説明

TiAlN膜およびTiAlN膜形成体

【課題】安定して高い耐摩耗性を有するTiAlN膜、および、それを表面に設けたTiAlN膜形成体を提供する。
【解決手段】TiAlN膜形成体1は、表面粗さが0.005〜0.010μmRaである金属製基材2の表面にTiAlN膜3を形成してなり、上記TiAlN膜3は、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)該TiAlN膜3の表面粗さが0.050μmRa以下である。また、必要に応じて、金属製基材2とTiAlN膜3との間に、TiAl合金を含む所定の中間層を設けてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工具や金型あるいは摺動部品などに使用される耐摩耗性に優れたTiAlN膜、および、それを表面に設けたTiAlN膜形成体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、TiAlN膜を金属表面にコーティングすることにより、金属の耐摩耗性や耐食性が向上することが知られており、工具や金型または摺動部品の長寿命化を図るために広く用いられている。TiAlN膜は、チタンとアルミを窒素と化学反応させることにより形成される窒化チタンアルミ膜であり、真空槽内で処理する物理的蒸着法(PVD)あるいは化学的蒸着法(CVD)により対象物の表面に直接形成される。
【0003】
TiAlN膜の耐摩耗性を高めるために、結晶の配向制御などの種々の研究がなされている。例えば、特許文献1では、TiAlN膜の耐摩耗性が、X線回折分析で得られる(111)面強度比と(200)面強度比の比率と関係があることを見出し、(200)面強度比が(111)面強度比の4倍以上であれば、TiAlN膜被覆工具の寿命が延長されることが開示されている。また、特許文献2では、TiAlN膜被覆工具の寿命は、ドロップレットの個数が少ないほど長寿命であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3599628号公報
【特許文献2】特許第3633837号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、実験を重ねた結果、特許文献1に示唆されるように、(200)面強度比が(111)面強度比の4倍以上であっても、その硬さや弾性率が低いものや表面粗さが大きいものは、耐摩耗性に劣る場合がある。また、ドロップレットが少なく表面粗さが小さいものであっても、その硬さや弾性率が低いものは、耐摩耗性に劣る場合がある。
【0006】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、安定して高い耐摩耗性を有するTiAlN膜、および、それを表面に設けたTiAlN膜形成体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のTiAlN膜は、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)表面粗さが0.005〜0.010μmRaの基材表面に形成した場合の該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下である、ことを特徴とする。
【0008】
本発明のTiAlN膜形成体は、表面粗さが0.005〜0.010μmRaである金属製基材の表面にTiAlN膜を形成したTiAlN膜形成体であって、上記TiAlN膜は、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下である、ことを特徴とする。
【0009】
上記TiAlN膜の膜厚が、0.5〜10μmであることを特徴とする。
【0010】
上記金属製基材と上記TiAlN膜との間に、TiAl合金を含む中間層を設けたことを特徴とする。また、上記中間層が、上記TiAlN膜に近いほどTiAlN含有量の多い傾斜組織からなる層であることを特徴とする。
【0011】
上記金属製基材が、表面に窒化層を有することを特徴とする。また、上記窒化層が、プラズマ窒化処理により形成された窒化層であることを特徴とする。また、上記窒化層を有する金属製基材の表面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする。
【0012】
