合を測定することにより同定することができる。
【0049】
本発明の消化管粘膜傷害治療剤は、当業者に公知の方法で製剤化することができる。例えば、薬学的に許容しうる担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤などと適宜組み合わせて製剤化することができる。
【0050】
経口投与用には、本発明の消化管粘膜傷害治療剤を当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体と混合することにより、錠剤、丸薬、糖衣剤、カプセル、液体、ゲル、シロップ、スラリー、懸濁液等として処方することができる。担体としては、当該技術分野において従来公知のものを広く使用することができ、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、グルコース、尿素、澱粉、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸等の賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、グルコース液、澱粉液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤、乾燥澱粉、アルギン酸ナトリウム、寒天末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、澱粉、乳糖等の崩壊剤;白糖、ステアリンカカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤;第4級アンモニウム塩類、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤;グリセリン、澱粉等の保湿剤;澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコール等の潤沢剤等を用いることができる。さらに錠剤は、必要に応じ、通常の剤皮を施した錠剤、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠、あるいは二重錠、多層錠とすることができる。
【0051】
非経口投与用には、本発明の消化管粘膜傷害治療剤を当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうるベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。
【0052】
注射剤用の水溶性ベヒクルとしては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO-50と併用してもよい。
【0053】
油性ベヒクルとしてはゴマ油、大豆油があげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールと併用してもよい。また、緩衝剤、例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、無痛化剤、例えば、塩酸プロカイン、安定剤、例えばベンジルアルコール、フェノール、酸化防止剤と配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
【0054】
本発明の消化管粘膜傷害治療剤の適当な投与経路には、限定されないが、経口、直腸内、経粘膜、または腸内投与、または筋肉内、皮下、骨髄内、鞘内、直接心室内、静脈内、硝子体内、腹腔内、鼻腔内、または眼内注射が含まれる。投与経路および投与方法は、患者の年齢、症状により適宜選択することができる。
【0055】
本発明の消化管粘膜傷害治療剤の特に好ましい投与経路および投与方法は、本発明の消化管粘膜傷害治療剤を含む製剤、好ましくは徐放製剤を術中もしくは術後に患部またはその近傍、例えば腹腔内に投与することである。
【0056】
本発明の消化管粘膜傷害治療剤の投与量としては、例えば、一回につき体重1kgあたり0.0001mgから1000mgの範囲で選ぶことが可能である。あるいは、例えば、患者あたり0.001〜100000mg/bodyの範囲で投与量を選ぶことができるが、これらの数値に必ずしも制限されるものではない。投与量、投与方法は、患者の体重や年齢、症状などにより変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。
【0057】
被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する本発明の方法は、例えば以下のいずれかの方法により実施することができる:
−IL-4R欠損マウスに被検物質を投与して、放射線を照射した後の消化管組織のIL-13Rα2発現量が増加することを測定する(mRNA、タンパク質)。消化管組織のタンパク質量をウエスタンブロットやELISAにて測定するときに抗IL-13Rα2抗体を用いる。
