説明

p型熱電変換特性を有する複合酸化物

【課題】p型熱電変換材料として優れた性能を有する新規な材料を提供する。
【解決手段】組成式:BiaPbb1cCod2ef(式中、M1はNa、K、Li、Ti
、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Pb、Ca、Sr、Ba、Al、Yおよびランタノイドからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、M2は、Ti、
V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Mo、W、Nb、Ta及びAgからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、1.8≦a≦2.5;0≦b≦0.5;1.8≦c≦2.5;1.6≦d≦2.5;0≦e≦0.5;8≦f≦10である。)で表される層状構造を有する複合酸化物の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分が存在する複合酸化物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p型熱電変換材料として優れた性能を有する複合酸化物、該複合酸化物を用いたp型熱電変換材料及び熱電発電モジュールに関する。
【背景技術】
【0002】
我が国では、一次供給エネルギーからの有効なエネルギーの得率は30%程度に過ぎず、約70%ものエネルギ−を最終的には熱として大気中に廃棄している。また、工場やごみ焼却場などにおいて燃焼により生じる熱も他のエネルギーに変換されることなく大気中に廃棄されている。このように、我々人類は、非常に多くの熱エネルギーを無駄に廃棄しており、化石エネルギーの燃焼等の行為から僅かなエネルギーしか獲得していない。
【0003】
エネルギーの得率を向上させるためには、大気中に廃棄されている熱エネルギーを利用できるようにすればよい。そのためには熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換する熱電変換が有効な手段である。熱電変換とは、ゼーベック効果を利用したものであり、熱電変換材料の両端で温度差をつけることで電位差を生じさせて発電を行うエネルギー変換法である。この様な熱電変換を利用する発電、即ち、熱電発電では、熱電変換材料の一端を廃熱により生じた高温部に配置し、もう一端を大気中(室温)に配置して、それぞれの両端に導線を接続するだけで電気が得られ、一般の発電に必要なモーターやタービン等の可動装置は全く必要ない。このためコストも安く、燃焼等によるガスの排出も無く、熱電変換材料が劣化するまで継続的に発電を行うことができる。
【0004】
このように、熱電発電は今後心配されるエネルギー問題の解決の一端を担う技術として期待されているが、熱電発電を実現するためには、高い熱電変換効率を有し、耐熱性、化学的耐久性等に優れた熱電変換材料を大量に供給することが必要となる。
【0005】
材料の熱電変換性能を示す指標の一つとして、下記式で定義される熱電無次元性能指数ZTが用いられており、この値が高いほど変換効率が高くなることが知られている。
【0006】
ZT = S2T/ρκ
S : ゼーベック係数、T : 絶対温度、ρ : 電気抵抗率、κ : 熱伝導率
上記式から明らかなように、熱電無次元性能指数ZTが高い値になるためには、 ゼーベ
ック係数S が大きいことが必要であるが、その他に、電気抵抗率、熱伝導率などについては、低い値を有することが有利である。
【0007】
これまでに、高温の空気中で利用できるp型熱電変換材料としてBi2Sr2Co29
のCoO2系層状酸化物が報告されているが(例えば、下記特許文献1〜5等参照)、更
に、優れた熱電変換性能を有する材料として、ゼーベック係数が高く、且つ、電気抵抗率、熱伝導率等が低い値を有する材料が望まれている。
【特許文献1】特許第3069701号公報
【特許文献2】特開2001−223393号公報
【特許文献3】特許第3089301号公報
【特許文献4】特許第3472814号公報
【特許文献5】国際公開WO 03/000605号公報