上記TiAlN膜は、上記金属製基材に対し、アークプラズマ方式イオンプレーティングまたはホロカソード方式イオンプレーティングによる成膜処理により形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のTiAlN膜は、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)表面粗さが0.005〜0.010μmRaの基材表面に形成した場合の該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下であるので、安定して高い耐摩耗性を有し、工具や金型あるいは摺動部品の表面に形成することで、これらの長寿命化に寄与することができる。
【0014】
また、本発明のTiAlN膜形成体は、所定の金属製基材の表面に上記TiAlN膜を形成したものであるので、該表面において安定して高い耐摩耗性を有し、工具や金型あるいは摺動部品として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のTiAlN膜形成体の構成の一例を示す要部拡大断面図である。
【図2】本発明のTiAlN膜形成体の構成の他の例を示す要部拡大断面図である。
【図3】摩擦試験機を示す図である。
【図4】実施例のTiAlN膜のX線回折スペクトルパターンを示す図である。
【図5】比較例のTiAlN膜のX線回折スペクトルパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本願の発明者らは、TiAlN膜の耐摩耗性を向上させることについて、多数の実験とその考察を重ねた結果、結晶の配向制御以外に、押し込み硬さや表面粗さのバランスが重要であり、具体的には(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)表面粗さが0.005〜0.010μmRaの基材表面に形成した場合の膜の表面粗さが0.050μmRa以下である場合に、安定して耐摩耗性が優れることを見出した。本発明はこのような知見によるものである。
【0017】
本発明のTiAlN膜は、上記の知見に基づき、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)表面粗さが0.005〜0.010μmRaの基材表面に形成した場合の該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下であることを特徴としている。(1)については、少なくとも、押し込み硬さ、押し込み弾性率のいずれかが上記物性を満たせばよく、硬さおよび弾性率の両方が上記物性を満たしてもよい。押し込み硬さや押し込み弾性率が高いほど、耐摩耗性が優れるのは、これらが物質のエネルギーに対する耐性を表しているからだと考えられる。また、表面粗さが小さいほど、耐摩耗性が優れるのは、表面の凹凸が直接関係しているのではなく、物質の緻密さに関係していると考えられる。これは、後述の実施例などに示す摩耗試験の際において、初期表面の凹凸は数秒間で失われることが分かっているからである。
【0018】
上記TiAlN膜の成膜方法としては、特に限定しないが、結晶面の配向を制御し易く、また密着性を比較的高くできるように、アークプラズマ方式イオンプレーティングまたはホロカソード方式イオンプレーティングを採用することが好ましい。アークプラズマ方式イオンプレーティングは、アーク放電によって陰極から蒸発する陰極物質に、陰極近傍に生じるアークプラズマによってイオン化された陰極物質イオンが多く含まれ、この陰極物質イオンをバイアス電界によって基材に引き込んで表面に薄膜を形成する方法である。上記TiAlN膜をこのアークプラズマ方式イオンプレーティングにより成膜する場合において、該膜の押し込み硬さや押し込み弾性率を高くする(上記(1)の範囲)とともに、表面粗さが小さくなる(上記(2)の範囲)ように制御するには、バイアス電圧、成膜圧、アーク電流などを適宜調整することで可能である。
【0019】
本発明のTiAlN膜形成体の一例を図1に基づいて説明する。図1に示すように、TiAlN膜形成体1は、金属製基材2の表面にTiAlN膜3を形成(成膜)したものである。ここで、TiAlN膜3は、(1)少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、(2)該膜の表面粗さが0.050μmRa以下である。なお、金属製基材2におけるTiAlN膜3を形成する表面の表面粗さが0.005〜0.010μmRaである。
【0020】
この物性のTiAlN膜3を金属製基材2の表面に形成するには、上述のように、アークプラズマ方式イオンプレーティングで、金属製基材に印加するバイアス電圧、原料ガスである窒素の成膜圧、アーク放電のアーク電流を適宜調整すること、例えば、バイアス電圧を30〜300V、成膜圧を3〜5Pa、アーク電流を120〜180Aの範囲で調整することで可能となる。その他の手法も適宜に選択して調整可能である。
【0021】
