説明

NFκBデコイを含有する移植片新生内膜肥厚に対する保護剤

本発明において、NFκBに対するデコイを使用することにより、NFκBにより活性化される転写を調節(抑制)し、移植片における新生内膜肥厚を抑制する方法を提供する。また、本発明は、NFκBのデコイを含有する血管移植片の内膜肥厚に対する保護剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、血管または血管移植片の一部における転写因子NFκBにより活性化される転写を調節する方法に関する。特に、静脈移植片におけるNFκBにより活性化される転写をNFκBに対するデコイを圧力介在(pressure−mediated)法により血管または血管移植片に導入することにより、移植片における新生内膜肥厚を抑制する方法に関する。また、本発明は、NFκBのデコイを含有する血管移植片の内膜肥厚に対する保護剤に関する。
【背景技術】
従来、虚血性疾患の治療法として冠状動脈の再建、膝下の膝窩動脈及び脛骨動脈の再建が行われている。これらの再建においては、主に自家内胸動脈や大伏在静脈が利用されることが多い。しかしながら、血管形成術、動脈バイパス術、器官の移植の後に、血管平滑筋細胞の増殖などにより血管が肥厚し、血管の閉塞がしばしば起こることが知られている。特に、冠動脈バイパス移植(coronary artery bypass grafting;CABG)の移植片として用いられる伏在静脈移植片(saphenous vein graft;SVG)は、内胸動脈等の動脈移植片を用いた場合と比べると長期開存率が劣り、現在では、動脈導管が利用されることが多くなっていることが報告されている(Hamby R.I.et al.,Circulation 60:901−9(1979);Virmami T.et al.,Cardiovasc.Clin.18:41−59(1988);Acinapura A.J.et al.,eur.J.Cardiothorac.Sur.3(4):321−5(1989);Loop F.D.et al.,N.Engl.J.Med.314:1−6(1986);Lytle B.W.et al.,J.Thorac.Cardiovasc.Surg.89:248−58(1985);Grondin C.M.et al.,Circulation 78(Suppl I):I24−I29(1989))。このような静脈移植片病(vein graft disease;VGD)が予防されれば、その優れた応用性のため静脈移植の役割は高まると考えられる。
VGDにおいては、動脈循環に静脈移植片を適用することにより顕著な新脈管内膜肥厚による静脈移植片の狭窄が観察される。動脈循環における静脈移植片の組織学的変化はCoxらにより調べられている。彼らは、マクロファージ及び好中球の浸潤を伴う線維内膜肥厚が1年以内に起こること、及び1年以上後にはアテローム性動脈硬化が主な病変を占めることを示した(Cox J.L.et al.,Prog.Caridovasc.Dis.34:45−68(1991))。そして、Angeliniらにより、中膜(medial)及び脈管内膜の肥厚に形態学的に3つの工程が寄与していることが報告されている。第一の工程は、移植から一週間後くらいに起こる、中膜における急激な平滑筋細胞増殖である。次の段階は、移植後1〜4週間の間に起こる、中膜及び新脈管内膜の両方における平滑筋細胞の移動(migration)、肥厚、及び細胞外マトリックスの合成である。最後に、移植から4週間後に、よりゆっくりとした新脈管内膜における平滑筋細胞増殖という後期の段階に到る(Angelini G.D.et al.,J.Thorac.Cardiovasc.Surg.103:1093−103(1992))。