【特許文献6】特開2003−282964号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、p型熱電変換材料として優れた性能を有する新規な酸化物材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記した課題を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、Bi、Co及びOを必須元素として含み、さらにPb、Sr、Ca等を含む特定組成の層状構造を有する複合酸化物を母物質として、その層間に特定成分を挿入して得られる新規な複合酸化物は、正のゼーベック係数を有する物質であって、熱伝導率については非常に低い値を有するものであることを見出した。特に、該複合酸化物は、少なくとも100℃(373K)程度以上の温度範囲では、各種の挿入成分を用いた場合に、母物質と比較してより一層低い熱伝導率を示すものとなることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、下記の複合酸化物、該複合酸化物を用いたp型熱電変換材料、及び熱電発電モジュールを提供するものである。
1. 組成式:BiaPbb1cCod2ef(式中、M1はNa、K、Li、Ti、V、
Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Pb、Ca、Sr、Ba、Al、Yおよびランタノイドからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、M2は、Ti、V、C
r、Mn、Fe、Ni、Cu、Mo、W、Nb、Ta及びAgからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、1.8≦a≦2.5;0≦b≦0.5;1.8≦c≦2.5;1.6≦d≦2.5;0≦e≦0.5;8≦f≦10である。)で表される層状構造を有する複合酸化物の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2
、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少な
くとも一種の成分が存在する複合酸化物。
2. F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、Tl
Cl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分の量が、
組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物1グラム式量に対して、0.1〜2モルである上記項1に記載の複合酸化物。
3. 100K以上の温度で正のゼーベック係数を有する上記項1又は2に記載の複合酸化物。
4. 100K以上の温度で100mΩcm以下の電気抵抗率を有する上記項1〜3のいずれかに記載の複合酸化物。
5. 300K以上の温度で4W/Km以下の熱伝導率を有する上記項1〜4のいずれか
に記載の複合酸化物。
6. 上記項1〜5のいずれかに記載の複合酸化物からなるp型熱電変換材料。
7. 上記項6に記載のp型熱電変換材料を含む熱電発電モジュール。
【0011】
本発明複合酸化物
本発明の複合酸化物は、組成式:BiaPbb1cCod2efで表される層状構造を有する複合酸化物(以下、「母物質」ということがある)の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分(以下、「層間成分」ということがある)が存在するものである。
【0012】
上記式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物において、M1は、Na、
K、Li、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Pb、Ca、Sr、Ba、Al、Yおよびランタノイドからなる群から選択される一種又は二種以上の元素である。ここで、ランタノイドとしては、La,Ce,Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、D
y、Ho、Er、Tm、Lu等を例示できる。M2は、Ti、V、Cr、Mn、Fe、N
i、Cu、Mo、W、Nb、Ta及びAgからなる群から選択される一種又は二種以上の元素である。また、a値は、1.8≦a≦2.5、b値は、0≦b≦0.5、c値は、1.8≦c≦2.5、d値は、1.6≦d≦2.5、e値は、0≦e≦0.5、f値は、8≦f≦10である。
【0013】
上記組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物は、Bi、M1及びO
により構成されるBi2124という組成比の岩塩型構造を有する層と、六つのOが一つのCo原子に八面体配位し、その八面体がお互いに一辺を共有するように二次元的に配列したCoO2層が交互に積層した構造を有するものであり、Biの一部がPb又はM1の一部で置換され、Coの一部がM2によって置換されたものである。
