説明

Nb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルおよび製造法

【課題】熱延コイルを展開して通板するラインにおいて材料割れの問題が安定して防止できるに足る靱性・延性を有する、厚ゲージのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルを提供する。
【解決手段】硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm2以上に調整されている板厚5.0〜10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。この熱延コイルは、スラブを仕上圧延温度890℃以上で熱間圧延して板厚5.0〜10.0mmとしたのち、巻取前に水冷して巻取温度400℃以下で巻取ってコイルとし、巻取終了時から30分以内にコイルを水中に浸漬し、当該水中で15分以上保持する手法によって製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚5mm以上の「厚ゲージ」のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルであって、製造ラインでコイルを展開して通板する際に問題となる鋼帯の割れが安定して防止できる良好な靱性・延性を有するものに関する。また、そのような熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルの製造法に関する。本明細書において「熱延コイル」とは、熱間圧延後の鋼帯が巻取られて冷却されたままのコイルをいい、「熱延焼鈍コイル」とは、熱間圧延後の鋼帯が巻取られて冷却された後に焼鈍酸洗されたコイルをいう。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼製品の用途としては冷延鋼板を素材とする用途が多いが、なかには板厚が5〜10mmといった「厚ゲージ」のステンレス鋼板を素材とする用途もある。例えば、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジには耐食性・耐熱性・強度が要求されることから、ステンレス鋼の厚板が使用される。従来、製造性の良好なオーステナイト系ステンレス鋼が適用されてきたが、熱膨張係数の面および素材コストの面で有利なフェライト系ステンレス鋼への置き換えが検討されている。
【0003】
自動車排ガス経路のフランジ用途では、耐食性・耐熱性に優れる鋼種の適用が有利となる。そのようなフェライト系鋼種の一つとしてNb含有フェライト系ステンレス鋼が挙げられる。しかし、Nb含有フェライト系ステンレス鋼はLaves相(Fe2Nbを主体とする金属間化合物)が生成して靱性低下を起こしやすく、厚ゲージの熱延コイルを製造すると、次工程の通板ライン(連続焼鈍酸洗ラインや、その準備のためにダミーテールを取り付ける巻替えラインなど)においてコイルを展開して通板したときに鋼帯に割れが生じるトラブルが発生しやすい。また、本来フェライト系ステンレス鋼は475℃脆化を生じやすいという問題もある。これらのことから、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ熱延鋼帯を既存の大量生産設備によって製造することは非常に難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64−56822号公報
【特許文献2】特公平6−17516号公報
【特許文献3】特開平8−199237号公報
【特許文献4】特許第3705391号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】岩岡昭二、大橋延夫、「高純度フェライト系ステンレス鋼量産方式の開発」、鉄と鋼、第65年(1979)第14号、p.2097−2103
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
TiやNbを添加したフェライト系ステンレス鋼熱延材の靱性を改善する方法について、これまでに種々の方法が検討されてきた。特許文献1には熱延仕上げ温度を組成に応じて高くし、巻取後に急水冷する手法が開示されている。特許文献2には熱間圧延後に急冷し、450℃以下の温度で巻取る手法が開示されている。特許文献3には熱間圧延後に冷却し、板厚に応じてできるだけ低温で巻取る手法が開示されている。特許文献4にはC+Nの含有量を靱性低下が生じにくい範囲に調整する手法が開示され、特に熱間圧延を800℃以上で終了して少なくとも600℃まで水冷することが好ましいと教示されている。非特許文献1には熱延終了温度を900℃以上とし、鋼帯をただちに水槽中で水冷する手法が開示されている。
【0007】
これらの従来技術は、Nbを添加したフェライト系ステンレス鋼の熱延コイルの靱性向上に有効である。しかしながら発明者らの調査によれば、厚ゲージのNb含有フェライト系ステンレス鋼の熱延コイルの場合、上記の従来技術を適用しても、コイル展開時の割れを安定して防止することは容易でないことがわかった。熱延焼鈍コイルにおいても同様である。すなわち、熱延コイルや熱延焼鈍コイルを展開する通板ラインにおいて、鋼帯に比較的大きい曲げ変形量が付与される箇所で割れが発生し問題となる場合がある。
【0008】