このような内膜肥厚病変の発生および進展の機序は完全に明らかにされているわけではないが、血管内皮への物理的傷害が引き金となり、血管平滑筋細胞の異常増殖が誘発されると考えられている(Nature 362:801(1993))。動脈性硬化性内膜肥厚や再狭窄は、血管の内皮傷害が最大の原因であると考えられている。特に静脈移植片の場合には、動脈循環への適用による張力及び剪断力の変化、並びに手術による血管壁の内皮が喪失し、機能障害を受けることにより、炎症性サイトカイン及び成長因子が活性化され、血管中膜層から中膜平滑筋細胞が分化、増殖、及び遊走して、内膜層で増殖を重ねることによって内膜肥厚が形成されると考えられている(Bryan A.J.and Angelini G.D.,Curr.Opin.Cardiol.9:641−9(1994);Angelini G.D.et al.,J.Thorac.Cardiovasc.Surg.99:433−9(1990);Angelini G.D.et al.,Ann.Thorac.Surg.53:871−4(1992);Waters D.J.et al.,Ann.Thorac.Surg.56:385−6(1993);O’Neil G.S.et al.,J.Thorac.Cardiovasc.Surg.107:699−706(1994);Schwartz L.B.et al.,J.Vasc.Surg.15:176−186(1992);Galt S.W.et al.,J.Vasc.Surg.17:563−70(1993);Soyombo A.A.et al.,Cardiovasc.Res.27:1961−7(1993))。
遺伝子の発現は、遺伝子の転写調節領域に結合する転写調節因子により制御されている。転写調節因子の一つとして知られる蛋白質NFκBは、p65とp50のサブユニットからなるヘテロ二量体である(Sen R.et al.,Cell 46:705−16(1986))。NFκBは細胞が外から刺激を受けた場合の一次応答のスイッチとして機能すると考えられている。NFκBは細胞質中に発現された後、リン酸化により活性化され、核内へ移行しゲノムDNA上のκBモチーフと呼ばれる約10塩基からなる特異的塩基配列に結合して種々の遺伝子の転写を活性化する。NFκBの刺激で転写される遺伝子として、(1)インターロイキン1、2、3、6、8、12、腫瘍壊死因子(TNF−α)、リンホトキシン−α、インターフェロン−α等のサイトカイン、(2)顆粒球コロニー刺激因子、単球マクロファージコロニー刺激因子、顆粒球・単球マクロファージコロニー刺激因子、インターロイキン2等の受容体、(3)補体因子B、C3、C4、α1酸糖蛋白質等のストレス蛋白質、(4)ICAM−1、VCAM−1、E−セレクチン等の白血球接着分子、(5)主要組織適合複合体クラスI及びII、T細胞受容体α及びβ、β2ミクログロブリン等の免疫調節分子等が知られている(Immunology Today 19:80(1998))。
従来NFκBの転写活性を阻害する物質としては、NFκB結合性蛋白質(EP第584238号公報)が知られており、また、非ステロイド系薬物であるアスピリン及びサリチル酸ナトリウムは高濃度でNFκBの活性を阻害する(Kopp E.et al.,Science 265:956(1994))。さらに、ステロイド系薬物デキサメサゾンは、細胞質内でNFκBと結合し、NFκBを不活性複合体の形態に維持する制御サブユニットIκBの産生を誘導することによりNFκBの活性化を阻害すると報告されている(Scheinman R.I.et al.,Science 270:283(1995);Auphan N.et al.,Science 270:286(1995))。
一方、特異的な転写因子による遺伝子の転写の活性化を特異的に妨げる方法の一つとして、シスエレメントデコイ(cis−element decoy)を用いた方法がWO95/11687号明細書に開示されている。シスエレメントデコイ、特異的転写因子に対して結合性を有する二本鎖DNA分子である。細胞に対して多量のシスエレメントデコイを供給することにより、転写因子はゲノム上の標的配列ではなく該シスエレメントデコイに対して結合することとなり、該転写因子による遺伝子の転写活性化が妨害される。また、本発明者らによりNFκBに対するデコイを用いることにより、転写調節因子NFκBに起因する様々な疾患、例えば、虚血性疾患、炎症性疾患、自己免疫疾患、ガンの転移浸潤、悪液質等の疾患を治療及び予防できることが示されている(WO96/35430号明細書)。