【0014】
本発明の複合酸化物は、上記組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物において、ファンデルワールス力により弱く結合しているBiO−BiOの層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分(層間成分)が存在するものである。
【0015】
層間成分の存在量は、組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物の1モル、即ち、上記組成式の1グラム式量の酸化物に対して、0.1〜2モル程度、好ましくは0.1〜1.2モル程度、より好ましくは0.5〜1.2モル程度である。この場合、層間成分が、F、Cl、Br、Iなどのハロゲンである場合には、F2、Cl2、Br2
、I2等のハロゲン分子としてのモル数である。
【0016】
図1は、後述する実施例1で得られた、Bi2.5Ca2.5Co29.2の層間にヨウ素(I)が存在する複合酸化物、該複合酸化物の母物質である組成式:Bi2.5Ca2.5Co29.2で表される複合酸化物(比較例1)、実施例21で得られた組成式:Bi2.5Sr1.7Ca0.7Co2xで表される単結晶複合酸化物の層間にヨウ素(I)が存在する複合酸化物
、該複合酸化物の母物質であるBi2.5Sr1.7Ca0.7Co2xで表される単結晶複合酸
化物(比較例2)のそれぞれについてのX線回折パターンを示す図面である。
【0017】
このX線回折パターンから、本発明の複合酸化物は、一般式:BiaPbb1cCod2efで表される母物質と比較した場合に、(00l)で指数付けされるピークの回折角度の変化量が他のピークに比べて大きくなっていることが判る。これは、単結晶である実施例21のX線回折パターンにおいては顕著である。このことは、本発明の複合酸化物のc-軸長のみが一般式:BiaPbb1cCod2efで表される母物質よりも長い構造を有
していることを示している。
【0018】
図2は、本発明の複合酸化物の結晶構造を模式的に示す図面である。図2に示すように、本発明の複合酸化物は、一般式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物の層間に層間成分が存在する構造を有するものである。
【0019】
本発明の複合酸化物は、正のゼーベック係数を有するものであり、該酸化物からなる材料の両端に温度差を生じさせた場合に、熱起電力により生じる電位は、低温側の方が高温側に比べて高くなり、p型熱電変換材料としての特性を示すものである。具体的には、上記複合酸化物は、100K以上の温度において正のゼーベック係数を有するものである。
【0020】
本発明の複合酸化物は、特に、熱伝導率が低い点において特徴的な物質であり、少なくとも室温以上の温度域、即ち、300K以上の温度では、4W/Km程度以下という低い
熱伝導率を有する物質である。更に、挿入される層間成分の種類によって多少傾向が異なるものの、少なくとも373K以上の温度では、上記した層間物質を含有しない組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物と比較した場合に、より一層低い熱伝導率を有する物質である。
【0021】
更に、本発明の複合酸化物は、電気抵抗率の低い良好な電気伝導性を有する物質であり、100K以上の温度において、100mΩcm以下の電気抵抗率を有するものである。
【0022】
本発明複合酸化物の製造方法
本発明の複合酸化物の製造方法については特に限定はなく、一般式:BiaPbb1cCod2efで表される層状構造を有する複合酸化物の層間に、上記した特定の層間成分が存在する状態の複合酸化物を製造できる方法であればよい。
【0023】
例えば、一般式:BiaPbb1cCod2efで表される層状構造を有する複合酸化物(母物質)を作製した後、得られた複合酸化物の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2
、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からな
る群から選択される少なくとも一種の成分(層間成分)を挿入する方法によって、目的とする本発明の複合酸化物を得ることができる。
【0024】
(1)母物質の製造方法
組成式:BiaPbb1cCod2efで表される母物質としては、単結晶体及び多結晶体の何れでも良く、その製造方法についても特に限定はなく、公知の方法を適宜適用できる。例えば、フラックス法、ゾーンメルト法、引き上げ法、ガラス前駆体を経由するガラスアニール法等の単結晶製造法、固相反応法、ゾルゲル法等の粉末製造法、スパッタリング法、レーザーアブレーション法、ケミカル・ベーパー・デポジション法等の薄膜製造法等の各種の方法によって、母物質を製造できる。
