説明

Nd−Fe−B系磁石の製造方法

【課題】DyやTbの使用量を低減するか又はこれらの重希土類元素を使用することなしに、高い保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を製造するための方法を提供する。
【解決手段】アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を用意する工程、及び前記Nd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理する熱処理工程を含むことを特徴とするNd−Fe−B系磁石の製造方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nd−Fe−B系磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd−Fe−B系磁石は、優れた磁気特性、例えば高い保磁力等を有することから、電気製品やハイブリッド自動車(HEV)及び電気自動車(EV)の駆動用モーターなど、幅広い用途において使用されている。しかしながら、Nd−Fe−B系磁石は、キュリー温度が比較的低いために保磁力の温度依存性が大きいという問題がある。そこで、一般的には、ハイブリッド自動車等の駆動用モーターなど、高温下においても高い保磁力が要求される用途では、当該Nd−Fe−B系磁石にジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)等の重希土類元素を添加することでその保磁力の向上が図られている。
【0003】
しかしながら、DyやTb等の重希土類元素は、高価な希少金属であり、近年、特にハイブリッド自動車や電気自動車の普及とともにそれらの使用量が増加していることから資源の不足が懸念されている。このため、Dy等の重希土類元素の使用量を低減するか又はこれらの重希土類元素を使用することなしに、高い保磁力を達成することができる磁石材料の開発が求められている。
【0004】
特許文献1では、基板上に、化学組成NdxFe14B(2.0≦x≦2.8)からなる磁石材料層をアモルファス状態で成膜する工程、前記アモルファス状態の磁石材料層上にM元素(M元素はDy又はTbの重希土類元素)からなる添加材料膜を成膜する工程、前記添加材料膜が成膜されたアモルファス状態の磁石材料層を加熱処理することで、前記磁石材料層を結晶化するとともに、前記添加材料膜を構成するM元素を前記磁石材料層の粒界層に拡散させる工程とを有するNd−Fe−B系磁石の製造方法が記載され、さらに、前記加熱処理が温度600℃以上700℃以下で行われることが記載されている。また、特許文献1では、上記の構成を有するNd−Fe−B系磁石の製造方法によれば、希少金属である重希土類元素の使用量を減らしながらも、保磁力の向上が図られたNd−Fe−B系磁石が得られると記載されている。
【0005】
また、磁化の高いα−Fe等の軟磁性相と保磁力の高いNd2Fe14B等の硬磁性相とを組み合わせた構造を有するナノコンポジット磁石についても、高いエネルギー積が理論的に得られることから盛んに研究が行われている。
【0006】
例えば、特許文献2では、非晶質のナノコンポジット磁石原料粉末の一軸方向のみを熱間加圧する工程を備えたナノコンポジット磁石粉末の製造方法が記載され、さらに、上記の熱間加圧工程において、加圧力が400MPa以上、1100MPa以下であり、加熱温度が300℃以上、900℃以下であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−009495号公報
【特許文献2】特開2009−043756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、DyやTbの使用量を低減しつつ、保磁力が向上されたNd−Fe−B系磁石が得られると記載されているものの、当該特許文献1に記載の方法によって製造されるNd−Fe−B系磁石は、Nd2Fe14Bの結晶粒からなる主相以外に、Dy2Fe14B又はTb2Fe14Bからなる粒界層を必須の構成要素として含むものである。それゆえ、特許文献1に記載の方法では、DyやTbの使用量の低減に関して依然として改善の余地があった。
【0009】
また、特許文献2に記載の方法では、具体的にはα−Fe結晶やFe3B結晶からなる軟磁性相と、Nd2(Fe,Co)14B結晶からなる硬磁性相とによって構成されるナノコンポジット磁石が製造されている。しかしながら、このようなナノコンポジット磁石は、保磁力の向上には必ずしも寄与しないα−Fe結晶等の軟磁性相をその構造中に多く含むものである。したがって、特許文献2に記載の方法では、自動車等の分野において要求されるような高い保磁力を有する磁石材料を製造することは困難である。
【0010】
そこで、本発明は、新規な構成により、DyやTbの使用量を低減するか又はこれらの重希土類元素を使用することなしに、高い保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明は下記にある。
(1)アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を用意する工程、及び
前記Nd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理する熱処理工程
を含むことを特徴とする、Nd−Fe−B系磁石の製造方法。