−線維芽細胞と筋線維芽細胞の培養培地に、被検物質を適用して、IL-13Rα2発現量が増加することを測定する。
−IL-13と被検物質の結合を、IL-13を表面プラズモン解析の検出プレートに固定し、被検物質を灌流して測定する。
−IL-13と被検物質の結合を、抗IL-13抗体を用いた免疫沈降法により測定する。
−IL-4R欠損マウスに被検物質を投与して、放射線を照射した後の消化管組織のIL-13発現量が減少することを測定する(mRNA、タンパク質)。消化管組織のタンパク質量をウエスタンブロットやELISAにて測定するときに抗IL-13抗体を用いる。
−NK細胞の培養培地に被検物質を適用して、IL-13発現量が減少することを測定する。
−IL-13と被検物質の混合液を、放射化したIL-13がIL-13Rα1またはIL-13Rα2に結合する反応液中に適用して、結合の競合的阻害が減少することを測定する。
−被検物質とIL-13Rα1の結合を測定する(ラジオリガンド受容体結合実験)。IL-13Rα1を発現しIL-4Rαを欠損する培養単球、またはその細胞膜標本を用いる。
−IL-13 がIL-13Rα1を発現しIL-4Rαを欠損する培養単球内でのTyr2の活性化を、被検物質が抑制することを測定する。
−マウスに被検物質を投与して、消化管組織のIL-13Rα1発現量が減少することを測定する(mRNA、タンパク質)。消化管組織のタンパク質量をウエスタンブロットやELISAにて測定するときに抗IL-13Rα1抗体を用いる。
【0058】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
傷害を受けた小腸粘膜の再生とIL-13Rα2受容体の発現の相関
以前の研究において、放射線により消化管粘膜に傷害を起こした後の修復・再生の時期にIL-13Rα2の発現が増加し、Th2型サイトカインであるIL-4およびIL-13が修復・再生に関与していることが示唆されていた。しかしながら、これらの役割を解明するにはいたっていなかった。
【0060】
そこで、本実施例では、これらのTh2型サイトカインの組織修復・再生に対しる役割を解明するために、放射線照射後の傷害消化管粘膜の再生が遅延するIL-4Rα欠損マウス(IL-4Rα-/-)におけるIL-4およびIL-13の受容体発現の動態についての検討を加え、IL-13α2受容体の発現が組織の修復・再生と対応関係を有することを明らかにした。IL-4Rα-/-は、IL-4が細胞に作用するための受容体を欠いているため、Th2型の生理機能に障害があるマウスである。
【0061】
実験動物には、BALB/c系をバックグラウンドとするIL-4Rα-/-マウス(Jackson Laboratory, Bar Harbor, ME, USA)を用いた。ワイルドタイプ(WT)系統としてBALB/cマウス(日本クレア、東京)を用いた。放射線の照射にはX線照射装置(MBR-1520-R、日立メディコ、東京)を用い、3 Gyの全身照射を行なった。
【0062】
空腸組織標本として、胃十二指腸境界から3 cmの位置の空腸を採取し、5% 氷酢酸エタノールにて固定し、パラフィン包埋切片を作成した。抗ブロモデオキシウリジン(BrdU)抗体による免疫組織化学染色を行う標本の作成には、空腸採取の1 h前にBrdU (1 mg/マウス)を腹腔内投与した。この標本に対しては抗ssDNA抗体による免疫組織化学染色も施した。
【0063】
まず、Kawashima et al., (第33回日本免疫学会学術集会、演題番号3-B-W32-19-P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2003, 33:225)の報告したWTとIL-4Rα-/-マウスの放射線照射後における腸粘膜組織の再生の違いを挙げる(図2、図3、および図4)。
【0064】
図2は、パラフィン包埋切片にヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施した標本の代表的な像である。以下の本文および図中において、放射線照射を行っていないマウスの成績はday 0として示す。放射線照射1日後(day 1)には、WTおよびIL-4Rα-/-ともに、小腸上皮細胞に傷害が生じ、絨毛のヒアリン化とHE染色性の低下が認められた。放射線照射3日後(day 3)には、WTでは傷害の程度が減少し、上皮や粘膜固有層の細胞が増加したが、IL-4Rα-/-ではday 1と同様な粘膜傷害および陰窩の萎縮が認められることが確認された。
【0065】
アポトーシスの程度を、パラフィン包埋切片に抗一本鎖DNA(ssDNA)抗体を用いた免疫組織化学染色により観察した。図3Aには代表的な標本を、図3Bには、各群4例のマウスの標本から算出した1陰窩、あるいは1絨毛あたりのssDNA陽性細胞数を産出した結果の平均値および標準偏差を示す。
【0066】