【0025】
(i)固相反応法
これらの方法の内で、多結晶体の製造方法の例として、固相反応法によってBiaPbb1cCod2efの組成を有する複合酸化物を製造する方法について具体的に説明する。
【0026】
固相反応法では、目的とする複合酸化物の元素成分比率と同様の元素成分比率となるように原料物質を混合し焼成することによって、組成式:BiaPbb1cCod2efで表される多結晶体を製造することができる。
【0027】
焼成温度及び焼成時間については、目的とする複合酸化物が形成される条件とすれば良く、特に限定されないが、例えば、600〜1000℃程度の温度範囲において、10〜40時間程度焼成すれば良い。尚、原料物質として炭酸塩や有機化合物等を用いる場合には、焼成する前に予め仮焼きして原料物質を分解させた後、焼成して目的の複合酸化物を形成することが好ましい。例えば、原料物質として炭酸塩を用いる場合には、700〜900℃程度で10時間程度仮焼きした後、上記した条件で焼成すれば良い。焼成手段は特に限定されず、電気加熱炉、ガス加熱炉等任意の手段を採用できる。焼成雰囲気は、通常、酸素気流中、空気中等の酸化性雰囲気中とすればよいが、原料物質が十分量の酸素を含む場合には、例えば、不活性雰囲気中で焼成することも可能である。生成する複合酸化物中の酸素量は、焼成時の酸素分圧、焼成温度、焼成時間等により制御することができ、酸素分圧が高い程、上記一般式における酸素比率を高くすることができる。また、固相反応法で目的とする複合酸化物を作製するには、固相反応を効率よく進行させるために、原料粉末を加圧成形体として焼成することが好ましい。
【0028】
原料物質としては、焼成により酸化物を形成し得るものであれば特に限定されず、金属単体、酸化物、各種化合物(炭酸塩等)等を使用できる。例えば、Bi源としては酸化ビスマス (Bi23)、炭酸ビスマス(Bi2(CO33)、硝酸ビスマス(Bi(NO33)、塩化ビスマス(BiCl3)、水酸化ビスマス(Bi(OH)3)、アルコシキド化合物(トリメトキシビスマス(Bi(OCH33)、トリエトキシビスマス(Bi(OC253
、トリプロポキシビスマス(Bi(OC373等)のアルコキシド化合物を使用でき、
Co源としては、酸化コバルト(Co34)、硝酸コバルト(Co(NO32・6H2
)、塩化コバルト(CoCl2)、水酸化コバルト(Co(OH)2)、アルコキシド化合物(ジメトキシコバルト(Co(OCH32)、ジエトキシコバルト(Co(OC252)、ジプロポキシコバルト(Co(OC372)等)等を使用できる。その他の元素についても同様に酸化物、塩化物、炭酸塩、硝酸塩、水酸化物、アルコキシド化合物等を用いることができる。また本発明の複合酸化物の構成元素を二種以上含む化合物を使用してもよい。
【0029】
(ii)溶液法
また、原料物質を溶解した水溶液を出発原料として、目的とするBiaPbb1cCod2efの組成を有する複合酸化物の多結晶体を得ることができる。この場合、原料物質としては、硝酸塩などの水溶性の化合物を用いれば良く、金属成分のモル比がBi:Pb:M1:Co:M2=1.8〜2.5:0〜0.5:1.8〜2.5:1.6〜2.5:0〜0.5の範囲となるように原料物質を溶解して水溶液とし、例えば、アルミナるつぼ中でこの水溶液を加熱、撹拌して水を蒸発させた後、残渣を空気中で600〜800℃程度で10時間程度加熱して仮焼粉末とした後、上記した固相反応法と同様にして焼成すればよい。
【0030】
(iii)ガラスアニール法
単結晶体の製造方法の一例として、ガラス前駆体を経由するガラスアニール法によって繊維状の形状を有する単結晶ウィスカーを製造する方法について記載する。この方法では、まず、原料物質を溶融し、急冷して固化させる。この際の溶融条件は、原料物質を均一に溶融できる条件であれば良いが、溶融容器からの汚染や原料成分の蒸発を防止するためには、例えば、アルミナ製ルツボを用いる場合には、1200〜1400℃程度に加熱して溶融させることが好ましい。加熱時間については特に限定はなく、原料物質が均一に溶融するまで加熱すればよく、通常、30分〜1時間程度の加熱時間とすれば良い。加熱手段については、特に限定されず、電気加熱炉、ガス加熱炉等の任意の手段を採用することができる。溶融の際の雰囲気は、例えば空気中や酸素気流中等の酸素含有雰囲気とすればよいが、原料物質が十分量の酸素を含む場合には、不活性雰囲気で溶融しても良い。酸素気流としては、例えば、300ml/分程度以下の流量の酸素気流を利用できるが、これを上回る流量であっても良い。