(2)前記熱処理工程の温度範囲が550℃以上600℃以下であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)前記熱処理工程の温度範囲が575℃以上600℃以下であることを特徴とする、上記(2)に記載の方法。
(4)前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量が14原子%以上35原子%以下であり、かつNdとFeの原子比が1.5:1〜2.5:1であることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5)前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料が、ガリウム、ジスプロシウム、及びテルビウムからなる群より選択される少なくとも1種の元素をさらに含むことを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料がガリウムをさらに含むことを特徴とする、上記(5)に記載の方法。
(7)前記Nd−Fe−B系磁石が20℃で21.7kOe以上の保磁力を有することを特徴とする、上記(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法。
(8)前記Nd−Fe−B系磁石が20℃で22.0kOe以上の保磁力を有することを特徴とする、上記(7)に記載の方法。
(9)前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料が、Nd−Fe−B系合金の溶湯を液体急冷法において急冷凝固することによって製造されたことを特徴とする、上記(1)〜(8)のいずれか1つに記載の方法。
(10)前記Nd−Fe−B系磁石が等方性磁石であることを特徴とする、上記(1)〜(9)のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度、特には550℃以上600℃以下の温度、及び50MPa以上300MPa以下の圧力、特には200MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理することで、Nd−Fe−B系磁石の非常に均質でかつ微細な結晶粒を得ることができ、その結果として、DyやTb等の重希土類元素を何ら使用することなしに、従来の製造方法によって得られたNd−Fe−B系磁石に比べてより高い保磁力、例えば20℃で21.7kOe以上、特には20℃で22.0kOe以上の保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の方法におけるNd−Fe−B系磁石原料を作製するのに使用した単ロール装置の模式図である。
【図2】アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料及びナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料の磁化曲線を示す図である。
【図3】アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を種々の条件下で熱処理して得られた複数の試料の磁化曲線と、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を熱処理して得られた比較例1の試料の磁化曲線とを示すグラフである。
【図4】表3に示す各試料の保磁力を温度の関数としてプロットしたものである。
【図5】(a)は本発明の方法による熱処理を実施する前のアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料のリボン状薄帯に関するTEM写真であり、(b)及び(c)はその拡大写真である。
【図6】(a)は本発明の方法による熱処理を実施した後のNd−Fe−B系磁石試料のTEM写真であり、(b)及び(c)はその拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のNd−Fe−B系磁石の製造方法は、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を用意する工程、及び前記Nd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理する熱処理工程を含むことを特徴としている。
【0015】
Nd−Fe−B系磁石をハイブリッド自動車等の駆動用モーターにおいて使用する場合には、先に述べたとおり、その保磁力を改善するために、当該Nd−Fe−B系磁石にジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)等の重希土類元素が一般に添加されている。しかしながら、DyやTb等の重希土類元素は、資源リスクや材料コストの観点から、Nd−Fe−B系磁石においてはそれらの使用量を可能な限り低減することが好ましく、さらにはこれらの重希土類元素を添加することなしに、高い保磁力を達成することがより好ましい。
【0016】
一方で、Dy等の重希土類元素を添加せずにNd−Fe−B系磁石の保磁力を向上させる手法としては、当該Nd−Fe−B系磁石の結晶粒を微細化することが有効であると一般的に知られている。そして、このような結晶粒の微細化によって特にハイブリッド自動車等で使用できる程度の保磁力を達成するためには、Nd−Fe−B系磁石のほぼすべての結晶粒を、それらが単磁区となる結晶粒径以下の粒径、一般的には約200〜300nm以下の粒径に制御することが必要である。
【0017】