【特許文献1】 特表平8−502653号公報
【発明の開示】
血管内膜肥厚を放置すると、狭心症、心筋梗塞、虚血性心疾患、大動脈瘤、下肢閉塞性動脈硬化症等が誘発される可能性があり、臨床上大きな問題となる。内膜肥厚や再狭窄を防ぐために全身薬物療法、例えば、抗血小板剤、血液凝固阻止薬、コルチコステロイド、及びカルシウムチャンネル遮断剤等についての検討が従来より成されている。また、内膜細胞の欠如、及び、血小板の活性化は新脈管内膜形成と密接に関っている(Luscher T.F.et al.,Curr.Opin.Cardiol.8:963−74(1993))。新脈管内膜肥厚はeNOS遺伝子(Von der Leyen H.E.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 92:1137−41(1995))、または抗PDGF(ferns G.A.A.et al.,Science 253:1129−32(1991))、若しくは抗bFGF抗体(Olson N.E.et al.,Am.J.Pathol.140:1017−23(1992))の導入により抑制されることが知られている。また、その他の新生内膜肥厚を抑制する手法として、ラットの傷害血管に対しE2FデコイをHVJ−リポソーム法により導入した例(Morishita R.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 92:5855−9(1995))、ウサギの頚静脈にsdi−1(p21)遺伝子をHVJ−リポソーム法により導入し、頚動脈に自家移植した例(Bai HZ.et al.,Ann Thorac Surg 66(3):814−9 Sep;discussion819−20(1998))、ラットの傷害血管に対しNFκBデコイをHVJ−リポソーム法により導入した例(Yoshimura S et al.,Gene Ther 8(21)Nov:1635−42(2001))、及びヒトの静脈グラフトにE2Fデコイを圧力介在(pressure−mediated)法により導入した例(Mann M.J.et al.,Lancet 354:1493−8(1999))が知られている。
NFκBは、好中球及びマクロファージ化学走性因子、接着分子、並びに細胞周期を調節する遺伝子の発現にも関与しているようである。静脈移植病の機構においては、術後一週間目に好中球及びマクロファージの移動に続いて迅速に平滑筋細胞の増殖が中膜で起こり、静脈移植から1〜4週目の間に中膜及び新脈管内膜の両方で細胞外マトリックスが合成される。従って、最低術後4週間の間に中膜におけるNFκBの活性化を抑制することにより、CABGで用いられる伏在静脈移植片おける過剰な新脈管内膜肥厚形成及び続いての促進されたアテローム性動脈硬化を予防できるかも知れないと考えた。そこで、CABG後のVGDの減弱を目的として、発明者らは実際のCABGを模倣する実験用CABGモデルをイヌを用いて作成し、圧力介在トランスフェクション法(pressure−mediated transfection method)を改変し、NFκBデコイのVGDに対する効果をイヌCABGモデルの静脈移植壁中にNFκBを改変圧力介在術中トランスフェクションする方法により調べた。
その結果、従来in vivoにおいて、または代替的な非冠動脈バイパスモデルで研究されていたNFκBデコイのVGD予防効果が大動物モデルにおいて証明された。この結果により、NFκBデコイのトランスフェクションにより中膜平滑筋細胞の分化及び増殖が抑制されるだけでなく、新脈管内膜中の細胞外マトリックスの過剰な産生も抑制されることが組織病理学的方法により証明された。そして、NFκBデコイを導入した群における新脈管内膜形成は、スクランブルデコイを導入した群のそれと比べて有意に抑制されていた。従って、NFκBの活性化により静脈移植片中の中膜平滑筋細胞の分化及び増殖が引き起こされること、並びに、NFκBデコイのトランスフェクションにより新脈管内膜形成が効果的に減弱されることが示唆された。