本発明はこのような問題に鑑み、熱延コイルや熱延焼鈍コイルを展開して通板するラインにおいて材料割れの問題が安定して防止できるに足る靱性・延性を有する、厚ゲージのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
厚ゲージのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルや熱延焼鈍コイルを展開する通板ラインでの割れを安定して防止するためには、熱延コイル製造過程でLaves相の生成を抑止すること、および475℃脆化を回避することが重要である。Laves相の生成を抑止するためには800℃付近の温度域の通過時間を短くすることが有効であり、475℃脆化を防止するためには475℃付近の温度域の通過時間を短くすることが有効である。そのため、上記各文献に開示されるように、従来から熱間圧延後の冷却過程で水冷による強制冷却を行う手法が採用されている。
【0010】
しかし、発明者らの調査によれば、厚ゲージの熱延コイルの場合、単に水冷による強制冷却を施すだけでは鋼帯の靱性・延性を安定して改善することが難しいことがわかった。その原因として、コイルに巻取った後の「復熱」が挙げられる。すなわち、水冷後に巻取っても、その後にコイル内部に蓄積された熱によって再びコイル全体の広い範囲で温度が上昇に転じる「復熱」の現象が起こる。一般に巻取温度は鋼帯表面の温度で管理されるが、厚ゲージの鋼帯では、板厚中央部付近の温度が巻取温度(表面温度)よりもかなり高い状態となりやすい。これが復熱を引き起こす大きな要因となる。
【0011】
詳細な検討の結果、
(i)仕上圧延温度を890℃以上の高温とすること、
(ii)巻取温度を400℃以下の低温とすること、
(iii)低温巻取後のコイルをさらに水中に浸漬して復熱を防止すること、
によって硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm2以上に調整された熱延コイルを得ることができる。また、その熱延コイルを連続焼鈍酸洗ラインで焼鈍酸洗することにより、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm2以上に調整された熱延焼鈍コイルを得ることができる。このような熱延コイルや熱延焼鈍コイルは、厚ゲージであるにもかかわらず、そのままの状態で次工程の通板ラインにて割れを生じることなく展開することができる。
本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0012】
すなわち上記目的は、質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00〜25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01〜0.80%であり、必要に応じてNi:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm2以上に調整されている板厚5.0〜10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルによって達成される。また、上記組成を有し、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm2以上に調整された板厚5.0〜10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルよって達成される。
【0013】
ここで、前記の硬さおよびシャルピー衝撃値が上記の範囲に「調整されている」とは、コイル状に巻かれた鋼帯の全長にわたって上記数値範囲内の特性を満たしていることを意味する。「鋼帯の全長」とは鋼帯の幅が一定となっている部分であり、ライン通板時に切断除去される鋼帯の長手方向両端部を除いた部分である。「硬さ」は鋼帯の表面硬さである。「シャルピー衝撃値」は2mmVノッチ衝撃試験片を用いてJIS Z2242に従って測定された値が採用される。衝撃試験片は、その長手方向が鋼帯の圧延方向に一致し、かつハンマーの運動方向が鋼帯の幅方向となるように採取する。
【0014】
また、そのような熱延コイルの製造法として、上記の組成を有するステンレス鋼スラブを仕上圧延温度890℃以上で熱間圧延して板厚5.0〜10.0mmとしたのち、巻取前に水冷して巻取温度400℃以下で巻取ってコイルとし、巻取終了時から30分以内にコイルを水中に浸漬し、当該水中で15分以上保持するNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造法が提供される。さらに、上記の製造法で得られたNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルに対して、連続焼鈍酸洗ラインにて焼鈍酸洗を施すNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルの製造法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルにおいて、靱性・延性に優れたものが提供可能となった。従来Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルや熱延焼鈍コイルはライン通板に供することが困難であったところ、本発明に従えばそれが可能となる。したがって本発明は、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途において、フェライト系ステンレス鋼材の普及に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】熱延コイルの25℃におけるシャルピー衝撃値を熱延コイル製造条件の分類(表2)によって整理したグラフ。
