説明

X線分析装置

【課題】 X線分析装置において、既知なX線をモニターする必要が無く、高エネルギー分解能を得ること。
【解決手段】 X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するTES1を有するセンサ回路部2と、該センサ回路部2に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源3と、TES1に流れる電流を検出する電流検出機構4と、該電流検出機構4に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器5と、電流検出機構4に接続されバイアス電流によってTES1に流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構6と、該ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてベースライン電流を修正するためにバイアス電流を調整するバイアス電流調整機構7と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡や蛍光X線分析装置等に用いられ、発生したX線のエネルギーを弁別することにより発生源の元素種を特定するためのX線分析装置であって、特にX線のエネルギーを熱エネルギーに変換する超伝導転移端センサをX線検出器として使用したX線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
X線のエネルギーを弁別することが可能なX線分析装置として、エネルギー分散型X線検出器(Energy Dispersive Spectroscopy、以後EDSと呼ぶ)やWDS(Wavelength Dispersive Spectroscopy、以後WDSと呼ぶ)がある。
上記EDSは、検出器に取り込まれたX線のエネルギーを検出器内で電気信号に変換し、その電気信号の大きさによってエネルギーを算出するタイプのX線検出器である。また、上記WDSはX線を分光器で単色化し(エネルギー弁別)、単色化されたX線を比例計数管で検出するタイプのX線検出器である。
【0003】
EDSとしては、SiLi(シリコンリチウム)型検出器などの半導体検出器が知られている。この半導体検出器を用いることで、0〜20keV程度の広範囲のエネルギーを検出できるが、エネルギー分解能は130eV程度と狭く、WDSと比較して10倍以上劣る点がある。
【0004】
このようにX線検出器の性能を示す指標として、エネルギー分解能がある。例えば、エネルギー分解能が130eVの場合、X線検出器にX線が照射されると、130eV程度の不確かさで検出が可能であることを意味する。ここで、高エネルギー分解能とは、この不確かさを小さくすることを意味する。例えば、特性X線が隣接する2本のスペクトルの場合を考える。エネルギー分解能が小さくなると不確かさが小さくなり、2本の隣接するピークが例えば20eV程度の場合、原理的に20eV〜30eVのエネルギー分解能で2本のピークを分離することができる。
【0005】
近年、エネルギー分散型でかつWDSと同等のエネルギー分解能を有する超伝導X線検出器が注目されている。この超伝導X線検出器の中で超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、以後TESと呼ぶ)と呼ばれる検出器は、金属薄膜の超伝導−常伝導遷移時の急激な抵抗変化(ΔT〜数mKにてΔR〜0.1Ω)を利用した高感度の温度計である。なお、このTESは、マイクロカロリーメータとも呼ばれる。
【0006】
このTESでは、線源から一次X線や一次電子線などの放射線をサンプルに照射し、サンプルから発生した蛍光X線や特性X線を入射させることで、TES内の温度が可変し、温度変化により発生する電流信号の波高値をモニターし、波高値をエネルギー換算しヒストグラム化することでサンプルの分析をするものである。現在では、TESのエネルギー分解能は、例えば5.9keVの特性X線において10eV以下のエネルギー分解能を得ることができる。
【0007】
なお、TESを電子発生源としてサーマル型(タングステンフィラメント型など)の走査電子顕微鏡に取り付けたとき、電子線が照射されたサンプルから発生する特性X線を取得した結果、半導体型X線検出器では分離不可能な特性X線(Si−Ka、W−Ma,b)をTESは容易に分離することが可能である。
【0008】
この超伝導X線検出器を採用したX線分析装置では、TESの極微小な電流変化を読み出すためにSQUIDアンプ(Superconducting Quantum Interference Device(超伝導量子干渉素子型)アンプ)が用いられている。そして、TESの高エネルギー分解能を実現させるためには、このSQUIDアンプに流れる電流を一定にすることが重要である。この点について、以下に詳述する。
【0009】
TESでは、超伝導体が有する超伝導転移を利用しており、常伝導と超伝導の中間状態に動作点は保持される。このため、X線1個がTESに吸収された場合、超伝導転移中に動作点を保持された状態において、例えば0.1mKの温度変動に対して数mWの抵抗変化が得られ、マイクロアンペアオーダーのX線パルス信号を得ることができる。
【0010】
予めX線パルス信号の波高値とX線のエネルギーとの関係を求めておくことにより、未知エネルギーを有するX線がTESに照射されても波高値から入射したX線のエネルギーを検出することができる。
TESを超伝導転移中の動作点に保持させるために、TESの動作点はTESに流れる電流(以下、TES電流と称す)とTES内に設けられた熱槽への熱リンクとの熱バランスにより決定される。TESのエネルギー分解能は温度の関数であるため、可能な限り温度を低くした方がよい。一般的に熱槽温度は50mK〜400mK程度である。TES電流Itは、以下の式(1)で決定される。
【0011】
【数1】