ここで、Nd−Fe−B系磁石の結晶粒を微細化する方法としては種々のものが知られており、例えば、液体急冷法や、粉砕、アモルファス合金の熱処理等が挙げられる。液体急冷法は、Nd−Fe−B系磁石の磁性粉を製造するための代表的な方法であり、当該液体急冷法によれば、Nd−Fe−B系合金の溶湯を冷却したロール上に噴射して急冷し、そしてリボン状の薄帯とすることで、微細な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を直接的に製造することが可能である。しかしながら、当該液体急冷法において微細な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を直接的に製造するためには、急冷時の冷却速度を極めて限られた範囲内に制御する必要があり、一般的には105〜106K(ケルビン)/秒の速度で冷却する必要がある。冷却速度がこれよりも速いと、得られるNd−Fe−B系材料がアモルファス組織となってしまい、一方で、冷却速度がこれよりも遅いと、より大きなNd−Fe−B結晶粒が生成してしまうため、結果として高い保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を得ることができない。
【0018】
また、粉砕による結晶粒の微細化では、例えば、結晶粒をμmオーダーか又はそれよりも小さい粒径に微細化しようとすると、結晶粒の表面酸化や、粉砕時において結晶粒に歪みなどが生じてしまい、その結果として、得られるNd−Fe−B系磁石において十分な保磁力を達成することができない。一方で、アモルファス合金の熱処理では、例えば、液体急冷法等によって調製したアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を、大気圧付近の圧力下において不活性ガス等の雰囲気中で熱処理することによりNd−Fe−B系磁石の結晶粒が成長される。しかしながら、このような圧力をかけない条件下での熱処理においては、結晶核の生成頻度に対して結晶の成長速度が大きくなるために、結晶核が1箇所でも生成すると、それが一気に成長して大きな結晶となってしまう。したがって、アモルファス合金の熱処理によって安定的に微細な結晶粒を得ることは非常に困難である。また、得られたNd−Fe−B系材料を磁石として使用する際には、それをさらに焼結工程にさらす必要があり、この場合には、結晶粒がさらに粗大化してしまう可能性が極めて高い。
【0019】
本発明者らは、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理、より具体的には加圧焼結することで、Nd−Fe−B系磁石の非常に均質でかつ微細な結晶粒を得ることができ、その結果として、DyやTb等の重希土類元素を何ら使用することなしに、高い保磁力、例えば20℃で21.7kOe以上、特には20℃で22.0kOe以上の保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を製造することができることを見出した。
【0020】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を高圧条件下において熱処理することにより、Nd−Fe−B系磁石原料中の比較的軽い元素であるホウ素(B)や鉄(Fe)の拡散が抑制され、その結果として結晶の成長速度を低下させることができると考えられる。したがって、アモルファス合金の熱処理について先に述べた大気圧のような低圧条件下での熱処理とは異なり、結晶核の生成頻度と結晶の成長速度とがうまくバランスして結晶粒の粗大化が抑制され、Nd−Fe−B系磁石のほぼすべての結晶粒をそれらが単磁区となる結晶粒径以下の粒径、特には約200〜300nm以下の粒径に制御することができると考えられる。本発明におけるNd−Fe−B系磁石の高い保磁力は、本発明の方法によってこのように非常に微細な結晶粒を成長させることができることに起因するものであると考えられる。
【0021】
本発明の方法によれば、Nd−Fe−B系磁石原料としては、少なくともNd、Fe及びBの各元素を構成元素として含みかつ均一なアモルファス組織を有する材料であればよく、特に限定されないが、例えば、このような材料は、液体急冷法によって調製することが可能である。
【0022】
具体的には、まず、Nd−Fe−B系磁石の各構成元素を含有する複数の原料粉末から出発し、例えば、Nd、Fe及びFeBの各原料粉末から出発し、これらを所定の割合で秤量してアーク溶解等により合金インゴットを調製する。次に、この合金インゴットを高周波で溶解し、そうして得られたNd−Fe−B系合金の溶湯を、冷却されて所定の回転速度で回転しているロール上に噴射しそれを急冷凝固してリボン状の薄帯を形成する。次いで、形成されたリボン状の薄帯を必要に応じて粉砕等することにより、均一なアモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を得ることができる。
【0023】
先に述べたとおり、液体急冷法によって微細な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を得ることは、急冷時の冷却速度を極めて限られた範囲内、一般的には105〜106K/秒の範囲内に制御する必要があることから非常に困難である。しかしながら、本発明の方法において用いられるようなアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を液体急冷法によって調製する場合には、単にロールの回転速度を速くして上記の速度範囲よりも速い冷却速度、すなわち105〜106K/秒の速度範囲よりも速い冷却速度でNd−Fe−B系合金の溶湯を冷却すればよいので、微細な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を調製する場合に比べて、非常に容易に均一なアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を調製することが可能である。なお、このような均一なアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を調製するためには、例えば、ロールの周速を40m/sec以上に設定すればよい。