【図2】熱延コイルのビッカース硬さを熱延コイル製造条件の分類(表2)によって整理したグラフ。
【図3】熱延コイル製造条件分類e(表2)によって得た熱延コイルを用いて製造した熱延焼鈍コイルの25℃におけるシャルピー衝撃値を例示したグラフ。
【図4】熱延コイル製造条件分類e(表2)によって得た熱延コイルを用いて製造した熱延焼鈍コイルのビッカース硬さを例示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において成分元素における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
〔化学組成〕
Cは、鋼を硬質化させ、靱性を低下させる要因となるので、0.030%以下の含有量に制限される。ただし、極度に低C化を図る必要はなく、通常、0.001〜0.030%のC含有量とすればよい。
【0018】
Si、Mnは、脱酸剤として有効である他、耐高温酸化性を向上させる作用を有する。特に耐高温酸化性を重視する場合には、Siについては0.05%以上、Mnについても0.05%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に含有させると鋼の脆化を招く要因となる。種々検討の結果、Si、Mnともそれぞれ2.00%以下の含有量に制限される。それぞれ1.00%以下、あるいは0.50%以下に管理してもよい。
【0019】
P、Sは、多量に含有すると耐食性低下などの要因となりうるので、Pは0.050%以下、Sは0.040%以下に制限される。通常は、P:0.010〜0.050%、S:0.0005〜0.040%の範囲とすればよい。耐食性を重視する場合はS含有量を0.005%以下に制限することがより効果的である。
【0020】
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために重要な元素である。また、耐高温酸化性の向上にも有効である。これらの作用を発揮させるためには10.00%以上のCr含有量が必要となる。15.00%以上、あるいは17.00%以上のCr含有量とすることがより効果的である。一方、多量にCrを含有させると、鋼の硬質化および靱性低下によって厚ゲージ鋼帯の製造性が難しくなる。種々検討の結果、Cr含有量は25.00%以下に制限される。22.00%以下、あるいは20.00%以下に管理してもよい。
【0021】
Nは、靱性を低下させる要因となるので、0.030%以下の含有量に制限される。ただし、極度に低N化を図る必要はなく、通常、0.001〜0.030%のN含有量とすればよい。
【0022】
Nbは、C、Nを固定することによってCr炭化物・窒化物の粒界偏析を抑制し、鋼の耐食性や耐高温酸化性を高く維持するうえで極めて有効な元素である。そのためには0.01%以上のNb含有が必要となる。0.05%以上とすることがより効果的であり、0.20%以上とすることがさらに効果的である。ただし、過剰のNb含有は熱延コイルの靱性低下を助長するので好ましくない。種々検討の結果、Nb含有量は0.80%以下に制限される。0.60%以下に管理してもよい。
【0023】
Niは、腐食の進行を抑制する作用があり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.01%以上のNi含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量のNi含有は加工性に悪影響を及ぼすことがあるので、Niを添加する場合は2.00%以下の範囲で行う必要があり、1.00%以下の範囲に管理してもよい。
【0024】
Moは、耐食性の向上に有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.02%以上のMo含有量を確保することがより効果的であり、0.50%以上とすることが一層効果的である。ただし、多量のMo含有は靱性に悪影響を及ぼすので、Moを添加する場合は2.50%以下の範囲で行う必要があり、1.50%以下の範囲に管理してもよい。
【0025】
Cuは、低温靱性および加工性の向上に有効な元素である。また、高温強度の向上にも有効である。そのため、必要に応じてCuを添加することができる。その場合、0.02%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量にCuを添加すると加工性がむしろ低下するようになる。Cuを添加する場合は1.80%以下の範囲で行う必要があり、0.50%以下の含有量に管理してもよい。
【0026】
Coは、低温靭性に寄与する元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.010%以上のCo含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰添加は延性低下の要因となるので、Coを添加する場合は0.50%以下の範囲で行う。
【0027】