【0012】
ここで、RtはTESの動作抵抗、GはTES内に設けられた温度計と熱槽とを熱的に接続させるための熱リンクの熱伝導度、Tは温度計の温度、Tbは熱槽の温度である。
さらに、TES電流Itと波高値との関係は、以下の式(2)で与えられる。理想的にはTES電流が一定であれば、常に一定の波高値ΔIが得られる。
【0013】
【数2】

【0014】
ここで、αはTESの感度、Cは熱容量、Eは照射されるX線のエネルギーである。
この式(2)からわかるようにTES電流が変化すると、同じエネルギーのX線がTESに照射されても波高値が異なる。
【0015】
次に、TESに加えるバイアス電流を280mA〜320mAまで変化させたときの波高値に対するフィルター後の出力値とSQUIDアンプに流れる電流(TES電流Itと同じ)との関係を、図6に示す。この図のように、上記式(2)に従って波高値の増加と共にTES電流が大きくなる(右軸)。波高値としては、例えばバンドフィルターとコンボリューションさせた数値(以後、数値1と呼ぶ)がパーソナルコンピュータに出力される。
【0016】
この際、パーソナルコンピュータのディスプレイにおけるスペクトル表示画面は、横軸:数値1、縦軸:カウントで表示される。例えば、数値1が100のとき、100の箇所に1個カウントされる。これを繰り返して、X線スペクトルが形成される。
これは、同じエネルギーにも関わらずフィルター後の出力値が変化すると、数値1がばらつくことを意味する。このばらつき度合いが上述したエネルギー分解能に相当する。すなわち、高エネルギー分解能を実現させるためには、同じエネルギーに対して数値1のばらつきが小さくなるようにしなくてはならない。
【0017】
上記数値1のばらつきは、波高値のばらつき、すなわちSQUIDアンプに流れる電流変化に起因する。すなわち、高エネルギー分解能を実現させるためには、上述したように、SQUIDアンプに流れる電流を一定にすることが重要である。
このSQUIDアンプの出力を一定にする方法として、例えば、従来、特許文献1に記載の技術がある。この技術では、TES電流がTESの動作抵抗に依存するため、TESの抵抗値を回復させるための回復機構として熱付加装置が設けられており、TESの動作抵抗に変化が生じた場合、抵抗値を回復させ、常に波高値を一定にして高エネルギー分解能を実現させるものである。すなわち、TESは一定電圧で駆動されているためTESの抵抗値を一定に保ことは、SQUIDに流れる電流を一定に保つことと同じ意味である。
【0018】
【特許文献1】特開2008−14775号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
上記従来のX線分析装置では、常にエネルギーが既知なX線をモニターしておき、その波高値の変化からTES抵抗を回復させている。しかしながら、一定のX線を常にTESに照射させておけばよいが、次のような不都合がある。例えば、X線励起源に電子線を使い電子線をサンプルに照射させ、そこから発生する特性X線を使って組成分析を行う場合、電子線の照射場所によって特性X線のエネルギーが異なると、モニターする特性X線を照射場所毎に調整する必要がある。例えば、分析時間が30secで多点の分析を行う場合、各場所で30sec調整時間がかかると分析のスルーレートが半分となってしまう。この点を回避するためにX線源を設けておき、一定のエネルギーのX線を照射させることも可能であるが、システム内に空間的に配置するスペースが必要であると共に、X線源から常にX線源が有する固有のX線が検出されるため、X線源と同じエネルギーのX線を正確に分析できない不都合があった。
【0020】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、既知なX線をモニターする必要が無く、高エネルギー分解能を得ることができるX線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、本発明のX線分析装置は、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサを有するセンサ回路部と、該センサ回路部に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源と、前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、該電流検出機構に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器と、前記電流検出機構に接続され前記バイアス電流によって前記超伝導転移端センサに流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構と、該ベースラインモニター機構で検出した前記ベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて前記ベースライン電流を修正するために前記バイアス電流を調整するバイアス電流調整機構と、を備えていることを特徴とする。