【0031】
急冷条件については特に限定的ではないが、形成される固化物の少なくとも表面部分がガラス状の非晶質層となる条件で急冷すればよい。例えば、溶融物を金属板上に流し出し、上方から圧縮する等の手段により急冷すればよい。冷却速度は、通常、500℃/秒程度以上とすればよく、103℃/秒以上とすることが好ましい。
【0032】
次いで、急冷により形成された固化物を酸素含有雰囲気中で熱処理することによって、該固化物の表面から、目的とする複合酸化物が繊維状の単結晶として成長する。
【0033】
熱処理温度は、800〜950℃程度とすればよく、空気中や酸素気流中等の酸素含有雰囲気中で加熱すればよい。酸素気流中で加熱する場合には、例えば、300ml/分程度以下の流量の酸素気流中で加熱すればよいが、これを上回る流量の酸素気流を用いても良い。熱処理時間については、特に限定はなく、目的とする単結晶の成長の程度に応じて
決めればよいが、通常、60〜1000時間程度の加熱時間とすればよい。
【0034】
原料物質の混合割合は、目的とする複合酸化物の組成に応じて決めることができる。具体的には、上記固化物の表面の非晶質層部分から繊維状の複合酸化物単結晶が形成される際に、該非晶質部分の溶融物の組成を液相組成として、これと相平衡にある固相の組成の酸化物単結晶が成長するので、互いに平衡状態にある融液相と固相(単結晶)の組成の関係によって、出発原料の組成を決めることができる。
【0035】
この様な方法で得られる複合酸化物単結晶の大きさは、原料物質の種類、組成比、熱処理条件等により変わり得るが、例えば、長さ10〜1000μm程度、幅20〜200μm程度、厚さ1〜5μm程度の繊維状の形状を有するものとなる。
【0036】
上記した固相反応法、溶液法、及びガラス前駆体を経由するガラスアニール法の何れの方法においても、焼成時の酸素流量により得られる物質の含有酸素量を制御することができる。この場合、酸素流量が多いほど含有酸素量が多くなるが、含有酸素量の変化は、層間成分を挿入するときの反応性や複合酸化物の特性に大きな影響を及ぼさない。
【0037】
(2)層間成分の挿入方法
一般式:BiaPbb1cCod2efで表される層状構造を有する複合酸化物(母物質)の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3
TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分(層
間成分)を挿入するには、気相、液相又は固相において層間成分を母物質に接触させればよい。
【0038】
気相において層間成分を母物質に挿入するには、例えば、層間成分が気体状で存在する環境下において、気体状の層間成分を母物質に接触させればよい。具体的には、例えば、ガラス管などの密閉性の良い容器中に、層間成分の原料と母物質を入れ、層間成分の原料が気体状態となるように加熱及び/又は減圧状態とすればよい。尚、密閉容器中で処理を行う場合には、内圧が過剰に上昇することを防止するために、容器内を減圧状態とすることが好ましい。
【0039】
層間成分の原料としては、例えば、F、Cl、Br、I等のハロゲン元素を層間成分とする場合には、ハロゲン分子、又は加熱、減圧等によりハロゲン分子を生ずる物質、例えば、ハロゲン化メチル等のハロゲン化アルキルを用いることができる。また、HgF2
HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2、PbI2等のハロゲ
ン化物を層間成分とする場合には、挿入するハロゲン化物自体を原料として、該ハロゲン化物を昇華させるか、或いは液化し蒸発させることによって、気体状態とすればよい。
【0040】
層間成分の原料は、母物質に接するように配置しても良く、或いは、原料自体は母物質に接触することなく、層間成分の気相と母物質のみが接触するように配置しても良い。
【0041】
層間成分の挿入量は、通常、処理温度、反応時間等に依存し、一般には高温で反応時間が長いほど挿入される層間成分の量が増加する。
【0042】
処理温度は、層間成分が気体として存在する温度であればよい。具体的な温度は、層間成分の種類や処理時の圧力等によって異なるが、通常、室温〜700℃程度、好ましくは100〜500℃程度とすればよい。
【0043】
処理時間については、処理温度や目的とする挿入量によって適宜決めれば良く、通常、30分〜240時間程度とすればよい。
【0044】