Alは、脱酸剤として有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.005%以上のAl含有量とすることがより効果的である。ただし、多量のAl含有は靱性低下の要因となるので、Alを含有させる場合、Al含有量は0.50%以下に制限され、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0028】
W、Vは、高温強度の向上に有効な元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、Wについては0.10%以上、Vについても0.10%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に添加すると鋼が硬質となり、鋼帯通板時の割れを招く要因となる。Wを添加する場合は1.80%以下の範囲で行う必要があり、0.50%以下の含有量に管理してもよい。Vを添加する場合は0.30%以下の範囲で行う必要があり、0.15%以下の含有量に管理してもよい。
【0029】
Ti、Zrは、Cを固定する作用があり、鋼の耐食性や耐高温酸化性を高く維持するうえで有効な元素である。そのため、必要に応じてTi、Zrの1種以上を添加することができる。その場合、Tiについては0.01%以上、Zrについては0.02%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のTi含有は熱延コイルの靱性低下を助長しするので、Tiを添加する場合は0.50%以下の範囲で行う。また、多量のZr含有は加工性を阻害する要因となるので、Zrを添加する場合は0.20%以下の範囲で行う。
【0030】
Bは、少量の添加によって耐食性や加工性を改善する元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、0.0001%以上のB含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のB含有は熱間加工性に悪影響を及ぼすので、Bを添加する場合は0.0050%以下の範囲で行う。
【0031】
REM(希土類元素)、Caは、耐高温酸化性の向上に有効な元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、REMは0.001%以上、Caは0.0005%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に添加すると靱性が低下するので、REMを添加する場合は0.100%以下、Caを添加する場合は0.0050%以下の含有量範囲で行う。
【0032】
〔板厚〕
上記組成のNb含有フェライト系ステンレス鋼の熱延コイルや熱延焼鈍コイルの場合、板厚が5.0mm以上になると、一般的な鋼帯製造ラインにおいて通板時にロールによる曲げ変形を受けた際に割れが生じやすくなり、しばしば問題となる。一方、一般的な鋼帯製造ラインの通板能力を考慮すると、板厚が10.0mmを超えるようなNb含有フェライト系ステンレス鋼の鋼帯を通板させることには無理がある。したがって本発明では、板厚5.0〜10.0mmの熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルを対象とする。5.5〜9.0mmの板厚に管理してもよい。
【0033】
〔機械的性質〕
上記組成を有するNb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ熱延鋼帯をライン通板する際の割れを防止するためには、材料が良好な延性および靱性を有していることが重要となる。延性は硬さによって、また靱性は25℃におけるシャルピー衝撃値によって評価することができる。詳細な検討の結果、熱延コイルの場合、コイル全長にわたって、硬さが190HV以下でかつ25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm2以上であるとき、板厚10.0mmまで、そのまま次工程のラインに割れを発生させることなく通板させることが可能となる。また、熱延焼鈍コイルの場合は、コイル全長にわたって、硬さが175HV以下でかつ25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm2以上であるとき、板厚10.0mmまで、そのまま次工程のラインに割れを発生させることなく通板させることが可能となる。
【0034】
〔熱延コイルの製造〕
熱間圧延は、スラブを加熱した後、抽出して、複数パスの圧下を行って板厚5.0〜10.0mmの鋼帯とし、巻取るという、一連の工程によって実施される。その際、仕上圧延温度を890℃以上と高く設定することが重要である。それより仕上圧延温度が低いと熱延ひずみが大きくなって材料が硬質化し、ライン通板時の割れを誘発しやすくなる。また、仕上圧延温度を800℃付近よりも十分に高温とすることにより、巻取前の冷却過程で800℃付近の温度域を水冷によって短時間で通過させることができ、Laves相の生成を回避するうえで有利となる。ただし、仕上圧延温度を過度に高くすると後述の低温巻取が実施できなくなる場合がある。熱間圧延ラインの水冷能力にもよるが、通常、仕上圧延温度は1000℃以下の範囲とすればよい。
【0035】