【0022】
このX線分析装置では、バイアス電流調整機構が、ベースラインモニター機構で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてベースライン電流を修正するためにバイアス電流を調整するので、外部からバイアス電流を調整してTES電流を一定することで、常に同じエネルギーの特性X線に対して一定の波高値を得ることができ、長期に安定して高いエネルギー分解能を得ることができる。
【0023】
また、本発明のX線分析装置は、前記ベースラインモニター機構による前記ベースライン電流のサンプリング周波数が、50Hz以下に設定されていることが好ましい。すなわち、このX線分析装置では、ベースライン電流の変動がTESの応答周波数(100Hz以上)より遅いため、ベースラインモニター機構によるベースライン電流のサンプリング周波数(検出周波数)を電源商用周波数50Hz以下に設定することで、ベースライン電流の時間的変化に対応したサンプリング周波数で効率的に調整が可能になる。
【0024】
また、本発明のX線分析装置は、前記バイアス電流調整機構が、前記ベースラインモニター機構で複数回検出した前記ベースライン電流の平均値に基づいて前記調整を行うことを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、バイアス電流調整機構が、ベースラインモニター機構で複数回検出したベースライン電流の平均値に基づいて調整を行うので、統計的なゆらぎをもっているサンプリングされたTES電流を平均化し、信頼性の高い調整が可能になる。
【0025】
また、本発明のX線分析装置は、前記センサ回路部が、前記超伝導転移端センサよりも小さい抵抗値であり前記超伝導転移端センサと並列に接続されたシャント抵抗を備え、前記超伝導転移端センサの動作抵抗をRとし、前記超伝導転移端センサに流れる電流をIとし、前記シャント抵抗の抵抗値をRとし、前記バイアス電流の変化量をδIとしたとき、δI<0.1R/Rの関係に設定することを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、上記関係式を満たすことで、安定して10eV以下の高エネルギー分解能を実現することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係るX線分析装置によれば、ベースラインモニター機構で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてベースライン電流を修正するためにバイアス電流を調整するバイアス電流調整機構を備えているので、外部からバイアス電流を調整してTES電流を一定することで、同じエネルギーの特性X線に対して一定の波高値を得ることができる。したがって、既知のX線をモニターする必要が無く、高いエネルギー分解能を長時間にわたり安定して得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係るX線分析装置の一実施形態を、図1から図5を参照しながら説明する。
【0028】
本実施形態のX線分析装置は、例えば電子顕微鏡、イオン顕微鏡、X線顕微鏡、蛍光X線分析装置等の組成分析装置として利用可能な装置であって、図1に示すように、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するTES(超伝導転移端センサ)1を有するセンサ回路部2と、該センサ回路部2に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源3と、TES1に流れる電流を検出する電流検出機構4と、電流検出機構4に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器5と、該電流検出機構4に接続されバイアス電流によってTES1に流れるベースライン電流(X線の入力がない場合の電流)を検出するベースラインモニター機構6と、該ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてベースライン電流を修正するためにバイアス電流を調整するバイアス電流調整機構7と、を備えている。