加熱処理後、形成された複合酸化物表面には、通常、層間に挿入されなかった層間成分等が付着した状態となる。この場合には、例えば、目的とする複合酸化物を溶解することなく、表面に付着した成分を溶解でき、しかも層間に挿入された成分を引き抜くことのない溶媒を用いて該複合酸化物を洗浄すればよい。この様な溶媒の一例としては、エタノール、水、トルエン、ヘキサン等を挙げることができる。
【0045】
液相において層間成分を母物質に接触させる方法としては、層間成分の融液又は層間成分を溶解した溶液を、母物質に接触させればよい。この際、必要に応じて、反応を促進するために撹拌してもよい。
【0046】
原料としては、融液として用いる場合には、加熱によって分解又は昇華すること無く、溶融する物質を用いればよい。また、F、Cl、Br、I等のハロゲンを層間に挿入する場合には、例えば、アルカリ金属ハロゲン化物等の水溶性ハロゲン化物を含む水溶液を用いればよい。水溶液の濃度については、例えば、0.01〜5mol/l程度とすればよい。
【0047】
処理温度については特に限定的ではなく、例えば融液として用いる場合には、層間成分の融点以上であって、分解又は気化する温度より低い温度とすればよい。水溶液として用いる場合は、例えば、室温〜80℃程度とすればよい。
【0048】
処理時間は、処理温度や目的とする挿入量によって異なるが、例えば、1日〜1週間程度撹拌すればよい。
【0049】
層間成分を含む原料固体が加熱しても融解することのない条件では、固相反応によって層間成分を母物質に挿入すれば良い。具体的には、固体状態の層間成分の原料と母物質を混合して十分に接触させればよい。処理温度は、通常、100〜700℃程度とすればよい。処理時間は、処理温度や目的とする挿入量によって異なるが、例えば、1日〜10日程度とすればよい。
【0050】
層間成分の原料の使用量については特に限定的ではなく、広い範囲から選択することが可能である。例えば、気相、液相及び固相のいずれで反応させる場合にも、母物質に対して0.01〜10重量倍程度の範囲から選択することができる。
【0051】
本発明複合酸化物の特性及び用途
本発明の複合酸化物は、100K以上の温度で正のゼーベック係数を有し、且つ100mΩcm以下という低い電気抵抗率を有する物質であって、更に、少なくとも300K以上の温度では、4W/Km以下という非常に低い熱伝導率を有するものであり、p型熱電変換材料として有効に利用できる。
【0052】
図3は、後述する実施例21で得られた複合酸化物について、ゼーベック係数の温度依存性を示すグラフである。図3から、該複合酸化物は、100K以上の温度において、正のゼーベック係数を有することが判る。その他のすべての実施例で得られた複合酸化物についても、100〜673K(400℃)で正のゼーベック係数を有するものであり、p型熱電変換材料としての特性を有することが認められた。
【0053】
図4は、実施例21で得られた複合酸化物について、電気抵抗率の温度依存性を示すグラフである。図4から、該複合酸化物は100K以上では温度上昇とともに電気抵抗率が
増加する傾向が認められるが、100〜673Kの範囲において電気抵抗率が100mΩcm以下の良導体であった。その他の実施例で得られた複合酸化物については、温度依存性のない場合や電気抵抗率が減少する場合もあったが、すべての実施例において100〜673K(400℃)で電気抵抗率が100mΩcm以下の良導体であった。
【0054】
図5は、実施例21で得られた複合酸化物と、該複合酸化物の母物質であるBi2.5
1.7Ca0.7Co2xで表される単結晶複合酸化物(比較例2)について、熱伝導率の温度依存性を示すグラフである。図5から明らかなように、該複合酸化物は、300K以上の温度において、4W/Kmを下回る低い熱伝導率を有するものであり、373K以上の温度では、母物質と比較して熱伝導率が非常に低いものであった。その他の全ての実施例においても300〜673Kにおける熱伝導率は4W/Km以下の値であった。
【0055】
以上の通り、本発明の複合酸化物は、正のゼーベック係数を有し、且つ良好な電気伝導性を有する物質であって、高い熱伝導率を有するものである。更に、該複合酸化物は、耐熱性、化学的耐久性等にも優れた材料である。本発明の複合酸化物は、この様な特性を利用して、空気中において高温で用いるp型熱電変換材料として有効に利用することができる。
【0056】
本発明の複合酸化物焼結体からなる熱電変換材料をp型熱電変換素子として用いた熱発電モジュールの一例の模式図を図6に示す。該熱電発電モジュールの構造は、公知の熱電発電モジュールと同様であり、高温部用基板、低温部用基板、p型熱電変換材料、n型熱電変換材料、電極、導線等により構成される熱電発電モジュールであり、本発明の複合酸化物はp型熱電変換材料として使用される。
【発明の効果】
【0057】