本発明者らにより、NFκBデコイの静脈移植片壁へのトランスフェクションの新脈管内膜形成、中膜平滑筋細胞の分化及び増殖における4週間にわたる予防効果が証明され、CABG後の静脈移植片における新脈管内膜肥厚を減弱するためにNFκBデコイを臨床的に適用できる可能性が示唆された。従って、本発明により以下の方法及び保護剤が提供された。
(1)血管または血管移植片の一部における転写因子NFκBにより活性化される転写を調節する方法であって、該移植片を転写因子NFκBに対するデコイと接触させる工程を含む方法。
(2)該血管または血管移植片の一部が静脈移植片である、(1)記載の方法。
(3)該血管または血管移植片の一部をin vivoまたはex vivoでNFκBに対するデコイと接触させることを含む、(1)または(2)記載の方法。
(4)圧力介在(pressure−mediated)法によりNFκBに対するデコイを血管または血管移植片に導入する、(1)〜(3)いずれかに記載の方法。
(5)転写因子NFκBに対するデコイとの接触によって、移植片における新生内膜肥厚を抑制する、(1)〜(4)いずれかに記載の方法。
(6)NFκBのデコイを含有する血管移植片の内膜肥厚に対する保護剤。
(7)該血管移植片が静脈移植片である、(6)記載の保護剤。
(8)圧力介在法により血管または血管移植片にNFκBに対するデコイを導入するための、(6)または(7)記載の保護剤。
本発明で使用するNFκBのデコイとしては、染色体上に存在するNFκBの核酸結合部位と特異的に拮抗する作用を有する化合物で特に限定されない。例えば、核酸及びその類似体がそのような化合物として挙げられる。オリゴヌクレオチドはDNAでもRNAでもよく、また天然に存在する核酸のみならず、核酸修飾体や擬核酸を含んでいてもよい。さらに、このようなオリゴヌクレオチドは1本鎖でも2本鎖でも良く、線状でも環状であっても良い。このようなNFκBのデコイは、NFκBにより認識される結合部位(内因性配列)に配列または構造のいずれかが似ているものである。即ち、このようなデコイのヌクレオチド配列は、NFκBにより認識され結合するのに十分に相同的な配列を含むものである。
NFκBにより認識される内因性の配列としてはGGGATTTCCC(配列番号:1)が挙げられる。本発明のデコイ配列としては、ストリンジェントな条件下で該内因性配列と結合する配列を挙げることができる。このようなデコイ配列は、好ましくは内因性配列と50%以上同一であり、より好ましくは70%以上同一であり、さらに好ましくは90%以上同一である。さらに、このような化合物には上記配列の変異体が含まれる。ここで、変異体とは、上記配列の一部が欠失、置換、付加または/及び挿入により変異しているものであり、NFκBが結合する核酸結合部位と特異的に拮抗する核酸を意味する。一方、蛋白質により認識される核酸配列の構造特性は、核酸デコイの折り畳み、ループ構造、よじれ、十字型、ヘリックス構造等により模倣することができ、必要に応じ架橋剤等の非核酸成分により構造を安定化することも可能である。
より具体的には、本発明のNFκBのデコイとしては内因性結合配列GGGATTTCCC(配列番号:1)またはその相補配列を含むオリゴヌクレオチド(例えば、実施例で用いた5’−CCTTGAAGGGATTTCCCTCC−3’(配列番号:2))等を挙げることができる。特定のヌクレオチド配列を認識する核酸結合蛋白質の結合親和性は、結合部位に近接する核酸領域の配列により増強されることが知られている。従って、必要に応じNFκBの結合を促進するような配列を、上述の内因性配列、または内因性配列の類似体に対して配置することも可能である。NFκBのデコイとしては、上記配列を1つまたは数個含む2本鎖オリゴヌクレオチドが挙げられる。本発明のNFκBのデコイとして機能するオリゴヌクレオチドには、生体内における分解を抑制するためにリン酸ジエステル結合部の酸素原子をイオウ原子に置換したチオリン酸ジエステル結合を含むオリゴヌクレオチド(S−オリゴ)、及び、リン酸ジエステル結合を電荷のないメチルホスフェートで置換したオリゴヌクレオチド等が包含される。