腸粘膜の上皮細胞は、常に新生され、陰窩部で増殖し、絨毛に移行して増殖を止め、古くなったものはアポトーシスを起こして剥離してゆく。これを反映してDay 0では絨毛にssDNA陽性細胞が認められた。放射線照射後Day 1においては、WTおよびIL-4Rα-/-ともにssDNA陽性細胞が増加し、広い範囲でアポトーシスが生じていることが示された。Day 3には、WTではssDNA陽性細胞は減少したが、IL-4Rα-/-では引き続きday 1と同様な広範なアポトーシスが生じているという違いが認められた。
【0067】
組織再生の程度については、DNA合成のマーカーであるBrdUに対する抗体を用いて免疫組織化学染色によって検討した。図4Aには代表的な標本を、図4Bには、各群4例のマウスの標本から算出した1陰窩あるいは1絨毛あたりのBrdU陽性細胞数の平均値および標準偏差を示す。Day 0においては増殖帯のある陰窩部にBrdU陽性細胞が認められた。放射線照射後Day 1においては、WTおよびIL-4Rα-/-ともにBrdU陽性細胞は減少した。Day 3には、WTではBrdU陽性細胞がday 0に比べて増加し、盛んな再生が生じていることが示された。一方、IL-4Rα-/-ではBrdU陽性細胞数はday 0と同程度であり、再生はそれほど盛んではなかった。
【0068】
以上を経時的にまとめると次のとおりとなる。3 Gy放射線照射前(day 0)においてWTとIL-4Rα-/-空腸粘膜の細胞回転はWTと同様であった。放射線照射後day 1にはWTもIL-4Rα-/-も組織傷害および広範なアポトーシスが認められ、再生は起こっていなかった。放射線照射後day 3には、WTではアポトーシスは低下し、盛んな再生が行われ、組織傷害が減少していたが、一方、IL-4Rα-/-ではアポトーシスおよび傷害が継続し、再生はそれほど盛んではなかった。したがって、IL-4Rα-/-では傷害粘膜の修復・再生が遅延していることが確認された。
【0069】
新たに、本実施例では、上に示したように傷害を受けた空腸粘膜の再生に遅延が見られるIL-4Rα-/-の小腸粘膜固有層単核球(LPMC)におけるIL-4およびIL-13の受容体のmRNA発現量を測定し、WTの成績と比較した。
【0070】
小腸全長を採取し、縦に切開しリン酸緩衝生理食塩水(PBS)にて洗浄した。標本は30 min 2 mMエチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA) PBS処置を施し上皮細胞を除去した。残渣はコラゲナーゼ(Sigma Blend Collagenase Type E, Sigma-Aldrich, MO, USA)にて20 min消化し、パーコールグラジエント内で分離してLPMCを得た。mRNA発現量は、SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems, Warrington, UK)およびリアルタイムPCR装置(ABI PRISM 7700 sequence detector, Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)を用いて定量的PCRを行い測定した。大腸組織からRneasy Mini Kit (Qiagen, Hilden, Germany)を用いて作成したtotal RNAから逆転写によりcDNAを作成した。GAPDHを校正遺伝子として、シークエンサー付属のソフトウエア(ver 1.7, Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)にて閾値サイクル数を算出した。
【0071】
図5Aは放射線照射前(day 0)のLPMC でのmRNA発現を示す。γc、IL-13α1、IL-13α2はWTおよびIL-4Rα-/-ともに発現が認められ、その程度にも大きな違いはなかった。IL-4Rα-/-ではIL-4Rαの発現は認められなかった。
【0072】
図5BはLPMC でのmRNAの放射線照射前(day 0)の発現量の平均値を1とした相対発現量の経時的変化を示す。各点は1個体の値を、短い横線は5匹の平均値を示す。WTにおいては、day 3をピークとして放射線照射後にIL-13Rα2 mRNA発現の増加が認められたが、IL-4Rα-/-ではこの増加は認められなかった。また、WTにおいては、day 3をピークとして放射線照射後に細胞増殖・分化やムチン形成に関連があるトレフォイルファクター1(TFF1)mRNA発現の増加が認められたが、IL-4Rα-/-ではこの増加は認められなかった。IL-13α1、γcおよびIL-4Rαについては、WTにおいてもIL-4Rα-/-においても放射線照射後に増加は認められなかった。
【0073】