【0024】
本発明の方法によれば、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料の組成は、Nd−Fe−B系磁石の化学量論組成(すなわちNd11.8Fe82.35.9)よりも過剰なNd含有量及び/又はB含有量を有することが好ましい。このようにNd含有量及び/又はB含有量をNd−Fe−B系磁石の化学量論組成に対して過剰にし、そしてFe含有量を当該化学量論組成に対して少なくすることで、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石中にα−Fe結晶やFe3B結晶等の軟磁性相が析出することを確実に抑制することが可能である。α−Fe結晶等の軟磁性相は、一般的に磁石の磁化を向上させるという効果を有するものの、このような軟磁性相が存在することによって最終的に得られる磁石の保磁力が低下してしまう場合がある。
【0025】
本発明の方法の好ましい態様によれば、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量は14原子%以上35原子%以下であり、かつNdとFeの原子比は1.5:1〜2.5:1である。特にNd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量が14原子%よりも少ない場合には、その後の熱処理工程の際に初晶としてFe相が析出し、当該Fe相を核としてNd2Fe14B相(主相)が成長する。このため、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石においてα−Fe相を取り囲んで主相が存在するような構造となり、結果としてより高い保磁力を達成できない場合がある。一方で、Nd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量が35原子%よりも多い場合には、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石の磁化が大きく低下する場合があり、保磁力と磁化のバランスという観点からは必ずしも十分な磁気特性を有するNd−Fe−B系磁石が得られない場合がある。本発明によれば、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量を14原子%以上35原子%以下、より好ましくは15原子%以上35原子%以下とし、さらにはNdとFeの原子比を1.5:1〜2.5:1の範囲に制御することで、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石においてα−Fe結晶やFe3B結晶等の析出を確実に抑制しつつ、より高い保磁力を達成することが可能である。
【0026】
ただし、Nd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量が14原子%よりも少ない場合においても、例えば、Nd−Fe−B系磁石原料中のB含有量をNd−Fe−B系磁石の化学量論組成(Nd11.8Fe82.35.9)に比べてより過剰な範囲に制御することで、特にはNd−Fe−B系磁石原料中のB含有量を9原子%以上38原子%以下の範囲に制御することで、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石においてより高い保磁力を達成することも可能である。
【0027】
また、本発明の方法において用いられるNd−Fe−B系磁石原料は、Nd、Fe及びBの各構成元素以外に、当業者に公知の任意の元素を追加の元素として含むことができる。特に限定されないが、当該Nd−Fe−B系磁石原料は、例えば、ガリウム(Ga)、ジスプロシウム(Dy)、及びテルビウム(Tb)からなる群より選択される少なくとも1種の元素をさらに含むことができる。
【0028】
例えば、Nd−Fe−B系磁石原料が追加の元素としてガリウムを含む場合には、当該Nd−Fe−B系磁石原料中のホウ素の一部がガリウムで置換され、それによって熱処理工程の際に結晶粒の成長を抑制することができる。結晶粒の成長を抑制することで、先に述べたように、結晶核の生成頻度と結晶の成長速度とをうまくバランスさせて結晶粒の粗大化を抑制することができる。その結果として、微細な結晶組織を有するNd−Fe−B系磁石を得ることができるので、当該Nd−Fe−B系磁石の保磁力をさらに向上させることが可能である。
【0029】
一方で、Nd−Fe−B系磁石原料が追加の元素としてジスプロシウムやテルビウム等の重希土類元素を含む場合には、当該Nd−Fe−B系磁石原料中のネオジムの一部がジスプロシウムやテルビウムで置換され、それによってNd−Fe−B系磁石の保磁力を向上させることができる。ここで、本発明の方法によって得られるNd−Fe−B系磁石は、従来の方法によって得られるものに比べて非常に均質で微細な結晶組織を有するために、追加の元素としてジスプロシウムやテルビウムを添加した場合においても、従来の方法に比べてより少ない添加量において所望の保磁力を達成することが可能である。また、ジスプロシウムやテルビウムを使用しないで高い保磁力を達成するという観点から言えば、上記追加の元素としては、これらの元素ではなくガリウムを使用することが好ましい。なお、これらの追加の元素の添加量としては、特には限定されず、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石の所望の保磁力及び磁化等を考慮して適切に決定すればよい。