本発明で用いられるNFκBデコイの製造は、通常のオリゴヌクレオチド化合物の製造で利用される化学的合成法または生化学的な合成法に従い行うことができる。例えば、核酸からなるNFκBの製造は、遺伝子工学的な手法により、例えばDNA合成装置を用いて達成され得る。また、必要に応じ合成したDNAを鋳型としてPCR法により該核酸を増幅することもできるし、適当なクローニングベクターに該DNAを挿入して増幅してもよい。さらに、得られた核酸を制限酵素等により切断したり、DNAリガーゼ等を用いて結合したりすることにより、所望の核酸を得ることもできる。細胞内で安定なオリゴヌクレオチドとするために核酸の塩基、糖、リン酸部分を化学修飾(アルキル化、アシル化等)することもできる。
本発明のNFκBデコイを含有する保護剤は、NFκBデコイを単独で含有することも可能であるが、必要に応じ、少なくとも1種類以上の添加剤及び/または助剤を含む形態とすることもできる。ここで、添加剤や助剤としては、例えば脂質、カチオン性脂質、ポリマー、核酸アプタマー、ペプチド及び蛋白質のような核酸の細胞中への移行を増大させたり、特定の細胞へ特異的に組成物が運搬されるようにしたり、細胞内における核酸の分解を抑制したり、細胞内における核酸の核への移行を促進したり、保存時に核酸を安定化したりすることができる化合物が挙げられる。
本発明のNFκBに対するデコイを含有する保護剤は、患部の細胞または組織に取り込まれるような形態であればその形態は特に制限されず、単独または適当な担体と混合して局所投与、非経口投与、外用または経口投与され得る。例えば、溶剤、懸濁剤、シロップ剤、リポソーム製剤(Szoka F.et al.,Biochi,.Biophys.Acta 601:559(1980)[逆相蒸発法];Deamer D.W.et al.,Ann.N.Y.Acad.Sci.308:250(1978)[エーテル注入法];Brunner J.et al.,Biochim.Biophys.Acta 455:322(1976)[界面活性剤法])、乳剤等の液体の形態、錠剤、顆粒剤、粉末剤、カプセル剤等の固形であってもよい。このような製剤形態においては、必要に応じ、種々の担体、助剤、安定化剤、潤滑剤等の添加剤を加えることができる。本発明のNFκBに対するデコイを含有する保護剤は、好ましくは圧力介在トランスフェクション法により患者に投与される。NFκBに対するデコイは、例えば、生理食塩水溶液中へ浸漬させ、圧力介在トランスフェクション法において10〜500mg、5〜30分の条件で患者の血管または血管移植片へ導入することができる。
本発明のNFκBに対するデコイと接触させる血管または血管移植片としては、内胸動脈、大伏在静脈を含む種々の血管が挙げられる。特に、静脈由来の移植片においては、本発明のNFκBデコイを含有する保護剤の効果が大きいことが予測され、静脈由来の移植片は本発明の対象血管移植片として特に好ましい。
本発明のNFκBデコイを主成分とする製剤は、血管または血管移植片における内膜肥厚を阻止するのに十分な量のNFκBデコイを含有する。NFκBデコイの投与量は、患者の年齢、病状、及び体重等の条件、使用するデコイの種類、並びに投与形態等により変化するが、当業者であればそれらの条件を勘案し、適当な量を選択することができる。圧力介在トランスフェクション法により本発明のNFκBを含有する保護剤を投与する場合、一般に、10〜500μmol/lの濃度で生理食塩水溶液などへ浸漬させて、投与することができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、圧力介在トランスフェクションの方法を模式的に示す図である。
図2は、下行大動脈と左前下行冠動脈の間に伏在静脈移植片を挿入したイヌCABGモデルを示す写真である。