【0029】
上記センサ回路部2は、TES1よりも小さい抵抗値でありTES1と並列に接続されたシャント抵抗8と、TES1に直列に接続されたインプット(入力)コイル9と、を備えている。
上記TES1、シャント抵抗8及びSQUIDアンプ10は、図2に示すように、冷凍機により50mK〜400mKまで冷却されるコールドヘッド11の先端に設けられている。なお、TES1及びSQUIDアンプ10は、超伝導配線12で接続されている。別の例としては、図3に示すように、TES1を、コールドヘッド11の先端に設け、SQUIDアンプ10を9K以下まで冷却されるコールドブロック13の先端に設けたものでも構わない。なお、シャント抵抗8は、図2及び図3において図示を省略している。
【0030】
このセンサ回路部2では、バイアス電流源3からバイアス電流が流されると、シャント抵抗8の抵抗値とTES1の抵抗値との抵抗比で電流が分岐される。すなわち、シャント抵抗8に流れる電流とシャント抵抗8の抵抗値で決まる電圧とにより、TES1の電圧値が決定される。
【0031】
上記電流検出機構4は、インプットコイル9を介してTES電流を電気信号として検出する低温初段増幅器であるSQUIDアンプ10と、該SQUIDアンプ10から出力された電気信号を増幅・整形処理するための室温アンプ14と、該室温アンプ14からの出力信号を電圧の波高値に対応して選別する波高分析器5と、を備えている。なお、電流検出機構4として、インプットコイル9を利用したSQUIDアンプ10と室温アンプ14とを用いているが、TES1に流れる電流の変位を検出可能であれば他の構成を採用しても構わない。
【0032】
上記室温アンプ14は、SQUIDアンプ10からの出力のうちX線が入射した際に生じた信号であるX線パルス信号とX線が入射されていないときのベースライン電流によるベースライン信号とを増幅・整形処理して出力する機能を有する。
上記波高分析器5は、室温アンプ14から送られたX線パルス信号から電圧パルスの波高を得てエネルギースペクトルを生成するマルチチャンネルパルスハイトアナライザーである。この波高分析器5は、X線パルス信号のみモニターし、X線パルス信号の波高値を読み取り、縦軸をカウント、横軸を波高値としたヒストグラムのグラフにおいて、その波高値の箇所にカウントを1個追加する。そして、波高分析器5は、複数のX線パルス信号に対して同じ作業を繰り返し、ヒストグラムを作成してディスプレイ装置等に表示する機能を有している。
また、波高分析器5において、X線パルス信号の波高値を平滑化するフィルター演算などの機能を用いてもよい。
【0033】
上記ベースラインモニター機構6は、室温アンプ14からの出力信号のうち、X線パルス信号を含まないベースライン信号のみモニターするものである。このベースラインモニター機構6は、ベースライン電流の変動をモニターしており、ベースライン電流の変動が生じた場合、バイアス電流調整機構7にバイアス電流を変化させる命令信号を送る機能を有している。
【0034】
上記バイアス電流調整機構7は、ベースラインモニター機構6に接続され該ベースラインモニター機構6からバイアス電流を調整するための命令信号を受け取り、バイアス電流源3に対してベースライン電流の変動幅に応じてバイアス電流を変化させる制御を行う。
なお、具体的な機能については後述する。
【0035】
上記TES1は、図4に示すように、X線を吸収するための金属体、半金属、超伝導体等の吸収体15と、該吸収体15で発生した熱を温度変化として検知する超伝導体からなる温度計16と、温度計16とコールドヘッド11との間を熱的に緩く接続し、熱槽(図示略)に逃げる熱流量を制御するメンブレン17と、から構成される。例えば、吸収体15として金、温度計16としてチタンと金との2層からなる材料、メンブレン17と熱槽としては窒化シリコン膜がそれぞれ採用可能である。
なお、TES1の抵抗値を常伝導と超伝導との中間状態に保持するために、温度計16で発生するジュール熱はメンブレン17を通して温度計16(または吸収体15)からコールドヘッド11に流れる熱流との熱的にバランスされる。
【0036】
ジュール熱とメンブレンを伝わる熱流との熱的なバランスは、式(1)で与えられる。しかし、実際には式(1)でTES電流は決まらず、TES1外部からの熱変動によりTES電流は影響される。TES1外部からの熱変動をPexとすると、式(1)は式(3)で書き換えられる。
【0037】
【数3】