金属製基材2としては、特に限定されることなく汎用または周知の金属を採用でき、工具鋼、金型鋼、ステンレス鋼などの鋼材やチタン金属、チタン合金などが代表例として挙げられる。
【0022】
TiAlN膜3の膜厚は、0.5〜10μmであることが好ましい。TiAlN膜は、厚み方向に組織が大きく変わることはないため、使用環境が純粋に摩耗が支配的なものであれば、単純に厚いほど製品としての寿命は長くなる。しかし、あまりに厚すぎると、成膜中に膜内に発生する応力が過大となり成膜中にクラックが生じる。また、クラックが生じなくとも厚過ぎる膜では残留応力が高いため剥離し易い傾向がある。よって、製品の長寿命に少なくとも効果が確認でき、かつ、高い残留応力のために剥離することがない膜厚の範囲は、上記のように0.5〜10μmである。また、膜厚が5μmをこえると大型部品のエッジ部では剥離し易くなる場合があるので、より好ましく0.5〜5μmである。
【0023】
本発明のTiAlN膜形成体の他の例を図2に基づいて説明する。図2に示すように、この態様のTiAlN膜形成体1は、金属製基材2とTiAlN膜3との間にTiAl合金を含む中間層4を設けたものである。中間層4は、蒸着(PVDまたはCVD)、イオンプレーティング、イオン注入、スパッタリングなどの周知の手法によって形成することができる。比較的軟質なTiAl合金の中間層を基材とTiAlN膜との間に形成することで、応力集中を緩和し密着性を向上させることができる。
【0024】
また、中間層4は、TiAlN膜3側に近づくに従いTiAlN含有量が多い組成となるように窒化処理によって傾斜組織とすることができる。この傾金組織からなる中間層4を設けることで、金属製基材2からTiAlN膜3に至る硬さなどの各層の物性を穏やかに変化させることができ、さらに応力を緩和することができる。
【0025】
工具のように、エッジ部にTiAlN膜が成膜され、使用中に局所的な高い応力を受ける製品の場合には、被膜剥離への耐性が重要になるため。上記のような中間層4を介在させて、応力集中を緩和し密着性を向上させる態様が好ましい。また、特に密着性の弱い成膜方法であるスパッタリング法などでは、この中間層4の効果は非常に高い。
【0026】
また、金属製基材2において、TiAlN膜3を形成する表面に、窒化処理により窒化層を形成しておくことができる。金属製基材2が、表面に窒化層を有することで、TiAlN膜3や中間層4との密着性向上が図れる。窒化処理としては、表面に密着性を妨げる酸化層が生じ難いプラズマ窒化処理を施すことが好ましい。また、窒化処理後の表面の硬さがビッカース硬さでHv1000以上であることが、TiAlN膜3や中間層4との密着性に対し特に有効である。
【実施例】
【0027】
各実施例および比較例に用いた基材および成膜に用いた装置は以下のとおりである。
(1)金属製基材:ステンレス鋼(材質:SUS440C、硬さ:HV650、表面粗さ:0.005μmRa)
(2)アークプラズマ方式イオンプレーティング(表中では「AIP」と記す):神戸製鋼所製;UBMS202/AIP複合装置
(3)ホロカソード方式イオンプレーティング(表中では「HCD」と記す):インターフェイス社製;3元ターゲット型HCD−PCD装置
【0028】
実施例1〜実施例6および比較例1〜比較例6
上記金属製基材をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、該基材表面に上記装置を用いて表1に示す条件でTiAlN膜を形成し、TiAlN膜形成体を製造した。また、中間層「有り」のものは、まず、金属製基材上にTiAl合金を含む中間層としてTiAlN膜側に近づくに従いTiAlN含有量が多い組成となる傾斜組織層(厚さ0.5μm)を形成した後、この中間層上に表1に示す条件でTiAlN膜を形成した。また、窒化層「有り」のものは、膜形成前に、金属製基材に対して、日本電子工業社製のラジカル窒化装置を用いてプラズマ窒化処理を施した。得られたTiAlN膜形成体について、以下に示す硬度試験、表面粗さ試験、膜厚試験、および摩耗試験に供し、押し込み硬さ、押し込み弾性率、表面粗さRa、および比摩耗量を測定した。結果を表1に併記する。
【0029】
<硬度試験>
得られた形成体の押し込み硬さおよび押し込み弾性率をアジレント社製:ナノインデンタ(G200)を用いて測定した。測定値は表面粗さの影響を受けない深さ(硬さ等が安定している箇所)の平均値を示しており、各試験片10箇所ずつ測定している。
【0030】
<表面粗さ試験>
得られた形成体の表面粗さRaをテーラーホブソン社製:フォーム・タリサーフPGI830を用いて測定した。
【0031】
<膜厚試験>
得られた形成体の膜厚を表面形状・表面粗さ測定器(テーラーホブソン社製:フォーム・タリサーフPGI830)を用いて測定した。膜厚は成膜部の一部にマスキングを施し、非成膜部と成膜部の段差から膜厚を求めた。