図3は、組織病理学的研究の結果を示す写真である。3−1−a及びbは、FITC−ODNsの圧力介在トランスフェクションの効率をFITC標識ODNsを用いて組織化学的に評価した結果を示す。3−2−a及びbは、新脈管内膜肥厚をヘマトキシリンエオシン染色により評価した結果を示す。3−3−a及びbは、中膜平滑筋細胞の増殖をα−アクチン染色により評価した結果を示す。3−4−a及びbは、新脈管内膜中の細胞外マトリックス余剰産生をMasson三色染色により評価した結果を示す。
図4は、中膜領域に対する新脈管内膜領域の割合を示す図である。
図5は、増殖細胞核抗原(PCNA)指数(%)を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
1)デコイの調製
実験には以下の配列の二本鎖オリゴデオキシヌクレオチドを用いた。

手術の日まで、これらのデコイは−20℃で保存し、トランスフェクションするまで4℃に置いた。トランスフェクションのために、室温下で0.9%生理食塩水注射溶液で40μmol/Lの濃度に調製した。
2)圧力介在トランスフェクションの条件検討
圧力介在トランスフェクションについてはMannらにより詳細なデータが報告されている(Mann M.J.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96:6411−6(1999))。予備的に、種々のトランスフェクション圧力及び時間におけるトランスフェクション効率を調べた。この予備的な実験で示されたトランスフェクション効率は、200mmHgの圧力下、20分という条件でもMannらにより示された300mmHg圧力下、10分という条件と比べて大差はなかった(データ示さず)。むしろ、肢動脈バイパス移植手術における圧力介在トランスフェクションを300mmHg圧力下、10分の条件で行った場合、静脈移植片の新脈管内膜形成はNFκBデコイをトランスフェクトした群でも非常に顕著であり、スクランブルデコイをトランスフェクトした群では6検体のうち3検体が完全に閉塞された。そのため、300mmHg圧力下10分という条件は、少なくとも冠動脈バイパス移植の静脈移植片へのデコイのトランスフェクションには最適なものではないと考えられた。そこで、以下の実験においては200mmHg圧力下20分という条件でトランスフェクションを行った。
3)イヌCABGモデル
体重18〜20kgの雑種のイヌ(NRB;Nihon Nosan,Kanagawa,JapanまたはHBD;Oriental Yeast Corporation,Osaka,Japan)を標準食で飼育したものを利用した。ケタミン(5mg/kg体重,筋肉注射)で麻酔した後、気管内挿管を行った。1.5%セボフルランの吸入で通常麻酔下に維持し、伏在静脈移植片をイヌの左後肢から回収した。伏在静脈をおよそ10cm露出するために肢の外側を前後軸方向に切断した。周囲の組織から静脈を”未接触技術(no touch technique)”(Gottlob R.,Minerca Chir.32:693−700(1977))により切り離し、4−0シルク結紮糸を用いて全ての側枝を結紮した。その後、イヌから静脈を回収し、ヘパリン化0.9%塩溶液で膨張させずに洗浄した(Angelini G.D.et al.,Cardiovasc.Res.21:902−7(1987))。その後、前静脈を同じ溶液中、室温で約60分間置いた。左第4肋間を開胸し、スクランブルデコイ(SD群;n=5)またはNFκBデコイ(ND群;n=5)溶液(40μmol/L)を静脈移植片壁へMannらの方法(圧力介在トランスフェクション;Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96:6411−6(1999))に従い、室温、2000mmHgの圧力で20分間かけて静脈移植壁へ導入した(図1)。ヘパリン(100ユニット/kg体重)を静脈注射した後、伏在静脈移植片を下行大動脈(descending Ao.)と左前下行冠動脈(LAD)の間に、心肺バイパス及び心停止なし(心鼓動下)で挿入した。即ち、静脈移植片及び左前下行冠動脈の間の末端一側部吻合を心鼓動下、7−0Prolene(Ehicon,Inc.,USA)を”Octopus”(Medotronic Inc.,USA)スタビライザーを用いて行い、静脈移植片の他の末端を下行大動脈に6−0Proleneを用いて末端一側部の形で縫い付けた。LADの隣接部は4−0Proleneで縫合した(図2)。