さらに、空腸パラフィン包埋標本に対し、抗IL-13Rα2抗体を用いた免疫組織化学染色を行った。代表例を図6に示す。WTにおいては、day 3を中心にして、粘膜固有層に一過性のIL-13Rα2陽性細胞の増加が認められた。一方、IL-4Rα-/-では放射線照射前にIL-13Rα2 mRNA発現が確認されていたが、day 7までに顕著なIL-13Rα2陽性細胞の増加は生じなかった。
【0074】
以上の結果から、放射線により傷害を受けた腸粘膜において、再生とIL-13Rα2発現の関係が明らかとなった。WTにおいて、IL-13Rα2は再生が盛んな時期をピークとして発現が増加した。さらに、同じ時期に再生が認められなかったIL-4Rα-/-ではIL-13Rα2の発現増加が認められなかった。これらのことから、再生とIL-13Rα2の発現増加には対応関係があることが示された。
【実施例2】
【0075】
IL-4およびIL-13による線維芽細胞および筋線維芽細胞によるIL-13Rα2の発現
WTにおいて放射線照射後に発現が増加するIL-13Rα2は、線維芽細胞および線維芽細胞において認められていた(Kawashima et al., 第33回日本免疫学会学術集会演題番号3-B-W32-19-P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2003, 33:225)。本実施例では、これらの細胞がIL-4およびIL-13の刺激によってIL-13Rα2を発現することを示した。
【0076】
3日齢のWTマウス小腸を10 mM EDTA PBS中で細かくミンスし、20% 胎児牛血清(FCS)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)において培養した。6日後に継代し、10日後に24ウエルプレートに各2.5×104個ずつ蒔き込んだ。一部は細胞の構成を確認するために抗α平滑筋アクチン(αSMA)抗体による染色を施した。これらの細胞は、約50%が線維芽細胞、約50%が筋線維芽細胞であった。一晩培養した後、IL-4あるいはIL-13を含んだ培地に交換した。48 h後にtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRによってIL-13Rα2 mRNA発現量を測定した。
【0077】
無刺激時(コントロール)の値を1としたIL-13Rα2 mRNAの相対発現量の平均値を図7に示す。IL-4およびIL-13は単独にてIL-13Rα2 mRNA発現を増加させ、併用時には増強効果を示した。この結果から、IL-4およびIL-13が線維芽細胞および筋線維芽細胞のタイプ2のIL-4受容体(IL-4RαとIL-13Rα1の複合体)を刺激してIL-13Rα2 mRNAを発現させる可能性が示唆される。
【実施例3】
【0078】
WTとIL-4Rα-/-の空腸IL-4およびIL-13 mRNA発現の比較
WTでは、放射線照射後にIFN-γ、IL-13およびIL-4のmRNAが増加する(Kawashima et al., 第33回日本免疫学会学術集会演題番号3-B-W32-19-P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2003, 33:225)。本実施例では、IL-4Rα-/-マウスにおいてIL-13、IL-4およびIFN-γのmRNA発現量を新たに測定し、WTのmRNA発現と比較した。
【0079】
実施例1のサイトカイン受容体mRNA測定と同じ方法にて小腸粘膜固有層単核球におけるmRNA発現量を測定した。各個体のmRNA発現量を示すバンドを図8に示す。放射線照射前(day 0)には、IL-4Rα-/-小腸ではIFN-γのmRNA発現量が多く、Th1型の免疫活動が盛んであることが示された。また、IL-4Rα-/-では、WTに比べてIL-13、IL-4のmRNAが高発現であった。
【0080】
Day 1およびday 3におけるIL-4Rα-/-のIL-4 mRNA発現量は、day 0に比べて顕著な増加を示さず、WTにおける発現量よりも若干少なかったものの、その発現が確認された。放射線照射後day 1およびday 3には、IL-4Rα-/-のIFN-γおよびIL-13のmRNA発現量に増加が認められ、WTと同様な高発現が示された。
【0081】
放射線照射後のIL-13の産生はNK細胞により行われる(川島ら、第33回日本免疫学会学術集会、演題番号1-H-W13-13-O/P、日本免疫学会総会・学術集会記録 2004, 34:115)ことが示されている。NK細胞は、Th1型のサイトカインであるIFNや各種のストレスシグナルなどにより活性化させるため(Long et al., J Exp Med. 2002 , 196:1399-1402)、NK細胞を介するIL-13の産生はIL-4Rα-/-のようなTh2型免疫機能に障害がある場合にも生じると考えられる。
【0082】