仕上圧延後の鋼帯は、巻取前に水冷して、巻取温度400℃以下で低温巻取を行ってコイルとする。それより巻取温度が高いと、板厚中央部の高温領域でLaves相が生成してコイルが脆化しやすい。なお、仕上熱延後、巻取までの所要時間は100秒以下とすればよい。一般的な熱間圧延ラインでは、通常、上記の所要時間以内で巻取が実施される。
【0036】
従来、400℃以下という低温巻取を行った熱延コイルに対して、さらに水冷を行うというような入念な処理を施してNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの脆化防止を図ることは行われていない。5mm未満の板厚であれば高温仕上・低温巻取の手法を採用することで、通常はそのままライン通板に供することが可能な熱延コイルが得られるからである。しかしながら、板厚5mm以上の厚ゲージ材になると、高温仕上・低温巻取を行うだけでは脆化の問題を解決することができない。前述の「復熱」による影響が無視できなくなるからである。そこで、本発明では、低温巻取を行って得られたコイルに対して、さらに水冷処理を行う。
【0037】
具体的には、巻取温度400℃以下で巻取られたコイルを、巻取終了時から30分以内に水中へ浸漬し、水冷する。巻取後に30分より長時間放置すると475℃脆化が生じる場合がある。水中への浸漬は、コイル全体が水没するようにして行う。浸漬時間は15分以上を確保する必要がある。それより短いと浸漬後に復熱が生じてコイルの中心部(最内周)に近い領域などで脆化が起こりやすくなる。
【0038】
〔熱延焼鈍コイルの製造〕
上記の手法に従って製造した熱延コイルは、必要に応じて巻替えラインにてダミーテールの取り付けや表面疵の手入れを行った後、連続焼鈍酸洗ラインに通板して、熱延焼鈍コイルとすることができる。連続焼鈍酸洗ラインでの焼鈍条件としては、例えば、950〜1150℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/sec以上として冷却する条件が好ましい。
【実施例1】
【0039】
表1に示す鋼を溶製して連続鋳造スラブとし、連続熱間圧延ラインにて板厚8mmの熱延コイルを製造した。表1中に示す鋼はいずれも本発明で規定する化学組成を満たすものである。表2に熱延コイル製造条件を示す。熱延コイルの水冷は、水槽中の水に熱延コイルを浸漬する方法で行った。表1中には熱延コイル製造条件のうち、スラブ加熱温度、仕上圧延温度、巻取温度を具体的に記載した。
【0040】
水槽中の水はポンプの動力により循環するようにしてあり、熱延コイル全体が常に水中に没するように適宜水が補給される。水槽浸漬を行う場合には、巻取終了時から30分以内に浸漬した。また、水槽中の浸漬時間は15分以上とした。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
得られた熱延コイルの最外周部および最内周部からサンプルを採取し、それぞれのサンプルの鋼帯幅方向端部(エッジ部)付近および幅方向中央部から、シャルピー衝撃試験片および硬さ測定用試験片を切り出した。硬さ測定と25℃におけるシャルピー衝撃試験を前述の手法にて実施した。コイルの外周部付近と内周部付近とでは復熱による影響に差が生じることから、各コイルについて、最外周部および最内周部の全ての測定値の中で最も成績の悪い数値を、そのコイルの特性値(以下「評価特性値」という)として採用した。具体的には、シャルピー衝撃値については得られた測定値のうち最も小さい値を評価特性値とし、硬さについてはビッカース硬さの測定値のうち最も大きい値を評価特性値とした。
【0044】
図1および図2に、それぞれ熱延コイルの25℃におけるシャルピー衝撃値および硬さ(いずれも上述の評価特性値)を示す。
【0045】
分類aの条件は仕上圧延終了後に特段の冷却操作を施さない一般的なフェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造方法に従ったものであるが、巻取までの間にLaves相が生成し、巻取後に475℃脆化を起こしたことにより、靱性(シャルピー衝撃値)の低下が著しかった。また、硬質な仕上がりとなった。このままではライン通板に供することが困難であるため、製品化するためにはバッチ焼鈍後に急冷するといった特別な処理が必要となる。
【0046】
分類bの条件は、分類aの条件で得られたコイルを水中に浸漬して冷却したものである。これにより475℃脆化はかなり回避できるものの、Laves相の生成により靱性は低かった。また、硬質な仕上がりとなった。この熱延コイルもこのままライン通板に供することは困難である。
【0047】
分類cの条件は仕上圧延温度を高くして高温巻取を行い、その後、水槽浸漬を施したものである。この場合は熱延ひずみが少なくなって比較的軟質な仕上がりとなったが、Laves相による靱性低下が生じた。
【0048】
分類dの条件は、分類cの条件において、巻取前に水冷を行って巻取温度をやや低くしたものである。ただし、巻取前の水冷が不十分であるためLaves相による脆化は解消されていない。
【0049】
分類eの条件は仕上圧延温度を高くするとともに、巻取前に十分に水冷を行って巻取温度400℃以下の低温巻取とし、さらに水槽浸漬をも実施したものである(本発明例)。この場合は、仕上圧延温度が高いので熱延ひずみが抑制され、軟質な仕上がりが得られた。また、800℃付近の通過時間を短くしたことによってLaves相の生成が抑制され、さらにコイルの水槽浸漬によって475℃脆化も抑制されたことから、良好な靱性も得られた。この条件によって製造した各熱延コイルについて、ラインに通板して展開した後、そのラインの出側で巻取るという、巻替え実験を実施したところ、いずれの熱延コイルも通板の支障になるようなトラブルは発生しないことが確認された。