手術3日後に、イヌに抗生物質(CEZ,Fujisawa pharmaceuticals,Japan)を投与した。術後4週間後にイヌを屠殺し、移植片を丁寧に回収した。実験は、大阪大学医学部動物実験委員会により承認されたガイドラインに従って行った。全ての動物は、National Society for Medical Researchにより作成された”Principles of Laboratory Animal Care”及び米国国立衛生研究所(NIH)から発行された『動物実験に関する指針”Guide for the Care and Use of Laboratory Animals”』(NIHpublication No.86−23,改訂1985)に沿って取り扱った。移植片を解離し、0.9%生理食塩溶液で簡単に洗浄した。その後、移植片の真中部分を3つの部分、およそ5mmの厚さに分けた。各部分を液体窒素に入れた凍結型中で、OCT化合物(Miles Scientific,USA)中に凍結した。
4)オリゴデオキシヌクレオチド(ODNs)の圧力介在トランスフェクションによる分布
各移植片の新たに凍結した塊からの横断切片(厚さおよそ5μm)における、オリゴデオキシヌクレオチド(ODNs)の圧力介在トランスフェクションによる分布を蛍光イソチオシアネート(FITC)標識ODNs(FITC−ODNs)を用いて組織化学的に評価した(図3−1−a,b)。FITC−ODNsの圧力介在トランスフェクションによる分布を評価した後、同じ横断切片をヘマトキシリン エオシン(HE)で染色した。その後、デコイのトランスフェクション効率を計算した。FITC陽性の核の数と、ヘマトキシリン陽性の核の数をNIH imageで×200の倍率で数えた。デコイのトランスフェクション効率(全核数に対するFITC陽性核数の割合として定義される)の平均は77±20%であった。
5)新脈管内膜及び中膜領域の測定
各移植片の新たに凍結した塊からの横断切片(厚さおよそ5μm)をHEで染色し、新脈管内膜及び中膜領域、並びに中膜に対する新脈管内膜の割合をこれらのHE染色した横断切片を用い、コンピューターイメージ解析ソフト”NIH image”により測定した。ND群の新脈管内膜肥厚はSD群と比べて有意に抑制されていた(図3−2−a,b)。術後4週間に測定した横断切片中の新脈管内膜及び中膜の平均領域を表1に示す。

術後4週間に測定した横断切片の新脈管内膜及び中膜の平均領域を示す。ND群の平均新脈管内膜領域はSD群のそれと比べて有意に抑制されていた(*p<0.05 対SD群)。
さらに、中膜領域に対する新脈管内膜領域の割合を図4に示す。ND群の中膜領域に対する新脈管領域の割合(新脈管内膜領域(mm)/中膜領域(mm)は0.62±0.43であり、SD群の1.45±0.45に比べて有意に勝っていた(*p<0.05)。全ての数値は平均±SDとして表現される。Student’s nonpaired Tテストを2つの群の比較に用いた。統計的有意差は、P<0.05とした。
6)免疫組織化学研究
6−1.中膜平滑筋細胞の増殖
中膜平滑筋細胞の増殖を平滑筋特異的α−アクチンに対するモノクローナル抗体を用いて免疫組織化学的に評価した。凍結切片(厚さおよそ5μm)を新しく凍結した組織の塊から切出し、α−アクチン平滑筋特異的α−アクチンに対するモノクローナル抗体(Histofine,Nichirei,Japan)、免疫組織化学染色は免疫ペルオキシダーゼアビジン−ビオチン複合体系において、塩化ニッケル顔料を用いてBaiらの方法(Arterioscler.Thromb.14:1846−53(1994))を改変して行った。染色の結果は、コンピューターイメージ解析ソフド”NIH image”で測定した。α−アクチン染色によりNFκBデコイのトランスフェクションにより中膜平滑筋細胞増殖が抑制される傾向にあることが示された(図3−3−a,b)。