実施例1においてIL-4Rα-/-ではIL-13Rα2 mRNAの発現増加がみられなかったことを考え合わせると、実施例2におけるIL-4およびIL-13による線維芽細胞および筋線維芽細胞でのIL-13Rα2 mRNA発現増加は、タイプ2のIL-4受容体(IL-4RαとIL-13α1から構成される)を介して生じることが強く示唆された。
【0083】
また、実施例1においてIL-4Rα-/-マウスでは放射線照射後day 3に再生とIL-13Rα2の増加が起こらないことから、腸粘膜組織再生とIL-13Rα2の対応関係が示された。
【0084】
IL-13Rα2はIL-13が結合しても細胞内シグナルを起こさないデコイ受容体であり、IL-13をトラップすることにより、IL-13による細胞表面にあるIL-13Rα2以外の受容体を介した細胞へのシグナル発生(細胞内のJAK/STATパスウエイの活性化等)を抑制する働きを持つ。この実施例において、IL-4Rα-/-マウスでもIL-13が産生されていることが示されたことから、IL-13Rα2が増加しないIL-4Rα-/-ではIL-13の細胞へのシグナリングを抑制できていないことが示唆された。
【実施例4】
【0085】
IL-13Rα2投与によるIL-4Rα1-/-マウスの消化管粘膜再生遅延の改善
実施例1の結果から、放射線照射により傷害を受けた空腸粘膜の再生とIL-13Rα2の産生に対応関係があることが示された。また、実施例3の結果から、放射線照射後の再生が遅延していたIL-4Rα-/-マウスでは、IL-13Rα2が増加しないためにIL-13の細胞へのシグナリングが抑制できないことが示された。ここで、IL-4Rα-/-マウスにおいてIL-13Rα2の発現を高めることにより再生が生じるならば、IL-13の作用を抑制できないことが再生を生じない原因であることが示される。そこで、本実施例では、IL-13Rα2タンパク質をIL-4Rα-/-マウスに投与することによって再生が生じるか否かを検討した。
【0086】
IL-13Rα2のcDNAは放射線照射3 dayのWT小腸からクローニングし、結合サイトに相当するアミノ酸1-332のフラグメントを5'-GCGCAGATCTCCGGATCCGTCTGGCCCTGTGTAAC-3'(配列番号1)および 5'-GCGCAGATCTTCCGGATCCGTCTGGCCCTGTGTAACCTTCCCAAC-3'(配列番号2)をプライマーにしてPCRで増幅した。スペーサー配列GSGADPEEを3'末端につけてサブクローニングした。このフラグメントを、ヒトIgを含むCD5 leader-IgG1ベクター(CD5lneg1)のNheIおよびBamH1部位にライゲーションした。配列を確認した後、IL-13Rα2-Igを含むDNAをGFPマーカー配列とともにレトロウイルス発現ベクターpMXsに再クローンした。多量のIL-13Rα2-Igキメラタンパク質を得るために、レトロウイルスをマウスミエローマSP2/0細胞系に感染させ、GFPを発現した細胞をソーティングにより濃縮した。キメラタンパク質は、CELLineフラスコ(Becton-Dickinson, Franklin Lakes, NJ , USA)内に培養した細胞の上清から抽出し、protein A Sepharose choromatography (Pharmacia, Uppsala, Sweden)を用いて精製した。
【0087】
IL-4Rα-/-マウスに対して、コントロールヒトIg(h-Ig)、あるいはIL-13Rα2-Ig 300μgを、3 Gy放射線照射前日、照射前(day 0)、照射後day 1、照射後day 2に腹腔内投与した。他の方法は、実施例1と同じ方法を用いた。
【0088】
図9 に、放射線照射day 3の空腸パラフィン包埋標本に対してHE染色、およびアポトーシスのマーカーであるssDNAならびに細胞増殖のマーカーであるBrdUについて免疫組織化学染色を行った代表例を示す。また、図10には、各群のssDNA陽性細胞数、およびBrdU陽性細胞数の平均値と標準偏差を示す。
【0089】
放射線照射後day 3には、WTでは粘膜傷害から回復し、アポトーシスは少なく、再生が盛んであり、IL-4Rα-/-マウスでは、粘膜傷害が引き続き生じ、アポトーシスを示す細胞が多く、再生は少なかった。IL-4Rα-/-にコントロールh-Igを投与した群では、傷害、アポトーシス、および再生に投与の影響は見られなかった。IL-4Rα-/-にIL-13Rα2を投与した群では、それぞれWTと同様に、粘膜の傷害が少なく、アポトーシス細胞が減少し、再生も盛んになっていた。
【0090】
IL-4Rα-/-では、放射線照射後に傷害粘膜の再生およびIL-13Rα2の増加がともに生じていなかったが、この系統のマウスに対してIL-13Rα2を補填することにより再生が生じたことから、IL-13Rα2の増加は再生に伴う2次的な反応ではなく、消化管粘膜が再生を生じるために必要な過程であることが示された。この結果は、IL-13Rα2が再生が遅延した消化管粘膜に対して、再生を高める効果を有することを示す。
【0091】