本発明の複合酸化物は、正のゼーベック係数と低い電気抵抗率を有し、且つ高い熱伝導率を有する物質であり、優れた熱電変換性能を有する材料である。
【0058】
該複合酸化物は、この様な特性を利用して、従来の金属間化合物では不可能であった、高温の空気中で用いるp型熱電変換材料として有効に利用することができる。特に、本発明の複合酸化物は、従来、p型熱電変換材料として有望であるとされているCoO2系酸
化物よりも、さらに高い熱電変換効率を有する熱電変換材料とすることができる。
【0059】
よって、該複合酸化物を熱電発電モジュールのp型熱電変換素子としてシステム中に組み込むことにより、これまで大気中に廃棄されていた熱エネルギーを有効に利用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0061】
実施例1
Bi源として酸化ビスマス(Bi23)、Ca源として炭酸カルシウム(CaCO3)、
Co源として酸化コバルト(Co34)を用い、Bi:Ca:Co(元素比)=2.5:2.5:2.0となる割合でこれらの原料を混合し、アルミナるつぼに入れ、電気炉により、空気中、800℃で10時間焼成して、炭酸塩を分解した。その後、焼成物を粉砕し、加圧成形後、300ml/分の酸素気流中、850℃で20時間加熱して複合酸化物を製造した。得られた複合酸化物の焼結体からダイヤモンドカッターを用いて5×5×30mmの大きさの直方体試料を切り出した。
【0062】
この複合酸化物約2gとI2片約1gをお互いに接触しないように離して、内容量30
ccのガラスチューブに入れ、内部圧を約10Paまで減圧した後、120℃に加熱して、50時間保持した。
【0063】
その後、室温まで冷却し、エタノールを用いて複合酸化物表面に付着したI2を除去し
た。
【0064】
得られた複合酸化物は、図1に示すX線回折パターンを有するものであり、Bi2.5
2.5Co29.2で表される複合酸化物の層間に、ヨウ素(I)が存在し、ヨウ素の含有
量は、上記複合酸化物1グラム式量に対して、I2量として0.6モルであった。
【0065】
実施例2〜20
下記表1及び表2に示す元素比となるように原料物質を混合して、実施例1と同様にして複合酸化物母物質を作製した。その後、実施例1と同様にして、気相反応法によってBiO−BiO層間に層間成分を挿入した。
【0066】
下記表1及び表2に、各実施例で用いた複合酸化物(母物質)の組成式、母物質と層間成分原料の重量比を示し、更に、層間成分を挿入させる際の加熱温度及び加熱時間を示す。
また、層間成分を挿入した複合酸化物について、層間成分の種類、母物質1グラム式量当たりの層間成分の挿入モル数、300Kにおけるゼーベック係数と電気抵抗率の測定結果、及び373Kにおける熱伝導率の測定結果を表1及び表2に示す。
【0067】
尚、以下の各実施例において用いた層間成分の原料は以下の通りである。
F源:F2(フッ素)
Cl源:Cl2(塩素)
Br源:Br2(臭素)
I源:I2(ヨウ素)
HgF2源:HgF2(フッ化水銀)
HgCl2源:HgCl2(塩化水銀)
HgBr2源:HgBr2(臭化水銀)
HgI2源:HgI2(ヨウ化水銀)
TlF3源:TlF3(フッ化タリウム)
TlCl3源:TlCl3(塩化タリウム)
TlBr3源:TlBr3(臭化タリウム)
TlI3源:TlI3(ヨウ化タリウム)
BiF3源:BiF3(フッ化ビスマス)
BiCl3源:BiCl3(塩化ビスマス)
BiBr3源:BiBr3(臭化ビスマス)
BiI3源:BiI3(ヨウ化ビスマス)
PbF2源:PbF2(フッ化鉛)
PbCl2源:PbCl2(塩化鉛)
PbBr2源:PbBr2(臭化鉛)
PbI2源:PbI2(ヨウ化鉛)
【0068】
【表1】

【0069】
【表2】

【0070】
実施例21
Bi源として酸化ビスマス(Bi23)、Sr源として炭酸ストロンチウム(SrCO3
)Ca源として炭酸カルシウム(CaCO3)、Co源として酸化コバルト(Co34
を用い、Bi:Sr:Ca:Co(元素比)=1.0:1.0:1.0:1.0となる割合でこれらの原料を混合し、アルミナるつぼに入れ、電気炉を用いて、空気中、1300℃で30分間原料を溶融させた。
【0071】
この融液を室温の二枚の銅板で素速くはさみ、急冷してガラス状固化物を製造した。このガラス状固化物をアルミナボートに乗せ、電気炉を用いて300ml/分の酸素気流中で、900℃で100時間熱処理を行った。
【0072】
ガラス状固化物の表面から成長した複合酸化物のウィスカーをピンセットを用いて刈り取った。このウィスカーの平均組成はBi2.5Sr1.7Ca0.7Co2xであった。
【0073】
このウィスカー30mgと30mgのI2片をお互いに接しないように内容量5ccの