【0050】
分類fの条件は、分類eの条件において水槽浸漬を省略したものである。この場合はコイルの復熱により475℃脆化が進行したとみられ、靱性は低下した。また、やや硬質な仕上がりとなった。
【実施例2】
【0051】
実施例1で製造した熱延コイルを、連続焼鈍酸洗ラインに通板して熱延焼鈍コイルを得た。その焼鈍条件は、950〜1150℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/sec以上として冷却する条件を満たす範囲で、種々の条件を採用した。得られた熱延焼鈍コイルについて、上記と同様にシャルピー衝撃値およびビッカース硬さの評価特性値を求めた。その結果、本発明に従う分類eの条件によって製造した熱延コイルに由来する熱延焼鈍コイルは、いずれも、シャルピー衝撃値25J/cm2以上かつ硬さ175HV以下の特性を満たすことが確認された。
【0052】
図3および図4に、それぞれ表1のNo.9、15、18、19、20、21(分類e)の熱延コイルを用いて種々の焼鈍条件で製造した熱延焼鈍コイルのシャルピー衝撃値および硬さ(いずれも上記の評価特性値)を例示する。
【実施例3】
【0053】
表1に示した発明例と同様の組成を有する種々のNb含有フェライト系ステンレス鋼をラボ溶製し、大量生産ラインでの熱延コイル製造条件を想定した上記分類eの条件で板厚10.0mmの熱延板を作製した。得られた熱延板について、板厚10mmの熱延鋼帯が通板可能な能力を有する通板ラインでの曲げ変形を想定した曲げ試験を実施した。その結果、いずれの試料も板厚10.0mmの熱延コイルにおいて通板時のトラブルが回避される靱性・延性を有すると評価された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00〜25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01〜0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm2以上に調整されている板厚5.0〜10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。
【請求項2】
さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有する請求項1に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。
【請求項3】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00〜25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01〜0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm2以上に調整されている板厚5.0〜10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイル。
【請求項4】
さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有する請求項3に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイル。
【請求項5】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00〜25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01〜0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のステンレス鋼スラブを仕上圧延温度890℃以上で熱間圧延して板厚5.0〜10.0mmとしたのち、巻取前に水冷して巻取温度400℃以下で巻取ってコイルとし、巻取終了時から30分以内にコイルを水中に浸漬し、当該水中で15分以上保持するNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造法。
【請求項6】
ステンレス鋼スラブが、さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項5に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の製造法で得られたNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルに対して、連続焼鈍酸洗ラインにて焼鈍酸洗を施すNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルの製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−140688(P2012−140688A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−856(P2011−856)
【出願日】平成23年1月5日(2011.1.5)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】