また、デコイ受容体であるIL-13Rα2が再生を高める効果を示したことは、IL-13のシグナリングが、再生を抑制していることを示している。なお、IL-4Rα-/-マウスではIL-4Rα受容体を欠くため、IL-13によるシグナリングの伝達はタイプ2 IL-4受容体(IL-4RαとIL-13Rα1から構成される)以外のIL-13受容体によって生じていることが示唆された。
【0092】
本実施例においてIL-13Rα2投与によりIL-4Rα-/-の再生遅延がほぼ完全に改善したことから、IL-13が再生を抑制している決定的に重要な因子であることが明らかにされた。
【実施例5】
【0093】
IL-13Rα2投与によるWTマウスの消化管粘膜再生の促進
実施例4では、遅延したIL-4Rα-/-マウスの消化管粘膜再生を正常化するIL-13Rα2投与の効果が示された。本実施例は、そのワイルドタイプ(WT)系統であるBALB/cマウスにおいてIL-13Rα2が傷害を受けた消化管粘膜の再生を高める効果を示すことを目的とした。
【0094】
実験動物にはBALB/cマウスを用いた。実施例1と同じ装置を用いて線量12GyのX線を全身照射した。IL-13Rα2投与群には、実施例4で用いたものと同じIL-13Rα2-Ig 200μgを、放射線照射前日、照射前(day 0)、照射後day 1、照射後day 2、照射後day 3、に腹腔内投与した。対照群にはヒトIg(h-Ig)を投与した。放射線照射後day 4に小腸全長および大腸全長を取り出し、縦に切開し、10%ホルマリンに一晩浸漬した後にパラフィン包埋標本を作製した。HE染色を施し、10細胞以上からなる再生腺窩のマイクロコロニーの数を計数した。小腸は3分割し、上部から小腸1、小腸2、小腸3とした。小腸1は空腸から成り、小腸2は空腸および回腸から構成され、小腸3は回腸から成っていた。
【0095】
IL-13Rα2投与群では、再生腺窩のマイクロコロニー数が多く、標本粘膜の再生が促進されていた。コントロール群およびIL-13Rα2投与群における腸管各領域の再生腺窩のマイクロコロニー数の平均値と標準偏差を図11に示す。図11において、*はMann-WhitneyのU テストにより投与群間に5%水準で有意差が認められたことを示す。IL-13Rα2は小腸の3つの領域および大腸における再生腺窩のマイクロコロニー数を明らかに増加させた。
【0096】
本実施例では、IL-13のデコイ受容体であるIL-13Rα2を投与することにより、免疫学的な異常があるIL-4Rα-/-マウスのみならず、ワイルドタイプ系統のマウスにおいても放射線照射により傷害した消化管粘膜の再生が促進されることが示された。したがって、IL-13によるシグナリングを抑制する治療法は、免疫異常などの特殊な背景を持つ消化管疾患のみに限らず、消化管上皮傷害をきたす様々な病態に広く用いることが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は消化管粘膜傷害の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】図1は、IL-4およびIL-13の受容体に関する模式図である。
【図2】図2は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウスにおける放射線照射前後の空腸組織像の代表例を示したものである。
【図3】図3は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス空腸における放射線照射前後のアポトーシスを、抗一本鎖DNA抗体を用いた免疫組織化学染色により示したものである。
【図4】図4は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス空腸における放射線照射前後の増殖細胞を、抗ブロモデオキシウリジン抗体を用いた免疫組織化学染色により示したものである。
【図5】図5は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス小腸粘膜固有層における放射線照射前後のサイトカイン受容体のmRNA発現量を示したものである。
【図6】図6は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス空腸におけるる放射線照射前後のIL-13Rα2受容体の発現を免疫組織化学染色により示したものである。
【図7】図7は、ワイルドタイプマウス由来の培養線維芽細胞および筋線維芽細胞におけるIL-13Rα2 mRNA発現に対するIL-4およびIL-13の刺激効果を示したものである。
【図8】図8は、ワイルドタイプ(WT)とIL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス小腸粘膜固有層における放射線照射前後のサイトカインのmRNA発現量を示したものである。