【0030】
また、Nd−Fe−B系磁石原料は、任意選択で、アルミニウム(Al)や銅(Cu)などの元素をさらに含んでもよい。一般的に、Nd−Fe−B系磁石は、Nd2Fe14B結晶を主相として含み、これらの主相間にNdFe44や、メタルのNd又はNd2Fe17等からなる粒界相を含む。例えば、アルミニウムや銅はこのような粒界部分への元素の拡散を促進させる等の効果を有することから、これらの元素を本発明の方法において用いられるNd−Fe−B系磁石原料中に含めることで、より低温の熱処理においても上記のような粒界相を形成することが可能となる。
【0031】
本発明の方法によれば、上記のアモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を、525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理することでNd−Fe−B系磁石が製造される。
【0032】
従来のNd−Fe−B系磁石の製造方法では、本発明のようにアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料をNd−Fe−B系磁石原料として使用するのではなく、例えば、液体急冷法等によって直接的に微細な結晶組織(ナノ結晶組織)を有するNd−Fe−B系材料を得、それをNd−Fe−B系磁石原料として使用している。しかしながら、先に述べたとおり、液体急冷法によってナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を直接的に製造することは、急冷時の冷却速度を極めて限られた範囲内に制御する必要があることから非常に困難である。しかも、このような冷却速度の範囲を少しでも外れると、アモルファス化したり、あるいは他の不純物等が生成したりすることがあり、この場合には不均一な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料が得られることになる。そして、このような不均一な結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を熱処理した場合には、十分に高い保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を得ることができない場合がある。
【0033】
これに対し、本発明の方法では、液体急冷法等によって得られた非常に均一なアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料をNd−Fe−B系磁石原料として使用し、それを所定の温度及び圧力条件下において熱処理することで、従来の方法に比べて全体的に均質でかつより微細なナノ結晶を成長させることができる。したがって、本発明の方法によれば、最終的に得られるNd−Fe−B系磁石においてより高い保磁力を達成することが可能である。しかしながら、本発明の方法において、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を、例えば、525℃未満の温度で熱処理した場合や600℃を超える温度で熱処理した場合、さらには50MPa未満の圧力において熱処理した場合には、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を熱処理することによって得られた従来のNd−Fe−B系磁石に比べて必ずしも高い保磁力を達成することができない場合がある。
【0034】
一方で、Nd−Fe−B系磁石原料を300MPa超の圧力下において熱処理する場合には、当該Nd−Fe−B系磁石原料をこのような高圧下でしかも500℃を超える高温下において熱処理するのに使用できる型材が限られてしまう。また、このような高圧・高温条件下で使用できるような耐摩耗性及び耐熱性を有する型材は非常に高価なものであるため、当該高圧・高温条件下でのNd−Fe−B系磁石の製造は、商業的な観点から言えば実施することが非常に難しい。これに対し、本発明の方法によれば、熱処理の圧力を300MPa以下、具体的には50MPa以上300MPa以下、好ましくは100MPa以上300MPa、より好ましくは200MPa以上300MPa以下とし、さらに熱処理の温度を525℃以上600℃以下、好ましくは550℃以上600℃以下、より好ましくは575℃以上600℃以下とすることで、当該熱処理を実施するのに必要とされる設備コストを抑えつつ、従来の製造方法によって得られたNd−Fe−B系磁石に比べて確実により高い保磁力、例えば、温度20℃の室温付近で測定した場合に21.7kOe以上、特には22.0kOe以上の保磁力を有するNd−Fe−B系磁石を得ることが可能である。
【0035】
また、例えば、特開2009−043756号公報では、非晶質のナノコンポジット磁石原料粉末の一軸方向のみを400MPa以上1100MPa以下の圧力で熱間加圧することで異方性の高いナノコンポジット磁石粉末が得られると記載されている。しかしながら、本発明の方法における熱処理条件、特に50MPa以上300MPa以下の圧力条件は、特開2009−043756号公報において開示されている上記の圧力条件に比べて非常に低いものであり、それゆえ本発明の方法では、異方性ではなく等方性のNd−Fe−B系磁石が得られる。