【0032】
<摩耗試験>
得られた形成体を、図3に示す摩擦試験機用いて摩耗試験を行なった。図3(a)は正面図を、図3(b)は側面図を、それぞれ表す。φ40mm(外周面曲率R60mm)で、表面粗さRaが0.01μmであるSUJ2焼入れ鋼を相手材6として回転軸に取り付け、形成体5をアーム部7に固定して所定の荷重8を図面上方から印加して、ヘルツの最大接触面圧0.5GPa、室温(25℃)下、0.05m/sの回転速度で3分間、形成体5と相手材6との間に潤滑剤を介在させることなく、相手材6を回転させたときに、相手材6と形成体5との間に発生する摩擦力をロードセル9により検出した。これより、比摩耗量を算出した。
【0033】
また、得られたTiAlN膜形成体のTiAlN膜について、X線回折分析を行ない、その結果を表1に併記する。表1における強度比は、X線回折分析で得られた回折パターンにおいて、2θ:10〜100°の範囲で検出される6つのピーク、111面、200面、220面、311面、222面、400面のピーク強度の合計を100%とした、百分率で表したものである。また、実施例の代表的なX線回折パターンを図4に、比較例の代表的なX線回折パターンを図5にそれぞれ示す。
【0034】
【表1】

【0035】
実施例および比較例の結果より、面強度比が近いものであっても、その硬さや弾性率、表面粗さにより、耐摩耗性が大きく異なることが分かる。また、本発明で規定する物性値を有する各実施例のTiAlN膜形成体は、高い耐摩耗性を有することが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のTiAlN膜成形体は、安定して高い耐摩耗性を有するので、工具や金型あるいは摺動部品に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0037】
1 TiAlN膜形成体
2 金属製基材
3 TiAlN膜
4 中間層
5 (TiAlN膜)形成体
6 相手材
7 アーム部
8 荷重
9 ロードセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiAlN膜について、少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、表面粗さが0.005〜0.010μmRaの基材表面に形成した場合の該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下であることを特徴とするTiAlN膜。
【請求項2】
表面粗さが0.005〜0.010μmRaである金属製基材の表面にTiAlN膜を形成したTiAlN膜形成体であって、
前記TiAlN膜は、少なくとも、押し込み硬さが30GPa以上または押し込み弾性率が500GPa以上であり、かつ、該TiAlN膜の表面粗さが0.050μmRa以下であることを特徴とするTiAlN膜形成体。
【請求項3】
前記TiAlN膜の膜厚が、0.5〜10μmであることを特徴とする請求項2記載のTiAlN膜形成体。
【請求項4】
前記金属製基材と前記TiAlN膜との間に、TiAl合金を含む中間層を設けたことを特徴とする請求項2または請求項3記載のTiAlN膜形成体。
【請求項5】
前記中間層が、前記TiAlN膜に近いほどTiAlN含有量の多い傾斜組織からなる層であることを特徴とする請求項4記載のTiAlN膜形成体。
【請求項6】
前記金属製基材が、表面に窒化層を有することを特徴とする請求項2ないし請求項5のいずれか一項記載のTiAlN膜形成体。
【請求項7】
前記窒化層が、プラズマ窒化処理により形成された窒化層であることを特徴とする請求項6記載のTiAlN膜形成体。
【請求項8】
前記窒化層を有する金属製基材の表面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする請求項6または請求項7記載のTiAlN膜形成体。
【請求項9】
前記TiAlN膜は、前記金属製基材に対し、アークプラズマ方式イオンプレーティングまたはホロカソード方式イオンプレーティングによる成膜処理により形成することを特徴とする請求項2ないし請求項8のいずれか一項記載のTiAlN膜形成体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−1744(P2012−1744A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−134999(P2010−134999)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】