6−2.中膜平滑筋細胞の分化及び増殖
増殖細胞核抗原(PCNA)に対するモノクローナル抗体(PC−10,DAKO)を平滑筋細胞、並びに、分化及び増殖細胞の特異的マーカーとして用いる以外は、上記5−1におけるα−アクチン染色と同様の手順によるPCNA染色を行った。中膜中のPCNA陽性の核、及びヘマトキシリン陽性の核の数をNIH imageにより×200の倍率で数えた。細胞増殖の頻度はPCNA指数で表現した。PCNA指数は、中膜中の全核数に対するPCNA陽性の核数の割合として定義する。
中膜平滑筋細胞の分化及び増殖を、術後4週間の横断切片についてPCNAに対するモノクローナル抗体を用いて評価した。ND群のPCNA指数は13±4*%であり、SD群の56±24%より低かった(*p<0.05 対SD群)(図5)。全ての数値は平均±SDとして表現される。Student’s nonpaired Tテストを2つの群の比較に用いた。統計的有意差は、P<0.05とした。
6−3.細胞外マトリックス染色
細胞外マトリックス染色としてマッソン三色染色を行った。Masson三色染色では、ND群において新脈管内膜中の細胞外間トリックスの過剰な産生の抑制が観察された(図3−4−a,b)。
【産業上の利用の可能性】
従来in vivoにおいて、または代替的な非冠動脈バイパスモデルで研究されていたNFκBデコイのVGD予防効果が大動物モデルにおいて証明された。本発明により、NFκBデコイのトランスフェクションにより中膜平滑筋細胞の分化及び増殖が抑制されるだけでなく、新脈管内膜中の細胞外マトリックスの過剰な産生も抑制されることが組織病理学的方法により証明された。本発明により、NFκBデコイの静脈移植片壁へのトランスフェクションの新脈管内膜形成、中膜平滑筋細胞の分化及び増殖における予防効果が証明され、CABG後の静脈移植片における新脈管内膜肥厚を減弱するためにNFκBデコイを臨床的に適用できることが示された。
【配列表】



【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管または血管移植片の一部における転写因子NFκBにより活性化される転写を調節する方法であって、該移植片を転写因子NFκBに対するデコイと接触させる工程を含む方法。
【請求項2】
該血管または血管移植片の一部が静脈移植片である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
該血管または血管移植片の一部をin vivoまたはex vivoでNFκBに対するデコイと接触させることを含む、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
圧力介在(pressure−mediated)法によりNFκBに対するデコイを血管または血管移植片に導入する、請求項1〜3いずれか一項記載の方法。
【請求項5】
転写因子NFκBに対するデコイとの接触によって、移植片における新生内膜肥厚を抑制する、請求項1〜4いずれか一項記載の方法。
【請求項6】
NFκBのデコイを含有する血管移植片の内膜肥厚に対する保護剤。
【請求項7】
該血管移植片が静脈移植片である、請求項6記載の保護剤。
【請求項8】
圧力介在法により血管または血管移植片にNFκBに対するデコイを導入するための、請求項6または7記載の保護剤。

【国際公開番号】WO2004/026342
【国際公開日】平成16年4月1日(2004.4.1)
【発行日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−537529(P2004−537529)
【国際出願番号】PCT/JP2002/013805
【国際出願日】平成14年12月27日(2002.12.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2002年1月1日 社団法人日本外科学会発行の「日本外科学会雑誌 第103巻第1号2002年」に発表
【出願人】(500409323)アンジェスMG株式会社 (34)
【Fターム(参考)】