【0036】
なお、上記の熱処理工程は、均質で微細なNd−Fe−B結晶粒を得るのに十分な時間において実施すればよく、特に限定されないが、一般的には数十秒から数時間の範囲内にわたって実施することができる。ただし、上記の熱処理工程に要する時間は、熱処理の際の温度に特に依存すると考えられることから、当該熱処理工程は、例えば、熱処理の際の温度が比較的高い温度である場合には、比較的短時間で実施することができ、熱処理の際の温度が比較的低い温度である場合には、比較的長時間を要する。
【0037】
また、本発明の方法における熱処理工程、より具体的には加圧焼結工程は、当業者に公知の任意の方法によって実施することができ、特に限定されないが、例えば、従来公知のホットプレス焼結法や、あるいは放電プラズマ焼結法(SPS法:Spark Plasma Sintering Method)などの方法によって実施することが可能である。なお、例えば、特開2009−043756号公報では、磁石原料の二軸方向を拘束して、拘束されていない一軸方向のみを熱間加圧する方法が開示されている。しかしながら、本発明の方法における熱処理工程は、必ずしもこのような方法には限定されず、磁石原料の三軸方向がともに拘束されていないような加圧方法において実施することも可能である。
【0038】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
[アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料の作製]
まず、出発原料として、Nd粉末、Fe粉末及び鉄のホウ化物であるFeB粉末を用い、さらには添加元素としてAl粉末、Cu粉末及びGa粉末(試薬はすべて高純度科学製)を加えて、これらを原子数組成でNd15Fe776.8Al0.5Cu0.2Ga0.5となるように秤量してアーク溶解により合金インゴットを調製した。次いで、得られた合金インゴットを単ロール炉において高周波で溶解し、そうして得られたNd−Fe−B系合金の溶湯を、図1の模式図において示すように、噴射ノズルから銅ロールに噴射して急冷凝固し、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料のリボン状薄帯を作製した。なお、単ロール炉の具体的な使用条件は下表1に示すとおりである。ここで、表1中のクリアランスとは、噴射ノズルの先端からロールまでの間の距離を言うものである。
【0040】
【表1】

【0041】
[ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料の作製]
ロール回転数を2350rpmとしたこと以外は上記と同様にして、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料のリボン状薄帯を作製した。なお、このような方法によってもアモルファス組織を有する材料が一部生成してしまうため、これらについては磁性体(磁石)を用いた磁気選別により確実に取り除いた。
【0042】
[磁気特性の評価]
上で得られた各リボン状薄帯の一部を採取し、これらの各試料について予め11Tで着磁した後、試料振動型磁力計(VSM:Vibrating Sample Magnetometer)によって最大磁場27kOeにおいて磁化曲線を測定した。その結果を図2に示す。
【0043】
図2は、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料及びナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料の磁化曲線を示す図である。図2を参照すると、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料では、一定の保磁力が示されていることから、Nd2Fe14B等の結晶組織の存在を確認することができる。これに対して、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料では、図2から明らかなように保磁力がほとんどゼロであり、それゆえNd2Fe14B等の結晶組織が形成されておらず、その組織がアモルファスであることを確認することができる。
【0044】
[実施例]
上で調製したアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を本発明の方法におけるNd−Fe−B系磁石原料として使用し、それを軽く粗粉砕した後、放電プラズマ焼結(SPS)法によって種々の温度、圧力及び保持時間の条件下で熱処理を実施し、φ10mm×t2mmのサイズを有する試料を得た。なお、SPSによる主な熱処理条件は下表2に示すとおりである。また、上記の熱処理において使用した型(ダイス)の材質は、圧力が100MPaまではグラファイトであり、それを超える圧力の場合は超硬(WC)であった。
【0045】
【表2】

【0046】
[比較例]
上で調製したナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料をNd−Fe−B系磁石原料として使用したこと以外は上記実施例と同様にして、SPS法によって種々の温度、圧力及び保持時間の条件下で熱処理を実施し、φ10mm×t2mmのサイズを有する試料を得た。
【0047】
[磁気特性の評価]