【図9】図9は、IL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス空腸における、IL-13Rα2腹腔内投与の再生促進効果を組織像および免疫組織化学染色により示したものである。
【図10】図10は、IL-4α欠損(IL-4α-/-)マウス空腸における、IL-13Rα2腹腔内投与のアポトーシス抑制および再生促進効果を免疫組織化学染色により示したものである。
【図11】図11は、放射線照射後のワイルドタイプマウス小腸および大腸における、IL-13Rα2腹腔内投与の、腸管再生腺窩のマイクロコロニー数を増加させる効果を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IL-13によるシグナリングを阻害することを作用機序とする消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項2】
IL-13Rα2受容体タンパク質またはその一部分を有効成分とする請求項1記載の消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項3】
抗IL-13抗体またはIL-13と結合し不活性化するタンパク質を有効成分とする請求項1記載の消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項4】
IL-13前駆体遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNAまたはIL-13に対するアプタマーを有効成分とする請求項1記載の消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項5】
抗IL-13 Rα1受容体抗体を有効成分とする請求項1記載の消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項6】
可溶化IL-13 Rα1受容体、IL-13 Rα1受容体アンタゴニスト、IL-13Rα1受容体に結合するキナーゼ阻害剤、IL-13Rα1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNAまたはIL-13Rα1受容体に対するアプタマーを有効成分とする請求項1記載の消化管粘膜傷害治療剤。
【請求項7】
被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する方法であって、被検物質の存在下および非存在下で細胞におけるIL-13Rα2受容体遺伝子発現量あるいはIL-13Rα2タンパク質の量を測定することを含む方法。
【請求項8】
IL-13Rα2、またはIL-13Rα2をコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13Rα2を発現する細胞、または抗IL-13Rα2抗体を含む、消化管粘膜傷害の治療効果を有する物質をスクリーニングするためのキット。
【請求項9】
被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する方法であって、候補物質とIL-13との結合を測定すること、あるいは被検物質の存在下および非存在下で細胞におけるIL-13前駆体遺伝子発現量あるいはIL-13タンパク質の量を測定することを含む方法。
【請求項10】
IL-13、またはIL-13コードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13を発現する細胞、または抗IL-13抗体を含む、消化管粘膜傷害の治療効果を有する物質をスクリーニングするためのキット。
【請求項11】
被検物質が消化管粘膜傷害の治療効果を有するか否かを検定する方法であって、候補物質とIL-13Rα1との結合を測定すること、あるいは被検物質の存在下および非存在下で細胞におけるIL-13 Rα1遺伝子発現量あるいはIL-13 Rα1タンパク質の量を測定することを含む方法。
【請求項12】
IL-13Rα1、またはIL-13Rα1をコードするオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチド、またはIL-13Rα1を発現する細胞、または抗IL-13Rα1抗体を含む、消化管粘膜傷害の治療効果を有する物質をスクリーニングするためのキット。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2007−31414(P2007−31414A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−243429(P2005−243429)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【出願人】(501372514)国立国際医療センター総長 (11)
【Fターム(参考)】