ガラスチューブに入れ、内部圧を約10Paまで減圧した後、120℃に50時間保持して、気相反応によりヨウ素を上記複合酸化物の層間に挿入した。
得られた複合酸化物は、平均組成:Bi2.5Sr1.7Ca0.7Co29.3の複合酸化物(母
物質)の層間に、ヨウ素(I)が存在するものであり、ヨウ素の含有量は、上記複合酸化物1グラム式量に対して、I2量として0.55モルであった。
【0074】
実施例22〜28
実施例21と同様にして複合酸化物のウィスカーを作製した後、実施例21と同様にして、気相反応法によってBiO−BiO層間に層間成分を挿入した。
【0075】
下記表3に、各実施例で用いた複合酸化物ウィスカー(母物質)の組成式、母物質と層間成分原料の重量比を示し、更に、層間成分を挿入させる際の加熱温度及び加熱時間を示す。
【0076】
また、層間成分を挿入した複合酸化物について、層間成分の種類、母物質1グラム式量当たりの層間成分の挿入モル数、300Kにおけるゼーベック係数と電気抵抗率の測定結果、及び373Kにおける熱伝導率の測定結果を表3に示す。
【0077】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の複合酸化物(実施例1及び21)とこれらの母物質(比較例1及び2)のX線回折パターンを示す図面。
【図2】本発明の複合体の結晶構造を模式的に示す図面。
【図3】実施例21で得られた複合酸化物のゼーベック係数の温度依存性を示すグラフ。
【図4】実施例21で得られた複合酸化物の電気抵抗率の温度依存性を示すグラフ。
【図5】実施例21で得られた複合酸化物の熱伝導率の温度依存性を示すグラフ。
【図6】本発明複合酸化物を熱電変換材料として用いた熱電変換モジュールの模式図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:BiaPbb1cCod2ef(式中、M1はNa、K、Li、Ti、V、Cr、
Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Pb、Ca、Sr、Ba、Al、Yおよびランタノイドからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、M2は、Ti、V、Cr、M
n、Fe、Ni、Cu、Mo、W、Nb、Ta及びAgからなる群から選択される一種又は二種以上の元素であり、1.8≦a≦2.5;0≦b≦0.5;1.8≦c≦2.5;1.6≦d≦2.5;0≦e≦0.5;8≦f≦10である。)で表される層状構造を有する複合酸化物の層間に、F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、Hg
2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも
一種の成分が存在する複合酸化物。
【請求項2】
F、Cl、Br、I、HgF2、HgCl2、HgBr2、HgI2、TlF3、TlCl3、TlBr3、TlI3、BiF3、BiCl3、BiBr3、BiI3、PbF2、PbCl2、PbBr2及びPbI2からなる群から選択される少なくとも一種の成分の量が、組成式:BiaPbb1cCod2efで表される複合酸化物1グラム式量に対して、0.1〜2モルである請求項1に記載の複合酸化物。
【請求項3】
100K以上の温度で正のゼーベック係数を有する請求項1又は2に記載の複合酸化物。
【請求項4】
100K以上の温度で100mΩcm以下の電気抵抗率を有する請求項1〜3のいずれかに記載の複合酸化物。
【請求項5】
300K以上の温度で4W/Km以下の熱伝導率を有する請求項1〜4のいずれかに記載
の複合酸化物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の複合酸化物からなるp型熱電変換材料。
【請求項7】
請求項6に記載のp型熱電変換材料を含む熱電発電モジュール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−56726(P2006−56726A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−237852(P2004−237852)
【出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「高効率熱電特性評価法の開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用をを受けるもの
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】