次に、実施例及び比較例の各熱処理条件において得られた試料を2mm角に切断し、これらの各試料について予め11Tで着磁した後、VSMによって最大磁場27kOeにおいて磁化曲線を測定した。その結果を下表3並びに図3及び4に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
図3は、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を種々の条件下で熱処理して得られた複数の試料の磁化曲線と、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を熱処理して得られた比較例1の試料の磁化曲線とを示すグラフである。また、図4は、比較を容易にするため、表3に示す各試料の保磁力を温度の関数としてプロットしたものである。なお、図4中の21.6kOeを示す点線は、比較例において最も高い保磁力が得られた比較例1の値を示すものである。
【0050】
表3並びに図3及び4から明らかなように、アモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料を525℃以上600℃以下の温度、特には550℃以上600℃以下の温度でかつ50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理することで、ナノ結晶組織を有するNd−Fe−B系材料を同様に熱処理した場合に比べてより高い保磁力を達成することができた。とりわけ、表3のNo.29〜31の各試料を参照すると、5分間という短い保持時間にもかかわらず、熱処理工程の際の加圧圧力を50MPaから300MPaに大きくすることで、20℃での保磁力(Hc)を約1.5kOeも向上させることができた。
【0051】
次に、本発明の方法によって得られたNd−Fe−B系磁石試料の透過型電子顕微鏡(TEM)写真を示す。図5(a)は、本発明の方法による熱処理を実施する前のアモルファス組織を有するNd−Fe−B系材料のリボン状薄帯に関するTEM写真であり、図5(b)及び(c)はその拡大写真である。一方で、図6(a)は、本発明の方法による熱処理を実施した後のNd−Fe−B系磁石試料のTEM写真であり、図6(b)及び(c)はその拡大写真である。
【0052】
図5(c)を参照すると、結晶粒の存在は特に確認されず、非常に均質なアモルファス組織が形成されていることがわかる。一方で、図6(c)を参照すると、図5に示すNd−Fe−B系材料を本発明の方法に従って熱処理(温度575℃、面圧300MPa及び保持時間5分間)することで、約30〜50nm程度の平均粒径を有する非常に微細な結晶組織が形成していることがわかる。図6(c)中の黒く見えている部分が主としてNd2Fe14B等からなる主相に相当し、その周りに白く見えている部分が粒界相に相当するものである。これに対し、特に図において示していないが、TEM写真による観察によれば、比較例で得られたNd−Fe−B系磁石の平均結晶粒径は、比較例1〜4のうち最も小さいものでも約60〜70nm程度であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料を用意する工程、及び
前記Nd−Fe−B系磁石原料を525℃以上600℃以下の温度及び50MPa以上300MPa以下の圧力において熱処理する熱処理工程
を含むことを特徴とする、Nd−Fe−B系磁石の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理工程の温度範囲が550℃以上600℃以下であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記熱処理工程の温度範囲が575℃以上600℃以下であることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料中のNd含有量が14原子%以上35原子%以下であり、かつNdとFeの原子比が1.5:1〜2.5:1であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料が、ガリウム、ジスプロシウム、及びテルビウムからなる群より選択される少なくとも1種の元素をさらに含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料がガリウムをさらに含むことを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記Nd−Fe−B系磁石が20℃で21.7kOe以上の保磁力を有することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記Nd−Fe−B系磁石が20℃で22.0kOe以上の保磁力を有することを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記アモルファス組織を有するNd−Fe−B系磁石原料が、Nd−Fe−B系合金の溶湯を液体急冷法において急冷凝固することによって製造されたことを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記Nd−Fe−B系磁石が等方性磁石であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−98319(P2013−98319A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239058(P2011−239058)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】