【0038】
ここで、Rsはシャント抵抗8の抵抗値である。
上記式(3)の左辺第1項と右辺とは熱的に釣り合っている。そのため、Pexが増加すると、式(3)を満足するように、左辺第2項のδItが減少する。なお、外部からの熱変動の例としては、TES1を冷却するコールドヘッド11の温度変動、コールドヘッド11を取り囲む熱シールド18の温度変動による熱輻射の変動、または冷凍機内に存在する残留ガスを通して熱シールド18からTES1への熱伝導による熱シールド18の温度変動等がある。
【0039】
また、コールドヘッド11の温度変動は、コールドヘッド11内に設けられたヒータと温度計16に内蔵されたフィードバック制御であるPID制御システムで一定の温度になるように制御される。なお、コールドヘッド11を取り囲む熱シールド18は温度制御ができないため、最も温度が下がるように冷却される。さらに、残留ガスを通した熱伝導による温度変動は、冷却前に残留ガスをできるだけ排気することでPexを小さくするように工夫される。しかし、上記対策を施してもPexは変動し、式(3)に従いTES1に流れる電流が変動する。
【0040】
通常バイアス電流は一定であるが、バイアス電流を可変としたときの熱方程式は、以下の式(4)で与えられる。
【0041】
【数4】

【0042】
外部から熱変動PexがTES1に入射したとき、式(4)に従えば、左辺第2項または3項でPexを打ち消せばよい。TES電流に変化を生じないためにはδItを0とすればよいため、バイアス電流を以下の式(5)だけ小さくすればよい。
【0043】
【数5】

【0044】
バイアス電流の変化δIb、TES電流の変化δIt及びTES抵抗の変化δRtの関係は、以下の式(6)で与えられる。
【0045】
【数6】

【0046】
TES電流に変化がないため、バイアス電流の変化は以下の式(7)だけTES動作抵抗の変化を発生させる。
【0047】
【数7】

【0048】
TES1の動作抵抗変化は、以下の式(8)で表される感度αの変化を発生させる。
【0049】
【数8】

【0050】
抵抗がδRtだけ変化したとき、感度α’は以下の式(9)となる。
【0051】
【数9】

【0052】
例えば、TES1の感度が100のとき、5900eVの特性X線に対して波高値10uAのパルスを発生する場合を考える。式(2)に従えば感度が99.9のとき波高値10uAに対するエネルギーは5894eVとなり、6eV程度シフトする。エネルギー分解能10eV以下の高エネルギー分解能検出器の場合、6eVのシフトが実用上シフトの限界と考えてよい。そのため、バイアス電流の変化量は以下の式(10)であることが望ましい。
【0053】
【数10】

【0054】
例えば、Rt=32mW、Rs=4mW、It=50μAのときバイアス電流の変化幅は40μA以下となる。以上のようにTES1の電流変化の原因は外部からの熱変動に起因しており、その場合、バイアス電流を変化させることにより、TES電流を常に一定にすることができる。
【0055】
本実施形態では、TES1に流れる電流変化をベースラインモニター機構6が監視しており、上記メカニズムに基づきベースラインモニター機構6はバイアス電流調整機構7に対しバイアス電流を変化させるようにバイアス電流調整機構7に命令を送信する。バイアス電流調整機構7は、その命令に従い、バイアス電流源3のバイアス電流値を変化させる。
【0056】
この際、室温アンプ14から出力される信号において、X線パルス信号とベースライン信号とを判断する必要がある。波高分析器5にはトリガー機能が設けられており、ある閾値を超えるとX線パルス信号として認識する。また、ベースラインモニター機構6には室温アンプ14からの信号に対して上限値と下限値が設定できるようになっており、その範囲内に入っている信号をベースラインとして認識する。
【0057】
例えば、上限値と下限値とを+100mV、−100mVとした場合、この範囲に入っている室温アンプ14からの信号は常にベースライン信号として認識される。ベースライン電流の変動は、TES1の応答周波数(100Hz以上)より遅いため、SQUIDアンプ10での電流、すなわちTES電流のサンプリング周波数は電源商用周波数50Hz以下であることが望ましい。また、サンプリングされたTES電流は統計的なゆらぎをもっているため、例えばN個のサンプリングデータを平均化し、その平均化されたデータをモニターすることが好ましい。
【0058】
上記バイアス電流調整機構7は、図1に示すように、調整量データ記憶部19と、調整量算出部20と、バイアス電流調整部21と、で構成されている。
上記調整量データ記憶部19は、TES電流の変動に対して、その変動をゼロにするために必要となるバイアス電流の調整値を、予めデータベースや近似式として記憶しているメモリ等の記憶手段である。
【0059】
上記調整量算出部20は、ベースラインモニター機構6の出力であるTES電流の変動を基に、調整量データ記憶部19から必要な調整量を求める演算回路である。
上記バイアス電流調整部21は、バイアス電流を変化させ、求めた調整量を反映した電流がTES1に印加されるように、バイアス電流を調整し出力する機能を有している。
【0060】
次に、バイアス電流調整機構7によるバイアス電流の調整方法について、図5に示すフローチャートを参照して説明する。
まず、ベースラインモニター機構6が、上述したようにTES電流の変動を検出し(ステップS1)、調整量算出部20が、ベースラインモニター機構6から送られたTES電流の変動を基に、調整量データ記憶部19から必要な調整量を求める(ステップS2)。
【0061】
次に、求めた調整量に基づいてバイアス電流調整部21が、バイアス電流を変化させ、求めた調整量を反映した電流がTES1に印加されるように、バイアス電流を調整し出力する(ステップS3)。
以上のサイクルを、分析が終了するまで繰り返し行うことで(ステップS4)、分析中の波高値の変動を抑え、高エネルギー分解能な分析が実現される。
【0062】
このように本実施形態のX線分析装置では、バイアス電流調整機構7が、ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてベースライン電流を修正するためにバイアス電流を調整するので、外部からバイアス電流を調整してTES電流を一定することで、常に同じエネルギーの特性X線に対して一定の波高値を得ることができ、高いエネルギー分解能を得ることができる。
【0063】
また、ベースライン電流の変動がTESの応答周波数(100Hz以上)より遅いため、ベースラインモニター機構6によるベースライン電流のサンプリング周波数(検出周波数)を電源商用周波数50Hz以下に設定することで、ベースライン電流の時間的変化に対応したサンプリング周波数で効率的に調整が可能になる。
【0064】
また、バイアス電流調整機構7が、ベースラインモニター機構6で複数回検出したベースライン電流の平均値に基づいて調整を行うので、統計的なゆらぎをもっているサンプリングされたTES電流を平均化して信頼性の高い調整が可能になる。
さらに、上記式(10)の関係式を満たすことで、安定して10eV以下の高エネルギー分解能を実現することができる。
【0065】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明に係るX線分析装置の一実施形態を示す概略的な全体構成図である。
【図2】本実施形態において、TES及びSQUIDアンプの実装例を示す要部の概略的な拡大側面図である。
【図3】本実施形態において、TES及びSQUIDアンプの他の実装例を示す要部の概略的な拡大側面図である。
【図4】本実施形態において、TESの構造を概略的に示す説明図である。
【図5】本実施形態において、バイアス電流調整機構によるバイアス電流の調整方法を示すフローチャートである。
【図6】本実施形態において、波高値に対するフィルター後の出力値(縦軸:パルス波高値と表示)とSQUIDアンプに流れる電流(横軸:TESに流れる電流と表示)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0067】
1…TES(超伝導転移端センサ)、2…センサ回路部、3…バイアス電流源、4…電流検出機構、5…波高分析器、6…ベースラインモニター機構、7…バイアス電流調整機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサを有するセンサ回路部と、
該センサ回路部に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源と、
前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、
該電流検出機構に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器と、
前記電流検出機構に接続され前記バイアス電流によって前記超伝導転移端センサに流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構と、
該ベースラインモニター機構で検出した前記ベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて前記ベースライン電流を修正するために前記バイアス電流を調整するバイアス電流調整機構と、を備えていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のX線分析装置において、
前記ベースラインモニター機構による前記ベースライン電流のサンプリング周波数が、50Hz以下に設定されていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のX線分析装置において、
前記バイアス電流調整機構が、前記ベースラインモニター機構で複数回検出した前記ベースライン電流の平均値に基づいて前記調整を行うことを特徴とするX線分析装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のX線分析装置において、
前記センサ回路部が、前記超伝導転移端センサよりも小さい抵抗値であり前記超伝導転移端センサと並列に接続されたシャント抵抗を備え、
前記超伝導転移端センサの動作抵抗をRとし、
前記超伝導転移端センサに流れる電流をIとし、
前記シャント抵抗の抵抗値をRとし、
前記バイアス電流の変化量をδIとしたとき、
δI<0.1R/R
の関係に設定することを特徴とするX線分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−276191(P2009−276191A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127295(P2008−127295)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】